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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第52話 「ゴブリンの襲撃⑰―洞窟の閉鎖⑥アリカント―」

 おー、前回に引き続き、オレ様、サラマンダーの出番だそうだ。

 流石魔導王を兼任している精霊王だよな。色々な魔法を知っている。

 オレも結構な年月を生きてきて、シューバートの剣に宿ってからも、様々な魔法に触れてきたが、精霊王が教えてくれる魔法は、全く威力が違う。

 そうだな、やっぱ、一番違うのは、操作性かな。

 オレの分身は、当たり前だが、本体のオレ程、旨く魔力を操作できない。

 オレにとっても、分身にとっても、シューバートの魔法が一番操作しやすかった。ヴェルトの魔法はその次くらいだった。

 他の者たちの魔法は、全く出来ない訳ではなかったが、オレが満足できるようなものではなかったな。

 酷かった腐毒が改善された後は、剣に宿る神力が減ってしまったのもあって、魔素そのものが硬くって、オレの分身たちは、全くと言っていいほど、操作出来なくなっていた。

 オレですら、殆ど扱えなかったからな。あれは酷かった。

 今回、改めて精霊界から出てきて知ったのだが、魔素は、あの時よりも硬くなっていた。

 シューバート、いや、今はクラウスか。クラウスが神獣の加護を受けているから、魔力が柔らかくなっているのは分かったが、それ以上に、精霊王が教えてくれる魔法陣から放たれる魔法は、本当に操作しやすくって、分身どもも喜んでいる。

 魔法陣であんなに魔法の質が変わるとは、思ってもみなかった。

 昔は、魔素が柔らかかったから、あの魔法陣でも支障なかったんだろうな。

 今の硬い魔素で、あの魔法陣から魔法を放つのは、かなり大変なんじゃないかな?

 そういう意味でも、精霊王が教えてくれる魔法をクラウスが覚えてくれるのは、有難いね!

 クラウス、がんばれよ!

 オレの為にも。

 王(キング)が居た大きな空間に辿り着いたクラウスたち。

 ぱっと見た感じ、残っているのは10匹くらいだが、目視では確認取れないが、もう少しいる気配がある。


 左側にいたゴブリンで、エルンストたちが辿り着く前に、こっち側まで逃げ切った最後の生き残りと思われる。もしくは、アダルベルト班が途中で「目隠し通路」と思われる罠を通ってしまい、ウィルヘルム班と合流してしまった為に、通らなかった場所に潜んでいた残り。

 クラウスたちは結界内を進んだために足音が全くせず、目の前に現れるまで、気配にすら全く気付く事が出来なかったのだろう。

 いきなり現れたクラウスたちに、驚きの余りに凍り着き、身じろぎ一つ出来ず、目を大きく見開き、クラウスたちを見ている。


 クラウスは手に持つ精霊剣を見た。

「あ、そうだ。ルウィージェス様、この剣は、普通に切る事も出来るのですか?」

「勿論出来るよ。精霊を棲まわせているから精霊剣という名前が付いているけれど、機能は普通の剣と同じだよ。普通の剣と違うのは、刃こぼれが、余程の事がない限りはしないから、簡単な手入れだけで済むという事かな。」

