第46話 「ゴブリンの襲撃⑪―洞窟内討伐を終えて―」
私は、ヴィンクラー伯爵家の当主、ガンドルフ・フォン・ヴィンクラー伯爵だ。
本文ではセリフ付の出番はないが、名前が出てくるから、ここで説明する機会を貰った。
我がヴィンクラー伯爵家は、フォーゲル伯爵と並ぶ魔術師の大家だった。
大昔は、団長にフォーゲル伯爵家の者が、副団長にヴィンクラー伯爵家の者が選ばれる時代が長く続き、我がヴィンクラー伯爵家は、なかなか、団長の座を得ることが出来ず、いつも辛酸をなめてきた。
だが、500年以上前、ついに我がヴィンクラー伯爵家が宮廷魔術師団の団長の座を四代続けて得るという、大願成就の夢を叶えた!
この間に、我がヴィンクラー伯爵家は下級貴族だけでなく、複数の伯爵家も引き入れることに成功し、大きな力を得て、勢力拡大を図り、リリーエムラ公爵家、シューバート侯爵家とフォーゲル伯爵家以外の派閥の力を削り落とすことに成功した。伯爵家は上級貴族だから引き入れるのが精一杯だったが、財政基盤の弱い子爵を潰して領地を接収し、州領地内の税収を増やして、基盤を盤石なものとした。
だが流石に、あの古参家には手を出せなかった。記録によれば、ケーニッヒ伯爵家にも手を出せなかったと書いてある。今はリリーエムラ公爵家の傘下だから、そもそも対象外だが。
特にリリーエムラ公爵家に睨まれたら終わりだ。創造神縁の一族だから手を出すな、と過去の記録にも書いてある。触らぬ神に祟りなしだ。
シューバート侯爵家とフォーゲル伯爵家は王家との血縁がある。王家を下手に刺激して、伯爵家を潰されては目も当てられん。
記録によれば、本当は、フォーゲル伯爵家の血族をヴィンクラー伯爵家に取り込みたかったのだが、リリーエムラ公爵家と王家が阻止してきた、らしい。
だが、我がヴィンクラー伯爵家の時代は四代で突然終わりを告げた。
アデル・フォン・フォーゲルが団長に返り咲いて、それ以降だ。
何故か、パタっと優秀な魔術師が我がヴィンクラー伯爵家から生まれなくなった。それだけじゃない、剣術に秀でた者すらも生まれなくなった。
突然だ。一体何があったのか。
それ以降、ヴィンクラー伯爵家に優秀な子を引き入れ、血縁関係を結び、その能力がヴィンクラー伯爵家の姓を持つ子に発現することを期待して来た。今でも、ヴィンクラー伯爵家の当主の責務として行っている。
だが、いくら他家から優秀な血を取り入れても、生まれる子は無能ばかり。
今では、傘下の貴族家以外からも引き抜いているのだが、それでもだ。
正直、もう、古参家以外の家から引き抜くのも難しくなってきた。
だから、わしは、フォーゲル伯爵家に頭を下げて、我が娘の中でも、一番の器量よしと評判だったハラルダを嫁に出したのだ。
最初は断られた。当然だな。だが、何としてでも我がヴィンクラー伯爵家に優秀な血を入れる必要がある。魔術師の大家として返り咲く必要がある。
腸が煮えくり返る思いだったが、ぐっと堪えた。理由を説明し、協力してくれ、と頼み込んだ。
当時フォーゲル伯爵当主だったデトレフ・フォン・フォーゲル伯爵は、よく言えば優しい、悪く言えば、押しに弱い、端的に言えば、優柔不断な人物だった。息子とは違って。
何とか、第一婦人として娘ハラルダを送り込むことに成功した。生まれた息子は、早くから魔術が使える子だった。わしは期待した。物凄く期待していた。
ハラルダが二人目を懐妊して間もなくだった。
リリーエムラ公爵家が、突如王女エルネスティンを第一婦人として送り出すよう、王家に命じた。
意味が分からなかった。何故、リリーエムラ公爵家が王家に命令出来て、王家がそれに従うのか。
だが、少し経ってから思い出した。同時に、あの記録は事実だったのだ、とも理解した。本当に、リリーエムラ公爵家は創造神の血族なのだ、と。だから、王家は従うのだ、と。
ハラルダは怒り狂っていたが、受け入れるしかない。
それでも、二人目も早くから魔法が使えたから、二番目はヴィンクラー伯爵家に引き取れると、ヴィンクラーの姓を持つ強力な魔術師になると、夢にまで見た。
だが、だが、だが!!!
