第53話 「ゴブリンの襲撃⑱―洞窟の閉鎖⑦封鎖完了―」
はじめまして。生まれたばかりのアリカントです。
生まれて初めて、お外の世界を見ました。
あの眩しいの、太陽というそうです。眩しいけど、温かいです。
ランさまと神獣さまたちがとても優しいです。
色々な事を教えてくれます。
サラマンダーがこっそりと教えてくれたのが、クラウスとエルンストは、ずっと昔、サラマンダーと行動を共にしたシューバートとフォーゲルの生まれ変わりだ、という事。
シューバートだったクラウスは、今も、その性格は殆ど変わっていないそうです。
楽しい奴だから、安心しろ、と言っていました。
ボクはエルンストの魔力から生まれた精霊。
サラマンダーとフラウは、こういう生まれ方をした精霊を初めて見た、と言っていました。珍事だ、とサラマンダーが言っていました。
精霊王さまは神族、神様だから、本当は近付く事も出来ない存在なのよ、と教えてくれたのはフラウ。
まだ幼い精霊王さまだから、こうやって一緒に行動できるのだとサラマンダーが言っていました。
サラマンダーは創造神さまを何度か見たことがあるそうです。
長い時間、近くにいられない程の存在感があって、とても優しい方だけど、存在自体が怖くて、苦手だって言ってました。
カリンさまは下級神で、精霊王さまは上級神と教えてくれたのは神鳥ランさまと神獣ニックスさま。
今はゴブリン退治の真っ最中で、とても忙しいと嬉しそうに教えてくれたのもランさまとニックスさま。
ゴブリンは土属性だから、ボクも力になれる筈。ボクは土属性でも鉱山、鉱石の方の土属性だけど、同じ土属性である事には変わらないから、何らかの形でボクも活躍できる筈。
ボク、がんばる!
ルウィージェスすら予想もしなかった偶然が重なり、エルンストの魔力で生まれた土の精霊アリカントは、エルンストと契約を結び、魔法杖の魔石を支える台座に取り付けられた精霊金と精霊銀に宿る事になった。
嬉しそうにしているエルンストの様子を見ていたクラウスだったが、自分の肩に乗る精霊たちと仲良く話しているエルンストの右肩に乗るアリカントを見ていて、一つ疑問が浮かんだ。
「ルウィージェス様、なんで、アリカントは人型にならないのですか?」
クラウスははっきりと覚えている。フラウは初めから人型だったが、サラマンダーは火蜥蜴の姿で現れ、それから人型になった。
「あぁ、それは、アリカントはまだ生まれたばかりだから、そこまで力が溜まっていないというのが一番の理由だけど、アリカントはランの加護を持つエルンスト団長の魔力を元に生まれたから、ランの影響を受けやすい、という、サラマンダーとフラウにはない特性を持っているんだ。本来なら、エルンスト団長の眷属になるんだけど、神の称号を持っていないから、こういう場合は、一番近い神の称号を持つランの眷属なるから、人型が取れるようになるには、もうしばらく時間がかかると思う。」
クラウスは大きく頷いた。ルウィージェスの説明は、クラウスにとっても理解しやすいものだった。
「エルンスト殿は土魔法を持っていないが、土属性のアリカントと契約したから、アリカントと一緒なら土魔法を使えるようになったのか?」
クラウスのその質問にエルンストが驚く。
クラウスは精霊に関する事を色々とルウィージェスから聞いているが、エルンストは全く聞いていない。
思わず、ルウィージェスの方に振り向いた。
「今すぐは無理だけど、答えは是。エルンスト団長は土魔法を持っていないから、サラマンダーとフラウのように、分身でどうこうするというのは出来ない。それに、アリカントは精霊だから魔法は使えるけれど、まだ生まれたばかりだから、使える魔法がない。だから、当面は、エルンスト団長が魔法陣を作って、魔力を流して、その魔力でアリカントが魔法を放つという形になると思う。」
ルウィージェスの言葉を理解しているアリカントは、エルンストを見る。
「ボク、まだ、まほう、つかえない。ごめんね。」
そのあまりに悲しそうな声音と言葉に、思わずエルンストはアリカントの頬を撫でる。
