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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第63話 「ゴブリンの襲撃㉘――ヴォルズム領③―」

 初めまして、本編には名前しか出てこない、王国騎士団副団長のフィン・フォン・ホフマンです。


 エッケンハルトの事はよく覚えていますよ。一番年が近い親戚ですからね。幼少の頃、王都のホフマン伯爵邸で何度か会っています。お互いの母親が従妹同士という事もあって、親戚筋の中では、比較的会う頻度が高かったですね。


 4年年上のエッケンハルトは、何と言うか、自分の方が上だ、という意識が、子どもの頃から非常に強かった、そういう印象があります。

 子どもの頃は頼もしいと思っていました。

 しかし、ある程度自分も成長した後は、言葉は悪いですが、鬱陶しいと感じる場面が多々あったかな。


 エッケンハルトが二年連続して王国騎士団の入団試験を受け、補欠にも届かなかった、という話は聞いていました。三度目は寄り親として父が受験を許さなかった、と聞いています。これ以上、恥の上塗りをするな、と直接言ったらしい。


 自分が言うのもなんですが、父は、正直、その結果を当然のことと受け止めていたように見えました。

 まだ子どもだった当時は、何故父がそこまで冷たい反応をしていたのか、全く理解できませんでしたが、自分が入団試験に合格した後の、あのエッケンハルトを見て、なんかすごく理解出来てしまいました。


 ホフマン伯爵家は代々剣の家系で、シューバート侯爵家に並ぶ名家、と言われていると、父ですら自負していますが、あれは、自画自賛ですね。

 先ず、シューバート侯爵家は剣だけでなく、攻撃魔法を使う魔術にも長けた一族です。

 我が一族は、確かに昔から剣の名家に相応しい成果、王国騎士団の副団長を数多(あまた)排出してきた一族です。

 ですが、魔法に関しては、一応攻撃魔法が使える、という程度で、シューバート侯爵家の者が扱う魔法とは比較にならない威力です。

 しかも、剣の技術も全く違う。

 シューバート侯爵家の者、特にクラウス団長は、類を見ない天才です。

 我が一族で、過去に一人でも、あのような天才が生まれ出た事があれば、騎士団の歴史にも名を刻んでいる筈ですが、そのような者はおりません。

 クラウス団長の剣の技術は、近くで見れば分かります。レベルが違います。


 話が逸れましたが、まぁ、ホフマン伯爵家の者は、幼少の頃から剣の特訓を受けます。自分も、泣きながら剣を握り続けて来ました。

 魔法は使えないから、せめて剣の技術だけはシューバート侯爵家に負けたくない、という感じですかね~。

 常に隣で見ている自分からしたら、そもそも才能が違うのだから、無理だろう、と思うのですが。


 そのホフマン伯爵家の考え方を歪曲し、傾倒したのがエッケンハルト。

 別に、父も、誰も、魔法を軽視していないですよ。

 そういう家訓もありませんよ。

 父も、フォーゲル伯爵家の魔法の威力を見ていますからね。魔術師を敵に回してはならぬ、と思っているくらいですよ。


 自分が王国騎士団に入団後、エッケンハルトとの連絡が一時途絶えました。

 あの時の、あいつの素行の悪さと言ったら、父が貴族家籍からの追放を考えた程でした。

 自分は知りませんでしたが、あいつの母親が従妹である自分の母親に泣きついてきた事が何度かあったそうで、その度に、自分の妻に頼まれ色々とホフマン伯爵家の権限でもって問題を回避させたとか、あと、揉み消した事が複数回あったらしい。


 王国騎士団では、騎士とは、という事を先ず初めに学びます。

 そして、その責任についても、学びます。

 今、副団長をしているから知っていますが、己に甘い者は、入団試験の点数に関係なく、落とします。

 エッケンハルトは、己に甘い者と判断され、補欠にすら受からなかったのです。

 それに、あの魔法軽視の思想は、騎士団員として相応しくありません。

 自分がもし試験官として立ち会っていても、落としていたでしょう。


 自分が騎士団の副団長に就任した祝いの席で、軽く酔っぱらった父が言っていました。

 あいつ、面接の時に魔法に関する質問の時に、「使える」とか「使ってやる」とか、そういう言葉を頻繁に使っていたそうです。

 自分が部下を持つ立場になったら、という質問時にも、同様だったそうです。

 そりゃ~、落ちますよね。何様ですか?って感じです。


 それを聞いた時に、幼いころの事を思い出しましたよ。

 あいつ、自分に対しても、「やってやる」とか「やらしてやる」という言葉を頻発させていたんですよね。

 その時に、そうか、俺、あいつのそういう言葉遣いを「鬱陶しい」と感じていたのかと、理解した。

 

 親戚だから、完全に切り離すつもりはないけど、一緒に行動を共にするのは遠慮したいですね~。

 今、あいつはヴォルズム領の領騎士団長に収まっているらしいが、大丈夫かね。

 あの考え方で、部下、纏められるのかね。

 

 エッケンハルト、はっきり言うぞ。魔術師は剣士より遥かに強いぞ。

 剣士は接近戦に持ち込まない限りは全く戦力にならないが、魔術師は、100m離れていても、攻撃、出来るのだからな。

 接近戦をさせてくれる敵は、少ない。

 人間族同士くらいじゃないか?お互いに接近戦に持って行こうとするのは。

 はっきり言おう。今のままでは、恥をかくのは、お前自身だからな。


 最後に、自分がまだテューゲンリン王国王立アカデミーの初等部にいた時、王国騎士団と宮廷魔術師団合同で、家族に自分たちの日々の訓練を見てもらう事を目的とした家族参観日があって、自分も父に連れられて行ったのだが、その時、当時まだ同じ初等部だったエルンスト団長が、何故かクラウス団長の祖父、クラウディウス・フォン・シューバート前侯爵に連れられて騎士団の訓練所に来た。

