第61話 「ゴブリンの襲撃㉖――ヴォルズム領①―」
初めまして。私はリリーエムラ公爵家で執事をしておりましたアーダルベルト・ドレーヘルです。この度、長年家令を務めたエグバート殿が高齢の為に引退をされ、エグバート殿の推薦もあり、家令に昇進いたしました。
私がリリーエムラ公爵家の執事候補に選ばれた時の事をお話ししたいと思います。
私の実家は商家で、リリーエムラ公爵家が治める、このハインライテル州領の州領都ハウゼンに本店を構え、リリーエムラ公爵家から許可を得て、公爵家から世界樹の枝を仕入れ、それを加工し、商品にして販売しております。
テューゲンリン王国では、我が実家が唯一、公爵家から世界樹の枝を仕入れる許可を得ており、他の商家は、我が実家から買い付けております。
世界樹の枝に関しては、言葉は悪いですが、我が実家が権利を独占しております。
その他、リリーエムラ公爵家が管理する森から薬草を採取する許可も得ており、各種回復薬も扱っております。薬草の採取の許可に関しては、他の商家も得ており、我が実家が独占している訳ではありませんが、少しでも制約を破ると、許可が取り消されるだけでなく、その商家は必ず潰れます。後で知ったのですが、神罰が下った為に潰れていました。
制約と言っても、極端に厳しいものではありません。
普通に、森の恵みを大切にしなさい、という事です。
無駄に殺生を行わない。申請書に記した物以外は採らない。
これだけです。
リリーエムラ公爵家が管理する森で育つ薬草は薬効成分が豊富で、余程のヘマをしない限りは、比較的楽に上級な回復薬が作れるだけでなく、保持魔力量が少ない者でも回復薬作成に従事出来るために、非常に高値で取引され、常に品薄状態である為に、商人としては、喉から手が出るほど欲しいものなのです。
あれは、私が18歳になり、本店で本格的に修行を始めて間もない時でした。
ヴィンクラー伯爵が治めるアーヘルン州領に本店を置く商会、クヴァント商会が、ハインライテル州領内における商いの権利を剥奪されたと、大騒ぎになりました。
クヴァント商会は、ヴィンクラー伯爵家縁の者が代表を務める商会で、何故か、シューバート侯爵家が治めるヴェッティン州領とフォーゲル伯爵家が治めるヴァイマル州領での商業権を大昔に剥奪されて以降、北側ではリリーエムラ公爵家が治めるハインライテル州領が唯一、その権利を維持していた商会です。
昔は、相当羽振りが良かったそうですが、今は中規模から小規模へ転落寸前と言われている商会です。
ですから、彼らも、もの凄く気を使っていた筈なのです。
何があったのか知りませんが、今までクヴァント商会と契約していた貴族家や商店を取り込む絶好の機会として、私も、貴族家に売り込みに赴く事になりました。
私が二軒目に向かったのが、当時、体調が優れず、良質な温泉を求めてハインライテル州領の州領都ハウゼンに建てた、ザークセン州領の領主のバーンワード・フォン・クライン伯爵の別荘でした。
クライン伯爵は、とても穏やかな方で、伯爵位に相応しい気品に溢れた方でした。しかし、そのお顔はとてもやつれており、顔色も優れず、本当に体調が悪そうでした。袖口から見える腕は驚くほどやせ細っており、まるで長年毒を盛られ続けた方々に見られる症状ではないのかと、真っ先に疑ってしまうほどでした。
契約は取れたのですが、残念な事に、2か月後、クライン伯爵は亡くなってしまいました。
前伯爵がなくなって3か月後、その跡を継いで別荘にやって来たのが、新たにザークセン州領の領主に就任して間もないウルスラ・フォン・クライン伯爵でした。
この方は、本当にひどい方でした。
平民の私が言うのもなんですが、品が悪く、素行も悪く、前クライン伯爵が知ったら悲しむだろう、そう思う程の方でした。
しかも、話を聞く限り、前伯爵とは血の繋がりすらない方です。
その方が、何故、どうやって伯爵位を継いだのか分かりませんが、正直、私はこの方から手を引くべきだ、と思いました。
この方は、不幸を招く、そういう感じがしたのです。しかもひしひしと。
実家に戻り、そのことを父に伝え、代表者会議の議題に上げて貰いました。
すると、ウルスラ・フォン・クライン伯爵に関しては、本当に宜しくない噂が多く流れており、ザークセン州領内の領の領主たちから「危惧している」と聞いた者までおりました。
最終的には、実家はクライン伯爵家とは手を切ったのですが、手を切るまでが本当に大変でした。
何が大変だったと言うと、バーンワード・フォン・クライン伯爵の後妻の存在です。
どうやら、ウルスラ・フォン・クライン伯爵はバーンワード・フォン・クライン伯爵の後妻の連れ子だったそうで、その後妻はヴィンクラー伯爵家縁の女性だったのです。
ヴィンクラー伯爵家と言えば、大昔はフォーゲル伯爵家と並ぶ魔術師の大家でしたが、今ではすっかり鳴りを潜め、目立った功績が上げられずにいる一族です。
その時、既にその女性は高齢でしたが、何と言うか、悪知恵が働くと言うか。一言で言うと、老獪な女性。
今だから言えますが、落ちぶれたヴィンクラー伯爵の隠れ蓑として、クライン伯爵を乗っ取ったのだと思います。
あくまでも、大昔にシューバート侯爵家が治めるヴェッティン州領とフォーゲル伯爵家が治めるヴァイマル州領での商業権を剥奪されたのは、ヴィンクラー伯爵家です。