「そんなの全く問題ない。私は、アリカントと一緒にいられる事が、とても嬉しい。」
アリカントはエルンストの魔力で生まれた精霊。特別な思いを抱くのは当然だ。
「これから、どうやったら一番いいか、色々と試していこう。」
アリカントは嬉しそうに、「チリリチリリ」と鳴いた。とても可愛らしい鳴き声だ。
本来の予定では、最後にルウィージェスの魔法で洞窟を閉ざすことになっていた。
だが、今は土属性の精霊アリカントがいる。
まだ使える魔法もなく、魔法を使ったこともないが、洞窟を埋めるだけだ。特に高度な技術も微調整も必要ない。
「アリカントがいるなら、ぼくじゃなくてもいいね。」
突然のルウィージェスの言葉に、思わず首を傾げる団長二人。
「ん?ほら、当初は、最終的にぼくがこの洞窟を閉鎖させる予定だったけれど、アリカントがいるから、アリカント、この洞窟、閉鎖させてみない?」
「チ?!」
生まれてまだ1時間程度しか経っていないアリカントは、精霊王の言葉に絶句する。
精霊は豊富な魔力に恵まれ、高い魔力制御力を持つが、アリカントは、まだ使える魔法を持ち合わせているだけでなく、魔法そのものを使った経験がない。
それに対して、この巨大な洞窟の閉鎖をさせる??
エルンストとクラウスも、アリカントと同じ理由で驚く。
大人しくしているが、サラマンダーとフラウも、同じく驚いていた。
「使う魔法はぼくが選ぶし、魔法陣を展開して魔力を流すのはエルンスト団長だから、アリカントは、魔法陣に流れた魔力を使って、魔法を施行すればいいだけだよ。アリカントはエルンスト団長の魔力から生まれた精霊だから、アリカントにとって、エルンスト団長の魔力は他人の魔力ではないしね。」
それはアリカントが一番分かっている。
アリカントにとって、一番の不安材料は、自分は魔法を使った事がない、という点だ。だが、ルウィージェスの説明を聞いて、アリカントなりに、それならば、と納得した。
それに、とルウィージェスは思う。
――――全属性持ちの術の魂なのに、何故、使える属性を絞っているのかわからないけれど、ま、大丈夫でしょう。
そう、術の魂は全属性持ち。肉体に制限を掛けているようだが、そんなの、魔導王のルウィージェスからしたら、全く関係ないし、問題ない。
もし、無施錠属性以外の魔術の施行が何らかに影響を及ぼす危険性があるのなら、エルンストの管轄が自分に移管された時点で、エムラカディアから何らかの忠告なり警告なりがあった筈。それが全くなかったということは、そういう意味で属性を制限させているという訳ではないということだ。
元々、術の魂の持ち主であるエルンストの魔力は全属性に対応している。土属性の精霊が土属性魔法を施行するのに、全く支障はない。
「アリカントも何らかの形で感じていると思うけれど、エルンスト団長の魔力制御力は、はっきり言って人外のレベル。アリカントが少々無茶したところで、動じないから安心していいよ。」
『人外のレベル』という言葉に驚く団長二人だが、カリンは、エルンストが術の魂の持ち主であると確信した。
新しく生まれたばかりのアリカントは、エルンスト以外の魔力を知らない。だから、まだ、エルンストの魔力制御力が他と比べてどのくらい凄いのか、全く分からないが、全く不安は感じていない、という点は理解している。
「それじゃ、一旦外に出よう。アリカントも外の世界、早く見てみたいでしょう?」
その言葉に、アリカントは素直に頷いた。
この洞窟内で生まれたアリカント。もし従来の形で生まれていたら、外に出る機会は得られなかった可能性もある。何故なら、妖精アリカントが棲む場所が、精霊アリカントが存在する場所だから。妖精アリカントが必要として初めて存在出来る、本当に小さな、弱き者。それが、精霊アリカント。
妖精アリカントは鉱山の妖精で、精霊アリカントは、妖精アリカントの眷属で、侍る存在。
