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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第57話 「ゴブリンの襲撃㉒―ライラン領③―」

サ:ちわーっす!クラウスの精霊剣のサラマンダーと、

フ:氷の精霊フラウの二人が、今回担当いたします。


サ:ひでぇ~よな、あんなに頑張ったのに、本編にはオレたちの頑張りが一切掲載されていないんだとよ。

フ:えぇ、全く、ひどいですわ。

サ:悔しいからここで、どれだけオレたちが頑張ったか、知って貰おうぜ。

フ:勿論ですわ。クラウスも頑張ったのですからね。


サ:しっかしさ、何なんだろうな、このゴブリン。えらく強いし、丈夫だし。

フ:そうなのです?私が棲んでいた場所にはゴブリンはいなかったから、こういう生物か、と思っていましたけど。

サ:全然違う。先ず、ゴブリンはあそこまで強くない。それに、基本的に弱い魔物は多産だが、あの数は異常だ。

フ:そうね、私も昆虫以外で、あれだけの数の子を成す生物は初めてだわ。海の弱者だって、あれだけの数の卵を産むのって、そう多くないわね。

サ:だろう?ゴブリンって昆虫だったっけ?って一瞬、バカな事、考えちまったけど、半妖精だけあって、しっかりとオレたちの姿、見てたしな。

フ:そうよね。妖精化した昆虫ならいざ知らず、普通の昆虫は、私たちの姿を見る事は出来ないし。

サ:それにさ、何であのゴブリン、あんなに攻撃的なの?ゴブリンって、魔物の中では、絶対的弱者だろう?狩られる方だろう?

フ:そうねぇ~、上位種にならなければ、雑魚扱いよね?私も、そういう認識でしたわ。

サ:それなのに、オレたちにすら歯向かって来たぞ、あいつら。

フ:魔法も使えない弱者なのにね。


サ:オレさ、シューバートの時もゴブリン退治を一緒にした事あるけど、昔のゴブリンって、そもそも武器、持ってなかったんだぜ。

フ:え?そうなのです?

サ:当時のゴブリンは爪が発達しててさ。爪で引っ掻く、それがあいつらの唯一の武器だったんだよ。

フ:へぇ~、ゴブリンも、一応は進化していたのね。

サ:ベルンハルトの時もゴブリン退治したけど、あの時はゴブリンのクセに武器持っててさ。その時は、木の枝とか、太めの枝を持ちやすいように加工した、棍棒みたいな形をしたやつだったけどな。

フ:驚いた?

サ:ビックリしたよ。武器を持っていた事にも驚いたけど、同じくらい、あんなに長く硬い爪を持っていたのが、すっかり短くなっていた事に驚いたね。

フ:そう言えば、長い爪を持つゴブリンはいませんでしたわね~。

サ:武器を持つ事で爪を使わなくなったから、退化したのかもな。短くても鋭いのは変わらなかったけど。

フ:ゴブリンも、一応は変わっていたのね~。


サ:まぁ、そう考えれば、あれのゴブリンの進化なのかもしれねぇけどさ。

フ:でも、あの出産率はおかしいわよ!昆虫並みよ?!

サ:だよな。妖精が多産に進化したって、聞いたことねぇしな。

フ:多産ところか、妊娠率低下で数が減って行く一方なのに。


サ:オレさ、クラウスの魔力を見て、驚いた事があるんだよ。

フ:シューバートの時もベルンハルトの時も一緒にいたのに?

サ:クラウスさ、神獣の加護を受けていただろう?

フ:えぇ、私も加護の魔力に惹かれたしね。

サ:この惑星の創造神が、国造りの為に用意した始祖の魂は4つ。クラウスは剣の魂の持ち主なんだけど、あくまでも創造神が用意した魂なんだよ。

フ:えぇ、そうね、そう言っていたわね。

サ:だけどさ、加護を与えた神獣は、精霊王様の眷属。つまり、中級神が用意した魂が上級神の眷属から加護を貰っていたんだよ。

フ:??それが、何かヘンなの?

サ:クラウスは、この惑星の為に用意された魂なのに、この惑星の創造神より神格の高い神の加護を受けたから、創造神の管轄から完全に外れたんだ。

フ:そうなんだ、それで、何が驚きなの?

サ:術の魂のエルンストもそうだけど、この惑星の創造神の管轄から外れたから、もう、この惑星の輪廻には乗れないんだよ。

フ:え?そうなの?

サ:そう。クラウス、今の肉体が死んだら天界の、特別な空間に戻るんだろうけれど、この惑星の輪廻には乗れないし、どうするんだろうな?