クヴァント商会をクライン伯爵家の下に付ければ、申請元がクライン伯爵家になりますから、商会名前も変えてしまえば、全くの別商会に、書類上はなります。
恐らくそれを狙っていたのでしょう。
私たちに、特に、一番若かった私に対し、脅迫めいた事をしてきました。
彼らがしつこく狙ったのが、世界樹の販売権です。
確かに、私たちはリリーエムラ公爵家から販売権を頂戴しています。しかし、世界樹の販売権を握っているのは、リリーエムラ公爵家です。
直接リリーエムラ公爵家に言って下さい、としか、私たちは言えません。
何度も私を呼び出し、我が一族の商会を潰すぞ、と脅されました。
しかし、私からしたら、やれるものならやってみろ、でした。
リリーエムラ公爵家は不正に対し厳しい態度を取ってきました。それに、不思議なくらい、不正を見逃しません。
私を脅迫し、世界樹の販売権を得ようとする事自体が、不正です。
リリーエムラ公爵家が許すわけありませんし、見逃すわけがありません。
だから、私は強気を貫きました。
ある日、私が別な貴族家から戻る途中に、例の後妻に雇われた感じの悪い冒険者と思われる5人組に囲まれ、クライン伯爵家の別荘に拉致されました。
そして、北の森に入る許可証を貸せと言ってきました。
勿論、私は断りました。しかし、私は殴られ、意識を失いました。
気付くと、創造神様教会の医療院にいました。
その後、リリーエムラ公爵家に呼ばれ、経緯を聞かれたので、リリーエムラ公爵家は絶対に不正を見逃さないから、強気でいられた、と答えると、公爵閣下が声を出して笑い出したのです。
その時です。「気に入った」と一言言われ、次期執事候補生として入らないか、と誘われたのは。
その時に、後妻は突然死し、私を拉致した冒険者は森で魔物に襲われたと聞きました。
正直、私は戸惑いました。リリーエムラ公爵家と言ったら、筆頭公爵家です。
しかも、その時まで、私は閣下とは面識すらなかったのです。
しかし、私の気持ちはかなり傾いていたのも確かです。
1カ月後、私はリリーエムラ公爵家の執事見習いとして働き始めました。
そして、知ったのです。公爵閣下が創造神様であったと。
後妻の突然死は、天罰を下した結果だったそうです。
元々、ヴィンクラー伯爵家には神罰が下っているそうです。その上での犯行だったので魂が抜かれ、強制的に地獄に送られたのだそうです。
冒険者たちが、私の許可証を悪用していたのは知っていたそうですが、何もしなかったそうです。
何故なら、あの手の者たちは、勝手に自滅してくれるから、との事でした。
なんでも、薬草の群生地の近くにあった、ラミア族の果樹園に踏み込み、実りを食い散らかしたために喰われた、と説明を受けました。
そして、許可証は魔力認証式で、登録本人以外の者が持つと、あの森に棲む魔物たちへの許可証へとなるそうです。
つまり、襲って構わない、という許可証になる、という事なのです。
この度、私の末の息子が執事として創造神様から認められました。36歳の時に儲けた息子で、今年20歳になりました。
息子の何が認められたのかは分かりませんが、創造神様が安心して神界と行き来できるよう、勤めて欲しい、そう切に願っております。
クラウスとは別行動していたルウィージェス。王都のリリーエムラ公爵邸に戻り、エムラカティアに国王アギディウスと宰相オルトールドが話していた事を伝えようと思っていたが、執事のアーダルベルト・ドレーヘルからエムラカティアは神界に戻っていると聞き、先に、今後の準備をする事にした。
因みに、執事のアーダルベルトは、今までの家令エグバートの高齢を理由にした引退に伴い、アーダルベルトが家令に昇進していた。執事は、アーダルベルトの息子アルヌルフが継いだそうだが、アーダルベルト曰く、まだまだ半人前で、目が離せないらしい。
自室で着替えなどの入れ替えをしていた時、エムラカディアが神界から戻って来たと、家令アーダルベルトが新執事アルヌルフを伴いルウィージェスを呼びに来た。
新執事アルヌルフは父アーダルベルトに似た背格好。ただ、髪の色は、父アーダルベルトが元明るい焦げ茶色だったのに対し、息子アルヌルフの髪は、光の加減で茶色っぽく見えるが、かなり黒色に近い。
父アーダルベルトから、ルウィージェスが創造神エムラカティアより神格が高い上級神である事を聞いていたようだ。ルウィージェスへの挨拶はガチガチに緊張し、噛みまくっていた。
確かに、長年執事を務め、エグバートから「もう任せられる」と言われたアーダルベルトから見たら、まだまだなのだろう。
緊張しまくり、本人にとってはほろ苦い上級神との顔合わせとなったが、エムラカティアから次期執事として認められた事は本当に嬉しかったらしく、実家の商家では、父と息子、二代に渡って選ばれたのもあり、一週間祝いの大買い物祭を開催した程の浮かれようだったそうだ。
ルウィージェスが今も買い物祭やっているか、と問うと、ルウィージェスが降臨する前の話だったそうで、ちょっとがっかりなルウィージェス。
2年かけて執事としての教育をした、とアーダルベルト。自身も、家令としての教育を受けていたそうで、この2年間は、かなり忙しかったらしい。