妖精アリカントの主食は鉱物。鉱物全般を食すが、好物は金と銀。精霊アリカントは、妖精アリカントの主食を奪う者たちを排除する為に存在する小さな者たち。
それが、妖精アリカントの眷属ではなく、神鳥の眷属となった。しかも、精霊王に近い者と契約し、実体を得て、外の世界で生きることになった。
精霊アリカントとして生まれた以上、精霊アリカントの生態は魂に刻み込まれている。他から教えて貰わなくても知っている。
だから、如何に自分が従来から外れた存在なのかを分かっている。そして、神の称号を持つ者の眷属となったことで、本来得ることのない魔力量と力を得たことも気付いている。
でも、今はまだ、何も出来ない存在。何も知らない存在。それをアリカントはちゃんと自覚している。
アリカントは生まれて初めて太陽の光を見た。
「アリカント、眩しくないか?」
エルンストが尋ねた。
「ちょっとびっくりした。だいじょうぶ。もうなれた。」
まだ舌足らずな話し方だ。
「まだ生まれたばかりだから流暢には話せないけれど、一緒に過ごしているうちに、どんどん言葉を覚えていくから。」
「ふふ、ランとの会話を思い出しますね。」
「うん、そんな感じ。」
ルウィージェスとエルンストは、少し離れた場所から、藍がもの凄い速度で自分たちに向かって来ているのを感じ取った。
「ラン、エルンスト団長の近くに知らない気配があるから、慌てているみたいだね。」
エルンストは苦笑するしかない。
アリカントが「チチ」と鳴いた。
「そう、あの青い鳥が『魔道神鳥』ランだよ。ラン!」
藍の姿を認めたエルンストは、左手を高く上げ、藍に着地点を示した。
「ぴぴ~」
誰?と聞いているようだ。慌てているのか、念話すらせず。
「ラン、まぁ、慌てるな。アリカント、紹介するよ。『魔道神鳥』ラン。私はランから『魔道神鳥のお気に入り』という守護の加護を頂いている。ラン、この精霊はアリカント。この洞窟内で生まれたばかりだから、色々と教えてあげて欲しい。」
「ラン、この精霊アリカントは、色々な偶然が重なって、エルンスト団長の魔力から生まれた精霊だから、ランも気付いている通り、エルンスト団長と同じ魔力を持っている。本来なら、エルンスト団長の眷属になるわけだけど、神の称号を持っていないからね。アリカントはランの眷属になる。ラン、おめでとう。精霊の眷属を得たよ。」
藍はエルンストと見て、エルンストの右肩にいるアリカントを見る。
『ランだよ、アリカント。属性は守護神。アリカントは土属性だね。』
「うん、しんちょうさま。」
『ランでいいよ。』
「うん、ランさま。」
藍はエルンストの右肩に止まるアリカントの隣に降り立ち、小さな嘴で、アリカントの頭を撫でた。すると、ほんのりと、一瞬だがアリカントが光った。
「うん、これで完全に眷属化したね。」
アリカントは何かを感じたようだ。羽根を広げて、パタパタしている。
「大丈夫だよ、アリカント。アリカントは自分の眷属だ、という印を付けただけだから。」
その様子を見ていたクラウスが、アリカントに声を掛けた。
「アリカント、後で自分に加護をくれた『魔道神獣』の雪狐のニックスと、ニックスの母親ミルと弟シュネを紹介するよ。」
「しんじゅうさま?」
「あぁ、俺はニックスから『魔道神獣の絆』という守護の加護を頂いている。」
「だから、まりょく、やわらかい?」
「柔らかい?あ、あぁ~、そうだよ。」
クラウスがアリカントにニックスの話をしていると、近付いてくるニックスの気配に気付く。
「ニックスまでこっちに向かって来ているけど、先に始めようか。」
そういうと、ルウィージェスは魔力の可視化で、魔法陣を作り始めた。
時々、アリカントの方を向いて、何かを確認している。
「うん、これでやってみよう。エルンスト団長、アリカント、これは(仮)【土魔法:土砂充填】。」
そう言いながら、宙に魔法陣を出した。
「…仮、ですか?」
クラウスが少し首を傾げながら聞いた。
「うん、今作った魔法だから、ちゃんとした魔法名がないから。」
「ほぉ、完全オリジナルですか!」
