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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第50話 「ゴブリンの襲撃⑮―洞窟の閉鎖④始祖の魂―」

 お久しぶりです、ルウィージェスの姉で、惑星エムラの創造神、中級神エムラカディアです。

 精霊の扱いには、本当に困り果てています。いないと困るし、いると問題が起こるし。

 ルウィージェスの手前、絶対に口にすることは出来ませんが。


 精霊王でもあるルウィージェスのマイペース振りには、時々驚き呆れることもありますが、それでも、まだ自分自身を振り返り反省することも出来ますし、ブレーキを掛けるべき場所もちゃんと理解している節があります。

 まだまだ幼いので、危ういところもありますが。


 私は一度、惑星エムラをまっさらに、それこそ、水一滴も残らずに、全てを消した事があります。

 最大の理由は、古い魔素問題が深刻化し、高い知識を得て高い文明を築いたヒト族全てが、生活魔法すら使えなくなった事ですが、それ以前から、精霊の力が文明の栄枯盛衰えいこせいすいに大きな影響を及ぼしていた事も、大きな要因の一つです。

 …いえ、違いますね。

 よくよく考えて見れば、魔法が使えなくても、ヒト族は繁栄することが出来ます。

 我々の父ラティファルスの兄、銀河創造神ウラノティルスが治める銀河にある惑星地球では、一切魔法が使えない状態にしてありますが、複数の高い水準の文明を認めています。

 魔法がなくても、ヒト族は不自由を感じずに生きています。

 …そうですね、今思えば、精霊の気まぐれで文明の栄華と零落が起こる事が、一番の理由だったかもしれません。

 ルウィージェスには、魔法が使えなくなったから文明を滅ぼしたと説明してしまいましたが、…まぁ、訂正が必要になったらすれば良いでしょう。

 少なくとも、あの時は、そう思い行動しましたからね。


 今の惑星エムラでは、精霊の力を初めから抑えています。

 初めは、それでうまくいくと思っていたのです。

 正直、精霊の力が文明の栄枯盛衰に及ぶことがなくなったので、それに関しては、正しい判断だったと思っています。

 しかし、まさか、精霊の力を抑制したがゆえに、始祖の魂の子孫が、精霊の姿を見る事も、精霊の存在を感じる事も出来なくなるとは、予想外でした。

 古い魔素問題は、魔素からの魔力転換率が低下することが最大の問題と考えていましたが、精霊に関して言えば、精霊魔力への感応力の低下も引き起こしているのかもしれません。

 始祖の魂は、精霊との高い親和性を持っているので、古い魔素が溜まった状態でも、精霊の力を抑えた状態でも、精霊魔力との感応性を失わずに済んだのだと思います。

 

 暗黒時代の前までは、何とか、それでも、精霊剣を扱える魔力量さえあれば、精霊剣の中に宿す精霊とやり取りすることが出来ました。

 しかし、契約精霊サラマンダーとやり取りできる者は、ベルンハルト以降、現れませんでした。


 魔力量が豊富な者はいました。

 ですが、王国の暗黒時代と言われた、あの時代、多くの精霊が、大量の負の感情におののき、街から逃げ出しました。逃げ出さなかった精霊も、大量で濃密な負の感情に暴露され、多くが闇落ちし、負の感情を煽る存在へとなれ果てました。

 精霊が逃げ出した事も古い魔素問題の加速に拍車を掛けました。

 逃げ出した精霊の多くが、樹木や草花を司っていました。その為に、多くの森や林が活力を失い、弱まり病気になりやすくなりました。畑の実りも落ちました。

 古い魔素を吸収する役割を果していた多くの緑の者たちを失ってしまったのです。

 その結果、私は術の魂に、もう一度惑星エムラに転生して欲しいと頼まざるを得ない状況になってしまったのです。

 私が術の魂に頼んでいる時、横で話を聞いていた剣の魂も一緒に転生すると言ってくれたのは、本当に助かりました。

 既に役目を果たした魂です。私は彼らに命令を下す権限はありませんでした。

 それでも願いを聞いてくれ、「二度目の人生を楽しみたいから記憶は封じた状態で」という条件付きですが、了承してくれ、術の魂はアデルとして、剣の魂はベルンハルトとして、そして、剣の魂の保護者である知の魂はエンゲルハイトとして、転生してくれました。

 三人の働きにより、王国から腐敗が一掃されました。同時に、宿主を失った闇落ちした精霊たちを私は無に返し、新しく生まれてくる精霊たちが闇に飲まれないよう、環境を整え直しました。


 しかし、多くの精霊たちは心を閉ざしてしまいました。精霊たちにとって、あの暗黒時代に渦巻いた負の感情は、恐怖そのものでしかなかったのです。

 ベルンハルトが剣の魂シューバートの生まれ変わりというのは、契約精霊サラマンダーには直ぐに分かったようです。

 精霊剣の中に棲んでいたとは言え、サラマンダーにとっても、暗黒時代は辛い期間だった筈です。それにもかかわらず、サラマンダーは、本当によくやってくれました。奮闘してくれました。

 

 二つ程、私としても想定外の事が起こりました。


 一つ目は、精霊との親和性が特に高かったベルンハルトが、若くしてやまいに倒れてしまったのです。精霊にとって毒でしかなかった強い負の感情、私たち神族は「腐毒ふどく」と呼んでいますが、精霊との親和性が特に高いベルンハルトにとっても、「腐毒」だったのです。