三男が5歳の時だった。あのガキ共、やりやがった!よりによって王女の一人息子に大怪我を負わせやがった!
ハラルダもハラルダだ!何故ガキ共を止めなかった!近くで見ていながら、何故!!!
フォーゲル伯爵家に嫁いだとは言え、王女は王女。その一人息子に危害を加えたのだ。その罪は重たかった。
ハラルダはその日に離縁され、禁固10年を受け投獄された。手を出した本人ではなかったから死刑は免れたが、親としての責任は取らされた。
15歳だった長男は、学校は即日退学となり、5年間の懲役を受けた。16歳未満の未成年だったから死刑は免れ、貴族の子だから、犯罪奴隷は避けられた。だが、王家縁の子を負傷させたのだ。普通なら一族郎党死刑だ。例え、子どもがやった事だとしても。わしは聞いていないが、何らかのやり取りがあったと考えるべきだ。
11歳だった次男は、初等部は通わせてもらい卒業は出来たが、その後、長男と同じく5年間の懲役を受けた。卒業は出来たが、終日個室で、教師が一人付いただけで、完全に隔離され、友人一人作ることも出来なかったと、風の便りで聞いた。
あの日、わしは州領にいて、わし自身がその事を知ったのは、王城からの使者によってだった。王家縁の子を負傷させたと聞いて、頭が真っ白になった。ヴィンクラー伯爵家は終わったと思った。
兎にも角にも急ぎ王都に戻り、投獄された娘に会いに、牢獄に行った。使者から聞いた話しが本当なのか聞いた。何もかもが事実だった。
事件当時、娘がその場にいたからな。当然、ヴィンクラー伯爵家にも沙汰が下った。
ヴィンクラー伯爵家は、永劫的に、フォーゲル伯爵家に近付くことを禁じられた。それ以外にも、昔接収して広げた分の領地を全て取り上げられ、従来の領地も半分が王家管理下になった。罰金も全財産の半分に相当する額を払わされた。
今のハラルダは、昔の美しさは見る影もなくやつれ、精神的に不安定になり、腫れもの扱い状態だ。
派閥のやつらから聞くに、長男と次男は、子どもの頃の、あの才能は一体どこに行ったのか。今では平凡以下で、特に、直接三男に危害を与えた次男は無能になったらしい。決して低能ではないらしいが、学べないのだそうだ。そう言う意味では低能なのかもしれないが。
長男と次男をヴィンクラー伯爵家で引き取れ、と言われたが、あの時の我々にはもう、無能を養う余力などなかったから断った。
一応、長男と次男は州領の領主屋敷で働いているらしいが、フォーゲル姓を名乗ることを禁じられているらしい。対外的な理由で取り上げられてはいないらしいが。
いうなれば、飼い殺しだな。
不思議な事が一つある。これだけの大事件だったにも関わらず、知っている者が皆無なのだ。前国王は当然知っているだろうが、固く口を閉ざしていて、現王すら知らないらしい。あくまでも噂だが。
これもあくまでも噂なのだが、三男は当時の事を覚えていないらしい。それに、どうやって情報制御しているのか、三男は長男と次男が受けた罰を知らないらしい。
わしは、リリーエムラ公爵家が記憶操作していると思っている。いや、確信している。創造神の縁の一族なら、そのくらい出来そうだ。
だが、何故そこまでするのか。その理由は分からない。
今でも思う。もし、あの隆盛を極めていた時代に、フォーゲル伯爵家の血の取り込みが成功していたら、と。あの三男の活躍を見ていたら、つい、夢を見てしまう。叶わぬ夢を。
今でも、優秀な子を探して取り入れているが、生まれるのは無能ばかり。
何故こうなったのか。何故我がヴィンクラー伯爵家から魔術師が生まれなくなったのか。何故、何故、何故!