「うん。穴を開けるとか、開けた穴を塞ぐとかならあるんだけど、洞窟内を土砂で埋め尽くすという魔法は、ちょっと思いつかなかったから、島を作る魔法の縮小版みたいな感じのを作ってみたんだ。」
エルンストとクラウスは、思いもよらない巨大魔法の縮小版と聞いて、度肝を抜かれる。
最近はめっきり魔導王魔法に驚かなくなっていたが、エルンストは魔法の深淵を改めて感じ、クラウスは思考を放棄した。
クラウスは、近付いてくるニックスの気配の方に意識を向け、これから魔法を施行するエルンストとアリカントは、宙に浮く魔法陣に集中する。
「アリカント、これからこの魔法陣の魔力の流れを再現するから、見ててね。」
アリカントには、魔力の流れを再現する、という意味が理解出来なかったが、大切な事だというのは理解し、頷いた。
「【創造魔法:魔法陣読解】展開」
ルウィージェスが唱えると、魔法陣の中を光が流れ始めた。
「チリリ・・・・」
小さな嘴を開いている。驚きの余り呆気に取られているようだ。
『アリカント、かわいいね。』
藍がエルンストに念話で話しかけた。
『本当に。』
初めて【魔法陣読解】を見た時のことを思い出す。遠い昔のように感じるが、あれからまだ1年経っていない。
――――そうだ、まだ1年経っていないのだが…。本当に、ルウィージェス様と出会ってからの時間が、…濃いな…。
ルウィージェスと初めて出会ったのは、王都で初雪が降り、冬が深まる直前だった。
魔法陣の中を流れる光は終わっているが、アリカントはじっと魔法陣を見つめたままだ。
「もう一度流す?」
ルウィージェスがアリカントに問う。
「チリリ!」
羽根を広げて是と答えた。
恐らく、驚きの余りに、流れを追えていなかったのだろう。
ルウィージェスが再度【魔法陣読解】を唱えると、今度は、嘴をしっかりと閉じ、真剣な眼差しで魔法陣内を走る光を見ている。
光が消えると、アリカントはルウィージェスを見て頷いた。
「それじゃ、やろうか。」
エルンストも姿勢を正した。
「エルンスト団長は、土魔法を発動させると思って、魔法陣に魔力を込めて貰える?アリカント、一度にこの洞窟を埋めるのは無理だから、複数回に分けてやろう。初めて魔法使うからね。とにかく、魔法陣に込められた魔力を発動させるだけでいいから、やってみて。」
「チリリ!」
力強く返事をするアリカント。不安は吹っ切れたようだ。もしくは、開き直った。
アリカントは初めて魔法を発動させる。何が起こっても対応できるよう、エルンストは、足元に転がる小石をどかして、しっかりと足場を作る。
魔法杖は使わないが、一応直ぐに使えるよう、アイテムボックス内から出しておく。
それを見たクラウスが、魔法杖を持つとエルンストに伝え、小さく「頼みます」と言い、魔法杖をクラウスに預けた。
クラウスの足元では、藍より少し遅く着いて、ちょっと悔しい思いをしていたが、クラウスと合流して機嫌を直したニックスが、アリカントを不思議そうに見ている。
右肩に止まるアリカントを見る。アリカントも、エルンストを見て頷いた。
「【土魔法:土砂充填】」
エルンストは、両手を前にだし、多めの魔力を込めて魔法陣を展開した。
「アリカント、この魔法陣は、魔法陣に魔力を送り込むイメージをして、魔法を発動させるんだよ。」
アリカントは、魔法陣の前まで飛んでくると、目を閉じ、魔力を送り始めた。
魔法を発動させるのは初めてだからか、魔力を送り出す、という簡単な作業の感覚がいまいち掴めないようだ。
力を込めているのだろう。目をぎゅっと閉じて、羽根をバタバタと勢いよく動かしている。
ルウィージェスが、アリカントの体に向けて人差し指を指し、すーっと体から頭の方へ指を動かした。
アリカントはバタバタさせていた羽根を止め、驚きに目を開き、ルウィージェスを見た。
「今のが、魔力が動く、という感覚だよ。」
「チリリチリリ」
今のでアリカントは、魔力を動かす感覚を掴んだようだ。
