第47話 「ゴブリンの襲撃⑫―洞窟の閉鎖①魔法杖―」
従属神カリンです。下級神進級試験には合格したので、いつでも下級神に進級できますが、下級神になってしまうと、ルウィージェス様と一緒に下界に降臨する手続きが煩雑になるので、そのままにしています。
神々の世界は天界と神界に分かれています。私はルウィージェス様専属の従属神として登録されているので神界に住んでいますが、従属神は、特殊な許可を得ない限りは神界には入れません。
今の私は従属神のままですが、下級神進級試験に合格したので、身分的には下級神扱いになっており、許可がなくても神界に住む権利を得ていますが、ルウィージェス様の隣にいたいので、何も変更しておりません。
ルウィージェス様が魔導王として降臨するにあたり、私も魔法という物を勉強いたしました。
ルウィージェス様の魔術を見て思うのですが、魔力も神力もそう大きな違いはなく、『性格が違う』と説明するのが、一番近いような気がします。ルウィージェス様の魔力は純粋なので、限りなく神力に近く、神族の私にとっても心地の良いものです。
ルウィージェス様の魔術を見ていると、神術とは、威力こそは異なるものの、大した違いを感じません。魔法陣も、中級以上であれば、神法陣と酷似しています。
……初級魔法や下級魔法は、ちょっと、すみません、正直に言えば、かなり別物です。
神法陣との違いは、威力が抑えられている事が一番の違いですが、魔法陣の方が編集しにくいという特徴がありますね。神法陣は、個々に合わせて編集して使うことを前提としているのに対し、魔法陣は、安全に発動させる事を前提していると思いました。
エルンスト殿の様に、編集できる者が少ないのは、その辺りが影響しているのかもしれません。
それに、上級魔法と呼ばれる魔術になればなるほど、その魔法陣は神法陣に近くなっていますね。今回エルンスト殿が使った【火魔法:灼熱火焔地獄】は、我々が使う神術《火属性:灼熱火焔地獄》に限りなく近く、違いを探す方が難しい程です。威力に関しては、神術の半分程度に抑えられているようですが、魔力が純化され神力に近くなったエルンスト殿の魔力だと、魔法陣に含まれている制御線の影響を余り受けないようです。
制御線は、神法陣にはありません。不思議なことに、この制御線を入れないと魔法陣は発動しません。ルウィージェス様によると、魔力は神力と異なり浄化する能力がなく、施行者の魔力制御力によって、ムラが出来やすい、という性質があるそうです。その為、制御線を含ませることで、魔力の濃淡の影響を打ち消し、安全に魔法が発動させるようにしているそうです。
このシステムは世界創造神様によって構築された安全装置みたいな物、との事でした。
また、全ての魔術の魔法陣が、神術の神法陣と比べて、その威力が半減されるようになっているのは、世界の均衡を保つために、あらゆる場所に神術が使われている為、その神術を超える魔力が使えないようにしているから、との説明でした。
なので、魔術は絶対に神術を超える事は出来ないし、神術は暴走した魔力を抑える事が出来るようになっている、そういう説明でした。
例外は、術の魂の持ち主や、魔道神鳥・魔道神獣から加護を受けたエルンスト殿とクラウス殿など、神族が深く関わっている者、との話でした。
創造神が関与する魂の『力』は、その力を与えた創造神の力を超えることはなく、魔道神鳥・魔道神獣から加護を受けたエルンスト殿とクラウス殿の力は、魔道神鳥・魔道神獣に力を与えた上級神ルウィージェス様の力を超えることは絶対にない、ということです。
ただし、もしエルンスト殿が術の魂の持ち主だった場合は、加護を与えた藍殿の上が上級神なので、中級神であるエムラカディア様では抑えきれないそうなので、ルウィージェス様の管轄になるそうです。
ルウィージェス様だけが使える魔法というのがあり、それが魔導王魔術と呼ばれるものです。これは、魔導王の称号を持つ者以外には一切使えないそうです。
宮廷魔術師団で保管している『魔法辞典』で使われている分類に敢えて当てはめれば、「神級レベル」になるでしょうね。地上の者には使えない魔法、という意味で。
ルウィージェス様がエルンスト殿の魔法杖を作った時に使ったのは【魔導王魔術:世界樹杖】は、数ある魔導王魔法の中でも、非常にレベルの高い魔法で、【魔導王魔術:スキル付与】同等の魔法です。
【魔導王魔術:スキル付与】は、洞窟内でルウィージェス様が自分自身に新たなスキルを付与する為に使っていましたが、発動させた瞬間に見えた魔法陣は、過去に見たことがあるどの神法陣よりも複雑で、幾何学模様が幾重にも重なった、とても美しいものでした。
今回の【魔導王魔術:世界樹杖】の魔法陣も、本当に美しく、思わずうっとりしてしまい、その意味を考える事を忘れてしまった程でした。
なので、その夜、あの美しい魔法陣を思い出していた時に、あの魔法はエルンスト殿の杖を作る為だった事に至り、余りの驚きに、目が覚めてしまった程でした。
エルンスト殿は『魔道神鳥』藍殿の加護を受けており、ご本人の魔術も人族らしからぬレベルでしたので、完全に失念していましたが、エルンスト殿って、人族だったのですよね。
つまり、【魔導王魔術:世界樹杖】で魔法加工した魔法杖を人族の者の為に作った、という事。そこに考えた至った時、私は正直、動揺いたしました。
しかも、エルンスト殿は、あの杖を使いこなしていたのです。
エルンスト殿って、人族、辞めてなかったですよね?
