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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第55話 「ゴブリンの襲撃⑳―ライラン領①―」

 初めまして。私は、プファルーツ州領、ライラン領の領主カール・フォン・グラス・ライラン子爵です。

 いや~、王国騎士団のクラウス団長と宮廷魔術師団のエルンスト団長が、空からやって来たのには、本当に驚いた。

 しかも、その移動を可能にしていたのが、リリーエムラ公爵閣下の実弟のルウィージェス伯爵。年齢は分からないが、7歳、8歳、とにかく、10歳には満たないだろうと思われる、まだまだ小さな子どもだったのだ。

 まぁ、正直なところ、公爵閣下にこんな年の離れた弟がいた事にも驚いたが。


 リリーエムラ公爵家は「不可侵家」と言われ、我々貴族家でも恐れられた存在ではあるが、正直、私は何故、そこまで恐れられているのか、分からないでいました。

 いえ、リリーエムラ公爵家が創造神様縁の血族である、と言われているのは存じていましたよ。

 しかし、今回、伯爵の魔法を見て、それが噂ではなく、事実なのだろうな。そう思いましたね。

 それに、ルウィージェス伯爵の護衛騎士のカリン殿。何と言うか、あのお二人は、異質な感じがした、というか、創造神様の直系です、と言われた方が納得がいく、そういう雰囲気を持ったお二人でした。

 正直に言えば、ちょっと近寄りがたい、いや、違うな。無闇に近付いてはならない存在、そう感じた。

 まぁ、実際に話したら、また違った印象を受けたが。

 それでも、クラウス団長やエルンスト団長の様には、私は出来ない、無理だ。そう思ったよ。


 今回のゴブリンの襲撃は、驚いた。本当に驚いた。それ以外、言葉が見つからない程に。

 大群が一気に押し寄せてきた、そうとしか表現できない状況だった。

 夜が明け、領主邸でもメイドらが仕事を初めて、執事が私を起こして、朝食が整うまでの時間、執事と、一日の予定の確認をしていた、正にそう言う時間だった。

 見張りをしていた兵士がいきなり扉を開け、「ゴブリンの襲撃です!」と。

 最初は、100匹程度の襲撃かと思った。だが、その後ろから騎士が、「ご命令を!」と言ってきて。その時、漸く私は、ただの襲撃ではない、と理解した。

 しかし、あの規模は想像していなかった。


 兵士と騎士らに守られながら、私も領の正門が見える庭園に出て。

 その規模を見た瞬間に、早馬を10頭出すよう、その場で指示した。

 領にとって、馬は貴重だ。だが、あの光景を見て、惜しむ気持ちなどなかった。これっぽっちもなかった。

 早馬に乗る騎士を決め、馬を準備している間に、王城へ手紙を書いた。その時はまだ門は破られていなかったが、領壁を登って領内に侵入を許すのは時間の問題だ、と判断し、「襲撃を受けた」と書いた。

 そして、あのゴブリンが何処から来たのか分からなかったが、『鳥の森』方面へ4頭、ザークセン州領側へ6頭、準備が整い次第送った。

 何となく、『鳥の森』方面は期待できない、そう思ったのだ。「精霊の囁き」が聞こえたのかもしれない。

 とにかく、1頭でも王城へ辿り着いてくれることを祈って。応援が来てくれる事を祈って。

 

 クラウス団長が空から現れた時、私は安堵した。馬が王城まで辿り着けたと分かって、本当に安堵した。

 クラウス団長から話を聞くに、王城に辿り着いたのはたったの1頭だったようだ。

 だが、それでも安堵した。

 なぜなら、ゴブリンに囲まれて、間もなくして、兵士からどんどん連絡が入って来たのだが、その全てが、倉庫が破られた、飲食店が襲われた、などだった。

 備蓄という備蓄が襲われたのだ。

 領主邸にも備蓄はあったから、数日なら何とかなるだろう。

 だが、あの数のゴブリンが数日でいなくなるとは到底思えず、街の防衛もそうだが、食料をどうしたものか。それが頭痛の種だった。

 無い袖は振れぬ。だが、食料がなければ、我々は生きていけぬ。

 騎士や兵士だって、力が出せないだろう。領民を守る力も発揮できないだろう。


 だが、それもあっさりと解決した。

 ルウィージェス伯爵の【ゲート】だ。

 クラウス団長が、王城へ直接食料の確保を依頼してくれると言ってくれた。

 その言葉で、ようやく私は、長期籠城戦に備えることが出来るようになったのだ。光明が見えた気分になった。

 朝、元王国騎士団の団員だった村長レオンを含む村人たちを馬車で王都へ向かわせ、同時に、設営地を片付け、残る3つの村々へ向かおうとした時、「鳥斥候団」の1羽が飛んできた。早朝、クラウスが飛ばした魔鳥とは違う魔鳥だ。

