第44話 「ゴブリンの襲撃⑨―洞窟内の大規模営巣地⑧―」
ここに登場するのは初めてじゃないかな?ウィルヘルム・フォン・ケーニッヒです。自分は三男です。アダルベルトは次男でザビーネは長女です。
ケーニッヒ伯爵家はリリーエムラ公爵家の一派で、リリーエムラ公爵家が治める州領の一部を任されています。
大昔、まだケーニッヒ伯爵家が古参家の一画だった時には、現在リリーエムラ公爵家が治めている土地の半分を任されていたそうですが、伯爵家継続が困難になった時にリリーエムラ公爵家が吸収し、伯爵家の後継者問題が安定するまで、現在ケーニッヒ伯爵家が治める半分以下の領地を治めていて、後継者問題が安定した時に、今の領地にまで拡大したそうです。
そういう経緯があった為か、リリーエムラ公爵家の騎士団を歴代務めさせてもらっています。ただ、州領騎士団と王都騎士団の両方を任させるのは、かなり遡らないとならない程、久し振りのことだと聞いています。
ここだけの話ですが、州領騎士団と王都騎士団の両方を任された事は、ケーニッヒ伯爵家の自慢です。創造神様に任されたのですからね!任務にも力が入るというものです。
ケーニッヒ伯爵家は一度後継者問題で途絶えかけた歴史があります。その時に、過去にケーニッヒ伯爵家から嫁いだ者の血筋の、フォーゲル伯爵家の分家、フォーゲル子爵家の後継者をケーニッヒ伯爵家の当主として向かい入れています。
姉のザビーネは、ケーニッヒ伯爵家では珍しい強力な魔術師ですが、間違いなく、フォーゲル伯爵家の血が強く発現したからだ、と皆が言っていて、自分もそう思っています。姉だけですからね、桁違いの魔力保持量を持って、あれだけの強い魔術を施行出来るのは。一種の先祖返りになるのかな?これって。
現在ケーニッヒ伯爵家では、途絶えてしまった盾の技術の取り戻しに着手し始めています。先ずは、資料探しから。
それも、姉ザビーネがルウィージェス様から「ケーニッヒ伯爵家の紋章には『守備の要』という意味がある」と聞いたから。
創造神様に伺ったところ、『守備の要』の力は盾を使っている時に最大になるそうです。そうであるなら、盾のケーニッヒ伯爵家を復活させない理由はありません。
創造神様から、準備が整ったら武神様から直接指導を受けられるようにする、とのお言葉を頂きました!一家総出で燃えています!!目指せ、盾技術の復活!!『守備の要』の取り戻し!!
でも今は、ゴブリンです。新種のゴブリンです。
それにしても、もう少し、魔物戦をやっておけばよかった。王都内の警備だと、対人技術の方が大切だったから、そちらに重点を置いていました。
王都内の警備で一番検挙率が高いのが不法侵入者です。次に、買い物に出かけたメイドの誘拐です。いずれにせよ、対人です。
リリーエムラ公爵家で働く者の内、一部の準貴族と、平民出身の者は全て、家族ともども敷地内の棟に住んでいます。
家族を人質にして貴族家に仇を成そうとする者が多いので、上級貴族は全て同じように敷地内に家人を家族ごと住まわせています。
下級貴族は、領地内ではそうしているところが多いようですが、王都内では、与えられている敷地がそう広くないので、家人のみを住まわせていることが多いみたいですね。
話しが逸れました。現在、月に数回は、今はルウィージェス様の【ゲート】で州領の屋敷に戻り、裏の森に間引き討伐に出かけ、対魔物戦の訓練を行っていますけれど、州領の騎士団程の回数はこなしてはいませんでした。
この殲滅戦が終わったら、もう少し対魔物戦の回数を増やさなければなりません。
<アダルベルト班>
ルウィージェスとカリンが最初の将軍2体を倒した部屋で休憩を取っているアダルベルト班。
部下の騎士と魔術師たちは深い眠りについている。特に、ずっと結界を張っていた魔術師たちは、お互いに寄りかかり合って熟睡している。
アダルベルトは腰ベルトに掛けておいた水筒を外し、口腔内を潤すように、少しずつ口の中に流し込む。ゆっくりと水分補給をしながらルウィージェスたちの戦いの痕跡が残っていないか、部屋の様子をじっくりと見ていた。同時に、壁側に何とも言えない違和感を覚えていた。
初めは、単純に浅い壁の凹凸かと思いスルーしていたのだが、違和感の正体が壁に走る縦線が、異様に直線的だからだと気づく。
近くに寄ってじっくりと見てみたいが、そこで仮眠を取っている部下は熟睡中だ。目を覚ますのを待つことにした。
起きていても何もすることがない。アダルベルトも仮眠を取っておくことにする。