 当時のエルンスト団長は、入学当時から魔法の威力が桁違いで有名人だったら、自分も知っていた。しかも、魔法の名家のフォーゲル伯爵家の者。

 何故、ここ、王国騎士団の方へ?という疑問で、思わず凝視してしまったのを覚えている。


 そうこうしているうちに、何故か、参観日に参加している子どもたち同士で、模擬戦を行う事になったのだが、当然のように剣で1位になったのは、当時は自分より遥かに小さかったクラウス団長。

 そして、クラウス団長とエルンスト団長が1対1で模擬戦を行う事になったのだが、その時の二人の会話は、子どもながらに不思議な思いで聞いていた。

 小さいエルンスト団長は、もっと小さいクラウス団長に、小さな声で、

「相変わらずですね、シューバート。」

と言い、小さいクラウス団長も、それまでとは全く違う口調で、

「フォーゲル、そなたもな。」

と言ったのだ。

 その会話が聞こえた時、思わず二人をまじまじと見たよ。何故、姓で呼ぶ?と思ったのを覚えている。

 だが、その戦いは凄まじかった。

 小さいクラウス団長、子どもだったとはいえ、あのエルンスト団長の魔法を剣で切ったのだ。

 驚いたね!自分も、ホフマン伯爵家の者としての自覚は、既に当時あった。だから、剣の名家の子息として恥ずかしい姿は見せられないと、剣の訓練を怠ったことがなく、当時の自分も、それなりに自信があった。

 なのに、自分より小さい子が魔法を剣で切ったのだ。当時の俺は、そんなの見たことも聞いたこともなかった。

 それに対して、小さいエルンスト団長は全く驚いておらず、

「相変わらず器用ですねぇ~」

と呑気な口調で話していた。

 クラウス団長も、

「まだ子どもなんだから、威力抑えろよ。」

と、大人の口調で話していた。

 最後は、魔法と剣の両方が使えるエルンスト団長が勝ったけれど、あの時、俺は、自分はまだまだだ、と猛省したよ。自分より小さいクラウス団長の剣技に完全に呑まれた。エルンスト団長に対しては、魔法使いってこえぇ~、という印象の方が強く残ったよ。

 剣技も、自分より上なのは分かった。

 魔法使いなのに、すげぇ~な~、と思って、父親に感想を聞かれた時にそう答えたら、「魔法使いの方が剣士よりも強いぞ。」と言われて、魔法使いについてとくとくと説明されたのは、ある意味、いい思い出だ。考えを改めた瞬間、そう断言して言い。


 それ以上に驚いたのが、クラウディウス前侯爵が、騎士団員に言った言葉だ。

「誰か、俺の弟子の魔法を受けてみる勇気のある者はいるか?こいつの得意魔法は風魔法だ。」

 騎士団員になって、クラウディウス前侯爵がエルンスト団長の剣の師匠になった理由を聞いて謎は解けたけど、当時は、フォーゲル伯爵家の者の師匠がシューバート侯爵家の前当主?と驚くばかりだったな、俺。


 クラウス団長との模擬戦で、エルンスト団長の魔法の威力を実際に見ていたからか、誰も手を上げずにいたら、当時団長だったベンジャミン・フォン・シューバート侯爵と自分の父親が、長めの盾を持って、エルンスト団長の前に立った。

 大人二人、しかも、当時の王国騎士団の団長と副団長が、初等部在中の小さなエルンスト団長の前に盾を持って対峙した。

 子どもながらにワクワクしたね!父上には悪いが、俺は自分と同じ子どものエルンスト団長を応援したよ。当然だろう?子どもが大人に勝つって、格好いいじゃないか!


 結果は、エルンスト団長が唱えたのは一回だけ。

 それだけで、盾で風を跳ね飛ばしやり過ごそうとした大人二人が吹っ飛ばされて壁に激突して、しばらく動けなくなった。

 俺は驚いて、自分の父親が心配で走って激突した壁まで行ったけど、クラウス団長は、腹抱えて笑っていた!

「こいつの魔法、舐めすぎだぞ、団長さん!」

って、涙流しながら笑っていた。

 笑っていたのはクラウス団長だけでなく、団長の祖父のクラウディウス前侯爵も同様だった。

「そなたら、子どもが放つ魔法だからと、侮っていただろう。魔法の威力は、年齢じゃないぞ。いい勉強になったな。」

 自分にとっても、いい勉強だったと、今になって思う。

 因みに、エルンスト団長が次期宮廷魔術師団の団長になると、騎士団で断言したそうだ。誰もが、誰もこの子には勝てないだろうと、この子以上の魔術師は現れないだろうと、それが総意だったそうだ。


 でも、一番驚いたのは、二人とも、当時の事を覚えていない事です。

 結界について説明をしていたが、そもそも結界を理解してなかったヴォルズム領主とその家令と執事。

 だが、ルウィージェスが模型を使って説明をしたお陰で、漸くイメージがつかめたようだ。


 クラウスは改めて三人を見た。

「ルウィージェス様が模型を使って説明をして下さったが、理解して貰えただろうか?」

 家令のビョルンと執事のバーカードの二人は、姓を持たないが貴族家に連なる者たち。当然、シューバート侯爵家とフォーゲル伯爵家が、王家から何度も降嫁を受けている事を知っている。両家は、王国内で最も王家に近い者たちで有名な一族。

 王家の血縁者でもある団長二人が、ルウィージェスへの敬称を「伯爵」ではなく「様」に変えた事に気付く。

 それが、エルンストの説明が事実であると、家令と執事の二人を理解させ、認めさせた。


 敬称の変化に気付いた事で、反応が遅くなり慌てたビョルン。

「は、はい。模型を使った説明は、とても分かりやすかったです。ありがとうございます。」

 ビョルンの言葉遣いが怪しくなっている。ルウィージェスの立場を知り、その事で頭がいっぱいになっているのだろう。故に、思わず、ルウィージェスの口調に引きずられてしまったと思われる。見た目年齢も、多大に影響していそうだ。

