第45話 「ゴブリンの襲撃⑩―洞窟内の大規模営巣地⑨―」
前回に引き続き、リリーエムラ公爵家、王都騎士団団長のウィルヘルム・フォン・ケーニッヒです。
我々の勤務地は王都フルトエアです。普段は不審者を相手に戦っています。
今回の討伐戦では、対魔物戦の経験不足が顕然となりました。
スタンピード後、ルウィージェス様が常設して下さった【ゲート】で州領都まで戻り、裏の森で魔物討伐訓練の回数を増やしましたけれど、まだまだ全然足りませんでした。
まず、持久戦の訓練が足りなかった。
裏の森にはルウィージェス様が試験的に育てているスライムとか以外は、所謂弱い魔物はいません。あの森には魔獣、神獣が棲んでいるため、弱い魔物は棲めないのです。
一番多いのは狼種なのですが討伐訓練では、戦う時間よりも、捜索している時間の方が圧倒的に長く、今回の討伐戦のように、ひっきりなしに魔物と戦うという訓練は行っていませんでした。
遊撃戦が多かった、と言えば分かりやすいかな?
以前ルウィージェス様がフォレスト・グルトニーアナコンダを2匹見つけて【風魔法:リング】で倒していましたが、あのレベルがいるのは結構領主館から離れた場所で、我々は訓練でも足を踏み入れない領域です。
少しでも奥に行くと、あのレベルの魔物に遭遇する率も頻度も一気に上がるので、間違っても入れません。
ある意味、特殊な森でもあるので、回数を増やす必要はありますが、もう少し工夫も必要だと痛感しています。
今回の討伐戦が終わっても、相当広範囲に新種のゴブリンが移動しただろうから、数年間は、定期的にゴブリン討伐遠征が行われるでしょう。
クラウス団長に相談して、リリーエムラ公爵家騎士団も加わらせて貰おうかな。
我々には、集団で行動する一般的に遭遇率の高い魔物の討伐訓練が必要だと切実に感じています。
<アダルベルト班とウィルヘルム班>
アダルベルト班と場所を交代して、仮眠を取り始めたウィルヘルム班。魔術師たちが崩れ落ちるように寝入ってしまい、騎士たちは、上半身の防具を静かに脱がなければならず、一苦労する羽目になってしまったが、文句はない。
自分たちが通って来た通路は、一昨日、ルウィージェスとカリンの二人がゴブリンを殲滅しながら通った場所だ。だから、誰もあの数は想定していなかった。
数は魔術師たちの攻撃魔法でかなり減らすことが出来た。それは騎士たちにとっても幸いだったし、有難かった。
正直なところ、騎士たちは皆、ゴブリンでここまで苦戦するとは思っていなかった。
とにかく、ゴブリンの力の強弱が激しかった。個体差があり過ぎた。強さが一定していない同一種の討伐が、これ程難しいものだとは想像もしていなかったのが、ここまで疲弊した要因の一つであるのは確かだ。人であれば、相まみえた時点で体形を見れば、大体予想がつく。時たまに異常に着痩せしていて思わぬ反撃をくらうこともあるが、そんなのは稀なケースだ。
この部屋に辿り着く頃には、多くの騎士たちの握力が限界に近かった。
対峙した新種ゴブリンの力がどの程度底上げされているのかは、実際に対戦始めるまで全く分からなかった為に、武器を持つ手に余計な力が入りっぱなしだったのだ。
ガントレットを外し、長時間に渡り緊張させっぱなしだった手の筋肉をほぐしている者が多い。お互い「お前もか?」と小声で囁き苦笑し合っている。
今回の洞窟内討伐戦では、初めから結界魔法に守られた状態で戦うと分かっていた為に、誰も非利き手側の腕に小型盾は装備していない。だから、終始両手でしっかりと武器を持って戦えた。これは幸いだった。片手では、あの膂力を付けた新種ゴブリンの攻撃を受け止め続けるのは難しかった筈だ。
リリーエムラ公爵家の騎士団で使っているのは基本両手剣だが、魔物の種類によっては片手剣を使うこともある。魔物によっては、小型盾で爪や角攻撃を受け止めながら止めを刺す事もあるし、利き手を負傷したら非利き手だけで武器を振るわなければならない為、片手で両手剣を扱う訓練もしており、両手の握力は均等に鍛えている。