エムラカティアからは一切聞いていなかった話に、思わず興味津々に色々と聞いていたのだが、気付くと、階下がかなり騒がしくなっていた。
ルウィージェスがアーダルベルト親子と雑談している間に、州領騎士団長のアダルベルトから事情を聴いたエムラカティアは、既にリリーエムラ公爵家騎士団に様々な許可を出し、ルウィージェスが持って行く大量の果物を含む、リリーエムラ公爵家騎士団用の新たな兵糧も整いつつあった。
エムラカティアに、国王アギディウスと宰相オルトールドから、被災した領向けの備蓄食料放出の依頼が近々来ると伝えると、エムラカティアは、ハインライテル州領の州領都ハウゼンにある州領主邸に神術で転移して行った。
そろそろ、クラウスの方の様子を見に行った方が良い時間になっている。
州領騎士団長のアダルベルトを探していると、部下より、州領騎士団専用の倉庫にいると報告され、案内された。
アダルベルトは、武器庫と防具庫から大量の武器と防具を出していた。
聞くと、洞窟討伐戦から始まった連戦で、防具はともかくも、剣が簡単な手入れだけでは済まない程に消耗し、本格的な研ぎに出さないとならない状態になっているとの事。
アダルベルト一人で運べる量ではない。アダルベルトに、替えの武器及び防具を全てルウィージェスのアイテムボックスに入れる旨を伝えた。
ずっと行動を共にした騎士団と魔術師団も、同様な状況になっている筈。
ニックスの加護を受けてクラウスもアイテムボックス持ちとなったが、まだ容量はそこまで大きくない。
王国騎士団の棟に行き、クラウスの気配を探ると、以前一緒に行ったことがある倉庫付近にあった。
武器防具保管庫に向かっていると、解体部門の副部門長マッテオと出会った。マッテオはルウィージェスも討伐戦に出ている事を知っており、ルウィージェスの姿を見て驚いていたが、【ゲート】で戻っていると説明し、倉庫近辺にいる筈のクラウスの所に向かっている途中だった、と伝えると、クラウスも戻っている事に驚き、ちょうど連絡があったとの事で、案内してくれた。
クラウスの姿を認めたマッテオが駆け足で駆け寄り、何かを伝えている。
マッテオの話が終わるまで、少し離れたところで待っていたルウィージェスに、用が済んだマッテオが礼を言って解体部門のある建物の方に戻って行った。
クラウスも、アダルベルトと同じことを考えていたようで、足元には剣が大量に出ていた。
「アイテムボックスに入りそう?ぼくのアイテムボックスに入れる?」
クラウスは、アイテムボックスに手を入れた。容量を確認しているようだ。
「あぁ~、剣はともかくも、防具はちょっと難しそうです。ルウィージェス様、防具をお願いできますか?」
「いいよ。」
「ありがたい。洞窟討伐からの連戦で大分武器を痛めたから、後で修繕に出したい。そっちも手伝って頂けないだろうか?」
「勿論だよ。修繕する武器を持ってくる時は、エルンスト団長も連れてこよう。きっと宮廷魔術師団の方も、剣とか、交換が必要だろうから。」
その言葉にクラウスは少し考え、
「ちょっと宮廷魔術師団の方を寄りたい。予め武器と防具を用意させておこう。」
確かにその方が時間の無駄を省ける。
「あ、そうだね。」
先ずは王国騎士団の分をクラウスとルウィージェスのアイテムボックスに収納し、宮廷魔術師団の棟へ移動した。
対応したのは、宮廷魔術師団の秘書アネカセ。
秘書アネカセによると、留守を預かる団員で、武器や防具に関する権限を持つのは、水魔法と風魔法の使い手、武器・武具部門長のリーゼレーネ・フォン・クラウゼとの事。
リーゼレーネ・フォン・クラウゼは、デーリング男爵家の次女。クラウゼ子爵当主に嫁ぎ、一旦は出産育児で休団していたが、子育てが一段落着いたとの事で、復団して間もない。
今回は、復団したばかりで、まだ体力的にも不安があるという事で、討伐戦には参加していない。
リーゼレーネは、480年前のアデル・フォン・フォーゲル伯爵が残した【飴細工】魔法陣を試した一人。それ以降、飴細工に嵌まり、かなり腕をあげ、今では、非番の時は、料理人の飴細工担当者に交じって、販売用の飴細工を作っている程の腕前になっている。
目下の悩みは、15歳になる娘も飴細工に嵌まり、将来は飴細工料理人になる!と宣言している事。宮廷魔術師団や騎士団、もしくは州領や領の騎士や魔術師になれば騎士爵位が授与されるが、料理人は例え就職先が騎士団や魔術師団でも、爵位は授与されない。騎士爵は一代限りで、団に所属している間のみ持てる爵位だが、それでも、子は姓持ちになれる。
リーゼレーネの娘は姓持ちだが、身分は準貴族である為、料理人になるのであれば、本人が貴族当主と婚姻を結ばない限りは、子は姓を持つ事が出来ない。姓を持つ、持たないの差は、王侯貴族の身分が力を持つ国では、かなり大きい。
リーゼレーネは、普段副団長ザビーネが行っている、各種薬の在庫と品質の確認していた。
突然、王国騎士団の団長であるクラウスが訪ねてきた事に驚いていたが、理由を聞くと納得し、準備を整えておく、と答えた。
一旦、【ゲート】でリリーエムラ公爵家騎士団の騎士団棟に行き、アダルベルトに声を掛けると、後は、ルウィージェスのアイテムボックスに入れるだけとなっていた。
