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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第51話 「ゴブリンの襲撃⑯―洞窟の閉鎖⑤シューバート―」

 おー、オレはサラマンダー。シューバートの剣が寿命を迎えて、棲めなくなってからは、ずっと精霊界にいたんだけど、あの日、突然、本当に突然、もの凄く懐かしい魔力を感じて、惑星エムラと繋がった回廊に行ってみたら、やっぱりシューバートの魔力だった。

 そこで、回廊から顔を出してみたけれど、オレの知っている顔とは違った。だけど、オレは確信したね。顔は違うけれど、あれは絶対にシューバートだって。ベルンハルトの生まれ変わりだって。


 回廊から出て、近くに寄って確認したけれど、間違いなかった。

 しかも、隣にいる子どもは、なんと、我らの精霊王!

 シューバートと同じ魔力を持つ人間族が持つ精霊剣からは、精霊王の魔力と神力を感じた。昔のシューバートの剣よりも、遥かに棲みやすそうな精霊剣だった。


 オレとしては迷う理由はなかった。


 剣術師シューバートと魔導師フォーゲルとは6年違ったが、ヴェルトは父親だし、ケーニッヒはヴェルトと同い年だったから、年が近いシューバートとフォーゲルは、仲が良かったな。


 オレが初めてシューバートと契約した時、あいつはまだ12歳だった。

 あの年齢としては剣術の技術は高かったけれど、オレからみたらまだまだだった。だけど、あの時、オレはこいつと契約したら楽しそうだって直感的に思ったんだよ。


 魔法の技術はフォーゲルの指導もあって、あっという間に剣への付与魔法を覚えて、身に付けて。あいつは研究熱心でもあったな。フォーゲルから特に火魔法を教えて貰って、付与魔法として使える魔法を探していたよ。

 剣の技術も、あっという間にオレから見ても凄い奴になっていた。


 ただ、性格がな。何気に幼さがなかなか抜けなかったというか。

 あの逆流事件はシューバートが15歳になって間もない頃だったのだが、あの頃が一番不安定だったな。今思えば、精神的にも成長期だったんだろうな。

 シューバートに、剣の技術は誰から教えて貰ったんだって聞いたら、武神から学んだっていうから、オレ、驚いたね。

 何で、惑星に住むヒト族なのに、武神から学ぶことが出来たのかって。

 その答えは、シューバートは勿論のこと、誰も話してはくれなかった。

 話したくても話せないんだってさ。


 武神って怖いかって聞いたら、厳しいけれど、怖くはないってシューバートは話していたが、それは単にシューバートとフォーゲルはまだ子どもだったから、厳しく鍛えられはしたが、大人二人程ではなかったらしい。


 色々話を聞く限り、周りにいる大人たちとの年齢に差があり過ぎて、甘やかされていた、というのが原因だったんじゃないか?

 だからあいつ、いつまでも幼さが抜けなかったんじゃないか?

 そんな気がするよ。

 オレの方が圧倒的に小さいのに、何だろう、オレ、でかい弟を持ったような気分になっていたな。

 でも、そんな立場も、オレには心地よかった。

 シューバートと一緒に結構バカやったけど、楽しかった。


 シューバートが死んだ後もあの精霊剣に残ったのは、何となく、もう一度、あいつに会えるような気がしていたから。

 だって、創造神と直接やりとりが出来る奴だったんだぞ。

 普通のヒト族ではなかった筈だ。


 ただ、ある時から、腐毒が強くなってきて、精霊剣から出られなくなった。

 同時に、魔素も硬くなって、魔力への変換が大変になっていった。変換効率がありえないくらい悪くなっていった、という感じだったな。

 精霊剣は創造神の神術で守られていたから、オレも、精霊剣の中に棲んでいた小さな精霊たちも消えずに済んだが、魔力は硬くなるし、腐毒で息苦しくなるしで、精霊剣の契約精霊としての役割を果せなくなっていた時だった。