それでも、何時間もあの膂力を持った魔物と対戦するのは、本当にきつかった。
アダルベルトらとの話し合いから戻って来たウィルヘルムと王都騎士団副団長ボルコの二人も、目を閉じ仮眠を取った。
ほんの数分後だったのだが、アダルベルトが何気なく部屋を除くと、ウィルヘルムとボルコは既に熟睡していた。
目の印象が変わると、顔も印象も大きく変わる。目を閉じた二人の顔は、少し幼く見えた。思わぬ微笑ましい光景に、アダルベルトも思わず顔がほころぶ。
ウィルヘルムが目を覚ますと、ちょうど魔術師たちも目を覚まし始めていた。魔力が大分回復したようだ。
隣に座るボルコはまだ寝ている。起こさないように静かに座り直し、崩れた姿勢を治す。
水筒をベルトから外し、少し水を飲む。常温だから、別にしゃっきっとするわけではないが、それでも、水が体の隅々にまで運ばれていくような感覚がし、体の目覚めを感じる。
目覚めた魔術師たちも話し始めたからだろう。騒めきにボルコも目を覚ました。
「そろそろ、移動する準備を始めよう。」
ウィルヘルムがそう言うと、トイレ渋滞が出来た。
ウィルヘルム班の団員たちも準備が整った。
アダルベルトは部屋の入り口に立ち、通路側にいるアダルベルト班の団員と部屋にいるウィルヘルム班の団員を見渡す。
「ここはルウィージェス様たちが王と左右に控える将軍と対峙する直前に会遇した将軍の部屋だと思われる。ルウィージェス様たちも、多数の人骨を発見して回収はしているが、先日は大量のゴブリンと対峙しながらだったから、探しかねた分も、相当数あると思われる。実際に、ウィルヘルム班と合流する前に、我々はこの部屋で多数の人骨を発見している。出来る限り、外に連れ出してやりたい。ゴブリンも襲撃に注意しながら、床にも注視しながら進んでくれ。」
アダルベルトが言うと、皆が敬礼した。
アダルベルト班とウィルヘルム班、総勢50名は、十分に休憩を取ったアダルベルト班の結界魔術師の結界で進むことにした。
休憩用結界の周りに集まったゴブリンを先に片付け、トイレ魔石と結界魔石を回収する。
ルウィージェスたちの話によれば、王の居館までは約200m程度の距離でしかなく、王の近衛と思われた少し大きめのゴブリン、今は新種のゴブリンと呼称している、が大群で押し寄せてきたとのことだった。
二人は、この部屋から王の居館までにいた新種のゴブリンは全て片付けた、と言っていたのだが、大量にいた。
しかし、ここにきて、ルウィージェスたちの話とも、今までとも異なり、従来のゴブリンの姿も多数混ざっていた。
「王と将軍の気配が消えたから、左側の通路からこっちまで出てきたのだろうか?」
自分で言っておきながら、何か納得できないアダルベルトが、同じく首を傾げながらで剣を振るう州領騎士団副団長のニコデムに声を掛けた。
「確かに、気配は消えましたが、たった二日しか経っていません。まだ匂いまでは消えていないと思うのです。王の匂いが残るこの場所に、弱い従来のゴブリンが移動して来るでしょうか?」
「そうだよな。新種のゴブリンなら『さもありなん』と思えるのだが、この小さいの、どう見ても従来のゴブリンだよな。」
「はい、新種の子ども、ではなさそうです。力も非常に、変な言い方ですが、懐かしいと言うか。」
「いや、その気持ちはよく分かる。」
ニコデムの言葉に思わず苦笑したが、内心、アダルベルトもそう思っていた。
「もしかして、この洞窟、他の場所と繋がっているのか?」
「自分も、その可能性が頭をよぎりました。そうなると、この数も辻褄があうな、と。」
先頭を行くアダルベルトの前に王の居館と思われる、奥行きのある空間が見えてきた。この通路よりも明るそうだ。大量の埃だかが差し込む日差しを受けて光っている。
「恐らく前に見える空間からが王の居館と思われる。明らかに向こうの方が、この通路よりも天井が高い。上からの攻撃に注意しろ。」
アダルベルトは後ろに続く団員たちに声を掛けた。