なんだかんだ言ってアダルベルトも疲れていたようだ。気づくと、半数近くが目を覚ましており、小声で話し合っている。この騒めきが起こるまで、自分も熟睡していたわけだ。
魔石で動く時計は設営地に置いてきた。この部屋は通路よりも薄暗く、隙間から差し込む日や影の長さで時間を推測できない。
だが、体感的に寝ていたのは30分程度と思われる。それでも、かなり体が軽くなった気がするし、気分的にも少しすっきりした感じがする。
上半身だけだが、肘を曲げ、腕を大きく左右に振りストレッチをする。背骨がボキボキといった。肘を曲げたまま両腕を大きく回すと肩甲骨が大きく動き、両肩からポキポキと音が鳴った。これだけでも、体が解れた感じがして気持ちが良い。
首を大きく左右に振ると、頚椎がゴリゴリいう。不自然な姿勢で寝ていた証拠だ。
両肩をクルクルと回し、解しながら周りを確認すると、縦線が気になった壁を背にして寝ていた部下たちは、既に目を覚ましていた。
アダルベルトは騎士らに理由を伝えて場所を交換してもらい、縦線を近くでじっくりと見てみる。
縦線は床から天井まで続いていることが分かった。
試しに少し押してみると、壁…ではなさそうだ。その感覚から力をもっと込めれば動く感じがした。
もし、長い期間動かした形跡がなければ、この程度の振動でも積もった砂埃が落ちてきてもおかしくはないのだが、砂埃が落ちてくる様子がない。比較的頻繁に動かしている証拠だ。
今度は、右足を前に出し左足を後ろに置き、膝を曲げ重心を下げて両足に力を込めて押してみた。すると、壁がズズズとずれた。もう一度力を溜め、先程と同じ姿勢で、両足で踏ん張り壁を押してみた。
壁だと思っていたのは、どうやら扉だったようだ。少し斜めに倒れ止まった。それ以上は倒れない。
近くにいた騎士たちも手伝い、扉を少しずらした。
縦に異常に長い扉だった。床から天井までの1枚扉。ここにいた将軍の大きさは知らないが、今まで目撃された情報から、一般的に将軍の大きさは3m強と言われている。この世界の成人男性の平均身長は175cmだ。成人男性の約2倍と伝わっていることから、3mから4m弱といったところだった筈だ。
ここの天井は非常に高い。5mはあると思われる。
そうなると、この扉を動かせたのは将軍並みの大きさ以上の魔物、ということになる。
この洞窟は、明らかにゴブリンが掘った物ではない。そうなると、元の住人は、確実にオーガ以上の巨大魔物。
縦に5mはあると思われる扉は非常に重く、騎士6人でも支えられるものではなかった。壁に沿ってずらして動かした、という表現が正しい。
扉を動かすと、廊下側からの明かりで中が見えるようになった。
そこには大量の手斧が保管されていた。大きさも形も様々だ。中には紐のような物が付いている物もある。ほぼ間違いなく木こりや襲った村々から奪ってきた物だ。錆の付き方からして、奪った時期もバラバラだと思われた。
中にはかなり大型の物もあるが、あの新種ゴブリンの膂力だったら、十分に振り回せる。
「これを残していくのはまずいな。」
集められた斧の数にも驚いたが、思わずあの新種がこの斧を持ち、あの力で振り回すところをアダルベルトは想像してしまい、全身に鳥肌が立ち、ぶるっと体が震えた。その姿は、かなりの恐怖心を抱かせる。
「幸い、ここは将軍の部屋だったからだと思うが、これまでに遭遇したゴブリンの中には人工武器を持つ者は少なかった。せいぜい、昔奪った錆だらけの剣とか、折れて短くなった槍くらいだったから何とかなっていたが、あの新種のゴブリンがこの斧に気づいたら、それこそ、剣で戦うのは難しくなる。あの力でこれを振り回されたら、…まともに受けたら、剣がもたん、折れる。」
「う~ん、奴らがここの斧を使っていなかったのは、単純に、この扉が長すぎて、あの新種ゴブリンにも動かすことが出来なかったからじゃないすかね?」
焦燥感溢れるアダルベルトの声とは異なり、少し緊張感に欠ける声が聞こえてきた。
アダルベルトは斜め後ろに立つ部下を見た。ベリース小隊の一人、クレメンスだ。騎士の中では若手に入る。魔法は使えないが剣の技術は既に高く、ベリースの脇を固める、若手ホープの一人だ。
「…クレメンス、お前、鋭いな。確かに、膂力系の俺が踏ん張ってようやく倒せて、6人がかりで、やっとの思いでずらした扉だ。細かい連携や綿密な共同作業を行う習性のないゴブリンには、いくら強くなったあいつらでも無理だな。」