「おぉ~、それは、こういう長期遠征の時は有難いですね。」

 クラウスが動いたのが引き金となり、ゴブリンたちの本能が目覚め、脱兎のごとく逃げ出し始めた。

「あ、逃げた。」

 サラマンダーが呟いた。

「見事に、みんな別々な方向に逃げてくれたな。」

 クラウスは、サラマンダーの言葉の意図に直ぐに気付く。

「この広さの空間を、たった10匹程度のために高温にするのは、魔力の無駄遣い、だよな。」

「確かに~。」

 ルウィージェスもサラマンダーの呟きの意味に気付き、頷きながら同意する。


 クラウスの魔力は完全に回復しているとはいえ、ルウィージェスの魔力で補充したことで、疲労がマスクされているだけで、自覚はなさそうだが、疲労が蓄積し始めている筈だ。

 午後、移動先にいるゴブリンの数を考えると、なるべくなら、魔力消費量は少ないが、高い威力が得られる初級魔法の多重発動で、残り最後のゴブリンを片付けたい。

「クラウス団長、今まで使った一番強い風魔法って、何?」

 クラウスは普段、火魔法を使う事が多く、あまり風魔法を使っていない。

 恐らく、【混合魔法:紅蓮疾風(クリムゾン・ハリケーン)】に含まれる【風魔法:疾風(ハリケーン)】が最強だ。

 そうクラウスが伝えると、ルウィージェスは、右の人差し指を唇に当て、考え始めた。

「今、アイテムボックスにエーギグ弦の弓矢ってあるの?」

「矢の本数は30本くらいしか入れていませんが、一応はあります。」

「なら、【混合魔法:火球暴風(ボライドストーム)】を矢に付与してサラマンダーの分身にゴブリンまで誘導してもらって、爆破させようか。今、この空間にはゴブリンが14匹いる。今度は、一度に出す【火魔法:火球】の数を絞って、細い矢の周りに少しだけ【風魔法:暴風(ストーム)】を巻き付ける。【暴風】の威力が強すぎると矢が折れるから、その辺の微調整が必要になる。どう?」

 下からクラウスを見上げるルウィージェスの顔は、ちょっと意地悪だ。

 明らかな、上級神から剣の魂への挑戦状。

 クラウスの負けず嫌いガキ大将性分が顔を出す。正直自信は全くないが、性分だから仕方がない。

「いいですね。やってみせましょう。」

とついつい乗ってしまう。

「やってやろうぜ!」

 類友のサラマンダーも、挑戦状を受け取った。

 二人とも、ダメもとだ、と割り切っている。

 ルウィージェスは、アイテムボックスから矢を数本取り出した。

「サラマンダー、クラウス団長にサラマンダーと魔力を合わせる方法を教えてあげて欲しい。」

「おぉ~、懐かしい!シューバートとの得意技だったやつだ。」

「そうなのか?」

「あぁ。昔、ひょんな事から、シューバートと魔力の波長を合わせられることが分かってな、二人で結構練習したんだ。そうしたら、お互いの魔力消費量を減らすことが分かって。波長合わせが出来ると、風魔法が無くても、投擲武器の軌道変更がかなり効く事も分かってさ。動きが素早い魔道生物でも、その場で軌道変更が出来るから、命中率も上がるし、投擲武器の節約にもなるしで、重宝してたんだぜ。」

「ほぉ~、それはいいな。俺も習得頑張るよ。」

 サラマンダーも、何故魔力消費量の現象に繋がるのか、その原理までは分かっていない、とクラウスに説明する。

「それね、姉さまが教えてくれたんだけど、投擲(とうてき)時、使うのはクラウス団長の魔力だけど、サラマンダーがクラウス団長の波長に合わせることで、一時的にでも、クラウス団長の魔力をサラマンダーが操作している形になるんだって。波長を合わせるのは簡単ではなくて、母親と乳児とか、親が子の命を助ける場面とか、そういう無意識で行う事はあるらしいけれど、意識して出来る事ではない、と姉さまも思っていたんだって。」

「ふむ。武器に纏(まと)わせるのは俺の魔力だが、サラマンダーが俺の魔力に合わせることで、放った魔法を構成する俺の魔力の主導権を握る、そういう理解でいいか?」

「うん、そんな感じ。」

「つまり、投擲(とうてき)した魔法の軌道を変えるのに、サラマンダーの魔力は一切使わず、投擲魔法に込めた俺の魔力を操作している、という事か。」

「うん。そうなんだって。」

「であれば、纏わせる魔力は多めにした方が、サラマンダーが扱える魔力が増えるから、何度も軌道を変更できるようになる。」

「うん。」

「なるほどな~。オレとクラウスは魔力を共有しているようなものだから、お互いの魔力消費量の減少に繋がっている、ということか。3000年後にようやく理屈が判明。」

「うん、単位が違うよな。」

 サラマンダーの感想には、苦笑するしかない。


 ルウィージェスから受け取った矢で【混合魔法:火球暴風(ボライドストーム)】の付与を試してみるが、これが、クラウスが予想していた以上に難しかった。

 細い矢の周りに【風魔法:暴風(ストーム)】を巻き付けるようにするのだが、どうしても簡単に矢が折れてしまうのだ。

 エルンストなら、魔法陣から風魔法の部分を読み取り、その場で編集できるが、クラウスにはそこまでは出来ない。

 そこで、ルウィージェスは、もう少し勢いの弱い魔法を作る事にした。

「クラウス団長、【火魔法:火球渦(ボライドスパイラル)】試してみない?これは単一【火魔法】で、【火球】に回転性が加わっている、どちらかと言えば、投擲距離を延ばすための魔法になるんだけど、サラマンダーの分身が回転数を上げれば、飛翔速度も距離も威力も上がる。精霊剣の使い手、クラウス団長にとってうってつけの魔法だと思う。」