過去に例を見ない規模のゴブリン営巣地を一掃し、風呂に入り英気を養い、大仕事を終えた満足感に包まれ過ごした夜を過ごした一行だが、これで終わりではない。
洞窟内にはまだゴブリンは残っているし、ルウィージェスが洞窟に続く穴や通路を全て潰したとはいえ、洞窟そのものを放置すれば、まだ別なゴブリンの一群が棲み付き、同じことが繰り返される。
営巣地を一掃するだけではなく、洞窟そのものを潰す必要がある。
だが、洞窟内には回収しきれなかった死骸と生き残ったゴブリンが相当数いる。恐らくダンジョン化する程の数は残っていないと思われるが、ダンジョン化する可能性は低いとはいえ、全く無いとも言い切れない。
ここは王都にも王都の水源にも近い。可能性がゼロではない限り、ダンジョン化を回避するためにも、洞窟を潰す前に洞窟内をもう少し綺麗にしておいた方が安全だ。
翌朝、朝食後は二手に分かれることにした。
クラウスとルウィージェス、エルンストとカリンが洞窟内に入り、残ったゴブリンを焼き尽くし、ルウィージェスが洞窟内を土魔法で埋めて、空洞を潰す。
その間に、それ以外の者たちは『電撃付き結界魔石』の結界で感電死したゴブリンを片付ける班、設営地の片付けをする班と、巣窟内及び村の中で集めた村人たちの遺体や遺骨を、村外れにある墓地に弔う班と分かれて作業をする。
藍と雪狐親子は、外の作業の効率を上げるために、スキルで皆を応援する。
ゴブリンが襲って来た時は藍が結界を張り、皆を守る。
クラウスとエルンストが洞窟内に入る為、いざという時は、ザビーネが総司令官代理を務める。
クラウスとエルンスト以外の各団長、副官、副団長が手順を確認し、役割分担を決め、指示を出した。
洞窟班の四人は、4つの通路の手前まで来た。
通路の奥から、まだ声が聞こえてくる。まだそれなりに残っているようだ。
「鼻と目を守る為に、エルンスト団長とクラウス団長の顔周辺には、ぼくの結界が張ってあるけど、それ以外は、カリン、エルンスト団長に適宜、結界をお願い。クラウス団長はぼくが手伝う。魔力もぼくが都度補うから大丈夫。」
「「よろしくお願いします。」」
エルンストはカリンに、クラウスはルウィージェスに頭を下げた。
<エルンストとカリン>
火力が強いエルンストが、左側2通路を担当する。
昨日エルンスト班が担当した通路から攻略することにした。というのも、この洞窟内の悪臭の最大の原因が、あのトイレであるのは明らかだからだ。
それ以外に、エルンスト個人的に、さっさと片付けておきたい、という希望もある。
エルンストの魔力は、アデルを除いて、歴代宮廷魔術師団団長を務めた誰よりも桁外れて多い。
そんなエルンストであっても、【火魔法:灼熱火焔地獄】は消費魔力量が多い。しかも、普段それだけの魔力を使うこともない。普段経験しないレベルにまで魔力が減れば、残量魔力に関係なく、それなりの疲労感を覚えるだろう、というのは容易に想像出来る。
疲労感が溜まったところで、あのトイレに出くわしたくない。
単純な理由だが、エルンストにとっては、気分的に、絶対避けたいと思っていた。
エルンストは実際に通ったから分かるが、この通路は側路が多い。しかも、向きも深さも不均等だ。風魔法を使ったとしても、どうしても、熱効率が落ちる。
カリンの提案より、5分割することにした。一画ずつカリンが神術結界を張って、熱効率を上げて、自然発火に至る温度を維持しよう、という方法だ。
「エルンスト殿、先ずは、トイレの手前までを一区間としました。先日聞いた話しより、トイレの手前までに側路が集中していた、との事でしたので。」
「分かりました。側路の向きも深さも、全く統一感がなかったので、狂風で炎を吹き荒らす感じにして、側路奥に残るのは、結界内全体の温度を上げて自然発火に持って行く感じを考えています。」
