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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
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第42話 「ゴブリンの襲撃⑦―洞窟内の大規模営巣地⑥―」

 かなり久し振りの登場になりますかね。エルンスト・フォン・フォーゲル伯爵です。

 ランから加護『魔道神鳥のお気に入り』を授かって、屋敷にもよく遊びに来てくれるようになってから、息子エルクとの会話が増えました。

 エルクが高等部に進級し、研究室に入って以降、顔を合わすのは、ほぼ朝食時と夕食時のみになり、夜は自室で研究課題に取り組むことが増えました。卒業が近くなると、返ってくる時間も遅くなり、夕食時ですら顔を見ない日も増えていました。

 そんな時でした。ランがよく屋敷に遊びに来るようになったのは。

 ちょうど、反抗期が終わる頃に差し掛かっている時でもあったのは確かですが、ランの存在が素直になる切っ掛けになったのも確かです。

 今では、『聖石』装飾品を使っての魔力制御の訓練を欠かさず行っていて、私から見ても、かなり魔法制御の精度が上がっています。


 ですが恐らく、いや、確実にエルクも気付いているでしょう。妹のエヴァリンの方が、魔力制御力が高いと。『聖石』を使った訓練前から気付いていた筈です。

 エヴァリンは小さい頃から、よく私に魔法に関する質問をしてきました。エルクもエヴァリンが魔法を始める前はそうでしたが、いつの頃からか、私に質問してこなくなりました。

 その頃から、エヴァリンに対して劣等感を抱いていたと思われます。もしかしたら、メイドたちの会話を聞いてしまったのかもしれません。

 メイドたちは本当によく見ています。

 メイドたちの話は私の耳にも入ってきています。次期当主はエヴァリンだろうと噂していることは。本当に、よく見ています。


 初夏には宮廷魔術師団の入団試験があり、エルクも受けます。遠征前、剣術の訓練の様子を見る機会がありましたが、なかなか良い感じに仕上がっていました。後は模擬戦を増やして、無駄に緊張しないよう経験を積めば、試験当日に、緊張からヘマすることはないでしょう。

 魔術の方も、今まで見た限りでは、まぁ、及第点には到達していると思われます。

 ですが、屋敷内で、特にエヴァリンがいる所では、魔術の訓練をしません。

 正直、これは良くありません。伯爵家当主になるには心が弱すぎます。

 エヴァリンより劣っていると自覚があるなら、それ以上に訓練しなければならないし、訓練だって、ただ時間を掛ければ良いわけではありません。その時点はとっくに過ぎています。今のエルクにとって必要なのは、私にコツを聞くなどして、効率よく学ぶ手段を選び、もぎ取っていくことです。時間は有限なのです。自分の努力だけでは克服できず、劣等感に苛まれているのだから。自覚があるのだから猶更なおさらです。

 それが出来ないから、私も、エルクに次期当主として期待するという言葉を掛けられないのです。

 1次試験には私は関わらないから、まぁ、極端に緊張することはないでしょう。ですが、問題は2次試験です。

 恐らく、周りは期待するでしょう。エルクも、私の息子として、良い成績を残さないとならないと思うでしょう。


 私が入団試験を受ける時、魔術師団の団長だった父はどう思っていたのだろう、と最近考えることがあります。

 私は、正直、落ちるとは思っていませんでした。自信がありました。高等部にいた時に、当時の宮廷魔術師団幹部と模擬戦して、圧倒していましたから。だから、全く心配していなかったし、緊張することもありませんでした。

 父も、落ちる心配はしていなかったでしょう。しかし、私の存在が父を追い詰めていたのは気付いていました。私が良い成績を出せば出す程、父の評価が低くなっていくのに気付いていました。

 今でもそうです。父の評価は「魔術師としては優秀だが、指導者として、為政者としては平凡」と評されています。それは、私の耳にも入ってきています。


 今回のゴブリン殲滅戦は、確実に歴史に残る業績となるでしょう。教科書にも載るでしょう。

 私の存在は、父を追い詰めした。

 私が宮廷魔術師団の団長として業績を上げれば上げる程、間違いなくエルクを追い詰めることになるでしょう。

 フォーゲル伯爵家は実力主義です。長子だからといって、必ずしも家督を継げるわけではありません。

 ですが、他の貴族家は違います。未だに長男が継ぐのが当たり前のところも多くあります。

 そういう貴族家の者たちは、陰で話すでしょう。

 だからと言って、宮廷魔術師団の団長としての任務を疎かにすることは出来ませんし、する気もありません。宮廷魔術師団の団長としての評価は即ち、フォーゲル伯爵家当主の評価なのですから。

