第二十四話 調理
料理には、手順があります。
何を切り、どこを避け、どう調理するのか。
知らない料理なら、誰だって迷うはずです。
ーーそれなのに、翔平の手は迷わなかった。
「——やめろ」
妻が眠っている。
すぐ隣の部屋にいるはずなのに、俺は熊の頭を前にして包丁を握っていた。
冷たい刃先を見つめる。
怖い。
何をするのか分かっている。
なのに、手は迷わなかった。
刃を入れる。
骨に当たった。
——止まる。
「……やめろ」
包丁を置こうとする。
それでも、手首がわずかに動いた。
刃の向きが変わる。
骨を避ける。
「——なんで」
自分の手を見る。
「なんで、そんなこと知ってるんだ……」
答えはない。
肉を切り分け、皮を外し、骨から身を剥がしていく。
刃を入れる場所も、力の加減も、考える必要がなかった。
手が勝手に動いていた。
「……俺は、これを……」
言葉が続かない。
頭の中が静かになっていく。
妻のことも。
回収箱のことも。
自分の記憶のことも。
すべてが遠くへ沈んでいく。
ただ、目の前の肉だけが、はっきりしていた。
切り分けた肉を鍋で焼く。
じゅう、と音がして、脂の匂いが立ち上った。
火が通ると、皿に盛った。
寝室から妻の寝息が聞こえる。
規則正しい呼吸だけが、妙に現実だった。
俺は皿を見つめた。
視線が、肉から離れない。
「——何をしてるんだ、俺は」
答えの代わりに、腹が鳴った。
棚へ手を伸ばす。
探したつもりはない。
手は迷わず、一本の小さな瓶を取り出した。
妻が料理のたびに使っている瓶。
見慣れているはずなのに、中身だけが思い出せない。
蓋を開ける。
白い粉。
「……これ」
なぜだろう。
懐かしい。
そう思った瞬間、肉と白い粉の匂いが広がった。
——妻の料理の匂い。
胸の奥が、少しだけ緩む。
いつもの食卓。
妻の笑顔。
焼けた肉。
箸を持つ自分。
そこまで思い出したところで、指が動いた。
白い粉が、肉の上へ落ちていく。
さらり。
俺は、その光景を見つめていた。
——この匂いを知っている。
なのに、どこで知ったのかだけが思い出せなかった。
記憶にはない。
教わった覚えもない。
それなのに、身体は知っている。
今回の恐怖は、そこにあります。
さらに、いつもの食卓で使われている白い粉が、再び翔平の前に現れました。
「知っている」という感覚だけが残り、その理由だけが思い出せない。
その違和感が、少しずつ大きくなっています。