入り口と思われる所を通ると、急に視界が広くなった。天井も、今までの所よりもはるかに高く、明るい。部屋自体も広い。床面積としては600㎡くらいか。日本の土地表記だと1坪3.3㎡なので、100坪で330㎡。つまり、200坪弱の面積になる。洞窟内と考えると、一部屋で200坪弱は、広大と言える。
天井は高過ぎて、見上げた状態では、その高さは見当もつかない。先ほど休憩を取っていた場所で約5m位あった。ここは、その高さを遥かに超える。
恐らく、ここは天然の広間。崩落して出来た空間か、雨水の浸食によるものか。
入り口の上からの襲撃はなかった。ゴブリンでは高すぎて登れなかったようだ。
だが、皆の注目を集めたのは天井ではなく、奥の方に鎮座する巨大な椅子だった。場所から考えて、玉座だったと思われる。大量の装飾品をぶら下げている。まるで戦利品を見せつけているかのように。
玉座だったと思われる巨大な椅子の上には、新種のゴブリンが大量に乗っかっていた。一瞥した感じでは、張り合っている、もしくは、取り合っている。
その様子から、このゴブリンたちは、別な群れの可能性が高い、とアダルベルトたちは推測した。自分の群れの王の匂いが染み付いた場所には、例え威圧感が消えたとしても、こう簡単に乗っからないだろう。
違う群れが、威圧感が消えた場所を占領中、と考えるのが自然だ。
アダルベルトたちが部屋に入ると、甲高い声が複数上がり、群れが一斉に襲って来た。
戦いながらも、巨大椅子の後方奥の壁側に、途中からバッサリと切り落とされた布切れが、岩が飛び出し、少し低くなった天井付近から垂れ下がっているのに、多くの者たちが気づいた。
馬車の改良を手伝った者たちは、あの布切れが幼児の滑り止めに使われていた物であると気付くと同時に、扉らしき物も見つけた。救助された村民がいた部屋だ。団長のアダルベルトからの説明と、状況が一致する。
2時間近くの休憩が取れたアダルベルト班の魔術師が中心となって、広域魔法で一気に大量殲滅していく。騎士たちも、攻撃魔法の隙間を縫って結界に近付いたゴブリンを倒していく。
ここの新種も力の高低差が激しい。しかも、後ろにいたゴブリン程、即ち、椅子から降りてきたゴブリン程、高い膂力を付けている。
どうやら新種のゴブリンは、大型化はせずに、力の強い者がボスとなるようだ。
ここに来て、漸くエーギグ弦弓矢の出番となった。ゴブリンが登るにしては、天井は高すぎるし、壁から離れた場所で戦っている以上は、窪みも死角もない。
まだ手の疲労が残り、新種のゴブリンの攻撃威力がきついと感じたウィルヘルム班の騎士たちは、剣を諦め、エーギグ弦弓矢に変更し、攻撃魔法から逃げようとするゴブリンの動きを牽制する。
しばらくして、左側の方からも声が聞こえてきた。同時に、剣で切り裂く音と、攻撃魔法が炸裂する音が継続的に響いてくる。
ウィルヘルムはアダルベルトの隣に移動して来た。
「どちらかが、ここまで辿り着いたようですね。」
「あぁ。しかし、凄いな。あの人数で手付かずの通路を攻略したか。」
ウィルヘルムの言葉に頷きながら、アダルベルトは唸った。
「兄上、我々も、もう少し積極的に魔術師、募集しますか?」
「それもそうだが、騎士の技術そのものの底上げが必要だな。レベルが違い過ぎる。」
二人の声は大きくなかったが、傍にいた副団長の二人にはしっかりと聞こえた。
お互いに、「これから大変になりそうですね」と言わんばかりに顔を合わせ、苦笑いをする。
アダルベルトは周辺を見渡した。ざっと見た感じ、残りは100匹を切っている。
「皆、残りを片付けたら、壁を背に結界を張るぞ。結界を張ったら昼食にする。恐らく、もう少ししたら左側から王国騎士団か宮廷魔術師団が合流するだろう。全員が合流するまで休憩とする。」
そうアダルベルトが言うと、皆の表情が明るくなり、体の切れが良くなった。
この居館にはもう、ゴブリンは1匹も残っていない。左側から逃げてきたら都度倒せばいい。
アダルベルトとウィルヘルムは『結界魔石』で広めの結界を張り、アダルベルトとウィルヘルムの『トイレ魔石』を使って、個室6個用意した。