フ:それじゃ、転生したクラウスとも一緒に楽しもうと思っていたけれど、それが叶わないって事なの?

サ:そもそも輪廻に乗れないんだから、そうなんじゃないか?

フ:えぇ~、それは寂しい!

サ:なぁ。


サ:まぁ、それは追々考えるとして。ゴブリンの事。ゴブリンの進化には驚いたけど、全く変わっていない部分もあって、ちょっと安心した。

フ:何に安心したの?

サ:あいつらさ、フラウの冷気で、完全に動けなくなっただろう?

フ:ゴブリンは寒さに弱いですからね。

サ:そう。あいつら、あんなに色々と進化して変化したのに、そこは全く変わってなかったんだよ。

フ:あ、そういう事!

サ:そう。あと、あいつら、今は洞穴とか薄暗い所を好んで棲む生物なのに、視覚から得る情報に、かなり依存しているよな。昔は岩場の明るい場所に棲んでいたから、その時の名残なんだろうけどさ。

フ:フフフ。精霊王様から教えてもらった【多重魔法:五里霧乱】ね。小さく発生させれば、目隠しになるって教えて貰いましたからね。早速試してみたわ。楽しくなるくらい、動揺して動けなくなって。【氷魔法:針槍】の命中率が上がる上がる。楽しかったわ~、あれ。分身も楽しそうだったし。

サ:オレも分身も、フラウの目隠しで動けなくなった奴らに【火魔法:火矢】を打ち込んでやったんだけど、外す方が難しいくらいだったよな。

フ:クラウスも、楽しそうだったじゃない。新しい魔法をどんどん試して。

サ:あの精霊剣、凄いな。創造神が作った精霊剣より、断然性能がいいし、なんてったって、付与した魔力の消失がほぼなかったからな。

フ:創造神様が作った精霊剣ってどういうやつでしたの?

サ:創造神は精霊鉱石が作れなかったから、オレの力の補強を神力でしようとしてたんだよ。違う力で補強するから、やっぱりちょっと効率が落ちるよな。

フ:そうね。神力は心地よいけれど、それを使ってとなると、ちょっと違うわね。

サ:そうなんだよ。剣の魂の力も精霊剣に適した魔力だから、そういう意味でも、昔の精霊剣では、シューバートも、今のクラウス程の力は出せてなかったと思うな。

フ:なるほどねぇ~。

サ:それに、ベルンハルトは腐毒に抵抗できずに病を発症して死んだけど、今の精霊剣は、多分、腐毒すらも浄化できると思う。

フ:私、腐毒って経験した事ないんだけど、やっぱり、凄い?

サ:あれは酷かった。本当に酷かった。生命力バリバリ削られた。毒が体中を巡る感じだな。呼吸する度に、毒が体を巡る。あれは、もう二度とゴメンだな。

フ:神力で守られてたのに?

サ:あの瘴気で、あっという間に剣に込められていた神力、消費しちまった。創造神に助けを求めたかったけど、そもそも外に出る事すら叶わない状態だったからな。あの時のオレ、よくぞ小さな精霊を守りながら精霊界まで辿り着いた。あの時のオレを褒めたいね。

フ:精霊王様謹製の精霊剣が、腐毒すらも浄化出来るなら、心強いわね。

サ:あぁ。精霊王様に、クラウスが天界に帰っても一緒に行けるよう、頼んでみるかな。

フ:そうね。上級神様なら、なんか、出来そうな気がする。

 頭を鍋で保護しながら避難していた家族を見送ったルウィージェスとカリンは、途中で保護した領民を誘導している魔術師団の団員を見つけ、彼らの魔力を補充しながら、更に市場の方向へと進んだ。


 今立っている場所の少し先で坂が終わり、いきなりなだらかな道となっていた。教会までの坂道は、もう少し緩やかな坂から始まっているのを想像していたが、急に結構な傾斜のある坂が、いきなり始まっていた。

 元々、領主邸が建っているこの丘は急斜面で切り立った断崖が多かったのかもしれない。


 今、二人が立っているこの辺りから市場が始まっているようで、多くの店が道沿いに並んでいるのが見える。食料品を扱っていた店が多かった所為だろう、まだまだ大量のゴブリンが残っている。

 少し高い所に立つ二人からは、多くの店の屋根が崩落している状況が見える。同じ色をした長い屋根が、店頭から反対側に続いている所も多い。倉庫も兼ねていたのかもしれない。


 市場には領民の姿は見えない。生き残った領民は既に避難したか、保護されたと思われた。

 領民がいないなら、もう、遠慮はいらない。

 ルウィージェスは、【空間魔法:地図】を発動させ、【空間魔法:表示】で市場全体に残るゴブリンを地図上に表示する。地図上ではゴブリンは赤い点として表示されるのだが、一番賑やかだったと思われる、教会からの一本道を中心に真っ赤だった。100匹や200匹では済まない数が表示された。