「だと思うっす。けれど、この扉を戻すのは我々には無理っすから、置いて行くことが出来ないのは同じっすが。」
「あぁ、その通りだな。」
アダルベルトが積み重ねられた手斧を見ていた時、少し離れた場所で、同じような扉がないか調べていたベリース小隊長がアダルベルトを呼んだ。
「団長、こっちの壁にも縦線が見えます。」
アダルベルトは、ベリースが見つけた縦線も見た。それはアダルベルトが見つけたのと同じく、床から天井まで一直線に延びる縦線。
「こっちも、押してみるか。」
今度は、アダルベルトとベリース、膂力系の二人で息を合わせて扉を押した。
こちらも、動かした時に上から大量の砂埃は落ちてこなかった。
「こっちは剣と槍か。これは騎士や衛兵、冒険者から奪った物だな。」
「他に、防具もありますね。ゴブリンのくせに、武器の種類で分ける習性、持っていたのですね。」
ベリースが指摘した点は、今まで報告されたことがない、未確認の習性だ。
人族が思っていた以上に、ゴブリンにも知性がある根拠となり得る証拠だ。
「この習性、従来のゴブリンの時から持っていたものなのか、進化が膂力だけでなく知力も上げたのか、どっちなのか、悩ましいところだな。」
「確かに、未知の進化で知力も上がった可能性もありますね。」
一般的に、高い魔力を持つ魔物は高い知能を持つ。
あれだけ膂力を上げたなら、それだけ魔力だって上がっている筈だ。上がった魔力と並行してゴブリンの知力も底上げされてもあり得ない話ではない。逆に否定する根拠が、少なくとも現時点ではない。
「これは、クラウス団長とエルンスト団長へ要報告案件だな。国から全州領の騎士団、それ以外に、冒険者ギルド、商業ギルドとかにも通知してもらう必要がありそうだ。」
「あ、団長、」
手斧を見ていたコードがアダルベルトを呼んだ。彼もベリース小隊の一員だ。魔術師としては魔力保持量は多くないが、騎士としては魔力に恵まれた水魔法の使い手だ。
「あそこに、不自然な突起が左右に1つずつあります。あれって、扉の取っ手じゃないでしょうか?」
アダルベルトは移動させた扉を見上げた。確かに、かなり上の方に不自然な突起物が2つ見える。
「確かに、あれは取っ手、だな。」
位置的には、床と天井との中間あたりに相当すると思われた。
「2つともほぼ同じ高さにあるな。天井まで5mと仮定すると、2.5m辺りに取っ手がある、と。ここにいた将軍は3m以上あった、と考えるのが自然か。いや、もともとはオーガとか巨大魔物の洞窟だ。あ、だが、土埃は殆ど落ちてこなかった。日常的に使っていたと考えると、やはりここにいた将軍は3m級だった、というわけか。」
――――それを血痕一つ残さず倒した?本当に、どうやって倒したのだ?ルウィージェス様の約3倍の巨体だぞ。
討伐方法が気になるのは、戦闘軍人としての本能だ、とアダルベルトは思っている。少しでも強い敵を倒す方法を知りたい。
だが、倒した方法は時間がある時にでも本人に聞けばいい。今考えることではない。
アダルベルトは軽く頭を振り、意識を現場に戻す。
いずれにせよ、見つけた斧と武器をここに残していくわけにはいかない。起きている者たちで保管庫に放り込んでいく。
アダルベルトは、仮眠を取り続けている魔術師たちを見た。小声で話しているとはいえ、結構騒がしかった筈だ。それにも関わらず目を覚まさないということは、まだ魔力が十分に回復していない証拠だ。
寝ている魔術師たちを起こさないよう、他に保管場所が残っていないか、起きた面々で探すことにした。
一人の騎士が、装着したままだった足の防具を一旦外し、濡らしたタオルで拭きだした。隣に座る仲間が問うと、ブーツに違和感を覚えたからだ、と答えた。
再度装着し、2、3回飛び跳ねて、フィットさせようとしているのだが、何故か首を傾げている。
再度座り直して防具を外し、何か確認していたのだが、ふいに、床に切り込みがあるのに気付いた。
「隠し庫か?」
先程の扉には取っ手らしき突起があった。床には突起らしき物はない。何か、手を引っかけられる場所がないか探してみたが、それらしき物は見つからなかったが、線を辿ると、切り込みは直線的で、2m四方程度の広さだろうか。それ程大きくなかった。先ほどの扉2つと比べると、物凄く小さい。だがその上を歩くと、微妙に歩きにくいというか、足元から違和感が伝わってくる。
どうやら、原因は防具ではなく、この床そのものにあったようだ。
膂力系の騎士は筋肉が多いために体重が重い。厚みのある筋肉を持ち、体重があるアダルベルトが切り込みに囲まれた範囲を飛び跳ねながら移動してみた。