 クラウスは魔石を使って飛んできた魔鳥団員を呼び、足に括り付けられた手紙を読むと、大声を上げた。

「各団長、副団長、ルウィージェス様とカリン様、皆、来てくれ!」

 強い緊張感を含むその声に、皆がどよめいた。


 クラウスは、ルウィージェスに音が漏れないよう結界を頼んだ。

 クラウスからこのような要求は初めてだ。ルウィージェスにも緊張が走る。

「今届いたこの手紙は兄…、宰相閣下からだ。大量のゴブリンがライランの防衛を破り、領壁内にまで押し寄せた、と書いてある。しかも、その手紙は、プファルーツ州領に接するザークセン州領側から届いたらしい。」

「なるほど。ザークセン州領の州領都ドレスデンは王都から馬車で3日の距離。それに加えて、ライラン領から岩山に沿った街道を通って、ザークセン州領側から馬を走らせたら、それなりの日数がかかります。あの時点で書状が届いていなくても不思議ではありませんね。」

 エルンストはそう言ったが、ルウィージェスとカリンは、あの岩山周辺が既に、ゴブリンの大群で埋め尽くされているのを知っている。

 どうやって書状を届けたのだろう、と不思議に思いながら聞いていた。

「もし、あの洞窟と同等の数の新型ゴブリンの大群でしたら、いくら戦力があっても足りません。早急に、戦うのではなく防衛に専念するよう、連絡を入れた方が良さそうですね。」

「結界を張れる魔術師は少ない。従来のゴブリンと同じような感覚で、あの膂力を相手にしたら、あっと言う間に疲弊して、負傷者が増えるだけ。こちらの戦力が低下するだけだ。」

 エルンストの言葉に、クラウスも完全同意だ。

「クラウス団長、これから王城に行って、説明する?」

 ルウィージェスが聞いた。

「その方が良いだろう。ルウィージェス様、自分とエルンスト団長を王城まで連れて行って欲しい。」

「うん、わかった。」

 そう言うと、ルウィージェスは待機している団員全員を守れるよう結界を張り、カリンに皆の警護を頼んだ。そして王城の受付の前に【ゲート】をつなげた。


 クラウスが受付に可及的速やかな謁見を求めると、数分後には謁見の許可が下り、いつもの会議室へ通された。

「陛下、宰相閣下、急な謁見申し訳なく。」

 親戚同士とはいえ、任務中での謁見だ。その辺はクラウスも弁(わきま)える。

「構わん。今朝、副団長が「鳥斥候団」に託した手紙の件であろう。」

 国王アギディウスと宰相オルトールドは、ルウィージェスに頼んでまで王城に来た二人の要件が緊急であることは理解している。


 クラウスは、既に複数回に渡り手紙にて連絡はしてあるが、再度口頭で、洞窟での激戦、新種ゴブリンの存在と膂力について、村人の救出と、村長レオンから聞いた岩山の件について、簡潔に説明した。そして、エルンストが、魔力制御力を鍛えていない魔術師による結界の脆弱性を説明した。