 精霊剣が保管されていた部屋に懐かしい魔力が流れてきた。

 恐る恐る外を覗いてみたら、まだ5歳くらいの子どもがいた。

 ヴェルトの生まれ変わりだった。

 ヴェルトが精霊剣を触って、少し魔力を流したんだ。

 オレたちは、正直、生き延びた!って喜んだよ。

 小さい精霊たちなんて、抱き合って泣いていたよ。


 まだ子どもだったから、直ぐに大人が来て、危ないから触るなって離されてしまっていたけれど、それでも、オレたちにとって、あの魔力は有難かった。

 あの時、オレは確信した。

 シューバートが死んで以降、歴代の者たちが所有者を名乗って精霊剣を使っていたが、シューバートの魔力程、心地の良い魔力の持ち主はいなかった。

 シューバートの魔力は、とても澄んでいて、綺麗だった。純粋だったと言っていい。他の三人の魔力も同様だった。

 そして、5歳のヴェルトが流した魔力も純粋だった。

 やっぱり、あの四人は特別な魔力の持ち主だったんだ。


 二度目に会った時のヴェルトはエンゲルハルトと呼ばれていた。

 エンゲルハルトが大人になった時、シューバートの剣の所有者となったが、そもそもヴェルトは、精霊との親和性はシューバート程高くはなかった。

 だから、オレも、歴代の者たちよりかは手伝えたけれど、シューバートの時程の力は出せなかった。


 ある日、エンゲルハルトが赤ん坊を抱っこして部屋に入って来た時、オレは泣きそうになった。

 あの魔力は紛れもないシューバートの魔力だった。

 まだ本当に小さな赤ん坊だったが、シューバートだった。

 シューバートはベルンハルトと呼ばれていた。


 ベルンハルトとして生まれ変わったシューバートは、変わっていなかった。

 悪戯好きで、でも、根は真っすぐで。

 エンゲルハルトの目を盗んでよく、精霊剣に触りに来ていた。

 オレにとって、シューバートの魔力は最高の魔力。

 まだ小さいシューバートだったが、オレの姿は見えていた。

 オレの声も聞こえていた。

 腐毒がひどすぎて息が苦しかった時、シューバートに魔力を流してくれと言ったら、魔力を流してくれた。

 ベルンハルトが魔法を使えるようになった頃から、オレは、こっそり、ベルンハルトにシューバートが得意としていた付与魔法を教えてやった。

 シューバートの時の記憶はなかったが、魂に刻まれた記憶までは無くしていなかったから、直ぐに使えるようになった。


 腐毒がひどすぎて、精霊剣に込められた神力が、オレたちも怖くなる程の速度で消費されてしまったが、ベルンハルトの純粋な魔力のお陰で、オレもそれなりに力を使うことが出来た。

 流石に、シューバートが生きていた頃の力は出せなかったけどな。

 腐毒もそうだったけれど、魔力の元の魔素が、あり得ないくらい硬くなっていたんだよ。

 あの腐毒が酷かった時代に、精霊剣の中で一緒に過ごした、沢山の小さな精霊が消えてしまった。

 ベルンハルトはオレたち精霊との親和性が高かったから、腐毒があいつの体を蝕んでしまった。

 まだまだ一緒にいたかったけれど、ベルンハルトはヴェルトよりもずっと早くに死んでしまった。


 ベルンハルトの死後はヴェルトが精霊剣の再所有者となった。

 腐毒は、どんどん薄くなっていった。

 だけど、もう、剣に込められていた神力の残りが僅かになっていた。


 ヴェルトが精霊剣の再所有者になった時は、まだヴェルトの純粋な魔力が供給されたから、何とかなった。


 だけど、ヴェルトも死んだ後は、剣の中に残る神力だけが頼りだった。


 オレは、またシューバートが生まれ変わって戻って来るのを待った。

 ずっと待った。

 だけど、もう、限界だった。

 剣の中にいる事が出来なくなった。


 だから、オレは、腐毒が酷い時代を共に生き延びた小さな精霊たちを守りながら精霊界に戻ったんだ。


 あの日、シューバートの魔力を感じた日。

 オレの気持ち、分かるだろう?


 シューバートはクラウスという名前になっていた。

 今回もやっぱり記憶はなかった。

 けれど、あの魔力は健在だった。

 いや、あの時よりも、ずっと綺麗な魔力になっていた。

 神獣の加護が一番大きく、その他に、神獣の加護よりかはずっと弱いけれど、神鳥の加護もあった。

 それに加えて、シューバートは精霊王謹製の精霊剣を持っていた。


 今、オレは本当に幸せだ!

 3000年前の、オレの選択は正しかった!

 ルウィージェスとサラマンダーの会話から、サラマンダーが知るフォーゲルという人物が、エルンストの過去であると知り、同時に、当初からサラマンダーが口にしていたシューバートという人物が、クラウス自身の過去であると、突如ルウィージェスから告げられたクラウスは、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受け、絶句した。


 しかも、自分たちの姓が、初代の名前だった、という。

「初代が、…俺の過去??」

 漸く言葉を発することが出来たのは、ルウィージェスの爆弾発言が投下されてから、優に1分近くは経っていた。

 呆けていた訳ではない。何度もルウィージェスの言葉を反芻(はんすう)させ、理解しようと奮闘していた時間だ。

「うん。だから、クラウス団長は逆流魔法を知っていたんだよ。」

 それに関しては、クラウスも不思議に思っていたことだった。あのエルンストでさえ知らなかった逆流魔法を何故騎士の自分が知っていたのか。

「姉さまが笑いながら教えてくれたんだけど、あれって、偶然の発見だったんだって。」

 ルウィージェスがそう言うと、サラマンダーが吹き出した。

「あれな!」

「サラマンダーは知っているのか?」

 衝撃から大分回復したクラウスは、自分の左肩で足をブラブラさせているサラマンダーに聞いた。

「あの日さ、闇落ち精霊付の大規模盗賊団の根城を一週間かけて完全鎮圧して、後片付けも終わって、やっとこさ、ゆっくりと夕飯が食える、と皆が喜んでいた時だったんだけどさ。父親のヴェルトがお前、じゃなくて、シューバートにウォッカを持ってこいと言ったんだ。で、素直にウォッカを馬車から持ってきたまでは良かったんだけど、ヴェルトが、『ちょっと温めてくれ』と言ったんだよ。ウェルトは、『自分が飲む分だけ温めてくれ』という意味で言ったんだけど、お前…じゃない、シューバートは、樽ごと中身を熱しちゃったんだよ。つまり、アルコール分を飛ばしてしまったってわけさ。ランプ芯の灯もウォッカのアルコールで賄っていたから、大騒ぎになっちゃってさ。」

