第65話 「ゴブリンの襲撃㉚――ヴォルズム領⑤―」
ここに登場するのは久しぶりだな。クラウスだ。
今回のゴブリン討伐戦は、文字通り、驚きの連続だ。
洞窟戦では、その数に驚き、向かってくるゴブリンの膂力に驚き、ライラン領都では、その規模に驚き、そして、ヴォルズム領都で新たな新種のゴブリンが発見された。
ルウィージェス様から『生命の種』という存在を聞き、それも驚いたが、一連のゴブリンの進化は、50億年の間に収集した、どの進化からも外れたものらしい。
『生命の種』はルウィージェス様の御祖父の世界創造神様が作った物で、その世界創造神様が管理する銀河にある全ての惑星の生命体は、この『生命の種』に収められている「生命の種」が元になっているらしい。
一言で進化と言っても、多様な進化方法があるらしいが、一番多いのは、近親の種同士の、異なる種類と種類の掛け合わせによるもの、例えば、狼、狐と犬は近親類で、交配も可能で、それによって生まれた新しい種類は、父親側と母親側から能力を引き継いでいて、外見も、父親もしくは母親、もしくは両方の特徴を備えており、全く異なる外見になる事はないそうだ。
だが今回のゴブリンは、二足歩行で発達した機能を持つ手を持つゴブリンでありながら、種も全く異なる昆虫によく似た生態を取得した、50億年の歴史の中で、一度も現れなかった、初めての進化なのだそうだ。
ゴブリンは母体妊娠で、昆虫は産卵型だから、そもそも交配が不可能。
交配が不可能である以上、産卵型の昆虫が持つ能力が母体妊娠型のゴブリンに移譲される事も不可能。
そうであるにもかかわらず、昆虫型への進化を遂げた新型ゴブリン。
そして、それは、50億年にかけて集めた、どの情報にもない進化。
そう聞くと、今回の進化が如何に異常な事態なのかが分かるよな。
ルウィージェス様とエムラカディア創造神様から報告を受けた世界創造神様は、全ての惑星の創造神の方々に、可及的速やかに、今回のような進化が起こっていないか確認するよう、通達を出したそうだ。
改めて、自分がどれほど稀有な経験をしているのかを実感している。
身体強化法をヴォルズム領騎士団に教え、少しでも人間族側の膂力を上げる事で、膂力を上げた新型ゴブリンを攻略する方向で話しは纏まった。防御力を上げた新型ゴブリンは攻撃魔法で対応するしかないが、こればかりは、王国騎士団の付与魔法と宮廷魔術師団の攻撃魔法の威力で何とかするしかない。
正門前に残るゴブリンは、あと少しだけとなった。
「恐らくリリーエムラ公爵家の騎士団が担当している場所は、もう少し時間がかかるでしょう。ここの騎士団員を鍛えて、明日、共同で片付けようと思います。」
「そうだね。ぼくもその方がいいと思う。ウィルヘルム団長側で交代で結界を張っている魔術師たち全員をそろそろ休めないと、魔力低下で動けなくなりそうだしね。」
「お、では、少し早めに設営の準備を始めて、十分な休養を取らせましょう。」
「今日も宿舎、建てるよ。」
「あの宿舎はいいですね。本当に、自分でも驚くほど熟睡しましたよ。」
昨夜の事を思い出しているのか、クラウスの顔が綻ぶ。
「あ、そうそう、ドミニク騎士を除く9名に、新しい攻撃魔法【多発刃弾】を教えて、皆、使えるようになったよ。」
「【刃弾】という事は、風属性ですか?」
「ううん、火魔法なら、炎の形状を刃にして飛ばす。風なら風を、水なら水を、土なら土を。そういう魔法。」
そう言いながら、クラウスに紙に転写した魔法陣を渡す。
「結構細い線が多いですが、中級ですか?」
「初級も初級。魔法陣さえわかれば、子どもでも使える、魔力消費量が少なく軽い魔法。」