 正直、気が重いです。父としての立場と当主・団長としての立場は相容れない。

<クラウス班>

 天井が低いエリアが終わったようだ。急に天井が高くなった。クラウスは使い慣れている長さの長剣に戻した。

 昨夜、アイテムボックスが使えると分かって、急遽入れておいた予備だ。思わず笑みがこぼれる。本来なら、切れ味が落ちた剣を使わなければならないところだったのだ。


 ここまで来ると、新種と思われるゴブリンだけになった。

 剣で倒していくクラウスは、下位ゴブリンとは思えない膂力を付けたゴブリンに遭遇する回数が増えていることに気づいた。

 初めは例外的な新種に当たったか、腕が疲れてきてそう思っただけか、そう考えていたが、ここまで遭遇回数が増えれば、もう偶然とも腕の疲労の為とも言えない。

 ――――なるほどな。ルウィージェス様が言っていた魔力転換率を上げたゴブリンの意味がよく分かった。魔素からの魔力転換率を()()()上げることに成功した新種もいる、ってことか。


 この世界の住人は、自分の中に持っている魔力だけで魔法を施行している訳ではない。そんな事をしていたら、あっという間に魔力が枯渇してしまう。

 ある程度、周りに漂う魔素を魔力に転換して補っている。常に周辺の魔素から魔力に転換しているから、活動中でも魔力が回復するのだ。

 少しでも大きくなれば、体表面積が増える。だから、通常の進化を辿ったゴブリンは大型になる。大型になることで体表面積を増やし、魔素からの魔力転換効率を上げようとしている。

 しかしここのゴブリンは、魔素からの魔力転換率()()()()を増やすことに成功したから、体表面積を少し増やすだけで、大幅な魔力の回復が可能となった。だから、魔力消費量が増える膂力を上げることに成功したわけだ。常に消費し続けても、その分を回復させる手段を得たのだから。

 だから、これは通常の進化から外れた進化を辿った、完全なる新種。大型化の宿命から逃れた存在。

 そして、問題はもう一つある。

 大型化せずに済む最大の利点は、繁殖相手に困らなくなった、その一言に尽きる。

 大型化した魔物は繁殖できない。何故なら、相手がいないから。つまり、その能力を次世代に残すことが出来ない。

 強い者が生まれるかどうかは、完全に運次第。

 しかしこの新種のゴブリンは、進化した状態で繁殖が出来る、ということだ。つまり、その能力を次世代に繋げられる。子孫はその能力を受け継げる。それを繰り返せる。

 しかもゴブリンの繁殖能力は魔物随一。その影響は計り知れない。


 これが従来のゴブリンと交配が進み、新種の能力を引き継ぐゴブリンに置き換わったら、「たかがゴブリン討伐」ではなくなる可能性が高くなる。

 いや、その前に従来のゴブリンとは比較にならない膂力だ。従来のゴブリンはあっという間に駆逐されてしまう。

 ――――この力のゴブリンに奇襲攻撃されたら、下手したら死ぬな。

クラウスがそう思うだけの膂力を付けたゴブリンが生まれている。

 ――――これは、外に出る前に殲滅しておく必要がある。非常にまずい。

クラウスは眉をひそめた。


 少しゴブリンの数が減って来て、周りを見る余裕ができた時、クラウスは自分のすぐ横で結界を展開している魔術師団員に問いかけた。

「魔力回復ポーションはあと何本残っている?残量魔力はあとどのくらいだ?」

と言うのも、その女性の額に大粒の汗を複数認めたからだ。

「残り2本です。あと数分が限界です。『魔力回復魔石』を使おうかどうか、迷っていました。」

クラウスは足と留め、少し悩む。

 魔術師は4本の魔力回復ポーションを持っている。残り2本あると言っても、今はまだ往路だ。復路分を残しておかなければならない。いざとなったら『魔力回復魔石』を使うという手段はあるものの、この魔術師は、あと数分が限界、と言った。