 そこまでいうと、サラマンダーは当時の事を思い出しているか、ぷぷぷっと笑い出した。

「ウェルトの言い方が悪かったのが原因だから、誰もシューバートを責めたりはしなかったんだけど、シューバート、凄く落ち込んじゃってさ。大切なアルコール分を全て吹っ飛ばしちゃったから。」


 クラウスは、自分の顔が赤くなるのを自覚した。別に今の自分が犯したミスではないのだが、過去の自分がやらかした事に対して、何故か反応してしまった。

「あの時はまだ15歳だったからな。シューバートの奴、疲れていて眠かったのもあったんだろうな。拗ねて、少し離れた池まで一人で移動して。」

「拗ねちゃったの?」

 無邪気に聞いてきたのはルウィージェス。

 クラウスは、何故か、堪忍してくれ、と思っていた。自分がやった事ではないのに。

「拗ねた。思いっきり拗ねた。けど、あ~なった時のシューバートって、下手に慰めたりすると更に機嫌悪くなるから、皆、肩を竦めて、もう少し落ち着くまで待とうってなってさ。」

 クラウスは、物凄く自分と似ているシューバートに、親近感が湧いてきた。

 魂に刻まれた性格は、3000年程度では変わらないらしい。


 「水辺に座って、池に【火球】投げ込んで、いじけてたんだけど、10分も経ってない頃だったかな。急に『飽きた』って言ってさ。俺が『いじけるのに飽きたのか?』と聞いたら『反省するのに飽きた』って言って。」

 ルウィージェスは思わずクラウスを見てしまった。なんか、とても「らしいな」と思いながら。

 クラウスは、『子どもの頃、俺も似たようなことを言った記憶、あるな』と思いながら、ルウィージェスの視線から思わず顔を背けた。

「でも、今戻るのも癪だ、とか言ってさ。シューバートの奴、何を思ったのか、【火球】の魔法陣を地面に書き出して。『何してんだ?』って聞いたら、『魔法陣でもいじってようかと思って』って言って、適当に色々と線を書き始めたから、『危ないから止めとけ』って止めたんだ。そうしたら、急に『魔法陣って逆走できるの?』ってオレに聞いてきたんだ。当然、そんなの聞いたことないから、『オレは知らねぇ』って言ったら、『ちょっとやってみるか』って。その時、オレ、魔法陣を逆走させたって、魔法、発動することはないだろうって思っていたから、『オレも興味ある』って軽く言ってしまったんだ。」


 ルウィージェスは勿論のこと、クラウスもエルンストが初めて試した【逆流火球】の威力を覚えている。何となく、二人して、何が起こったのか、想像出来てしまった。

「シューバートの奴、立ち上がって、【逆流火魔法:火球】発動!って、ご丁寧に声に出して言っちゃったんだよ。そうしたら、一瞬にして池も草花も地面も凍ってしまって。当然シューバートは全身氷結だらけになるし、オレも、一瞬消えかけた。」

 その時の事を思い出してか、サラマンダーの全身が一瞬大きく震えた。

「シューバートは余りの寒さから立ったまま気絶するし、オレも、自分が消えかけた事もショックだったけれど、余りの寒さに自分を火で囲んで、自分を守るのに精いっぱい。オレも、気が動転してたな、あの時。冷気が大人たちの所まで届いたんだろうな。直ぐに大人たちが慌てて走って来て。」


 ルウィージェスは『さもありなん』と言わんばかりに頷いている。

 当時は、古い魔素問題なんか全くなかったし、剣の魂として、強い攻撃魔法が使えていた。それが、何の防御もせずに、初級の旧【火球】の逆流だったとしても、【逆流火球】を唱えたらどうなるかは、容易に想像が付く。

 魔法を放った本人は魔法の影響は受けないが、周りが凍った影響は受ける。


 クラウスは、過去の自分がやったことに、頭がちょっとクラっとした。自分がしでかしたことではないのだが、物凄く複雑な気分になっていた。

「慌ててフォーゲルが【回復魔法:パーフェクトヒール】で全身凍傷を治して、ウェルトが気絶したままのシューバートを抱き上げて焚火(たきび)の横まで連れてきて、先に戻ったケーニッヒが敷いた毛布の上に寝かせてって、大騒ぎになってさ。」

「そりゃ、そうなるわよね~。」

 黙って話を聞いていたフラウも、クラウスの顔を見ながら言った。ちょっと呆れているようだ。

 フラウの視線に気付いたクラウスが、

「いや、俺じゃないぞ。」

と言ったが、

「同じ魂の持ち主同士でしょう?」

と、にべもない。

 フラウは完全に同一視していた。

「シューバートが気絶したから、異常を察知したんだろうな。創造神が現れて。オレしか何が起こったのか知らないから、創造神に説明したら、創造神、思いっきり笑って。正直、オレ、怒られるかと思ってヒヤヒヤしてたんだよ。」