 ルウィージェスは、宙に【火魔法:火球渦】の魔法陣を出し、魔力の流れを再現した。

 それを見ていたフラウが、ルウィージェスに問う。

「これって、【火球】を【氷球】に置き換えられる?」

「うん。【氷球】に置き換えれば【氷魔法:氷球渦(アイススパイラル)】になるよ。」

「へぇ~、そういう応用が利くのはいいな。」

「回転数はサラマンダーとフラウの分身がその場の判断で変更が出来る。適切な魔力量は、サラマンダー、フラウと相談すればいいし。」

「それは、その場で燃焼から爆破への変更も可能、ということか。」

「うん。近付いたら仲間が隠れていた、とか、魔法発動時には気付かなかったことへの対応も精霊の分身が行える、という魔法。」

「へぇ~、そんな魔法があったんだな。オレも初めて聞いた。」

 サラマンダーが心底感心したような口調で呟いた。

「これは神術にもあって、ある程度基礎を習得した後、応用神術を学ぶ時に練習問題として出てくる術なんだ。構造的に安定しているから、色々異なる術式を当てはめて、応用のルールを学ぶのに適した術でね。だから、魔法に長けた精霊のサラマンダーとフラウにとっても、扱いやすい術の筈。逆に言えば、そのままで使う魔法ではないから、一般向けではないよね。この魔法、使われず、消えたのかもしれない。」

 矢に【火球渦】を付与する練習をしながら聞いていたクラウスだが、『消えた魔法』という言葉が気になった。

 そもそも、クラウスの過去のシューバートも、エルンストの過去のフォーゲルも、どうやって魔法を知ったのだろうか。

 今でこそ、480年前のフォーゲル伯爵家当主で、宮廷魔術師団団長だったアデル・フォン・フォーゲルによって作成された、現在使われている魔法を網羅した魔法一覧『魔法辞典』が存在しているが、それ以前に『魔法一覧』に相当する物が存在していた、という話は聞いたことがない。

「創造神の姉さまと兄さまから聞いた話しによると、あくまでも初期、創成期に当たる時代だけらしいんだけど、ある程度文明が発展した地域に住む高い魔法の能力を持つヒト族数名に、『魔導伝道師』という役割を与えるらしいよ。意味は『指導し伝える人を育てる立場の者』だと姉さまが言ってた。これは眷属化させるのではなくて、ぼくが教会孤児院で出会ったマリーに『錬金の加護』を与えたように、『魔導伝道師』という役割の加護を与えるんだって。因みに、エルンスト団長の過去のフォーゲルさんには『魔導伝道師』という加護を与えていたらしい。エルフ族も魔法に長けた種族だから、『魔導伝道師』の役割の加護を受けた人、多いんじゃないかな?」

 精霊たちもその話は知らなかったらしく、大人しく聞いている。

「魔法が使える魔道生物の魔法を見て、ヒト族は『魔法』という物の存在を知る。自分も魔道生物のような攻撃手段を得たい、と思う人が出てくる。色々と試しているうちに、成功する人が出てくる。そういう者たちの中でも、特に、魔法の能力の高い人に、創造神は『魔道伝道師』という役割の加護を与えて、魔法を発展させるように仕向ける、らしい。魔法名は、ある程度統一されるように、創造神が誘導していくらしいよ。そうでないと、危ないからだって。ある程度魔法が普及したら、あとは、地上の者たちのがんばりに期待する、という方針に切り替えて、見守る事にする、だって。」