 教会からの一本道から奥に2本程入った所まで、赤い表示が集まっている。その後ろは、かなりまだらになっている。もしかしたら、そこはもう住宅街かもしれない。

 住宅街にはまだ領民が残っている可能性がある。領民にゴブリンの死骸が空を飛ぶ光景を見せる訳にはいかないし、火柱が見えたら、逆に延焼を恐れてパニックになるかもしれない。範囲は赤い表示が密になっている所のみとする。

 討伐範囲内の地図上に表示されたゴブリンに【空間魔法:照準】を付け、【土魔法:飛礫】と【風魔法:追尾】の【混合魔法:追尾狙撃】を発動させ、地上で蠢くもの、屋上を移動するもの、全てのゴブリンを一気に殲滅し、【風魔法:吸引】で保管庫へ放り込んだ。

 地図を確認すると、少し赤い点が残っている。壁などに阻まれて吸収しきれなかったゴブリンと思われた。

 建物は既に破壊されているが、だからと言って、勝手に更に破壊を重ねるのは躊躇われる。

 吸収し損ねた分は、個別に対応していくしかない。

 と言っても、地図上で表示され続けるゴブリンに再度【空間魔法:照準】を付け直し、【空間魔法:召喚】で呼び寄せて、一か所に集めたゴブリンを高温にした【火魔法:焼却】で瞬時に片付けるだけだが。


 市場に向かって移動を開始する。

 至る所に領民のものと思われる血痕を認める。地面に流れる血の跡よりも、飛び跳ねて残る血痕の方が多い。ルウィージェスの身長より高い所にも血痕が飛んでいる。移動中に襲われ、負傷したのだろう。負傷した腕で、血の匂いに興奮したゴブリンを振り払いながら移動したのかもしれない。

 血痕を見るカリンの表情も険しい。


 生き残った領民は、自分たちで街を再建させなければならない。

 その際に、壁や塀にと、至る所に飛び散った、この血痕は心の負担となるだろう。

 【光魔法:清浄】で、ゴブリンの臭いごと綺麗にした。


 市場の中央に近付くにつれ、脇道が多くなってきた。

 領主カールから聞いてはいたが、本当にこの街は細い路地が多い。新種のゴブリンなら、路地を挟んだ向かい側の屋根まで跳んで移動できるかもしれない。

 それくらい、路地が細く、向かい合う家と家の距離が近い。


 ルウィージェスとカリンが市場に続く道を進んでいた時だった。

 二人の耳が、ゴブリンの声ではない「音」を拾った。

 咄嗟にカリンは腰に佩く剣に右手を置き、そちらの方に視線を送る。

 音は路地の奥から聞こえたような気がする。

 【混合魔法:追尾狙撃】発動後に、移動して来たゴブリンか、屋根を伝い移動するゴブリン3匹をカリンが見つけ、ルウィージェスが小さな【火魔法:火柱】で一瞬に灰にした。

 だが、まだ音は聞こえている。灰にしたゴブリンが出した音ではなかったようだ。

 音は、教会からの一本道から路地に入って、一本道と並行して走る路地を2本通過した先からだった。

 そこは、ルウィージェスが住宅街かもしれない、と判断し、殲滅範囲から外した、教会からの一本道と平行して走る、一本道から数えて3本目の路地だった。

 ルウィージェスとカリンが通って来た路地の左手側に、逃げ遅れた領民か、壁をよじ登るゴブリンを2階の窓から必死に棒状の物で、突き落そうとしている夫婦と思われる者たちが見えた。

 『中央公園』の時とは異なり、今すぐ命に関わる状態ではない。わざわざ少し離れたこの場所から攻撃魔法を発動させ、領民にルウィージェスの魔法の威力を見せてまで助ける程、急を要する状況ではない。

 二人は急ぎ駆け寄り、カリンが家の周りにいるゴブリンを片付け、ルウィージェスが【風魔法:風弾】で、壁にしがみつくゴブリンを撃ち落とし、無詠唱で【混合魔法:追跡狩猟】を発動させ、屋根の上に見えるゴブリンを討伐し、光魔法の【移動魔法:転移】で『保管庫』に移動させた。