「その話、姉さまのつぼにはまったらしいよ。あの子らしいって、ぼくに話しながら思い出し笑いしてたよ。」

 クラウスの顔は真っ赤になっていた。クラウスは知らないが、耳と首元まで赤くなっている。自分がやったことではないのだが、まるで自分がやったことのようにも感じている。同じ魂の持ち主っていう話が、よく理解出来た。

 クラウスにとって、とても不思議な感覚だった。

「創造神も、魔法陣を逆流させることが出来るって知らなかったらしいぞ。凄く感心してた。」

 クラウスを慰めようとしたのか、サラマンダーがクラウスに言った。

「それね、誰も知らなかったみたいだよ。ぼくは魔導王だからか、魔法陣を見た時に、何となく逆流出来るって分かって、色々試したから知っていたけど。」

 ルウィージェスも、エムラカディアから聞いた時のことを思い出しているのだろう。

 「ふふふ」と小さな笑みを浮かべながら話を続けた。

「姉さまね、あの『逆流魔法陣』の件は、本当に驚いたって言ってたよ。だけど、世界創造神にだけ話して、誰にも話さなかったらしいよ。安全が担保出来ないからって。ぼくが魔法陣を学んで間もない頃だったかな。姉さまが聞いてきたんだ。魔法陣の逆流は、どの魔法陣でも出来るのかって。ぼくが神法陣でも出来るよって話したら、驚いてた。今ではカリンだけでなく、姉さまたちも神法陣の逆流を色々試して、取り入れてるよ。」


 魔法陣は安全に発動できるように作られた物だからか、ルウィージェスが試した範囲内で言えば、初級魔法はほぼ全て魔法陣で逆流させることが出来た。中級魔法で言えば、逆流魔法を混合魔法や多重魔法に組み入れることも出来た。

 一方で、神法陣は、それぞれが自分に合った状態に少し編集して使っている為か、編集の仕方によっては、逆流出来ないことも、ルウィージェスが確認している。

 時間がなく、基礎神術しかまだ試していないが、基本形(ディフォルト)であれば、ほぼ、逆流させることが出来た。

 

 サラマンダーが話した事は、あくまでも過去の自分(シューバート)がやった事であり、今の自分(クラウス)がやったことではないのだが、クラウスは、とてもいたたまれない気持ちになっていた。

「あのさ、もう、向こう側、冷えてないか?」

 クラウスは強引に話題を変えようと試みた。

 その言葉にルウィージェスは、向こう側の結界を見た。

「確かに。冷えちゃってるね。どうする?【混合魔法:雲海狂濤(レイジング・クラウド)】、試すだけやってみる?」

「はい、是非!」

 即答したクラウスだが、頭の中はかなり混乱していた。自分の経験ではない筈なのに、自分の経験として感じている。違和感が半端ない。少し熱めのシャワーを思いっきり浴びて、違和感を洗い流したい気分だ。

 

 ルウィージェスが【魔法陣読解】で宙に出したままになっていた【混合魔法:雲海狂濤】を再度発動させた。魔法陣内を流れる魔力の流れを、集中して覚えようとしているのだが、自分で思っている程、まだ落ち着きを取り戻してはいないようだ。先ほどまでのように、一度では覚えられなかった。

「ルウィージェス様、すみません。もう一度お願いします。」

「分かった。」

 クラウスは頭を振り、邪念を頭の中から追い出す感じをイメージし、ゆっくりと息を吐き、両腕を左右に伸ばし、胸を張り、大きく深呼吸をして、強引に自分を落ち着かせた。

 意識してゆっくりと深呼吸したのが功を奏したのか、先程までの混乱は、完全に落ち着いたようだ。

 それを確認したルウィージェスが、クラウスに声を掛けた。

「それじゃ、流すよ~。」

「お願いします。」

 今度は、しっかりと覚えることが出来た。だが、3つの混合魔法だけあって、魔法陣そのものは複雑だ。

 クラウスが魔力の流れを確認している間に紙に写した【雲海狂濤】、【水魔法:水蒸気】、【氷魔法:氷の息吹】と【風魔法:凝縮】の魔法陣を渡すと、クラウスはペンダントトップに【雲海狂濤】の魔法陣だけを記録し、アイテムボックスに入れた。

 フラウが、クラウスをじーと見ているのに気付いていた。これ以上、フラウを待たせるのは悪手だというのは、流石に分かる。

「フラウ、待たせた。」

「ふふふ、私もこの魔法は初めてだけど、魔法陣から想像するに、とても面白い魔法だと思うの。分身は使わずに、私の力でやってみるわ。」

「そうだね。その方が操作しやすいかも。」

 ルウィージェスの言葉にフラウも同意見のようだ。


 クラウスは、『雲海』という言葉は知っていたが、実際には見たことがない。だから、【雲海狂濤】がどのような物なのか、それ自体にも興味があった。

 人生二度目の中級魔法。気持ちが逸るが、呼吸法で落ち着かせる。

 両足の立ち位置を決め、足元を固める。前日、左側を攻略していた時は床のデコボコが気になったが、こっちは、比較的平坦になっている。恐らく、将軍(ジェネラル)など大型のゴブリンが使っていたから、かなり踏み固められたと思われる。