「それが、一番効率が良いかと私も思います。昨日の話ですと、側路の奥には小さな子どもが多かったとのことでしたが、体内水分量は多くても皮膚は薄いですし、体積そのものも小さいですから、大人のゴブリン程、熱を必要としないと思われます。」
エルンストも同意見だ。
「それでは、」
エルンストは一歩前に出て、足場を整える。
アイテムボックスから取り出したのは、先日上級神ルウィージェスより新たに賜った、魔導王魔術で作られた魔法杖。
一度息を吐き、大きく深呼吸をする。
目を閉じ、施行する魔法を明確にイメージする。
多くの者がこのプロセスとステップを蔑ろにするが、エルンストは知っている。
明確にイメージした方が、勢いが付き魔力消費量が減る。簡単に言えば、効率化されるのだ。
誰かに教えて貰ったわけではない。エルンストは知っていたのだ。
「いきます。」
両手で杖を縦に持ち前に構える。心持ち、魔石側を自分から少し離すように杖を構えた。
自身の魔力を高め、魔力を杖に流す。
「【火魔法:灼熱火焔地獄】」
前回、試しに【灼熱火焔地獄】を発動させた時、余りの勢いに腕がぶれた。だから今回は両手でしっかりと魔法杖を支えたのだが、それでも、杖を掴む両手に力を入れないと杖がぶれそうになった。これは込めた魔力量の違いによるものだと思われる。
エルンストは古代赤竜魔石の周りに【灼熱火焔地獄】が現れたのを確認すると、魔法杖から左手を離し、魔石を前に突き出すように、右腕を前に伸ばし、自分から大きく渦巻く炎を遠ざける。
「【風魔法:狂風】」
【狂風】を【灼熱火焔地獄】を絡ませた。炎が大きくなり勢いを増し、ボォーーーと大きな音を立てた。瞬間的に、右腕が大きく揺れそうになり、慌てて腕に力を入れ、右手の握力を上げ、しっかりと杖を支えた。そして右腕を上にあげ、
「行け!」
そう言うと同時に、ボールを遠くに投げるように、勢いよく魔法杖を振った。
ゴォーーーーーーーーーーーー
巨大な炎が天井、両壁、床を舐めるように渦を巻きながら前方へと走って行く。
カリンは神術で自分を守っている。だが、エルンストは何もしていない。
ここが魔法の不思議なところで、【灼熱火焔地獄】の灼熱の熱さは、魔法を発動させた本人には影響を及ぼさない。これが、何かを燃やし、その熱で熱くなった場合は、魔法を放った本人も熱を感じる。
エルンストは、黙って炎の嵐を見つめている。
「すごい…」
炎の嵐が大分先に移動してから一言、小さく、本当に小さく呟いた。
ふと、エルンストが何かに気づいたようだ。
「【風魔法:渦巻き防壁】」
そうエルンストは敢えて声を出して唱えた。そうすると威力が上がるからだ。数秒後、巨大な炎の渦が戻って来た。
この渦は、ゴブリンを焼いている。その熱はエルンストにも感じる。風で熱が自分の方に流れてこないように遮断する目的もあって、この【風魔法:渦巻き防壁】を選んだ。
戻って来た巨大な炎の渦は、高速でカルマン渦のように回る風に阻まれ、それ以上は進んで来ず、跳ね返ってまた洞窟奥へと移動していった。
途中で、戻って来た渦と跳ね返った渦がぶつかり、大爆発を起こした。
これには洞窟内が大きく揺れ、上からパラパラと岩の欠片が落ちてきた。
慌ててカリンが結界を張り、エルンストを守る。
「カリン様、ありがとうございます。」
「この炎の渦は流石ですね。」
カリンは、一見落ち着いていて、平常心を保っているように見えていたが、人族であるエルンストが発動させた魔術の大きさと勢いに、心底驚嘆していた。
確かに、ルウィージェスが新たに作った魔法杖は、魔導王魔術で作っただけあって、素晴らしい物だ。
いや、カリンは思い直す。
――――何故エルンスト殿は、この魔法杖を使いこなせるのだろうか?