傘下の貴族家が離れて行っているのを知っている。だが、今のヴィンクラー伯爵家には、それを止める力も財力もない。何せ、優秀な人材が生まれないのだから。収入源が州領からの税収と貴族手当だけなのだから。領民もかなり減っている。税収が減っているから公共工事も治安維持もままならない。騎士団も縮小せざるを得ない状況だ。給料が払えないのだから仕方がない。
わしが最後の当主となるやかもしれない。そこまで追い詰められている。
アダルベルトたちが生存者を発見した部屋を確認している時、居館の壁や床を調査していたウィルヘルム班が、その部屋の、ちょうど対角線上に当たる場所に、見方によっては部屋だと思われる空間を見つけた。周りの壁よりも奥行きがあり、藍の結界から外れていた。奥行は3mくらいか。間口は5m程度で、ちょっとした窪みを加工し、形を整えた感じに見える。
そこは、ルウィージェスたちが来た時は、新種のゴブリンが大量に集まっていた所だった。あの時ルウィージェスたちは、村人を発見した後は、村人を外に連れ出す事を優先したため、ゴブリンは討伐したが、積極的には調べていない。
この空間は広くない。結界魔術師は1人が同行し、ウィルヘルムと王都小隊長カスパルら騎士3名程が空間に入った。
ウィルヘルムたちは、アダルベルトから床下収納の存在とその中の状態を聞いている。鞘ごと外した剣で床を叩くと、床下に空間を認める音がした。
ウィルヘルムと王都小隊長カスパルがしゃがみ込み、蓋の線を確認する。
認めた線を辿ると、縦幅2m、横幅4mの蓋だと最初は思ったのだが、よく見ると、横幅2mくらいの所にも線がある。だが、取っ手のような物は確認出来ない。
ウィルヘルムとパスカルはアダルベルトから聞いた方法で蓋を開けることにした。
二人は縦幅2mの縁に立ち、同時に床を力いっぱいに足で押した。すると、床にひびが入った。ちょうど良いので、もう一度二人で力いっぱいに押すと、完全に割れて落ちた。
その途端に強烈な悪臭が噴き出し、大量の骨と、長さも太さも全く異なる、切り落とされた大量の手足が見えた。
衝撃的な臭いと光景で、強烈な嘔気に襲われる。臭気の刺激と激烈な光景によるショックで涙が出てくる。
ルウィージェスとカリンから聞いてはいたが、流石にこの数は、精神的なダメージが大きい。
先程の休憩中、ウィルヘルムは『結界魔石』と藍の結界内では、臭気は瞬時に消えることをクラウスから聞いていた。ウィルヘルムは他の4人に指示し、一旦藍の結界内に急ぎ戻った。
結界内に戻った5人は、肺の中から吸い込んだ激臭を吐き出すように、結界内の綺麗な空気を思いっきり吸い込んだ。
吐き気はまだ残っているが、匂いが消えただけで、少し楽になった。急ぎ水魔法の使い手に水球を出してもらい、目と目の周辺を洗い流す。それで、漸く涙も止まった。
藍の結界内に残っていた者たちは、ウィルヘルムたちの反応が凄かったので、逆に結界内からだが、床下を覗いてしまった。そしてしっかりと見てしまった。
騎士と魔術師の一部が後ろを向いてえずいた。
その様子に気づいたアダルベルトたちも移動してきた。
そして、アダルベルトも穴の中をしっかりと覗き込んでしまった。
アダルベルトは一度似たような物を見ている。だが、数が違った。流石のアダルベルトも、
「むごい…。」
その一言呟くのが精一杯だった。
クラウスらと左側に続く通路近辺を調べていたエルンストは、アダルベルトら一か所に集まっているのに気付いた。
「何かあったのですか?」
誰へとなく質問した。
その声にアダルベルトとウィルヘルムが後ろを向き、そこにエルンストがいるのに気付く。
「エルンスト団長、いや、そこに、」
それだけ言って、アダルベルトとウィルヘルムは少し移動し、エルンストが入り込めるスペースを空けた。
不思議に思いながらも、エルンストはアダルベルトが指さす方向を覗いた。
流石のエルンストも言葉を失い、左肩に乗る藍が
「ぴーーー」
と悲しそうな声で鳴いた。
普段とは全く異なる藍の鳴き声にクラウスも気になり、小走りで移動して来た。
「どうした?」
エルンストは黙って指を指した。クラウスの視線は指につられて穴を見る。
「…これは、」
クラウスもその先を続けることが出来なかった。
「連れて、帰ってあげましょう。」
そう言って藍の結界から出ようとしたエルンストの腕をウィルヘルムが慌てて掴み止めた。
一瞬驚いたが、
「匂いが凄いのです。」
との言葉にエルンストは瞬時に理解し、ウィルヘルムに感謝した。少し考えれば分かることだ。