「家の中はご無事ですか?」

 カリンが夫婦と思われる二人に声を掛けた。近くで見ると、まだ若い夫婦だった。

「はい、なんとか。ありがとうございます。」

 カリンの問いに答えたのは男性の方。女性の方は、室内の方を向いている。他にも誰かいるようだ。

「今ならこの先、教会までは安全が確保されています。安全に避難する事が出来ます。教会では食事などの準備も整っている筈です。」

 家から出る気配がない男性に、カリンが移動を勧める。

「ご丁寧にありがとうございます。家の中には、足腰の悪い者と乳児がいる為、外に出る事が出来ません。なので、家の中で安全が確保されるまでいようと思います。」

 それを聞いたルウィージェスは少し考え、家の主人と思われる男性に問いかけた。

「その足腰の悪い方の様子をみさせて頂いてもよろしいですか?街が一定の機能を取り戻すまでには、それなりの日数がかかると思います。食料品の在庫は十分にありますか?」

 男性は黙り込んでしまった。視線を屋内に送る。窓から見える女性の頭が横に振られている。

 男性は女性と話しているようだ。

 男性がこちらを向いた。

「正直、食料品の在庫は、そう多くありません。もしよろしかったら、手をお貸し願いませんでしょうか?」


 ルウィージェスとカリンは、二人の娘と思われるまだ幼い女児が開けた玄関から、家の中に入った。

 足腰が悪い者とは、高齢の男性が一人と、高齢の女性が二人だった。

 聞くと、男性の祖父母と、女性の祖母だと言う。二人の祖父、祖母共に幼馴染で、若いころに近隣の村からこのライランの街に移住し、市場で共同経営の店を営んでいたという。今は引退し、若い二人の両親たちが、店を切り盛りしていたという話だった。

 女性は乳児を抱えている為に、今は高齢の祖父、祖母等の介護をしながら育児をしていた、との事。男性は、普段なら店の手伝いに出ている時間だったが、たまたま祖父の足の調子が悪く、教会の医療院を受診する為に家にいたのだと言う。

「完治させる事は出来ませんが、避難生活中は動けるよう、【回復魔法】をかけます。」

 ルウィージェスは三人に【回復魔法:身体強化】を魔力多めでかけた。


 この魔法は、痛みなどが強すぎて体を動かす事が出来ず、医療院まで運べない時や移動出来ない時に使えるようにと、ルウィージェスが作った魔法。エルンストと一緒に、『回復魔石』の件で、初めて医療院を訪れた時に、痛みで動きが緩慢(かんまん)になっていた患者を見て思いついた魔法だ。

 この魔法の効果は文字通り身体強化。筋肉に魔力を通す事で動きやすくし、魔力で体力を増強させ治癒魔法が効きやすくする為の魔法。あくまでも一時的に痛みなどを軽減させるのが目的であり、初級や中級の治療系魔法では効かない病気による骨の変形や老化による筋肉の衰え向けの魔法。


 高齢の三人の足腰の痛みは、外傷による疼痛(とうつう)ではなかった。若いころから、頻繁に重たい荷物を持ち、前かがみになる事が多かったのかもしれない。三人とも少し猫背になっていた。特に高齢女性の二人は、膝が外を向き、膝を真っすぐに伸ばす事が出来ない状態になっていた。

 現代の地球でなら、膝関節症と診断される状態かもしれない。


 ルウィージェスの掌(てのひら)から、回復魔法特有の光が消えた。

「ゆっくりと立ち上がってみて下さい。残念ながら、高齢によって足腰が弱っている為、治す事は出来ません。あくまでも一時的に魔力で動かしているだけです。一カ月程度は、自由に動けると思いますが、徐々に元に戻っていきます。」

