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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第64話 「ゴブリンの襲撃㉙――ヴォルズム領④―」

 ザークセン州領ヴォルズム領の領騎士団長エッケハルト・フォン・プロプストだ。

 王国騎士団と宮廷魔術師団がヴォルズム領まで駆けつけて下さった。

 登場の仕方には驚いたが、王国騎士団の戦い方を目の前で見る機会を得たと知った時の俺の気持ちと言ったら。天にも昇る気持ちというのは、こういうのなのだろう、と思った。

 だが、結果は、戦力の違いをただただ見せつけられただけだった。


 領を囲んだゴブリンが、過去に例のない進化を遂げた魔物だと説明を受けた時、内心、心が躍った。

 強い魔物と対峙出来る、それに胸躍らない騎士などいないだろう。武人は強い相手と戦ってこそだ、そう言うものだろう。

 シューバート閣下は、新型ゴブリンと呼んでいると言っていたが、そんなのどうでもいい。早く自分たちの力を試してみたい、それだけだった。

 驚いたのは本当だぞ。

 具体的にどのくらい強いゴブリンなのかを聞いた時は、あり得ないだろう、と思った。そんなの戦えるわけがないだろうと思った。

 更に現実は残酷だった。

 試しに弓矢の得意な部下に試させてみたが、矢は刺さらない、俺の渾身の一撃ですら、軽く怪我を負わせた程度に終わった。

 それに引き換え、王国騎士団の騎士が放った矢は、一度目は軽い負傷程度だったが、二度目は即死させた。


 部下の手前、団長としての矜持(きょうじ)もあって耐えたが、両膝から力が抜けそうになった。地面に崩れ落ちそうになった。


 シューバート騎士団長閣下が、冬に発生したスタンピードの時の話をして下さったが、正直、信じられない思いでいた。

 あの王国騎士団だぞ。国の武の要の騎士団だぞ。それが、全滅寸前まで追い詰められたって、俄かには信じられなかった。信じろという方が難しいだろう。

 それ以上に信じられなかったのが、宮廷魔術師団のフォーゲル団長閣下が神鳥様から、シューバート団長閣下が神獣様から加護を受けている、という話だ。

 そもそも、神鳥様も神獣様も、人と行動するのか?そんな事があり得るのか?


 亜神様の件もそうだが、あのルウィージェスという子どもは何なのだ?

 テューゲンリン王国の古参家のシューバート閣下が「様」と呼んでいた。

 後でリリーエムラ公爵当主の実弟だと知ったが、それでも、何故「様」付けなのだ?

 シューバート閣下は子爵だから、「伯爵」とか「閣下」と呼ぶなら理解出来る。

 宮廷魔術師団のフォーゲル団長閣下もそうだ。二人して、子どもに敬語を使って話すというのは、一体どういう状況なのだ?

 全く理解できん。


 王国騎士団と宮廷魔術師団がトリーマ領に移動した後、領主に亜神様と加護の件について報告したら、

「お前、バカか?そんなバカげた話をまともに受ける奴が何処にいる?そんな与太話を聞いている暇があるなら、騎士団の技術の一つでも盗んでこい!」

 と言われた。まぁ、普通、そうなるよな。

「亜神が本当にいると思っているのか?この年になるまで亜神なんか見たこともないわ。そんな存在しているのかも分からないやつが、あんな若造の前に現れたと言うのか?加護を受けた?そんなくだらない報告するな。俺の時間を無駄にする気か?」

と、けんもほろろにあしらわれたよ。


 完全に嘘だとは思えない。俺に嘘を付く理由がないからな。

 だが、完全に信じる事も出来ずにいる。亜神様だぞ、亜神様。

 本当に存在しているのかすらも分かっていない者だぞ?

 

 そう言えば、精霊がどうのこうのっていう話もあったな?

 一体あれは何だったのだ?