 全く予想すらしていなかった事でした。

 剣の魂には申し訳ない事をしてしまいました。


 もう一つは、ベルンハルトの死後何年かして、エンゲルハイトとアデルが、精霊に関する記録を一切残さないと決めたことでした。

 エンゲルハイトは精霊剣の主として精霊を見ることが出来、アデルは、フォーゲルの魔法杖を持てば精霊を見ることが出来ました。

 多くの精霊が心を閉ざしてしまったのもそうですが、約100年に渡る暗黒時代に急速に悪化した古い魔素問題で、精霊にとっても、使いにくい魔素・魔力になっていたのです。

 その為に、エンゲルハイトとアデルの子らですら、精霊を感じることすら出来なかったのです。

 精霊の力を抑えた結果、古い魔素問題で精霊も力を発揮しにくくなり、ヒト族も魔法が使える者が減り、更に精霊との距離が広がってしまったのです。


 腐敗を一掃とは言え、まだまだ暗黒時代の価値観がそれなりに残っている時代でした。

 「精霊が見える剣」に要らぬ価値観を見出し、欲する者が後を絶ちませんでした。

 何度か、契約精霊サラマンダーが精霊剣を不正に手にしようとした者たちを炭にしたのは知っています。

 術の魂の持ち主だったアデルは、「精霊が見える杖」として知れ渡っていた魔法杖を常にアイテムボックス内に入れていたので、そういう問題は起きませんでしたが、アイテムボックスを持たぬ自分の子らの身を案じたのでしょう。

 エンゲルハイトとアデルが、精霊に関する記録を一切残さないと決めた理由も、よく理解出来ました。


 精霊に関する記録を全て抹消した結果、精霊剣が「精霊剣」であることが忘れ去られ、精霊の存在を知ることが出来なくなった始祖の魂の子孫らは、精霊との共闘技術を失いました。

 同時に、暗黒時代に想定以上に剣や杖に宿しておいた神力を消費してしまい、寿命すらも短くなってしまいました。これも、始祖の魂の子孫らが、精霊の存在を感じる事が出来なくなった大きな理由であるのは、間違いありません。


 色々考えて、自分なりに準備したつもりでした。

 惑星を管理するというのは、一筋縄にはいきません。

 氷の精霊フラウの分身の張り切りで、火の精霊サラマンダーの分身によって熱せられた結界内は、あっという間に涼しい空間へとなった。

 寒くはない。涼しくて丁度いい温度になっている。

 情報過多で頭が疲れていたクラウスにとっては、頭がすっきりするひんやり度。


 結界の境界に辿り着いた。

「ここから先は二分割にするね。その先が(キング)が居た場所だから、その手前で魔力の補充をすれば、あの広い場所は一度で片付けられると思う。」

「承知した。よろしくお願いいたします。」

 そう答えている間中、隣からは結構な音が響いてきている。気にするな、という方が難しい。ルウィージェスに答えながらも、思わず、クラウスの視線が左側に向く。

「あれは、エルンスト団長の風魔法の音だよ。エルンスト団長は、風の神鳥ヴェズルフェルニルの加護も受けているからね。」

「一体、何をしたら、あんな派手な音が出るのだ?」

 少しクラウスは呆れていた。クラウスの左肩に乗っているサラマンダーも、右肩に乗っているフラウも、断続的に響いてくる音が気になっているのが分かる。

「エルンスト団長たちは、もう、通路の行き止まりにまで辿り着いているみたい。そこで、何だろう、大量の物を倒して、破壊しているね。」

「……??」

 クラウスは、通路行き止まりでの事を思い出そうとしていたが、思い出せるのは、結界から一歩出た瞬間に無防備な目が激臭にやられて、ひたすら目が痛かった事と、疲れた体にハインライテル州領のぶどうがとても旨かった、という事だ。

「…あ、もしかして、あそこの荷を崩しているのか?」

 ハインライテル州領のぶどうで、その前後の記憶が蘇る。休憩場所を確保する為に、積み重なっていた荷を動かした。思い返せば、あそこには大量の荷があった。あの量の荷を崩すなら、確かに、勢いのある風魔法が必要だし、あの量の荷が崩れれば、それなりの音が鳴り響くだろう。

「エルンスト団長、【風魔法:風刃乱舞エアカッター・バースト】に【風魔法:竜巻(トルネード)】を重ねて荷を崩しているみたいだよ。ふふ。派手な魔法使っているね。楽しそう。」

 ルウィージェスは笑みを浮かべ、クラウスに説明する。

 その説明を聞きながら、クラウスは、自分が王国騎士団の団長に選任され就任したその夜、長兄のオルトールドに、宮廷魔術師団団長のエルンストについて聞いた時のことを思い出していた。

「エルンスト殿に剣などの武術を教えていた祖父が、子どもが放つ魔法とは思えない程の威力があると驚いていた、と兄から聞いたことがあります。俺が騎士団長に就任後、何度も魔術師団と合同で演習を行ってきて、本人も昔から風魔法は得意だったと言っていましたけど、本当に、エルンスト殿の風魔法は異常だった…。その上に風の神鳥から加護を貰って。しかも、今はルウィージェス様が作った魔法杖を使っているのだろう?」

 ――――人類最強なんじゃないか?

