第三十話 症状
ここまで「回収箱」を読んでくださって、本当にありがとうございます。
第三十話では、翔平が瓜のもとを訪れたことをきっかけに、これまでとは少し違った異変に触れることになります。
身近な人に起こる変化。
見慣れているはずのものに感じる違和感。
そして、少しずつ揺らぎ始める日常。
これまでのお話と重ねながら、翔平の目に映るものを追っていただけたら嬉しいです。
第三十話「症状」
今回も最後まで、どうぞお楽しみください。
診療所に着くと、看護師たちが慌ただしく動いていた。
「先生!何度も連絡したんですよ」
「すまなかった。どうした?」
「娘さんの右腕です。皮膚がさらに失われ、骨が露出しています。意識はありますが、痛みが強くて」
瓜の表情が強張った。
「鎮痛剤で痛みを抑えて。点滴も続けて、全身状態を保ってくれ」
「はい」
「原因が分からない以上、変化を止める方法はまだない。今は苦痛を和らげるしかない」
瓜は病室へ向かい、俺も後を追った。
病室から、すすり泣く声が漏れていた。
ベッドを囲む家族の中に、魚住がいた。
「先生……娘まで、こんなことに」
魚住は娘の手を握り、手の甲をそっと撫でた。
「頼む。助けてくれ。俺、何でもするから……」
「今は娘さんのそばにいてやれ」
瓜が肩に手を置くと、魚住は娘から目を離さずに呟いた。
「痛いって言ってるのに、手を握ってることしかできないんだ」
「……謝らなくていい」
魚住は小さく頷いた。
瓜が包帯を外した。
床に落ちた包帯を見た瞬間、息が止まった。
皮膚が失われた傷口から、白い骨が覗いていた。
「骨が……見えてる」
幼い身体から骨が露出している。
瓜は傷口を確かめ、唇を噛んだ。
「……あれは何なんだ?」
「原因はまだ分からん。痛みは抑えられても、この変化を止められるかは分からない」
「そんな……」
魚住が顔を上げた。
「先生……娘は助かるんですよね?」
瓜は娘を見つめたまま答えた。
「……できる限りのことはする」
看護師が鎮痛剤を投与すると、娘は目を閉じた。
魚住は手を握ったまま、何度も語りかけた。
「大丈夫だ。父ちゃんがいるからな」
娘から返事はなかった。
それでも、魚住はそばを離れなかった。
俺は娘の腕から目を離せずにいた。
白い骨。
赤黒い肉。
その二つだけが、妙に鮮明に見えた。
腹の奥が、わずかに動いた。
「——」
思わず腹を押さえる。
吐き気なのか。それとも——。
傷口に残った肉へ、視線が吸い寄せられた。
慌てて目を逸らすと、瓜と目が合った。
瓜は何も言わず、俺の顔を見つめた。
やがて、娘へ視線を戻す。
「……翔」
「ん?」
「ここにいてくれ」
「俺が?」
「ああ……頼む」
俺は頷いた。
「分かった」
瓜は娘を見つめてから、病室を出ていった。
第三十話まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
ここまで翔平の周りで起きてきた出来事が、少しずつ一つの流れとして繋がり始めています。
ただ、すべてが見えてきたわけではありません。
むしろ、分かりかけたところで新たな疑問が生まれるような形になっていると思います。
「回収箱」の中にあるもの。
翔平の記憶に残っているもの。
そして、まだ本人が気づいていないもの。
これから先、それらがどのように繋がっていくのか。
最後まで一緒に見届けていただけたら嬉しいです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。




