第43話 「ゴブリンの襲撃⑧―洞窟内の大規模営巣地⑦―」
少し前に登場した王国騎士団警邏部所属のベルント・フォン・クリューガーです。今回の遠征では、クラウス団長の副官として参加しています。
ルウィージェス様とカリン様が神族で、神族が地上に降臨していて、我々と行動を共にしているという事実が衝撃的過ぎて、正直、ルウィージェス様たちの説明が頭に入ってきませんでした。頭が真っ白になるというのは、あのような状態なのでしょう。本当に、何も理解できませんでした。
その後に、クラウス団長から詳しい説明を受けましたが、未だに理解できない状態です。
ですが、今は、とにかくゴブリンです。その点に全神経を集中させることにしました。理解は王都に戻ってから、時間をかけてしていこうと思っています。
新種のゴブリンの説明は、クラウス団長からの補足で何とか理解しました。
魔素からの魔力転換率を上げた新種のゴブリン、とのことでしたが、魔素という言葉も知らなかった私です。本音を言えば、具体的に何がどう問題なのか、理解があやふやだったのですが、実際に新種のゴブリンと対峙して良く分かりました。
これは、本当に大問題です。
多くの進化した魔物は大型化しています。ゴブリン以外にも、オーガ、オーク、トロール、…今気づきましたが、大型化するのは二足歩行の魔物が多いですね。偶然でしょうか?あ、スライムもそうですね。でもあれは分裂で増えるのであって、繁殖はしないので、別系統と考えるべきですかね。
ともあれ、大型化して将軍や王となった魔物に繁殖能力が残っているのかは分かっていませんが、その前に大型化してしまうと繁殖するにも相手がいないから、その能力を継ぐ者が現れることはありませんでした。が、このゴブリンは、ほんの少ししか大型化していないから、繁殖する相手がいます。
そして、実際に繁殖していました。まだ進化の過程だからでしょうか。膂力も少ししかあがっていないのもあれば、ありえない程膂力を上げたやつもいて、バラバラ、統一感がありませんでした。
ですが、油断は出来ません。
魔物はより強いオスが多くのメスを抱え込み、メスもそれを望むという習性があります。ゴブリンにも、その習性は認められています。
だから、時間が経てば経つほど、本当に強いゴブリンに進化した新種ゴブリンの子孫が増えていくことになります。芋ずる式に。ゴブリンの繁殖能力を考えれば、あと数代繰り返せば、期間的には2年もあれば十分に、基礎膂力がかなり底上げされてしまうでしょう。
現に、奥の方では従来のゴブリンの姿はありませんでした。完全に新型に置き換わっていたのです。
これは、恐ろしい進化です。
<エルンスト班>
集中力の低下と魔力制御力の低下からの事故などが起こる前に、完全に孤立した部屋を見つけ、休憩が取れたエルンスト班。
「今は『結界魔石』で結界を張ってあるから、臭気も襲撃も心配しなくてもいい。一旦ここで休憩を取る。ゆっくり休んでくれ。正確な時間は分からないが、恐らく昼は過ぎている。休憩後、昼食にする。余裕がある者は先に食べ始めても構わない。」
騎士たちは防具を外し、魔術師たちは水魔法が使えない者へ水球を配り始める。誰も生活魔法を使わないのは、疲労と残量魔力の低下によるものではない。全員が、あのトイレの上を、結界に守られながらとは云え、歩いてきたのだ。物理の水で洗い流したい気分だった。視覚的に流れて行く様子を見て確認する意味は大きい。残魔力量を気にする必要のないエルンストでさえも、物理による満足感には抗えない。
エルンストは、少し大きめな水球で藍に水を与えた。少し冷ためにしてある。
藍は頭から水球に突っ込み、左右にブルブル振っている。長時間に渡り、結界を張りながら、何度もスキル【応援歌】を発動していたのだ。頭を冷やしたくなったのだろう。喉だって相当乾いている筈だ。
喉の渇きが癒されたのか、水球内をそのまま進んだ。そのまま進行方向に頭を出し、体を水球内に残した。すると、今度は鳥らしく、水球の中で羽根をばたつかせ、水浴びを始めた。その様子は、とても和む。