エムラカティアは屋敷内の温室にいるとの事で、執事アルヌルフがエムラカティアを呼びに行った。
ルウィージェスの眷属の加護を持つクラウスも手伝い、ルウィージェスのアイテムボックスに物資を入れていると、エムラカティアがやって来た。
クラウスが慌てて、貴族の礼を取る。
「クラウス団長、ルウィージェスと州領騎士団長のアダルベルトから聞きました。今回の件は、創造神としても見逃す事の出来ない、重大懸案です。最大限の協力を致します。私は創造神ですので、ルウィージェス程の自由は利きませんが、公爵としてでしたら、それなりの融通が利きます。遠慮なく申し出下さいませ。」
「は!大変ありがたく存じます。その時は、是非、お力添え頂きたいと思います。」
貴族としての最敬礼をし、クラウスはエムラカティアの言葉に感謝の意を述べた。
エムラカティアは、すっかり団長としての威厳を身に付け、貴族としても見事に上級貴族特有の仕草を優雅にこなすクラウスを、優しい眼差しで見つめていた。
そして、『魔道神獣』ニックスの加護を受けて以降、完全に落ち着いた魔力に安堵する。
同時に、『魔道神鳥』藍からも「神鳥からの祝福」を受けているのに気付き、思わず笑みが零れる。
――――守護神を失い、どうなるかと思いましたが、これで、もう安心ですね。
クラウスは、『魔道神獣』ニックスから加護を受けたことで、もうエムラカティアの管理からは外れ、ルウィージェスの管理下に入っている。
とはいえ、ルウィージェスはまだまだ幼い子ども。何かとエムラカティアが手を貸す必要とする事も起ころう。
だが、守護神を失ったことで、不安定な魔力となった件に関しては、ルウィージェスが見事に解決させた。
しかも、新たに精霊王として精霊剣を与えている。精霊剣の中には精霊が宿っているのが分かる。どうやら熟睡しているようだ。動く気配がない。
ルウィージェスからの報告では二人も契約した、との事。一人は、シューバートの時に契約したサラマンダーと言う。これにはエムラカティアも驚いたが、サラマンダーは、剣の魂の魔力を一番知る精霊。それもエムラカティアを安心させた。
三人で【ゲート】で戻ると、粗方の準備は整っていた。
クラウスは、リーゼレーネに魔術師団の交換用の剣を準備するよう頼んできた旨を伝えると、エルンストは感謝し、即座に団員を呼び、武器と防具の交換の件を伝えた。
同時に、クラウスは国王から預かった手紙をエルンストに渡した。
中身を拝見し、ヴァイマル州領の領主としてクラウスに礼をする。
早急に、承諾の意を記した手紙を渡さなければならない。同時に、王都から代官を務める父親にも手紙を出す必要がある。
エルンストはザビーネに事情を話し、手紙を書くために「宿舎」に戻った。
ルウィージェスの眷属から加護を受けているクラウスは、許可があれば、ルウィージェスのアイテムボックスに物資を入れることが出来るが、取り出しは、ルウィージェスが調節する必要がある。
調節後、試しにクラウスに試して貰うと、無事に取り出せるようになっていた為、騎士団の分をクラウスに任せ、リリーエムラ公爵家騎士団の物資の取り出しに専念する。
騎士団の方の武器と防具の交換が終わった頃には、魔術師団の方も、交換や修繕に出す武器と防具の回収が済んだ。
今後、リリーエムラ公爵家の騎士団は、ここライランの街に残り、復興作業を手伝う。
今後、色々と足りない工具や物資が出てくるだろう。
ルウィージェスはアダルベルトと相談し、「宿舎」とハウゼン州領都のリリーエムラ公爵邸の騎士団棟を繋ぐ【ゲート】を設置し固定した。但し、防犯の為、ゲート通過許可証代わりに、専用の魔石を4個作成し、団長のアダルベルトとウィルヘルムと、副団長の二人が責任を持って管理する事とした。
【ゲート】通過時に、魔石を持った者と共に通過すれば部下も通過できるが、行きも帰りも、魔石を持たずには通過できないので、不便な部分もあるが、公爵家に続くゲートであるため、多少の不便は致し方ない。
宮廷魔術師団の武器と防具の交換の準備が整った。
王国騎士団と宮廷魔術師団専用の【ゲート】を武器防具保管庫の前に固定した。
王国騎士団と宮廷魔術師団の団員たちは、全員が何らかしらの、ルウィージェスの魔石を身に付けている。こちらのゲートは、ルウィージェスの魔力で作成した魔石を持った者なら自由に行き来できるようにするだけで十分だ。
要は、ライラン領の騎士や兵士が通ってしまう事を避けられれば良い。
ライラン領の兵士数名が、遠くから「宿舎」を見ていた。別に見学に来た訳ではない。ただ、魔法で建てた巨大な建物が気になり、見に来ていただけだ。
隠れ残るゴブリン捜索中ではあったが、遠くからでも見えた巨大な建物が気になって仕方がなかったのだ。任務中ではあったが、彼らは、ただの見物人となっていた。本人たち的には物見遊山ではない、と思っているが。
宿舎前に、【ゲート】が固定されたのも見ていた。
空間魔法を扱える魔術師は少なく、遠距離を繋ぐ【ゲート】はもはや、おとぎ話の世界のモノ、そういう認識だった。
だが、王国騎士団、宮廷魔術師団、リリーエムラ公爵家の騎士団の全員が、躊躇なく【ゲート】を行き来している。
その様子は、ライラン領の兵士らの目には、奇異に写っていた。
――――恐ろしくないのか?怖くないのか?