 ビョルンの返事に、思わず吹き出しそうになったクラウスは、咄嗟に腹筋と表情筋に力を入れ、堪える。それに気付いたのは隣に立つエルンスト。クラウスの笑い上戸発動点の低さに、少し呆れる。

「ルウィージェス様の空間魔法【ゲート】でライラン領から団員たちを呼びたいのだが、総勢450人を超える。それだけの人数を収容できる場所はあるか?」

 家令ビョルンと執事バーカードが、領主ブルーノに何か所か候補を上げている。

「その人数なら、領騎士団の訓練場が良いだろう。」

 そう答えたのは領主ブルーノ。


 家令ビョルンは領騎士団に伝令を出しにその場を離れ、領騎士団の訓練場までは、執事バーカードが案内してくれた。

 移動中に見えた風景と歩いた感覚として、ヴォルズム領都は全体的に平坦だ。領主邸は、小高い場所に建ってはいるが、ライラン領都のような勾配のある坂は見られない。

 ライラン領都の領騎士団演習場は第三まであったが、ここには第二までしかない。しかも、広さもライラン領都程ではない。

 ルウィージェスはライラン領都とヴォルズム領都、共に結界で街を囲んだが、広さはヴォルズム領都がある。つまり、領民の数が、こっちの方が多い、という事になる。


 ライラン領都は、正面に岩山、裏手側に丘陵があり、裏側は崖になっていた為に気にする必要はなかったが、ここは、四方が草原に囲まれている。

 よって、四方がゴブリンで囲まれている。クラウスとエルンストは、小声で割り振りをどうするか話しながら歩く。


 第一訓練場の方が、若干広い。【ゲート】を開き、クラウスがゲートをくぐった。

 アリカントは、また戦う気満々の様だ。先ほどから、「まだ?」と聞いてくる。

 エルンストが気になっているのは、街の中の状況だ。

 執事バーカードにエルンストが問う。

「領壁内に結構な数のゴブリンが侵入しているようですが、現在、被害状況はどうなっているのですか?」

 その言葉を聞いた瞬間、バーカードの表情が少し暗くなった。

「正直申し上げますと、芳(かんば)しくありません。数としてはそう多くないのですが、侵入した多くのゴブリンは屋根や木、枝、壁や塀を移動していくので、討伐に大変苦慮しております。現在、領騎士と兵士が対応しておりますが、戦いにくい状況だからでしょうか、討伐数と比べると、負傷者の方が多い状況となっております。それに、建物の被害も、増える一方でして。」

 どうも、まだ従来のゴブリンと同様の対処を行っているようだ。

 エルンストは、今まで討伐して来たゴブリンについて簡単に説明すると、負傷者が増えた理由は、単純に不意打ちを喰らっているからだろう、と考えていたと言う。

「それ程までに異なる膂力を持つゴブリンなのですか?」

「えぇ。従来のゴブリンと同様の対応をしていては、負傷者が増える一方でしょう。剣で対応するのではなく、魔法や矢など、遠距離からの攻撃で力を削いでから、剣で止めを刺す、という感じで行う事をお勧めします。そうでないと、腕がやられてしまいますし、握力が持ちません。ライラン領都では、大量のゴブリンの侵入を許してしまったのですが、我々が領都に着いた時には既に、多くの建物の柱が圧し折られており、避難先としての機能を果たしていませんでした。」

「ゴブリンが、建物の柱を折った…。」

 絶句するバーカード。

「ライラン領都からここまで上空から岩山の状況を見てきましたが、多くの樹木が倒されていました。倒された木々の多くは、柱より太い木でした。あの太さを折るのです。家に使われている柱なら、簡単に圧し折るでしょう。」

 バーカードは四方を見渡した。誰かを探しているようだ。

「す、すみません、フォーゲル宮廷魔術師団長閣下、その事を領騎士団の方へ早急に伝えたいと思います。申し訳ありませんが、この場を離れる事をお許し下さい。」

「勿論です。早急に、対応策の変更を。」

 執事バーカードは深く礼をすると、足早に移動して行った。


 二人が話している間も、ルウィージェスは近くに寄ってくるゴブリンを全て魔法で片付けていたが、中には少し小さめのゴブリンも混ざっている事に気付いた。だが、小さいのも、今まで見てきたゴブリンと、少し違うような気がしていた。

「それでは、従来のゴブリンとの混合群、という事なのでしょうか?」

「それがね、大きさは従来のゴブリン並みなんだけど、皮が、ちょっと分厚いような気がする。筋肉が厚いのかな?【攻撃魔法:業火風弾(ヘルファイヤブレット)】という、【火魔法:灯業火(ともしびごうか)】といって、炎自体は種火くらいの大きさだけど、炎の力は【灼熱旋風(スコーチングサイクロン)】並みの高温の魔法と、【風魔法:風弾(ブレット)】の混合魔法を使って、皮を突き破って体内に入った瞬間に燃えて灰になるくらいの高温の種火を飛ばしているんだけど、思ったより浅い所で止まったゴブリンもいたんだ。洞窟内討伐の時は、もっと貫通力の高い【土魔法:飛礫(つぶて)】を使っていたから、単純には比較は出来なんだけど、皮膚の硬さに違和感を覚えたのは、洞窟内にはいなかったような気がする。」

 そう言いながら、エルンストに混合魔法の【攻撃魔法:業火風弾】の魔法陣を渡す。

「え、ルウィージェス様の威力で止まったのですか?」

「うん。でも、それ以上威力を上げると貫通しちゃうから、浅くても燃えればいいや、と思って威力はそのままにしてたんだけどね。」

「確かに、それだけの高温の種火が貫通して、家屋に着弾したら、あっという間に燃えてしまうでしょうね。」

「そうなんだ。まぁ、少しでも体内に入り込めば瞬時に燃えて灰になるからいいんだけど、ただ、エーギグでない弓で放った矢だったら、刺さらない可能性もあるかも?と、さっきの話を聞いてて思ったんだ。」