皆が思い思いに水分と、胸部の防具を外して胸ポケットから小さな袋を取り出し、塩分を補給している。
ギリギリまで魔法を発動させ、残魔力量の少ない状態で動き続けた。エルンストを除く全員が大量の汗をかいていた。
その様子を見ていたエルンストも、塩分補給をしておくことにした。補給の仕方はクラウスと同じだ。水球に少量の塩を溶かしている。
アイテムボックス内から藍用の餌を取り出し、藍の前に出す。藍に直接塩水を与える訳にはいかない。だが、少しでも餌を啄めば、塩分補給が出来る。
水分補給、塩分補給と汗を水球で洗い流した団員は、それぞれ楽な姿勢になり仮眠を取り始めた。
疲れがピークに達しているところで、あのトイレに出くわしたのだ。心の疲労に止めを刺されたと言っても過言ではない。
そういうエルンストも、大分疲労が蓄積していたようだ。急に魔力量低下による体の重さを自覚した。恐らく、最後に使った空間魔法で魔力を一気に消費したのだろう。
残量魔力的には全く問題ない。急激な魔力消費による疲労感だと思われる。普段、この量の魔力を一気に使い消費することはない。体が慣れていないのだろう。
昼用の携帯食を食べている者はいない。エルンストも昼食を取る気にはならない。体が栄養補給より休養の方を欲している。
アイテムボックスから藍の止まり木を取り出し、【水魔法:水枕】で枕を作り、体を横たえた。頭も疲れていたようだ。冷えた枕が心地よい。
エルンストも、あっという間に寝落ちした。
【水魔法:水枕】は小さい頃、異母兄に毒を盛られてうなされていた時に作った魔法だ。何故こんな魔法が作れたのか、未だにもって分かっていない。あの時は無我夢中だったから、どこかの絵本か何かに描かれていた魔法陣を試したのかもしれない。しかしこの魔法、何気に便利で重宝している。
宮廷魔術師団に入団後、初めての遠征訓練でこの魔法を使ったら、周りに驚かれた。当時の訓練小隊長にも驚かれた。誰も見たことも聞いたこともない魔法だと言われた。
未だにエルンスト自身も、何処でこの魔法陣を見たのか、全く思い出せない。何の魔法陣を元に作った魔法なのかも分かっていない。
それでも、便利なものは使わなきゃ損だ。
因みに、【水魔法:水枕】の魔法陣は自分で改編済みだ。
どの位眠っていただろうか。エルンストは、何かに起こされ目を覚ました。
まだ疲れているのか、頭がスッキリしないが、耳を澄ます。
すると、先ほどより音がはっきりと聞こえてきた。それは、人の話し声だった。そして、
「皆、動けるようになったか。魔術師たち、魔力はどうだ?少しは回復したか?」
聞き覚えのある声がはっきりと聞こえた。
「その声、もしかしてクラウス団長ですか?」
エルンストは少し大きめな声で聞いた。
「ん?その声は、エルンスト団長か?」
聞こえてきたのは、クラウスの声だった。
お互いに声を出し合い、調べてみると、ちょうどエルンストが背にしていた場所の向こう側にクラウス班が避難している事が分かった。しかも、聞こえてくる声の感じからして、壁を隔てた真後ろ。
エルンストは、小刀を鞘ごとアイテムボックスから取り出し、壁を叩いてみた。跳ね返ってくる音の感覚から、比較的薄い壁で仕切られていることが分かった。
とはいえ、この洞窟は硬い。そこで、壁を叩きながら移動し、厚さを確かめてみると、更に壁が薄くなっている個所が複数あることも分かった。
「これなら、初級の攻撃魔法で割れるかもしれません。」
そう言うと、藍に土埃が結界内に充満しないよう、エルンストの後ろに結界を張るよう頼み、皆を藍が新たに張った結界の後ろに下がらせ、【風魔法:圧弾】を唱えた。
【風魔法:微風】で土煙を飛ばすと、大人が数人は通れる穴が開いており、その向こう側にクラウ班の姿があった。
この薄さなら、【風魔法:圧弾】で壁が取り壊せることが分かった。