 ということは、この時点で魔力回復ポーションを飲んでも、疲労回復に殆どが費やされ、魔力の回復は殆ど望めない。確実に『魔力回復魔石』を1つ消費する必要がある。

 しかし、『魔力回復魔石』で魔力を回復させても、疲労は回復しない。疲労感が残っている状態では、魔法効率が悪くなり、更に魔量消費量が増えてしまう。

 今すぐ、どこかで休憩を取る必要があるが、そのような空間も部屋も、周りを見る限りは期待できそうにない。

 ルウィージェスは、【飛礫(つぶて)】が貫通しないように加減して倒していたが、自分たちはそうはいかない。剣で切りつけ、魔法で破壊している。

 しかも、倒してきた数が問題だ。保管庫に付けた魔石に魔力を流して【吸収】で大部分を回収しているとはいえ、大量の体液が床に流れている。

 今、この状態で結界を解いたら、息が苦しくなるくらいの悪臭に襲われることが容易に想像できる。

 洞窟の中としては、【光魔法:明かり】なしでも視野が確保できる程度の明るさはある。それなりの採光が取れている以上は、多少の空気の流れはあるだろうが、臭いが薄まるまで時間がかかるだろう。


 クラウスは、結界を張っている他の魔術師を探した。6人中4人が結界を発動させていた。残る2人も、疲労の陰が濃い。

 クラウスは決断した。

「皆、何ででもいいから鼻を覆うのだ。幾重(いくえ)にもだ。これ以上結界を張り続けるのは難しい。皆、急げ。」

 ニックスの鼻も覆いながら、クラウスは藍の結界の有難みをしみじみと感じていた。

 小さなニックスは鼻の利くスノウ・フォックス。結界の外にはギリギリまで出したくない。スポーランから出し、隣に立つ副官ベルントに託す。

 皆が準備している間にクラウスは周りで空気の入れ替えが出来そうな空間がないか探すため、一旦結界を出た。

 一歩踏み出した途端に目が痛みだし、涙が流れてくる。如何に臭気が酷いかが良く分かる。臭気による刺激が強すぎて目を開けていられない。

 慌てて、昨日中にペンダントに『魔法陣転写』させておいた【空間魔法:結界魔法】を起動させ、自分を腰から上を球状に囲んだ。

 ペンダントにはルウィージェスの神術が封じ込まれている。それでかなり魔力消費量が軽減されているとはいえ、球状結界は多くの魔力を消費する。ただでさえ、ここに辿り着くまでに、それなりに付与魔法を放っている。魔力の残量を考えると、そう長く発動し続けるのは難しい。魔力量の低下は疲労感を増強させる。疲労感は魔力を回復させても回復しない。

 結界で自分を包んだが、目の痛みは続いている。目をしばたたかせながら壁側を調査していると、大量の荷が積まれている場所があり、一度は素通りしたが、何かが引っかかった。少し戻って再度よく見てみると荷崩れを起こした場所があり、隙間から覗くと、そこは更に奥に続いていた。荷をどかし、人ひとりが入れる隙間を作って体をねじ込んでみた。そこは、ちょっとした空間になっており、しかも、今まで通ってきた通路より明るい。つまり、どこかに光が漏れる大きめの隙間があるのだ。もしくは、隙間の数が多い。

 クラウスはもう少し荷をどかして、中に入ってみた。一通りその空間を調べた結果、ここは完全に独立した空間であることが分かった。

 荷をもう少しだけ移動して、隙間を広めた。二人は通れるスペースが確保できた。

「皆、この空間に入れ!」

 クラウスの言葉に、皆が結界からはみ出ないように気を付けながらも、急いで移動する。クラウスは最後まで残り、追いかけてくるゴブリンを切り捨て、団員の後ろを保全する。

 全員が空間に入ったことを確認すると、クラウスは移動させた荷を戻し、出来る限り隙間を埋めて、ゴブリンが入って来られないようにしっかりと塞いだ。

 そして、ポケットに入れてある『結界魔石』を取り出し、結界を張った。

「もう結界を解除して大丈夫だ。魔術師たちは魔力を補給して、少し休め。今は、『結界魔石』で結界を張っているから、安心していい。」

 結界を解いた魔術師たちは、床に座り込み両手を後ろに付け、顎を上げて大きく息をする者、両手を床に付けて、肩で息をする者、それぞれの姿勢で上がった息を整えようとしている。ぎりぎりだったようだ。