 思わずクラウスは心の中で呟いた。

 風魔法が壁などにぶつかっているのか、振動を伴う激しい音が、断続的に続いている。

 クラウスの両肩でくつろぐ精霊たちも、断続的に響いてくる音に興味津々だ。

 何となくだが、クラウスは、精霊たちにはエルンストの魔力が視えているような気がしていた。

「あ、今度は、【水魔法:広域放水】の逆流魔法【逆流水魔法:広域乾燥】で乾燥させているみたいだね。逆流魔法、使いこなしているね~。」

 ――――流石、術の魂。初めて使う新しい魔法杖で中級魔法を多重発動させて、ちゃんと自分の管理下に全てを置いている。姉さまの封印から力が漏れてしまっているみたいだけど、全く問題なさそうだし。ランの加護、いい働きをしている。

 術の魂(エルンスト)剣の魂(クラウス)も、何故か中級神(エムラカディア)が付けた筈の守護神を失っているが、今は上級神(ルウィージェス)の眷属の加護を受けている。

 ――――本来の力を出しても、全く問題ない筈。気になるのは、守護神がいない理由と、エルンスト団長の記憶を姉さまが封じている理由だけど…。

 エルンストにはエムラカディアの神術が掛けてあるが、クラウスにはない。守護神がいないという共通点を持っているにも関わらず。

 ――――エルンスト団長に問題が起こり、それにクラウス団長の守護神が巻き込まれた??

 ルウィージェスなりに色々と考えてはみるが、どういう状況になったらそういう状態になるのかが、さっぱり分からない。

 ここで考えても答えにはたどり着けない。ルウィージェスは、この件に関する事を考えるのは諦めた。


 ルウィージェスは、サラマンダーとフラウを見た。エルンストの方が落ち着いたからか、もしくは、刺激されたのか、二人とも、やる気満々だ。

「ん~、二人とも、一気に奥の通路まで片付けちゃう?」

「おぉ~、いいね!」

「勿論ですわ。」

 クラウスはちょっと驚いている。クラウス自身も、騎士としては魔力量が多いが、宮廷魔術師団の魔術師と比べれば、やはり少ないことは分かっている。

 だが、宮廷魔術師団の魔術師は超一流だ。あくまでも、そのレベルと比較すると少ない、というだけだ。

「必要な時はぼくがクラウス団長に魔力を送るから、ちょっと、中級の攻撃魔法、使ってみる?」

 クラウスにとって、中級の攻撃魔法は夢の夢。騎士では絶対に使えない魔法だ。

「自分は、試してみたいです。」

「それじゃ、」

 ルウィージェスは、サラマンダーが力を発揮しやすい【混合魔法:紅蓮疾風クリムゾン・ハリケーン】を作った。【混合魔法:紅蓮疾風】は、【火魔法:火渦ファイヤーウァール】と【風魔法:疾風ハリケーン】の多重魔法で、付与魔法としても使える。地上の者が扱う魔法としては、上級魔法に限りなく近い中級魔法だが、精霊と契約しているクラウスは、精霊の魔力も加算されているような状態だ。威力の割に自身の消費魔力量はそう多くならない。

「これが、【混合魔法:紅蓮疾風】の魔法陣ね。」

 今回も【魔法陣読解】を発動させ、魔力の流れを見せる。

「この魔法陣はちょっと複雑だから、この魔法陣を見ながら、流れをしっかりと意識して、放ってみて。」

「承知した。」

 ルウィージェスは、今いる通路の終点まで一気に結界を張った。

 最初に発動させるのは火魔法。勿論、既に火の精霊サラマンダーが、クラウスの前にふよふよと浮き、スタンバイしている。

 小石をどかして足場を固め、両足の位置を微調整する。両手でしっかりと剣を持ち、斜めに構え、肩の力を抜くように、意識してゆっくりと深く息を吐き、軽く深呼吸をした。

 ルウィージェスの【魔法陣読解】で宙に描かれている【混合魔法:紅蓮疾風】の魔法陣を横目で見ながら、先程見た魔力の流れを思い出し、唱える。

「【混合魔法:紅蓮疾風】」

 緊張からか、少し大きめの声が出た。

 剣の周りに魔法名の通り、紅蓮の炎が風魔法に煽られ、ボー―と音を立てて、旋回している。

「【混合魔法:紅蓮疾風】発動」

 クラウスはサラマンダーに視線を送り、サラマンダーが頷いたタイミングで、剣を大きく振りかざし、魔法を遠くに放り投げるように放った。

「子分どもよ、炎を散らせ!」

「おぉーーーーー」

 先ほどと同じように、光を伴った炎が四方八方に散らばるが、その勢いは全く違う。

「すっげ…、」

 思わずルウィージェスはクラウスをチラっと見た。普段からクラウスの口調はラフだが、童心に戻ったような声と口調は初めて聞く。

「うおぉーーー、」

 勢いよく結界内を動き回る光付炎に目が釘付けだ。完全に無意識下で出している声。

「もっと暴れろ!」

 サラマンダーの檄が飛ぶ。

「放ったのは中級魔法だけど、勢いと規模は上級魔法だよね。」

 ルウィージェスの言葉に頷いたクラウスだが、ふと、疑問が沸いた。

「ルウィージェス様、実家に過去の記録、結構残っているのですが、精霊剣の事も、精霊の力の事も、読んだ記憶がありません。何故だか、ご存じでしょうか?」

 これだけの威力の付与魔法が使えるなら、代々に渡って、その使い方なりが伝わっている筈だ。

 だが現在、クラウスが知る限り、精霊剣どころか、付与魔法すら伝わっていない。

「う~ん、ぼくも詳しい理由は知らないんだけど、あくまでも姉さまから聞いた話しを元に推察するに、契約精霊の力を借りて、強い攻撃魔法を纏わせた精霊剣を使えた人が、500年近く前の当主、ベルンハルトという人にまで遡るからじゃないかな?」

