第54話 「ゴブリンの襲撃⑲―5つ目の村―」
わ、私がここに参加、ですか?!宜しいのですか??
は、初めまして。王国騎士団、宮廷魔術師団、リリーエムラ公爵家騎士団の方々に助けて頂いた、元王国騎士団の一般兵で、名もない村の村長を務めていましたレオンと申します。
私は、本当に普通の平民で、村出身者としては多少魔力が多めでしたが、【火魔法:火球】が使える程度に過ぎませんでした。しかし、私が生まれ育った村は林に囲まれ、その林にはゴブリンが棲み付いており、村を守る為、生活を守る為、自分の命を守る為、ゴブリン討伐で剣の腕を磨きました。
村には特に決まった名前はありませんでしたが、この辺りには村が多いため、都合上、岩切の村、と呼ばれていました。
この村は、立地的には岩山から少し離れていますが、少し林の中に入ると、岩山と同じ性質の、大きな岩がゴロゴロと転がっており、岩山の近くよりも、切りやすい大きな岩が転がっている事から、昔から、岩を切り出して加工した岩板を売って村の財源としていた歴史があります。いえ、もう、ありました、ですね。
村で売った岩板は王都でも使われており、直接王国騎士団から注文を受けるという事もありました。
そういう事もあり、幼かった私にとって、王国騎士団は、村人としては比較的身近な存在でした。
岩を切り出すには、当然ながら刃物を使います。
王都から刃物専門の鍛冶職人も定期的に出張しに来て、刃物の手入れをしてくれていました。
王都の刃物職人が村まで来てくれる事から、その時期になると、近隣の村々からも刃物の手入れの依頼を出していました。
私が、10歳頃だったでしょうか?
その日は王都から刃物の鍛冶職人が村に来てくれる日でした。
村は、朝から職人を受け入れる準備でざわついていましたが、子どもの私には関係のない事。林の中を歩いて、食材や薬になる野草を捜し歩いていました。
球根が美味しい野草を見つけて、夢中になっていたのでしょう。ゴブリンが近くにいるのに気付いていませんでした。
そこに、王国騎士団の騎士が来て、ゴブリンを退治してくれたのです。
騎士の方には少し怒られました。気持ちは分かるが、注意を怠るな、と。
村に戻る時、小さなゴブリンの集団と遭遇しました。
騎士の方が守ってくれてはいましたが、自分も、腰にさした棒で、ゴブリンを2匹、倒しました。
それをその騎士の方は見ていたようで、なかなか筋が良い、と褒めてくれました。
そして、岩板の依頼ついでに、鍛冶職人に剣研ぎを依頼し、待っている間、その騎士様は、私に剣の基本を教えてくれたのです。
剣の正しい持ち方、剣の構え方、足の使い方、そして、訓練の方法まで。
そして、驚く事に、文字も教えてくれたのです。
この時、私の将来の夢が決まりました。
自分も王国騎士団に入るのだ、と心に決めました。
今になって思えば、あの時のあの騎士様は、それなりの立場にある者だったのでしょう。
それに、あの時、私は本当に子どもで、騎士様が急ぎ鍛冶職人に依頼し作らせた剣を、ただただ嬉しくて受け取ってしまいましたが、その剣は、急ぎ発注し作らせた物。かなりの金額を支払っていた筈です。
それを全く悟らせず、頑張れよ、の一言を残して、立ち去って行きました。
その剣を鍛えた鍛冶師は、都度、剣を見せろ、鍛え直してやる、と言って、無料で修理して下さっていました。きっと、あの騎士様の指示によるものだったのでしょう。
しかも、その後、村を訪れた騎士たちは、その方から伝言を受けていたようで、剣と文字の練習に付き合ってくれました。
騎士様がくれた剣と文字を学ぶ機会です。あの時の幼い自分でさえ、それは人生の宝なのだ、と理解していました。
教えて貰った訓練方法を毎日行いました。ゴブリンを退治する時も、教えて貰った体の使い方、剣の使い方を崩さないよう、気を付けながら続けました。
勿論、読み書きの練習も続けました。
ある時、騎士の方が読み書きの練習用に、と本を持って来てくれました。
驚きました。本は貴重で、高い物です。一村人である自分には到底買える代物ではありません。
それを私の為に用意し、わざわざ他の騎士の方に頼んで持って来て下さったのです。
絶対に入団試験に合格して、あの騎士様のお役に立つのだ。そう心に決めていました。
そして、入団試験を受ける資格が発生する年齢に達した年に、王国騎士団の入団試験に申し込みました。
周りの者たちは、村出身者が受かる訳ない、何度も何度も諦めろ、としつこく言ってきましたが、1度だけでいいから試させてくれ、と、大人たちを説得し、王都に行きました。
入団試験の申込書を出した時に、遠方から来る者たちの為に、試験まで寄宿舎が使える事が分かり、急ぎ引っ越しました。
周りは、貴族家の者や、大きな商家の者ばかりで、自分の様な村出身者は片手で数えられる程度しかいませんでした。
それでも、差別される事はありませんでした。差別をした者もいましたが、数時間後にはその者は消えていました。
騎士団側が徹底してそれを許していなかったと、後で知りました。
そして、ただの村人に過ぎない自分は、騎士団入団試験に合格したのです。
合格者が集まる部屋には、共に試験の日まで剣の訓練を頑張って来た村出身者の者は一人もいませんでした。どうやら、読み書きのレベルが、合格基準に達していなかったようです。