昼食休憩を取っていたアダルベルトとウィルヘルムたちだが、左側から戦闘音が鳴り続いている。
まだ相当数のゴブリンが残っているようだ。
アダルベルトは、州領副団長ニコデム、ウィルヘルムと王都副団長ボルコ、そして、ベリース州領小隊長とカスパル王都小隊長を見ると、既に食べ終わり、寛いでいた。
彼らに声を掛け、集まってもらい、
「左側の援助に向かいたい。手伝って貰えるか?」
と聞くと、全員が頷いた。また、近くにいたベリース州領小隊員とカスパル王都小隊員たちも自ら参加を申し出て、リリーエムラ公爵家騎士団最強の結界魔法の使い手アルルン・フォン・ジマーマンが、結界魔法を張ると手を上げた。
アルルンの結界に守られながら、左側に続く通路を進む。今まで天井の高い空間にいた所為か、余計に天井が低く感じる。しかもどんどん横幅も狭くなるため、圧迫感を感じる。
通路は大きくくの字に曲がっていた。曲がり点を通過すると、居館程ではないが、想像していたより明るい。それなりに採光が取れているようだ。
音と共に振動も感じられる距離に来ると、大量のゴブリンが見えた。全て新種のゴブリンと思われる。
まだ自分たちの存在には気付いていないようだ。背を向けている。結界によって足音も気配も遮断されているのが幸いした。
アダルベルトの合図を皮切りに、魔法を使える者たちは攻撃魔法を開始し、魔法が使えない者たちはエーギグ弦弓矢を放った。
突然ゴブリンの後方から攻撃魔法と矢が飛んできて驚いたクラウスとエルンストたちだが、先頭に立つアダルベルトとウィルヘルムを確認した。
リリーエムラ公爵家騎士団と合流出来たことを知り、安堵すると同時に、あと少し、という思いになり、皆の動きが良くなった。
ゴブリンはいきなり背後から攻撃をくらい、泡ふためいている。
相変わらずクラウスたちを攻撃するものもいれば、アダルベルトたちの方に向かってくるものもいる。
敵が二手に分かれてくれた。思わず団長たちの笑みが零れる。
アダルベルトのカバンの中にはシュネーがいる。昼食をしっかりと食べ、水分も十分に補給し、たっぷり昼寝をして元気になったシュネーも頑張ってスキル【活力の息吹】を遠吠えに乗せる。それだけで、力が湧いてくる。スキルを乗せた遠吠えは遠くまで届く。クラウスたちにも当然届いている。
ここにいる亜神は皆、上級神ルウィージェスの眷属。敵からの攻撃とは認識されずに、ルウィージェスの『結界魔石』による結界を通過する。当然、人族の結界もだ。
クラウスとエルンスト班は、藍の結界に守られ、比較的自由に動ける状態で戦っていた。結界を遮る壁もないため、広範囲に張れているのだ。藍の【応援歌】もあり、皆の力が底上げされる。
鳥と違って獣はそうしょっちゅう遠吠えなどしない。ニックスはシュネーと異なり、先程からずっとスキル【遠吠えの共感】を発動し続けている。かなり喉が辛くなっている筈だ。しかし、藍ばかりが活躍しているのか悔しかったようだ。
ニックスも負けじとクラウスのスポーランの中で頑張って【遠吠えの共感】を発動させ、皆の攻撃力を強化する。その効果は、当然アダルベルトたちにも届く。ニックスとシュネー兄弟のスキルによって、皆の力が底上げされる。
挟み撃ちしたゴブリンは全て殲滅した。残るは通路側から来るゴブリンのみ。
アダルベルトたちも藍の結界に合流し、討伐戦を続けた。
ゴブリンの中には、標的に当たらずに床に落ちた矢を拾おうとしているものもいた。矢を武器と認識した個体だ。やはり、知能も底上げされていると思われた。しかし、その矢を掴めるゴブリンはいなかった。掴もうとするのだが、直ぐに手を離す。
エルンストは、火魔法と風魔法で遠くのゴブリンを巻き込み焼き尽くしながらその様子を見ていたのだが、その矢はルウィージェスが道中馬車の中で作っていたものであることを思い出す。
左肩に乗る藍に、
「もしかして、ルウィージェス様、魔鳥の羽根に何か施していたのですか?」
と聞いてみた。すると、
「ぴぴ」
藍が頷きながら肯定した。