「これで?」
「線が多いのは、一度に多発、この魔法陣は9発打てるようにしてあるから。勢いを付ける魔法式が付いているから、線が多くなっているけど、同じ魔法式が3つ並んでいるだけ。だから、一つの魔法式を覚えたら、それを3つ円の中に並べて描けばいいだけだよ。」
クラウスは、魔法陣を全体で見るのではなく、一つの塊に注目する。確かに、それだけをみれば簡単な魔法陣だ。それを3つ並べて思い浮かべる。
「確かに、そう言われたら、覚える魔法式は単純ですね。」
「でしょう。要は、円の中に、この魔法式を何個並べるかで打てる数が変わる、という訳。だから、この魔法式を4つ並べれば、一度に刃が12個飛ぶ。」
「ほぉ、」
クラウスは、まだ凍結ゴブリンが残っている場所に向けて、精霊剣を構えた。
そして、覚えたばかりの【氷魔法:多発刃弾】を剣に纏わせ、思いっきり剣を左右に振って、遠くに投げる。
後ろの方に残っていた凍結ゴブリンが爆破した。
「おぉ~、一気に15発!魔法式を5つ並べたんだ!」
満足そうな表情をするクラウス。いい表情のまま、ルウィージェスの方に向き直す。
「これを団員全員に習得させよう。今回のゴブリン討伐に持ってこいの魔法だ。」
「うん、これなら、各自の魔力制御力に合わせられるしね。」
「エルンスト殿にも伝えて、魔術師団員たちにも学んでもらおう。これなら、魔術師の魔力消費量が大分抑えられる。」
「うん。」
リリーエムラ公爵家の騎士団の様子を見に行っていたドミニクが戻って来た。
「クラウス団長、やはりリリーエムラ公爵家の騎士団、かなり苦戦していました。洞窟内と同じ新型は何とかなっていましたが、アダルベルト団長並みの膂力を持った騎士以外は、剣での攻撃を完全に諦めて、攻撃魔法が使える者が対応していました。」
「やはりそうか。」
クラウスは檻の中に残るゴブリンを見る。
「剣への耐性は半端なかったが、魔法への耐性はどうなのだろう。」
「ちょっとぼくが試してみる。」
ルウィージェスは、既に死んでいるゴブリンを使って試す事にする。
クラウスが【風魔法:ザク】で腹を切ったゴブリンを、同じ魔法を【風魔法:スパ】と唱えて真っ二つに割った。
魔法名を聞いた騎士団2人が、思わず吹き出す。まさか、上級神の魔導王が使うとは思わなかったから、不意打ちを喰らった感じだ。
ルウィージェスからしたら、魔導王だからこそ思いも付かないし、絶対に付けない魔法名。そういう意味で、密かに気に入っている。
何故か分からないが、喜んでくれたようなので、ちょっと気分が良いルウィージェス。
「先ずは、火魔法への耐性。」
ルウィージェスが、蝋燭の炎の大きさ程度の【火球】を投げだ。
着弾した途端、ボォと炎が大きくなり、表面を焼いた。だが、皮下までは届かない。
「火魔法への耐性、多少はありそうだね。」
「ですね。多少熱いとは思うかもしれませんが、」
「興奮させるだけで終わりそう。」
「俺もそう思います。手で簡単に火を払って終わりそうだ。」
「それじゃ、次は【火魔法:火矢】で。」
今度も、蝋燭の炎程度の大きさの【火矢】を指で弾いた。
先ほど焼いた場所より少し離れた場所に着弾。皮下に届いた瞬間に、皮下に炎が少し広がり鎮火した。
「炎に耐性があるのは、あくまでも表皮だけみたいだね。」
「これなら、一度では無理でも、【多発刃弾】で表皮に傷をつけまくって、その後に【火球】を打ち込めば、致命傷、与えられそうですね。」
「要は、1対1に持って来なければ、何とかなりそうな気がする。」
「…騎士泣かせな魔物、だな。」
「…対接近戦に特化した進化?」