それを知った時、あの騎士様がいるだろうと思われる騎士団の棟に深く頭を下げました。
あの時下さった本がなければ、自分も他の村出身者と同じ理由で不合格に終わったでしょう。
合格後、騎士団の寄宿舎に入る事になりました。研修期間は3年。その間、自由に村に戻る事は出来ません。
だから一旦村に戻り、合格した旨を報告したのですが、その時の村は大騒ぎになりました。
入団して知ったのですが、王国騎士団という組織は巨大で、多くの部門に分かれていました。
王国騎士団団長の直下の者たちは「精鋭」と呼ばれ、王族の近衛も任される立場でした。
王族の近衛をするのですから、当然ながらマナー研修もありました。
昔は、近衛は近衛として存在していたらしいのですが、大昔、近衛の間に腹痛病、今では、古くなった水が原因だと思われているそうですが、多くの近衛兵が一時的に離脱する必要性に迫られたそうです。
当然ながら、騎士団から近衛兵として騎士を派遣したそうですが、その中に、他国のスパイと思われる者、もしくは暗殺を請け負った闇職人が入り込んでしまったそうです。
しかし、王族の方々は、病により近衛兵が大きく入れ替わっていた為に、顔を知っている者がそもそもおらず、故に不審者に気付くことが出来ず、当時の王太子が襲われ大怪我を負うという大事件が発生したそうです。
それ以降、近衛を固定せず、定期的に「精鋭部隊」から近衛を派遣する事で王族に顔を覚えて貰い、病などで交代しても、顔を知らない不審者が入り込みにくいようにするシステムに変更したそうです。
そして、私が30歳になった時、なんと、村出身の私は騎士団団長直下の「精鋭部隊」に抜擢され、王族の近衛も担当する、という名誉に預かりました。
その時の団長が、クラウス団長の御父上、ベンジャミン・フォン・シューバート侯爵でした。そして、その方が、自分に剣と文字を教えてくれた、あの騎士様でした。
精鋭部隊は、王族など、身分の高い方の近衛などを担う者たちでもある為、村出身で平民の私が役職に就くことはありませんでしたが、私にとって、そもそも私のような者が精鋭部隊に配属される事自体が、本当に奇跡で誉、名誉な事。
私が40歳を目前にしたある日、偶然知った事がありました。
本来、「精鋭部隊」に配属されるには、入団試験時の「推薦状」も参考の一つになっている、と聞いたのです。
私は小さな無名の村出身ですから、当然ながら、推薦状を書いて下さる方も、推薦状が書ける立場にある者も、知り合いにはいません。
そんな私が「精鋭部隊」に所属出来たのは、たった一つ、あの時の騎士様、当時の王都騎士団、王都第1師団を任されていたシューバート中尉が、私の入団申請書に一言、「ベンジャミン・フォン・シューバートがこの者の身元を保証する」と記入して下さったから、でした。
あの方のお役に立つ事が私の生きる道になりました。
そして、今度はその御子息に命を助けて頂きました。
もう70歳を過ぎ、直接恩を返すことは出来ないでしょう。ですが、生き残った小さな子どもたちに、何らかの形で伝え残せれば…。それが、私の恩返しとなる事を期待して。
想定外の、土の精霊アリカントが仲間になるという驚くべきイベントが発生したが、無事に洞窟内のゴブリンを全て討伐し、洞窟を埋め終わった一行は、予定していたよりも遅く、設営地に戻って来た。
既に設営されていたテントなどは全て撤去され、いつでも移動できる状態になっていた。
洞窟内と破壊された村で見つけた遺体と遺骨は、設営地に残った騎士と魔術師らによって、元々村はずれにあった墓地の横に、雑草や岩などを移動し、綺麗にならした場所にまとめて埋葬されていた。
ルウィージェスは、付近でゴブリンの残党を討伐していた騎士らから、岩山の近くで見たという、大きな岩の存在を聞き、墓標替わりに、岩を転移させて設置した。
そして、精霊魔術【花の魔法:多年草】と【花の魔法:香花】を唱え、従来の墓地も含めて、多くの香り豊かな花に囲まれるようにした。
この場所に村を再建することがあるか分からないが、あるとしても、相当年月が経ってからでないと、村に人が戻って来ることはないだろう。
魔物の営巣の材料となる廃材などは、死骸と共に全て燃やし、灰にした。
今はまだ、土台などの人工物が残っているが、時と共に、それらもいつかは朽ち果て崩れ落ちるだろう。
毎年咲く花が、村があった場所の目印にもなると考え、ルウィージェスは、手入れを必要せず、それでも毎年沢山の蕾を付ける花を多めに選んだ。
突然、一面に広がった花畑を見て、初めて見る魔法に驚く者も多かったが、昨夜、風呂に咲いていた花を押し花にした者たちはすぐに分かったようで、「この魔法だったのか」と囁き合っている。
洞窟内で仲間になった精霊たちは、初めて見る精霊王の精霊魔術に感動していた。
特に、精霊界の中でも、氷に閉ざされた地域にいることが多かったフラウと、初めて草花を見たアリカントは、色鮮やかで、風で揺れる花の上に乗ったり、香り豊かな花々に触ったり、香りをかいだりと、はしゃいでいる。
まだ昼を食べていなかった四人が軽い昼食を取っている間に、付近を探索していた斥候から状況を聞くと、ここから1時間強行ったところにも2つ隣接する村があるが、同じく壊滅状態であり、生存者の期待は出来ない、との事だった。