カリンの中で疑問が沸く。
この魔法杖は古代赤竜魔石を使っている。赤竜は火竜だ。当然ながら火魔法とは相性が良いが、人族が使うには、相性が良すぎるのだ。
別に火竜の魔石だから、威力が増すわけではない。
魔法杖には魔石が使われるが、これは、魔力が魔石の中で乱反射し、それによって運動エネルギーが増幅され、少ない魔力でも高威力の魔法が打てるようにする為だ。いわば、魔力増幅装置的な意味合いで魔石が使われている。
安い魔法杖には、魔力施行力の低い魔物の魔石が使われているのだが、問題は、そのレベルの魔石の中の魔力濃度は不均等で、反射率も悪い。だから、往々にして、面の数が多い魔石が使われ、それで乱反射率を上げている。その反面、ぶつかる回数が多ければ、それだけエネルギーロスも発生している為に、上がる効率が悪くなる。面の数が多ければ良い、という訳でもない。だが、最大の問題点は、面が多ければ多いほど、不均等に力が加わることになり、魔石の寿命が短くなる、ということだ。
上級者向けの魔法杖になると、魔力施行力が高い魔物の魔石が使われるが、高度な魔法が使える魔物の魔石は、魔石内の魔力濃度が安定しており、乱反射率を必要以上に上げる必要がなく、魔石の寿命を考え、面が少ない魔石が好まれる。球に近い魔石程、上級魔法が使える上級者向けとなり、値段も相応になる。
ルウィージェスが新たに与えた魔法杖には古代竜の魔石が使われている。当然、魔石内の魔力は濃度が高く均等で、球型だ。
しかも、エルンストは『魔道神鳥』藍から「守護の加護」を受けており、魔力が純化されている。
つまり、神獣に近い古代竜の、純化魔力に近い魔力の塊である魔石の中を、加護を受け純化した魔力が通過する。それは即ち、通過ロスが全くない、ということだ。しかも、超高速反射が起こっている。得られる運動エネルギーも膨大だ。
しかも杖自体は、ルウィージェスの【魔導王魔術:世界樹杖】で魔法加工された世界樹。同じ世界樹でも、未加工の物とは比較にならない程、魔力の移動の量も流れの速度も尋常ではない。
――――何故、これだけの魔力が一気に体から抜けても、高速で魔術に転換されても、制御下に置けている?
普通、人族は、これだけの高速で移動する魔法を制御出来ない。
エルンストが倒れない、ということは、世界樹へ移動させる魔力量を完全に制御出来ている、という意味に他ならない。
世界樹へ移動させる魔力量を完全に制御し、その速度に対応し、古代竜の魔石から発せられる魔力もしっかりと制御して、自分が施行したい魔術を自分の目的にあった威力にして発動させている、ということ。
無意識に、カリンはエルンストに質問していた。気付いたら、心の声が出てしまっていた。
「エルンスト殿、何故、その杖を使えるのですか?」
「え?」
エルンストには、カリンのその質問の意味が分からない。
一度出てしまった言葉は取り返せない。カリンはそのまま続けることにした。
「エルンスト殿、その魔法杖、普通の人族には使える代物ではありません。」
「え?」
その言葉に思わず右手に握る魔法杖に視線が行く。
「すみませんが、今、代々伝わる魔法杖はお持ちですか?」
「あ、はい。」
エルンストは、アイテムボックスから古い方の魔防杖を取り出した。
カリンにも、この杖の寿命が尽きかけているのが分かったが、問題はそこではない。
魔法杖を受け取ったカリンは、杖をじっくりと見る。
「やはり。」
カリンは、杖をエルンストに戻した。
「エルンスト殿、古い方の杖と新しい杖を見比べると分かるかと思いますが、杖部分は両方共世界樹が使われています。しかし、古い方の世界樹は魔法未加工。世界樹の枝をそのまま使っています。ですが、新しい方の杖は、ルウィージェス様によって魔法加工されております。」
そう言われ、改めてエルンストは杖を見比べて見た。
確かに、古い方の枝は、枝らしさが残っている、と言うか、枝の上からワックスを掛けたようになっていて、ワックスの様なものが剥げてしまった所を触ると、木の枝の感触だ。