 同時にクラウスも結界を解いた。


 ニックスをベルントから受け取り、水を飲ませた。ニックスも頑張って何度もスキル『遠吠えの共感』を遠吠えに乗せて発動させていた。相当喉が渇いていたようだ。勢いよく水を飲み干した。クラウスは、器にもう少しだけ水を入れた。ニックスは嬉しそうに、今度はゆっくりと飲み始めた。

 ニックスが落ち着いたのを確認すると、クラウスは【水魔法:水球】を作り、顔を洗った。特に目の周りを丹念に洗い流す。ようやく、目の痛みが落ち着き、涙が止まった。


 全員が思い思いに床に座り、緊張を解いた。

 水魔法が使えない者は水魔法が使える者に、クラウスと同じように【水球】を出してもらって、顔を洗っている。中には頭ごと突っ込んで、髪も洗っている者もいる。全員が、大量の汗をかいていた。

 誰も生活魔法を使わない。物理で洗い流したい気分なのが良く分かる。

 騎士らは両手をしっかりと洗い、ガンレットを丹念に洗っている。飛んでくる血は避けられない。

 クラウスはその様子を見て、気付く。

 ――――そう言えば、ルウィージェス様の結界って、臭い、消えるよな。空間魔法だけでなく、光魔法も使っているのだろうか?

 クラウスの推測は正しい。ルウィージェス、カリンと藍が張る結界は、光魔法との混合魔法で、呪詛などを無効化し毒などを無毒化する。悪臭も綺麗に消し去る。


 流石のクラウスもボーとしている。精神的な疲労感が半端ない。最後の結界魔法で一気に魔力を消費した反動もかなり影響していると思われる。

「一昨日、ルウィージェス様たちが2700匹以上倒して、…この通路だけでも、確実に一人50匹以上は倒しただろう。この班は50人いるから、最低でも2500匹は倒したことになる。あ、結界を張っていた魔術師は別か。それでも、2500匹は余裕で超えているだろう。生まれて間もない感じの小さいやつも含めたら、3000はいくかもしれないな。いや、それ以上か?多過ぎて数の感覚が分からねぇ。」

クラウスが誰へとなく呟いた。

 その呟きを聞いた隣に座る副官ベルントも頷きながら答えた。

「私自身も、50匹は確実に倒したと思います。」

そう言うベルントは自分の右手を見ている。少し震えている。疲労がピークに達している証拠だ。

「エルンスト団長たちが進んだ通路も同じような感じで、更に、右側の通路にも多少流れていると仮定すると、6000匹を超えていても不思議ではないかと思います。」

「…この洞窟、もしかしたらどこかで別な場所に繋がっているのかもしれないな。」

「はい、神族のお二人の探査がこれほどの誤差を起こすとは考えにくいです。あの後、どこからか入って来て合流していると考える方が自然だと思います。」

 クラウスは水球を出し、口の中に放り込んだが、満足感が低い。

 ――――少し、脱水気味か?

 クラウスは胸ポケットから小さな袋を取り出した。中には塩が入っている。指に【生活魔法:清潔】をかけ、塩を少しつまみ、新しく出した水球に混ぜ、ゆっくりと飲んだ。

 しばらくすると、何となく体の緊張が少し解れた感じがしてきた。

「この討伐戦は歴史に刻まれるだろうな。確実に。一昨日、ルウィージェス様たちが上位種を全て倒していてくれて助かった。(キング)にたどり着くまでに魔力切れと臭気で、全滅も視野に入れなければならないところだった。」

「この量のゴブリンを倒した後の臭いは、…想像したくないですね~。きっと、想像を絶する臭いで、瞬時に意識が吹っ飛びますよ。」

ベルントは苦笑しながら言った。

「経験したくね~…」

 しっかりと鼻を守って結界の外に出たが、1分どころか数秒で、無防備な目が臭気にやられた。具体的に想像できるだけに、クラウスも苦笑いしながら答えた。


 クラウスが団員たちを見ると、魔術師数人がうとうとしていた。

「眠い奴は無理するな。少しでも仮眠して、魔力回復と体力回復を優先しろ。昼食を取る体力が残っている者は、昼食にしてくれ。」

その言葉を合図に魔術師たちは横になり、あっという間に寝入ってしまった。騎士たちも、かなり疲労困憊していたようだ。防具を脱ぎ、魔術師同様に寝転がり、あっという間に深い寝息を立て始めた。