今度は、しっかりと目を開き、上下にバタバタさせていた羽根を大きく上に広げ、そして、勢いよく羽根を前方へ動かした。動きとしては、羽根を使って、手前側に風を送り込もうとしているような感じだ。
魔法陣にアリカントの魔法が届いた瞬間、魔法陣が光った。
エルンストは、両手を下げて、魔力を送るのを止めた。
そして、遠くの方から、ドドドドドドドドドと音が聞こえてきたと思ったら、地響きで、地面が少し揺れ始めた。
「うん、無事に発動して、土砂で穴を埋め始めたみたいだね。」
流石、島を作る魔法を参考にして作った魔法だ。見えてはいないが、派手だ。
どうやら、地響きにも聞こえる音と地面の揺れは、団長二人の帰りを待つ団員たちの所にも伝わったようだ。
複数の足音が聞こえてきた。
「驚かせてしまったみたいだね。」
ルウィージェスが苦笑いしている。
「そのようですね。」
エルンストも苦笑する。
走って来たのはアダルベルトとウィルヘルム兄弟と、現在はクラウスの副官として参加しているベルント・フォン・クリューガーだった。
「ルウィージェス様、カリン様、クラウス団長、エルンスト団長、御無事ですか?」
走りながらアダルベルトが声を掛けてきた。
「ごめ~ん、驚かせてしまったみたいだね。」
アダルベルトに答えたのはルウィージェス。
軽くだが、上がった息を整える三人。
そして、創造神の眷属となっているケーニッヒ兄弟が気付く。エルンストの前に浮かぶのと、クラウスの両肩にいる、見慣れぬ小さな生命体に。
二人して、「絵本に出てくる精霊みたいだ」と思ったが、精霊は見えない存在。二人して、精霊である可能性を否定した。
「え、えっと…、」
何と聞いたら良いのか、言葉に詰まるアダルベルト。
二人は精霊に気付いたが、クラウスが佩いている剣と鞘が変わっているのに気付いたのは、精霊の姿が見えない副官ベルント。
「あれ、クラウス団長、剣と鞘が変わっていますよね?なんか、凄く立派な物に。」
「あぁ、」
クラウスは、腰から鞘ごと外し、三人に見せた。
「な、なんですか、これは!!なんて立派な、」
ベルントは驚きながらも質問出来たが、ケーニッヒ兄弟は「おぉ~」と異口同音で感嘆の声を上げるのが精一杯で、言葉にならない。
「シューバート侯爵家に代々伝わる剣、精霊剣だ。実家に保管してある精霊剣はもう寿命で使えないらしい。ルウィージェス様が新しく作ってくれた。」
クラウスの声は誇らしげだ。
精霊剣と聞いて、ケーニッヒ兄弟はクラウスの両肩とエルンストの前に浮かぶ、小さな生命体に目が行く。
「精霊剣、…精霊??」
副官ベルントには、二人の反応の意味が分からず、ケーニッヒ兄弟の視線を追って、クラウスとエルンストを見る。
「あぁ~、二人は、…そうだったな。」
クラウスは危うく「創造神の眷属」と言いそうになり、慌てて誤魔化した。
「これは精霊剣だからな。精霊と契約した。夜にゆっくりとこの件に関しては説明するよ。」
クラウスは、どうしたらよいのか分からず、おどおどしているアリカントを見ながらそう言った。
「色々と質問はあるかと思うけれど、とにかく、予定していた時間を遥かに過ぎているから、急ごう。」
ルウィージェスはそう言うと、アリカントに小さな光る物を見せた。
「はい、アリカント、これは精霊金。初めて魔法を使ったからね。魔力はまだまだあるけれど、一応、体力を戻しておこう。」
アリカントはルウィージェスの掌の上にある、小さな精霊金を見た。
「おいしそう!」
「少しずつ、魔法を使って体を慣らしていこう。慣れたら、精霊鉱石、食べなくても大丈夫になるから。」
「はい。」
キャンディーでも食べるかのように、アリカントは小さな精霊金を嘴で掴むと、口の中に放り込んだ。
「おいしい♪」
精霊が見える面々には今の光景がちゃんと見えていたが、精霊が見えないベルントには、ルウィージェスの掌から金色の小さな物が急に浮いて、消えたように見えていた。
「はぁ?!」
ベルントはプチパニックに陥っていた。
「ベルント、今の光景も含めて、夜に説明するよ。」