比較的縦線に近い場所に着地した時だった。アダルベルトが着地した場所とは反対側が少し浮いた。
今度は、アダルベルトと体重が比較的ある膂力系の騎士が同時に足で床を押してみた。すると、反対側が大きく跳ね上がったが、たまたま跳ね上がった側にいた騎士が、咄嗟に床に置いたままにしてあった自身の剣を鞘ごと蹴り、扉が完全に閉るのを防いだ。見事な判断と絶妙な行動だった。
その超絶ファインプレーに、「おー」と小さな驚きの声と控えめな拍手が起こった。
蓋は2m四方と小さいが、突っ込んだ剣の鞘の厚さしか隙間がない。保管箱に放り込んだ斧を数本取り出し、指を引っかける隙間を作り、4人の膂力系騎士が「せーの」の掛け声で、蓋をどかせた。
そこは、どうもゴミ箱として使用していたようだ。だが、問題はそこではない。人骨と思われる物が多数あったのだ。びりびりに引き裂かれ、辛うじて服の残骸と認識できる程度の物も多数ある。元々の色は分からない。全てが赤黒く染まっていた。
大半の骨がバキと折られて無残に放り込まれている。まともに形を残しているのは、小児の物と思われる短い骨だけだ。
誰もが押し黙ってしまった。想像もしたくない状態で殺されてしまった事は容易に推察できる。
アダルベルトが黙って黙祷を捧げた。それを見た部下たちも、黙祷をした。
「明らかに人骨と分かる物だけを拾っていこう。ここに残していくのは忍びない。」
床穴の縁にいた者がしゃがみ込み、手を伸ばして、届く範囲内の遺骨を拾い始めた。
初めから、遺骨を見つけた時には拾い集める予定だった。アダルベルトは折り畳み腰に巻き付けてきた袋を取り出し、複数の者たちが率先して取り出した遺骨を入れていく。
その様子を見ていたアダルベルトはルウィージェスの説明を思い出していた。ゴブリンは掃除屋だ、という話だ。
今まで、ゴブリンが人を食べるのは、人が持つ魔力を欲するからだ、と言われていたし、アダルベルトもそう聞いてきたし、そう信じていた。
しかし、ルウィージェスの口からは一言もその事については言及されなかった。
しかも、ゴブリンは生きている間は共食いをしないが、死骸は食べるとも言っていた。
もう一つ、ルウィージェスは魔素からの魔力転換率が下がった状態のストレスから攻撃的になっている可能性を指摘していた。
よくよく考えてみると、ここにいたのは将軍だ。しかも3m級の巨大化したやつ。つまり、ここにいた将軍は旧タイプのゴブリンの筈だ。まだ魔素からの魔力転換率が低い従来のゴブリン。
ということは、従来のゴブリンも武器を判別し、武器ごとに分けて保管する知能は持っている。もしくは、進化し巨大化することによって、保持魔力の上昇と共に知能も上がり、選別し保管する能力を有する、ということになる。
そして、この状況だ。本来なら生きている人間は襲わない筈だ。営巣地や縄張りに足を踏み入れたならいざ知らず。
普通の、特に武術の訓練を受けていない村人にとって、ゴブリンとは言え、群れを見つけたら、そりゃ大声で叫ぶだろう。村に危険を知らせに走るだろう。
元々、ここがゴブリンの目撃が頻繁にある所なら、ゴブリンを見つけても大声を出さないよう言われているかもしれない。だが、走り出しはするだろう。
生き物は逃げるものを追いかける習性を持つ。本能として。それが自分より弱い存在なら猶更だ。
もしかしたら、そういう行動が群れを刺激して、村にゴブリンの一群を呼び寄せてしまったかもしれない。大いに考え得る可能性だ。もしくは、たまたま移動中のゴブリンの群れが村の近くを通ってしまったか、村に入り込んでしまった為に、騒ぎになって、ゴブリンを刺激してしまったか。
魔素からの魔力転換率が下がった状態のストレスから攻撃的になっている可能性がある一群を刺激してしまい、攻撃的になったゴブリンに襲われ、更にパニックになって騒いでしまい、よりゴブリンを興奮させるという悪循環に陥ったか。
その襲撃によって死んだ村民が、ここまで持ち込まれて喰われた。掃除屋としての本能で。
だが、とアダルベルトは思う。辻褄が合わない点がある。
ルウィージェスとカリンは生きている村民を別の部屋で見つけた。しかも、足を切断された状態で。
ルウィージェスは、生きながら喰われた残留思念を感じた、とも話していた。つまり、少なくとも王はまだ死んでいない村民を喰らっている。
ルウィージェスから聞いたのは、あくまでも下位ゴブリンの話であり、上位ゴブリンの話ではない?