 三人は恐る恐る足を動かし、立ち上がった。

「おぉーーー。」

 若い男性が感嘆の声を上げた。

「うん。大丈夫そうですね。これなら、教会まで行けるでしょう。」

 男性の家族は何度も礼をするが、早く移動しないと、またゴブリンが近づいてきてしまう。

 カリンが状況を説明すると、ようやく理解して貰えたようだ。家族総出で避難の準備を始め、最後に、しっかりと戸締りをした。

「ぼくたちも一旦教会に戻るので、一緒に避難しましょう。」

 若い夫婦には、玄関を開けてくれた女児の他に、双子の乳児がいた。

 乳児の泣き声は、ゴブリンに弱者の声と認識されてしまう。興奮したゴブリンがその声を聞き逃す訳がない。乳児を落ち着かせ、安心させる必要がある。

 高齢の三人は、魔力で筋肉を動かしているだけだ。荷物は一切持たせる事が出来ない。三人には、足元に留意し、転倒しないよう、安全に移動する事だけに集中して貰う。

 母親と父親には、各自で乳児を抱き、乳児用と女児用の荷物を持ってもらい、大きな荷物をカリンが運ぶ。

 小さな女児も、その体には大き過ぎる荷物をがんばって運んでいる。

 ルウィージェスは不可視の結界を張って安全を担保し、近付いてきたゴブリンは初級魔法の風魔法や土魔法で倒しながら、全員で教会へ向かった。


 教会へ戻ると、そこには多くの負傷者が収容された筈だが、魔術師団の【回復魔法】や『回復魔石』によって既に完治しており、痛みに唸っている者などはいなかった。

 それどころか、領民が積極的に教会の者たちを手伝っており、新たに避難してきた領民の誘導などが、手際よく行われていた。

 ルウィージェスたちが保護した家族は、たまたま入り口で指示を出していた教会の助祭に託した。その様子をみていたのか、直ぐに手伝いをしていた領民が近寄り、当面の避難場所に案内していく。ただ、男性は残った。

「自分は力仕事が出来ますからね。何か手伝わせて頂こうと思います。」

 そう言って、ルウィージェスたちに深く礼をした後、教会関係者に助力を申し出た。


 ルウィージェスとカリンが出口から外に出ようとした時、魔術師団の団員に声を掛けられた。声を掛けたのは、宮廷魔術師団錬金部門・魔石作成班の団員で、王国でも数少ない【エクストラヒール】の使い手ボドマールだった。今回の討伐戦では、後方支援の回復担当として参加している。

 ボドマールが軽食の準備が整っている、と伝えた。その時、ライランの街に来て以来、まだ何も口にしていない事を思い出す。


 ボドマールについて行く。騎士団と魔術師団の団員専用に、教会側が一部屋、提供してくれたようだ。かなり広い。祭壇がある事から、普段なら横に長い椅子が設置されているだろうと思われる部屋だが、横長椅子は壁際に並べられており、簡易テーブルと椅子が、相当数準備されていた。

 教会が用意した軽食と飲み物を選んでいると、魔石作成班のシルステンが、簡易テーブルと椅子ではない、それなりにしっかりとしたテーブルと椅子が並んでいる場所に案内してくれた。

 どうやら、団長ら専用の場所として確保してある場所のようだ。

 シルステンに礼を言い、休憩を取ることにする。

「裏の方に、死者が並べられているね。結構な人数だ。」

「はい、心が痛みます。」

 ルウィージェスの魔法は威力がある。今、この教会内では、多くの魔法が飛び交っている為、皆の魔法を阻害しないよう、二人とも、≪神術:探査≫を展開している。

「女性と子どもが多い。やっぱり弱い者から狙われているね。それが野生の本能と分かってはいるけれど、うん、やっぱりやるせない。」

「襲撃が始まったのが、多くの子どもたちが外に出ている時間だったのかもしれませんね。」

「うん、親と離れた場所にいた時間だったのかもしれないね。」

 まだ家の中に潜んでいる者も多いかもしれない。二人は家の中の気配にも注意しながら行くことにした。


 一息ついた二人は、再度街に出た。

 先ほど家族を助けた場所まではゴブリンの気配は殆どなく、あっても数匹。簡単な火魔法で退治出来る、その程度。

 先程の家族の様に、何らかの理由により、避難を躊躇している可能性を考え生存者の気配を辿るが、ゴブリン以外の気配はない。この辺りは領主邸から、ちょうど中間点より少し領壁側に行った所で領壁からは大分離れている。避難する時間があったと思われる。


 更に進むと、光景が変わって来た。

 ルウィージェスたちは自分に結界を張っており、臭気を感じる事はないが、所々にゴブリンの血痕らしき跡が点在していた。先ほどまでは、領民のものと思われる血痕が多かったが、ここにきて、ゴブリンの血痕も増えてきた。

 食料品店が多かったから、肉処理で包丁などの刃物を持っていた者たちが戦った跡かもしれない。もしかしたら、この辺りを警邏していた衛兵や飲食店に立ち寄っていた冒険者など、武器を携帯する者がいたのかもしれない。それなりに抵抗した跡と考えられる。

 既に乾いている所を見ると、襲撃を受けて間もなくの頃の跡と思われる。しかし、乾いているとはいえ、臭気は残っている筈だ。【光魔法:清浄】をかけ、綺麗にした。


 更に先に進むと、多くのゴブリンの死骸が転がっているのが見えてきた。先ほどは、生きているゴブリンを対象に片付けた。【吸引】の対象から漏れ残ったものだろう。

 近付いてみると、鋭利な刃物で深く切り裂かれた傷を残すものが多い。包丁では刃が短すぎて、これだけの傷を瞬時に与えるのは難しい。衛兵か冒険者か、それなりの訓練を受けた者によるものと思われた。