「それでは、風魔法で…、」
そこまで言って、エルンストは言葉に詰まった。
保管庫には大量のゴブリンが入っている。流石に、ゴブリンと同じ場所に入れるのは躊躇する。しかし、ウィルヘルムが自分を止める程の臭気だ。袋に入れても、漏れ出てくるだろう。
クラウスも、エルンストが言葉を止めた意味に気づいた。
「一度袋に入れて、その袋を保管庫に入れるのはどうだろう?気分的にどうかと思うが、だからと言って、皆が躊躇する程の臭気を放つ袋を手で持って行くことは出来ないし。」
「そうですね。そうしましょう。」
クラウスの案が一番妥当だと誰もが同意する。
予備の袋はエルンストが複数持っており、その中から一番大きな袋を選んだ。
クラウスが【氷魔法:容器】を唱え、袋が縦に入る大きさの容器を作り、袋の縁を容器の縁で折り曲げ、エルンストの【風魔法:リング】で止めた。
クラウスが容器を魔法で作った時、「おー」と、アダルベルトとウィルヘルムが驚きの声を上げた。物凄く慣れているように見えたのだ。
実は、と言いながら、クラウスの妻エミリアが貝のスープが好きで、よく貝を購入するのだが、料理するまでの保管場所として容器を使う為、よく作らされている、と説明し、近くに集まっていたクラウスの部下と宮廷魔術師団の団員たちが、クラウスの思わぬ日常の一コマに驚いていた。
クラウスは部下の前では滅多に家庭内の話をしない。侯爵家の四男で長兄は宰相だ。そういう背景もあり、クラウスにはあまり家庭的なイメージがない。その所為もあってか、何気ない日常エピソードだったのだが、特に女性陣の中でクラウスへの好感度が爆上がりした。
クラウスが絶妙な力で容器を穴の縁まで押し出した。
エルンストが風魔法で場所を微調整し、同じく風魔法で穴の中に放り込まれていた大量の遺骨と切られた四肢を入れていく。
その間、エルンストとクラウスの後ろでは、全員が目を閉じ黙祷を捧げていた。
時間としては20秒位だっただろうか。明らかに動物の骨と分かる層になった。
エルンストはリングを解き、風魔法で袋を閉じた。そして、【風魔法:リング】で口を閉じた。
「エルンスト殿、この容器ごと保管庫に入れられるか?」
「そうですね。その方が良さそうです。」
エルンストは後ろを見ると、自分の部下で一番近くにいたのは土魔法の使い手アガートだった。
「アガート、悪いが、向こうに置いたままになっている保管庫をこっちに持って来てくれないか?」
「承知しました。」
アガートも小走りで保管庫を取りに行った。
エルンストは、藍の結界のすぐ外に保管庫を置き、風魔法で容器ごと浮かせて保管庫に入れた。
容器が保管庫に入ったのを確認し、クラウスが保管庫を藍の結界内に引き入れた。
これで、安心して運び出せる。
それぞれの団長が団員たちに進捗状況を聞くと、この空間以外には、特に床下収納庫も隠し扉もなさそうだった。
アダルベルトは、動物の骨しか見えなくなった穴に視線を戻した。
「あの村人たちが助かったのは、本当に奇跡だったのだな。」
アダルベルトの、その小さな呟きに、ウィルヘルムも黙って頷いた。
ゴブリンの討伐と遺骨の回収、両方をやり終えた。後は帰路だ。
「後は、どうやって戻るか、ですね。」
エルンストの言葉に頷く皆が安堵の表情をしている。後は帰るだけ、やっとこの洞窟から出られる、そう思うだけでも嬉しくなる。
各団長と副長、副団長が輪になって立ち話をしている。
「生活空間の方は大方片付きました。全滅ではありませんが。」
エルンストがクラウスの方を見ながら報告する。
「一番左側も同じような感じだ。大方片付いた。だが、正直、休憩を挟んで、魔力も回復したとはいえ、午後もあそこを通りながら戻るのは、難しいと思っている。午前中程の集中力は、もう出せないだろう。」
「それは、私も同感です。」
腰に両手をあて、小さく左右に首を振りながら言うクラウスの言葉に、エルンストも同意見だ。
「あの無秩序な穴とその数が問題です。それに、我々の攻撃力を知っています。もう正面から戦いを挑んでは来ないでしょう。あの穴から奇襲を受けても、午前中のような反応が出来る者は少ないでしょうね。あれは、前半戦だったから乗り越えられました。」
それはアダルベルトたちにも理解出来る。
「先程お伝えするのを忘れていたのですが、我々も、実はこういう事がありまして、」
アダルベルトは、途中で何故かウィルヘルム班と合流した事を伝え、『目隠し通路』の存在の可能性を伝えた。