 国王アギディウスと宰相オルトールドの二人は、予め、「鳥斥候団」によって届けられたクラウスからの報告書を読んでいた。

 いや、読んではいたが、いまいち現実味がなく、理解出来ていなかったと言える。

 従来の数から大きく外れた、ありえない数字に、洞窟内だけの数とは理解出来ず、全体の数として無意識に理解してしまっていた。

 改めてクラウスから説明を受けるまでは、そう考えていた。

 だが、今のクラウスの説明はそうではない。

「9700を超える、営巣地だと?!」

「1つの営巣地の話、なのか?」

 その規模の大きさに、国王と宰相は目をむいて驚く。

「それは、全体的に、ではなく、1つの営巣地で、という理解で正しいか?」

 国王アギディウスは、自分の理解に自信が持てなかったようだ。確認するようにクラウスとエルンストに聞いた。

「はい、洞窟内のみの数です。」

 クラウスははっきりと言い切る。

「ルウィージェス様とカリン様が上位ゴブリンを先に片付けて下さったのですが、軍曹(サージェント)6体、将軍(ジェネラル)4体と王(キング)がいました。」


 文字で読むより言葉で聞く方が、現実味が沸く。

 自分の理解を超えた内容は当事者から聞かないと、なかなか理解出来ないもの。何故なら、想像が出来ないから。自分の中で具体的なイメージが湧かないから。

 だから、自分が理解出来る範囲内で理解しようとする。内容を捻じ曲げてでも。

 それは致し方がない事。


 だが、現実に起こっている事。

 漸く、本当に理解した二人は絶句し、二の句を続けられなかった。


 クラウスたちが分かっているのは、あくまでも洞窟内で討伐した数であり、実際、どの程度のゴブリンが村々を襲撃したかはわかっていない。

「洞窟内で発見した村人たちはショックが大き過ぎて、とても当時の様子を聞ける状態ではありませんでした。昨日救出した村人たちも、ゴブリンの襲撃を知った直後に地下に避難しており、どの程度のゴブリンに襲撃されたのかは見ていませんでした。」

 エルンストが救出した村人たちの状況を説明する。

「我々が、村々で遭遇したゴブリンの数は、そう多くありません。恐らく洞窟近くの村で300匹から500程度、先日の村でも、せいぜい100匹でしかありませんでした。しかし、設営地に張った『電撃付き結界』に触れて感電死したゴブリンの数は、その総数、確実に1000匹は下りません。」

「ヘタすると、2000匹近くになるかもしれない。いや、それ以上か。とにかく、目視ではその数を推測できないくらいのゴブリンが山を成して感電死していた。しかも、設営地に張った結界周辺全てに、連日で。」

 エルンストの説明に、クラウスが追加した。


 そして、生き延びた退役軍人の村長レオンに聞いた話しをした。

「洞窟内の巨大営巣地は、もともとオーガの営巣地だったと思われ、もし、ザークセン州領側にもオーガの営巣地があり、それが魔素過多問題により手放して、その後にゴブリンが営巣して使っていた場合は、殲滅した営巣地と同様の理由で、出産率を大幅に上げた一団である可能性が高いと…。」

 エルンストの説明に宰相オルトールドは脱力し、天井を見上げ、言った。

「どんなに町や村を襲撃したゴブリンを叩いても、もし、それ程の巨大な営巣地があったら、こちら側の戦力が疲弊し低下する一方だ。」

 オルトールドの言う事はもっともだが、実際に戦ってきた側からすると、最大の問題は別にある。

「問題は、新種のゴブリンです。あの膂力は、従来のゴブリンとは比較になりませんでした。我々騎士団でも、最後まで剣を振り続けられたのは奇跡に近い。ルウィージェス様から受けた魔量制御力上昇の賜物だった、そう断言できます。」

 クラウスの説明に、エルンストが続けた。

「我々魔術師団と王国騎士団は、たまたまルウィージェス様より魔力制御力を高める訓練を受けていました。お陰で効率よく魔力を循環させる事が出来るようになっていました。故に、騎士は長時間に渡り力を維持でき、魔術師は攻撃魔法の施行数が増え、威力も上がりました。空間属性持ちの結界は厚さが均等になり、安定し強固になった結界を、今までより遥かに長い時間、維持することが出来るようになりました。それでも、ランの結界と、ルウィージェス様の『結界魔石』と『魔力回復魔石』なしでは、我々も全滅する可能性が非常に高かった、それは断定できます。上位ゴブリンをルウィージェス様たちが先に片付けていて下さったにも関わらず、です。」

 

 エルンストは、世界的にもその魔力行使力が高くて有名な魔術師である。正確に言えば、惑星随一の魔力制御力を持つ魔術師。そのエルンストの言葉には、重みがあった。

「それでは、一般的な魔術師の結界は、どの程度まで持ち堪えられる?」

 国王アギディウスがエルンストに問う。


 ルウィージェスが鍛えたのは、あくまでも騎士団と魔術師団の団員のみ。リリーエムラ公爵家が治めるハインライテル州領はともかくも、他の州領の魔術師らは、魔力制御の訓練を受けずに魔法を使っている。初級魔法も、その重要性と違いが理解されていなければ、旧初級魔法がそのまま使われている事だってあり得る。

 そもそも、まだ新しい魔法陣が伝わっていない可能性だって非常に高い。

 新しい魔法陣が紹介されても、それを採用するかどうかは領主次第。領主が魔法使いなら理解が速いかもしれない。だが、領主が魔法に疎かったら…。導入されるまでには時間がかかるだろう。

 国王として、従来の魔法の脆弱性は知っておくべき案件だ。


 エルンストも、国王アギディウスが懸念している事は理解出来る。

「まず、魔術師が張れる従来の結界はシールド型で一方向です。今回のように、数の暴力には対応できません。強度ですが、通常のゴブリンの攻撃3回が限界でしょう。武器の種類は関係ありません。あくまでも、攻撃力に対する耐久性なので。そして、その持続時間は、宮廷魔術師団の団員でおおよそ30分程度でした。」