 クラウスは、矢に【火球渦】を纏わせる練習をしながら聞いていた。

 とても器用だ。


 クラウスは、創造神の眷属になった長兄オルトールドが、創造神から、創造神は基本的に見守るだけで、介入することはない、と聞いたという話を思い出していた。

 同時に、古い魔素問題は、地上の者たちでは対応できない、創造神が対応すべき問題だから介入すると、ルウィージェスが言っていた事を思い出す。

 二柱の言葉から、魔法の知識は一度与えたから、後は自分たちで発展させよ、という事だというのは分かる。

 実際、ルウィージェスも色々と手伝いをしてくれているが、その辺は徹底しているように見える。

 ――――だから、途中で『消えた魔法』が出てくるわけか。

 しかも、ルウィージェスから魔法陣の不具合を指摘されたのは記憶に新しい。

 クラウスは、ある程度介入した後は、見守る事に徹する、という本当の意味が理解出来たような気がした。

 

 ルウィージェスの話を聞いている間に、【火球渦】を纏わせた矢が折れなくなってきた。

「そろそろ大丈夫なんじゃない?」

「あ、そうですね。自分でも、手加減の仕方が分かったような気がしています。」

 クラウスは、敢(あ)えて軽い感じで答えた。

「よぉ~し、始めはオレがクラウスに合わせるから、合わせた時の感覚を覚えてくれ。」

「承知した。」

 今日のクラウスはワクワクの連続だ。全てが初めての経験。精霊と魔力の波長を合わせるという、今まで存在すら知らなかった技術。それをこれから経験し、自分の技とする。

「あぁ~、なんか、すげぇ~ドキドキしてきた。」

 両手で軽く頬を叩き、肩から移動して来たサラマンダーを見た。

「記憶としては覚えてなくても、絶対にどこかで覚えているから、一度すれば、感覚を思い出すと思うぞ。なんてったって、散々やったからな。」

 当時の事を思い出しているのだろう、クククっと小さく笑っている。


 ルウィージェスが向こう側に張った結界の範囲を確認し、結界の境ギリギリに立った。

 体は通路側の結界内にいるが、肘から先は、向こう側の結界内に突っ込んでいる。

 エーギグ弦に矢を引っかけて、思いっきり引く。

「【火魔法:火球渦(ボライドスパイラル)】」

 声を出して唱えた。

 矢が【火球渦】を纏うが、折れずに済んだ。

「クラウス、もう少し魔力を込めてくれ。」

「承知した。」

 クラウスは、矢を引く力はそのままに、【火球】を発動させる時に相当する量の魔力を矢に送った。

 矢に纏わりついている【火球渦】の勢いが増したが、矢は折れない。

「同時に『発動』と唱える。」

 クラウスは頷いた。そして、サラマンダーが合図を送った。

「「発動」」

 二人同時に唱え、そして

「子分どもよ、【火球】の魔力でゴブリンまで飛ばせ!」

 サラマンダーがそう言うと、前回と同様に、子分が複数現れた。数えると、14人。王(キング)の間に残ったゴブリンの数だ。

 そして、先程は全く感じなかった、自分の魔力が動く感覚を認めた。


 不思議な感覚だった。

 今まで、一度剣に乗せた魔力は、放ったら、自分からは完全に離れたものと思っていた。

 だが、今なら分かる。矢に乗せた魔力は、矢を放った後でも、自分と繋がっている事が。

 そして、その繋がっている魔力を、外部からの力で動かされている感覚。

 不快ではない。

 先ほど、ルウィージェスは、『母親と乳児とか、親が子の命を助ける場面とか、そういう時に無意識で行う事はある』と話していた。

 二年違いの息子たちが、まだまだ小さかった頃を思い出す。

 ――――そうだ、あの時。風呂の湯が子ども達には熱かったから、少し氷を入れて冷やそうとした時、シリルが氷を掴もうとして、手を出して、それで俺、慌てて氷を動かした。そう、動かした。自分の手から離れて落ちる途中の氷を。

 クラウスは、あの時の、あの瞬間を思い出す。

 何度思い返しても、あの瞬間、魔法で作った氷は自分の手から離れていた。だが、まだ湯の中には落ちていなかった。その証拠に、慌てて氷を移動させた後、その氷は床に落ちたのだから。