 ルウィージェスが心配している点を理解したエルンストは、エーギグを知る前の矢の威力を思い出す。まだ知って半年とちょっとしか経っていないのだが、遠い昔の記憶のように感じる。

「ルウィージェス様、そのタイプのゴブリンは、外見で判別できそうな感じでしたか?」

 その問いに首を横に振って答えるルウィージェス。

「小さめのゴブリンを見つけ次第確保して、試してみるしか、ちょっと方法はなさそうな感じ。」

 ルウィージェスは、小さいのを数匹確保する旨を伝えた。


 クラウスが【ゲート】から顔を出し、準備が整った旨をエルンストに伝えると、王国騎士団の団員、宮廷魔術師団の団員、そしてリリーエムラ公爵家の領騎士団の順に、【ゲート】から出てきた。

 既にクラウスからは、状況が伝えられていたようだ。

 クラウスが辺りを見渡す。誰かを探しているのか。

「エルンスト団長、ヴォルズム領の騎士か誰かに、領正門まで案内を頼みたいと思ったのだが、誰もいないのか?」

 エルンストは執事バーカードに、新型ゴブリンの件を話した事を伝えた。

「なら、もうすぐ誰か、」

 来るか、と言いかけた時、執事バーカードが戻って来た。後ろに領騎士が一人、付いてきている。鎧の領紋章を縁取る色が、今まで見た他の騎士とは異なる。

「フォーゲル宮廷魔術師団長閣下、とシューバート王国騎士団長閣下、」

 二人の姿を確認すると、バーカードと男性は小走りでやって来た。一緒にやってきたのは、ヴォルズム領騎士団の団長だと言う。

「初めてお目にかかります。私は、ヴォルズム領騎士団の団長を務めますエッケンハルト・フォン・プロプストと申します。プロプスト子爵家の三男で、現王国騎士団で副団長を務めますフィン・フォン・ホフマン男爵の母君と私の母は従妹同士でございます。」

「ほぉ、フィン副団長の親戚か!」

 自分が良く知る者の親戚と聞くと、一気に親近感が湧く。


 エッケンハルト領騎士団長は、バーカードがエルンストから聞いた話しが気になったが、クラウスより、ゴブリンを討伐しながら説明する、と言われ、大人しく正門まで案内した。

 時より、四方のあちらこちらからゴブリンの威嚇が聞こえてくる。藍は、王国騎士団、宮廷魔術師団とリリーエムラ公爵家騎士団を結界で守っているが、執事のバーカードとエッケンハルト領騎士団長は、その中には入っていない。

 亜神は自分が守る者以外には全く興味を示さない。それを地で行く『魔道神鳥』藍。

 それに気付いたクラウスとエルンストは、思わず顔を見合わせ、苦笑する。


 クラウスは、ザビーネの傍に付き添うニックスに時々視線を送る。

 ニックスは、リリーエムラ公爵家騎士団員以外の「男を守れ」という言葉は無視するが、「女性を守ってくれ」という言葉は受け入れる。

 ――――神獣も、人間とその辺は変わらないのだな。


 クラウスはそう思ったが、ザビーネはケーニッヒの子孫であり、同時にフォーゲルの血を引く者でもある。

 盾の魂ケーニッヒは、役目を果たした後は全ての力を手放し、普通の輪廻に取り込まれる事を望んだ。

 だが、血筋は生きている。

 神獣のニックスは、クラウスと共通する始祖の魂の子孫が持つ独特の魔力を感じ取り、ザビーネを守る事は、己の役目の範囲内と考えている。

 フォーゲルの子孫には女性が多い。それは、女性の方が魔力との相性が良いからだ。

 そして、シューバートの子孫も、女性が多い。それは、魔力を多く持つ者が生まれやすいからだ。だが、騎士の家系であるが故に、魔力よりも筋量が多い者、すなわち、男が当主に選ばれる傾向にある。その為に、魔力を多く持つ者を本家に嫁入りさせる必要がある。だから、創造神の使徒に選ばれた者の子や孫を迎え入れる頻度が、フォーゲル伯爵家より高い。

 

 始祖の魂の内、剣の魂の持ち主であるクラウスに加護を与えたニックスは、始祖の魂の子孫であるフォーゲル家、シューバート家、並びにケーニッヒ家の血を引き魔力を多く持つ者を優先的に守る。己の役割として。何故なら、この三家の中には、初代剣の魂シューバートの魔力が残っているから。ニックスが守護対象と認識しているのは、剣の魂が持つ、独特の魔力の波長、そしてその波長を引き継いでいる者。

 それが、クラウスには「女性を守れ」という言葉を受け入れるように見えているだけなのだ。

 クラウスとしての生を全うし、天界にエムラカディアが用意した特殊な空間に戻り、全ての記憶を取り戻したら、如何に自分が頓珍漢な解釈をしたか理解し、恥ずかしさに、穴があったら入りたい、と落ち込むだろう。


 藍と雪狐親子は亜神だが、まだ亜神になって日が浅い。保有魔力量も神力量も、カリンの半分にも満たない。制御力も、まだまだ未熟だ。

 魔物の中では最弱の部類に入るゴブリンは、自分より強い者を嗅ぎ分ける能力が非常に高い。その為に、少量ながらも神気を纏う神鳥の藍と神獣の雪狐親子の近くには絶対に近づいて来ない。

 だが、領壁内に入り込んだゴブリンの数は少ないが、皆、屋根の上や枝の上など、自分たちの視線より高い場所から攻撃してくる。そして、ゴブリンは武器を装備している。直接の攻撃はなくても、遠隔攻撃をしてくる可能性は大いにある。