「ベルンハルト…、」


 息子ベルンハルトと父エンゲルハイト親子は共に、王国騎士団の団長になった者たちだ。

 この二人は、ただ騎士団の団長だった、という訳ではない。一度腐敗した騎士団を立て直した立役者として、騎士団入団後に学ぶ騎士団の歴史に必ず出てくる人物である。

 シューバート侯爵家の者として、騎士団団長になった者として、クラウスが知らない筈がない。

「そのベルンハルトという人が精霊剣の持ち主だった時って、既に古い魔素問題が深刻化していたんだけど、当時使っていた精霊剣は創造神(ねえさま)が作った剣で、クラウス団長のその精霊剣は精霊王(ぼく)が作った剣だから、そもそも威力が違う筈なんだ。時代的背景と剣の性能の違いもあって、精霊剣の本当の力を引き出すことがとても難しい状態になっていたから、その後の世代の人たちは、契約精霊の力を借りることが出来なかったかもしれない。」

 ルウィージェスの話を聞きながら、クラウスは当時の記録の内容を思い出していた。


 エルンストが術の魂の持ち主であることは、以前分かった。

 切っ掛けは、創造神エムラカディアがその使用を禁止し、記憶を消したはずの『魔力の溜め』の術式が偶然見つかったことだった。その時、時空創造神クロテゥノスの力を借りて、エムラカディアと共に、ルウィージェスは過去を見に行った。

 その結果、偶然にも『魔力の溜め』の術式を作ってしまったのは、宮廷魔術師団団長の座を奪還(だっかん)したばかりのアデル・フォン・フォーゲルで、それも、魔法が使えなくなった者たちを憂いての結果だった。

 その時、既に古い魔素問題が深刻化しており、魔法を学ぶ機会がない平民は、生活魔法以外に使える者が少なくなっていた時代だった。


 フォーゲル伯爵家に代々伝わる魔法杖の寿命が切れかけていることに気づいた日の夜、転移で王都に戻ったルウィージェスは、偶然王都の屋敷にいたエムラカディアに、魔法杖のことを報告すると同時に、クラウスは剣の魂の持ち主なのではないか、と質問をぶつけた。

 その時、クラウスは剣の魂の持ち主であり、前の精霊剣の持ち主、ベルンハルトはクラウスの前世だ、とエムラカディアははっきりと言った。

 ベルンハルトが騎士団長に就任したのは、エルンストの前世、アベル・フォン・フォーゲルがフォーゲル伯爵家の者として宮廷魔術師団団長の座を奪還した6年後。

 共に、中枢にまで及んだ腐敗に疲れ果てた世論が味方し、団長の座の奪還に成功した。


 ルウィージェスが剣の魂についてエムラカディアに質問した時、エムラカティアは、この惑星の詳細な歴史をルウィージェスに話すことにした。

 なぜなら、ルウィージェスの魂が創られることになった経緯が、この惑星に起こった問題と、深い関わりがあるからだ。

 そして、剣の魂の持ち主クラウスと、術の魂の持ち主エルンストが、上級神(ルウィージェス)の眷属から加護を受けたことで創造神エムラカディアの管理下から外れ、ルウィージェスの管理下に入ったことと、今までエムラカディアが行って来た古い魔素対策の大部分が、ルウィージェスに移行しているのも、エムラカディアの決断を後押しした。

 ルウィージェスが降臨して1年半が過ぎた。それなりに、ルウィージェスもこの惑星について学んできた。

 もう、二人については、完全に移しても良い頃合いだろう、そうエムラカティアは判断した。

 但し、守護神を失った理由については、まだ時期早々と判断した。

 この件に関しては、適切なタイミングでルウィージェスに伝える必要があり、創造神としての義務、とエムラカディアは考えている。理想を言えば、エルンストとクラウスだけでなく、国王アギディウスとオルトールドも同席している時が良い。


 創造神エムラカディアが、この惑星の創造神となって15億年経つ。

 ルウィージェスも、エムラカディアから聞いて驚いたが、エムラカディアは一度、この惑星の文明を滅ぼしている。植物、動物、妖精、精霊、言語を持つヒト族たち、この惑星の神鳥、神獣を含めた全ての生命も文明も完全に消滅させた。一言で言えば、水一滴も残さず、惑星をまっさらにした。

 生命を全て滅亡させた理由は色々あるが、古い魔素の問題によって、全く魔法が使えなくなったのが最終決断に至った最大の理由だった。

 初めに作った四魂の内、既に全ての能力を手放し、一般輪廻に乗った盾の魂も呼び戻して、全ての能力と記憶を消し、新しく作り直した。

 当然、これは創造神の権限を越えている。世界創造神の承諾を得たうえで行った。


 8億年前、新しい環境を整え始めたのだが、今度は一度目よりも時間をかけてじっくりと環境を作って行った。先ず作ったのは火山と水脈。地球の成り立ちと同じだ。

 5億年前、先ず()いたのは、厳しい環境でも生きる生命力の強い植物の『生命の種』。

 火山による熱と上空の冷たい空気がぶつかれば、風が生まれる。火山の噴火による熱と、上空の冷たい空気の差によって水蒸気が発生する。水蒸気が大気の気温と圧力による飽和状態を超えると、水蒸気は凝結して微小の水滴や氷粒となる。雲はこの細かい水滴や氷粒が集まったものだ。この時の氷粒の核となっているのは、火山から放出された鉱物や土壌の微粒子だ。細かい氷の粒が乱気流によって大暴れし、その運動エネルギーで(プラズマ)が発生する。その(プラズマ)は火の元になり、草が燃えることで、生命が使える形となった炭素が地面に残る。土壌に残った豊富な水素と炭素は有機物構成の土台となり、多様な動植物と生命誕生のメカニズムを生み出していった。