「その、新種のゴブリンの膂力に対しては?」

 恐る恐る質問したのは宰相オルトールド。明らかに、エルンストは「通常のゴブリン」を強調していた。新種は全く違う、と暗に示している。

「間違いなく、1撃で簡単に破壊されるでしょう。」

 その言葉に、

「戦ったら、結界を張れる貴重な空間魔法属性持ちの魔術師を失うだけだ。」

 アギディウスも、天井を仰いだ。

 しばらく、二人とも無言になった。


 如何に自分たちがクラウスからの連絡を理解していなかったのを認識し、国王と宰相の二人からは疲労感が漂い始めているが、本当に言いたかった事は別にある。

「作戦を立て直し、それに応じた戦力を増強する必要があります。それまでは、防御に徹するしかありません。それ以外に、現状、取れる手段はありません。」

 クラウスは国王と宰相の二人の目を見て断言した。

 それは、二人にも理解出来た。議論の余地がないほどに。


 戦力を増やす必要があるのは確かだ。しかし、営巣地の規模が分からなければ、どの程度増やしたらよいのか、どのような戦略を講じればよいのか、全く分からない。

 だが、状況を確認する術(すべ)がない。全く無い。

 

 とりあえず、現状は把握した。これからは、今、取れる限りの解決策を早急に講じなければならない。

 既にゴブリンはライラン領の街を襲撃している、と連絡が入っている。

 国王より早く立ち直ったのは、オルトールドだった。

「ルウィージェス様、その『結界魔石』を、現在襲撃を受けているライランの街まで届ける方法はございませんか?」

「【ゲート】も【転移】も、ぼくが行ったことがある場所にしか展開できないから、確実な方法は、クラウス団長かエルンスト団長が一緒に来て、直接届けるしか、ないかな。」

 ルウィージェスはオルトールドの反応を見て続けた。

「既にライランの街の中までゴブリンが入り込んでいるんだよね?なら、街に着いたら一旦ぼくが街全体を結界で囲んで、それ以上、ゴブリンが街の中に入らないようにして、【ゲート】で騎士団と魔術師団たちを街中に入れて、既に街中に入り込んでいるゴブリンを殲滅する。それから、門に近い場所にいるゴブリンを倒してから、改めて、『結界魔石』を防壁の周りに埋めて結界を発動させた方が、長期戦に備えられるんじゃないかな。」

 宰相オルトールは国王アギディウスを見た。アギディウスは即断した。

「ルウィージェス様、どうかお力をお貸しください。よろしくお願いいたします。」

「うん、いいよ。」

 ルウィージェスはニッコリと微笑み、快諾した。


 王城から出たあと、一旦【ゲート】で王国騎士団に向かった。副団長フィンに先ほどの説明をする為だ。

 ちょうど副団長フィンは、ザークセン州領へ派遣する団員を選んでいるところだった。

 クラウスとエルンストは、騎士が派遣される前に止めることができ、安堵した。

 洞窟戦でだいぶ魔力回復薬(マジックポーション)を消費してしまった。可能なら、在庫を持って行きたいし、これから更に消費量が上がる。早急に追加依頼を出しておく必要がある。

 エルンストは一度宮廷魔術師団の研究棟に向かう旨を伝え、移動した。


 既に、プファルーツ州領ライラン領地の領都であるライランの街中にゴブリンが侵入している為、まずはライランの街を確保する。その後、周辺に点在するプファルーツ州領の領地の状況を入手できれば、尚良し。また、ゴブリンの大群がどっちに向かっているのかを確認する。

 ライラン領から更に若干南東側に位置するプファルーツ州領の州領都プラワルエンの方に向かっている場合は、ルウィージェスの魔法でプファルーツ州領のほぼ北側に位置する隣の州領ザークセン州領に向かい、ザークセン州領の州領都ドレスデンを結界で保護する。

 保護した大きな街は近隣からの避難所になる。

 避難所を確保した後は、領壁外に住む領民を、ゴブリンの進行方向から遠い方へ避難させる必要がある。


 フィンと手順を確認し、フィンがザークセン州領領主へ、ゴブリンの進行方向によっては、プファルーツ州領の領民を避難させる必要がある旨を認(したた)め、受け入れを要請する、国王の署名入りの書面を早馬で送る手続きを取り始めた。