 クラウスの元に駆け寄る、小さな動物。雪狐(スノウ・フォックス)の仔ニックスだ。

 領騎士団長エッケンハルトは、向かってくる小さな動物の正体が雪狐の子狐と分かり驚くが、クラウスが「ニックス」と呼んだ事から、敢えて剣に手を添えず、じっとしていた。

「エッケンハルト領騎士団長、紹介するよ。この仔はニックス。俺に加護を下さった神獣様だ。」

 エッケンハルトは、その単語を理解する事が出来なかった。


 ニックスはクラウスの顔を嬉しそうにペロペロする。

 その様子は、飼い主によく懐いているペットにしか見えない。

 だが、クラウスはシンジュウと言った。

「閣下、あの、先程、小鳥をシンチョウ、この子狐をシンジュウと言っていましたが、あの、その…、」

「俺とエルンスト団長は、亜神様から加護を頂いている。」

 ゆっくりとエッケンハルトの視線がニックスに移る。

 数秒後、エッケンハルトが弾かれたように数歩下がり、片膝を地面に付け、頭を下げ、

「亜神…様…?シンチョウ…神鳥?シンジュウ…神獣?…様?」

 小さく呟いた。


 クラウスは続けた。

「スタンピードの時、俺はまだニックスから加護を頂いていなかったが、エルンスト団長は、神鳥のランから加護を頂いていてな。」

 エッケンハルトが頭を上げた。だが、視線はクラウスの手の高さで止まっている。ニックスを直視する事を避けている。

「宮廷魔術師団とリリーエムラ公爵家の騎士団との合流が、あと、そうだな、数時間遅かったら、恐らく俺たち王国騎士団は全滅していた。」

 クラウスはニックスを撫でながら続けた。

「宮廷魔術師団は、奇跡的に途中でリリーエムラ公爵家の領騎士団と合流を果たしたと言っていた。そのリリーエムラ公爵家の騎士団と一緒に行動していたのが、ルウィージェス様と、ルウィージェス様の専属護衛のカリン様、そしてエルンスト団長に加護を与えた、『魔道神鳥』ラン、亜神様だ。」

 エッケンハルトは、クラウスが伝えようとしている事が理解出来ず、ただ頷いた。

「合流した後は、ホント、今までの苦労が嘘のように楽な戦いになったよ。その最大の理由は、ルウィージェス様、カリン様、そして神鳥ランの結界のお陰だ。」

 クラウスは、視線をニックスより下にしたままのエッケンハルトを見た。

「結界のお陰で戦いは楽になったが、正直、熊種(ベアー)や大型猫種(キャット)などの大型で強い魔物はカリン様が一人で倒された。数を倒したのは、ルウィージェス様、エルンスト団長と魔術師団の攻撃魔法。接近戦しか出来なかった俺たち騎士団が倒せたのは、本当に僅か。何せ、魔物の膂力で剣や槍は簡単に折れる、前足や尻尾に当たれば骨が折れる。」

 クラウスが肩を竦めた。

 エッケンハルトは何と答えたら良いのか、全く分からなかった。

 王国最強で武の要である王国騎士団が全滅に追い込まれる程に膂力を持った魔物のスタンピード。全く想像出来ない。

「だから、騎士団も遠距離戦術を取り入れるしかなかった、という訳さ。生き残るためにな。」

 甘えていたニックスは満足したようだ。自分から降り、付与魔法や弓矢でゴブリン討伐を行う団員たちを、スキル『遠吠えの共感』で応援を始めた。

「騎士なのに、と思うかもしれないが、魔法を覚える事に忌避感を抱く者はいなかったぞ。何せ、一度全滅を覚悟する目に遭ったし、その後、遠距離魔法の有効性を嫌という程、見せつけられたからな。」

 エッケンハルトの肩が少し揺れた。

 副団長フィンの親戚なら、剣の名門ホフマン伯爵家の派閥。王国の南側にある州領の1つを治める一族。接近戦に矜持(プライド)を持つ教育を受けているだろう、そう考えての言葉だったが、その通りだったようだ。