 その為に、先頭集団には藍が付き、左右をニックスとシュネが守り、後ろを母狐ミルが守る形で移動している。

 藍が結界で囲っている為、直接攻撃を喰らう事はないが、念のための配置だ。


 ルウィージェスとカリンは、完全に神気も神族の気配も消しているので、ゴブリンは気付かず、攻撃してくる。

 ルウィージェスは上級神で、カリンも下級神の資格を得ている。二人の神気は亜神の藍や雪狐たちよりも、遥かに強い。少量でも、人間にとっては負担になる。

 ルウィージェスとカリンが惑星エムラに降臨した日、以前リリーエムラ公爵家の騎士団に所属していたペトラの店フェルンヴェーの二階にある「恋愛神への祈りの場」で、ルウィージェスの3番目の姉アフロディアが、自身が授けた水晶を介して、神力で自身の姿を映し出し、会話した事があった。

 水晶から出たアフロディアの神力は、ルウィージェスとカリンからしたら、本当に微々たる量だった。

 だが、その微量な神力で、顕現(けんげん)する為にほんの少し強め神力でさえも、地上の者たちにとっては神威(かむい)並みの威力になると理解した。

 実際に、ペトラと案内をしてくれていたリリーエムラ公爵家の女性騎士リーの二人は、まるで神威に充てられ、呑み込まれたかのような反応を示し、しばらく動けなくなってしまった。

 それ以降二人は、神気も完全に内に閉じ込め、漏れ出ないようにしている。

 もし、二人が神気を少しでも出せば、ゴブリンは逃げていくだろう。だが、同時に、一緒に行動する、亜神から加護を受けた二人と、エムラカディアの眷属となった者以外は、その神々しさに呑み込まれ、動けなくなるだけでなく、顔を上げることすら出来なくなるだろう。


 正門から見る外はゴブリンに埋め尽くされているが、遥か遠くまで見渡せる。凹凸の少ない、なだらかな土地だ。

 現在ルウィージェスの結界に守られているとは言え、領壁から3mしか離れていない。

 この距離で、この数のゴブリンの群れは、かなりの圧迫感がある。


 クラウスは、多くのゴブリンが木製の武器を持っている事に気付く。恐らく、あの森で見た、倒された多くの樹木の枝などから作ったものなのだろう。

 洞窟で見たゴブリンの多くは折れたり錆び付いたりした剣や槍、斧など、人工武器を持ったものが多かった。木製の武器を持ったものもいたが、棍棒のような形状をした物が多かった。

 ゴブリンは武器作成だけでなく、様々な形態の武器を使いこなす器用さも持ち合わせているようだ。

 隣国ドルトルム王国では、拳で攻撃してくるゴブリンを認めている。

 武器だけでなく、多種多様な戦い方に適応する器用さを持ち合わせていると考えるべきだ。

 更に言えば、この魔素転換率の悪い環境に適応すべく、種族そのものの進化すらして見せた。

 様々な方面への適応力が半端ない。


 そこまで考え、クラウスはもう一つの最弱魔物、スライムの生態を思い出す。

 ルウィージェスの話によれば、スライムとゴブリンは掃除屋(スカベンジャー)としての役割を与えられている、との事だった。

 故に、極寒や極暑の地域は別として、多くの魔物が棲息する場所なら、間違いなくいるという。

 この二つの魔物の特徴は、死骸だけでなく、腐敗した物でも食すと言う。死骸を喰う生物は多くいるが、腐敗した物を食すのは、スライムとゴブリンだけだという。

 

 そういう役割を持つスライムは雑食だ。鉱物でもなんでも食べる悪食だ。しかも、食べた物に応じて、その性質を変化させる事が分かっている。

 ミスリルスライムがいい例で、ミスリル鉱山で、ミスリルを食べて成長したスライムは、生きている間は柔らかいが、死すると純粋なミスリル鉱石となる。スライムの死骸ではあるが、純粋ミスリル鉱石は稀な鉱石として高値で取引されている。


 ゴブリンもスライムも弱い魔物だ。魔物のヒエラルキーでは底辺に属している。

 そういう弱い魔物だからこそ、自分たちの生態に合う場所よりも、生存競争の激しい魔物が多く棲む地域に生息し、より餌を得る機会を高くしている。

 強い魔物と戦えない彼らは、常におこぼれを狙っている。それには、時間をかけて粘る必要がある。彼らは、餌を得る機会を増やす為に、その場の環境に適する能力を高め、常に餌にありつける機会を伺っている。


 ゴブリンは生物が棲みにくい場所でも営巣する。それも、営巣地が狙われる危険性を下げ、生存率を上げる手段。

 スライムも、食べる物で体を変化させる事で順応し、環境に適応する。これも生き延びる知恵。

 だから、ゴブリンは高い適応能力を得て、常に進化する。常に進化しないと、あっという間に強い魔物に駆逐されてしまうのだろう。


 ――――もしかして、ゴブリンが岩山に棲み付いたのは、強いオーガの匂いが残っているからか?

 もしそうなら、ゴブリンは嗅覚から得る情報に対しても、抵抗性を高めた、とも言える。

 ゴブリンからしたら、オーガは恐怖の対象だ。絶対に近寄りたくない相手の筈だ。

 だが、敢えてその匂いが残る場所に営巣する事を選んだのなら、本能からくる恐怖にすら、打ち勝つ進化を遂げた、という事になる。


 今回のゴブリンは、魔素転換率を上げる事で大型化を避け、魔力を膂力に回す事に成功している。

 これも、生存率を上げる為に戦う力を得る進化、と考えられる。

 ――――それだけ、環境が悪化している、という事か?