 プファルーツ州領の州領主はゲルト・フォン・クルム伯爵だ。ゴブリンの進行方向によっては、領民の避難の受け入れの準備を要請する必要があるが、ライラン領がゴブリンの襲撃を受けている以上、ライランの街より更に南東奥にあるプファルーツ州領の州領都プラワルエンへの連絡は、ライラン領を保全してからでないと不可能な状況だ。現時点では書面のみを準備して、適宜、対応するしかない。


 一応、そう考えてはいるが、ライラン領から若干南東側に位置するプファルーツ州領の州領都プラワルエンの方向には、山という程の標高はないが、丘と呼ぶには標高が高い、高地を跨ぐ必要がある。ライラン領地は、高地の麓から王都側に広がっている。

 ゴブリンは比較的暑さには強いが、寒さには弱い。標高はさほど高くないとはいえ、麓よりかは、日が沈めば涼しくなる。あの気温の変化を苦手とするゴブリンが、果たして、あの高地を登るだろうか、という疑問もあり、ゴブリンの大群がプファルーツ州領の州領都プラワルエンまで行く可能性は低いと、クラウスとフィンの二人は考えている。

 それよりか、岩山の裾野に広がる森を渡って北上し、ザークセン州領側に移動する可能性の方が、ある意味高い、と考えている。

 しかし、今日の国王との話から、ザークセン州領からゴブリンに関する報告は一切上がっていなかった。

 そうであれば、ライラン領地でゴブリンの進行は止まっていると考えてもよいかもしれない。


 ルウィージェスは二人の話を聞きながら、王都より東側の位置関係がまだあやふやであるに気付いた。

 北側と南端は姉の領地があるので、興味を持って覚えた。実際に、姉に≪神術:転移≫で連れて行ってもらっている。西側はスタンピードがあったので、実戦で位置関係を学んだ。だが、東側には行ったことがない。テスト勉強で、一応名前は覚えたが。

 クラウスたちの会話から、まだザークセン州領の州領主からは、ゴブリンに関する連絡は一切入っていないことは分かった。

 つまり、あの岩山辺りはまだプファルーツ州領であるとルウィージェスは理解し、話を聞いていた。


 ライラン領地は広い。ライランの街自体はそれほど大きくはないが、高地の麓に点在する村を多く抱えている。

 どの程度、ゴブリンの大群が広がっているかは分からないが、村々を確認する必要があるとしたら、遠征行程が長くなる可能性が高い。途中で団員の入れ替えをする必要がある。

 副団長フィンにその辺りの調整を頼み、エルンストの帰りを待って、【ゲート】で皆が待つ設営地に戻った。


 【ゲート】で戻ってきたクラウスとエルンストは、他の団長と副団長、副官に今後の行程を説明するために集めた。

 話合いの結果、ライランの街に結界を張った後は、アダルベルトとウィルヘルムの一団が街に残り、後片付けを請け負うこととなり、クラウスとエルンストの一団がゴブリンの移動方向によって、プファルーツ州領の州領都プラワルエンもしくは、ザークセン州領へ移動し、大きな街の確保を担当する、とした。

 もし、既に街や村がゴブリンの大群に囲まれていれば、情報収集すら出来ずにいるだろう。その辺りの説明は、王国騎士団長の団長たるクラウスが行うことで意見が纏まる。


 既にライランの街は戦場となっており、1分1秒が惜しい状況となっている。全員で移動となると、時間がかかってしまう。

 先発隊は王国騎士団団長クラウス、宮廷魔術師団団長エルンスト、そしてルウィージェスとカリン。

 人数としては少ないが、クラウスには精霊が二人、エルンストにも精霊が一人付いている。

 特に火の精霊サラマンダーと氷の精霊フラウは、強力な魔法を使うし、土の精霊アリカントも、魔法陣さえあれば、中級程度の魔法までなら既に問題なく使えるようになっている。

 魔法戦力だけ見ても、強力な魔法を使うのは精霊だけではない。上級魔法が使えるエルンストもいる。しかも、複数回使える。

 剣士のクラウスは精霊剣を使う。付与魔法は火の精霊と氷の精霊の二属性に加え、本人が持っている風魔法もあり、計三属性。剣士だが、接近戦に拘らなくても良い。遠方からの攻撃も全く問題なく行える。

 実際の戦力としては、大国の大軍複数個隊に相当すると言っても過言ではない。

 それらに付き添うのは、上級神ルウィージェスと下級神の資格を得た、将来の武神候補カリン。

 この面子では、心配するだけ無駄だ。


 ライランの街へはルウィージェスの魔法で行く。

 他の団員を守るのは、『魔道神鳥』藍の結界。ゴブリンの群れが近づくのを抑えるのは、『魔道神獣』雪狐(スノー・フォックス)親子。そして、クラウスとエルンストの留守を預かるのは宮廷魔術師団副団長のザビーネ・フォン・ケーニッヒ。ザビーネはアインホルン伯爵家に嫁いでいるが、仕事上では、ケーニッヒの姓をそのまま使っている。アダルベルトとウィルヘルムの実姉だ。