 クラウスは、エッケンハルトを立たせた。

「今回のゴブリン、ゴブリンとは思えない程の膂力を持っていただろう?」

「あ、そ、それは分かりませんが、ただ、ゴブリンを相手にしているとは思えない程、負傷者が多いと感じていました。」

「あのゴブリン、俺たちは新型ゴブリンと呼んでいるが、膂力が半端ない。あいつら、コボルト並みの力を持っているぞ。」

「え?!」

 思わず、外側と内側の結界の間で逃げ回るゴブリンの方を見る。

「しかも、コボルトは跳躍して自重も乗せての攻撃だろう?あいつら、腕力だけで、コボルト並みの攻撃力を持ってやがる。」

「あ、」

 エッケンハルトは、クラウスが言わんとしている事に気付く。腕力だけで、全身を使って攻撃力を上げているコボルトと同等の攻撃力を持つのなら、明らかに、今のゴブリンの方が強い事になる。

「1匹2匹なら、何とでもなる。コボルト並みの攻撃力を持ったゴブリンでもな。だが、あの数を相手にしてみろ。剣も折れるが、それ以前に、握力も腕ももたん。」

 それはエッケンハルトにも理解出来た。

 コボルト2匹程度なら、自分も対処出来る。コボルトの成体の平均的な大きさは、人間族の大人より少し小さめだが、筋量は上。即ち、体重も上。あの勢いと大人同等以上の重さが乗った攻撃を受け続けたら…。5匹連続して受け止めた後、剣をちゃんと握りしめて持ち続ける自信は、はっきり言って、ない。断言出来る。そもそも、5匹を連続して倒せたら奇跡だろう。

 目の前のゴブリンの数が視野に入る。全てがコボルト並みの攻撃力を持っている。

 ――――この数の、コボルト並みの攻撃を剣で…。無理に決まっている。

 漸く、クラウスたちが接近戦を一切行わない理由を理解する。

「今後、ヴォルズム領でも、遠隔戦術を検討してくれ。」

 エッケンハルトの反応は鈍い。理解していない訳ではないのは分かる。

「王国騎士団から派遣してもいいし、騎士団の方に領騎士を留学させてもいい。やり方は色々ある。」


 クラウスはエッケンハルトの肩を軽く叩き、戦闘中の部下の元に移動した。

「急いで全てを倒す必要はない。時間はある。魔力の低下を感じたら無理するな。体力的に余裕があれば弓矢に変更、魔力低下からくる疲労感が強い場合は、しっかりと休め。」

 凍結を逃れ、逃げ回るゴブリンは残すところ、三割程度と言った所だった。

 

 ルウィージェスが、結界内に閉じ込めたゴブリンを連れて戻って来た。

「クラウス団長、従来の大きさのゴブリン、とりあえず10匹捕まえてきた。」

 着地すると、結界の形を檻型に変えた。だが、臭いは漂ってこない。消臭効果付きの檻のようだ。

「これだけ近くから見ても、普通の、従来のゴブリンにしか見えないのですがね~。」

「そうなんだよ。だからぼくも驚いた。」


 その時、正門の方から領騎士と思われる者たちが数名走ってくるのが見えた。

 どうやら、エッケンハルトに用があるようだ。

「俺たちは気にしなくていいぞ。」

 クラウスが声を掛けると一礼し、エッケンハルトの前に立った。

「報告いたします。領壁内のゴブリン、見かけなくなりました。現在、叢(くさむら)や樹木の上に潜んでいないか確認しておりますが、これで見つけられなかったら一旦、全滅宣言を出しても良いのでは、と副団長からの伝言です。」