 こうやって、酸素や二酸化酸素、窒素や水素などが豊富な惑星を作り、それらをうまく循環させる機構(システム)を構築させた。

 前回よりも複雑に、そして、多様性を持たせて。

 神術による関与は必要最低限に抑えて、あくまでも自然発生を重視して。


 豊かな土壌が整い、更なる生命を受け入れる準備が整ったが2億年前。

 次に蒔いたのは、多様な環境とそれに合わせた多種多様な植物と動物の『生命の種』。そして、創造神の権能で、それらを管理する神獣、神鳥、魔獣、魔鳥などを設置した。

 多種多様な動植物が育ち、惑星(じゅう)にその土地の気候や風土に合った生命が満遍なく行き届き、ようやく、神獣ら以外の、言語を司る生命体を受け入れる準備が整った。

 エムラカディアは、複雑で高度な言語を操る能力を持つ生命体をヒト族と命名し、複数のヒト族の『生命の種』を蒔いた。

 そして5千年前、ヒト族の中で、特に高い知能と知識を得て、高い文明を築くことに成功した人間族の中から自分の使徒を選ぶことにし、その使徒を支える者として、一度まっさらにした『始祖の魂』に人間族の『生命の種』を入れると同時に新たな能力を与え、天界に作った専用の空間で育て始めた。


 惑星上では、動物と魔獣の間に生まれた仔らの中には、魔力を持つ動物が生まれるようになった。それらを魔道生物と呼ばせることにした。魔道生物は、今では更に省略され、魔物と呼ばれている。

 そして、その魔物を主食とした生命体の中に魔力が宿り、魔法を使う生命体が増えていった。

 それは、一度目でも起こった事象。エムラカディアの兄ソフィアテリビスが治める惑星でも同じ事象が起こっている。ある意味、順調に進んでいる証でもあった。


 惑星のあちらこちらで、ヒト族の文明が単発的に発達していった。特に人間族は他のヒト族より遥かに早い速度で文明を発達させ、その勢力地域を拡大していった。

 複数の異なる文明が発達し、人口増加に耐えうるだけの土台が出来た。そこで、更なる『生命の種』を蒔き、人口増加を図った。この時に巻いた『生命の種』の数が、この惑星で生まれることが出来る数。種族別の最大数が決まったのも、この時。

 エムラカディアは、一番高い文明を早くに築いた人間族の種を多めに蒔いた。

 この時、同時に妖精と精霊の『生命の種』も蒔いたのだが、一度目の反省から、彼らに許可した能力は暫定的で、その力が発揮できる範囲を必要最低限に抑えた。


 万物創生には妖精と精霊の力は不可欠。不可欠なのだが、妖精はともかくも、精霊は、暫定的にしか能力が使えない状態であったにも関わらず、扱いが非常に難しい種族だった。

 当時は、まだ全ての精霊を司る精霊王が存在していなかった為、創造神の管理下で各属性の王の元で管理されていたのだが、古い魔素が溜まり始めると、攻撃的な者が多くなっていった。

 ルウィージェスの長兄ソフィアテリビスが管理する惑星で妖精たちの戦いが頻繁に起こり、九割の文明を消す羽目になったのだが、これも元を正せば、古い魔素によって攻撃的になったのが最大の理由だった。


 ソフィアテリビスの惑星に続き、エムラカディアの惑星でも、古い魔素問題による弊害が続いたが、既存の『生命の種』に新たな能力を付けることは、世界創造神であっても不可能。

 そこで、世界創造神は自分の神力を使って、新たな魂の作成に取り掛かった。

 エムラカディアが惑星を一度更地にした8億年前のことだ。これが、現在のルウィージェスの魂だ。


 世界創造神が、古い魔素問題と妖精・精霊の問題解決となる魂を作成し始めたが、一つの上級神の魂を作るのには億単位の時間がかかる。

 それまでは、創造神として、自分の権能を最大限に活用して、古い魔素を除去しながら、何とか乗り切るしかない。


 そこで、エムラカディアが考えたのが、精霊と直接やり取りが出来る能力を持つ者を地上に置く、という方法だ。

 精霊の力は必要最低限に抑えているが、精霊と直接やり取りが出来る能力を持つ者と契約した精霊のみ、抑えている能力を一部開放することにした。

 そこまでは順調だった。

 エムラカディアが一番悩んだのが、誰を「精霊と直接やり取りが出来る能力を持つ者」とするか、だった。

 精霊の力は、ヒト族が持つ力より遥かに強い。一方で、高度な知識を持つ生命体は、高い文明を築く能力を持つと同時に、嫉妬や妬みなど、負の感情も育てやすいという負の一面もあり、精霊は、その負の感情の影響を受けやすい、という不安定な側面を持っている。

 その為に、「精霊と直接やり取りが出来る能力を持つ者」は、精神力の高い者である必要がある。

 兄ソフィアテリビスの経験談と自分の経験から、自分が直接管理し、直にやり取りすることが出来る『始祖の魂』に、その能力を与えるのが一番確実であるとエムラカディアは判断し、新しく作り直した『始祖の魂』には精霊との高い親和性を与え、神術で作り、精霊を宿した武器を与えることにした。