「どっちも、嫌な進化をしてくれたよな~。」
クラウスの後ろで二人の会話を聞いていたドミニクとディエモも、激しく同意する。
とりあえず、対応方法に目途が着いた。
王城へ、新しいゴブリンの存在を知らせる必要がある。
エルンストたちに見せる、切断したゴブリンと、研究用にゴブリン5体だけを残し、ルウィージェスが結界ごと灰も残さず焼き尽くした。
クラウスが残りの団員を見ると、ドミニクとディエモ以外の8名全員も座って休んでいた。
まだ凍結ゴブリンは残っているが、残量魔力の問題で、サラマンダーたちが攻撃を中止させたようだ。
「それじゃ、残りは俺がするか。サラマンダー、分身の手助けが欲しい。」
「いいぞ~。」
結界の近くに移動しながら、鞘から精霊剣を抜く。
「洞窟内で覚えた【紅蓮疾風】で行こう。」
「今度は燃やすのな。」
結界の前に立ち、深呼吸をして呼吸を整える。
部下の前で中級レベルの魔法を唱えるのは初めてだ。少し緊張する。
「いつでもいいぞ。」
サラマンダーの言葉に頷く。
妖精剣を前に構え、
「【混合魔法:紅蓮疾風】発動!」
そう唱えると同時に、剣を大きく左右に振る。
「オレの子分どもよ。凍ったゴブリンどもを破壊し焼き尽くせ!」
「お~」
「壊せ壊せ」
「燃やせ燃やせ」
大量のサラマンダーの分身が扇形に広がり、凍結ゴブリンを破壊し、粉々になった破片を焼き尽くしていく。
「すげ~」
「おぉ~」
先程の凍結魔法同様に、勢いのある広域火魔法に驚嘆の声が上がる。しかも、今回は一度で、この規模だ。
サラマンダーの分身だけでは、時間がかかりそうだ。
「サラマンダー、同時に同じ数の分身って出せるのか?」
「いや、この数が、オレが出せる最大数だ。オレが個人でこの奥のを破壊する事は出来るけどな。」
「それじゃ、頼む。」
「りょ~か~い。」
サラマンダーは、分身が破壊している範囲より奥へ移動して行った。
「フラウ、手を貸してくれ。」
「勿論よ。」
サラマンダーの子分と重ならないよう、少し移動する。
「この辺でいいか。何かいい魔法、あるか?」
「そうね、破壊が目的なら、【氷魔法:広域飛礫】か【氷魔法:広域針槍】が、魔力効率がいいわね。」
「【氷魔法:針槍】でも、それ程【飛礫】と魔力消費量、変わらないのか。」
「ほぼ同じね。」
「それじゃ、俺、【氷魔法:針槍】使った事ないから、こっちを試してみるよ。」
「洞窟内で精霊王様に貰った魔法陣の方ね。」
「あぁ。せっかく頂いたしな。」
「ふふ。そうね。」
深呼吸をし、肩から余計な力を抜いて、剣を構える。
「【氷魔法:広域針槍】展開!」
「さぁ、私の妹たち、凍結ゴブリンを片付けるわよ!」
「任せるのです~」
「壊すのです~」
「がんばるのです~」
剣を大きく左右に振ると、フラウの分身が、【針槍】に乗って、凍結ゴブリンにぶつけていく。
完全に氷結し動かない的を、確実に仕留めていく。
「私も、この数が最大だから、奥の方は私が片付けて来るわね。」
「頼む。」
クラウスは、更に横に移動し、フラウたちの邪魔をしない場所まで移動した。
「さてと、」
剣を構え、
「【風魔法:疾風】発動!」
剣を大きく振りかぶり、一直線に疾風を走らせる。
外側の結界まで300mある。クラウスの一撃は、かなり結界に近い所まで届いた。
だが、横幅はせいぜい3m程度だ。やはり、広域魔法のようにはいかない。
「俺一人の攻撃力では、これが限界か。」
サラマンダーとフラウの分身が破壊している範囲と比較すると、精霊との共闘が、如何に効率的でこういう戦いでは有利に働くかが、良くわかる。
だが、クラウスは魔術師ではない。あくまでも騎士だ。