 その言葉に、クラウスとルウィージェスも、一安心する。

 やっと、目途が立ったようだ。

「エッケンハルト領団長、ちょうど良い。2名程、弓矢の得意な騎士の手を借りたい。」

 驚くエッケンハルトにクラウスが説明すると、檻にいるゴブリンが何なのかを理解したようだ。

 報告に来た部下に2名、弓矢を持って連れてくるよう伝える。


 やって来たのは、弓術では5本の指に入る2名だという、名をダニーとビウスと言い、32歳の中堅と28歳の中堅目前の若手。

 説明したのはクラウス。二人とも、クラウスの説明を聞き驚く。

「矢に特殊な加工とか、しているか?」

 クラウスがエッケンハルトに聞くと、一切していない、との事。

 ルウィージェスが、大きな檻の隣に小さな檻を作り、そこに1匹だけ移動させ、大きな檻から少し離した。

「ちょっと、試してみてくれ。」

 エッケンハルトに伝えると、先ずはダニーから行う事になった。

 檻からの距離は、10m程度。

 普段は、もっと遠くに獲物がいる時に弓矢を使う。この距離だと、かなり近く感じる。

「よし、ダニー、やってくれ。」

 エッケンハルトの言葉に、領騎士ダニーは深呼吸をし、弓を構える。

 名手というだけあって、なかなかの引きだ。キリキリと弦がしなる音がする。

 ヒュン

 いい音を立てて、矢が飛んでいく。

 ゴブリンを直撃した。だが、腹に当たった矢はポンと弾かれた。

「「え?!」」

 思わず揃って声が出たのは、矢を放ったダニーと、それを見ていたビウス。

 エッケンハルトは驚きの余り、声すら出なかった。

「やっぱりか。」

 ルウィージェスの魔法の威力に抵抗した、と聞いた時から予想はしていたが、実際に見てしまうと、気が滅入る。

「これも、新型?」

「新型、になる、よなぁ~。」

 そう答えたクラウスは、左手で後頭部をガシガシとするが、視線は領騎士らから離さない。

 エッケンハルトはビウスに命じ、同じ個体に向かって矢を放つ。

 結果は、はやりポンと跳ね返され、傷一つ付けられていない。


 クラウスはエーギグ弦でゴブリン討伐を行っているドミニクを呼んだ。ドミニクは、スタンピードの時に左手首を激しく負傷したパルオの同期。二人とも、スタンピード後に第2小隊所属となった。

 クラウスから説明を受けたドミニクは、一度目はエーギグ弦と普通の鳥の羽根を使った矢で試す。

 ずっとゴブリン退治をしていて、少し手に疲労が出始めている。

 両手を振り、余計な力を抜いて矢を構えた。

 ヒュン

 ドミニクの矢がいい音を立てて飛んでいく。

「ギー」

 悲鳴が上がり、ゴブリンは腹に刺さった矢を抜こうとしている。

「浅いが、とりあえずは刺さったな。」

「普通の鳥の羽根の矢とはいえ、これは、ちょっとショックですね。」

 クラウスとドミニクは、負傷し暴れるゴブリンの近くに寄った。

「刺さってはいるが、少ししか出血していない。これでは、逆に興奮させるだけだな。」

「ですね。」

 驚きの余りに全く動けなかった領騎士団の3名。

 ルウィージェスに声を掛けられ、慌てて檻に近付く。

「致命傷には程遠いが、刺さっているな。」

 エッケンハルトの部下2人はかすり傷一つ負わせる事が出来なかったが、王国騎士団員が放った矢は刺さった。

 実際に矢を放った二人は、ショックの余りに言葉が出ない。

 クラウスに頼まれ、ルウィージェスは別な小さな檻を用意し、もう一匹を移動させた。

「今度は、魔鳥の矢を使います。」

「おう。」

 ドミニクは再度両手を振って余計な力を抜き、矢を構えて少しだけ魔力を流す。

 ビュ

 追う事も出来ぬ速度で飛び、ゴブリンの腹に矢が深々と刺さった。

 近付いてみると、背の方まで矢が貫通していた。心臓を破ったのか、ゴブリンはこと切れていた。悲鳴は上がらなかった。

「魔鳥の羽根なら通るか。」

「ゴブリンなのに、魔鳥の羽根じゃないと致命傷を負わせられないって、もう、ゴブリンじゃないですよね、これ。」

「ったくだよな。」

 