 ただ、先程もそうだったが、小石が多い。何となく、これは、自分たちの攻撃によって壁から崩れ落ちてきた物のような気がする。

 小石を足先で除ける。今は、床のデコボコよりも小石による足裏の違和感の方が気になる。

 精霊剣をしっかりと両手で持ち、構えた。

 右肩にいたフラウは、クラウスの目の位置より少し前に浮いてスタンバイしている。

「【混合魔法:雲海狂濤(レイジング・クラウド)】」

 声に出し、右側に浮いているフラウを見ると、フラウが頷いた。

「「発動!」」

 クラウスとフラウが同時に唱え、精霊剣の周りに濃密な霧が渦巻くのを確認すると、クラウスは時計回り大きく剣を振りかぶった。

 初めは、霧が渦を巻いているように見えたが、剣から離れれば離れる程に、霧が濃くなっていき、次第に、渦を巻く巨大な雲となり、そして、今、目の前では、雲の大きな波が結界内を畝(うね)っている。

「これが『雲海』…」

 クラウスは感動していた。


 ルウィージェスにとっては、雲海は見慣れた光景だ。ハインライテル州領の森の奥では、濃い魔素を含む雲海が良く見られる。

 そもそも、天界の連絡ゲートの周辺はこんな感じだ。神界の世界創造神の館に行く途中も、こんな感じ。

「雲海って、そんなに珍しいの?」

 クラウスの様子からして、初めて見る光景であるのは分かる。

「王都ではまず見られない光景ですね。ヴェッティン州領では、ハインライテル州領の森の近くでなら見られるらしいのですが、ヴェルリエン州領都で雲海を見たことはないですね。」

「へぇ~、お隣の州領なのにね。」

「ヴェッティン州領は、ハインライテル州領側は山ですが、王都側、南に下るほど、高原砂漠に近い気候になりますからね。」

「あぁ~、乾燥地域が多いんだ。」

「はい。比較的高めの丘に囲まれた、大きな湖が複数あるので、その近辺でなら、条件が整えば見られる機会があるかもしれませんが。」

 そう説明しながらも、クラウスの視線は雲海の方を向いている。


 今回は、既に結界内は冷えている。それほど時間をかける必要はない。

「クラウス団長、今の結界内の気温、ちょっと試してみる?」

「え?あ、この後に風魔法を加えると、更に温度が下がるのでしたね。」

「うん。どのくらい下がるか、実際に経験しておくといいかと思って。」

「是非。お願いします。」

 クラウスの中では、【紅蓮疾風】と【雲海狂濤】を自分の得意技にする事が決定している。

 術発動後の検証は大切だ。

「先に、手だけ入れてみて、大丈夫そうだったら、そのまま通れるようになっているから、入ってみて。」

 クラウスは頷くと、左手を雲海が広がる結界内に入れてみる。

「お、」

 想像していたより空気が冷たい。

「雲海の中って、結構冷えているのですね。」

「うん、空気が冷える事で、水蒸気が凝結して雲海になるからね。水蒸気が沢山ないと、霧になってしまって、雲海にまではならないんだ。」

「それでは、【水魔法:水蒸気】の量を減らせば、そのまま霧になる?」

「うん、なるよ。【多重魔法:五里霧乱(フォギー・アジテート)】という魔法なんだけどね。」

「【多重魔法:五里霧乱(フォギー・アジテート)】…。今までとは違って、何か、軍事的な感じの魔法名ですね。」

「はは。これ、実は神術にもあって、まさしく、戦いの時に使うやつなんだ。」

 日中に深い霧が発生すると、太陽の光が霧、即ち、大量の水滴に反射されるために白く見えてしまい、遠くが見えなくなる。自分から見える距離は、霧の濃さに影響されるため、霧が深ければ深いほど、視界が狭くなる。

 夜は、太陽はないが、月明りがあれば、霧は白く見える。

 月明かりがない夜は、夜行性の生物でない限り、明かりを灯す必要があるが、霧は、その明かりを反射させ、やはり視界を狭める。

 要は、明かりを必要とする者たちの視界を奪い、攪乱(アジテート)させる術。

 同時に、大量の水蒸気によって音が遠くまで響かなくなるので、敵の動きを止めると同時に、仲間を避難させる事にも使える術、というわけだ。

「まさしく、広範囲の霧で敵を攪乱(かくらん)させ、足止めする魔法、という訳ですか。」

「うん、この魔法は【雲海狂濤】と同じく、【水魔法:水蒸気】と【氷魔法:氷の息吹】の多重魔法。違いは風魔法がないだけ。【風魔法:微風(ブリーズ)】を加えれば、霧が微妙に動くから、自分たちの移動によって動く霧を誤魔化す事も出来るよ。」

「これも中級ですか?」

「【水魔法:水蒸気】に少し多めの魔力が必要だから、ギリギリ中級魔法なるかな。フラウがいるから、クラウス団長にとっては初級魔法になるよ。」

 クラウスの目が輝いている。

 ルウィージェスは、【魔法陣読解】と【五里霧乱】を同時に発動させ、クラウスの視線が宙に出現した【五里霧乱】の魔法陣に向いている間に、紙に【五里霧乱】の魔法陣を写す。