付近の残党ゴブリンを討伐していた者たちからも、この近くには洞穴になるような場所もなく、新たな巣窟の手がかりもなく、また、村の近くに広めの林があるが、そこに逃げ込んだ村人も見つけることが出来なかった、との報告を受けた。
各団長と副団長、副官らで話し合った結果、この近辺で生き残り隠れている村人がいる可能性はほぼなく、速やかに次の村に移動すべきで合意した。
移動中も、生き残り隠れている村人たちがいないか、目を凝らしながら進んだが、見つかるのは、群れから逸れたと思われる、少数のゴブリンの集団のみだった。
騎乗する騎士らも遠くを見渡すが、救助を求める信号のような物を発見することは出来なかった。
洞窟の近くにあった村を離れてから3時間が経とうとした頃になり、5つ目の村に到着した。さっと見た感じ、通り越した3つの村と比べると、かなりの数のゴブリンが残っていた。つまり、何かゴブリンを引き留める物があるという事だ。
ウィルヘルムの一団がゴブリンを片付けていた時、数人が、ゴブリンの威嚇とも違う、何かが聞こえたような気がする、とウィルヘルムに伝えてきた。一旦足を止め、襲ってくるゴブリンのみを片付け、全員で耳を澄ましてみるが、先程と同じメンバーだけが、何らかの音が聞こえる、と伝えてきた。
一団の中で風魔法を得意とする魔術師に、異音を拾った団員がいる付近を中心に、探索魔法を頼んだ。
すると、村長宅だったと思われる、大きめの壊れた屋敷の辺りで、風魔法が「揺れる」と言った。ウィルヘルムは風魔法を使えない為、その感覚は良く分からないが、何かがあるのは間違いなさそうだった。
とはいえ、家は完全に押しつぶされ、原形を留めるものは何もない。
ウィルヘルムはアダルベルトの近くにいる母狐ミルに、あの破壊された家を見てもらうことにした。母狐ミルは『魔道神獣』。人間には拾えない臭いや、音、風の流れなどが分かるかもしれない。
アダルベルトもついてきた。ゴブリンにはミルの強さが分かるのだろう。ミルが近づくと逃げていく。
母狐ミルは壊れた家の上に乗ると、ちょうど中心から奥の方に当たる所で吠えた。
神獣の姿を見て、多くのゴブリンが既に逃げ出している。神獣の姿を見ても逃げなかったゴブリンの大半は既に片付いていた。腰を抜かして逃げられなかった、という方が正しいかもしれない。非常に動きの鈍いゴブリンが多かった。
生き残っているのは僅かだ。残りを殲滅する者と、穴を掘り、ゴブリンの死骸と廃材を焼く者たちを残し、クラウスとエルンストの一団も集まり、倒された柱などをどかし始めた。
皆で、倒れた柱などをどかし始めた時、カリンが警護する馬車の中で魔鳥の矢を作っていたルウィージェスは、流れる風に乗る、生きている人の思念を拾った。不安、恐怖、空腹と言った、騎士らからは流れてこない思念なのだが、上級神のルウィージェスですら何とか拾えた、か細い念。
ルウィージェスは馬車の窓を開けると、カリンに声を掛け、カリンと共に思念を辿った。
どうやら地下室を備えている場所だったようだ。瓦礫の下から微妙に吹き上がる風に乗って、思念が流れてきている。それなりの人数が残っているようだ。何となく、洞窟内で発見した生存者の数と同じくらいの生存者が望めそうな、そんな感じがする。
カリンも同じ意見だった。なら、躊躇はない。断定して良い。
「そこ、生存者がいる!!」
ルウィージェスが大声を上げた。
ルウィージェスは馬車から降りて、状況を確認する。
思念が流れてきた場所は、村の中では一番大きな家だったようだ。それが、完全に押しつぶされ、屋根が地に落ちてしまっている。半ば破壊されてはいるが、この大きさの屋根は他に見当たらない。村長の家だったと思って間違いなさそうだ。
空を見ると、日が傾き始めている。
神獣がいるから近くにゴブリンがいないだけで、少し離れた場所には、相当数のゴブリンの気配がある。
人力で廃材を動かしていては、設営地を決める前に暗くなってしまう。
時間的猶予は、それ程ない。
ルウィージェスはクラウスとエルンストに魔法で廃材をどかす旨を伝えた。
クラウスたちも、設営地の設置がまだな事を気にしていた。
神獣の気配を警戒しているだけで、周りにはまだゴブリンが多く残っている。大きな声を出したら、興奮させてしまう可能性もある。
クラウスとエルンストは、少し離れた場所にいるアダルベルトとウィルヘルムの場所まで移動し、皆に移動させるよう伝えた。
皆が離れた事を確認すると、【風魔法:浮遊移動】で全ての瓦礫を一気に移動させた。
瓦礫の下から出てきた床は平らにした岩で敷き詰められ、ゴブリンの爪でも、そう簡単には掘り起こせない場所になっていた。
一部、およそ1m四方の、鉄で縁取られた岩を更に鉄で四隅を強化させた場所があり、そこを中心に、大量の小麦粉がぶちまけられていた。どう見ても、ゴブリンによるものではない。あえて、まき散らした感じだ。
どうやら、ここは地下倉庫で、鉄で強化した岩は蓋のようだ。もしくは、地下室への床扉。
クラウスが床に向かって声をかけた。
「我々は王都から来た王国騎士団、宮廷魔術師団、そしてリリーエムラ公爵家騎士団だ。生きている者はいるか?」
すると、床の下から声が聞こえてきた。
「我々は、生き延びたのでしょうか?」