彼らは、そう質問したい衝動に駆られていたが、【ゲート】魔法を施行しているのは、公爵家の者。方や、自分たちは、騎士になる為の身元保証人がいないが為に兵士になった者たち。騎士は、他の州領や領から訪れた貴族家の者たちを警護する任務を請け負う立場でもある。だから、身元保証人がいない者たちが騎士になる事は、5つ目の村の村長レオンのような例外がない限りは、その可能性はほぼない。特に領主は下級貴族の子爵である事が多い。そもそも下級貴族は、そこまでの権限を持ち合わせていない、というのも、例外を作れない大きな理由となっている。
テューゲンリン王国において身元保証人となれるのは、姓を持っている者に限られている。貴族家出身の者以外では、商いなどで大きな功績を残し、王国より姓が与えられ、所持が認められた者である。
上記の理由より、身元を保証してくれる者を持たない兵士たちにとって、上級貴族は、本来は近付く事すら叶わない、上の者。公爵家はその筆頭で、その中でも、リリーエムラ公爵家は筆頭公爵家。
後ろの方から、声が聞こえてきた。騎士の鎧特有の音も聞こえる。
兵士らは慌ててその場を移動した。結局、質問をする事もなく。
手紙を書き終えたエルンストが、アダルベルトとウィルヘルムに回復薬の在庫について聞いている。
王国騎士団と宮廷魔術師団は、これからザークセン州領ヴォルズム領都に向かうが、リリーエムラ公爵家騎士団は、ここライランの街に残る。
リリーエムラ公爵家騎士団の魔術師は攻撃魔法使いに偏っていて、回復魔法が使える者は少ない。魔力回復薬だけでなく、今後は、外傷回復薬も手元にある程度以上は残しておいた方が良い。街中に残るゴブリンはもうほぼいないだろうが、復興作業は力仕事。何かと事故が起こりやすい。全ての外傷を完治させる『回復魔石』を軽度の怪我で使うのは勿体ない。
クラウスがリーゼレーネから預かった回復薬を少し残していく事で一致したようだ。
回復薬はルウィージェスのアイテムボックスに入っている。
騎士団と魔術師団の分はクラウスとエルンストのアイテムボックスに移し、リリーエムラ公爵家騎士団分を「宿舎」の保管室へ移動させた。
そうこうしている間に、宮廷魔術師団の武器や防具の入れ替えも済んだ。
リリーエムラ公爵家に繋いだ【ゲート】は残し、もう一方の武器防具保管庫の前に固定した【ゲート】を閉じた。
ザークセン州領に行ったら、ライラン領都と同様に、怒涛の様な時間を過ごす事になるだろう。その前に、王城に返事を渡し、妻エリザベートに早馬を出す手続きを頼む必要がある。
急ぎ、エルンストはルウィージェスの【ゲート】で王城へ向かった。
エルンストが戻り次第、クラウス、エルンスト、カリンとルウィージェスの四人はザークセン州領ヴォルズム領都まで、例の「空飛ぶ板」で移動する。
それまでは、残る団員たちは、リリーエムラ公爵家騎士団と共に、ライラン領都の復興の手伝いをする。
ザークセン州領ヴォルズム領都に【ゲート】を設置したら、王国騎士団と宮廷魔術師団の団員を呼ばなければならない。
領主カールと相談し、その時は、クラウスが【火魔法:花火】を2発打ち上げる事で決まった。領民が驚かないように、カールが予め、領民に伝達しておく事にする。
最後に、王都にあるライラン領邸に【ゲート】を繋げる事にする。
領主カールもしくは家臣の者が、王城へ食糧援助の件で行き来する必要があるからだ。
【ゲート】を通過できる専用の魔石を2個用意した。領主カールとカールの弟で家令アルリクが責任を持って管理する。
因みに、後日、宰相オルトールドから、大量の食料を一旦王都のライラン領邸に持って行くのは大変、と「魔鳥斥候団」を介して連絡が入り、ライラン領にあるライラン領主邸に王城の食料庫からの直通【ゲート】を設置した。この【ゲート】は、ライラン領主と家令に渡した魔石では通過できない。あくまでも、オルトールドが管理責任者となった魔石を持つ者だけが使える専用ゲートだ。
エルンストが戻り、準備が整った。
今回も結界で安全を確保した大きな飛行板に乗って、クラウス、エルンスト、カリンとルウィージェスの四人が、先発隊としてザークセン州領ヴォルズム領都に向かう。
ライランの街からヴォルズムの街の間には、岩山を背に広大な森が広がっており、街道が一本通っているだけで、途中に村などはないようだ。もしかしたら小さな集落はあったのかもしれないが、その痕跡を見つけるのはもはや難しい状態だ。
眼下に見えるのは、黒っぽい頭、頭、頭で、それがバラバラに動いているから、蠢いているように見える。ゴブリンは深緑色だが、陰に入ると黒っぽい何かにしか見えない。
これだけの大群での移動となると、ゴブリン的にも木が邪魔になっているようだ。相当数の木が倒されている。中には、枝を武器としているものも見える。爪を使って余計な細い枝葉を切り落としている姿も確認出来る。意外と器用なようだ。