「この魔法の肝は、【水魔法:水蒸気】に多めの魔力を流す事。慣れてきたら、剣に纏わした少量の【五里霧乱】を敵の顔にぶつけて、隙を作って、立て直す時間を作るという方法も取れる。」

「ほぉ~、」

 この説明にはクラウスが食いつく。

 珍しい事に、フラウが強い興味を示した。

「精霊王様、私(わたくし)もこの魔法、使えますか?」

「勿論。」

 フラウはクラウスの肩から離れると、宙に描かれた【五里霧乱】の魔法陣をじっと見ていたが、小さく頷くと、もう少し離れた所で止まった。

「精霊王様、何か、魔物を出して貰えますか?」

「分かった。」

 そう言うと、ルウィージェスは、

「【召喚魔法:魔物再現】角兎(ホーンラビット)10匹」

と唱えた。

 クラウスには見慣れた光景だ。『魔物再現魔石』を使った訓練は、騎士団だけでも週に二度は行っている。主に、エーギグ弦弓矢を使った【混合魔法:追跡狩猟】の訓練に。

 再現された角兎(ホーンラビット)10匹が勢いよく移動を始めた。

「【多重魔法:五里霧乱】10球」

 フラウが唱えた。同時に、分身を10体出した。小さな球状の【五里霧乱】に分身が一体(いったい)ずつ付き、角兎の頭をすっぽりと【五里霧乱】で覆った。

 視界を奪われた角兎は、足を止める。

「【氷魔法:針槍(ニードルスピア)】」

 剣の魂の持ち主クラウスには、光る何かが高速で、視界を奪され足を止めた各角兎めがけて飛んでいき、

「キュッ」

と何かから漏れたような音が聞こえたかと思った途端、10匹の角兎全てが倒れるのが見えた。

 本当に一瞬の出来事だった。

「すげ~…。」

「これ、使えますわね!」

「あぁ、足の速い角兎を一瞬で仕留めるとは。」

 クラウスは、消える前に急ぎ倒れた角兎の元に移動して、まじまじと見る。

「あ~、細い氷を喉に突き刺したのか。」

「【氷魔法:針槍(ニードルスピア)】よ。」

 針が細すぎて見えなかったのもあるが、そもそも、ヒトの視力で追尾出来る速度ではなかった。

 既に【針槍】で倒された角兎は消えているが、クラウスはしっかりと覚えている。

「今の、俺も使えるようになりたいと思います。ルウィージェス様、【氷魔法:針槍】の魔法陣、頂けますか?」

「うん、勿論。」

 ルウィージェスは、アイテムボックス内から紙を取り出し、【氷魔法:針槍】を写した。

「あ、結構、シンプルな魔法陣なのですね。」

 ルウィージェスがクラウスに見せた魔法陣を覗き込んでいたフラウが驚く。

「あら、私(わたくし)のとは、ちょっと違う。」

「フラウの【氷魔法:針槍】はこっちね。」

 そう言うと、別な紙にフラウ版【氷魔法:針槍】を写した。

「フラウのは、フラウが扱えるサイズになっているけれど、もう一つの方は、込める魔力量によって、太さと長さが調節できるようになっているよ。込める魔力量を多めに、時間的には短くすれば、太めで短めな【針槍】に、込める魔力量は同じでも、魔力を絞りながら時間的に少し長めにすると、細くて長い【針槍】になるから、時間が出来た時にでも色々と試してみて。」

「それは有難い!ありがとうございます。」

「両方とも使えるから、分かりやすいように、魔法名を変えておくといいね。」

「確かに。後で考えておきます。」

 その様子を見ていたサラマンダーがちょっとごねた。

「オレも、新しい魔法、欲しい!」

 ルウィージェスは、思わず吹き出してしまった。

「そうだよね。それじゃ~、」

 ヒト族より遥かに魔法に長けた精霊族だ。新しい魔法を覚えるのは楽しいだろう。

「サラマンダーは、【火魔法:七色鬼灯(なないろほおずき)】って言う魔法、知ってる?」

「いや、知らない。火が七色になるのか?」

 クラウスもステータス上にある【熱魔法】が、【火魔法】と【風魔法】の混合魔法で、【氷魔法】が【水魔法】と【風魔法】の混合魔法であると知って以降、【火魔法】、【水魔法】と【風魔法】について、宮廷魔術師団の図書室に保管されている魔術書を借りたり、自分で魔導書を購入したりして色々と試した結果、【風魔法】よりも【水魔法】、【水魔法】よりも【火魔法】の方が、相性が良い事を知った。それ以来、より相性が良いと分かった【火魔法】の方に多めの時間を割き、色々と試している。

 そんなクラウスにとっても、聞いたことのない魔法名だった。

「炎の色ってさ、燃やす物によって色が変わるでしょう?それを、魔法陣で再現したのが【火魔法:七色鬼灯(オフィシナラムズ)】。別に七色の炎が出る訳ではないんだけど。例えば、赤色の玉がゆらゆらしていたら、瞬間的に『炎』をイメージすると思うんだ。だけど、紫とか黄緑とか青緑色の球体がふよふよ飛んできても、『炎』と認識、直ぐには出来ないでしょう?」