しかし、新しい方の杖は、色は枝そのものだが、上に薄いガラスが乗っているような、何か、硬い物でコーティングされているような、そんな手触りだ。それなのに、非常に握りやすい。硬く感じる訳でもなく、滑る感じもない。逆に、手に吸い付くような感じで、一言で言えば、手に馴染む。
「魔法加工で枝を保護しているのもありますが、その硬い膜みたいな物は、魔力が外に逃げるのを防ぐ役割をしています。つまり、魔石まで流れる魔力に一切の無駄がないようになっています。」
「なるほど…。」
魔力の流れが良く感じたのは、枝を通り抜けるまでに抜ける魔力がないから、よりスムーズに流れて行くように感じたのだ、とエルンストは理解した。
「魔石も、古い方は球体に近い形ではありますが、完全な球体ではありません。卵型に近い球体です。しかし、新しい方は完全な球体です。色も、古い方は黒竜の魔石でしたが、もう魔力が殆ど残っていないので、かなり透けてしまっていますが、漆黒ではないの、分かりますでしょうか?それと比べると、新しい方は、古代赤竜の魔石ですが、燃えるような赤色です。勿論、魔力がぎっしりと詰まっているので、透けてはいません。」
「…本当だ。」
古い方の魔石も、他の魔石と比べるとほぼ球体で、今まで卵型になっているのに気付かない程だったが、完全な球体状の魔石と比べると、確かに、少し面長だ。これなら卵型と言える。
色もそうだ。他に、これ程の黒い魔石は見ることがなく、一見すると真っ黒に見えるのだが、改めてよく見ると、確かに、黒というよりかは、ランプブラックと言える黒色だ。少し赤みが入っていると言うか。明らかに漆黒ではない。
太陽の光の下では分かりにくかったが、この薄暗い洞窟内だと、透けて見えるというのも手伝って、真っ黒ではないのが良く分かる。
「エルンスト殿は、古い方の魔法杖を使ったことがないと言われていたので、比較しようがないかと思いますが、実はその新しい魔法杖、魔力を込めた瞬間に込めた分の魔力全てが体から枝に高速移動し、全くの漏れなく魔石に魔力が届きます。魔石に届いた魔力も高速移動して、殆ど時間差なく魔法が発動されます。つまり、全ての工程において、人が処理できる能力を超えた速度で行われているのです。ですが、先程エルンスト殿は、全く問題のもの字もなく、魔法を、しかも2種類の魔法を立て続けに発動させていました。実はこれ、一言で言えば、あり得ない事なのです。」
そう言われてもエルンストには何とも答えようがない。出来ちゃったし。
魔力がごっそりと抜かれた感じもなければ、発動速度に違和感を覚えたわけでもない。発動時の威力に驚きはしたが、それも前回の試し打ちで分かっていたから、ちゃんと対応出来た。
エルンストは、この魔法杖を作って貰った工程を思い出していた。一つ、理由となりそうな事を覚えている。
「カリン様、この魔法杖を作る時、ルウィージェス様は、私に世界樹に魔石を括り付けた状態の時からしっかりと持っているよう言われました。それで私の魔力に合わせて下さったから、問題なく対応出来た、という事はないのでしょうか?」
「はい、私もその時の事を覚えています。正直、あの時は流してしまいましたが、後になって、ルウィージェス様が【世界樹杖】を唱えて魔法杖を作っていた事を思い出し、もの凄く驚いたのです。あの魔法は魔導王魔術で、本来は、魔導王用の魔法杖を作る為の魔法なのです。ですから、この魔法杖は、魔導王のルウィージェス様が使うレベルの魔法杖なのです。」
流石にその説明にはエルンストは言葉を失った。
左手に持っていた古い方の杖をアイテムボックス内に入れ、両手で杖を持ち、まじまじと見つめる。
「それ程の…、」
「はい、ですから、エルンスト殿の魔力に合わせたとはいえ、魔導王が持つレベルの魔法杖を問題なく使えるエルンスト殿に驚いてしまった、という訳です。」
そこまで言われて、漸くカリンの質問の意味を理解し、…自分に驚く。
「エルンスト殿、何か心当たりありませんか?」
心当たりは、…全くないとは言い切れない部分が、正直言ってある。何故なら、何故か分かっている事が多いからだ。誰からも教えて貰った事がない事なのに、自分は当たり前のように分かっていた事が多々ある。流石に、そこにはかなり前から気付いている。