「まぁ、複数回行えばいいだけの話だ。」
そう気持ちを切り替える。
それを2回程行った時、後ろからその様子を見ていた部下の一人、アルントから質問が飛んできた。アルントはこの初夏に研修生を卒業し、団長直下でベテランに混ざり、様々な戦術を本格的に学び始めた22歳の若手だ。
王国騎士団も宮廷魔術師団も、基本的に、3名の若手に1名のベテランが指導者として付く。
「団長のその力が、シューバート侯爵家に伝わる剣の力、なのですか?」
アルントは、ライラン領で精霊剣について話した時、近くにいた面々の一人だったようだ。
「そうだな。恐らく、この剣だから、これだけの威力が出せるのだと思う。」
そう答えたが、ふと、普通の剣を使ったら、どの程度まで威力が落ちるのか、気になった。
「ちょっと、試してみるか。」
クラウスは精霊剣を鞘に納め、アイテムボックスから、今まで使っていた剣を取り出した。
先ほどの攻撃痕から少し離れる。
普通の剣を使っての中級魔法は初めてだ。もしかしたら、一気に魔力を消費する可能性もある。剣を構える前に、アイテムボックス内から『魔力回復魔石』を取り出し、ポケットに入れ、直ぐに使えるようにしておく。
近くにいるルウィージェスは何も言わない。恐らく、ぶっ倒れる事はないだろう。
剣を構える。妖精剣を上級神から拝領して以降、すっかりご無沙汰になっていた。
とはいっても、たった二日前の話だ。だが、もの凄く重たく感じる。
長年愛用してきた愛剣だ。なのに、全くしっくりこない。手に馴染んでいないのが分かる。ただ握っているだけ。
妖精剣を受け取るまでは、この剣は使いやすいと思っていた。
まさか、これ程までに違うとは。
クラウスは少し動揺していた。だが、違いを試すのにちょうど良い。部下が持っている剣は、今自分が手にしている剣と、材質と造りが同じだ。ただ、身長に合わせてあるから、長さが違うだけ。彼らが受ける負担を理解するのにちょうど良い。
足場を整え、軽く息を吐き、深呼吸をして呼吸を整える。
肩から余計な力を抜いて、剣を構えた。
「【風魔法:疾風】発動!」
剣に纏わせようとした途端、急ブレーキがかかったような、特急だと思ったら各停だった、そんな魔力の伝わりの遅さ、鈍さを感じ、それを痛みとして認識し、剣を持つ手が跳ねた。
辛うじで剣を落とさずに済んだが、流そうとした魔力を慌てて散らした。
「クラウス団長、手、大丈夫?」
ルウィージェスが駆け付けた。急ぎクラウスの両手を軽く握り、【高度異常治療魔法:キュアハイヒール】を掛ける。
「ごめん、ここまで反動が凄くなるとは思っていなかった。今のは完全にぼくが悪い。止めるべきだった。本当にごめんなさい。」
あれだけ酷かった痛みがあっという間に消えた。
「いえ、自分も、先ずは初級魔法から試すべきでした。ありがとうございます。」
痛みの消えた両手を見た。当たり前だが、何の痕跡も残っていない。
「ルウィージェス様、一体何が起こったのでしょうか?」
クラウス自身は、精霊剣を受け取る前までと同じようにしたつもりだった。だが、結果は大きく異なった。
「精霊剣はクラウス団長の魔力に合わせて作ったから、文字通り剣に魔力を流せるけれど、普通の剣を使っていた時は、正確に言えば、剣に魔力を這わせていたんだよ。それに、今の団長の魔力の量も流れる速度も、以前とは全く違う。だから、剣の方に魔力が這う前に魔力が鍔で止まってしまって、それで魔力が溜まり過ぎちゃって、逆流しちゃったの。あの時の手の痛みは、魔力を流れる道、魔力回路が火傷を負ってしまったって感じ?魔力回路の損傷は回復薬では治らないから、本当に焦った。危ない橋を渡らせてしまった。本当にごめんなさい。」