「あ、そうだ。この村に残っていたゴブリンは全て片付けた。もう出てきて大丈夫だ。」
どうやら複数人いるようだ。多数の喜ぶ声が聞こえてきた。声を聞く限り、大人も多そうだが、子どももそれなりにいるようだ。
「それでは、今からこの床扉を開けるので、安全な所まで移動をお願いいたします。」
床の下にいる男性はそう言ったが、エルンストは、撒かれている小麦粉の量が気になった。
エルンストは趣味、本人的には実験、で調理するから、小麦粉は非常に軽く、ちょっとした風でも舞い上がる事を知っている。
「私は宮廷魔術師団の者です。その床扉の周りには大量の小麦粉が撒かれています。今、開けると風圧で大量の小麦粉が飛散してしまうので、少々お待ち下さい。」
「分かりました。」
そう男性に伝えたものの、エルンストは、この大量の小麦粉をどう片付けるか、迷っていた。
「水魔法では、下に流れてしまいます。風魔法で飛ばすと、我々が悲惨な目にあいますし。」
「何かに包む、と言っても、まともな物は残っていないしな。」
クラウスも、少し離れた場所にルウィージェスがどかした、大量の瓦礫を見ながら答える。
「近くに穴を掘って、風魔法の【吸引】で動かす?」
ルウィージェスがエルンストに助言する。
「【吸引】を使えるのはルウィージェス様だけです。お願いできますか?」
宮廷魔術師団の団長であるエルンストは、団員が使える魔法を全て把握している。
「うん。」
クラウスは、騎士たちに少し離れた所に穴を掘るよう伝えた。
「それじゃ、いくよー。」
ルウィージェスが【風魔法:吸引】を唱えると、床に撒かれた小麦粉を全て吸い上げ、穴の中へと誘導した。ついでに、風で飛ばないようにフラウが凍らせ、その上に、更に先ほど使った(仮)【土魔法:土砂充填】の簡易版、【土魔法:土砂】の魔法陣をエルンストに見せ、アリカントが発動させて完全に埋めた。
土魔法の属性を持たないエルンストが土魔法を使ったように見えた部下たちは驚いたが、クラウスの「後で説明する」という言葉に、一先ず落ち着きを取り戻す。
クラウスが改めて床板の下にいる村人に伝える。
「待たせた。もう、扉を開けても大丈夫だ。」
どうやらこの扉は、表面だけでなく、内側にも鉄を使っているようだ。かなり重そうだった。しかも、上に押し上げるタイプだった為、内側から押し上げるのに、苦慮しているのが見える。空腹と疲労で力が出ない様だ。
見かねたアダルベルトが少しだけ浮いていた床扉を持ちあげ、移動させた。
中に残っていた村人は総勢15名だった。大人4名、幼児3名、そして、小児が8名。
声の主は村長だった。村長の話しによると、ゴブリンが襲撃してきたのは三日前の午前中だったらしい。
三日前というと、合同討伐隊が王都を出発した日だ。
この村では、仕事の手伝いをするには幼過ぎる子どもたちを村長宅で預かり、交代で子どもたちを見ていたそうだ。
ゴブリンが襲撃して来た時は、村長の他に子守り当番だった3名で子どもたちの面倒を見ていて、文字の読み書きができる村長が、子どもたちに本の読み聞かせをしていたところだったという。
時間的に、そろそろ昼食の準備を始めようかと思い、台所では多くの食材が並べられていた時だった、とのこと。襲撃があったその日は、1歳の誕生日を迎えた子がいたそうで、普段より多くの食材が用意されており、野菜を豊富に使ったスープの良い匂いが漂っていた時だったそうだ。
地下室は昔から非常時の避難場所として存在しており、普段は保管庫として使用していたとの事。小麦粉を撒いたのは、野菜などの食材の匂いを誤魔化す為と、粉でゴブリンが嫌がる事を期待して、とっさに村長がぶちまけたとの事だった。
急遽ルウィージェスは『結界魔石』で村人全員がゆっくり座れる程度のスペースを確保すると、アイテムボックスから水樽とコップを取り出し、村人たちに水分補給をさせた。丸3日何も口にしていなかったとの話だった。
村長の話によると、子守り当番だった女性の一人が独身時代、魔法使いとして冒険者をしていたそうで、平民としては豊富な魔力で、皆に【生活魔法:清潔】を掛けてくれていたので、身なりを整えることは出来たが、誰も水魔法を使える者がおらず、保管庫に保存していた野菜の汁を皆で啜って、身を寄せ合っていた、ということだった。
とりあえず、破壊された村にはゴブリンの気配はもうない。
残すは、廃材を燃やして、新たな営巣の材料とされないようにするだけだ。
それよりも、日が大分傾き始めている。早く、設営する場所を探して、設置する必要がある。
斥候より、少し村から移動した所に、遮るものが全くなく、落ち着ける環境ではないが、設営地として使える広さがある場所があるとの報告があり、そこを本日の設営地とする事にした。
村人たちを護衛する人数だけを残し、設営の準備の為に移動を開始する。
一般的に騎士たちは体が大きい者が多い。ルウィージェスは見た目が子どもの為、幼い子どもたちが怯えないよう残る事にした。結界は藍に任せられる。カリンも、ルウィージェスと共に残る。
水分補給をし、少し落ち着いた頃を見計らい、ルウィージェスは、アイテムボックスからスイカを取り出した。これは王都を出る前、王都のエムラカディアの屋敷のキッチンにあったのを弟権限で、勝手に持ってきた物だ。