この時点で、既に全員が起きていた。だるさが残る者には無理しないよう伝え、動けるようになった団員で、手分けして壁側にある荷を全て移動し、【風魔法:圧弾】で全ての壁を取り払った。
風魔法で全ての砂埃を取り払い、床に残る壁の残骸を【風魔法:圧弾】で細かく砕き、【風魔法:風】で隅に追いやった。
そして床の安全を確認し、クラウスとエルンストは『結界魔石』を移動させ、二つの結界を一つに繋げた。
結界が一つに繋がった時、双方の団員から歓声と拍手が起こり、クラウスの一団とエルンストの一団は、再開を喜んだ。
クラウス班もエルンスト班も、まだ昼食を取っていなかった。
あちらこちらで小さなグループが出来上がり、簡易携帯食を頬張りながら、それぞれがお互いの戦いを伝え合う。
バラバラに話していたにも関わらず、最も盛り上がった話題は「トイレ」だった。
エルンストはクラウスと副官ベルントの三人で食べていた。コップから上がる湯気が、紅茶とほのかにシトラスの香りを漂わせる。今入れているのは乾燥させ、細かく刻んだオレンジの皮と茶葉を混ぜた、香り豊かなブレンド紅茶。エルンストの自作だが、家族にも好評な一品だ。
トイレの話を聞いたクラウスは腹を抱え、目には涙を浮かべ大爆笑だ。
「いや~、逆だったら、団員たちだけでなく、俺の心も折れるぞ、それは。」
クラウスの笑いが止まらない。
「ランが予め警告を出していましたから、それなりに心構えをしてはいましたが、予想をはるか斜め上を行きましたよ。あれは。」
「ハハハハハハ」
笑いが止まらない。
「あれは、疲れました。」
「ハハハハハハ」
クラウスは、笑い過ぎて呼吸困難になりかけていた。
ベルントはそんなクラウスを横目に、「大変でしたね」としみじみと労いの言葉をエルンストに送った。
ニックスと戯れていた藍が何かに気付いたようだ。天井の辺りをくるくると飛び始めた。そして、「ぴぴっぴぴ」とエルンストに何かを伝えようとする。
「そこに、穴を開けるのですか?」
どうやら当たりの様だ。エルンストは【風魔法:風槍】を一発だけ飛ばした。
藍なら十分に通れる穴が開き、そこから藍は飛び出していった。
「ルウィージェス様に何か報告したいことがあるのだろう。」
穴が開いたため、更に空間が明るくなった。
数分後、藍が戻ってきて、エルンストの腕に止まると、左足を上げた。
そこには畳まれた紙があった。紙は二枚あった。一枚目には手紙が。二枚目には魔法陣が描かれていた。
「ルウィージェス様から?」
手紙を読み始めたエルンストが思わず「え?!」と驚愕に声を上げた。
その反応を見たクラウスは横から手紙を読もうとしたが、その前にエルンストがクラウスに手紙を渡した。
その手紙を読んだクラウスも、「マジか…」と呆然している。
「クラウス団長?」
二人の反応に不安になったベルントが声を掛ける。
「ベルント、やっぱりこの洞窟、他に繋がっていたらしいぞ。ルウィージェス様とカリン様が、俺たちが洞窟に入った後に、神術探査で洞窟内を確認したら、その時点で7000匹を超える数のゴブリンが洞窟内にいて、更に約1000匹がこの洞窟内に向かって移動中だったらしい。」
ベルントはあまりの数に声が出ない。目を大きく見開き、口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「移動中だった1000匹は、ルウィージェス様が片付けてくれたそうだ。この洞窟に繋がる穴と通路も、全て潰してくれたらしい。つまり、あの時の感覚は正しかったってことだ。」
「本当に、あの時の感覚は、正しかった…、と?」
ベルントの体が震えた。今になって、実際に倒してきた数が現実味を帯びて、ベルントの体を襲った。
「魔術師たちが、如何に頑張って数を倒してくれていたか、だな。騎士は保持魔力量が少ないからな。付与魔法を駆使しても、数そのものは打てない。あの新種は、剣だけでは、到底倒せない数だった。」