 神術で作った武器を使えば、古い魔素は浄化される。それに、神術で作っている以上、古い魔素問題は武器の能力に影響しない。


 『始祖の魂』に持たせた精霊との高い親和性は、世代を重ねるごとに徐々に低下していくとはいえ、かなりの間は次世代に引き継がれる。

 そして精霊を宿した神術で作った武器を代々に渡って継がせれば、『始祖の魂』の血と能力の一部を継ぐ持つ者がその武器を使うことで、古い魔素を浄化することが出来る。何世代に渡って続こうと、神力が剣に残る限り、剣に宿る精霊が古い魔素の影響を受けることはない。剣に宿した神力が消えかかったら、再度神力を掛け直せばよい。

 継がれる『始祖の魂』の能力が低くなり過ぎる前に、自分が使徒認定した者の血を濃く引き継ぐ子や孫たちを、『始祖の魂』の血族の者と婚姻関係を持たせれば、『始祖の魂』の血は少し濃くなり復活する。

 それを繰り返して言えば、何とかなる筈だ。


 そして3000年前、エムラカディアは思いつくだけの準備を整え、満を期して新しく作り直した『始祖の魂』を持つ者たちを降ろし、国造りをさせた。

 国造りは困難を極めたが、こうして、直接創造神とのやり取りが出来る者を頂点とした国、テューゲンリン王国が建国された。

 その建国の為に奮闘した新生『始祖の魂』こそが、現在の剣の魂(クラウス)術の魂(エルンスト)、そして知の魂(オルトールド)の前々世だ。役割を終えた後、盾の魂(ケーニッヒ)は、今回も全ての能力を手放し、一般の輪廻に乗る事を望んだ。


 ルウィージェスがエムラカディアから聞いたのは、ここまでだ。

 クラウスの質問の答えになるような情報はない。

 だが、エムラカディアからは、一度、全ての文明を滅ぼした、と聞いた。となれば、当然ながら、文字なども、一度は滅び消えた筈だ。二度目の3000年前は、まだそこまで文明が立ち直っていなかった可能性が高い。

「記録が残っていない理由として、姉さまが精霊剣を作ったのが、ベルンハルトという人が、精霊剣の使い手になる約2500年前らしいんだ。だから、単純に、シューバート侯爵家に伝わる剣が精霊剣である、という記録そのものがされなかったか、伝達媒体(ばいたい)が言葉によるものだったか、記録媒体そのものが経年劣化で失われたか、どっちかじゃないかな?」


 ベルンハルトとその父エンゲルハイトについては、結構記録が残っている。王国騎士団の資料室にもかなりの記録が残っており、騎士団の記録には、約500年前、王国の暗黒時代を打破した親子として記録されている。シューバート侯爵家に残る記録の方が詳細に書かれており、正確には480年ちょっとだった筈、とクラウスは覚えている。

 宮廷魔術師団の団長にアデル・フォン・フォーゲルが就任し、その数年後に、クラウスの記憶では5、6年後にベルンハルト・フォン・シューバートが王国騎士団に就任した、と記録されていた。

 その二人の尽力によって、王国中枢部に蔓延っていた腐敗が一掃された、というのが歴史的共通認識だ。


 確かに、ベルンハルトの記録には、ベルンハルト自身がかなり強い攻撃魔法が使えた、と書いてある。特に、広域魔法を得意とした、とも書かれていたのを覚えている。

 記憶を辿っているうちに、クラウスは一つ、思い出す。

「そう言えば、ベルンハルトの魔法を表す言葉に、『光り輝く魔法』というのがありました。もしかして、それが、当時の精霊の分身?」

「あ~、そうかも。ベルンハルトという人は、絶対に精霊が見えていた筈なんだ。だけど、精霊の力とは書かずに、『光り輝く魔法』と書いていたなら、もしかしたら、それを表に出せない事情があったのかも。歴史の授業でも学んだけれど、当時は、王国の暗黒時代と呼ばれてらしいし。姉さまにも暗黒時代の事を聞いたら、もの凄い顔を顰めて、『ひどい時代だった』って言っていたから、精霊の存在を表沙汰に出来ない世情だったのかもしれないね。」


 ルウィージェスの説明は、クラウスとしても納得がいくものだった。

 少なくとも、ベルンハルトの時までは、記録があったと思われる。現に、ベルンハルトは、『光り輝く魔法』を使っていたという記録があるのだから。

 クラウスも子どもの頃に授業で学んだが、シューバート侯爵家に保管されている資料を読む限りでは、当時の中枢部はかなり酷かったらしい。相当に腐敗が蔓延(はびこ)り、シューバート侯爵家もフォーゲル伯爵家も、かなり苦戦していたことが読み取れた。

 精霊剣のことを公にしなかったのも、代々伝わる一族の秘宝を守る為だったのかもしれない。記録として残す事すらも危ぶまれるような、それ程までに荒れた時代だったのかもしれない。

 しかも、その後、契約精霊の協力を得て精霊剣を使えた者は出なかったようだ。なら、あの剣が精霊剣ということが伝わらなかったのも理解出来る。

 それに、シューバート侯爵家が騎士の家系であるにも関わらず、魔術の才を失わずに済んでいる理由が、創造神が魔術師の血を時々入れていたからだ、とルウィージェスから聞いた。

 フォーゲル伯爵家からその血を入れていたようだが、フォーゲル伯爵家は魔術師の家系。付与魔法は現フォーゲル伯爵家当主であるエルンストも、ルウィージェスが現れるまでは使っていなかった。知らなかった可能性が高い。