ルウィージェスの説明を聞いたクラウスは、如何に自分が危ない事をしようとしていたかを知り、戦慄した。心の底から、魔法に関しては素人判断してはならない、と猛省した。
ショックが引くと、ルウィージェスが言った、回復薬では治らない、という言葉が気になった。
「先程の、魔力回路の損傷?何故回復薬では治らないのですか?」
「魔力回路は、文字通り魔力を通す道だから、他からの魔力の干渉を一切受けないようになっていて、魔力抵抗力が半端ないんだ。回復薬も、普通の【回復魔法】も、他からの魔力でしょう?だけど、【高度異常治療魔法】は、その抵抗力を一旦無にする、正確に言えば、中和する魔法なの。だから、他からの魔法で治療が出来るようになる、というわけ。」
確かに、魔法が飛び交う中でも魔法は打てる。干渉しあうのは、放った後だ。
魔法は干渉しあう。それは常識だ。
だが、改めて考えて見れば、干渉しあうのが当然の魔法なのに、魔法戦で放つ魔法が、他人の魔力の干渉を受けて放てなくなる、という事はなく、問題になる事もなかった。
それに、魔法を暴発させると、運が悪いと魔法が使えなくなることもある、というのも、過去の事例から知っていた。
だが、その理由が魔力回路の損傷の為で、魔力回路の損傷は回復薬や回復魔法では治せない、というのは知らなかった。
ルウィージェスの説明は、剣士のクラウスにも分かりやすかった。
だが、魔力抵抗性を中和して治療するという概念は聞いたことがない。
「先程ルウィージェス様が使われた魔法は、エルンスト殿は使えるのだろうか?」
ルウィージェスは周りに視線を送り、誰も近くにいない事を確認し、声を潜めた。
「術の魂フォーゲルだった時は使えた筈。今も、魔法陣さえ渡せば使えると思う。ランの加護を受けているから、覚えたら得意技になると思うよ。」
「なるほど。」
クラウスも、声を潜めて答えた。
今の説明で、フォーゲル伯爵家にも、その魔法は伝わっていないのが分かった。
少し離れた場所に立つ団員たちが、心配そうに様子を見ている。
「流す魔力量を減らして、少し流す速度を落として、初級魔法で試してみるといいよ。」
禁止しないルウィージェスの寛大さに、クラウスは頭が下がる思いだった。
クラウスが試そうとした理由が推測出来ているのだろう。
「そうします。」
クラウスは剣を持ち直した。
「初級魔法の【火魔法:火渦】にします。」
「うん、流す魔力速度を少し落としてね。」
「了解です。」
「その後に、精霊剣で同じ魔法をすれば、比較出来るよ。」
クラウスは強く頷いた。
後ろで心配そうにクラウスたちを見ている団員に声を掛ける。
「すまん、心配かけた。普通の剣と精霊剣の違いを正確に理解していなかった故に起きた事故だった。もう、大丈夫だ。」
団員たちの表情から硬さが消えた。
クラウスは、改めて足場を整え、剣を構える。
「【火魔法:火渦】発動!」
今度は意識して魔力の流れを緩やかにする。
一瞬、鍔で魔力の流れが止まるのが分かった。だが、ある程度魔力が溜まると、今度は鍔を乗り越え、剣の方に魔力が流れて行くのが見えた。
ルウィージェスが言った、「魔力を剣に這わしている」という意味が良く分かる。
今、魔力の流れを意識的に遅くして流しているが、以前は全く意識せず、魔力回路を損傷する事無く出来ていた。つまり、精霊剣を受け取るまでのクラウスの魔力の流れの速度は、この程度だった、という事だ。
精霊たちとの契約後に魔力量が増えたのは、直ぐに分かった。だが、魔力の流れの速度がここまで変わっていたのには、気付いていなかった。