 そして思い出す。エルンストの魔法は、途中で軌道が変わることを。エルンストは、途中で軌道を変えることが出来ることを。

 もし、魔法を放った後、自分から完全に分離していたら、途中で魔法の軌道は、風魔法なりをぶつけない限りは、軌道を変えることは出来ない。

「エルンスト殿は、一度放った魔法の軌道を変えることが出来るのを思い出しました。サラマンダーが、俺が放った魔法の軌道を変えられるのは、放った魔法は、繋がっている、から?」

「あ、分かった?そう、一度放った魔法は、完全に消えるまで、放った本人と繋がっているんだ。だけど、放った魔法を制御し続けるのはもの凄く困難な作業でね。エルンスト団長も、魔力制御の訓練をするまでは、初級の魔法までしか制御出来なかったと思う。今は、中級魔法くらいまでなら、少し練習すれば制御できるようになると思う。」

「クラウス、分かったか!この波長を合わせるのに必要なのは、放った後の魔法の繋がりを自覚する事なんだよ。魔法線、オレたちには、線のように見えるから、魔法線と呼んでいるんだが、自覚した状態を維持出来たら、その魔法線がしっかりとするから、オレがその波長を掴んで、合わせる時間が出来るってわけさ。しかも、オレがクラウスの魔力を動かす事を受け入れていないと、波長を合わせようとした瞬間に弾き飛ばされる。」

 クラウスが不快に感じなかった理由もサラマンダーの説明で納得がいった。

「何度も練習が必要だった理由が分かるような気がする。今は全てが着弾したから、あの繋がっている感覚はないが、気のせいか、と思ったら、分からなくなってしまうような、その位にふんわりとした感じだった。」

 サラマンダーは、クラウスの左肩に戻った。

「クラウスでは初めてだから、だろうな。それでも、普通はふんわりとでも感じることはないらしいから、やっぱり、覚えていたんだな。」

 サラマンダーは、それがとても嬉しかったようだ。満面の笑みでクラウスの頬をなでなでしている。

 3000年前に、初めて契約した時には存在していたサラマンダーから見たら、38歳のクラウスなんて、少し大きな子どもにしか見えないかもしれない。

 38歳にもなって頬をなでなでされるのは、ちょっと恥ずかしい。だが、嬉しい気持ちがあるのも確か。

 ちょっと複雑。


 ところどころで火の手が上がっている。フラウが分身を飛ばし、消していく。

「全て灰になったわよ。」

 確認のために飛ばした分身からの報告を受けたフラウがルウィージェスとクラウスに伝えた。

「ありがとう。それじゃ、隣に行こうか。ちょっと急ごう。もう、エルンスト団長とカリンが、入り口近くに残るゴブリンを燃やしている。」

「大分遅れたな。急ごう。」


 本来ならアダルベルト班が通る筈だった通路を歩く。

 アダルベルト班は途中で、いつの間にか、「目隠し通路」と思われる罠を通りウィルヘルム班と合流してしまっている。その為、居館に近い通路は通っていない。

 だが、もう殆どゴブリンは残っていなかった。

 フラウの分身が偵察に出かけ、見つけ次第、【火魔法:火球渦(ボライドスパイラル)】で灰にするだけで済んだ。


 エルンストとカリンの声が聞こえてきた。雑談しているようだ。

 結界内を歩くクラウスたちの足音は聞こえないが、カリンがルウィージェスの気配を感じ取った。それから間もなく、

「エルンスト団長、カリン、お待たせ~。」

 ルウィージェスが手を振りながら戻って来た。クラウスはすぐ後ろにいる。

 カリンは、近付いてきたクラウスから精霊の気配を感じ取った。

「ルウィージェス様、精霊の気配がするのですが。」

「うん。精霊剣を渡したからね。」

「新しく作り直されたのですね。」

 二人の会話を聞くクラウスはニコニコしている。対して、エルンストは二人の会話の意味が分からない。キョトンとしているが、神族二柱の会話に入って良いものなのか、逡巡(しゅんじゅん)している。


 エルンストはクラウスの横に移動した。

「随分と遅かったですね。何かあったのですか?」

 クラウスの表情からして悪い事があった訳ではないのは分かる。だが、クラウスが通った通路は、先日、自分も通っているから分かるが、それ程多くのゴブリンは残っていない筈だ。