 付与魔法の技術が途切れたのも、分かるような気がした。


 二人の会話を聞きながら、自分の分身を鼓舞していた火の精霊サラマンダーだったが、急に会話に入り込んできた。

「ベルンハルト!懐かしい名前だな。」

 クラウスはサラマンダーの言葉に驚く。

「ご先祖様を知っているのか?」

 サラマンダーはキョトンしている。

「ん?あ~、ずっとシューバートの剣にいたの、オレだ。」

「え?」

「クラウス団長、姉さまが作ったシューバート侯爵家の精霊剣にいたのは、このサラマンダーだよ。このサラマンダー、また手伝うことを決めてくれたんだよ。」

「そ、…そうだったのか…。」

 自分の目の前をふよふよ浮いている火の精霊サラマンダーが、代々伝わる創造神製精霊剣に宿っていた精霊と聞き、胸が熱くなる。

「サラマンダー、ありがとう。また、よろしく頼む。」

「おーよ。任せとけ。新しい精霊剣は、精霊王様謹製だからな。棲みやすく居心地がいいし、なんてったって、クラウスの魔力とよく馴染んでいる。オレも力も発揮しやすくて、かなり気に入っているぜ。」

「そうか。俺も、この剣、使いやすいと思っていたが、俺の魔力に馴染んでいるのか。」

「サラマンダー、あなただけ主張するのはずるいですわ。(わたくし)も、今の剣、とても気に入っています。この剣は本当に棲みやすいし、居心地がいいし、何と言っても、気持ちが落ち着きますわ。外の魔力は硬くて使いにくいけれど、この剣と一緒であれば、(わたくし)も思い存分力を出せますし。クラウスを選んで正解でしたわ。」

 氷の精霊フラウも、会話に参戦して来た。サラマンダーの炎が落ち着くまで暇だから、二人の話を聞いていたようだ。

 この氷の精霊フラウは、今回初めて剣の魂と契約している。クラウスと精霊剣に興味を持ったのは、『魔道神獣』雪狐(ニックス)の加護の影響だと思われるが、精霊剣に宿したクラウスの魔力も気に入って契約してくれたようだ。


 気付くと、左側から響いていた音が終わっていた。

「エルンスト団長、突き当りも全て終わらしたみたい。出口側に向かって移動始めた。ぼくたちも急ごう。」

「それでは、今度は(わたくし)の番ですわね。」

「あぁ、冷やすの、頼む。」

「フラウは氷の精霊だから、逆流火魔法は扱えないからね。ん~、何がいいかな~。水魔法と風魔法だと…、あ~、【混合魔法:雲海狂濤(うんかいきょうとう)】にしよう。これは、【水魔法:水蒸気(スチーム)】、【氷魔法:氷の息吹(アイスブレス)】と【風魔法:凝縮(コンデンス)】の多重魔法で、大量の冷やした水蒸気で一気に熱を吸収する魔法なんだ。【水魔法:水蒸気】も【氷魔法:氷の息吹】も初級魔法なんだけど、【風魔法:凝縮】の凝縮に魔力を要するから、消費魔力量で中級相当になる魔法。精霊の力なしで広域展開しようとすると、上級に近い位の魔力を必要とするけれど、フラウがいるから、限りなく初級魔法に近い中級魔法の魔力消費量で済むよ。」

「ほぉ~、」

――――【混合魔法:雲海狂濤レイジング・クラウド】か。【混合魔法:紅蓮疾風クリムゾン・ハリケーン】もそうだったけど、中級魔法の名前って、かっこいいな。

 当然、クラウスは初めて聞く名前の魔法だが、クラウスの琴線(きんせん)に触れた。

「これ、自分の魔力だけでは難しい魔法ですか?」

 ルウィージェスの説明では、精霊の力を借りれば、限りなく初級に近い中級魔法とのこと。過去の経験上、初級の魔法なら複数回放っても、全く支障がないことが分かっている。

「この魔法なら、ぼくの魔力補助はいらない筈。ただ、既に【混合魔法:紅蓮疾風】を放っているからね。【混合魔法:紅蓮疾風】も中級魔法の割には魔力消費量が少ないから、クラウス団長の保持魔力量で全く支障なかったけれど、普段、連続してこれ程消費量多めの魔法って使っていないでしょう?魔力保持量の問題ではなく、体の慣れの方の問題の方が大きいかな。」

「あ~、確かに。普段の訓練でも、初級魔法しか使っていないので、その心配はありますね。」

 余り大量に魔力を消費することがないクラウスだが、魔力が切れそうになった状態の魔術師団員を何度か見たことがある。今回の洞窟戦でも、結界を張り続けた魔術師団員が大量の汗をかいて、息も絶え絶え状態になったのを見ている。しかも、一度その状態にまでなると、魔力を回復した後も、非常に辛そうにしていた。

「練習を重ねたら、複数回使えるようになるものですか?」

「なる。」

 クラウスの問いに、ルウィージェスははっきりと答えた。

 その答えに、心の中でガッツポーズを決め、クラウスの口元が緩む。

「【混合魔法:紅蓮疾風】と【混合魔法:雲海狂濤】、自分の得意技にしたいですね。」

「クラウス団長なら、直ぐに使いこなせるようになるよ。この二つは、付与魔法に適した魔法だからね。」


 ルウィージェスは、【魔法陣読解】と【雲海狂濤】を同時に発動させ、【雲海狂濤】の魔法陣をクラウスに見せた。

「この魔法の肝は、【風魔法:凝縮】への魔力の込め方。【水魔法:水蒸気】と【氷魔法:氷の息吹】だけでも熱を吸収するけれど、【風魔法:凝縮】で冷えた水蒸気を圧縮させて、雲にすることで熱を閉じ込める感じにして、急速に熱を取る魔法。これに、ある程度熱吸収された後に、【風魔法:風吹ふぶき】を追加すると、更に冷却速度を加速できるよ。」