 驚きすぎて、逆に冷静になったのか、エッケンハルトがクラウスに声を掛けた。

「閣下、質問、よろしいでしょうか。」

「構わないぞ。」

「何故、矢が刺さったのでしょうか?」

 ダニーとビウスが、同時に小さく頷いた。二人とも、この結果に納得がいかない様だ。

「その前に、ちょっと確認したい事がある。それからでいいか?」

「勿論です。」

「すまない。」

 クラウスは檻の傍に立つルウィージェスの方を向いた。

「こいつの腹を切り裂いて、実際に皮の厚さを調べたいのだが、ここで切り裂いたら臭い、出てきてしまいますか?」

 エッケンハルトはギョっとした顔で二人を見る。

 エッケンハルトは、ルウィージェスの素性を聞いていなかった。

 この時になって、先程からクラウスが、この子どもを「様」を付けて呼んでいる事に気付く。

「あ、大丈夫。消臭機能付き結界にしてあるから。」

「了解。」

 そう言うと、クラウスは人差し指をゴブリン向け、【風魔法:ザク】と唱え、ゴブリンの腹を切り裂いた。

「へぇ?」

「ぐふぅ」

 異口同音に変な声を出したのは、領騎士団の3名。

 変な音と共に噴き出したのはルウィージェス。

「ん?」

 何事かと音を出した者たちを見る、騎士団の2名。

「あ、閣下、今の、魔法は?」

 エッケンハルトの質問で、漸く理解する2人。

「あ~、【風魔法:ザク】?これは、以前、エルンスト団長に、小さく『ザク』と切る魔法はないかと聞いたら、その場で作ってくれた魔法だ。」

「は?作った?」

「魔法って、作れるのか?」

 思わずお互い顔を見合わす領騎士団の3名。

「エルンスト団長って、宮廷魔術師団長のフォーゲル伯爵の事、ですよね?」

「そう。エルンスト団長は魔法陣研究の第一人者でもあるからな。結構、小さい便利魔法を作っているぞ。」

「あ、あの、質問させて頂いて宜しいでしょうか?」

 手を上げながら聞いたのはビウス。

 クラウスは頷き、話を促した。

「魔法が作れると言うのに、先ず驚いたのですが、その、魔法名は、その、」

 適当でいいのですか?とは、流石に聞きづらかったようだ。

 クラウスも、ビウスが何を言おうとして躊躇したか直ぐに気付き、小さく苦笑する。

「俺たちが魔法を使う時って、魔法陣を先ず頭に浮かべるだろう?」

「はい。」

 頷く3名。

「それだけでも魔法は発動されるけれど、それに更に実際に放つ魔法を強くイメージすると、より威力が増すのだそうだ。放つ魔法のイメージは、明確であればある程、威力が強くなる。これはルウィージェス様もエルンスト団長も良く言っている。」

 魔法陣の中に流れる魔力の件は、ここでは触れない事にする。彼らは騎士だ。魔法属性を持っているかも分からない。そこまでの情報は、今はいらないだろう、そうクラウスは判断した。

「明確なイメージを補強してくれるのが、魔法名。だから、魔法名は放つ魔法をイメージしやすい名前で、全く構わないのだと。俺は、この魔法は『ザク』と切るのを目的にしているから【ザク】と付けたが、騎士団員の中には『スパ』と言ってこの魔法を展開する者もいるぞ。俺も、スパっと切りたい時は、【スパ】と言って、イメージを明確にしているしな。」

「クラウス団長、それはあくまでも初級魔法まで、だよ。」

「あ、そうだった。中級以降は、魔法名に意味が伴うから、もうちょっと複雑になるらしい。」

 ルウィージェスに言われて、大切な情報を思い出す。

「そういう訳で、敢えて『切断』とは付けていない。今、俺は『ザク』と切りたかったから【ザク】と唱えた。」

 今度手を上げたのはダニー。クラウスが頷いて質問を促す。

「私は火魔法が使えます。【火魔法:種火】を【火魔法:小さく燃えろ】とイメージしても、魔法陣をきちんと出せれば、魔法は発動するのでしょうか?」

「ん~、普段は【種火】として魔法陣を浮かべているんだよね?理屈としては発動しない事はないんだけど、ちゃんと魔法陣、作れるかな?試してみる?」

 答えたのはルウィージェス。アイテムボックス内から薪を一本取り出し、風魔法で細く切り分け、燃えやすくした。

 領騎士の3名は驚いたが、当代国王の右腕の宰相で古参侯爵家当主の実弟で有名な王国騎士団長が「様」と敬称を付けて呼び、同じく古参家のフォーゲル伯爵よりも前に名前を出す相手。質問は躊躇われた。