――――この点は確認しておく必要がありそうだ。
捕獲されたにも関わらず生き残った村人の存在が、大きな矛盾点として残る。
通常、営巣地に入らない限りは巨大化した上位ゴブリンと遭遇することはない。そう考えると、ルウィージェスから聞いた話しは下位ゴブリンの習性と考えた方がしっくりとくる。
最後まで熟睡していた結界魔術師たちが目を覚まし始めた。そろそろ移動の準備を初めても良い頃だ。
アダルベルトは思考の迷路から意識を剥がし、部下たちに声を掛けた。
「この先は王がいた場所だ。自分たちが休める空間を確保したら、結界を張って昼食にしよう。周りにゴブリンがいる状態で休む形になるが、仕方がない。なるべく、壁側で休む空間を確保しよう。少なくとも、背の安全は心理的にも確保される。」
最後の言葉は、苦笑しながら付け加えた。
「それから、ルウィージェス様とカリン様も、かなりの人骨を見つけ拾ってきたが、まだ残っているかもしれない。下の方も、注視して進んでいこう。」
無残に捨てられた遺骨を見た後だ。全員が力強く頷いた。
武器を保管してあった2か所に、『トイレ魔石』でトイレを2個室ずつ、計4個室を用意した。
エルンストが持っていた魔石よりも、二回り以上大きな魔石だ。魔力保持量が少ないアダルベルト用に、魔石を大きくすることで不足魔力を補っている。
「こういう場所でも、安心してトイレを済ませることが出来るって、有難いですね。」
水魔法魔術師が用意した水球で手を洗いながらベリース小隊長が、生活魔法で洗った手を乾かしているアダルベルトに囁いた。
「本当だよな。ここみたいに魔物が多い場所だと、数人に見張りを頼んで、上から魔物が来ないよう警戒しながら用を足さなければならないからな。気が抜けない状態で用を足しても、なんかすっきりしないんだよな。」
「そうそう、だから、余計にトイレが近くなるという悪循環。」
「ハハハ、確かにな。」
トイレを済ました者たちから、騎士は脱いだ防具を装着し、魔術師たちも、ポーションホルダーに魔力回復ポーションを補充し、移動の準備を始めた。
<ウィルヘルム班>
一番右側を進行していたアダルベルトの弟、ウィルヘルム班も、殲滅した筈の通路に大量のゴブリンが戻って来ていることに辟易しながら倒していた。
初めから多少は戻って来ているだろうとは思っていたし、ある程度予想もしていた。しかし、この量は予想していなかった。
しかも、どう見ても、従来のゴブリンよりも大きめのゴブリンしかいない。昨日、ルウィージェスとカリンが回収してきた保管庫の中に入っていた新種ゴブリンと思われる、少し大きめのゴブリンと同じような大きさだ。
ルウィージェスは【土魔法:飛礫】で倒したから強さは分からない、と言っていたが、明らかに強くなっている。少し力あるかな、と思うゴブリンから、あり得ない膂力を持ったものもいて、気が抜けない。
通常であれば、ゴブリンならこのくらいで、と力の加減を予測しながら対峙する。しかし、この新型ゴブリンは、外見からでは全く力の予測がつかない。どの程度の力加減で対峙すれば良いのかが、全く分からない。
膂力がそれ程上がっていないゴブリンに全力で対峙すると、手ごたえのなさにこっちがバランスを崩し、他のゴブリンにその隙を狙われる。だからと言って、加減して対峙すると、思わぬ反撃をくらうことになり、怪我の元になる。
数だけでなく、この膂力の高さの不均等さも疲弊する要因となっている。
それに、死角から攻撃してくるゴブリンの数も半端ない。ルウィージェスたちの報告にはなかったやつだ。いや、多少はいたとは言っていたが、言葉の雰囲気から、ここまでではなかったと思われる。
そもそもウィルヘルム班は王都在住だ。普段は王都の屋敷及び周辺の防犯や、買い物に出かけるメイドの護衛などを主に担っている。
州領在住の騎士団はかなり頻繁に裏の森に入り、魔物たちの様子の観察がてら、間引き討伐を行っているが、王都騎士団は、それほど魔物討伐は行っていない。月に数回は、ルウィージェスが降臨する前はエムラカディアの神術で、ルウィージェスが降臨して以降は、【空間魔法:ゲート】を使って、裏の森で魔物討伐訓練を行っているが、州領騎士と比べると、回数は圧倒的に少ない。