 エルンストには、これだけ時間がかかった理由が想像出来なかった。

 

 クラウスは何も言わず、腰から精霊剣を鞘ごと外し、エルンストに見せた。

 エルンストは、鞘に使われている材木が世界樹だと直ぐに分かった。しかも、世界樹を装飾しているはミスリル。ミスリルで細かい装飾が成されている。そして、剣からは何とも言えない、不思議な雰囲気が漂っている。

 あまりに立派な鞘にエルンストの目が大きく開かれる。驚きの余り、声も出ない。そもそも、言葉が見つからない。

「シューバート侯爵家に代々伝わる、よく分からない剣があるだろう?」

「えぇ、あの聖剣でも魔剣でも、普通の剣でもない剣、ですね。子どもの頃に何度か見せて貰った、あの剣、ですよね。」

 エルンストが初めてその剣を見たのは、まだ8歳に満たない頃だった。見せてくれたのはオルトールドだ。あの時、クラウスはまだ、母である当時のシューバート侯爵夫人に抱っこされていた。

 オルトールドから剣の説明を受けた時、幼いエルンストですら、「何それ?」と思ったことを今でもはっきりと覚えている。それだけ「聖剣でも魔剣でも、普通の剣でもない剣」という説明は、衝撃的でもあり、意味不明だった。

「あれさ、なんと精霊剣だったんだよ。」

「精霊剣?…精霊?!」

 クラウスに聞いて、何となく復唱したエルンストだが、その言葉の意味を理解した途端、大きく驚く。

「あぁ。しかも、あの剣、本来は俺が継承する筈だった剣らしいぞ。フォーゲル伯爵家の魔法杖が寿命を迎えていると知って、ルウィージェス様が新しく作って下さっただろう?」

 クラウスに言われて、アイテムボックス内から古い方の杖の新しい魔法杖を取り出す。

「実家にあるあの剣、この古い方の魔法杖と同時期に創造神様から拝領したらしいのだが、この古い杖同様に、あの剣も、もう、寿命がきていたらしい。」

「それで、新しくルウィージェス様が作って下さったのが、この剣、ですか?」

「あぁ。」

 そう言いながら、クラウスは剣を鞘から出した。剣を出した途端、エルンストを驚かせるために剣の中に隠れていたサラマンダーとフラウが飛び出した。

「へぇ?!」

 エルンストが貴族当主らしからぬ、間抜けな声を出した。

「よぉ~、フォーゲル、久し振りだな~。」

 サラマンダーは爆弾投下が好きらしい。エルンストは、サラマンダーの言葉の意味が理解できず、呆けてしまう。

 そもそも、精霊は存在しているが、妖精の系譜であるエルフなど以外のヒト族には視ることは叶わない存在と言われている。

 それが視えるだけでなく、声までかけてきた。しかも、自分の姓を知っている。

 一瞬呆けてしまったエルンストだが、サラマンダーの言葉を反芻(はんすう)させ自分なりに理解すると、サラマンダーの挨拶は、知っている人に対するものであることに気付く。

 エルンストは、自分を知っているのか、と質問しようとしたが、そもそも、声を掛けてくれた精霊が何の精霊なのか、まだ教えて貰っていなかった。その前に、何故自分に精霊が視えるのか、精霊の声が聞こえるのか。質問は山ほどあるが、ともかく、何故自分を知っているのか、それを知る事が最優先と考えた。

