↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回収箱  作者: しー
PR
12/55

第十二話 先に食べた

食卓に並ぶ、いつもの料理。

いつもの会話。

いつもの時間。

変わらないはずの日常も、ほんの小さな違和感が入り込むだけで、見え方が変わってしまうことがあります。

今回は、翔平の食事をめぐる、ささやかな違和感から始まります。

何気ない場面に隠れているものに、少しだけ目を向けてみてください。

「さぁ、ご飯出来たわよ」

焼けた肉から、湯気が上がっている。

匂いを嗅いだ瞬間、舌の奥が痺れた。

「今日はお肉にしたの」

妻が調味料を取り出す。

その手つきを見た瞬間、胸の奥がざわついた。

どこかで見たことがある。

けれど、いつのことなのか思い出せない。


白い粉が、肉の上へ落ちる。

「——塩か?」

「ええ」

見慣れたものにしか見えない。

それなのに、舌の痺れは消えなかった。


妻は皿を俺の前へ置いた。

「冷める前に食べて」

箸を持つ。

肉へ伸ばそうとした瞬間、吐き気が込み上げた。

駄目だ。

食べたくない。

そう思うのに、肉から目が離せなかった。

口の中に唾液が溜まる。

腹は減っていない。

それなのに、食べたい。

「……何だ、これ」

箸を置こうとした。

——置いたはずだった。

次の瞬間、肉が口の中にあった。

「——やめろ」

頭ではそう思った。

けれど、口は肉を噛み続ける。

飲み込むと、すぐに次の一切れが欲しくなった。

箸を置こうとしても、手は肉へ伸びていく。

「……やめろ」

声に出しても、止まらなかった。

気づけば、皿の肉はほとんどなくなっていた。

「——俺が、食べたのか?」

自分の手を見る。

指先が震えていた。

味はほとんど覚えていない。

ただ、舌の裏に残った白い粉の味だけが鮮明だった。

苦い。

それなのに、まだ肉が欲しい。

腹が減っているわけでも、食べたいと思っていたわけでもない。


「お前は食べないのか?」

顔を上げる。

妻は少し笑った。

「診療所で少し食べたから」

「そうか」

納得できる答えだった。

けれど、妙な感覚が残った。

妻は、俺よりずっと前に食べ終えていた。

そんな記憶がある。

「……?」

いつ?

どこで?

妻が食べているところなんて、見た覚えはない。

それでも、知っている。

俺がおかしいだけだ。

そう思えば済む。

妻を疑うより、その方がずっと自然だった。

毎日繰り返していることほど、私たちは深く考えずに受け入れているものです。

けれど、もしその「いつも」が、ほんの少しだけ違っていたら。

そして、その違いに気づけなかったとしたら。

日常の中にある小さな違和感を、これからも大切に追っていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。