今まで、ゴブリンが持つ棍棒などは、周辺の村などから略奪した物と思われていたが、洞窟内で発見された武器の選別などから鑑みるに、自分たちが思っていた以上に、ゴブリンの知能は高いと思うべきだ。まして新型ゴブリンは、保持魔力量を上げていると思われる。そうなれば、従来のゴブリンよりも知能が高くなっている筈。知能を発達させた魔物は厄介だ。
どんどん倒された樹木が増えていく。流石に大木は倒されていないが、斧で6回くらいは切り目を入れないと倒せそうもない太さの木も倒されている。
あの集団も、新型ゴブリンと判断して良いだろう。あの膂力の大群であれば、あの太さの木も倒せるだろう。もしかしたら、洞窟内で討伐した一群よりも強い可能性もある。
ライラン領都で破壊され倒壊した建物を思い出す。あの太さの樹木を倒せるのなら、家屋に使われた柱など、数回攻撃されただけで折れてしまうだろう。
新型ゴブリンが大挙して襲ってきたら、領壁だって、何日持つか分からない。いや、少しでも薄かったり古かったりして、脆弱個所があったら、1日持たずに崩壊するかもしれない。
クラウスとエルンストは柱に捕まり、身を乗り出して下を見ている。クラウスは岩山側を、エルンストはプファルーツ州領の丘陵側を見ているが、共に、その表情は厳しい。
特にクラウスはまだ一般兵だった頃、巡回部隊の一員として、他の領都を回って実際に領壁などを確認している。最も、クラウスが受け持ったのは王都より北側の州領が多かったが。
北側にはリリーエムラ公爵家、シューバート侯爵家、フォーゲル伯爵家と、古参三大貴族家が治める州領がある。故に、基本的に、誰も受け持ちたがらない。
その他に、他の者たちが避ける理由が、北側に広がる大きな森の存在。通称「魔の森」とか「霧の森」とか「北の森」と呼ばれている、上位魔物が多く棲む巨大な森があり、たまにユランが上空の高い所を飛翔し、ドラゴンの目撃も王国内随一。魔獣と呼ばれる強い魔法を使う魔物も多く目撃されている。
だから、シューバート侯爵家の四男のクラウスに、皆が押し付けた。
クラウスとしては、実家がある地域だし、神獣や魔獣によって管理されている為に、強い魔物との遭遇はほぼない事を知っている場所。
それに、リリーエムラ公爵家の領地は火山地帯。温泉が湧いている。両隣の州領はその恩恵も受けており、あの辺り一帯は、湯量の豊富な温泉地帯でもある。それに、一般には知られていないが、あの森には世界樹の本体がある。世界樹は地下深くに根差した根を介して、様々な所に擬態して生えているが、その本体がある場所こそが、創造神が管理する、あの北の森。その為に、あの一帯の温泉の薬効は非常に高い。
だから、喜んで引き受けていた。その為に、他の団員より、他の州領に疎かった。
当時、王国騎士団長だった父がその辺りを危惧し、巡回部隊を卒業する直前に、王都周辺の州領を急ぎ担当させて、経験値を積ませた、という裏話がある。
その時、クラウスはプファルーツ州領のライラン領都は巡回で来たことがあった。だが、ザークセン州領側は、一度も担当した事がない。
だが、クラウスの父は詳しかった。クラウスが持つザークセン州領の知識は、ほぼ父からのものだ。
テューゲンリン王国では、領主が代替わりする時に、大々的に工事を行う習慣がある。これは、職にあぶれた者たちに公共事業として仕事を与え、良い印象を持ってもらう一環として行われている。
領主が代替わりする時は色々と物入りが増える為に、王国から補助金が出る事も関係している。経年劣化した個所の修繕に対し、潤沢な補助金を元手に、普段より高い賃金が支払われるのも、新領主への印象付けとして役立っている。
ライラン領の領主カールは40歳代半ばと思われた。いつ先代から領主の座を継いだか分からないが、領壁の工事が完了して、まだ10年強、15年は経っていないと思われる。
だが、向かうザークセン州領ヴォルズム領主の領主ブルーノ・フォン・ミンツ子爵は、確か高齢だった筈。クラウスの記憶が正しければ、50歳代。しかも、もうすぐ60歳になる筈。領主の定年は65歳だが、王国が定める定年まで当主を務める者は少ない。だからクラウスは覚えていた。
50歳を超えてまで当主を務める者は圧倒的に少なく、子の年齢にもよるが、どんなに遅くても、大体55歳までには代替わりを済ませる事が多い。
クラウスは30歳で団長に就任した。今年は8年目になる。
団長に就任後に読んだ資料の中にあった情報によれば、当時50歳代だった当主はたったの4名、その内の1名が現在のヴォルズム領主ブルーノ子爵だ。当時、50歳代まで領主を務めている事に驚き、いつ引き継いだか、資料には書いてあったはずだが覚えていない。「50歳を超えても領主と勤め続ける」というが余りにも印象が強すぎた。