ポンとベルントの肩を叩きながらクラウスが言うと、ベルントは、クラウスを正面から見て、それ以上質問するのを諦めた。こういう顔の時のクラウスは、意見を曲げない。
「はぁ、分かりました。ちゃんと説明、お願いしますよ。」
「あぁ、分かっている。」
苦笑いしながら答えるクラウス。
ルウィージェスがエルンストに魔法陣にもう一度魔力を込めるよう伝えた。
今回も両手で満遍なく魔法陣に魔力を送る。
「アリカント、もう大丈夫。安心して、土属性精霊の力を出してみて!」
「はい。」
アリカントは、先程と同じように、羽根を大きく上に広げた。そして、先程は羽根を前側に大きく出しただけだったが、動作は同じだが、小さな体が少し光った。
今回は、アリカントが羽根を動かしたのとほぼ同時に、魔法陣が光った。
そして、土砂が大量に流れる音と、地響きで地面が揺れる。
「さっきよりも音、大きいな。」
「えぇ、揺れも大きく感じますね。」
「アリカントが、魔力を送る感覚を完全に掴んだ結果だね。」
ルウィージェスは、満足いく結果にうんうんと頷いている。
「この魔法は、上級ですか?」
聞いたのはエルンストだ。
「そうだね、アリカントにとっては中級に相当するかな。本来なら上級になるかもしれないけれど、加護を受けているエルンスト団長と同じ魔力を持っているからね。規模と見た目の割には、消費魔力量は多くないと思うよ。」
「ほぉ~、」
――――自分だったら、上級か、それ以上になるだろうな。
エルンストはそう思ったが、アリカントはエルンストの魔力を持っている。
実は、エルンストにとっても中級なのだ。今は、土魔法は封印されているが。
その時、洞穴の入り口の奥が白っぽくなった。
それを見たルウィージェスは慌てて入り口に結界を張った。
「土埃が入り口にまで流れてきたね。まだ二回しか放っていないけれど、結構埋まっているみたいだ。」
それを聞いたカリンは神術で、洞窟内を探査する。
「王がいた空間は完全に閉ざされましたね。残るは、四本の通路と、入り口付近の、広い空間ですね。」
「今、私も風魔法を流してみたのですが、通路までは風が流れるのですが、それ以上奥には行きませんでした。たった二回で、あの広い空間を埋めてしまったのですね。凄い。」
エルンストの右手の指が何度も動く。色々と風の流れを変えて確認しているようだ。
――――エルンスト殿は、放った魔法が魔法線で繋がっている事を知っているのか?それとも、そういうものと思って、風を操っているのか?
エルンストの様子を見ていたクラウスだが、その様子を見ていたのはサラマンダー。サラマンダーには、何となく、クラウスが考えている事が分かった。
「魔法線の事を考えているんだろう?多分だけど、エルンストは、魔法線に気付いていないと思うぞ。魔法線が、ちょっと不安定なんだよ。だけど、あんな不安定な魔法線で風を操るんだから、フォーゲルの時もそうだったけど、大したもんだよな。」
魔法線が見えているサラマンダーがそう言うと、フラウも、
「凄いね、エルンストは。あんなに不安定な魔法線を器用に操って。」
かなり感心しているような口調だ。
クラウスの足元では、藍がニックスに説明している。
ニックスの尻尾がブンブンしている。仲間が出来たのを喜んでいるようだ。
地響きが落ち着いた。
「アリカント、どう?もう一回試せそう?それとも、今回はこれで休む?」
初めて魔法を使ったアリカントは、ちょっと興奮気味だ。
「せいれいおーさま、もういっかい、やってみたい。」
「分かった。」
そう言うと、小さな精霊金を与え、ルウィージェスはアリカントに洞窟内の様子が分かるように、魔法陣の隣に洞窟内の地図を出した。
「これは【空間魔法:地図】で出した、洞窟内の様子ね。赤くなっている場所が、既に埋まった場所。青い場所が、まだ埋まっていない場所。ちょっと分かれているの、分かるでしょう?」
「はい。」
アリカントだけでなく、エルンストも地図を見ている。
「今度は、ただ魔法陣に魔力を流すだけでなく、どこを埋めるか考えないと、効率的に埋められないばかりじゃなくて、消費魔力量も増えてしまうから、気を付けないといけないんだ。」