だが、何故なのかは分からないし、それが分かったとしても、魔導王レベルの魔法杖がどうして使えたのか、その答えに辿り着ける気がしない。
エルンストは右手に魔法杖を持ち、上下に振ってみた。特に意味があっての行動ではない。ただ、不思議と馴染むのだ。持っていて違和感がないのだ。
「確かに、魔法に関しては自分でも不思議に思う事は多々あります。でも、それがカリン様の質問の答えになるか、というと、そういう感じもしません。カリン様への答えにはなっていませんが、この魔法杖、とても使いやすいと感じていますし、自分の魔法がとても馴染むと感じています。全く違和感なく使え、私自身も、この魔法杖に合わせている感じがなく、魔法杖が私に合わせている感じもありません。変な表現になりますが、昔から使っている杖、そのくらい自然でしっくりする杖。それが、この魔法杖に対する私の感想になります。」
一つの可能性として、カリンにも考えていることはある。しかし、もしエルンストの魂がこの惑星の術の魂だったら、守護神がいる筈なのだ。しかし、エルンストには守護神はついていない。今は『魔道神鳥』藍がいるが、藍が加護を与える前にエルンストを知り、何度も会い、長時間同じ空間で過ごしたこともあったが、その時から守護神は付いていなかった。
だから、余計に分からないのだ。
だが、分からないものは分からない。仕方がない。分かっている事は、エルンストの魔術のレベルは亜神級であり、亜神だったら、ルウィージェスから「魔導士」、いや、それ以上の「魔導師」の称号を受けていてもおかしくない程の魔術師である、という事だ。そして、ルウィージェスも、それを認めているから、このレベルの魔法杖を渡しているのだ。
下級神進級試験に合格した従属神カリンにとって、理由はさほど重要ではない。大切なのは、エルンストは「魔導師」級の魔術師だ、ということだけだ。
「ありがとうございます。すみません、変な事を言ってしまいました。あ、でも、古い方の魔法杖は、もう、エルンスト殿は勿論のこと、次期のフォーゲル伯爵当主も、安心して使える状態ではありません。エルンスト殿が使ったら、ルウィージェス様も言われていた通り破裂すると思いますが、次期当主でも、数回使ったら魔石が崩れ落ちると思います。その魔法杖は、エルンスト殿専用なので、新しく当主用の魔法杖を作る事をお勧めいたします。」
「その様ですね。正直、この素晴らしい魔法杖を後世に残せると思って喜んでいたのですが、魔導王様レベルの魔法杖と聞いてしまうと、私個人的には嬉しいのですが、」
エルンストは魔石とは反対側、杖の末端に付いている球状の飾りを見る。そこにはフォーゲル伯爵家の紋章が入っている。
「残念ですが、流石に、後世の者たちの安全を考えると、難しいですよね。」
貴族当主らしい言葉にカリンは思わす笑ってしまった。
「失礼。その紋章は、『魔術の要』ですね。エムラカディア様がフォーゲル伯爵家の守護として作った…。」
「はい、ルウィージェス様からそう伺いました。」
「…不思議ですよね。何故ルウィージェス様は、その紋章をその魔法杖に入れたのでしょう。その杖は、エルンスト殿にしか使えないのに。」
カリンの何気ない言葉に、エルンストは思わずカリンの方を見てしまった。
確かにその通りだ、とエルンストも思う。
今は、当主の自分が使う物だから、紋章が付いていてもおかしくはない。だが、自分が当主を引退した時、もしくは、寿命が近づいてきたら…。本家の屋敷に残しておくことすら、この魔法杖は危ない。カリンからの説明で、それは理解した。本来なら魔導王に返すのが筋なのだろうが、もう少しで本人はこの惑星を離れる。自分が死ぬ前に確実に姉である創造神に戻す必要があるだろう。
これ程の魔法杖だ。フォーゲル伯爵家以外からこの魔法杖が使える魔術師が出てきた時に、創造神から渡すことだってできる筈だ。だが、紋章が入っている以上、フォーゲル伯爵家当主以外には使えない。
――――フォーゲル伯爵家の紋章は入れない方が良かった筈なのに、何故ルウィージェス様は、…入れたのだろう?