半分はアイテムボックスに戻し、同時に薪を1本取り出した。そして、それを串に加工し、皮に人数分刺し、風魔法で均等に切り分けた。そして、少しだけ冷やし、少量の塩を振って、村人たちに手渡した。
幼児の分は、少し細く切って、口の中に入れやすいようにした。種は【吸引】で全て取り出した。
水分を補給し、安全が確保されたのを実感できたようだ。少し落ち着き、話が出来るようになった。
ルウィージェスが村人たちに聞いたところによると、乳児はいなかった。これは不幸中の幸いだった。
離乳食なら、若い騎士団・魔術師団の団員が、洞窟内から生存者を救助した際にエルンストから学び、用意することが出来るようになっている。
しかも、襲撃を受けた日に1歳の誕生日を迎えた子が一番小さい子とのことで、固形物も硬くなければ、かなり食べられるとのことだった。
肉も、薄切りにして、味付けを薄めにしてスープと一緒に煮込んだ物なら、既に何度か与えたことがある、という。
それなら、敢えて離乳食を別に作る必要はない。味付けの時点で別の鍋に移し替えて、薄めの味付けでなんとかなりそうだ。
基本的に、肉体労働後の騎士と魔術師たちの味付けは、濃い物が好まれる。
神族で成長が遅く、まだまだ体が子どものルウィージェスは薄めの味が好みのために、元々、ルウィージェスの分は味付けを別にしている。
ルウィージェスの分を少し多めに作って、味付けの時点で分けるだけで、食事は何とかなりそうだ。
相当に空腹だった筈だが、初めに水分を胃の中に入れておいたのが奏し、味がある物を食べても胃が驚かずに済んだようだ。ちゃんと食べられている。しかも、塩分も補給出来たからだろう。少し、皆の顔色が良くなってきた。
大人も夢中で食べている。まだ食べられそうだったため、串刺しスイカを追加した。
その時だった。王都に置いてきた「鳥斥候団」の魔鳥1羽が飛んできた。気付いたルウィージェスが手を上にあげると、そこに着地する。右足には、小さく折りたたんだメモが付いていた。
「おぉ、王都から、洞窟内の村人を送った騎士たちと、騎士団から追加派遣された騎士たちがこっちに向かっているらしい。これを、クラウス団長に渡してもらえる?」
村人の護衛の為に近く残っていた騎士に手紙を頼んだ。
手紙を運んできた「鳥斥候団」の魔鳥団員にも、小さく切ったスイカを分けてやると、嬉しそうに啄み始めた。
手紙を読んだようだ。クラウスとエルンストが戻ってきた。
「どうやら王都の方は大丈夫だと判断したようですね。」
エルンストは王都の方を見ながら言ったが、エルンストの左肩にデンと座る藍の視線は村人が食べているスイカに向いていた。
藍は、明らかに丸くなっていた。いい加減ダイエットが必要と判断せざるを得ない状態までに。右肩に止まるアリカントと比べると、その丸さが良く分かる。
美味しそうにスイカを食べる村人たちから視線を外し、ルウィージェスに向かって、明らかに抗議の声を上げた。
「ダメ!もうすぐ夕ご飯だから、待ちなさい。」
「ぴーーー!」
「ニックスたちだって食べてないんだから、ダメ!」
「ぴぴーーー!」
ルウィージェスの方が根負けする。どういう形であれ、ルウィージェスから頼まれた仕事をしていたのは確かだ。
ルウィージェスは溜息をつくと、
「ニックスたちも呼んでおいで。」
そう言うと、藍は嬉しそうに飛んでいった。
「あ、なんかすみません。」
エルンストがルウィージェスに詫びた。
「自分もいっぱい【応援歌】したから誉めろ、と文句言ってた。変な知恵付けたよね、ラン。」
団長二人は苦笑いだ。
確かに、藍も【応援歌】で、破壊尽くされた村から廃材を運び出し、深く掘った穴に放り込む団員たちを鼓舞していた、と村人たちの様子を見に来たザビーネから報告を受けた。
但し、その多くの時間は誰かの肩か頭に乗っての応援だった、とも話していた。飛んで応援していた時間は、余りなかったという報告だった。
これは、ルウィージェスが、代わる代わる様子を確認しに来ていたザビーネやアダルベルトたちに、藍が飛んでいる時間はあったか、という問いに対しての答えとして。
ゴブリンの残党を追いかけ、討伐する騎士らを鼓舞しながら、戦闘系上昇スキルを発動させていた雪狐親子とは、運動量そのものが違っていた。
多数の目撃者の証言から、ルウィージェスは、藍にダイエットをさせることを決断した。
藍が戻ってきた。ミルたち親子も一緒だ。
「今日も皆、がんばってくれたからね。スイカ、出すね。でも、もうすぐ夕食だから、少しだけだよ。」
ルウィージェスは、薪から皿を4つ作り、それぞれにスイカの身だけを入れた。種は【吸引】で取り出しておいた。
雪狐親子の登場に驚いた村人たちだったが、子狐が一緒だったのが功を奏し、大人たちは警戒を解き、子ども達は、小さく、チョロチョロ動く子狐に興味津々に目で追っている。
ニックスもシュネも大人しくスイカを、傍目から見ても嬉しそうに食べている。その姿を見て、大人たちも安心したようだ。
三角形のスイカの真ん中から啄み、穴を開け、穴に首を突っ込んだりしている藍の姿も、微笑ましく見えているようだ。恐怖と緊張と空腹から解放された村人、特に大人たちの心の癒しにもなっているのが分かる。
ルウィージェスも、これはこれで、まぁ、良かったか、と思いながらその様子を見ていた。