普段は、リリーエムラ公爵家専用の演習場で訓練を行っている。だが、その訓練も対人訓練であり、魔物訓練ではない。
対魔物との実戦経験値の差も大きい。
だが、一番ウィルヘルムたちが驚いていたのは、ゴブリンの死骸も血痕も全く見当たらない、ということだ。
「一体、どういう戦い方したら、血痕一つ残さずに殲滅できるのだ?」
ウィルヘルムの質問には誰も答えられない。誰しもが、同じ思いでいた。
「ルウィージェス様は【飛礫】を大量に打ったと言っていた。もしかしたら、本当に【飛礫】を大量に打ちながら進行して、後ろからの攻撃をカリン様が対応したのかもしれないな。」
その言葉に頷きながら答えたのは、リリーエムラ公爵家騎士団、王都騎士団小隊長のカスパルだ。魔法は使えないが、剣の腕は王都騎士団副団長ボルコ・フォン・ナーゲルお墨付きで、若くして小隊長に抜粋された有望株だ。
「魔法が使えない自分が言うのも何ですが、その無双、一度でいいからやってみたいですね。憧れですよ。」
「攻撃魔法が使える者たちの、夢だよな。」
ウィルヘルムも、苦笑しながらそう答えた。
――――本当に、無双ってやつだ。誰もが憧れ夢に見る戦い方だよ。
ルウィージェスたちは、正面から数で攻めてきた、と言っていたが、正面から来る数よりも、「よくそんな所に潜んでいたな」と思うような、ちょっとした窪みなどから襲ってくる数の方が多いような気がする。
死角からの攻撃の多さから、エーギグ弦弓矢使用による魔力温存法は使えない。初っ端から計画が崩されてしまった。
一応魔術師は全員、魔力回復ポーション4本と魔力回復魔石2個を持っている。騎士も予備として魔力回復魔石を持って来ているから、魔力の回復は期待できるが、疲労の蓄積はどうにもならない。
この通路はルウィージェスとカリンが通っている為に、休憩できる部屋があるのは分かっている。できれば、そこまで魔力回復魔石の消費を1個に抑えておきたい。
魔力回復魔石は、1個1回しか使えない、というわけではない。使える頻度は、保持魔力量によるとルウィージェスから聞いている。
要は、魔石に封じ込めた魔力が枯渇するまで何度でも補充できる。だが、保持魔力量が少ない者は、複数回残量魔力が少ない状態を経験する事になる。それは「疲労が蓄積しやすい」のと同意語だ。
リリーエムラ公爵家の魔術師は、宮廷魔術師団の魔術師よりも元々の魔力保持量が少ない。
魔力保持量が多く、強い攻撃魔法が使える、もしくは上位の回復魔法が使えるなら、フォーゲル伯爵家縁者の結界魔術師アルルン・フォン・ジマーマンの様な、特殊な理由がない限りは宮廷魔術師団を目指す。
それに、ここまで死角が多いと、攻撃せずに息を潜めて自分たちが通り過ぎるまでやり過ごした分は残してしまう。後ろ側に逃げてくれれば、姉のザビーネたちが討伐するが、そうでなかった場合も考えておく必要はある。
しかも、死角からの攻撃が多いために、進行速度も遅くなっている。どうしても慎重に進まざるを得ない。時間がかかればかかるほど、結界魔法をかけ続ける魔術師の負担は増える。
今回の、この洞窟討伐戦の肝は結界魔法の存在だ。
もしルウィージェスたちがいなかったら、魔力回復魔石という便利な物がなかったら、こんな巨大洞窟内に入って短期決戦なんて方法は取らない。出来ない。あり得ない。
洞窟に繋がる穴を全て塞ぎ、入り口を探し、煙を燻して洞窟中から出てきたやつを、外で待ち伏せして、時間をかけて数を削っていく。そういうやり方になっていた筈だ。
だが、それだって、この数は想定していない。
ウィルヘルムたちは『鳥の森』に侵入したゴブリンを退治している。
その時は、この少し大きめなゴブリンはいなかった。はっきりとそう断言できる。
こんなゴブリンとは思えない膂力を上げたゴブリンに遭遇することはなかった。
――――あの従来のゴブリンは、この新種のゴブリンから追い出されたやつらだったのだろうか?縄張りを失った為に、あんな所にまで来るしかなかった一群だったのだろうか?