ふと、カリンが【灼熱火焔地獄】の熱から自分を守っていた結界が解いているのに気付いた。
【渦巻き防壁】を止めても、周りの空気はもう熱くなかった。
「あ、もう先に進めそうですね。」
「この結界内には生命反応を認めません。次に行きましょう。」
今はこの洞窟を潰すことが最優先事項だ。
「ここの結界は、ここからトイレを含む、突き当り少し手前までに張ってあります。この先から天井が高くなるので、先程よりも強めの風魔法を使うことを勧めします。」
「なるほど。天井が少し高くなる場所まで側路がありました。側路で勢いが削られるから、更なる速度を付けないと、天井まで炎が届かなくなる可能性がある、というわけですね。」
「はい。投擲系の魔法の欠点は、飛行経路が直線的という点です。矢魔法にしろ、渦巻き系魔法にしろ、放物線上から外れ、飛行経路を曲げるには、更に他の魔法をぶつける必要があるのですが、今回は【灼熱火焔地獄】を使っています。【灼熱火焔地獄】より勢いの低い風魔法は使っても、【灼熱火焔地獄】の勢いに飲まれるか、弾き飛ばされるかで、飛行経路を変えるのは非常に難しいでしょう。」
「確かに。予め、天井が高くなっている場所に合わせた風魔法を、となると、…先程の【風魔王:狂風】を【風魔法:竜巻】に変えてやってみます。」
「分かりました。」
エルンストは、トイレ側の結界のギリギリ手前に立った。今回の結界内には、トイレ内容物という、有機物が大量に残っている上に、倒し損ねたゴブリンの数もそれなりにある。燃焼物がそれだけ多いと、魔法を放つ本人も熱を感じてしまう。
カリンの結界は神術によるもので、魔力結界よりも強力だ。その為、結界の外から魔法を放つと、どんなにカリンが魔法を通すようにしても、威力が削られてしまう、という説明だった。よって、本人はトイレ側の結界の外に立ちながら、魔法を放つ瞬間、魔法杖はトイレ側の結界内になければならない。
先程のカリンの説明を思い出す。この魔法杖は魔王道魔法によって特殊魔法加工が施されている為、一般に出回っている魔法杖と比較にならない程に魔力の通りが良く、魔術発動もとても速い、とのことだった。
あれだけ強く握っていたにも関わらず魔法杖がぶれそうになったのは、込めた魔力量が多かっただけではなかった、というわけだ。
今度は、より勢いのある【風魔法:竜巻】を使う。両手でしっかりと最後まで握っている必要がある。
エルンストの利き足は左足だ。手は右利きなのだが、なぜか足は左側。今回は少し利き足の左足を少し前に出し、足場を整える。
奥側の天井の方が高いため、魔法を放つ瞬間に強い回転を付けておく必要がある。
イメージ的には、竜巻の渦と同じ方向に回転を付けながら火魔法を投げる感じか。
奥に行くほど天井が高くなる。上下に渦を回したい。
魔石側を心持ち自分から離した角度にした状態で、両手でしっかりと杖を持つ。
目を閉じ、魔法杖に魔力を送る。先ほどよりも少し多めの魔力を込めてみた。
確かに、ふっと魔力が抜ける感じがしたが、特に影響はない。
魔法陣は細部まで鮮明に覚えている。発動させる魔法の大きさを強くイメージし、
「【火魔法:灼熱火焔地獄】」
今回も、あえて声を出して魔法名を詠唱する。
ボーーーーと勢いよく魔石の周りを炎が渦巻く。
ゆっくりと魔石をトイレ側の結界の内側に入れる。
カリンの説明通り、結界を通過した瞬間に、炎の勢いが削られたのが分かった。
魔石をトイレ側の結界内に入ったのを確認し、再度魔法杖に魔力を流し込む。すると、【灼熱火焔地獄】の勢いが戻った。
更に両手の握力を高め、【風魔法:竜巻】を声にして唱えた。
ゴォーーーーーーー
唱えた本人には熱は伝わらない筈なのだが、その炎の勢いを見ただけで、脳が誤作動を起こして、熱を感じそうな、今まで見たことのない勢いの炎となった。
結界内に少しだけ左足のつま先を突っ込んだ。鼻ギリギリの所に結界がある。
結界の向こう側にはトイレがある。間違っても鼻を突っ込まないようにしなければならない。
この勢いの魔術を魔石に纏わせたまま、激臭で制御を失ったら大惨事になる。
この時、エルンストは完全に失念していた。鼻と目を守る為、顔はルウィージェスの結界で守られている事を。
エルンストは手首を軽く捻り、杖を時計回りに半回転させ、上下に強く振り、魔法を遠くに投げるように放った。
【風魔法:竜巻】で大きく広がった【火魔法:灼熱火焔地獄】は天井、側面、床を舐めるように回転しながら進んで行く。
その様子は、通路を埋め尽くした巨大な炎の渦が、明確な意思を持って全てを焼き尽くすかのようだ。
「私がまだ子どもの頃なのですが、一度、フォーゲル伯爵家が治めるヴァイマル州領の森の一部に、木々を枯らす疫病が発生したことがありましてね。その時に、この【火魔法:灼熱火焔地獄】で疫病の範囲を燃やした事があるのですが、あの時とは比べ物にならない威力です。」