たまたま王都側を見ていたクラウスが、遠くで何かが動いているのを確認した。よく見ると、それは前の村で救出した村人たちを乗せた馬車とそれを引いたゴーレムだった。
「ちょうど良かった。あれに乗せて王都までまた送ってもらおう。」
クラウスは大きく手を振って合図した。
部下たちから、設営設置の完了の報告を受けたクラウスは、3日間に渡る、ほぼ絶飲絶食状態からの口渇が落ち着き、空腹も満たされ、一息ついている村長に、設営地への移動を伝えた。
エルンストは一足先に、『電撃付き結界魔石』を設置する為に戻っている。
設営地まで、3日間に渡る空腹で体力が落ちた村人たちを馬車に乗せて移動することにする。神鳥と神獣の近くに寄ってくる、勇気と度胸のあるゴブリンはいないが、移動中に視界に入ってしまうかもしれない。
心情的に、まだゴブリンの姿を見るのはきついだろう。
子どもたちは、初めて見る大きな馬車に興奮気味だ。傍目、すっかり落ち着きを取り戻した大人たちは、初めてみるゴーレムに興味津々だった。
村人たちは、洞窟内で発見した生存者とは異なり、服こそは破れてはいなかったが、【生活魔法:清潔】を掛けていたとはいえ、丸3日着替えが出来ていないし、替えも、破壊された村から発見するのは難しい。
今回もルウィージェスとザビーネが王都まで買い出しに行くことにする。
日は大分傾いているとはいえ、今回はまだ閉店までには時間があり、幼児用の緊急時用おしめも、着替えも用意する事が出来た。
ザビーネはルウィージェスに荷物の見張りを頼み、女性たちの為のサニタリー用品も準備した。前回、エムラカディアに指摘されるまで思い至らなかった事が、ザビーネとしては、同じ女性として、ちょっと悔しかったのだ。
今日もルウィージェスはお風呂を作った。村人たちは、初めて見る巨大な風呂に驚いていたが、楽しめたようだ。子育て中や子育ての経験がある騎士や魔術師たちが、子どもたちを湯に入れるのを手伝う。
今回、生き残った大人で男性は村長一人だけ。だが、生き残った子どもたちは、幼児3名中男児1名、小児8名中5名が男児であり、圧倒的に男児が多かったのだ。
長期遠征中で、小さな子を持つ騎士や魔術師らの中には、王都に残してきた幼い我が子を反映させていた者も多かったようだ。二人の子どもが成人し、所謂子育てからは完全に卒業していたエルンストも驚くマメさで、甲斐甲斐しく世話をしていた。
夕食後、風呂にも入りさっぱりした所で、王都から来た騎士たちと情報交換をする。
ルウィージェスが村長と話をしていた時、村長レオンは退役軍人で、元王国騎士団に所属していた、と言っていた。役職に就くことはなかったが、定年退職するまで責務を果たした、とのことだった。
ルウィージェスからそれを聞いた団長二人は、レオンにも会議に参加してもらうことにした。
村長レオンはエルンストを知っていた。
「定年まで10年を切る頃だったか。宮廷魔術師団に恐ろしく魔術行使力の高い新人が入ったと、我々のような一般の騎士たちの間でも話題になりましたよ。」
ルウィージェスはエルンストを見た。その目は好奇心に溢れている。
「フォーゲル伯爵家と聞いて納得はしましたがね。フォーゲル伯爵家は、昔から優秀な魔術師を多数輩出している名家ですから。」
村長は、まだルウィージェスの事は何も聞いていなかったが、集まった者全員が、まだ8歳くらいにしか見えない少年に対し敬語を使っている為、相当地位のある者だと理解していた。なぜ、8歳程度の子どもが討伐戦に参加しているのかは理解出来なかったが。
気にはなっていたが、王国騎士団員として役目を全うしただけあり、危機管理能力は高そうだ。
自分からやみくもに不用意な質問をしたりはしない。
レオンは、何かを思い出すかのように、少し遠くを見る感じで話を続ける。
「何度か、魔術師団との合同練習で拝見しましたが、魔法の威力は、その当時から既に桁違いでした。特に、攻撃魔法の操作は凄かった。」
レオンはエルンストを見た。
「やはり、貴殿が団長に就任されたのですね。」
レオンは、目を細めて言った。昔の姿を思い出しているのかもしれない。
まずは、この周辺の地理を熟知している村長レオンに、残る3つの村の規模と、ゴブリンが襲撃してきた方向を聞くことにする。
村長レオンの話しだと、ライランの街に近付くほど村は大きくなっている。完全に破壊されていた、今まで通ってきた村々は昔から存在しており、ライランの街からほど近い2つの村は、何代か前の領主の横暴さに街を離れた者たちによって自然発生的に出来た村で、今は、街中より安く生活できるため、出稼ぎに来た者たちが多く住んでいる村、とのこと。人口的には小さな町といって良い規模にまで発展しているという。
一瞬、現宰相の末弟であるクラウスは、「これは報告案件か?」と危惧したが、現在の領主は善政を敷いており、領民からは好かれている、と聞き、安堵する。
襲撃当時、村長レオンの村には出産育児の為に、普段王都に住んでいる複数の若者たちが一時的に村に戻って来ていた、とレオンは悲しそうに話した。ここは王都からそう離れていない為、この辺りの村では、出産育児の為に里帰りする者が多く、すぐ近くの村も同様だった筈だ、と少し声を震わせながら話す。