 ルウィージェスは藍の位置を把握でき、そこに【ゲート】を開くことが出来る。団員たちは、逃げ延び、救助を待つ村人たちを探しながら、ライラン領へ向かう。

 念のため、ザビーネに『共鳴魔石』と「鳥斥候団」の2羽を預けておく。

 「鳥斥候団」は宮廷魔術師団に属する魔鳥集団。飛行速度も距離も、普通の鳥とは比較にならない能力を持っている。『魔道神鳥』の藍はザビーネの言う事を理解し、「鳥斥候団」の魔鳥に伝えることが出来る。魔鳥にとって、神鳥の命令は絶対だ。

 問題なくやり取りが出来る。

 ザビーネには、『電撃付き結界魔石』を予め渡してあり、保持魔力量的にも問題なく発動させられる。思わぬ大群と遭遇しても、藍が緊急的に結界を張って、安全が確保出来てから『電撃付き結界魔石』を設置すれば良い。

 

 ルウィージェスは、全員が寝そべっても少し余裕がある大きさで、厚みのある板を作り、その上に皆を乗せた。そして、空間魔法の【結界魔法:強化結界】を張り、【風魔法:浮遊飛行】を発動させた。

 今回は、上空からゴブリンの動きを確認しながらの移動となる。熱気球のバスケットのように横も板で囲ってしまうと、下を確認したい時は身を乗り出さないとならなくなる。

 空を飛ぶ事に慣れてないクラウスとエルンストの安全を考え、足元は頑丈な板で作り、クラウスの鳩尾(みぞおち)辺りまでの高さまでは、空間魔法の【結界魔法:強化結界】で囲った。ただ、透明だと不安感が先立つので、【強化結界】には薄く色を付けて、結界を敢えて可視化させた。薄く色は付けてあるが、透過性は維持してあるから、下を確認するのに邪魔にはならない。その程度の色付けに抑えておく。

 二人分ごとのスペースに、握りやすい太さの柱を立てた。濃いめの色を付けた【強化結界】で、日差しを避けるために屋根を作ったというのもあるが、下を覗き込みたい時、手で体を支える棒があった方が安心感が増すだろう、と考えての等間隔に立つ柱。

 この世界では、空は羽根を持つ者たちの領域。神族であるルウィージェスとカリンが一緒にいて、威嚇してくる羽根を持つ者たちはいないが、グリフォンなどの大型魔鳥が興味を持って近付いてくる危険性も、一応考慮しての屋根でもある。

 

 ライランの街の場所はクラウスが知っていた。クラウスの指示に従い空を移動していく。

 村とは呼ぶには小さすぎる、小規模な集落も、上から見ると点在しているのが分かった。いや、点在していた、という言うべきか。

 上から見ると、村々が受けた被害の度合いが良く分かる。倒壊を免れた建物が1軒も見えない。全てが破壊尽くされ、あちらこちらから鎮火した後と思われる煙がうっすらと見える。

 煙は立ち込めていない。鎮火してから、それなりの時間が経っていると思われた。


 今まで通って来た村では、火の手も煙も上がっていなかった。

 今朝、王都へ避難した村長レオンの話では、ちょうど昼食の準備を始めた時だった、と言っていた。スープを火にかけていたらしいから、倒された鍋からこぼれたスープで鎮火したのかもしれない。延焼しなかったのは幸いだった。延焼していたら、地下に逃げたレオンたちは、生き残る事が難しかったかもしれない。


 この辺りの、煙が見える集落では、ちょうど昼食の準備をしていた時に襲われたと思われる。

 つまり、この辺りを襲ったのは、洞窟の方からライランの街の方へ移動しているゴブリンの大群、という事になる。

 そして、見えるゴブリンの数もどんどん増えていく。

 その数は、洞窟内の数とは比較にならない大群。

 クラウスとエルンストは、ザビーネたちに移動を中止させ、『電撃付き結界魔石』で安全を確保させる事に決めた。

 上から見ているから、正確なゴブリンの大きさは分からない。

 だが、普段より高い場所、即ち、少し離れた場所から見ているにも関わらず、少しも小さく見えない、という事自体が、ゴブリンの大きさを表している、とも言える。

 眼下に見えるのは、少し大きめのゴブリンであるのは、ほぼ間違いない。

 あの膂力も持った、新種のゴブリンの大規模集団。

 この数を相手にするのは無理だ。

 エルンストがルウィージェスに頼み、「鳥斥候団」を2羽、呼び寄せて貰った。

 ザビーネに手紙を書いたのは、ザビーネの上司であるエルンスト。

 同時にクラウスも、王城へ現状を説明する手紙を認め、副団長フィンに、早急に王城へ持って行くよう、メモを付けた。


 国防を担い、王国民の安全を守る王国騎士団の団長として、宮廷魔術師団の団長として、崩壊された村に降りて、生存者を確認したいところだが、これだけのゴブリンをどかすだけでも、相当の時間がかかる。