漸く、剣が魔力で包まれ、炎で剣が見えなくなった。その間に、色々と違いを感じ、考える余裕があった。即ち、それだけ時間がかかっている。
――――こんなにゆっくりだったのだな。
精霊剣では、これ程色々な事を考えている時間はない。
――――それに、これだけで結構魔力を消費している。
精霊剣に魔力を通す時に、これ程の魔力消費を感じない。
――――魔力のロスというのは、こういう所から違ってくるのか。
準備が整った剣から目を離し、視線を凍結ゴブリンの方に動かした。
強い魔法を使う精霊が凍らせただけあって、解凍の気配が全くない。
生きた魔物を凍らせても、凍死するのは魔法施行者より弱い魔物だけで、魔法施行者より強い魔物は魔力抵抗を示し、表皮から10cmくらい離れた場所からしか凍らず、その隙間がある為に体動を許し、氷が破壊されてしまう。
体表から約10cmというのは、体から無意識に放出されている魔力の範囲と言われている。
そこを突き進めるかどうかが、魔法攻撃の優劣を決めると言われている。
クラウスは、炎を纏った剣を上に構え、
「行け!」
炎が縦に流れるように、思いっきり【火渦】を放った。
放たれた炎が、凍結ゴブリンを破壊しながら進んで行く。
が、進んだ距離は、目測、せいぜい10m程度だった。
「ん~、もう少しは破壊出来るかと思っていたのだが、」
それでも、クラウスの近くに移動してきた部下からは、驚嘆の声が上がった。
「今度は、精霊剣で行きます。」
「うん。」
剣をアイテムボックスに放り込むと、鞘から精霊剣を抜く。
持った瞬間から、何もかもが違うと感じる。
改めて、普通の剣から精霊剣に持ち直した事で、既に魔力の通りの違いを感じる。
――――魔力抵抗を感じないから、手に馴染むのか。
持っていて心地が良い。気分が良い。
「よし。」
クラウスは少し横に移動し、精霊剣を構えた。
「【火魔法:火渦】発動!」
その瞬間、剣は炎に包まれ、準備が整った。
魔力は、【火渦】を発動させた時に流しただけ。
先ほどは、魔法を唱えた後、魔法が発動する前に魔力が剣を這うように流れて行き、剣が魔力に包まれてから、魔法が発動した。
つまり、剣を這う魔力が必要で、魔力が剣を這う間にロスが生じ、その後に、唱えた魔法が発動する為に、もう一度魔力を消費していた。
――――魔力消費量が増える訳だ。
只でさえ騎士の魔力保持量は魔術師よりも少ない。それなのに、付与魔法を施行するには、多く魔力を消費する必要がある。
よくよく考えたら、魔法杖には必ず魔石が付いている。魔石は流した魔力を増幅させる働きがあると聞いている。
付与魔法に魔力を這わせるのと、魔法杖に魔力を流すのは、恐らく、同じ機構だ。魔法杖に魔力を流すと言いながら、恐らく、杖に魔力を這わせている。だから、魔法杖には魔力を増幅させる魔石が付いている。
――――エルンスト殿が魔法杖を使わずに魔法を展開させるのは、実は、もの凄く理にかなっていたのだな。
だが、発動させた魔法を遠くまで飛ばすには、それなりの魔力が必要と言われている。
そこまで考えて、以前エルンストが言っていた事を思い出す。
――――エルンスト殿は、魔法の威力は魔力量ではなく、流す魔力の速度だって言っていたな。
クラウスは、後ろで様子を見ているルウィージェスの方を向いた。
「ルウィージェス様、以前エルンスト殿が、魔法の威力は、流す魔力量ではなく、流す魔力の速度だ、と言っていました。」
その言葉に頷くルウィージェス。