 昼食を食べる余裕のある者はいなかった。


 クラウスは一応起きてはいたが、流石に昼食を食べる体力も気力も残っていなかった。少しでも体を軽くして体力を回復させたい。防具は脱いで、ただボーっとしている。

 隣に座るベルントは防具を脱ぎ、体を横に倒して寝ている。


 魔術師団員は、ほぼ全員が床に体を倒して熟睡していた。

 少し前までなら、こんな長時間に渡って魔法の連続使用は出来なかっただろう。明らかに、魔力制御力を高めた効果だ。

 ――――ルウィージェス様には感謝しかない。

 騎士たちも殆どが体を横たえているが、数人は壁に寄りかかって寝ている。寝方はそれぞれだが、聞こえてくる寝息は一定のリズムを刻んでいる。完全に熟睡モード。


 クラウスは、午前中の戦いを思い出していた。

 若い騎士たちの集中力も、気付いたら、かなり上昇していた。

 ここに辿り着くまで、誰一人として剣を止めなかった。床もそれなりにボコボコしていたが、足を取られる者はいなかった。


 この洞窟に入ってから、時間もそれなりに経過している。

 事前に、狭い空間内で大量の魔法が飛び交う戦いとなることは分かっていた為、魔石で動く時計は持参していない。隙間は見えるが、流石に太陽の位置までは分からない。

 確かな時間は分からないが、それでも、感覚的に昼は過ぎているのは分かる。

 朝は9時頃に洞窟に入った。今、午後1時だとしても、4時間は戦い続けた。

 しかも、弱いゴブリンが相手とはいえ、(おこな)ってきたのは魔物との超接近戦だ。しかも、相手側には隠れる場所となる掘った穴が無数にあり、こちらは探査魔法から得る情報のみ。敵側に利がある状態で超接近戦を行ってきたのだ。

 ――――これも、上昇した魔力制御力の賜物だな。

 魔物は自身の魔力を筋肉に流すことで膂力を上げることが出来る。しかし、これは魔物に限った事ではない。人族にも出来る事だ。上級冒険者が見た目以上の力を発揮出来るのはそのためだ。しかし、人族は日常的に常時魔法を使っているわけではない為、魔力制御力はそう高くない。それなりの訓練をしなければ、いざという時に使えない。

 ――――エルンスト殿が見た目以上に強靭(タフ)なのは、無意識下での魔力制御によるものなのだろうな。

 エルンストの姿を思い浮かべた。魔術師だが、騎士並みに剣が使える。それなりの筋肉がある筈だ。しかし、騎士系の職業軍人と比較すると、細身の方だ。

 ――――本当に、規格外な御仁だ。

 膝の上で熟睡するニックスを撫でた。

 そしてクラウスも目を閉じ、仮眠を取った。


<エルンスト班>

 エルンストは、風魔法を駆使しながらゴブリンの位置を把握し、部下に注意喚起しながら進んでいた。

 しかし、剣で切っても切っても、どんどん脇穴から湧き出てくる。

 既に初めに使っていた剣は、ゴブリンの体に含まれる皮脂油と骨を断つ衝撃により、かなり切れ味が落ちてしまい、アイテムボックスから予備の剣を出して使っている。

 今回の戦い程、アイテムボックスの有難みを感じたことはない。

 クラウスは、多少刃こぼれしようが、切れ味が落ちようが、自前の握力と筋力でカバー出来てしまうが、幼少の頃から剣を学び、魔術師としては剣で接近戦が行えるほどの異例な高い技術と技量を持つエルンストではあるが、流石にそこまでは出来ない。

 力が足りないのではない。握力が足りないのだ。握力がクラウスより劣る為に、剣先への衝撃を長時間受け止め続けられず、剣を支える指と腕の筋肉が疲労してしまい、剣を握る力が落ちてしまうのだ。

 練習時間不足。それが本職の騎士との大きな違い。普段はそれ程違いを感じないが、今回のような場面に遭遇した時に、顕著にその違いが現れる。その違いこそが差となり、結果に大きな影響を及ぼし、影を落とす。

 スタンピードの時も、剣よりも魔術で魔物を圧倒してきた。正直、過去に魔力不足で剣を使う羽目になった、という経験すらない。

 これ程、魔法が使いづらく、剣を使って戦わなければならない状況に陥ったのは、初めての経験だ。

 普段から複数本の剣と目的の異なるナイフを入れてある。エルンストのアイテムボックス内は時間経過が殆どない。その為、剣やナイフなど、酸化や劣化しやすい物は、正直、アイテムボックスに入れておいた方が、良い状態を維持できる。