ウィルヘルムは新種のゴブリンを倒しながら、ふと、そんな疑問を持った。
ウィルヘルムがそう思った要因として、『鳥の森』で倒した一群以外には、この岩場近辺より王都側にまで進出してきたゴブリンの群に全く遭遇しなかったことが挙げられる。
――――そうなると、遠方に逃げた従来のゴブリンの一群の存在も視野に入れておくべき案件となる。
ウィルヘルムの生家、ケーニッヒ伯爵家はリリーエムラ公爵家の一派で、管理しているのは王国最北部のリリーエムラ公爵家州領の一部だ。正直、この近辺の地理は不案内。
もし従来のゴブリンの一群が縄張りを失い遠くに逃げているのなら、王国南東側の広範囲でゴブリン討伐を年単位で行う必要がある。
スタンピードの時は王国南西部に行った。ゴブリンがあの南西部の山越えをするとは思えない。それに、ザイラント州領内のテトグラン領に辿り着くまでの間に倒した熊種は複数あった。マウンテン・ネイルベアが一番多かったが、その他にも凶暴種と呼ばれる熊も複数混ざっていた。あの辺りには複数の縄張りが形成されている筈だ。
北部も来ないだろう。ゴブリンは寒さに弱い。
ウィルヘルムは小さく頭を振った。思っていた以上に深刻な状態になっている。やる事と考える事が山積みだ。
近くで結界を張る魔術師アーリンデの様子を見る。アーリンデはリリーエムラ公爵家派閥に属するアーリンデ子爵家縁の者だが、両親とも当主の弟・妹と準貴族であるため、アーリンデ自身は姓を持っていない。
アーリンデは既に魔力回復ポーションを2本消費していて、左手をポケットの上に添えている。ポケットの中には魔力回復魔石が入っている。そろそろ魔石を使うかどうか、検討し始めているサインだ。
他の魔術師たちも額に汗をかいており、どこかで一旦魔術師たちを休ませる必要がある。
そう思っていた時、前方にいきなりゴブリンの死骸が現れた。今まで死骸一つ残っていなかったのに。しかも、その多くには剣で切り裂かれた痕跡がある。更によく見ると、残っている死骸以上の血痕を認める。
ということは、他の班がここを通り、保管庫で回収しなかった分が残っている、と考えるのが妥当だ。
「これはカリン様の剣ではないな。カリン様の剣は突く剣だ。他の班と合流か?」
しかし、ルウィージェスとカリンからの報告では、行きと帰りは全く別の通路を通ってきたと言っていた。
「どこかで合流していたか?」
後ろの方にも聞こえるようにウィルヘルムが部下たちに聞いた。
部下たちはお互いに聞き合っていたが、誰も合流地点らしき場所を見ていなかった。
「ルウィージェス様たちが通った時には閉じられていた隠し通路でもあったのだろうか?」
その呟きに答えられる者はいなかったが、合流できるなら合流を果たしたい。
ここから先は、既にゴブリンが討伐されている。残っている数はそう多くない筈だ。
「よし、少し急ごう。この状態なら、前から来るゴブリンはそう多くないだろう。」
皆が頷き、死角からの奇襲には十分注意しながらも、少し歩を速めた。
300m位は移動したか、人の声が聞こえてきた。
「これって、アダルベルト団長の声では?」
そう聞いてきたのは、リリーエムラ公爵家、王都騎士団の副団長ボルコ・フォン・ナーゲルだ。
「俺も、あれは兄上の声だと思う。」
ウィルヘルムの一団が声のする方を見ていると、横から顔を出した者がいた。
「兄上?!」
その声にアダルベルトが振り向いた。
「ウィルヘルムたちじゃないか!」
アダルベルトは、結界を解く前に入り口付近のゴブリンを確認する為に顔を出したところだった。
アダルベルト班は先に進むつもりだったが、ウィルヘルムより、魔術師たちに休憩を与える必要がある旨を聞き、一瞬悩む。
先に行くとしても約200mほどだ。だが、この先は王がいた場所で、ルウィージェスたちからは、かなり広い部屋だったと聞いている。なら、それなりの数のゴブリンが残っていると考えるべきだ。
休憩で回復させたと言っても、結界魔法の使い手は各班6名しかいない。それなら、ここで一緒に休憩を取って、合流した状態で王の居館で殲滅戦を行った方が、結界魔法の使い手の出動人数も減らせて休憩時間も長く取れる。
アダルベルトが張った結界はまだ解いていない。