「あの新種のゴブリン、今まで倒してきたゴブリンとは比較にならない程の膂力を付けたものが多かったです。私は剣だけで倒してきましたが、正直、最後の方は握力がなくなって、剣を持ち続けるのがやっとな状態になっていました。今思い返しても、よくあの状態で、あのゴブリンの攻撃を受けながら切り続けられたな、と思います。」
クラウスは、複数のグループに分かれて寛ぐ、騎士団に合流した魔術師たちを見ている。ベルントは両手をグーパーして、休息と食事で戻った握力を確認しながらクラウスの言葉に続けた。
「魔法はまとめて倒すので、どのくらい倒したのかは分からずにいましたが、今思い返せば、あれだけの数の魔法を放ったのです。壁などに阻まれて威力がかなり削られていたとはいえ、2000匹では収まらない数は倒したと思いますね。横穴にいた小さいのも含めたら、3000超えていてもおかしくはない数だったと思います。」
エルンストは一旦言葉を切ると、小さく溜息をついた。
「数もそうですが、正直驚いたのは、あの力です。魔術師たちには、あの新種のゴブリンを剣で倒すのは難しかった筈です。完全に別物ですね、あの膂力は。」
「あぁ、あの新種はやばい。完全にゴブリンの概念を覆している。今後数年間は、この殲滅戦から逃れて営巣しているやつを徹底的に探して潰す必要がある。」
クラウスの言葉に頷きながらベルントも続ける。
「この新種ゴブリンの移動範囲によりますが、近郊の各州領に派遣している警邏隊にも報告しなければなりません。領が抱える荘園によっては、木の柵を防壁としている所も多数あります。あの力で襲われたら、あの程度の柵など、ひとたまりもないでしょう。」
「そうだな。派閥の男爵家に荘園や村を任せている領は多い。そもそも、男爵家の貴族手当には、荘園管理分は含まれていない。荘園からの税金では賄えきれないだろう。負担が大き過ぎる。予算をどこから出すか、議題に乗せてもらう必要もあるよな。」
テューゲンリン王国では、領主となれるのは子爵以上であり、男爵は領主にはなれない。だが、長い歴史の間に没落、断絶や併合などで、子爵であっても、広い領地を治めている所もあり、領地内の荘園や村の数によっては、派閥の男爵家に一部管理を任せることも多々ある。勿論、領主が勝手に決められるものではなく、州領主が王国の法に沿った税の取り決めなどを決定し、許可を出している。
よって、今回のような特別予算を必要とした際は、管理を依頼している領主が出すのか、最終決定を出している州領主が出すのか、もしくは、国が臨時補填するのか。そこは非常にセンシティブな問題であり、慎重な判断が求められる。
クラウスは、エルンストが手にしているもう一枚に視線を移した。
「それ、何の魔法陣なのだ?」
「これは、空間魔法なのは確かなのですが、初めて見る魔法陣です。」
その声はあまり大きくはなかったが、少し落ち着いていた時だった為、比較的近い所にいた魔術師団員には聞こえた。魔法陣研究の一人者としても有名な団長が初めて見る魔法陣だ。当然興味がある。エルンストに視線が集まり、その様子に気づいた他の魔術師たちにも、その情報がすぐに伝わっていく。
エルンストは、団員たちの反応には気付いてはいたが、自分もこの魔法陣には興味がある。
「魔力を流せばいいのかな?」
藍に問うと、「ぴぴ」と鳴いて肯定した。
エルンストは、魔法陣に魔力を流してみた。すると、空間に黒い渦ができ、そこから大きな木の皿が出てきた。その上には大量のぶどうが乗っていた。
「おぉ~」
大きなどよめきが起こった。エルンストも思わず声が出た。
「これはありがたい!」
クラウスは驚きよりも、ぶどうが出てきた方に喜んでいた。
この辺りが魔術師と騎士との違いだと思われる。
水魔法が使える者が水球を出し、全員が手を洗った。全員【生活魔法:清潔】が使えるのだが、やはり物理で洗った方が、気持ちが良いようだ。
エルンストも水魔法でぶどうを軽く洗い、クラウスと二人で小さな房にして、全員に配った。
「甘味が体に染みる~…」