 死骸はゴブリンの本能により処理の対象となる筈なのだが、共食いの跡はない。

 そうとう興奮したゴブリンの集団に襲われたと思われる。

 弱者を追いかける快感を覚えたか、もしくは、新鮮な血の味を覚えたゴブリンの集団。

 そう考えると、この先を進むには、相当の覚悟を持って行く必要がありそうだ。


 残しておくと、街中に残るゴブリンを呼んでしまう。

 この近くに生命反応はない。全ての死骸と血痕を小さな【火魔法:火柱】で完全焼却し、【清浄】をかけ、綺麗にした。

 この辺りは飲食店が多く集まっていたと思われる。看板は粉々になっているが、外れた扉に飲食店らしいマークが見える。店構えも飲食店らしく、大小さまざまな大きさのテーブルと椅子が半壊状態で転がっているのが、壊れた窓から見える。

 道端にもフォークなどの、飲食店関連の物が多く転がっている事から、店の軒下でも食べられる店が多かったのかもしれない。

 店という店の窓ガラスは割られ、中を荒らされ、扉や壁が破壊されている。屋根が落ちている所も多い。あの膂力を得たゴブリンによって柱が折れたのかもしれない。

 飲食店を襲ったゴブリンが、外に持ち出した物だろうか。食べ物の残骸もひどい。

 そして、店内には、多くの領民の遺体が残っているのを≪神術:探査≫がとらえた。

 ルウィージェスは、領民用の【保管庫】を作り、二人で遺体の回収を始めた。多くが損壊していた。相当に興奮したゴブリンに襲われたのだろう。


 本来、ゴブリンは自分より大きな人間は襲わない。自分たちの縄張りに近付きすぎたり、入り込んだりすれば襲ってくるが、それ以外では、不適切な管理をされた肉を処理目的でやってくる時くらい。

 それ以外では、何らかの理由により興奮している時。


 問題は、何に対して興奮していたのか。何でこれ程までに興奮していたのか。


 今回のゴブリンは、古い魔素問題によって魔素から魔力への転換率が落ち、それを強い不快感として自覚していた節がある。だから、魔素から魔力への転換率を大きく改善し、それにより大型化せず、少しだけ体を大きくするだけで、従来より遥かに多くの魔力をその身に宿す事に成功し、膂力を付けたゴブリンが多かった。

 それら新型のゴブリンは非常に攻撃的で、討伐隊という大軍を前にしても、躊躇することなく襲ってきた。

 躊躇するのは、神鳥や神獣の気配を感じ取ったもののみだ。

 それだけ、興奮し攻撃的になっている。


 攻撃的になっている理由として、従来なら、魔力不足が考えられる。

 従来のゴブリンは、体を大きくする事で体表面積を増やして、魔素から魔力への転換不足を補っている。

 だが、今回の新型ゴブリンは、そもそも魔力転換率を大幅に上げていて、それは改善されている筈なのだ。

 それにも関わらず、非常に攻撃的。

 魔力不足が理由で攻撃的になっているとは考えにくい。


 従来のゴブリンは、転換率を上げる為に大型化するが、大型になればなるほど、その体を動かすためにより必要とする魔力が増えるから、不足する魔力を直接食して補おうとする。

 だから、将軍(ジェネラル)や王(キング)レベルになると、魔力を多く含むものを食して魔力を補おうとする。

 その犠牲となったのが、洞窟内に引きずり込まれた領民たちだ。

 だが、今回の新型ゴブリンは、従来のゴブリンより少ししか大きさが違わない。

 外から魔力を補充しなければならない程の魔力不足に陥るのは考えにくい。


 今回の新型ゴブリンは、何から何まで、『生命の種』の基本形(ディフォルト)から逸脱している。

 『生命の種』以外の生命体と言っても良い程までに、そのルールから外れている。

 だが、『生命の種』から以外、全く新しい生命体が生まれる事はありえない。

 交配が進み、新種が生まれる事は多々ある。それは自然の摂理。

 今回の新型ゴブリンだって、交配によって生まれた新種だ。それは間違いない。

 だが、ここまで従来の規則から外れるだろうか?