アリカントは頷いた。土砂を埋める場所を決めたようだ。
エルンストは、アリカントが自分を見たのを確認し、再度魔法陣に魔力を送った。
アリカントが大きく羽根を羽ばたかせる。
そして、再度起こった大きな土砂の音と地面の揺れ。
クラウスも地図を見ている。
騎士団の中にも魔法を使える者は結構いるが、総じて、魔術師団員程の魔力量は持っていない。騎士団の方が、効率的な魔術の施行方法というのは大切かもしれない。
「この地図魔法というのは、空間魔法が使える者なら、魔法陣が分かれば使えるものですか?」
「ん~、誰でも使えるという訳ではないかな。理想を言えば、風魔法で、ある程度探査を行った後に、地図を描いた方が、消費魔力を大幅に減らせる。もしくは、今回のように、一度攻略してある程度の地図が分かっていれば、かなり魔力消費を抑えることが出来る筈。そうすれば、一定以上の魔力制御力を身に付けた人だったら、なんとか、出来るかな?」
「何も情報がないところから、地図を描こうとすると、相当な魔力を必要とする、ということか。」
「この魔法は、精査も同時に行っているから、単一の空間魔法だけど、性格的には風魔法の混合と思ってくれていいと思う。」
そう言ったルウィージェスだが、
「ん?出来るか?」
そう呟くと、魔力の可視化で魔法陣を描き出した。
その様子を見ていたエルンストには、それが風魔法の魔法陣だと分かった。
「エルンスト団長、これ、ちょっと試してみてくれる?」
そう言うと、宙に魔法陣を出し、魔力の流れを見せた。
「これは、風魔法の【探査】と、…【リング】?」
「そう。【風魔法:探査】と【風魔法:リング】の多重魔法。【リング】は太さも長さも自由自在に変えられるから、【探査】で調べた道筋を【リング】で表わしてみよう、と試みた魔法陣。」
「【リング】…ですか…。」
思わぬ使い方に驚いたエルンストだが、とりあえず試してみることにする。
「【多重風魔法:地図】発動」
魔法杖使わずに、宙に描かれた【地図】を見ながら発動させてみた。
「おぉ~、」
クラウスから声が漏れた。
ルウィージェスが出した空間魔法による【地図】よりかは簡略化された物だが、十分に地図として使えるものが現れた。
「エルンスト団長、消費魔力量はどのくらいだ?」
アダルベルトたちがいるからだろう。肩書を付けて呼んだ。
「恐らく、これは初級としては少し多めかと。私で魔力消費量は4でした。」
クラウスも風魔法を持っている。
「俺も試してみるか。」
サラマンダーもフラウも風魔法は使えない。純粋にクラウスの魔力で行う必要がある。
「【多重風魔法:地図】発動!」
クラウスも何の問題なく発動出来たが、風の神鳥ヴェズルフェルニルの加護を持つエルンストよりかは、消費魔力量は多かった。
「多少増えるが、それでも魔力消費量7だ。これ、使えるな。」
その様子を見ていたクラウスの副官ベルントが手を上げた。
「すみません、私も風魔法を持っているのですが、使えるでしょうか?」
本来のベルントの役職は、王都における警邏部長。盗賊などの制圧時に、アジト内の構造を部下と共有できる、と考えての発言だ。
「ベルント副官は、旧【風球】もしくは旧【風槍】を使っていた時、どのくらいの魔力量を必要としてた?」
「はい、ルウィージェス様、旧【風槍】を使う機会が多かったのですが、昔は13程度の魔力を必要としていました。」
「なら、使えると思う。試してみて。」
「失礼いたします。」
ベルントは魔法陣の近くに移動してきて、魔法陣を覚えようとしている。
クラウスが、小声でルウィージェスに聞いてきた。
「旧初級魔法の消費魔力量が、どの程度までなら、安全に発動できるのでしょうか?」
「旧魔法陣で、魔力消費量が15以下の人なら、それなりに魔力制御力があるという意味になるから、【探査】が旨く使える、という目安になるよ。」
「なるほど!」
大きく頷き、納得したのはエルンスト。