「これに【種火】を、【小さく燃えろ】で試してみて。」

「あ、はい。」

 ルウィージェスは、細く切り分けた薪を燃えやすいように並べ、その下に、アイテムボックス内から藁を少し出し、種火が付きやすいようにした。

 ダニーは綺麗に円形に並べられた薪の前に立ち、【火魔法:種火】の魔法陣を思い浮かべる。そして、放った後、並べられた薪に着火し、小さく燃える様子をイメージした。

「【火魔法:小さく燃えろ】」

 前に出した右手の前に魔法陣が展開され、薄く光った。すると、薪の上の小さな種火が現れ、薪に着弾すると、下に敷いておいた藁に火が移り、小さな炎が薪をじりじりと焼き、火が付いた。

「おぉ~、出来たね。」

 ダニーは感動の余り、言葉にならなかった。

「本当に、発動した…。」

 そう呟いたビウスが手を上げた。クラウスが頷く。

「同僚に、火魔法属性を持つのに、全く魔法が使えない者がいます。それは、単純に、しっかりと魔法陣を描けていないからなのでしょうか?」

「属性がある以上、一定の魔力を持っている筈だから、魔法は確実に使える筈だよ。属性を持つのに全く魔法が使えないのは、ビウス騎士が言う通り、魔法陣をきちんと描けていないからだよ。そういう場合は、目の前に魔法陣を写した紙をおいて、見ながらすれば成功すると思うよ。」

「おぉ~、ありがとうございます。」

 ビウスはルウィージェスとクラウスの二人に深々と頭を下げた。


 その間、切断されたゴブリンの腹を見ていたドミニクがクラウスを呼んだ。

「団長、このゴブリン、皮も分厚(ぶあつ)いですが、皮下の筋層も、従来のゴブリンより分厚くなっているような気がします。この皮膚、これほどしっかりとした構造は、中型以上の獣を彷彿させます。」

 そう言われ、クラウスも檻の中を覗いた。

「確かに、これはそれなりの獣に近い分厚さ、だな。」

 クラウスはアイテムボックス内から短剣を取り出し、柵の間から短剣で皮膚を刺す。

「お、刺さらない。」

 クラウスはドミニクに短剣を渡した。

「おぉ~、本当に刺さりませんね。」

 ドミニクは短剣をクラウスに戻すと、佩いている剣を抜き、剣で刺してみる。

「団長、このゴブリン、新型ゴブリンより厄介なのでは?」

 死んでいるから筋肉に張りがなく、ふにゃと刃が刺さずに沈むのか、本当に切れないのか。

「生きているゴブリンで試してみる?」

「剣で刺せなかったら、一大事だ。」


 その様子を、ドミニクの後ろから見ていたのは、エーギグ弓矢でゴブリン討伐を行っていた第3小隊所属のディエモ。ちょうど、手が疲労で震えが出てきたので、休憩を取っていた。

「ルウィージェス様、団長、このゴブリンも古い魔素対策で皮膚を厚くしたのですか?」

「多分違うと思う。」

 その質問に対し、即答で否定したのはルウィージェス。

「皮膚がこれだけ厚くなったら、逆に魔素転換率が落ちるから、どちらかというと、囮(おとり)としての進化?」

「囮、ですか?」

 クラウスも、その意味を掴みかねた。

「一番分かりやすいのが蟻(アリ)とか蜂なんだけど、蟻も蜂も、巣から離れて遠方まで行くのは、年を取った奴だけなんだよ。若いうちは、巣の中や巣の周りで働いている。遠方に出かければ、それだけ捕食される危険率が上がるでしょう?だから、若い働き盛りには、そういうリスクは取らせない。」

「な、何と世知辛い…、」

 ドミニクが、口元を抑えながら呻いた。

 皆が頷きながらも苦笑する。


 ルウィージェスは敢えて言わなかったが、働き蟻も蜂も雌(メス)のみ。雄(オス)は繁殖の為だけに生きて、生殖が終わったら死ぬ。だから、遠方に出かけるのは媼(おうな)のみ。

 自分も男であるルウィージェス。そういう生態であるとはいえ、何となく、口にするのを躊躇った。


 ルウィージェスは、切り裂かれたゴブリンに視線を移す。

「本来、獣も内臓に近い腹の部分の皮膚はとても薄い。だから、本来薄い筈の腹部の皮膚がこれだけ厚いと、魔力変換率は低い。かなり低い。ヒト族で言えば、怒りん坊になる?多分、皮膚を厚くして死に難くして、暴れる時間を長くする。そうする事で、自分たちを狙う敵をこのタイプのゴブリンに引き付けて、仲間を逃がす、もしくは、攻撃をする隙を作らせる。そういう目的で進化した、というのが、ぼくとしては一番納得がいく。というか、」