 何かを見落としている。


 市場に残る遺体の損傷具合から、相当に興奮したゴブリンに襲われたと思って間違いないだろう。

 洞窟に近い村からここまで移動してくる間に、色々な調理済みの食料を口にし、人工的な味を覚えてしまった一群かもしれない。

 もしかしたら、着ている服に長年の料理の匂いが染み込んでいて、興奮したかもしれない。

 ゴブリンの襲撃に驚き、調理中の物を服に付けてしまったかもしれない。スープなどの液体なら、鍋が倒れた時に服に掛かってしまったかもしれない。

 色々と興奮した理由は考えらえる。


 だが、とルウィージェスは思う。

 領壁を越えてから、多くの人を見てきただろう。

 ここに辿り着くまでに、血の味を覚えてしまったかもしれない。

 森では弱者のゴブリン。そのゴブリンが街中では強者となった。逃げ惑う人々をみて、快感を覚えてしまったゴブリンもいたかもしれない。

 ルウィージェスはむしろ、こっちの方の理由が大きいと考えていた。


 被害者の大半が大人で、中高年が多い。大人しかいない、と言ってもいいくらいだ。

 年齢的に、他に家族がいると考えるべきだ。

 ゴブリンの襲撃を生き延び、必死に家族を探す者たちに、この、損壊された姿を見せるのは、流石に躊躇する。

 ルウィージェスは、【時空間魔法:修復】で欠損部位を元に戻し、破られ、完全に開(はだ)けてしまった衣服を少しだけ修復した。


 遺体収容所では、多くの者たちの視線に晒される。

 身内を探す者たちにとって、自分の家族や知り合い以外の者たちを気にする余裕はないかもしれない。

 だがルウィージェスは、死者の尊厳を大切にしたいと、神族として思う。

 何故なら、天上に行った魂は、浄化されるまでは、生前の記憶を持っているから。

 そう、地上を見る事は出来ないが、今はまだ、魂は記憶を持ったままなのだ。天上で、親戚の、輪廻の神・炎王・冥界の王ハーデミュスの審判を受ける為に並んでいる頃。


 だが、だからと言って、完全に修復してしまうと、逆に生きていない事に不満が生じてしまう可能性もある。納得できないかもしれない。受け入れるのに時間がかかってしまうかもしれない。

 それ以前に、時空間魔法を使える者はいない、と以前、エルンストから聞いた。そうであるなら、そもそも理解出来ないだろう。

 だが、生き延びた者たちも、多くが避難中に負傷し、回復魔法で傷口を治している筈だ。

 衣服が破れているのに傷がない、その理由を理解するのは難しくはないだろう。


 ルウィージェスは、回復魔法は生存者にしか使えない事を完全に失念していた。

 カリンは、動揺している領民が、その矛盾に気付かない事を祈りながら見ていた。

 生き残った領民だって襲われたのだ。損壊した状態を見れば、どんな状態で死んだのか、簡単に想像出来てしまう。

 本来なら、損傷した部位はそのままにしておいた方が良いのだろう、と思うのだが、カリンも、負傷しながらも生き残った家族にそのままの状態を見せるのは、心情的に酷だと思っていた。

 だから、ルウィージェスが【時空間魔法】を使って損壊した遺体を修復するのを止めなかった。


 ≪神術:探査≫には領民の遺体の他に、建物内に残る、生きているゴブリンも引っかかった。【風魔法:吸収】だけでなく、【空間魔法:照準】が屋根や壁などに阻害され、そもそもマーキングされずに【混合魔法:追尾狙撃】から生き延びたのもいそうだ。

 建物は破壊され、非常に不安定な状態になっている。攻撃魔法を打ち込んだら、ちょっとした衝撃でも連鎖的に崩壊を起こしそうな程の、微妙な状態で維持されている。

 建物内に残る、生きているゴブリンは【風魔法:吸引(サクション)】で建物内から引っ張り出し、壁などに阻まれ、外に出せないものは、無属性の【召喚魔法:生物召喚】で呼び出し、共に、空中で【火魔法:火柱】で焼き尽くす。

 

 市場に残る遺体を回収し、ゴブリンは、どんどん焼いて処分していく。

 教会から続く一本道を中心に、左右に平行に走る市場の通り2本に再度【空間魔法:地図(マップ)】を掛けると、遺体もゴブリンも表示されなくなった。

 生きているゴブリンは、自分たちが移動した後に戻って来るかもしれないが、とりあえず、領民の避難と遺体の回収は完了した。

 先に進む事にする。


 市場を通り抜けたようだ。左右に走る、少し広めな道に出た。その先からは、集合住宅が多く並んでいた。

 

 集合住宅の間を走る道路は道幅が極端に狭く迷路の様に走り、袋小路になっている所が多い。計画的に立てられた建物ではなさそうだ。

 道に残るゴブリンの死骸を【火柱】で焼却しつつ、集合住宅の方を見て歩く。多くの窓ガラスが割られている。建物の中まで相当数のゴブリンに襲撃されたことが良く分かる。

 屋上には生きているゴブリンの姿が確認出来る。姿が確認できたゴブリンには【空間魔法:照準】でマーキングし、【火魔法:火球】と【風魔法:追尾】の【混合魔法:追尾焼却】で灰にしていく。