「なるほど!」

 職業軍人で、生粋の騎士の家系出身のクラウスは、即座に戦場での使い方をイメージ出来たようだ。

「これは、クラウス団長にとっては中級魔法になるかな。サラマンダーにとっては初級魔法だね。」

 ルウィージェスは、【魔法陣読解】と【七色鬼灯】の魔法陣を同時に唱え、【七色鬼灯】の魔法陣を見せた。

「これは、単一火魔法。炎は温度で色が変わるから、温度調節する魔法式と、色を表す魔法式で成り立っていて、出せる色は、赤色、黄色、紫色、赤味が強い橙色(だいだいいろ)、黄緑色、青緑色の六色。『七色』という名は、超高温で少し青みのかかった白色の炎になるから、七色。魔力消費量が激増するけれど、超超高温が出せれば、透明に近い青色が出せるから、八色になるけどね。【八色鬼灯】は、魔力消費量が【灼熱火焔地獄(インフェルノ)】より多いから、実用的ではない、かな。」

「それは流石に、オレでも、使えないことはないけれど、その後、使える魔法が限られてくるから、戦いの時は無理だな。」

「実用という観点からしたら、赤、黄、紫、赤味が強い橙(だいだい)、黄緑、青緑の六色が出来たら、十分だと思うよ。」

「十分ですね。それこそ、蛍やその他の発光虫と思わせて、荷や食糧、燃料に着火させる事が出来ますからね。普通に夜空に放っても綺麗でしょうし。」

 ルウィージェスは、クラウスには魔法陣を転写した紙を渡した。

「サラマンダー、この魔法陣は少し複雑だけど、紙で渡す?それとも、スキルとして付与する?」

「そうだな、スキル付与頼む。」

「それじゃ、」

 そう言うとルウィージェスは、クラウスの左肩に座るサラマンダーの前に立ち、額(ひたい)に人差し指を置いた。

「【魔導王魔術:スキル付与】、【火魔法:七色鬼灯】を付与。」

 サラマンダーの額に置いた右手の人差し指の先端が光った。

「どう、付与された?」

 サラマンダーは自分のステータスを開いて確認する。

「お~、付いた!すげー、こんな一瞬で付くんだ。」

「魔法陣に流す魔力量を変えると、いつも通り、炎の大きさとか威力を変えられるから。魔法陣を覚えたら試してみて。」

「いいな、それ。クラウスも覚えたら、一緒に夜空に浮かべて見ようぜ。」

「あぁ、皆も喜ぶと思う、これは。」


 クラウスはペンダントトップに【火魔法:七色鬼灯】を記録させると、雲海側の結界内に一歩足を入れた。

「おぉ~、すげ~。本当に目の前が真っ白だ。」

 そう言いながら、両手の掌(てのひら)を上にしてみた。

「手の上を、雲が走り抜けていくようだ。」

 その時、クラウスは気付いた。

「もう少し濡れるかと思ったのですが、」

 露出し、雲海に触れている部分を触って確かめている。

「魔法で出す霧は本当に細かいからね。直ぐに体温で蒸発してしまうくらいに。」

 クラウスは、ルウィージェスも説明を聞きながら、目の前を通り過ぎる雲に息を吹きかけた。

「おぉ~、凄い!霧が渦を巻いた!」

「風魔法を追加させた方が、自分の動きを察知されにくくなるの、分かるでしょう?」

 クラウスは素直に頷く。


 フラウは分身を出して何かを試している。

「ん~、細かすぎて、分身でも纏められないわね。」

「フラウ、分身の周りだけ温度をもっと下げれば、氷結して氷玉、簡単に作れるよ。」

 それを聞いたフラウは、

「分身の周りだけに【氷魔法:冷気】」

 と唱えた。

「氷、作れた~」

「凍った」

 フラウの分身の嬉しそうな声が多重音声で聞こえてきた。

「痛てて!!」

 急にクラウスが両手で、顔にぶつかってくる何かから守ろうと反応した。

「出来たよ~」

 フラウの分身が雲海の霧を氷結させて作った氷の玉をクラウス目掛けて放ったようだ。

「【氷魔法:飛礫(つぶて)】!!」

 ルウィージェスは、思わす吹き出してしまった。

「それで勢い付けたら、分身だけで出来る、立派な攻撃魔法だね。」

 サラマンダーも笑っていた。

 その精霊たちの様子を見ながら、

「別に俺で試さなくても、よくねぇ?」

 思わず愚痴が出た。


 雲海の中を、ゆっくり歩いてみたり、速度を上げてみたりして、雲海の動きを確認しながら進む。

「ちょっとした動きで、これだけ雲海が動くのなら、風魔法を足さないと、逆に自分たちの動きを知らせる感じになってしまいますね。」

「うん。敵側からしても同じ状態だから、敵側も、風魔法で何とか自分たちの動きを察知されないようにしてくると思う。」

 ルウィージェスは、サラマンダーに問いかけた。

「サラマンダー、松明(たいまつ)程度の炎、複数出せる?」

「おぉ~」

 サラマンダーがそう答えると、一見すると松明の光に見える炎が10個程現れた。

 霧は炎に触れるとあっという間に消えてしまうが、その周りに漂う霧は、より白く眩しく感じるようになった。

「視界が悪いから火で明かりを取ろうとすると、こんな感じに霧に乱反射して、余計に見えにくくなるんだよ。これが、霧の怖いところ。」

 サラマンダーは、自分たちの移動速度に合わせて、炎を移動させている。

「光がないと見えない我々には、はっきり言って、これだけで十分な凶器だな。今はもう、この洞窟内は安全だと知っているから、こんな感じに普通に歩いているが、どこに敵が潜んでいるか分からない戦場でこれをやられたら、…簡単に、恐怖心をかきたてられる。」