前領主も長く務めたのであれば話は変わるが、多くが40歳代で代替わりしている事から、前領主も順当に代替わりしたと仮定する。そうなると、ライラン領都の領壁より長い間、大きな修繕工事は行われていない、という事になる。
どのくらいの頻度で、小規模でも補修工事が行われていたか不明だが、もし、部分的な補修だけで済ませていたら、あの新型ゴブリンの膂力にどれだけ耐えうるか、分からない。
その時、クラウスは南側、ライラン領側から上ってくるゴブリン以外に、岩山側から移動して来るゴブリンの波もある事に気付いた。
岩山に視線を移すと、岩山の方からも複数のゴブリンの「川」が見えた。
しかも、その「川」は岩山全体から伸びてきている。
場所としては、もう少しで右手側、ヴォルズム領都へと進路を変更するという地点。
クラウスは岩山の側面に不自然な陰が見える事に気付く。そして、その「川」は、その不自然な陰から伸びてきているのも見える。
ルウィージェスは飛行速度を落とし、少し岩山側に進路を取る。
エルンストも、クラウスの言葉に岩山側に移動し、手摺に捕まり、岩山に焦点を合わせる。
少しずつ岩山側に移動する。
不自然な陰に見えたのは、全て岩山に大きく開いた穴だった。そして、大量のゴブリンがその穴を出入りしているのが見えた。何かを穴に運び入れているゴブリンの姿も見える。
大きな出入口と小さめな出入口が複数見える。大きな出入口は、洞窟討伐戦を行った洞窟の出入り口並みに間口が広い。
「あれ、営巣地だな。独立した営巣地だと良いのだが、あの穴が全て繋がっていたら、これは、ちょっとやっかいだぞ。」
「目視できるだけで、大きな穴が8つ。この数のゴブリンとなると、プファルーツ州領とザークセン州領の州領騎士団以外の州領からの応援は不可欠ですね。」
大きな入り口は、オーガが掘ったものだろう。オーガが捨てた巣穴にゴブリンが入り込んで、ここまで爆発的な数になった理由は、討伐した、洞窟を占領していたゴブリンと同じだと思われる。それ以外には考えられない。
流石のルウィージェスとカリンも、岩山の状況に唖然としている。
今のエルンストとクラウスなら、結界さえ張ってやれば、クラウスは魔力の補助もしてやれば、一人で1つの営巣地を潰せるだろう。
だが、他の者たちには難しい。エムラカティアの眷属となっているアダルベルトとウィルヘルムは、あくまでも信頼できる騎士としての眷属化、役割の眷属であって、戦闘力が増強されるとか、そういった眷属恩恵はない。
地上で活動する以上、神族の掟を守るためには、半分は地上の者にさせなければならない。なのだが、ルウィージェスは思わず小さく唸る。
クラウスは、視線を左右に移す。
「中も外もこの状態では、従来の方法も使えない。」
「えぇ、そもそも従来の方法は、洞窟の近くに設営地を設置する事が前提となっています。」
「これ、どうやって近付いたら良いのかすら、全く案が浮かばん。」
クラウスの両肩にはサラマンダーとフラウが、エルンストの両肩には藍とアリカントがいる。神鳥も精霊たちも、岩山と眼下に広がるゴブリンの波に、かなり引いている。
攻略方法が全く思いつかない二人だが、今は兎も角も、ヴォルズム領都の状況を把握し、まだ間に合うなら、領都を結界で囲んで長期戦に備える準備をしなくてはならない。
岩山からヴォルズム領都の間には大きな湖があり、その湖の下流側にヴォルズム領都はあった。湖の周りは深い森になっており、集落もなさそうだった。
「ちょっと、ヴォルズムの街まで、精霊たちの手を借りて、少しゴブリンの数、減らす?」
雀の涙程でも、ゴブリンの数を減らしておきたいという気持ちは、クラウスとエルンストも同じだった。
「クラウス団長とフラウは【氷魔法:広域冷凍】、エルンスト団長とサラマンダーは、【火魔法:広域焼尽】の逆流魔法【逆流火魔法:広域凍結】を。少し時間をずらして、エルンスト団長は【風魔法:広域圧弾】で、アリカントは【土魔法:広域飛礫】で凍らせたゴブリンを破壊して行く、というのはどう?破壊の音でゴブリンが興奮しないように、ぼくは【風魔法:強風風音】の逆流魔法【逆流風魔法:強力消音】で音を消すから。ランは『応援歌』で魔力消費量を抑えてやって欲しい。」
サラマンダー以外の精霊たちはやる気満々。
「ルウィージェス様、【氷魔法:広域冷凍】は剣への付与魔法で?」
「そう、腕を左右に大きく振れば、それだけ広範囲に魔法を掛けられるから。」
クラウスは徐に剣を鞘から取り出し、不敵な笑顔を見せる。クラウスも気合十分だ。
「精霊王様、オレ、【広域焼尽】の魔法陣、知らねぇ。」
「大丈夫、皆に魔法陣渡すから。」
「おぉ、新しい火魔法、やったろうじゃね~か!」
サラマンダーの髪が勢いよく燃えだした。やる気に満ちている。
「私も【広域焼尽】は使ったことがありません。是非とも、やらせて頂きたい。」