 剣の届く範囲にいるゴブリンはカリンが片付け、死骸はルウィージェスの【火魔法:火柱】で焼却して灰も残さない。

 ≪神術:探査≫からも、相当数のゴブリンの死骸と領民の遺体が残っていることが分かる。

 ゴブリンの襲撃を受けてから、既に数日が経っている筈だ。これ以上放置する事は、疫病の観点からも出来ない。カリンと二人で建物の中に入る事にした。


 中に入って分かった事だが、この集合住宅には、冒険者と思われる者が多く住んでいたようだ。武器を持った状態で倒れている者が多かった。ただ、何故か防具を装備している者が少ない。

 建物の窓から顔を出して外を見ると、この集合住宅のすぐ後ろに防壁がある事が分かった。

 領壁のすぐ横に建ち、領壁側に窓があれば、ゴブリンが押し寄せてくる様子が見えたかもしれない。しかし、領壁近くに建つ多くの建物は、防壁に対して直角に建てられている。つまり、防壁側に窓がある建物がとても少ない。普通に窓から外を見たら、向かいの建物しか見えない。

 これでは、直前までゴブリンの襲撃には気付けなかった可能性が高い。窓から襲われたら、防具を装備する時間はなかったかもしれない。

 逆に市場側に建つ建物は、領壁と並行している形になっている。そしてその建物と建物の隙間に、強引に建てたと思われる建物が、隙間に合わせた方向で建っている。これが袋小路の原因となっていた。


 割れた食器や、酒などの液体を入れる樽のような物が破損した状態で床に転がっているのに、人の姿だけでなく、武器も防具も、荷物もない部屋も多く、時間帯的に、行動を開始する時間だったと思われた。

 そう言えば、高齢者と乳児を抱えた家族の父親は、足の調子が悪かった祖父を医療院に連れて行く為に、普段より遅くまで家にいた、と言っていた。

 そうなると、教会の裏で視た子どもたちの多くは、通学中に襲われた可能性も出てきた。

 そう考えたルウィージェスの目には、ちょっと涙が浮かんでいた。カリンも、その可能性に辿り着いたようだ。眉間に深いしわを寄せている。

 ――――怖っただろうな…。

 心の中で冥福を祈った。


 集合住宅は全てで20棟程あった。かなり大きな集合住宅街だ。

 初めはゴブリンの死骸も片付けていたが、先に遺体だけ回収する事にした。家族への遺品となる武器も回収する。顔部分の破損が酷く、身元の割り出しが難しい遺体も、武器などの遺品があれば、冒険者ギルドの職員なら、見分けがつくかもしれない。

 遺体は全て回収した。

 残ったゴブリンの死体は、【空間魔法:地図】と【空間魔法:照準】で全てにマーキングして、【混合魔法:追尾焼却】で灰も残さず焼却処分した。

 【地図】で確認する限り、ゴブリンの死骸は全て焼却出来たようだ。生きているゴブリンがまだ残っていたので、これも一緒に焼却処分した。


 防壁まで来た。目の前に立つと、その高さが分かる。恐らく5mはある。だが、あの膂力を持つ新型ゴブリンなら、簡単に登れるだろうし、実際に登って来たようだ。

 領壁の上の方を見れば、崩れていたり、欠けたりしている部分が見える。

 領壁の外からの攻撃魔法による衝撃を吸収するために、防壁としての役割を持つ領壁はある程度の厚みがある。ゴブリンなら、あの厚みは丁度良い足場や通り道となっただろう。5mの高さを登って攻撃を受ける事は想定されていない。領壁を渡り歩くゴブリンを攻撃する手段は少なかったと思われる。

 あのかけた部分や崩れた部分は、ゴブリンの膂力だけでなく、魔法攻撃でゴブリンを外に落とそうとした跡だとも考えられた。


 領壁の周りにも大量のゴブリンの死骸が放置されていた為、死骸と地に残る血痕は全て焼却し、【光魔法:清浄】で綺麗にした。

 第55話から続く、ライランの街の話です。

 教会は宮廷魔術師団に任せて、ルウィージェスとカリンは市場に向かいますが、改めて新型ゴブリンの膂力の威力を見せつけられます。

 領壁に近付くと、集合住宅街がありましたが、領壁に近いだけあり、被害が甚大でした。

 どんどん被害の状況が明らかになっていきます。

 

次は、来週9月5日(土)20:00公開予定です。

第58話 「ゴブリンの襲撃㉓―ライラン領④―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


月(つき) 千颯(ちはや) 拝

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