 今回は、何本剣をダメにするか分からない。最悪ナイフでの対応を迫られるかもしれない。

 それでも、予備の武器があるというだけで、心強い。

 アイテムボックス様々だ。


 先頭は藍の結界で守られているが、どうしても天井の低い場所では、結界が遮られてしまう為、後方は、常時魔術師による結界で対応している。

 普段、結界魔法というと、シールドの様に、正面に対して防御壁を作ることが一般的だ。

 しかし今回は、上半身を守るように、球状の結界を張っている。これは、防護壁結界と比べるまでもなく大量の魔力を消費する。『聖石(ひじりせき)』装飾品を身に付けているため、それでもかなり消費魔力量は軽減されている。だが、元々が大量消費型魔法だ。長時間張り続ける事は出来ない。

 エルンストは適宜、結界魔法が使える魔術師を入れ替えて、細かく魔法を使わない時間を作ってはいる。『聖石』装飾品は、今までの経験から魔力の回復も早めることが分かっている。魔力は回復させられるが、疲労の蓄積だけは如何ともしがたい。

 特に、少し大きめなゴブリンが増えてきた頃からは、エルンストも後ろを細かく確認する余裕もなくなってきた。

 明らかに、少し大きめのゴブリンは強い。力がある。これが、ルウィージェスとカリンが言っていた新種のゴブリンであることは直ぐに分かった。

 魔力転換率そのものを上げれば、少し大きくなって体表面積を増やすだけで、魔素から非常に効率よく魔力を補えるようになる。だから、これだけの膂力を得ることに成功したのだと理解できる。

 エルンストは幼少の頃から剣の特訓を受けているが、魔術師の多くは、魔術師団の入団試験の為に剣を始めており、技術的には標準な者が多い。膂力のある者からの攻撃を受ける際は、流すという技法を使うことで、自分への負担も剣への負担も減らすことが出来るのだが、それが出来る者はまだまだ少ない。


 魔術師たちも、地形の悪さから途中からは魔法ではなく剣を使っていたが、新種のゴブリンが増えてからは剣での戦いを止め、魔法に切り替える者が増えた。膂力を上げた新種ゴブリンの攻撃をまともに剣で受け止めてしまい、あっという間に腕が疲れ、握力が落ち、剣の切れ味が落ちたことは容易に推測できる。

 それでも、一時的にでも、魔力を消費しない時間が持てたことが幸いし、魔力は少し回復していたが、膂力を上げた新種ゴブリンとの剣での接近戦は、魔術師たちの筋肉疲労を一気に進めてしまった。魔力回復ポーションで魔力を補充している者も多く見られるが、恐らく、疲労回復の方に費やされてしまっているだろう。魔力は魔力回復魔石を使わざるを得ない。実際に、数名は既に使用している。その中には2個目も使った者もいる。

 心身の疲労は、集中力の低下と魔力制御力の低下を引き起こす。集中力の低下は、魔力制御力の低下との相乗効果により、より消費魔力量を増やしてしまう。

 流石に、魔力量の回復だけでは、これ以上の戦闘継続は困難だ。

 エルンストは、どこかに三方が壁に囲まれた休憩所になりそうな場所がないか、風魔法でずっと探っているが、横穴は全て浅く、人が入れる大きさの物もなければ、三方が壁になっている場所もない。


 流石のエルンストも、少し焦りを感じ始めていた。この場に『結界魔石』を設置して強引に休憩所を作る手もあることはあるが、気分的にどうかと思う。四方八方をゴブリンに囲まれた状態で休憩を取ったとして、果たして、心身を休めることが出来るだろうか。

 

 その時、藍が「チチチ」と警告音を出した。そしてエルンストの前で、上へ下へと飛び、何かを伝えようとしていた。

 エルンストはしばし考え、

「もしかして、飛び跳ねろ、と言っている?」

と藍に聞いた。

「ぴっぴっぴ!」

正解だったようだ。

 藍が何かをしようとしているのは分かったが、恐らく、他の魔術師たちの結界を藍の結界に同調させるのは難しいだろう。


 エルンストは歩みを止め、天井と周りを見回した。

 気づくと、天井が低い場所は終わっていた。なだらかではないが、比較的天井までの高さは一定している。両側壁も、結界を阻害する極端に飛び出た場所もない。

 もう少し先から、今までの場所よりもかなり明るくなっているのが分かる。採光がしっかりとれている。結界の中にいるから分からないが、風通しも、少しはましになっているのかもしれない。