少し後ろに下がり、水分補給をしていたクラウスは、エルンストが藍と話しているところをたまたま見ていた。
「どうかしたのか?」
クラウスはエルンストの隣に移動しながら聞いた。
「いえ、ゴブリンが落ちた矢を拾おうとしているのですが、手を触れられずにいるので、もしかして、ルウィージェス様が何か細工をしておいたのだろうか、と思いランに聞いてみたのです。」
「あぁ、あれ、やっぱり触れられずにいたのか。俺も、何故拾わないのだろう、と思っていたが。」
「どうやら、落ちた矢がゴブリンの新しい武器にならないように、細工をしておいて下さったようです。」
「ルウィージェス様は、新種のゴブリンの知能が底上げされている可能性に、既に気付いていたのだな。」
「その様ですね。その他にも、この洞窟内では見ませんでしたが、ゴブリンの中には弓術の技術を持つ個体が隣国で確認されていますし。その対策としての措置も兼ねていたのかもしれません。」
「それ、聞いた覚えがあるな。王国内での発見の報告は騎士団にもないが。」
クラウスは、斜め上に視線を送りながら答えた。記憶を掘り起こしているようだ。
「ゴブリンって、意外と種類、多いよな。確か、隣国ドルトルム王国では、拳で攻撃してくるゴブリンが見つかったって、冒険者ギルドから報告が去年だったか一昨年だったかにあったし。まるで拳士の様な戦い方から、『ゴブリン拳士』と命名されたと…、」
ここまで言って、クラウスはエルンストの方を向いた。
「もしかして、あの報告って、この新種のことだった…りするか?」
エルンストも、話の内容からその可能性に辿り着いていたようだ。
「膂力を異常に底上げしている、という点が共通しています。たまたま、洞窟内の新種は従来の武器を手にした戦い方を継承していましたが、拳士の戦い方を学んでいたら、ここの新種もそうなっていた可能性が高いかと。」
その時、クラウスの右手側から数匹のゴブリンが束となって、結構な速度で結界に近付いてきた。
クラウスは剣に【火魔法:火渦】を纏わせ、向かってくる一団に着弾させ爆破させた。
「そう考えると、元々進化しやすい上に、俺たちが思っていた以上に、適応力も応用力も高かったのかもしれないな。」
「資料の大幅訂正をしなければなりません。」
そう答えながらも、クラウスが火魔法を使いこなしている様子に笑みが零れる。
クラウスのステータスには【氷魔法】と【熱魔法】は載っていたが、【火魔法】はなかった。しかしルウィージェスから、そもそも【氷魔法】は【水魔法】と【風魔法】の混合魔法で、【熱魔法】は【火魔法】と【風魔法】の混合魔法であるため、3属性持ちである事を知らされ、その数日後、エルンストに魔法の教本について問い合わせてきた。
実際に宮廷魔術師団の図書室で複数の本に目を通し、その中から自分に合いそうな本を数冊持って帰った。後日、本の返却に来た時に、一番自分に合うと思った本を自分で購入したと話していた。
日々の魔力制御の訓練と合わせて、【火魔法】の練習も行ってきたのだろう。他の2属性も、【火魔法】並みに練習している筈だ。
しっかりと実戦レベルにまで上達させ、この討伐戦で付与魔法として使えるまでに仕上げてきた。コントロールも非常に良い。
――――こういうのを「非凡な才」と言うのでしょうね。
王国の騎士団長という立場にいながら、他人に質問出来る素直さと勇気を持ち、研鑽を積む重要性を理解し、才能に溺れず、真摯に向き合っている証拠だ。これも、一種の才能なのだろう、とエルンストは思っている。
――――少なくとも、エルクにはない姿勢だな。
テューゲンリン王国王立アカデミー高等部の卒業を目前としながら、自分より魔術の才を持つ妹の前では、絶対に魔術の練習をしない、要らぬ自尊心だけが強く育ってしまった息子の姿が浮かぶ。
だが、同時に、10年と8年年上の異母兄も思い出す。散々いじめられたし、命すら狙われた。その最大の理由が、父親の立場すらも追い詰めた魔術師としての能力だということも、今は理解している。
――――上は、下に負けるのがそれほど悔しいのだろうか?