 ルウィージェスも、創造神のエムラカディアも、魔素転嫁率の低下によって、魔物が凶暴化している、と言っていた。

 それは即ち、ゴブリンにとって、餌を得にくい環境になっている、という事だ。

 だから、このゴブリンたちは、自分たちの戦力を上げる事で、餌の確保率を上げた、そう考えると納得がいく。

 その過程で、自分たちを怖がるヒト族、特に身体能力が低い人間族が住む場所には、食べ物が豊富にある、というのを学んだのかもしれない。

 もしそうなら、このゴブリンたちにとって人間族が多く住む場所は、領壁があろうと、抵抗してこようと、何が何でも手に入れたい場所、という事になる。

 そこまで考え、クラウスは背筋に冷たいものが走り、一瞬、体が震えた。


 このヴォルズム領都は、四方が草原に囲まれている。しかも、ルウィージェスによると、ライラン領都よりも、ヴォルズム領都の方が大きいと言う。

 今回は団員を四方に分ける必要があり、しかも、規模的に総力戦となる。

 何がなんでも豊富な食料を手に入れたい、大きく進化を遂げたゴブリンとの総力戦。

 クラウスは、嫌な汗を自覚した。


 ゴブリンの数としては、ライラン領都を囲むゴブリンの数よりも、遥かに多い。恐らく、ライラン領都側から進出してきた大群と、岩山から降りてきた大群が合流しているからだろう。

 しかも、洞窟内で討伐した新型ゴブリンよりも、膂力的には高くなっている可能性が高い。

 洞窟内の新型ゴブリンは強かった。だが、上空から見た、あの樹木を圧し折る程の膂力があったか、というと、正直、そこまで強かったとは思えなかった。

 それに、ライラン領都から流れてきた大群も、ボルベド領都方面から流れてきた大群も、どちらも、多くのヒト族を襲ってきている。人間族の血肉の味を覚えた大群と考えた方が良さそうである。


 ライラン領都とは異なり、今回は家畜の被害がまだ少ない。しかも、領都の前には大きな川も流れている。多少でも川が確保できれば、川魚が取れる。

 新たな結界は、川が結界内に入る所に展開する事になった。

 ルウィージェスによって、新たに領壁から300m程離れた場所に結界が張られ、討伐するゴブリンの数は大きく減ったが、あの膂力は脅威だ。

 それに、先程ルウィージェスがエルンストに呟いた小型のゴブリンの件もある。従来の弓矢での攻撃は、あまり効果ない可能性が高い。

 そうなると、騎士は付与魔法が使えないと、先ず戦力にならないと思った方が良さそうだ。魔法による攻撃魔法が主戦力となるが、魔力は有限。


 精霊剣を持ち、二人の精霊と共に戦うクラウス個人の戦力は、ヴォルズム領の領騎士、兵士の総力の数倍に相当する。王国騎士団の団員の大部分を、リリーエムラ公爵家の戦力へ回しても十分に戦える。

 宮廷魔術師団の戦力も、リリーエムラ公爵家の騎士団に回せる。特に、結界を張れる魔術師は、全てリリーエムラ公爵家に振り分けて良いだろう。


 話し合いの結果、正門がある正面をクラウスと付与魔法が得意な騎士団10名程が担当し、ルウィージェスが結界を張る。余裕があったらルウィージェスから新しい付与魔法を学ぶ予定。裏側をエルンストと付与魔法が苦手な騎士団から10名、攻撃魔法の威力がいまいちな魔術師団5名が受け持ち、藍が結界を張る。エルンストから魔法の訓練を実戦中に受ける予定。領壁左右をアダルベルト班とウィルヘルム班で担当し、残りの騎士団員と魔術師団員を振り分ける。結界は、アダルベルト班をカリンが受け持ち、ウィルヘルム班の結界は、結界魔術師のアーリンデとアルルン・フォン・ジマーマンが、他の結界魔術師の魔力量を調節しながら回していく。雪狐の親子は、結界内を動き回って、各自スキルを発動させ、団員たちを鼓舞する。


 一昨日から続いている防戦で睡眠不足から疲弊しているヴォルズム領騎士団員と兵士らは、領塀内に入り込んだゴブリンの討伐に注力し、順次休憩を取るよう慫慂(しょうよう)した。

 ヴォルズム領騎士団長のエッケンハルトがなかなか納得しないので、余力があれば、結界内討伐の手伝いを頼む。また、地元の騎士たちには地の利がある。数名ずつ各団長らに同行し、適宜情報を伝える役割を担って貰う事で決着を見る。


 これから長期戦になる。早めだが昼食を取り、少しでも戦う時間を長くする事にした。

 既に、始めに張った結界内からはゴブリンは一掃されている。

 昼食時間中に、ルウィージェスは各班が担当する場所に、トイレを設置しておいた。

 昼食後、安全が確保されている結界内を移動し、各班が配置に付く。


 クラウスは10名の団員の前に立った。この10名は付与魔法を得意とし、その内5名はエーギグ弦の弓矢も得意としている。今回この5名は、矢にも付与魔法を施し、一矢の威力を増強させる。

「ルウィージェス様が新しく張り直した結界は、ここから300m先にある。二重結界の間に残るゴブリンを討伐するのだが、恐らく、洞窟内で戦った新型ゴブリンより高い膂力を得ている。」

 その言葉に10名が騒めく。

「ライラン領都の新型ゴブリンは、家屋の柱を圧し折っていた。」

 皆がその言葉に頷く。あれには騎士団員全員が驚いたのは記憶に新しい。

「ルウィージェス様の飛行板でライラン領都からここまで、上空から状況を見てきたのだが、岩山の麓は広大な森に覆われ、家屋に使われる柱より太い樹木が大量に倒されていた。」

 流石に、その情報には目が点になる。

「それに、先程エルンスト団長から聞いたのだが、ルウィージェス様が領壁内に入り込んだゴブリンを倒していた時に、ルウィージェス様の魔力の威力に抵抗する小型のゴブリンの存在を認めている。」

 10名が勢いよくルウィージェスの方を向いた。

 エルンストに話した事を騎士団員に説明する。

「【土魔法:飛礫】は非常に貫通力が高い魔法だから、単純には比較出来ないんだけど、火魔法と風魔法の混合魔法【攻撃魔法:業火風弾】も、貫通しないように風魔法の威力を抑えていたとはいえ、それなりに威力はある。それなのに、体の中心まで届かず、比較的浅い所で止まったんだ。」