昔から、この辺りの林にゴブリンが営巣する事が多く、定期的に冒険者ギルドに討伐を依頼しており、現在の村長は70を超えているが、少なくとも、ゴブリンが大発生したという話は聞いたことがないと言う。
村長レオンの『退役後はずっと村にいた』という話から、エルンストは気になっていたことを聞くことにする。
「レオン殿、この辺りでオークやオーガの営巣地の目撃情報などは、過去にありませんでしたか?」
レオンはしばらく考えていたが、思い当たる節はあるようだ。
「この辺りではありませんが、もう少し王都側に行った所に、標高はあまりないのですが、ほぼ北隣のザークセン州領側に長く伸びる非常に硬い岩山があります。その周辺でオーガの目撃情報が数年に一度程度ですが、度々ありました。ただ、営巣地発見の情報は、この村では聞いたことはありません。オークと違い、オーガは縄張りさえ荒らさなければ、基本的に自分たちの縄張りから出てくることはありませんから、あえて探そう、という事もありませんでした。度々目撃はされてはいるので、奥地には営巣地があってもおかしくはないかもしれません。」
その話を聞いたクラウス、エルンスト、アダルベルトとウィルヘルムは、お互い顔を見合わせた。
「どこかに抜け道があった可能性も出てきたな。」
クラウスが言うと、アダルベルトも
「我々が細かく調べたのは王の部屋だけでしたし。」
眉をひそめながら言った。
洞窟討伐中、ルウィージェスから受け取った手紙には、複数の穴を埋めた、と書いてあった。討伐中の洞窟に向かう一団を確認し、その通路は埋めた、とも書いてあった。
だが、ルウィージェスが見ていたのは、あくまでもゴブリンであり、オーガが通れるような大きな道は、通路として認識しなかった可能性もある。
当のルウィージェス本人も、あくまでも対ゴブリンとしての視点でしか、あの岩山を見ていなかったのは確かだ。そういう自覚がある。
「もしオーガがあの拠点を完全放棄していたとしたら、ザークセン州領側にもゴブリンの巨大拠点が出来ている可能性が高いですね。」
エルンストも腕を組み、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
ルウィージェスとカリンは、思わず目を合わせる。
神術で見た、あの光景を説明してもいいものか、判断が付きかねている。
上級神であるルウィージェスの過剰関与は、最も回避すべき案件であり、地上で活動し続けるためには、最も気を付けるべき事柄だ。
だが、同時に、ルウィージェスにとって、自分の眷属が加護を与えている団長二人の身と命の保全も同じくらい、大切なことなのだ。藍とニックスが団長二人に与えているのは「守護の加護」。これを守るのも、ルウィージェスの義務。
ルウィージェスの葛藤は続いているが、話も続いている。
レオンは、他の村々もゴブリンの大群による襲撃を受けていた事は知らなかった為、彼らが話している内容を理解する事は出来なかった。とは言え、王国騎士団と宮廷魔術師団はもとより、アダルベルトとウィルヘルムが州領の騎士団の団長に就任している以上、ほぼ間違いなく貴族家出身だ。しかも、リリーエムラ公爵が治める州領騎士団の団長。公爵家縁の者である可能性だってある。
いずれにせよ、質問するのは躊躇われた。
村長レオンの戸惑いに気付いたクラウスが、簡単にだが、これまでの経緯を説明した。
「そういう訳で、王都側からここまでの村は全て壊滅状態で、生存が確認できたのは、この村以外では、たったの、幼児5名、未成年8名、成人5名の18名だけだった。」
「ゴブリンの襲撃を受けたのは、我々と近くの村だけではなかったと!」
レオンは、この村と程近い村も、同程度の被害を受けているだろうとは思っていた。距離が近いし、林で繋がっているためだ。だが、まさかそこまで大規模な騒動になっていたとは、露程も思っていなかった。
「それでは、我々の村を含めて、5つの村で助かったのは、我々を合わせても、たったの33名…。」
レオンの声は震え、枯れていた。
「無傷で発見出来たのは、レオン殿たちだけです。」
エルンストはルウィージェスを見ながら言った。ルウィージェスは無言で頷いた。
クラウスは、ゴブリンがプファルーツ州領側に移動している事が確認されている為、これまでの村々を含むライラン領地では、広範囲でゴブリンによる襲撃を受けている可能性が高いと説明した。
「現状、ライラン領側に保護を求めることは難しいので、レオン殿たちには一旦王都に避難してもらう事になる。移動手段は、先ほど乗った馬車で。期間は、すまぬ。現在全く見通しが立っていない。」
レオンはクラウスの謝罪に驚きながらも、黙って頷いた。
生涯一般兵ではあったが、そんな自分を、王国騎士団の先輩として接してくれるクラウスに、心から感謝をしながら。
状況的に、レオンたちは王都にしか避難出来ない。
今回も、親を失った幼児と小児が多い。教会孤児院で保護することになるのは、ほぼ確定だ。
「それじゃ、ぼくも姉さまに手紙出しておくよ。」
ルウィージェスがそう言った時、レオンが不思議そうな顔をした。その反応を見て、ルウィージェスは大切な事に気付いた。
「あ、そう言えば、ぼく、まだ自己紹介、してませんでした…よね?」
レオンは、躊躇いながらも頷いた。