「それでは、団員たちが付与魔法を発動させる際に、もう少しだけ流す魔力の速度を速くしたら、魔力のロスを、多少なりでも減らす事は可能ですか?」
「出来るよ。鍔に少しだけ魔力が溜まる程度の速度までならね。付与魔法の時の肝は、如何に魔力が早く刃まで届くか、なんだ。さっき団長が流した速度が、騎士団で使っている剣では、最速で最適な速度だよ。」
そう答えるルウィージェスは嬉しそうだ。クラウスにはその理由は分からなかったが、自分が考えた理論が正しかった事は、自身も素直に嬉しかった。
「このゴブリン戦の間に、少しずつ出来るようになるのが理想ですが、まぁ、終わってからになりますかね。」
「そうだね。全員が習得するまでには時間はかかると思うけれど、今まで付与魔法の訓練を積んできているからね。早い人は、多分、理屈が分かればすぐに実戦で使えるまでになると思うよ。」
古い魔素が完全に除去された訓練場で特訓してきて、魔力制御の訓練も行って来た。
魔導王のルウィージェスから見ても、何人かは、ちょっとしたきっかけで直ぐに出来るまでになっている。
それに、精霊との連絡役としての役割を持つ剣の魂を宿すクラウス自身が精霊剣を手にした事で、大幅に魔力制御力を上げ、それに伴い、魔力の流れをしっかりと把握した。
ルウィージェスがその場にいなくても、部下の団員に指導出来る。
惑星エムラに来た、大きな目的の一つが完遂した。
クラウスは、炎を纏る精霊剣を振りかぶった。
「行け!」
先ほどと同じように、魔力が縦に走るように剣を振る。
剣から離れた炎は、音を立てて凍結ゴブリンを破壊しながら進む。しかも、先程より幅がある。それだけ、炎の渦に勢いがある、という事だ。
そして、その炎の走行距離も、目測、100m位まで伸びた。
「おぉ~、」
先ほどより大きな驚嘆の声が上がる。
「これ程までに違うのか!」
改めて手に持つ精霊剣を見る。
ルウィージェスは、アイテムボックスに入れておけば来世でも使える、と言っていた。
――――はは、もう、普通の剣は使えないな。
改めて、今世の間に、この精霊剣を体得しておこうと、心に決める。
クラウスの顔は満足そうだが、先程、魔力回路を損傷させる、という事故を起こしている。
ルウィージェスの魔法で完治しているとはいえ、一度休憩を取らせる必要がある。
それに魔力も、かつてない程減っている。魔力の残量的には問題ないが、体は慣れていない。
「それじゃ、残りはぼくが片付けるよ。そこの10名なら、ちょっとの説明と練習で、魔力速度を上げる事、出来るようになる筈だよ。」
「お、そうですね。それではルウィージェス様、残りをお願いいたします。その間に説明しておきます。」
ルウィージェスはサラマンダーとフラウを呼び、クラウスの手伝いをするように指示した。
「さてと、」
街の方から正門の方へ、多くの異なる魔力が近づいてきている。領騎士団長らが、攻撃魔法が使える領団員と、魔法の扱いが旨い領団員を連れてきたのだろう。
彼らの前ではあまり派手な魔法は使えない。
エルンストとクラウスが聞いたら、「いまさら?」と言いそうだが。
「この辺りって、元は草原だった筈なんだよね。」
大量のゴブリンの足爪によって掘り返され、数の暴力で踏み固められた地面はボコボコしている。
あまり強い火魔法を使うと、土の中に残る根と種が燃えてしまう。
緑なら妖精魔術の【緑の魔法:草原】で復活させられるが、あまり植生は変えたくない。
「だからと言って、消去も除去も、種ごと消えちゃうしな…。」
とはいえ、凍結ゴブリンだけを消すのは難しい。いや、転移魔法や召喚を使えば簡単だ。だが、あり得ない数のゴブリンが運んできた病原菌なども気になる。