クラウスの言葉に誰しもが頷き、黙ってもくもくと食べていた。藍も食べやすい大きさに刻んだぶどうを啄む。一番糖分を必要としていたのは藍なのかもしれない。
エルンストは、アイテムボックスから残りの『トイレ魔石』を取り出した。
強力な土魔法の使い手アガートに頼み、土壁でトイレの入り口が隠れるようにする。今回の洞窟戦参加者は、偶然にも男女比に偏りがない。男性用、女性用、各10個室ずつ用意した。
人間とは面白いもので、戦闘前、つまり緊張状態に入る前と、緊張が解れた時にトイレが近くなるが、戦闘中、即ち強い緊張状態にある時には、トイレが意識に上らない。
今は、十分に休憩と取り、水分も補給し、これから戦闘が始まる。
全員がトイレを済まし、外していた防具を装着する。
「外にいる新型ゴブリンをもう少し片付けてから、右側の方へ移動する。」
クラウスが自分の班の団員にそう伝え、
「トイレの場所以降、新型ゴブリンをあまり片付けられていない。ランに広めに結界を張って貰うから、一匹でも多く倒すつもりで頼む。全てを片付ける必要はない。粗方片付いたら、我々も右側へ移動する。」
エルンストはそう伝えると、塞いでいた入り口の荷物を少し移動し、外の様子を確認する。
やはり、まだまだゴブリンが残っている。しかも、見える限り、全てが新型ゴブリン。
手を出せるだけのスペースを作り、広域【火魔法:火嵐】と【風魔法:風】で一帯にいるゴブリンを焼き尽くす。
空気中の温度が瞬間的にでも高くなったからか、通って来た通路にはまだゴブリンがいる気配があるにも関わらず、こっちの方には移動してこなかった。
「ラン、今です。広めに結界をお願いします。」
「ぴぴーーー」
藍はエルンストの肩から飛び立つと高く一声鳴いた。クラウス班が通って来た通路にまで届く範囲の結界が張られた。
休憩空間の結界とトイレはそのままにし、剣で倒す騎士は結界近くに寄って来たゴブリンを、魔術師と付与魔法で魔法を遠くまで飛ばせる騎士は、遠方のゴブリンの殲滅を開始した。
<アダルベルト班>
一昨日、ルウィージェスとカリンが片付けた右から二番目の通路をアダルベルト班は進んでいる。二人からの報告通り、比較的大きな窪みも多く、その陰からゴブリンが攻撃を仕掛けてくる。しかも、一度全滅させているにも関わらず、かなりの数のゴブリンが移動してきている。
当初、アダルベルトは習得したばかりのエーギグ弦弓矢による攻撃も考えていたのだが、ここまで死角からの攻撃が多いと、弓矢での攻撃は不可能だ。エーギグ弦弓矢の装備を持って来ている魔術師たちに、剣での戦いを指示した。
エーギグ弦弓矢が使えない魔術師たちは魔法で対応するしかない。リリーエムラ公爵家騎士団所属の魔術師が攻撃魔法を放つが、窪みが広域魔法と長距離魔法の邪魔をする。著しく勢いが削られる。なかなか効率よく倒せない。じりじりと魔力が削られていく。
しかも、大きさ的に新型ゴブリンと思われるものしかいない。従来のゴブリンより少し強いな、と思うゴブリンから、ゴブリンとは思えない程の力を持つものもいる。
新型ゴブリンなのは確実だ。
剣で倒していくが、ゴブリン討伐とは思えない程の体力が削られていく。
そんな戦いを続けているのだが、アダルベルトは、進行方向の床にゴブリンの死骸が一つも落ちていない事に閉口していた。
「本当に、全部回収しながら進んだのだな。」
アダルベルトの呟きに、隣で戦う州領騎士団副団長のニコデム・フォン・イーゲルが頷く。
「しかも、ゴブリンの血痕一つ、見当たりませんよ。」
「同時に複数の魔法を展開出来るって、便利だよな。」
「この国でその様な器用なことが出来るのって、エルンスト団長と、ザビーネ副団長くらいじゃないですかね。」
「そうだろうな。少なくとも、うちの団にはいないな。」
呑気に会話をしているが、新型ゴブリンはひっきりなしに襲ってくる。しかも、窪みの死角から突然現れるケースが多い。全く気の抜けない、神経も削る戦いだ。