エルンストも新しい魔法に興味津々だ。
「ぴぴぃ~!!」
藍は一切の攻撃魔法を持たないが、スキル『応援歌』は熟達の域に達している。
しかも今回は、初めての自分の眷属アリカントもいる。上司として腕の見せ所だ。
ルウィージェスは皆に、各魔方陣を【創造魔法:魔法陣読解】で見せる。
皆が魔法陣を確認している間にルウィージェスは精霊たちに魔力補助魔石を作り、今度は【風魔法:リング】で止める。クラウスは二人の精霊と魔力を共有している。どちらかが魔力を大きく減らすと、他の二人の魔力も減ってしまう。特にクラウスは、エルンスト程の魔力は持っていない。念には念を入れておく。
アリカントもエルンストと魔力を共有している。エルンストの魔力は大きく減らないが、まだ魔力制御力ではサラマンダーやフラウのようにはいかないアリカント。しかも、今回エルンストが使う広域魔法は、共に中級。アリカントの魔力の不安定感はエルンストの魔力にも影響しかねない。アリカントに魔力補助魔石を持たせておけば、魔石がアリカントの魔力の不安定さを、ある程度はマスクしてくれる。
今回、飛行板の操縦をカリンに頼む。カリンは魔法が使えない為、飛行魔法を飛行神術に切り替える。
魔法陣を覚えたようだ。それぞれが、お互いの魔法を干渉しないよう、配置に付く。
今回、エルンストとアリカントが、凍ったゴブリンを破壊する。アリカントはクラウスの近くにスタンバイする。
攻撃開始の指示を出すのはクラウスに任せる。中級魔法を二つ同時に行うエルンストには、魔力制御に集中して貰う。
クラウスの号令で、一斉に冷凍及び凍結魔法を展開する。
一気にゴブリンが凍っていく。なかなか壮観な光景だ。
氷漬けを免れたゴブリンもいるが、周辺気温の急降下で動きが極端に悪くなったのが、上からよく見える。動きが鈍くなったゴブリンは、次の冷凍及び凍結魔法で凍る。
どんどんゴブリンが凍っていく。それを見て、クラウスが破壊の号令を出した。
ルウィージェスも、同時に【風魔法:強風風音】の逆流魔法【逆流風魔法:強力消音】で、破壊音が響かないようにする。
凍結ゴブリンは、アリカントの【土魔法:飛礫】で粉々になれば、エルンストの【風魔法:広域圧弾】で潰れていく。
エルンストは、右と左で異なる魔法を展開しているが、旨く展開場所をコントロールしている。漏れなく凍らせて漏れなく潰していく。
アリカント側の破壊が、凍結に追いつかない。
フラウは、【氷魔法:広域冷凍】を止め、【氷魔法:広域飛礫】に切り替えて、破壊していく。破壊が追い付いたところで、フラウは【氷魔法:広域冷凍】に戻し、ゴブリンを凍らせていく。
カリンも、冷凍・凍結と破壊・圧砕のバランスを見ながら、飛行板をヴォルズム領都方面へ進めていく。
もう見えなくなったが湖も凍り、そこから流れる川も凍っていく。
これだけのゴブリンが徘徊している所だ。人が巻き込まれる心配はしなくていい。
冷凍・凍結の範囲が広がるごとに、漂う冷気によってゴブリンの動きが鈍くなる。
動かなくなったゴブリンを凍らせるのは、動くゴブリンを凍らせるよりも容易だ。
攻撃を開始した頃よりも早い速度で冷凍・凍結範囲が広がって行く。
クラウスはサラマンダーに攻撃を止める事を伝え、様子を確認する。
サラマンダーが更に広範囲を凍らせていく。逆流魔法は、シューバートと行動を共にしていた頃から使っている。流石に旨い。お手の物だ。
エルンストが担当している方向に移動してみると、全く漏れなく隙間なく、凍らせ圧砕している。流石としか言いようがない。
進行方向を見ると、遠くに領壁らしき構造物が見える。
ルウィージェスも気付いている。
「どこら辺で一旦止める?」
「そうですね、近すぎても驚かしてしまうだろうが、少しでも領壁を囲むゴブリンを減らしたいですからね。難しいところですが、…ギリギリまで凍らせようと思います。」
「了解。カリン、ギリギリまで頼むね。」
「承知しました。」
クラウスはエルンストたちに聞こえるよう、少し大きめな声で伝える。
「ヴォルズム領の皆には驚かせてしまうが、ギリギリまで討伐しよう。」
エルンストは無言で頷き、精霊たちは「わかった~」と元気に答える。
藍も羽根をばたつかせ、理解した事をクラウスに伝える。
今回の第61話から、舞台はザークセン州領の話になります。初めに向かったのはヴォルズム領の領都です。
今回も移動はルウィージェスの飛行板です。しかし、上空から見えた光景に、精霊たちも唖然とします。
クラウスとエルンストも、流石にこの規模は予想していませんでした。
次は、来週10月3日(土)20:00公開予定です。
第62話 「ゴブリンの襲撃㉗―ヴォルズム②―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