自分は三男でクラウスは四男、共に末っ子だ。家の中で一番小さかった自分らは、上より知らない事が多くて当たり前の立場にあった。質問する事に躊躇したことはない。まぁ、親の機嫌が悪そうだと思った時は躊躇ったこともあったが。
――――私自身も、長男の気持ちと立場という物をもう少し考慮してあげるべきだったのかもしれないな。
エルンストはアダルベルトとウィルヘルム兄弟を横目に見る。
二人は次男と三男だ。この二人も質問することに躊躇がないように思える。よく副団長のザビーネから兄弟の話が出るが、その内容からなんとなく。
よくよく考えると、王国騎士団にせよ宮廷魔術師団にせよ、長女は結構多いが、長男は少ない。フォーゲル伯爵家やシューバート侯爵家のように、家督を実力主義で認めている貴族家はまだまだ少数派だ。
もし長男が多かったらと、自尊心の塊の集団を、エルンストはちょっと想像してみた。
もしかしなくても、物凄く大変な一団になっているような気がしてきた。
貴族家出身を鼻にかける輩以上に手強そうだ。
思わず頭を振って、嫌な想像を頭から追い出す。
今は、ゴブリンに集中しなければならない。そう自分に言い聞かせ。
何故か急に思いに耽り、心あらずになったと思ったら頭を左右に振り出す様子を見ていたクラウスは「何やっているのだ?」と不思議そうに見ていた。
アダルベルトとウィルヘルムは、完全にうわの空のように見えていながら、攻撃魔法は止めず、しかも超絶コントロールで遠方のゴブリンを焼いていくその様子に、「器用だな~」と尊敬の眼差しを送っていた。
気づくと、攻撃が散発的になってきた。そして、アダルベルトたちが合流して1時間後、結界内からは動くゴブリンの姿は見えなくなった。遠くの方からゴブリンの声と何かが動く音は聞こえてくるから、全滅させたわけではないが、それでも、当初の予定の倍以上の数のゴブリンを殲滅させた。いや、3倍弱の数と言った方が近いゴブリンを倒し切った。
誰かが音頭を取ったわけではない。自然発生的に、皆が勝どきを上げた。
その声は、居館の結界内で休憩を取っていた者たちにも届いた。その声の意味を知った皆も勝どきを上げた。
エルンストは、休憩を取っていた部屋に残しておいた『結界魔石』と『トイレ魔石』を回収し、広間で展開しているアダルベルトたちの結界内に合流した。
同時に、エルンストとクラウスが持つ『結界魔石』を発動させ、アダルベルトとウィルヘルムの結界と繋げ、全員が手足を十分に伸ばして休める広さを確保した。
皆が全員の無事を喜んだが、特に、各班に振り分けられていた宮廷魔術師団の結界魔術師たちは再開に喜び合い、涙する者もいた。
藍はエルンストが用意した止まり木で休憩を取り、ニックスとシュネーは、お互いに再開を喜ぶようにじゃれ合い始めた。
エルンストがトイレを男女別に10個室ずつ追加し、少し離れた所に各団長と副官、副団長が集まり、お互いに情報交換を始めた。
「え、それでは、ルウィージェス様が再確認したら7000匹を超えるゴブリンになっていた、と?」
エルンストとクラウスから、ルウィージェスの手紙の内容を聞いたアダルベルトとウィルヘルムは驚きの余り声が出ず、質問が出来たのは辛うじて声が出せた州領騎士副団長のニコデム・フォン・イーゲルだった。
「あぁ。この手紙を読む前から、俺たちも、なんか数が合わないと思っていたのだが、こういうことだった。」
「本当に、他の群れが入り込んでいたのですね。」
ニコデムは納得したようにクラウスの説明に頷き答えた。
ニコデムの言葉の意味が気になったクラウスとエルンストの視線がアダルベルトに集まった。
アダルベルトは、居館にいたゴブリンが王の匂いが残っている筈の椅子に群がっていたことを伝えた。
「なるほど。確かに、威圧感が消えたとは言え、下位ゴブリンが王の匂いが残る場所に登るとは考えにくい。」
「これだけ巨大な洞窟から上位のゴブリンの気配が全て消えれば、他の群れに目を付けられてもおかしくはありませんね。右側にいた新種のゴブリンが全て別の群れのゴブリンと仮定すれば、他の群れも従来以上の多産になっていると思われます。広い営巣地の取り合いになっていると考えると、これからのゴブリンも非常に攻撃的だと思っておいた方がよさそうです。」