アダルベルトは近くで結界魔法を展開し続けている魔術師アルルンの様子を見る。額が汗で光っている。相当量の魔力を消費した時に見られる現象だ。
「そろそろ、一旦休憩入れた方が良いよな?」
魔術師アルルン・フォン・ジマーマンの横に移動し、声を掛けた。
アルルンは前フォーゲル伯爵家当主デトレフ・フォン・フォーゲルの末妹の娘、つまり、エルンストとアルルンは従妹同士だ。
ジマーマン伯爵家は、元々はフォーゲル伯爵家と同じく、魔術師の大家の一画と言われていたヴィンクラー伯爵家派閥に属していたが、強い魔法術師の家系になる為にフォーゲル伯爵家に近付き、数代に渡りフォーゲル家との縁決めを積極的に行って来た一族で、空間魔法が使えるアルルンは、その集大成とも云える存在だ。
ヴィンクラー伯爵家は、以前はフォーゲル伯爵家と並ぶ魔術師の大家だったが、現在は魔術師が全く生まれてこない一族となり、魔術師の大家として復活を目的に、前フォーゲル伯爵当主デトレフ・フォン・フォーゲルに娘を嫁がせている。その子らはエルンストの異母兄たちの二人なのだが、残念ながら魔術師としての才には恵まれなかった。
ジマーマン伯爵家は数代前にヴィンクラー伯爵家の派閥を脱しフォーゲル伯爵家の派閥に乗り換えている。エルンストは特に気にしてはいないが、アルルンはその辺を非常に気にしている。派閥を乗り換えて間もないジマーマン伯爵家の基盤は盤石ではない。一族で集まった時は別として、普段は他のヴィンクラー伯爵家の派閥貴族家の目を気にして、下手な噂が流れないように、足元をすくわれないように、当代フォーゲル伯爵家当主のエルンストには必要以上に近付かないようにしている。火のない所に煙は立たぬ、これに近い言葉はこの国にもある。その為に、アルルンは宮廷魔術師団に入団出来る実力を持ちながら、リリーエムラ公爵家の騎士団に入った。
アルルンが宮廷魔術師団の入団試験を受けないと聞いた時に、リリーエムラ公爵家の騎士団にアルルンを紹介したのは、まだ当主を継ぐ前だったエルンストだ。エルンストがリリーエムラ公爵家騎士団に手紙を出したのだ。
理由は簡単だ。ヴィンクラー伯爵家の派閥貴族家も、相手がリリーエムラ公爵家なら手も足も出ない。当然、陰口すら憚られる。それだけの影響力を持っている。
エルンストも、手紙を出しはしたが、直接交渉する必要があるだろう、と考えていたのだが、返事はリリーエムラ公爵家当主直接からで、すんなり受け入れて貰えた。
エルンストは知らないが、この一件が、前宮廷魔術師団団長デトレフ・フォン・フォーゲル伯爵の手際の悪さを引き立たせ、早期次期との交代を望む声を高めた。
アルルンは既に魔力回復ポーションを1本消費し、魔力回復魔石を1個使用している。
「はい、これ以上魔力を消費してしまうと、疲労の回復に時間がかかってしまうかと思います。」
アダルベルトは、風魔法を使うバートルドに探査を命じた。
ルウィージェスたちの話から、往路には部屋があったという報告があった。だが、復路は村人たちがいたからか、部屋に立ち寄ったという報告はなかった。単に寄らなかっただけなのか、本当になかったのか。そこは確認していない。
「ルウィージェス様が持たせてくれた『結界魔石』があるから、特に場所は選ばないが、気分的に、三方が壁に囲まれていた方がいいだろう。だが、あくまでもあったら、だ。今は休憩出来る場所を見つけることが、最優先だ。」
バートルドが風魔法で探査を行うと、もう少し先、距離としては約200mと言ったところか、風魔法が三方を壁に囲まれた空間を捉えた。
アダルベルト班は25名だったが、入り口の所でザビーネ班に3名預けている。しかし、宮廷魔術師団から3名結界魔法を使う魔術師を借りているので、相殺されて25名。風探査から得られる情報から、この人数なら収容できるとバートルドは判断した。
「よし、とりあえずそこまで踏ん張るぞ。」
皆、休憩が取れると聞いて、表情が少し明るくなり、剣を握る手に力が入る。