 クラウスは、その意味を掴みかねた。

「ほら、汗かいている時に風が吹くと、すごく涼しく感じるでしょう?」

「あぁ~、そうですね。」

「あれって、風が冷たいのではなくて、汗が蒸発することによって体の表面から熱を奪ってくれるから涼しく感じるんだよ。だから、湿度が高すぎる場所では、風が吹いても蒸発しないから、涼しく感じないんだよね。」

「風が吹くと蒸発する?」

 クラウスは蒸発の方が気になったようだ。

「冬、日差しが弱い日って、ある程度風が吹く日の方が洗濯物、早く乾くでしょう?」

「あ~、そう言えば、そうですね。何度かエミリアに【風魔法:風吹(ブローウィング)】を、頼まれた事があります。なるほど。」

 クラウスが思い出しているのは、こぼした水を軽くふき取った後に、風魔法をかけた方が速く乾く光景だ。子どもがまだ小さい頃、当たり前のように水を速く蒸発させるのに風魔法を使っていた。特に、毛足の長い厚手の絨毯を濡らした後の乾燥には必須だった。

「日常的に使っているのに、普段使わない教科書に書かれている単語にすると、今回ので言えば、普段は『乾燥』と言っているので、『蒸発』と言われると、ピンとこなかったり、あと、意外と理由を理解しないで行っていること、多いですよね。」

「うん。神界には暑い日ってないから、去年、降臨して間もない日、余りの暑さに姉さまに『暑い』ってごねたら、【水魔法:フォグ】で体を濡らして【風魔法:微風ブリーズ】で飛ばせば、涼しくなるよって教えて貰ったんだけど、学校の授業で学んで知っているのに、全然思いつかなったの。姉さまに、『学ぶ』と『身に付ける』の違いですよって、ちょっとぼく、小言くらっちゃったこと、ある。」

 それを聞いたクラウスが、『創造神様、厳しい!』と思ったのは内緒だ。


 クラウスの反応は理科あるあるだ。知っている物理作用を改めて文字に置き換えると、途端に難しく感じてしまったり、頭が理解するのを拒否したりする、()()だ。

 小学生の時、教科書の「熱い空気は上に、冷たい空気は下に行く」という文を読んでも、ピンとこなかったのだが、風呂を沸かしている時、「上は熱くても下は冷たいまま」だから、ちゃんとかき混ぜないとダメだぞ、と言われたら、直ぐに理解できた。

 実体験から分かっている事なのだが、改めて文字すると、途端に難しく感じてしまう。不思議だ。 


 ルウィージェスがクラウスに【混合魔法:雲海狂濤】について話している間中、サラマンダーは、少し頭を傾げ、何かを考えているようだった。

「なぁ、さっきからよく出てくるエルンストって、左側ですげー風魔法使っていたやつのことだよな?」

 二人の話を大人しく聞いていたサラマンダーだが、クラウスの左肩に座りながら、ルウィージェスに話しかけた。

「そうだよ。」

「さっきの魔法、フォーゲルの魔法によく似てたんだが?」

「本人だよ。」

「マジか?!フォーゲルもいるのか?」

「いるよ。今はエルンストという名前になっている。」

「おぉーそうか。会えるか?」

「この洞窟内のゴブリンを全て片付けたら会えるよ。」

「そりゃ、楽しみだ!あいつも、面白い奴だったよな。」


 自分の肩に乗っている火の精霊サラマンダー本人から、シューバート侯爵家に代々伝わる精霊剣に宿っていた、と聞いた。だから、過去の当主も関わりのあった人物も知っているのだろう、それは理解できる。

 だが、今の会話はどう考えても、サラマンダーが知るフォーゲルという人物とエルンストは同一人物という事になる。

「ルウィージェス様、今の意味は?」

 ルウィージェスはニッコリと笑ってあっさりと答えた。

「フォーゲル伯爵家初代のフォーゲルさんはエルンスト団長の過去で、シューバート侯爵家初代のシューバートさんはクラウス団長の過去だよ。クラウス団長には記憶はないけど、このサラマンダーと会うのは初めてじゃないんだ。」

 もの凄い勢いで、自分の左肩に乗るサラマンダーを見る。

 ――――え?マジで?…何その、すっげー爆弾発言!

「ま、そういう訳だ。()()よろしくな!シューバート!」

 クラウス、絶句。

 第37話から続いた洞窟討伐戦も漸く終わり、残すは、洞窟内に残る全てを焼き尽くし、ダンジョン化リスクを、徹底して無くす事のみとなっていましたが、それも、終わりが近づいてきました。


 エルンストが術の魂の持ち主であることは、ひょんなことから知る事が出来ましたが、クラウスが剣の魂の持ち主である事は、守護神が付いていない、という点以外には、合致していました。

 そこで、ルウィージェスは思い切ってエムラカディアに聞いたところ、思いがけず、惑星エムラ自体の歴史を知る事になりました。

 

洞窟の討伐戦そのものは終わりましたが、事後処理はまだまだ続きます。

次は、来週7月18日(土)20:00公開予定です。

第51話 「ゴブリンの襲撃⑯―洞窟の閉鎖⑤シューバート―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


つき 千颯ちはや 拝

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