「「『目隠し通路』…」」
異口同音に呟くクラウスとエルンスト。
「その存在は、…聞いたことはありますが、それほど巧妙な作りだったのですか?」
エルンストもその存在を聞いたことはあったが、実際に経験した人は知らない。
「見事でした。我々は誰も、ウィルヘルム班と合流するまで、全く気付けませんでした。未だに、どこで通路が変わってしまったのか、さっぱり見当もつきません。」
アダルベルト横に座る州領副団長ニコデムの方を向きながら答えた。ニコデムも、無言で深く頷いた。
クラウスは小さく頷いた。
「ならば、帰りはウィルヘルム班が通ってきた通路に決定だな。」
「あの通路は天井も高く、通路の幅もそれなりにありました。窪みや死角は多かったですが、無秩序に掘られた穴はありませんでした。それに、これだけの人数の目があれば、窪みによる死角の危険性は、往路より遥かに低いかと思います。」
クラウスの言葉に、実際にその通路を通ってきたウィルヘルムが答えた。
クラウスの言葉で、思い思いに休憩を取っていた騎士と魔術師たちは戻る準備を始めた。
トイレ渋滞の解消を待ち、エルンストは『トイレ魔石』を全て回収し、アダルベルトとウィルヘルムの分を戻した。
帰りは、生活空間のような天井の高低差がない為、藍の結界のみで全員を守れる。
また、アダルベルトより、往路では居館から200m程の所にある部屋の床下から遺骨を拾ったが、手の届く範囲でしか回収できなかったと報告があった為、もう一度あの部屋に立ち寄り、今度はエルンストの風魔法で回収する方向で話が決まった。
実際に通路を通ってきたウィルヘルム班が先頭に立ち、クラウス班とアダルベルト班が左右を固め、エルンスト班が後尾を守る形とした。
帰りは人数が多い為、藍は一団の中心にいる必要がある。副団長のザビーネが居れば、ザビーネに殿を任せることが出来るが、ザビーネは別行動中だ。
エルンストはほぼ中心にいる形になった従妹の結界魔術師アルルンに頼み、藍も承諾した。
どうやら右側の2通路を繋ぐ穴か未確認の通路があるようだ。従来のゴブリンと新種のゴブリンが50匹程度残っていたが、先頭を行くウィルヘルム班の魔術師と騎士によるエーギグ弦弓矢で討伐完了。
そして、ようやくザビーネ班が待つ、4通路の入り口に戻って来た。
ザビーネ班も藍の結界内に入り合流を果たす。
ザビーネは、結果として、右側の2通路から出てくるゴブリンは全くいなかったが、初期の頃から、それなりの数のゴブリンが左側の2通路から出てきた、と報告した。
「我々が通り過ぎるのを待って、こっち側に逃げてきたか。」
ザビーネの報告を聞いたクラウスは苦笑している。まぁ、あれだけのゴブリン数と死角の数だ。自分たちの攻撃を逃れる隙は大いにあっただろう。
「はい。ですので、左側に重点を置くことにし、結界は左側2通路の前に設置しました。例え、右側から出てきても、結界魔法が使える魔術師が直ぐに発動できるよう、準備した状態で待機していましたから、いつでも対応が取れる状態でしたし。」
それから、とザビーネは続けた。
「入り口側の方にもまだ数匹残っていましたが、ミル様の遠吠えで隠れていたのが逃げ回ったので、それも攻撃魔法と矢で対処出来ました。その後、姿一匹もそれらしき音もなかったので、この空間にはもう残っていないと思われます。」
その報告を聞いたアダルベルトは、ミルの顔を両手でわしゃわしゃとし、
「ミル、ありがとう。お疲れ様。」
と声を掛けた。ミルは嬉しそうに「くんくん」と甘えた声を出した。
ニックスとシュネーは母狐ミルの足元をくるくると回って甘えている。
なんとか、全滅は無理だったが、ほぼ全滅に近い成果を上げた。7000匹を超えるゴブリンの討伐だ。当初は2700匹超の予定だった。その気持ちと準備で7000匹超と対峙したのだ。
結界で防御していたから負傷者は勿論ないが、これだけ魔法を使いまくった状態だったにも関わらず、魔力切れで倒れる者もなく、疲労で動けなくなる者もなく、全員で無事に帰還した。
満足のいく成果だ。大満足だ。特別賞与を王城へ請求できる結果だ。
請求先として、クラウスは長兄で宰相の姿が、エルンストは、従妹の王国最高権力者の顔が、頭の中に浮かんでいる。
精神的な疲労はピークに達しているが、全員の表情は満足感に満ち溢れ、気持ちは晴れやかだ。遠征遂行後の楽しみは大きい。
入り口が見えてきた。外が物凄く眩しく感じる。洞窟内の明るさに慣れた目には、外の明るさは眩しすぎる。目が痛いと感じる程だ。