ウィルヘルムに『結界魔石』で通路に結界を張るよう伝え、その状態からアダルベルトとウィルヘルムの『結界魔石』の位置を微調整して、二つの結界を繋げることにした。
そうすれば、隙間から襲われる心配はないし、ウィルヘルムが持っている『トイレ魔石』を発動させずに済む。
結界を繋げた後、アダルベルト班の団員が通路側に移動し、ウィルヘルム班の団員たちが、部屋で仮眠することにした。はやり、三方が壁になっている方が落ち着いて仮眠が取れる。
ウィルヘルムは、昼食は先の王の居館で取ることを伝え、今は魔力回復に努めるよう指示した。
アダルベルト、ウィルヘルムと副団長2人は、ウィルヘルム班の団員たちの仮眠を妨げないよう通路に出て、お互いが進んできた通路について話し始めた。確認し始めた、という方が正確か。
「ルウィージェス様たちの話しでは、まず軍曹3体を倒している。そこが、最初の分岐点だ。その次に、部屋みたいな所で軍曹3体を更に倒し、別な部屋みたいな所で将軍を倒している。その後に、王とその左右にいた将軍を倒している。」
アダルベルトはルウィージェスたちから聞いた話しを思い出しながら言った。
「なぁ、最初の分岐点の後、軍曹が3体も入るような部屋、あったか?」
アダルベルトが隣に座る州領騎士副団長ニコデム・フォン・イーゲルに問う。
「軍曹も結構でかいですからね。それが3体も入るような部屋、…ですか。記憶にないですね。」
副団長ニコデムは視線を上に向け、通って来た通路を思い出しながら答えたが、王都騎士副団長ボルコ・フォン・ナーゲルが、
「ウィルヘルム団長、もしかしてそれって、『まだ休憩には早いな』と言った場所ではないでしょうか?」
と隣に座るウィルヘルムに聞いてきた。
ウィルヘルムは辿った通路を思い出しながら言った。
「あぁ~、確かにあそこなら軍曹3体は入るな。」
「そうなると、途中で合流地点に迷い込んだのは、俺たちってことになるな。」
そう言ったアダルベルトだが、合流地点らしき場所には心当たりがない。
「ルウィージェス様とカリン様は、行きは一番右側を通り、帰りは右から二番目の通路から出た、と言っていたので、もしかしたら、途中に『目隠し通路』があったのかもしれませんね。」
そう言った州領副団長ニコデムに三人の視線が集まる。
アダルベルトもその単語には聞き覚えがある。少し思い出すのに時間がかかったが、確かに、この不可解な現象を説明するには、それが一番しっくりとくる。
「大型魔物の巣窟でたまに見かける罠か。」
アダルベルトは、顎を右指でなぞりながら唸る。関係ないが、少し伸びてきた髭が気になった。
「上位魔物が待機する方へ侵入者を引き込むという、あれですか?」
ウィルヘルムの隣に座る王都副団長ボルコが、遥か彼方に飛んでいた記憶を手繰り寄せるように、自信なさげに聞く。
「あぁ、オーガなどの大型魔物の巣窟でたまに見かけると言われているが、そうそう大型の棲み処に戦いを挑むことはないからな。たまに、放棄された棲み処でその存在が確認されている程度の目撃だから、そう詳しくは分かっていない。」
「でも、それ以外には可能性はなさそうですね。これだけの人数の目を誤魔化すのはそう容易ではありません。ましては、相手はゴブリンです。そんな高位な魔法を使える筈がないので、可能性としては、物理的な目隠しが一番しっくりきます。」
ウィルヘルムも頷き、同意する。
アダルベルトも、それが一番納得がいく答えだと思っている。
第44話も、騎士団、魔術師団とリリーエムラ公爵家騎士団合同での合同討伐戦の続きです。
今回はケーニッヒ伯爵家の次男と三男の班の話です。
次男のアダルベルトも、三男のウィルヘルムも、創造神エムラカディアの眷属で、彼らの武器には『守備の要』ケーニッヒ伯爵家の家紋が刻まれています。
それでも、新種のゴブリンには苦戦を強いられています。
さて、第一章第45話も引き続き、大規模洞窟内営巣地殲滅戦が続きます。
来週6月6日(土)20:00公開予定です。
第45話 「ゴブリンの襲撃⑩―洞窟内の大規模営巣地⑨―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