 団長として、部下を指揮する立場の者として、初めて見た濃霧の恐ろしさを、クラウスは実感していた。


 結界の端まで来た。目の前に見えるのは、リリーエムラ公爵騎士団と合流した、大きな空間だ。王(キング)の玉座が見える。

 ルウィージェスは、掌(てのひら)に光を集めると、結石化させた。

「クラウス団長、はいこれ、魔力玉。」

 ルウィージェスから受け取った金色に輝く石をまじまじと見た。

 よく見ると、うっすらと向こう側が見える。半透明の石だった。

「ゆっくりと魔力玉から魔力を吸い込むようにして、なんか『元気になったかも』と感じたところで止めると、ちょうどいい量の魔力が補充されるよ。魔力は補充し過ぎても魔力過多で魔力酔いを起こすから、そこは気を付けてね。」

「お~、承知した。」

 クラウスが一瞬、ちょっとだけ震えた。

 以前、ユランの肉を食べ過ぎて、長兄オルトールドと二人して激しい魔力酔いを起こしたことがある。

 今でもはっきりと覚えている。もの凄く辛かった思い出として。騎士団に入団して間もない頃に何度か経験した悪酔いよりも、深酒し過ぎた翌日の二日酔いよりも、ずっとずっと辛かった。

 あの時、ルウィージェスから受け取った透明な石に過剰魔力を込めた時は、ユランの魔力だったから、石が赤く染まった。

 ルウィージェスから受け取った魔力玉は、エルンストが試しに溜め込んだ色によく似ているが、それよりも遥かに濃い。

 クラウスは、右手に持つ魔力玉を軽く握り、魔力玉から自分の方に魔力が流れてくる感じをイメージする。

 すると、右手から右腕、右肩から心臓へと、全身に温かい流れを感じた。

 ルウィージェスが言った「元気になったかも」という感覚は直ぐに分かった。

「あ、体が凄く軽くなった感じがします。自覚はなかったのですが、結構反動、きていたのですね。」

「慣れない魔力の減り方をさせたからね。残量魔力は全く問題ないけれど、これだけ一気に魔力を消費することがないから、体が敏感に反応してしまったんだね。ある意味、危機感を覚えた、と言ってもいいかも。」

「危機感…。そっちの方がしっくりきますね。緊張から解れた感じが一番近いかもしれません。」

 掌にある魔法石は、まだまだ色が濃い状態のままだ。

「アイテムボックスに入れておいて、必要に時に使えば?」

「ありがとうございます。これは嬉しいですね。」

「だからって、練習で魔力使い過ぎるなよ。」

 間を入れずにサラマンダーから注意勧告を受けるクラウス。

 付き合いの長さは伊達ではない。剣の魂の性格を熟知している。

「あ、はい。気を付けます。」

 殆ど条件反射の様に答えてしまったクラウスだが、それが過去に由来した結果であることを理解出来てしまい、地味に凹んだ。

 第37話から続いた洞窟討伐戦も漸く終わり、残すは、洞窟内に残る全てを焼き尽くしたら、皆と合流するのみです。


 ルウィージェスから、シューバート侯爵家に代々伝わっていた、聖剣でも魔剣でも、普通の剣でもない剣が、妖精剣だったと知り、クラウスは、シューバート初代の生まれ変わりで、シューバートという姓は、実は名だった、と知り、衝撃を受けます。

 しかも、実家に大切に保管されている精霊剣は寿命を迎えており、現在は、精霊は全く棲めない状態になっていると言われ、いかに歴代の当主が大切にしてきたか知っているだけに複雑な心境にもなりました。

 同時に、今、自分が握る精霊剣は精霊王謹製で、シューバート侯爵家で大切に伝えられてきた精霊剣に棲んでいた精霊が、再契約してくれたのです。

 それを知った時はとても嬉しかったのですが、クラウス本人すら知らない過去の自分がやらかした事を知っている精霊でもあり、ちょっと複雑な気分に。

 精霊王によって作られ、本来の精霊剣の持ち主が剣の主(あるじ)となり、正式に精霊と契約する事によって、本来の力を発揮させる土台が整いました。

 残すは、精霊剣と付与魔術の融合です。

 今回、精霊王謹製精霊剣と契約したのは、シューバートの精霊剣の時にも契約していた火の精霊サラマンダーと、新しく契約を結ぶ事を選んだ氷の精霊フラウ。

 早速新しい付与魔法としても使える魔法、しかも、中級魔法を学びます。

 

洞窟の討伐戦そのものは終わりましたが、事後処理はまだまだ続きます。

次は、来週7月25日(土)20:00公開予定です。

第52話 「ゴブリンの襲撃⑰―洞窟の閉鎖⑥―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


月(つき) 千颯(ちはや) 拝

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