 同じ王国民を見捨てるような形になり心が痛むが、今は、確実に生存者が望めるライランの街に行くことを優先せざるを得ない。

 騎士団として、魔術師団として、優先するのは、生存者の発見ではなく、生存者の保護。

 現代の地球で言えば、トリアージ。


 村長レオンの説明通り、村というには大きい、簡易な防壁を備えた町が少し先に見えてきた。しかし、上から見えるのはゴブリンの姿と破壊尽くされた建物ばかり。

 その更に奥に視線を動かすと、高い防壁が見える。かなり大きい街のようだ。横幅がかなりある。

「あれがライランの街で、丘の上に建っている、ひと際目立つ屋敷が領主邸だ。」

 まずは領主邸に行って、クラウスが説明をすることにする。


 領主邸に向かっている間に、上空から街の大きさを確認したルウィージェスは、門から少し離れた場所に結界を張った。

 これで、これ以上、新たなゴブリンが結界内に入り込むことはない。


 領主邸の前に大きな板が空から下りてきた為、多くの騎士たちが大騒ぎしている。

「騒がしてすまない。私は王国騎士団団長クラウス・フォン・シューバート子爵だ。緊急事態だ。驚くのは後にしてくれ。先ずは領主カール・フォン・グラス・ライラン子爵を呼んで欲しい。」

 幾人かが、その言葉で館の中に入って行くのが見えたが、クラウスの声が直接領主に届いたようだ。1階で一番大きな窓が開いた。

「私はライラン領領主カール・フォン・グラス・ライラン子爵だ。宰相閣下の実弟のクラウス・フォン・シューバート子爵で相違ないか?」

「そうだ。宰相のオルトールド・フォン・シューバートは私の長兄だ。」

「今行く。少し待たれよ。」

 本当に急いで出てきたようだ。2分も待たずに領主カールが出てきた。

「こちら側なら、皆さまが安全に降りられよう。」

 領主カールは中庭側に皆を案内した。

 ルウィージェスは板をゆっくり降下させた。

 クラウスが最初に降り、領主カールと握手をする。

 ライラン領の領主カールは、年はエルンストと同じくらい、40歳代半ばほどに見える。クラウスとほぼ同じ背丈で、均等の取れた中肉中背。髪は少し赤みの強い茶色で、騎士の様に、首筋が見える程、短く切りそろえており、貴族当主らしい、この状況でもきちんとした身なりでクラウス達を迎えた。

 魔術師という感じではない。剣を使う領主のようだ。

 クラウスとカールは共に子爵ではあるが、クラウスは侯爵家出身。この場合、クラウスの方が立場は上になる。役職でも、領主よりも、国王直下で直属の騎士団団長の方が上だ。州領主であれば、役職的立場はほぼ同格になるのだが。

 

 領主カールが、立場に沿った挨拶をしようとするのを、クラウスが遮る。

「挨拶は省略。細かい事は後で頼む。とりあえず聞いて欲しい。」

 そう言うと、クラウスは国王と宰相との話を簡潔に説明し、ここに至るまでの村々状況を話した。

 そして、同行者を紹介する。

「ルウィージェス伯爵は、リリーエムラ公爵閣下のご令弟だ。これから、ルウィージェス様の魔法【ゲート】で王国騎士団、宮廷魔術師団、リリーエムラ公爵家騎士団を、このライランの街に直接呼ぶ。そして、街中に入り込んだゴブリンを殲滅し、領壁の周りに『結界魔石』を埋め、この街ごと結界で囲む。この街の安全が確保できたら、我々王国騎士団と宮廷魔術師団は、ゴブリンの動きを確認して、次の行き先を決める。この街に残るのはリリーエムラ公爵家騎士団。彼らが後片付けと街の復興の手伝いをする手筈になっている。」