エルンストは、遠ざかる巨大な渦から目を離さずに、語り始めた。
「父も火魔法は使えますが、【灼熱火焔地獄】は使えないそうで、父が私に【灼熱火焔地獄】で、一度だけ発動させて、枯れ木が目立つ範囲を燃やすように命じたのですが、その時も、魔法杖は使いませんでした。」
エルンストはカリンの方を向き続けた。
「当時は、父が当主でしたから、勿論フォーゲル伯爵家の魔法杖を私は使える立場にはありませんでしたが、普通の魔法杖すら使うように指示しなかったのです。」
エルンストから苦笑いが漏れる。
「あの時は特に不思議にも思いませんでしたが、今、父が魔法杖を使うように言わなかった理由が分かりました。あの時の【灼熱火焔地獄】は、この杖の魔石の周りに現れたものよりも遥かに小さく、勢いも弱いものでしたが、あの枯れた範囲を燃やすには十分な勢いがありました。もし、子ども用の魔法杖とはいえ、母からプレゼントされたあの杖を使っていたら、森が大惨事になっていたでしょうね。」
カリンは返答に困っていた。
――――エルンスト殿、魔法杖なしで【灼熱火焔地獄】が発動させられる方が、異常なのですが…。
ましてや、今、エルンストは自分が子どもの頃、と言っていた。子どもで【灼熱火焔地獄】が唱えられる方がおかしい。
「お父上は、エルンスト殿の【灼熱火焔地獄】の威力をご存じだったのでしょうか?」
エルンストの話では、魔法杖使うように父親から言われなかった、と言っていた。そもそも、子どもに【灼熱火焔地獄】を発動させる事もおかしな話だが、魔法杖を使うよう言わないのは、尋常ではない。
「いえ、知らなかったと思います。母が私に魔法杖をプレゼントしてくれた時に、その場に一緒にいた…、」
エルンストが止まった。不思議に思いながらも、カリンは黙って待つことにした。
――――あの時、王城の母の部屋に一緒にいて、私に『強い魔法を使う時は杖を使ってはダメですよ』と優しく留意するよう言った、あの女性は、…創造神様?
あの時の事を思い出そうとするが、思い出そうとすればするほど、濃い霧が立ち込めるように、消えていく。
エルンストは思い出すのを諦めた。
「あ、すみません。母が杖をプレゼントしてくれた時に、一緒にいた方が、強い魔法を使う時には魔法杖を使わないように、と注意して下さったので、恐らく、父もその言葉に従ったのだと思います。4歳とか5歳頃の話なので、はっきりとは覚えていませんが。」
「エルンスト殿の母上殿は、エルネスティン第二王女殿下、でしたよね?」
「はい。母から聞いた話しですが、私が初めて魔法を発動させたのは、生後数か月の時だったそうです。私の近くで遊んでいた兄が私の上に本を落とした時に、その本を燃やしたそうです。ただ、自分の上に落ちてきた本を燃やしたので、燃える本が自分の上に落ちてきて、驚いた私は燃える本を風魔法で吹き飛ばして、それがカーテンの触れてしまい、危うく火事になりそうになった、と聞いています。その件があって以来、私専属のメイドに魔術師が追加され、初めての魔法杖も、私の魔力に合わせて、王城で特注した、と聞いています。だから、きっとあの時持っていた杖の魔石も、この魔法杖程ではないにせよ、市販されている物よりかは丸みを帯びた魔石だったと思います。」
そう言いながら、エルンストは、手に持つ魔法杖の魔石を見る。
本当に丸く美しい真紅の魔石。思わず笑みが零れる。上級神で魔導王のルウィージェスが自分の為に選び持ってきた古代竜の魔石。その魔石を使った魔法杖を魔法で特殊加工している。
これ程名誉なことはない。
――――母上に見せてあげたい。
もしエルンストの心の声が聞こえたなら、ルウィージェスもカリンも、エルンストの中での父親の存在の小ささに驚いただろう。
この時のエルンストの心の中には、父親の姿は全くなかった。
第37話から続いた洞窟討伐戦も漸く終わり、残すは、洞窟内に残る全てを焼き尽くし、ダンジョン化リスクを、徹底して無くす事のみです。
エルンストとカリンが左側を、クラウスとルウィージェスが右側を担当します。
まだ王都にいた時に、既にゴブリンの大群がライラン領に向かって移動している事が確認されています。
出来るだけ早く洞窟を埋めて、先に進まなければなりませんが、この洞窟をちゃんと閉鎖させないと、自分たちの後ろを取られかねません。
先を急ぐのも大切ですが、自分たちの後ろの安全を確保する事も、同じくらい大切です。
洞窟の討伐戦そのものは終わりましたが、事後処理はまだまだ続きます。
次は、来週6月20日(土)20:00公開予定です。
第48話 「ゴブリンの襲撃⑬―洞窟の閉鎖②精霊剣―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