暗い所からの明るい場所だ。洞窟の上から攻撃されても、恐らく見えない。
外の安全を確認する為に、クラウスとアダルベルトが左右の端に分かれ、慎重に外に出た。横からの攻撃はなし。上からの攻撃もなく、入り口の上にゴブリンの姿はない。
外の明るさに慣れた目で改めて前方を確認すると、外でも討伐戦が行われたようだ。入り口から少し離れたところで、ルウィージェスたちが穴を掘り、倒したゴブリンを焼いている姿が見えた。
藍がルウィージェスの姿を認め、洞窟から飛び出した。
「あ、ランお疲れ様!おかえり!!」
ルウィージェスは藍が戻ってきたことで洞窟内に入った面々が戻ってきたことを知った。
「みんな~、お帰りなさい!」
ルウィージェスの声を聞いて、皆が漸く安堵し、緊張を解いた。
そして、全員が外に出てきた所で、藍は結界を解除した。
まだ日が落ちるまでには余裕があったが、巣窟から戻った者たちの精疲力尽の状態より、先日に引き続き、同じ場所で夜を過ごすことにした。
この日の食事は、ザビーネ班及びルウィージェスと共に外で待機していた者たちで準備を始めた。料理を担当する者と、椅子とテーブルを並べる者と分かれて作業を始める。
カリンも大量の野菜切りなどに参加し、ルウィージェスは魔法で一気に、大量に捌ける物を一手に引き受けた。特に、かぼちゃの皮むきなどの力がいる作業は、ルウィージェスの魔法が役に立った。
もちろん、ルウィージェスは料理をしたことはない。しかし、皮をどのように剥いたら良いのかなど、指示してもらえば出来る。
本音を言えば、屋敷ではなかなかさせて貰えない作業を楽しんでいた。
夕食の準備中、アダルベルトとウィルヘルムの一団は希望者のみ、エーギグ弦弓と魔鳥の羽根を使った弓術の練習を開始した。昨夜使った結界魔石を使って同規模の訓練場を自分たちの魔力で張り、コの字の結界と的となる大木はルウィージェスが複数用意した。
結界を張り続けた魔術師たちは、団長命令で大事を取って仮眠を優先させている。
流石に、手付かずの通路で大量のゴブリンとの接近戦を長時間続けたクラウスとエルンストの一団は、緊張を解いた途端に強烈な睡魔に襲われ、全員がテントで寝ている。
その様子を見たルウィージェスは、料理の下準備が一段落したところで設営地の結界の範囲を拡張し、スタンピードの時と同じように、男性用と女性用の、大きな風呂を作った。
前回の使用感より、カリンからの、汗が完全に引いてから服を着たいと思った、と言う意見とアドバイスから、追加設備として、汗が引くまで水分を補給しながら休憩を取る長椅子を複数用意した。
今回の湯も充実している。それぞれの大きな浴槽の中には『清潔魔石』、『追湯魔石』、『回復魔石』と『回復魔石』を設置し、大人数が入っても綺麗な湯が保たれるようにしてある。
更に、今回は村人たちの悲惨な姿を見ている。気持ちの回復も追加することにした。
妖精魔術【花の魔法:香花】で、湯船に浸かっている姿勢の時に、ちょうど目の高さになる位置の壁一面に、嗅覚及び視覚的なリフレッシュを期待して柔らかい香りを出す花を大量に咲かせた。これは、カリンに大好評だった。
食後、風呂に入った者たちは、壁いっぱいに咲く花をとても喜んだ。特に、エルンストの一団の面々からは深く感謝された。藍の結界に守られていたとはいえ、あの「トイレ」はトラウマレベルだったようだ。
また、風呂から出てきた女性騎士と魔術師たちから、風呂に咲かせた花を押し花にしたい、という希望が多く出た。
押し花の造り方を聞くと、糊は小麦粉糊で十分とのことだったので、後は【時空間魔法】を使えば、時短製作が出来そうだった。
そこで、大量の薄い紙と、水分を吸い取る紙を用意し、【時空間魔法:高速時間魔石】魔法を新しく作り、【土魔法:石板】で作った大量の重石に、『高速時間魔石』を埋め込んだ。これにより、約1分重石を乗せると、約3日と同等の時間が経過する事になり、その場で「紙に挟んだ押し花」が出来上がる。
試しに、希望者から代表2名を選び、使用方法を伝えながら作って貰ったら、いい感じに出来た。
女性たちが嬉々として「押し花」を作っている様子を、湯上りのハーブティーを飲みながら見ていたエルンストの所に、6歳年下の従妹のアルルンが押し花で作ったしおりを持ってきた。王都内では色々と気を使い、自分からは近づいて来ないアルルン。外でアルルンと話すのは、エルンストも久し振りだ。