アダルベルトたちが辿り着いた場所は、ルウィージェスとカリンが初めて将軍と対峙した部屋だった。
この部屋は三方が壁で仕切られている。休憩するにはもってこいの場所だった。
部屋の中にも大量の新型ゴブリンが入り込んでいた。アダルベルトと副団長ニコデムの二人で部屋の中のゴブリンを倒し、ルウィージェスが用意した保管庫に回収する。
保管庫に付けた『吸収魔石』に軽く魔力を流すと【逆流風魔法:吸収】と同等の吸収魔法が発動し、魔力が届く範囲のゴブリンを保管庫に吸収していく。吸収されないゴブリンがいる場合は、保管庫を移動させればよい。
床には大量のゴブリンの血が残っている。火魔法使いのゲルヌルフに床を火魔法で血痕消しを兼ねた消毒を頼む。
全員が部屋に入ったのを確認し、部屋の前に集まったゴブリンを火魔法で一掃する。火魔法を使うと、一時的にでも空気が熱くなる。ゴブリンは空気が熱いうちは近寄ってこない。その間にアダルベルトは魔石を発動させ『結界魔法』を展開した。
アダルベルトは創造神の眷属だが、典型的な騎士タイプで保有魔力量はそれ程多くない。『聖石』装飾品を身に付けているとはいえ、全く問題なく結界を張ることが出来た。
「これ、凄いな。俺の魔力量でも全く問題なく展開出来て、しかも、魔力量低下による疲労感とかも、全くない。」
「ヘタしたら、旧【火球】よりも、消費魔力量、少ないってこと、ですかね?」
「比較にならない程少ない。魔導王様魔法なのだろうな。」
「流石っすね…。」
副騎士団長ニコデムも、アダルベルトが持つ『結界魔石』をまじまじと見る。
全員が床に腰を下ろした。感覚的にはまだ昼前だと思われる。
シュネーを降ろし、水魔法が使える魔術師ウルフリダに頼み、水を与える。小さなシュネーも、何度もスキル『活力の息吹』を遠吠えに乗せ、皆の力を底上げし、鼓舞してきた。
シュネーはニックスと同じく、属性は戦神。スキル『活力の息吹』は攻撃力強化、攻撃魔法強化、消費魔力低減させる補助スキルだ。
相当喉が渇いていたようだ。みるみるうちに水球が小さくなり、あっという間になくなってしまった。悲しそうな目をしながら消えてしまった水球を探している。
魔術師ウルフリダがもう一度水球を作って目の前に出してやると、嬉しそうに尻尾を振り、ゆっくりと飲み始める。
水球を与えたウルフリダが微笑む。極度の疲労に襲われている筈なのだが、シュネーの姿に癒されているようだ。
シュネーの喉の渇きも落ち着いたようだ。それを確認し、ウルフリダは目を閉じた。
ルウィージェスたちからは往路で将軍を倒したと聞いていたが、入り口の形状、部屋の形、大きさから、この部屋は、将軍倒した部屋の情報と一致する。
疑問はあるが、アダルベルトはここがその部屋だと確信していた。
ルウィージェスからは、将軍を倒してから200mくらい移動した所に王が居た、と聞いている。昼は居館で取る方が良いだろう。この部屋は手足を伸ばして息抜きするには狭すぎる。
アダルベルトは改めて部屋を確認する。25名が寝るには手狭だが、1つの部屋と考えると、それなりの空間だ。
「それにしても、この部屋は、少し手前で見た部屋よりも作りが頑丈と言うか、ちょっと違いを感じますね。」
アダルベルトの横に座り、同じように部屋全体を眺めていたベリースが囁いた。ベリースは、魔法は使えないが剣の腕はかなりのものだ。州領騎士団では一つの小隊を任されている小隊長だ。今回の遠征では、ベリースの小隊は全員参加していて、今回の討伐にも数人が参加している。
「あぁ。入り口の形状、部屋の形、大きさからして、ここが将軍の部屋だったのだろうな。血一滴落ちていないから、どれだけ激しい戦いがあったのか分からないが。というか、逆に、将軍を相手して、血一滴残さない戦い方ってどんな感じなのだろうな。」
「想像もつかないですね。」
ベリース小隊長は溜息をつきながら答えた。
――――全くだ。全く想像がつかない。どうやったら、血一滴落とさずに将軍を倒せるのだ?