 クラウスの話を聞いた領主カールは片膝を付き、ルウィージェスに挨拶をしようとしたが、ルウィージェスはそれを止めた。

「カール領主、今は緊急事態だから、そういうのは後にしよう、ね?今は、話を先に進める事を優先しましょう?」

 年齢は遥かに下でも、公爵当主の弟で上級貴族の伯爵当主。しかもリリーエムラ公爵家は「不可侵家」だ。一瞬ルウィージェスの言葉に躊躇い、逡巡したが、領主カールは、クラウスから聞いた現状から瞬時に判断し、すっと立ち上がり、頭を下げ、ルウィージェスの言葉に従った。


 その判断の速さに、古参伯爵家の当主エルンストは感心していた。

 下級貴族が上級貴族から言われたからとは言え、挨拶を省くというのは、なかなか出来る事ではない。それが貴族社会であり、身分制度というもの。それは幼少の頃から教え込まれ、叩き込まれ、鍛えられてきて、身に沁み込んでいる習慣。

 状況を理解していても、同じ上級貴族当主であるエルンストにも相談せずに判断した。

 相手が侯爵家なら、それでも、まぁ、理解出来ない事もない。だが、公爵家の者を目の前にして、なかなか出来ることではない。

「凄いな。」

 エルンストのその呟きは余りにも小さく、クラウスの地獄耳でさえも、拾う事は出来なかった。


 領主カールが驚きから落ち着きを取り戻した、と判断したクラウスが、これからのことを話す。

「いきなり騎士団の者が来ても混乱するだろう。カール領主の方から、ライラン領騎士団への説明を頼む。」

「承知しました。」

「それから、簡単なライランの街の見取り図を用意して欲しい。担当する場所を決めたい。」

「今すぐに。」

 領主カールは後ろに控えていた領騎士たちに伝令を出し、執事に街の見取り図と、作戦会議をするテーブルを用意させる。同時に、作戦会議をする為の部屋の準備を頼む。


 領主カールの指示に従い、屋敷内の者たちが急ぎ動き出すが、部屋の準備にはしばらく時間がかかる。

 領主館の敷地内で、少人数で集まる時に使われる庭園からテーブルと椅子以外の余分な物を運び出し、執事が持ってきた街の地図と見取り図を広げ、作戦会議を行う準備が整った。

 この庭からは、眼下に広がる街の様子が一望できる。地図を見ながら街の構造を把握するのにうってつけの場所と言えた。


 この場はクラウス一人で十分だ。衛兵や騎士らが善戦しているが、街の中にはゴブリンが入り込んでいる。念のため、護衛としてカリンを残す。他の者たちには見えていないが、サラマンダーとフラウも、クラウスの肩から「任せろ」と心強い言葉をルウィージェスたちに伝える。

 領主カールから、【ゲート】で呼ぶ騎士と魔術師たちが一同に集まれる場所を聞くと、すぐ近くに見える、竹で編まれたと思われる、小さな柵の向こう側に、領主主催の園遊会(ガーデンパーティー)で使う広い園庭があるという。

 【ゲート】を開くには、実際のその場所に一度行く必要がある。領主カールにその場所を案内してもらうと、確かに、今回参加している騎士団125人、魔術師団180人、リリーエムラ公爵家騎士団150人、総勢455人を収容してもまだ余りそうなスペースがあった。

 子爵の館で、これだけのスペースを確保しているのは、なかなか珍しい。

 聞くと、元々は伯爵家だったのだが、王国が貴族に課している「本家は8代以内に一定の業績を積むことを義務とし、果たせなかった場合は、傍系で一番業績を出しているところを本家とする」に触れてしまい、当時一番高い業績を出していた子爵家が当主となってしまったそうだ。

 それを聞いたエルンストは、領主カールの判断力の高さは、残り伝わる上級貴族の教育の賜物か、と納得する。


 クラウスとカリンを残し、エルンストとルウィージェスはザビーネたちが待つ場所に戻り、説明することとする。

「ルウィージェス様、よろしくお願いいたします。」

「うん。行くよー。」

 ルウィージェスは【ゲート】を展開させた。エルンストは躊躇なく、ゲートに飛び込んでいく。

 【ゲート】が現れた瞬間、その場にいたライラン領の騎士とメイドたちが大きく騒めいた。

 第55話で、漸くライランの街に到着しました。

 領主カールのナイス判断で、王城にゴブリン襲撃の情報が伝わり、戦力を派遣出来ましたが、新型ゴブリンという脅威に、今の戦力では殲滅は不可能。防衛に戦略を切り替える必要性に迫られました。

 しかし、もうライランの街は戦場となっています。ここは何とかしなければなりません。

 

次は、来週8月22日(土)20:00公開予定です。

第56話 「ゴブリンの襲撃㉑―ライラン領②―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


月(つき) 千颯(ちはや) 拝

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