しかも、洞窟内でもライラン領都でも見なかった新型もいた。病原菌も思わぬ進化を遂げている可能性も考慮しておくべきだろう。
ルウィージェスはウイルスの存在は知らないので、ここでは触れない。
ルウィージェスは小さく頷いた。
「種は森から飛んでくるでしょう。それより、『生命の種』に保存してある規則から外れた進化をした可能性のある病原菌を残す事による、未知の感染症の出現の方が、遥かに恐ろしい。」
サラマンダーとフラウの奮闘により、破片は残したままだが7割程の凍結ゴブリンは破壊済みだ。
少しでも小さめの魔術で抑えるには、未破壊の凍結ゴブリンを破壊してから、破片を片付けた方が良い。
ルウィージェスは右手を天に向けて上げた。
「【水魔法:驟雨】」
クラウスたちが担当した範囲の上空にのみ雨雲が立ち込め、激しい雨が音を立てて、10秒だけ降った。
いきなり振り出した激しい雨に、魔力の流れと身体強化の指導していたクラウスは勿論の事、指導を受けていた騎士団員10名と、指導の手伝いをしていたサラマンダーとフラウが驚き、振り向いて、その光景に驚いている間に雨が止み、驚愕する。
ルウィージェスは、右手を上げたまま、
「【攻撃魔法:雷】」
と唱えた。すると、今度は雲の中で稲光が発生し、ゴロゴロゴロゴロと音が鳴り出すと、複数の稲妻が走り、地に落ちたと思ったら、水の上を複数の閃光が縦横無尽に走り、凍結ゴブリンを破壊していった。
サラマンダーとフラウが破壊した、大きめの破片も小さく砕けていく。
ルウィージェスが、上げていた右手を降ろし、前に突き出した。
「【水魔法:プラズマ化】」
その様子を見ていた全員が、ルウィージェスが付きだした右手の前に現れた、大きく眩く光る魔法陣に驚く。
魔法陣の光が治まった瞬間、水魔法で濡れた範囲が濃霧で真っ白になったと思ったら、霧が消えた。
更に、あれだけ激しい雨が降り、ぬかるんでいた地面が、完全に乾燥していた。
そして、ゴブリンは破片一つ残らず、消えていた。
同時に、乾燥している範囲だけ、一段低くなっていた。
クラウスが、内側の結界ギリギリまで移動してきた。
「ルウィージェス様、色々質問があるのですが、…何故、この一帯だけ一団低くなっているのですか?」
クラウスも、濃霧が発生した時点で、ルウィージェスが水を蒸発させたのだ、と理解した。だが、水が蒸発しただけで、何故、地面が低くなったのかが分からなかった。
「未知の進化を遂げたゴブリンの大群だったからね。もしかしたらゴブリンに寄生する微生物も未知の進化を遂げている可能性があると思って。寄生微生物だけでなく、共生微生物も、未知の進化している可能性もあるし。未知の進化だから、微生物にどのような変化をもたらしたかもわからない。もしかしたら、未知の病原菌になっているかもしれない。だから、ゴブリンと共に、土ごと分解した。」
「土を、分解…?」
「うん。今日発見したゴブリンは、皮膚と筋層を進化させて物理攻撃に対する抵抗性を高めてたでしょう?未知の病原菌も、どんな抵抗性を身に付けたか分からないからね。火魔法に抵抗性を持った可能性だってあるでしょう?だから、感染した可能性がある土ごと分解して、無に帰した。」
今回の第61話から、ザークセン州領の話が始まりました。初めに向かったのはヴォルズム領の領都ですが、とうとう、問題が起こってしまいます。
次は、来週10月31日(土)20:00公開予定です。
第66話 「ゴブリンの襲撃㉛―ヴォルズム⑥―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