アルルンが作ったしおりを見て、正直、エルンストは驚いていた。一目見て、かなり薄い紙を使っているのは分かった。紙の下にあるとは思えない程、花の形も色も、鮮やかに浮かび上がっている。
店で販売されている押し花とは、仕上がりも出来栄えも、全く違う。
「押し花作ってどうするのだろう、と思っていたのだが、しおりにすると、とてもいいな。」
アルルンに言われ、押し花を鼻に近付けて嗅いでみる。
「あ、本当だ。香り、結構残っている。」
「ええ。驚きですよね。店で売っている物には、この程の香りは残っていません。自然乾燥ではなく、魔法で時間を進めたから、でしょうか。ルウィージェス様に伺ったら、時間経過と共にどうしても抜けてしまうけれど、自然乾燥させた物よりかは長く香りは残る筈、とおっしゃっていました。」
「へぇ~」
エルンストは、もう一度香りを楽しむ。強すぎない香りが気持ちを落ち着かせてくれ、ふと笑みが零れる。
「これ、いいな。押し花って、紙次第では、これ程の物になるのだな。香りもとてもいい。エリザベートとエヴァリンが喜びそうだ。」
「私も、娘たちの分を作って行こうと思っています。」
この時、トイレで席を外していたクラウスが戻って来た。
クラウスもアルルンが宮廷魔術師団に入団しなかった理由を知っている。
「アルルン、来年ジマーマン伯爵家の当主になることが決定したと、王都を出る少し前に兄上から聞いたよ。根回しで忙しい時の参加、本当に感謝している。」
「いえ、スタンピードの時は、領主の具合が悪く手伝えませんでしたから、今回は是が非でも参加しようと思っていました。」
「そうか、感謝する。それにしても、マルティン子爵、よく承諾したな。」
「実はこれ、既定路線だったのです。マルティン子爵家も、ヴィンクラー伯爵家の一派から抜けたがっていましたからね。」
アルルンの話によると、ここ何代にも渡り、ヴィンクラー伯爵家から、魔力の才能を持つ娘はヴィンクラー伯爵家の息子の嫁に取られ、ヴィンクラー伯爵家の息子は傘下の娘の婿にさせられ、その挙句に、武芸の才能も魔術の才能もない子ばかりが生まれ、州領、領の騎士団にすら入れない者ばかりが増えている状態なのだそうだ。
王国騎士団や宮廷魔術師団に入団出来なくても、州領もしくは領の騎士団に入団出来れば、団員である間は騎士爵位が授与され、貴族当主となり貴族家を維持でき、その子らは姓を持つことが出来る。
貴族家は家存続の為に大いにして子の数が多い。だが、貴族家を継げるのはただ一人だけ。継げなかった子は準貴族のままで、本人は姓を維持できても、その子は姓を持つことが出来ない。
騎士団・魔術師団入団することは、当主を相続出来なかった兄弟・姉妹が唯一貴族の地位を維持出来る手段なのだ。だから、貴族の子息たちは、騎士団・魔術師団を目指すことを、ほぼ義務と教えられ育てられる。同時に、より優秀な子を青田買いする場所でもある。
「つまり、アルルンがマルティン子爵家に嫁いだのは、ヴィンクラー伯爵家の娘を押し付けられるのを阻止するためで、アルルンが選ばれたのは、ジマーマン伯爵家がフォーゲル伯爵家の傘下への移動を成功させたから、だったのか?」
「ええ。唯一の懸念は、ジマーマン伯爵家は、フォーゲル伯爵家の傘下に入ったときに実力主義を導入しましたが、マルティン子爵家は未だに長男主義なので、男の子が生まれた時どうするのか、というのがありました。マルティン子爵家は、数代前まではヴィンクラー伯爵家を支える重鎮でしたからね。ですが、幸いなことに、生まれたのは娘だけだったので、事は滞りなく進めることが出来ました。」
ハーブティーを飲みながらアルルンの話を聞いていたクラウスは、ボソっと
「マルティン子爵の執念を感じるな。」
と呟いた。
この世界では遺伝子という存在は知られていない。当然ながら、子の性別は卵子に辿り着いた精子が運ぶ遺伝子による、という知識もない。ないのだが、偶然にもクラウスの呟きは、科学に基づいていた。
クラウスはふと気になったことを率直に聞いた。
「マルティン子爵家はどうするのだ?アルルンがジマーマン伯爵家を継ぐなら、実家に戻ることになるよな?夫婦別居するのか?」
「いえいえ、」
アルルンは笑いながら口の前で右手を左右に振った。
「マルティン子爵家は潰します。マルティン子爵家の領地と下に付く男爵家はジマーマン伯爵家が引き取ります。」
「それも、既に手配済みなのか?」
「はい、マルティン子爵家の下には男爵家が3家付いていますが、皆がジマーマン伯爵家の下に入ることを承諾してくれました。彼らも、優秀な娘を取られた挙句に、残ったのは才能に見放された子ばかりでしたので、抜け出す機会を伺っていた、と話していました。」