 ルウィージェスは、檻の中で暴れるゴブリンに視線を移した。

「このゴブリンの繁殖力、昆虫並みだよね?だったら、昆虫みたいな生態を獲得しても、おかしくはないかな、と、ちょっと思ってる。これだけの繁殖力なら、短期間で進化する事も可能だろうし。攻撃に特化した進化と防御に特化した進化。かなり稀な進化を辿ってはいるけれど、不可能ではないと思う。」

 ――――ただ、『生命の種』に記憶されている生態からは、大きく外れているけどね。


 昆虫並みの繁殖力を得れば、昆虫のような生態が理に適う。進化で成功するのは、理に適う進化をしたもの達。恐らく、これら末端兵の生殖能力は極端には上がっていない。逆に失っている可能性すらある。何故なら、常にイライラして暴れるものが増えすぎるのは、集団生活を行うゴブリンにとっても不都合だからだ。

 そう考えると、巣から離れたのは蜂でいうところの分蜂(ぶんぽう)とも取れる。

 食料が豊富な人里や街は、昆虫並みに増えた仲間を養うのにちょうど良い。しかも、人工建物もあり、雨風を凌ぐ場所はいくらでもある。


 ふと、ルウィージェスは、足りなかったピースに手が届きかけた気がしたが、まだ決定的な何かが抜けている。


 とはいえ、今は、攻略方法を探す方が先だ。

 ルウィージェスは、もう一つ別な、更に小さめな檻を作り、ゴブリンを1匹だけ移し、檻を移動させた。

「閣下、私に試させて頂けませんか?」

 驚きの連続で疲れたような顔をしたエッケンハルトが、クラウスに申し出た。

「その剣は、一般騎士と同じか?」

「いえ、団長、副団長に渡されている剣です。もし、これで切れなかったら、我々には成す術がない、という事になります。」

「そうだな。」

 クラウスは横に移動し、正面をエッケンハルトに譲った。

 エッケンハルトは、ゴブリンの正面に立った。ゴブリンが手足を動かし、威嚇しようとしている。だが、檻が狭く、殆ど身動きが取れない状態で、甲高い声で必死に威嚇している。