クラウスも、「あぁ~」と言いながら頷いている。
「初級の風魔法にしては、ちょっと魔力消費量が多いな、と思ったのは、【探査】の所為ですか。」
「うん、だから、知らない場所や、探査範囲が広いと、それだけ魔力を消費してしまう。」
「納得です。」
エルンストに続き、クラウスも頷く。
ベルントも、魔法陣を覚えたようだ。
「【多重風魔法:地図】発動!」
明らかに緊張していると分かる声音で唱えた。
「出来た…。」
「ベルント、多重魔法、過去に発動させたこと、あるのか?」
見事な出来に、思わずクラウスが問う。
「いえ、初めてです。」
それを聞いたエルンストが呟いた。
「なるほど。旧初級魔法15以下、ですか。」
「だな。」
(仮)【土魔法:土砂充填】が終わったようだ。入り口に張った結界から見える土埃が完全に落ち着いた。
「それじゃ、残りはぼくがするか。」
アリカントは、エルンストの右肩に乗っている。かなり疲れているようだ。完全に足を折りたたんでいる。
「アリカント、魔法杖の中で休みますか?」
「そうする。」
エルンストの問いに素直に答え、アリカントは魔法杖の台座を修飾する精霊金銀の中に入って行った。
「(仮)【土魔法:土砂充填】」
ルウィージェスがそう唱えると、先程よりも大きな音と地面の揺れが起こった。残りの空間、一気に閉じるようだ。
魔法杖の中に入って行くアリカントを見ていたエルンストが「あ、」と小さな声を上げた。
「ルウィージェス様、アリカントが精霊金銀の中にいる間は、魔法杖は外に出しておく必要、ありますよね?」
魔法杖で魔法の威力を増強させる必要がないエルンストは、普段は魔法杖をアイテムボックス内に入れっぱなしにしている。
「あぁ、アリカントなら大丈夫だよ。アリカントはエルンスト団長の魔力から生まれているから、杖をアイテムボックス内に入れておいても、勝手にアイテムボックス内から出て来られるよ。」
「え、そうなのですか?」
「魔法杖をアイテムボックス内に入れておいても、勝手にアイテムボックス内に入って、台座に潜り込むことも自由自在。」
「そ、それは助かりますね。」
新しい魔法杖は、とても豪華で目立つ。普段から持ち歩くには、少し目立ちすぎる。
自分の魔力で生まれた精霊が、自分のアイテムボックス内外を自由に行き来できるとは思っていなかっただけに、嬉しい情報だ。
気付くと、入り口に張っていた結界はなくなり、土砂で完全に埋まっているのが見える。
「うん、終わった。皆と合流して、先に進もう。」
魔法杖の台座内に潜っていたアリカントが出てきて、洞窟を見ている。
「行きましょう。」
エルンストが優しく声を掛けた。
「チリリ」
生まれて2時間弱が経った。本来なら生まれた場所から動く事のない精霊アリカントの冒険の始まりだ。
騎士や魔術師たちにとっては、これからが本当の正念場。
クラウスはニックスに、自分と契約したサラマンダーとフラウも紹介しながら歩いている。
藍もサラマンダーとフラウと挨拶する。
精霊たちは、神の称号を持つ藍とニックスに、始めはどう接したらよいのか分からずにいたが、直ぐに仲良くなれたようだ。
一番年上がフラウで、その次がサラマンダー。この二人の年の差は、精霊としては大差ない。そして、ぐっと若くなって、藍、ニックス、そして生まれて2時間のアリカント。
合流地点に付いた時には既に、フラウとサラマンダーは、姉、兄的な立場を確立していた。
第37話から続いた洞窟討伐戦が、やっと、全て完了いたしました。
本当にやっと終わりました。
書いた当初は、ここまで長くなる予定はなかったのですが、時間の経過とともに詳細な部分も明確に形になってきて、結果、こうなりました。
漸く、ライラン領までに存在する村々へ向かいます。
次は、来週8月8日(土)20:00公開予定です。
第54話 「ゴブリンの襲撃⑲―5つ目の村―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