「そういえば、我々も、正式に自己紹介、していませんでした…ね?」
エルンストはレオンを見ながら言った。
「レオン殿、大変失礼した。」
クラウスは頭を下げ、陳謝した。
クラウスと目が合い、ルウィージェスはクラウスから自己紹介するよう、ジェスチャーした。
「改めて。自分は王国騎士団で現団長を務めているクラウス・フォン・シューバート子爵。レオン殿が騎士団に所属していた時の団長、ベンジャミン・フォン・シューバートの四男で、現宰相オルトールド・フォン・シューバート侯爵の末弟だ。」
クラウスが自己紹介した時、レオンが少し驚いたような、懐かしい者を見るような、そんな雰囲気をルウィージェスは感じ取った。だが、レオンは何も言わなかった。
クラウスが先に自己紹介するとなれば、次はエルンストになる。
「私の方も改めて。現在宮廷魔術師団団長を務めていますエルンスト・フォン・フォーゲルです。前団長の三男です。ご存じの通り、フォーゲル伯爵家は、宮廷魔術師団団長に任命された者が当主の座を継ぎます。私は団長就任した年に、フォーゲル伯爵家当主となりました。」
ルウィージェスは国の役職には就いていないが、公爵家の者で伯爵位を持つ高位貴族当主。アダルベルトとウィルヘルムより前に挨拶をするのが筋だ。
「初めまして。ぼくはルウィージェス・フォン・リリーエムラ。リリーエムラ公爵家当主の弟です。一応、伯爵位を貰っています。」
「リリーエムラ…、」
レオンはそう呟くと、慌てて椅子から飛び降り、平身低頭して謝る。
「創造神様の末裔の方だったとは。大変失礼いたしました。今までの無礼、深く陳謝致します。」
「え…えぇ…。大丈夫ですから、座って、ね?」
レオンはクラウスとエルンストを見た。かなり困惑し、動揺している。
「レオン殿、ルウィージェス様が気にしないで欲しい、と言っています。ですから、とりあえず、座りましょう。」
エルンストは苦笑しながらレオンに着席を促した。
レオンは、ルウィージェスに深く礼をし、着席した。
アダルベルトは、レオンが座ったのを確認し、続けた。
「私はリリーエムラ公爵家が治めるハインライテル州領で州領騎士団団長を務めているアダルベルト・フォン・ケーニッヒと申します。現ケーニッヒ伯爵当主の次男になります。そして隣にいるのが、」
「アダルベルトの弟で、リリーエムラ公爵家、王都騎士団団長を務めているウィルヘルム・フォン・ケーニッヒと申します。ケーニッヒ伯爵当主の三男です。」
「ハインライテル州領からわざわざプファルーツ州領まで駆けつけて下さったと!ありがとうございます。リリーエムラ公爵家御当主閣下に深く御礼申し上げます。」
レオンは、実弟であるルウィージェスに深く礼をした。
実際には、ルウィージェスの【ゲート】で王都まで移動してきているので、アダルベルトとウィルヘルムは、少し、後ろめたさを感じた。
正式な自己紹介が終わり、漸く、レオンはルウィージェスがここに参加している理由を一応理解した。
だが、当主ではなく、実弟とはいえ、何故8歳程度の子どもが参加しているのかは、未だに分からず、疑問は解消していない。
だが、流石に創造神の末裔と言われているリリーエムラ公爵家の者に質問は出来ない。
「えーと、そういう訳で、創造神教会の方でしばらく避難生活をする事になると思うから、姉に連絡しておけば、色々と事が滞りなく進むと思うんだ。親戚とかが王都に居ても、直ぐに一緒に暮らせる様になるわけではないでしょうしね。」
ルウィージェスは、レオンが恐縮しないように、なるべく明るくつとめた。
「…リリーエムラ公爵家の多大なるご協力に、心からの謝意を。」
そう言うと、レオンは椅子から下り、片膝をついて騎士の礼を取った。
レオンは、王国騎士団を定年するまで勤め上げたという経歴に違わず、愚直な男だった。
村長レオンの説明より、岩山の反対側にもオーガの巣窟があった可能性も出てきた。
もし現在もオーガが棲んでいればゴブリンは近寄れないが、もし、オーガがその巣窟を放棄していた場合は、先日の洞窟の様な状態になっている可能性が高い。
話し合いは夜更けまでかかり、話合いに参加していなかった副官ベルント・フォン・クリューガーを始めとする騎士団、魔術師団の団員の一部や、ザビーネ、アダルベルトとウィルヘルムたちからも、精霊剣についての説明を求められたが、明日は朝からライラン領に向かわなければならない。
後日、時間が出来た時に説明する、とクラウスとエルンストは説得し、ようやく寝床につくことができた。
翌朝、クラウスは王都に残る騎士団副団長フィンに、国王と宰相宛ての手紙を認め、「鳥斥候団」の1羽に託した。
朝食後、救出した村人たちはゴーレムが引く馬車に乗り、数人の騎士たちを護衛に王都へ向かった。
第54話はライラン領に向かう途中の話です。
やっと次に進みました。
ライラン領、ライランの街は、プファルーツ州領・ライラン領・領都ライランが正式名称です。
第55話から、ライラン領の話になります。訂正加筆にて、長くなってしまいましたが、どうぞお付き合いくださいませ。
次は、来週8月15日(土)20:00公開予定です。
第55話 「ゴブリンの襲撃⑳―ライラン領①―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