全員が入れたとはいえ、25名が入ればそれほど余裕のある空間ではなく、完全に体を横たえて休憩を取ることは出来ない。それでも、座って完全に緊張を解くことが出来るのは、有難い。
騎士は上だけだが防具を脱いでいる。それだけでも体力回復には大いに役立つ。魔術師も、魔力回復ポーションを飲み、壁に寄りかかり目を瞑って仮眠を取っている。魔術師たちが目を瞑って仮眠を取り始めたのを見て、騎士たちも目を閉じた。ずっと神経を削る接近戦を続けてきた。緊張から解き放たれた団員たちは、数分後には、規則正しい寝息をたて始めた。
予想を遥かに上回るゴブリンの数との闘いだった。これだけの数が流れてきているとは思っていなかった。せいぜい200匹とか300匹くらいを想定していた。
だが、どう考えてもここまでで500匹近くは倒している。
ルウィージェスとカリンから聞いた話しでは、ゴブリンは正面から数で押してきて、窪みの死角からも飛び出してきたのもいたが、それはそれ程ではなかった、とのことだった。
しかし今回のゴブリンは、死角から飛び出してくる方が圧倒的に多かった。
一昨日の戦いで、ゴブリンたちも学んだのかもしれない。
想定では、もう少し数が少なく、死角からの攻撃も、もう少し少ないと考えていた。その為に、より慎重に進むことになり、想定より時間がかなりかかっている。
魔術師たちの魔法攻撃も、窪みが多く苦戦しているのが分かった。かなり魔力消費量が増えていたに違いない。魔力回復ポーションだけでは確実に足りなかっただろう。魔力回復魔石のお陰で、途中で引き返すことを考えずに済んでいる。
ふと、クラウスとエルンスト班の状況を考える。
あの二人は、手付かずの通路を攻略している。途中で休める場所があるかも分からず。
――――我々には出来ない。レベルが違い過ぎる。加護を持っているとは言え、二人だけで攻略している訳ではない。団のレベルそのものが相当高い。本当に高い。
アダルベルトはスタンピードの時も共に戦っている。
――――あの時よりも、はるかに強くなっている。
あの時、クラウスはまだ剣に付与魔法を纏わせて遠くに魔法を投げるという技を持っていなかった。『魔道神獣』ニックスから加護を受けたのも最近だと聞いている。加護の力だけであのレベルに至っているのではない。
――――いや、俺はミル親子が神獣になった日を知っている。その日から俺たちが面倒を見ていたのだから。
思いがけずスノウ・フォックスの仔が可愛らしく、自分から世話を買って出た。
クラウスがニックスから加護を受けたのは、それから数日後だと聞いた。それでも、十分に最近と言える日数しか経っていない。
そもそも、自分も創造神の眷属だ。そういう意味では、自分の方が眷属化してからの月日が長い。
――――もう少し、我々もレベルを上げる必要があるな。
アダルベルトは小さく溜息をついた。
第43話も、騎士団、魔術師団とリリーエムラ公爵家騎士団合同での合同討伐戦の続きです。
クラウスもエルンストも、新種のゴブリンの、魔素からの魔力転換率の上昇に関する話は聞いていたが、実際に、その膂力の上昇を経験して、やっと、その深刻度を理解することが出来ました。
しかも、本当に繁殖していました。ゴブリンも多くの魔物と同様に、より強いオスが多くのメスを抱え込み、多くの子孫を残します。
実際に、クラウスたちもそれを実際に体験しました。洞窟最奥では、従来のゴブリンの姿はありませんでした。既に、新種ゴブリンに置き換わっていたのです。
さて、第一章第44話も引き続き、大規模洞窟内営巣地殲滅戦が続きます。
来週5月30日(土)20:00公開予定です。
第44話 「ゴブリンの襲撃⑨―洞窟内の大規模営巣地⑧―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