「そういう訳だ。ルウィージェス様の攻撃魔法の威力を殺す程、硬い体を持つゴブリンなのか、それだけ筋肉が発達していて分厚くなっているゴブリンなのかは分からないが、エーギグ弦を使っても、致命傷を与えられない可能性も考慮すべきと考えている。」

 団員の表情が硬くなる。

「そこで、今回は、ゴブリンを凍らせて破壊して倒そうと思っている。」

 いまいち理解出来ていない表情。

「ルウィージェス様が簡易的に作ってくれた、精霊の姿が見えるようになる魔石を防具に付けているから、精霊たちの姿、見えているだろう?」


 王国騎士団、宮廷魔術師団、そしてリリーエムラ公爵家騎士団の全団員は、クリップ型に作った、契約精霊が見えるようになる精霊魔石を防具に止めている。本格的な物は、王都に戻ってから作る事になっている。


 全員の視線が、クラウスの両肩に乗る精霊に移る。

「改めて紹介する。こっちが火の精霊サラマンダー、こっちが氷の精霊フラウ。」

「よろしくな~。」

「よろしく。」

「よろしくお願いいたします。」

 10名全員が異口同音に騎士としての礼を取る。

「まず、俺ら三人でゴブリンを凍らせる。その後に、各自の属性で凍ったゴブリンを破壊してくれ。サラマンダー、この面子は火魔法を得意とする者が多い。より強い魔法が出せるよう、アドバイスしてやって貰えないか?」

「いいぞ。」

「フラウは俺を手伝ってくれ。」

「分かったわ。」


 クラウスの少し後ろに立ち、話を聞いているのは、領騎士団長のエッケンハルト・フォン・プロプスト。王国騎士団副団長のフィン・フォン・ホフマンの親戚にあたる者で、現在40歳のフィンより4年年上の44歳。髪の色は薄いが、明るい赤毛なところが、似ているといえば似ているか。

 本来なら、領壁内に侵入したゴブリン討伐の指揮を取るべき立場にある。しかし、王国騎士団の戦術を間近に見る機会など、ほぼ無いに等しい。この貴重な機会を失いたくなかった。だから、副団長らを説得して、今、ここにいる。説得の言葉は、「落ち着いたら酒驕る」。


 王国騎士団、副団長のフィンとは母親同士が従妹同士で、幼い頃は、それなりに王都で会う機会があった。騎士となって以降も、それなりにやり取りは続いていた。だが、お互いに役職についてからは忙しく、それ程頻繁には手紙のやり取りすらしていなかった。


 確かに、近年は親戚筋のフィンから、王国騎士団について話しを聞く機会はなかった。

 しかし、これ程までに戦闘の技術に差があるとは思っていなかった。想像すらしていなかった。

 この数のゴブリンを、たったの11名の騎士で対応すると言う。

 何故、8歳程度にしか見えない子も参戦しているのかは分からなかったが、名はルウィージェスと言い、子どもではあるが、何らかの事情により伯爵位を受け継いでおり、この子どもは魔術師として参加していると、エッケンハルトは思っていた。

 エッケンハルトには、クラウスの戦術の意味すら理解出来なかったし、精霊の話が出てきた時点で、自分が理解出来る範囲を完全に超え、頭が回らない。

 騎士の戦い方は、剣や槍などの武器を使う接近戦。それが、結界の内側から攻撃を加える、と言われても、戦い方が全く想像出来ない。


 部下の団員に説明を終えたクラウスが結界側を向き、一歩前に出た。

「俺とフラウ、フラウの分身で奥側のゴブリンを凍らせるから、サラマンダーは手前側を頼む。」

「任せろ!」

 そう言うと、サラマンダーは結界内だが、少し高い所に移動し構える。

「フラウ、【混合魔法:広域氷風砂塵(アイスサンドストーム)】で凍らせる。フラウの分身の力を借りて俺が左奥を、フラウは右奥を頼む。」

「分かったわ。」


 【混合魔法:広域氷風砂塵】は、正門から移動中にルウィージェスがクラウスに渡した新しい魔法陣で、【氷魔法:氷砂塵(アイスサンド)】と【風魔法:暴風(ウィンドストーム)】の混合魔法の広域版。この魔法は、【風魔法:暴風】の強さによって飛ばす距離を調節できる為、付与して勢いを付ければ、更に遠くまで飛ばす事が出来る、付与魔法に適した魔法で、【氷魔法:氷砂塵】の量で、凍結させる力の強弱を制御出来る。

 サラマンダーより小さな分身を数多く出せるフラウが、より力を発揮させる事が出来る、フラウにとっても便利魔法。当然フラウも、魔法陣を覚えた。【風魔法】を持つクラウスと使う限りは、魔量消費量が大きく増える事はない。

 

 クラウスは、上空にいるサラマンダーに視線を移し、サラマンダーが頷くのを確認した。

「これから凍らせるから、ある程度凍ったら、破壊の合図を送る。」

「承知しました。」

 職業軍人らしく、一糸乱れぬ応答をした。

「いくぞ、【混合魔法:広域氷風砂塵】発動」

「【逆流火魔法:広域凍結】」

 クラウスとサラマンダーが同時に魔法を発動させる。

「さぁ、妹たちよ、氷の砂を風に乗せて、ゴブリンを凍らせるのよ!」

「がんばるのです~」

「カチコチにするのです~」

 フラウの分身が、大量の氷の砂塵を風に乗せて遠くまで運んでいく。


 サラマンダーの【逆流火魔法:広域凍結】は文字通り、熱を奪い、凍らせていく魔法。飛行板で移動中も使っていたが、サラマンダーは、少し離れた場所から施行した方が、少し威力を上げる必要があるものの、左右上下、満遍なく広域に届く事に気付き、今回も上空に飛び、広域に一気に冷やし凍らせていく。


 地上から見える光景は、氷原がどんどん広がって行く、そんな感じ。

「おぉ~、」

 騎士団の団員は、氷の精霊フラウの魔法と火の精霊サラマンダーが操る逆流火魔法の威力に一気に興奮する。ライラン領都でも、薬師ギルドの周りに群がるゴブリンを凍らせていたが、今回は規模が違う。圧巻、その一言に尽きる。


 意味が分からず、声も上げられないでいるのは領騎士団長エッケンハルト。

 エッケンハルトには精霊は見えていない。だから、エッケンハルトの視線はクラウスに釘付け。

 クラウスは、何か聞いたことのない魔法名を唱えた後、剣を大きく左右に振った。すると、何故か大量の白い何かが遠くに飛んでいき、一気に広がり、そして、ゴブリンがどんどん凍って行く。今尚、現在進行形でゴブリンがどんどん凍って行く。

 ――――何が起こっているのだ??