 一番力が入る足場を探し、剣を前に構え、突き刺す的を腹に絞る。

「は!」

 エッケンハルトが力一杯、剣を突き出し、腹を刺した。

 刺さりはした。だが…。

「これだけ力を入れて刺したにも関わらず、」

 血は流れたが、その傷は致命傷には程遠かった。

エッケンハルトたちに問うたのはクラウス。

「領壁内に入り込んだゴブリンで、切れなかったという報告はあったか?」

 三人は顔を見合わせ、部下の二人が首を横に振る。

「ふむ、という事は、壁内に入り込んだのは、膂力を持ったゴブリンだけだった、という事か。」

 少し体が大きくなり膂力を得たゴブリンだから、領壁を登れたという事になる。もしかしたら、こっちの新型は防御に特化し、膂力は上げていない可能性も出てきた。

 更に言えば、ライラン領を襲撃したゴブリンの中には、この小型ゴブリンはいなかった、という事だ。

「この新しい新型は、岩山の営巣地で進化したやつなのかもな。」

「はい、ライラン領で切れないゴブリンはいませんでした。」

 自分に視線を向けたドミニクに、ディエモも首を左右に振り「いなかった」と答えた。

「俺も、そういう報告は受けていない。」

 思わずクラウスから溜息が漏れる。


 唸ったのはエッケンハルト。

「矢も効かず、剣でもまともに切れない。俺たちはどうやって戦えばいいのだ?」

 エッケンハルトは団長であり、司令官だ。本来、団長が部下の前で弱音を吐くなど許されない。

 だが、ダニーもビウスも、そんな団長を責める気にはなれなかった。当然だ、二人とも、同じことを考えていたのだから。


 クラウスが気になるのは、リリーエムラ公爵家の騎士団の状況だ。あそこの戦力は、かなり剣に依存している。

 結界内のゴブリンは全て凍結済みで、フラウとサラマンダーは、騎士団員に魔法の使い方の指導をしている。

「ドミニク、ちょっとリリーエムラ公爵家の騎士団の進捗状況を見てきてくれ。」

「承知しました。」

「あ、それから、この件もアダルベルト団長とウィルヘルム団長に話してくれ。」

「は!」

 ドミニクは一礼して、アダルベルト班が受け持つ方へ走り出した。


 クラウスも困っていた。エーギグ弦の使い方を教えたくても、近くの森までエーギグを取りに行く事が出来ない。洞窟討伐前、リリーエムラ公爵家の騎士団に教えた時に、かなりの在庫を使ってしまった。

 今後、剣や槍での接近戦が望めない以上、エーギグは貴重。

 魔鳥の羽根も同様だ。今、森はゴブリンに蹂躙(じゅうりん)されている。魔鳥は既に遠くに逃げているだろう。普通の鳥も同様だ。

 魔法による遠隔攻撃も、それ程期待できないだろう。何せ、属性を持ちながら、全く魔法が使えない者がいて、その解決方法すら知らなかったのだ。領経営の学び舎で魔法を学んだ者が少ないのかもしれない。

 貴族家出身や縁の者なら、王立学校なり州領もしくは領経営の学び舎で、魔法の基礎は学ぶ。だから、属性を持ちながら魔法が使えない者は、公立の学び舎で学んでいない者、となる。

 そう考えたクラウスだが、クラウスとエルンストが加護を受けて以降、全く無縁となった古い魔素問題が原因である可能性にも辿り着く。

 ここは岩山から比較的近い場所。飛躍的に進化したゴブリンが多く棲む地域。もしかしたらこの辺りは、古い魔素の濃度が高かった可能性もあり得る。

 今となっては、もう思い出すのも難しくなってしまったが、王国騎士団の入団試験に合格する者ですら、施行する魔法は不安定な者が多かった。かくいう自分もそうだった。


 だが、今、ここの古い魔素は、自分が魔法を施行した事で完全に浄化されている。

 精霊たちと共に、団員に魔法の指導を始めたルウィージェスにクラウスが聞いた。

「ルウィージェス様、もしランがこの領都内を飛び回ったら、古い魔素は浄化されますか?」

「スキルを発動させながら飛んだら、浄化されるよ。」

「その上で、ここの領騎士らに魔法の基礎を教えたら、攻撃魔法の威力、少しは改善される可能性はありますか?」

「十分にある。ぼくとしては、攻撃魔法が使えない者には、魔力を体内に循環させて身体強化を促す方法も、同時に教える事をお勧めする。」

 クラウスは礼を言うと、エッケンハルトたちが佇む場所に移動した。

「エッケンハルト領団長、ここの騎士団に、攻撃魔法が使える者がどのくらいいるか、分かるか?」

「皆初級レベルではありますが、30名位は魔法が使えます。」

「その30名、出来る限りでいい。呼び集められるか?魔法の基礎を叩きこむ。多少は威力の増加が見込める筈だ。それと、攻撃魔法属性は持たずとも、魔法の扱いが旨い者がいたら、数名程。」

「攻撃魔法は分かりましたが、魔法の扱いが旨い者を集めるというのは?」

「身体強化の方法を伝授する。魔物も、魔法が使えるやつの方が、一般的に強いだろう?」

「はい。」

「我々人間族も同じさ。魔力の扱い方一つで、膂力を上げる事が出来る。」

 その言葉に、3人の表情が少し明るくなった。

「今から全員集めて来ます!」

 3人はクラウスとルウィージェスに礼をすると、走って領都内に戻って行った。

 今回の第61話から、ザークセン州領の話が始まりました。初めに向かったのはヴォルズム領の領都ですが、とうとう、問題が起こってしまいます。

 

次は、来週10月24日(土)20:00公開予定です。

第65話 「ゴブリンの襲撃㉚―ヴォルズム⑤―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


月(つき) 千颯(ちはや) 拝

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