「あ、あの、精霊様、今、私をフォーゲルと呼ばれましたが、私をご存じでらっしゃるのですか?」

 サラマンダーは、クラウスに自分の記憶がなかったことからも、エルンストにも記憶がないことは予め予想が付いていたから驚かない。

「おぉ~、知ってるぞ。今はエルンストという名前らしいな。」

 サラマンダーは、フォーゲルを驚かせることが出来て満足そうだ。

「オレはサラマンダー。まだお前がフォーゲルだった時に、創造神が作った精霊剣に棲んでいた精霊だ。」

 サラマンダーの説明は、簡単すぎて意味不明だし、そもそも、内容がエルンストの理解を超えた。

「まぁ、その辺の話は夜にしよう。皆、待ちくたびれているよ、きっと。」

 エルンストとサラマンダーの話を聞いていたルウィージェスは、一旦、洞窟から出て、洞窟を閉鎖させる事を優先させることにした。

 既に、時はとっくに昼を過ぎている。

「そうだな。今日中に隣の村までは行きたい。」

「そ、そうですね。先ずは、先に進みましょう。」

 団長二人は、ルウィージェスの言う事はもっともなので、そこは同意する。


 その時、ふわふわと一人の精霊が近づいてきた。いや、一羽の精霊と言うのが正しい。

「あれ、アリカントだ。」

 はっきりと精霊の姿が視える精霊王ルウィージェスが、驚きの声を上げた。

「珍しいね、ここ、鉱山ではないのに。しかも、ここには妖精アリカントもいないのに。」

 下級神の資格を得ているカリンにも精霊の姿は視えている。従属神だった時のカリンには、精霊は光の玉にしか見えていなかった。まだ手続きはしていないが、自分が下級神と同等となっていることを実感でき、密かに喜んでいた。

 精霊剣の主となったクラウスにも、光玉が見えている。契約していない精霊だからだろう、とクラウスは理解していたが、同時に、光玉としてでも、契約していない精霊が見えることに感動していた。

 エルンストだけが何も見えず、キョトンとしている。

 クラウスには、光玉がルウィージェスの前で止まっているのが見えている。

「あぁ~、なるほどね。そう、その人は神鳥の加護を受けているよ。」

 ルウィージェスのその言葉で、自分の事を話していると理解したエルンスト。

「別に構わないと思うけど、聞いてみる?」

 ルウィージェスはエルンストに声を掛けた。

「エルンスト団長には見えていないと思うんだけど、今ここにね、土属性で鳥の精霊アリカントがいるんだ。アリカントというのは、鉱山に住む妖精アリカントの眷属なんだけど、エルンスト団長の魔力で生まれてしまったらしんだよね。」

 その言葉に、エルンストは勿論、クラウスとカリンも驚く。

 驚いたのはサラマンダーとフラウも同じようで、二人はアリカントに近付き、話し始めた。

「洞窟内という閉ざされた空間で、神鳥の加護の影響を受けている魔力を大量に放出したからね。その上に、カリンが神術結界を張っていたから、どうやら、精霊が生まれる条件が整ってしまったみたい。ただ、余りに純粋な魔力から生まれてしまったから、古い魔素が多いこの大地では、そう長く存在し続けられないと思うから、一緒に付いて行きたい、と言っているんだ。」

 ルウィージェスは、右頬をカリカリしながら続けた。

「ぼくが精霊道を開いたのが、決定打になったんじゃないかな、と思う。一瞬でも、精霊界と繋げたからね。」


 正直なところ、ルウィージェスにとっても、新しい精霊が生まれるのは予想外だった。

 元々、この惑星は創造神によって、精霊の数も力も制限されている。その上に、古い魔素の滞留で、精霊にとっては「硬い魔力・魔素」になっていて使いにくくなっている。

 エルンストは『魔道神鳥』藍の加護を受け、クラウスは『魔道神獣』ニックスの加護を受け、魔力そのものが純化され、魔法を施行する度に、古い魔力・魔素は浄化される。

 その上に、今回は、エルンストに同行したカリンの神術結界により洞窟内が清浄化され、同じ洞窟内にいた精霊王たるルウィージェスの存在により、新しい精霊が生まれる条件が整ってしまった。

 そこに、ルウィージェスが精霊剣に宿す精霊を呼び出すために、精霊道を開き、精霊界と繋げた。

 おそらく、それが、アリカントが生まれた瞬間だったと思われる。

 その後、形が整い、動けるようになったので、エルンストの魔力を辿ってここまで来た、ルウィージェスはそう考えた。

 鳥型の精霊で土属性のアリカントが生まれたのは、エルンストが神鳥の加護を持ち、洞窟内という土属性の精霊が一番生まれやすい環境だったからだろう。


 ルウィージェスは、エルンストにも光玉としてアリカントが見えるように、【精霊魔術:精霊空間】を唱えた。

 エルンストにも光玉としてだが、アリカントが見えるようになった。

「今はまだ契約していないから光玉にしか見えないと思うけれど、この光玉が鳥型土属性精霊アリカント。クラウス団長がサラマンダーとフラウと契約したと同じように、アリカントと契約するの、どう?」