エルンストの考えに皆が頷く。
後から合流したクラウス班とエルンスト班の団員たちも、十分に休憩が取れた。
「ルウィージェス様の話から、あの切られた布の所に見える扉の向こうに生き延びた村民がいたと思われる。アダルベルト団長より、床下収納の存在が確認され、その中から遺骨を回収したとの報告があった。生存者の救出を優先したことで、恐らく、この部屋の周辺は殆ど調べていないだろう。もしかしたら、未確認の部屋や収納庫があるかもしれない。」
クラウスはエルンストを見た。
「ランに、この居館全てを覆う結界をこれから展開してもらうが、別な部屋に入る時は、結界魔術師の結界が頼りになる。まだ戻りがある。丹念に調べるのは良いが、結界魔術師の負担も考慮して、探索して欲しい。」
エルンストの言葉にアダルベルトとウィルヘルムも頷く。
エルンストとクラウスの班が巨大椅子より左側を捜索し、巨大椅子を含む右側をアダルベルトとウィルヘルムの班が調べることになった。
アダルベルトとウィルヘルムの班がまず調べたのは、玉座の近辺からだった。
椅子の後ろには、巨大な斧が複数立てかけてあった。一般的な巨人族向けの武器よりも大きい。これを使っていた元の持ち主は、巨人族の中でもひときわ大きな個体で、この武器は特注だったと思われる。そして、特注サイズの斧のみがここにあるということは、ここにいた王は、この巨大な武器でないと小さすぎて使えなかったということになる。
全ての巨大斧を保管庫に入れて回収する。一本の斧を動かすのに3人がかりとなった。この斧を振り回されたら、斧自体の重さ加わり、相当な遠心力となるだろう。平均体重の騎士なら簡単に盾ごと吹き飛ばされるのが容易に想像出来る。
生存者が確認された部屋と椅子周辺はアダルベルト班が受け持ち、ウィルヘルム班が、それ以外の場所で未確認の隠し扉や床下収納などの存在を探すことにした。
アダルベルトは更に、アダルベルト組と州領副団長ニコデム組に分け、探すことにした。結界魔法の使い手は二人だけに絞る。
アダルベルト班は村人たちを保護した部屋に入った。完全に乾いて黒ずんでいるが、大量の血糊が残っていた。その血糊はゴブリンのものとは色が違ったため、村人たちのものであることは直ぐに分かった。
ルウィージェスたちが見つけた時には、数人が既に亡くなっていたと聞いている。ゴブリンの習性を考えると、亡くなった後にこの部屋から持ち出された村民がいたとも考えられる。皆で黙祷を捧げた。
アダルベルト組と州領副団長ニコデム組に分かれて、右側と左側から確認を開始した。
壁や床を注視して、不自然な線がないか探してみたが、それらしきものは見つからなかった。それはそれで、皆が安堵する。
玉座だったと思われる大きな椅子のところに戻ってきたアダルベルト班は、椅子周りの床を調べ始めた。ここは王と副官将軍が2体いた場所だ。
人族の王なら、自分の周りに秘密扉などを作っていることが多いが、相手はゴブリンだ。元の持ち主もオーガだったと思われる。両方とも、そういう習性は確認されていないが、アダルベルト班は武器を分別して収納していた部屋を見ている。
念のため鞘ごと外した剣で床を叩きながら探してみるが、やはり、床下に空洞の存在を示す音は確認されなかった。
第45話も、騎士団、魔術師団とリリーエムラ公爵家騎士団合同での合同討伐戦の続きです。
漸く洞窟内討伐が終わりました。まだまだ先は長いのですが、とりあえず、ひと段落です。
次からは、大群の移動が認められているライラン領に向かって移動します。
今回の村は壊滅し、ゴブリンに洞窟内に連れ込まれた数名のみが生き残りましたが、まだ、あの規模の村が7か所あります。
生存者がいると望みを捨てずに、進んで行きます。
さて、第一章第45話で洞窟内討伐戦は終わりました。次の第46話からは、ライラン領に向かって移動しますが、その間には7つの村が存在しています。
まだまだ討伐戦は続きます。
来週6月13日(土)20:00公開予定です。
第46話 「ゴブリンの襲撃⑪―洞窟内討伐を終えて―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