「エルンスト殿は知っていたのか?」
「勿論。フォーゲル伯爵家の当主として、リリーエムラ公爵家と王家、王家縁の公爵家全てに先ず連絡を入れて、先に上の承諾を取り付けましたから。」
「やるな~」
クラウスは、こういう裏で手を回すとか、根回しをする、ということが未だに苦手だ。長兄が得意だから、ついつい兄の手腕に甘えてしまう、というのもあるが。
ふと押し花の作業テーブルを見ると、少し落ち着いていた。
「クラウス団長も一緒に作ってみませんか?綺麗な花が残っている間に。」
アルルンは自分が作ったしおりをクラウスに見せた。
クラウスも、その出来栄えと香りに驚く。
「これ、エミリアの土産になるな。あれで、意外とこういうのが好きでさ、自分で好きな香りを選びたいとかで、ポプリだけはメイドに頼んでいないみたいなんだよな。」
「そう言われてみれば、エミリア殿は、香水よりもポプリの香りを身に付けていることが多かったな、確かに。」
エルンストは、斜め上に視線を送りながら言った。色々と思い出しているようだ。
「よく分かったな。」
「以前、珍しい香りだったから妻と娘に分かるか、と聞いたら、エリザベートが気付いて教えてくれた。」
「流石、エリザベート殿。」
エリザベートはシューバート侯爵家傍系出身だ。
エルンストと同い年のエリザベートは、エルンストが15歳になった時に、次期フォーゲル伯爵家当主の妻候補の一人に選ばれ、それ以降、徹底的に当主の妻としての教育を受けさせられた。
エルンストの母は、王女という身分でありながら、王城に住まない王家の者ということで、息子のエルンストは当然ながら、その妻となる者にも、親戚となる王家の者の前に出ても恥ずかしくない振る舞いが出来る高い教養の他に、一定以上の護身剣術のスキルが求められた。
シューバート侯爵家も、過去に王家もしくは縁の者が何度か降嫁してきており、実際、クラウスの母の父、クラウスから見ると母方の祖父は前々国王の末弟で、前ローデンブルグ公爵だ。
そういう背景もあり、エリザベートは第一候補だった。
この国において、香水は貴婦人の嗜みだ。クラウスが納得した理由もそこに由来している。
三人は急いで風呂に花を摘みに行ったのだが、作り方をよく分かっていないクラウスとエルンストは、両手いっぱいに花を持ってきた。
楽しそうに、娘たちの分を作るアルルンと一緒に、エルンストとクラウスも部下たちに作り方を教えてもらいながら作り始めた。
団長二人が参加することで、いっきにハードルが下がったようだ。
その様子を見ていた若い男性たちも、自分の彼女や妻、母や娘などの家族に持っていきたい、と素直に言い出した為、ルウィージェスは、『高速時間魔石』付石板を増やした。
自然に乾かした物と異なり、『高速時間魔石』付石板で作った「押し花」は、香りがほどよく残り、これも、特に洞窟討伐戦に参加した面々から、とても喜ばれた。
夕食と入浴を終え、それぞれが英気を養っている間にも、それなりの数のゴブリンが『電撃付き結界魔石』で張った結界にぶつかってきているが、明朝にまとめて片付けることにし、この日は、ゆっくりと過ごした。
第37話から続いた洞窟討伐戦も漸く終わり、一仕事を終えた団員たちの、つかの間の寛ぎ時間です。今回もルウィージェスは大きな風呂を作り、団員たちに喜ばれます。また、今回は精神的に辛い状況も多かったので、風呂に大量の花を咲かせました。
クラウスとエルンストも、風呂上りの紅茶の飲みながらのんびりと過ごしていると、エルンストのアルルンが珍しく自分からエルンストの所にやってきました。
アルルンの嫁ぎ先も色々と問題があり、それも、ようやく目途が立ったので、今回の討伐戦に参加していました。
残すは、洞窟の閉鎖のみです。その前に、ダンジョン化の危険性を少しでも下げる為、洞窟内に残してきた死骸と生き延びたゴブリンを片付けます。
さて、洞窟内討伐戦は終わりましたがゴブリン襲撃はまだ他の地域でも起きています。洞窟を閉鎖した後は、ライラン領に向かって移動しますが、その間には7つの村が存在しています。
まだまだ討伐戦は続きます。
来週6月13日(土)20:00公開予定です。
第47話 「ゴブリンの襲撃⑫―洞窟の閉鎖①―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