「何と言うか、私と契約して下さるのなら、是非とも、喜んで。」

 エルンストの視線は突如ルウィージェスの前に現れた光玉に釘付けになっている。

 本当の事を言えば、エルンストは状況をあまり理解出来ていない。

 そもそも、クラウスがサラマンダーとフラウと契約している事すら、まだ聞いていない。

 エルンストがクラウスから聞いたのは、クラウスが今、腰に佩(は)いているのが精霊剣だ、という事だけ。

 あまりにも突拍子なさ過ぎて、でも、精霊が目の前にいる、らしく、その精霊が自分の魔力から生まれて、自分と行動を共にすることを望んでいる。

 そこだけは理解出来た。だから、純粋に嬉しかった。喜んだ。

「それじゃ、先ずは魔法杖をアリカントが棲めるように手を加えよう。」

 エルンストから魔法杖を受け取ったルウィージェスは、アイテムボックス内で『大地と地下鉱物の権限』を発動させ、金と銀を作り出した。

「魔石の台座に、加えようか。」

 魔石を固定している台座を、杖を回しながら確認し、アイディアを練るルウィージェス。

「【精霊魔術:精霊金】、【精霊魔術:精霊銀】」

と連続して唱え、精霊金と精霊銀を作る。

 そして『錬金の権限』で台座を形成する世界樹を装飾するように精霊金と精霊銀を交互に巻き付けていく。

 真紅の古代赤竜の魔石が華美にならないように装飾された、荘厳な台座。

 思わず、エルンストとクラウスから「おぉ~」という小さな声が出る。

「それじゃ、契約しようか。」

 ルウィージェスは魔法杖をエルンストに戻した。

「エルンスト団長、旧【火球】程度の魔力を杖に流してもらえる?」

「承知しました。」

 エルンストは、逸る鼓動を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐き、意識して深くゆっくりと深呼吸をした。

 魔法杖に魔力が通ったのを確認したルウィージェス。

「【精霊魔術:精霊の契約】開始。精霊王ルウィージェスが宣言する。土の精霊アリカント、エルンスト・フォン・フォーゲルと契約する。」

 思わずエルンストから小さな声が漏れた。

 今、エルンストの前には、黄色い鳥がいる。大きさ的には藍と同じくらいだ。見た目は黄連雀(キレンジャク)。長めの後ろに流れる冠と目から頭に流れる細い黒い筋が通ており、つぶらな瞳を持っているのに、切れ長な目のように見える。

 藍はかわいいが、アリカントは「恰好良い」という形容詞が似合う。

「ボクはアリカント。エルンスト、よろしくね。」

「あぁ、アリカント。こちらこそよろしく頼む。エルンストだ。外に『魔道神鳥』ランがいるから、後で紹介するよ。」

「うん。楽しみ。」

 藍に会ったことがないのに、アリカントはエルンストの右肩に止まった。

「この台座に巻いた精霊金と精霊銀がアリカントの棲み処になるから。それに、クラウス団長のサラマンダーとフラウと同様に、契約して実体を持ったから、一緒に飲食出来るよ。」

 そうルウィージェスがエルンストに伝えると、エルンストに見せるかのように、アリカントは台座の精霊銀・精霊金の中に入って行って、顔を出した。

「強い魔石と精霊鉱石。ボク、ここ気に入った。」

「そうか。それは良かった。」

 エルンストの顔は、ちょっと前のクラウスと同じ状態になっている。

 その様子を微笑ましく見ているのはクラウス。クラウスも、ほんの少し前に、それを経験したばかりだから、エルンストの気持ちが手に取るように分かる。

雷が酷く、しょっちゅう停電になっています。

無事にアップされる事を祈って。


第37話から続いた洞窟討伐戦も漸く終わり、後は洞窟を閉鎖して、皆と合流するのみです。

今回、新たな精霊が加わりました。しかも、新しく生まれたばかりの精霊です。

 

洞窟を閉鎖させた後は、次の村に向かいます。

次は、来週8月1日(土)20:00公開予定です。

第53話 「ゴブリンの襲撃⑱―洞窟の封鎖⑦封鎖完了―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


月(つき) 千颯(ちはや) 拝

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