 エッケンハルトは、目の前の状況が全く理解出来ずにいた。

 

 様子を見ていたクラウスが、もう一度剣を振りかぶり、大きく左右に振った。

 今回も、大量の白い物が多くに、広範囲に広がって行き、その範囲内にいるゴブリンは、漏れなく凍って行く。

 剣士なのに、接近戦で戦わず。だが、魔法使いのように、魔法杖も使わず。それなのに、まるで強力な魔法使いが上級魔法を施行したような効果を出す。

 ――――…一体、これは何なのだ?!


 クラウスはもう一度、剣を大きく左右に振りかざし、氷結状況を確認すると、剣を鞘に納めた。

「フラウ、サラマンダー、後は頼む。俺は団員の指導に回るよ。」

「分かったわ。」

「りょ~か~い!」

 フラウもサラマンダーの所まで飛び、二人で話している。担当個所の確認でもしているのだろう。


 クラウスは団員の前に移動し、

「これから、凍ったゴブリンを破壊する。数は多いが、凍ったゴブリンなら、それ程の威力がなくても、破壊出来る。」

「了解しました。」

 クラウスに敬礼し、剣に魔法を付与して攻撃魔法を遠方へ放つ者、エーギグ弦の弓に矢を構え、結界に近い所で凍るゴブリンに的を絞る者が、それぞれの位置に付く。

「攻撃、開始!」

 クラウスの号令で、一斉に攻撃を開始する。


 バリンバリンバリンバリン

 いい音を立てて凍ったゴブリンの上半身が弾け飛ぶ。

 その様子を見ていたルウィージェスは、クラウスに声をかけた。

「それじゃ、ぼくは攻撃の隙間を縫って、小さめの新型ゴブリンを探してくるよ。数匹捕獲して、どのくらい防御力が上がっているのか、ちょっと試してみよう。」

「そうですね。お願いいたします。」


 ルウィージェスは、自身を結界で囲み、【風魔法:空中移動】で攻撃魔法が届かない高さまで浮かび上がり、小型のゴブリンを探し始めた。

 その様子を、思考が完全に止まり、何も考えられなくなった領騎士団長エッケンハルトの視線が追う。

 ――――人って、飛べるんだ…。

 完全な傍観者と化したエッケンハルトが意識を取り戻したのは、クラウスから水を受け取った後だった。

 

 渡された水を飲んだのは、本当に無意識だった。

 不意に意識が戻り、目の前に立つクラウスに気付く。

「あ、閣下、申し訳ありません。」

「驚いただろう?」

 その言葉よりもその表情に驚く。悪戯がはまって、嬉しそうな少年の顔。

「王国騎士団では、全員が魔法制御の方法を学び習得し、攻撃魔法が得意な者は、付与魔法も習得している。」

「魔法制御、ですか?騎士団なのに、魔法、ですか?」

 エッケンハルトは騎士だ。水魔法は使えるが、あくまでも生活魔法レベル。

 故に、今まで、攻撃魔法は魔法使いが行うものと割り切っていた。

「去年の冬に、王国西部の方でスタンピードがあっただろう?」

「あ、はい、覚えております。王都の領主館からその報告が届いた後に準備をしていたのですが、州領主の方から号令は入らず、結局参戦は致しませんでしたが。」

 その言葉に、クラウスは表情こそ変えなかったが、心底驚く。前回と言い、今回と言い、共通しているのはザークセン州領・州領主ウルスラ・フォン・クライン伯爵本人。

 クライン伯爵に新たな疑念が生まれた。だが、今はそれを考える時ではない。


 クラウスの視線が遠くに移った。何かを思い出しているように、エッケンハルトには見えた。

「あの時の魔物たちも異常な膂力を持っていてな。正直、俺たち王国騎士団は一時、全滅を覚悟する程までに追い詰められた。」

 エッケンハルトは驚きの余り、思わずクラウスの顔を凝視してしまい、慌てて視線を外し、非礼を詫びた。クラウスは小さく笑い、それを流す。

「それ以降だよ。王国騎士団も遠距離攻撃を習得する必要があると思って、訓練内容を大幅に変更したのは。」

 クラウスが、空中を飛び、小さめのゴブリンを探しているルウィージェスを見た。

「エルンスト団長の肩に、いつも小さな鳥がいるだろう?」

「あ、はい。可愛らしい小鳥だなと思っていました。」

「あの小鳥は神鳥様だよ。」

「は?!」

 その時、遠くからニックスが小さく吠えた。その声の方向を見ると、ニックスが走って向かって来ていた。

「ニックス!」

 クラウスはしゃがみ込み、走ってくるニックスを受け止める。

「エッケンハルト領騎士団長、紹介するよ。この仔はニックス。俺に加護を下さった神獣様だ。」

 エッケンハルトの理解許容量を超えて脳がその機能を止め(オーバーヒートして)、現実逃避(クールダウン)に入った。

 今回の第61話から、ザークセン州領の話が始まりました。初めに向かったのはヴォルズム領の領都ですが、領主の態度といい、領騎士団長の考え方といい、何か、問題が起こる予感しかありません。

 

次は、来週10月17日(土)20:00公開予定です。

第64話 「ゴブリンの襲撃㉙―ヴォルズム④―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


月(つき) 千颯(ちはや) 拝

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