 ここから先なら、藍の結界を、全員が収容できる程度まで広げられそうだ。足元もしっかり見えるから、多少前後のスペースを狭くしても何とかなりそうだ。

 藍に結界の範囲を広げるよう頼み、後ろに続く団員全員に、なるべく詰めて、藍の結界内に全員が入るよう指示した。

 理由は分からないが、藍が全員に一斉にジャンプしろ、と言っている。

 エルンストは、団員たち全員が藍の結界内に収まったのを確認し、自分の合図に合わせて、一斉に上に飛び跳ねるよう伝えた。騎士と魔術師たちは、一瞬戸惑いを見せたが、『魔道神鳥』藍の指示なら逆らう理由はない。

「これから、3、数えます。3で同時に飛んでください。ラン、いきますよ。」

エルンストが数字を数え始めた。

「1、2、3!」

全員が一斉に上に飛び跳ね、同時に藍が改めて結界を張り直した。

 藍が新たに張った結界は床から頭の上まですっぽりと囲う結界だった。つまり、エルンストの一団は、藍が張った結界の上に立っている。

「この先、足元に何かがある、ということですね?」

「ぴぴ」

そう鳴くと、エルンストの左肩に戻った。

「後ろ、ランの結界から出ないように気を付けてください。ゆっくり進みます。今は結界で完全に保護されているので、ゴブリンの襲撃を気にする必要はありません。倒す必要もありません。とにかく、ランの結界から出ないよう、それだけに集中してください。」

皆が頷いた。

 そう団員に伝えた時、ふと、前方から襲ってくるゴブリンがいなくなっていることに気付いた。不思議に思いながらも、時間で言うと20秒ほど進んだ所で、エルンストは理解した。

「ラン、本当に心の底から感謝いたします。」

 エルンストの目の前に見えたのは、2段程低くなり、通路の幅いっぱいに広がる、長さ1メートル程度の「トイレ」だった。


 エルンストは後ろに続く団員を見た。

「今、私たちは結界に守られているので周りの臭気を感じませんが、ランの結界から出たら、確実に気絶します。だから、絶対に結界から出ないように、それだけに集中してください。」

 エルンストは改めて部下たちに指示を出した。


 そして、意を決してエルンストは歩みを進めた。後ろから部下たちの声が聞こえてくる

 ――――これ、結界がなかったら、心、折れているわ…。

 ――――この洞窟内の匂いってどんだけなんだ?

 ――――結界がなかったら、除団覚悟で異を唱えるレベルだぞ、これ。

 これには思わず、エルンストは心の中で反論した。

 ――――俺はそこまで鬼畜じゃないぞ。


 流石のエルンストも、トイレの上で風魔法を展開する気になれずにいたが、全員が無事にトイレを通過出来たのを確認し、改めて風魔法で前の方の探査を再開させた。

 探査魔法が伝えてくる情報によると、この先には、天井が低い場所はなさそうだ。両側壁も、極端に飛び出した場所もなさそうだ。

 このまま全員を藍の結界で守った状態で移動することに決め、藍にもう少し結界を広げて貰った。


 ここに来て、完全に一般的にみる大きさのゴブリンの姿は消え、新種ゴブリンだけになった。数は相変わらず多い。

 新種ゴブリンの膂力の高さは侮れない。しかも、まだ大量のゴブリンがライラン領方面に残っている。ここで、予備の剣全てを潰すわけにはいかない。

 もう、全く魔法を放てない団員の姿も見える。復路に使う魔力回復ポーションを残すために、敢えて飲まずに堪えているのだろう。

 魔法が打てない状態にまで魔力量を減らすと、ただ立っていることすら辛くなる。

 その状態で尚もしっかりと前を向いて足を止めないのは、職業軍人としての矜持(きょうじ)だ。


 エルンストは部下の負担を減らすため、積極的に火魔法を放ち始めた。

 ここは今までの場所とは異なり天井が高く広めの空間で、しかも、これだけ光が多く入り込むだけの隙間があるなら、当然、それだけ空気の流れもある。それなら、火魔法を多少使っても、周りの気温が極端に上がる危険は少ないだろう。

 それにもう、魔法を放っている魔術師も少ない。これなら、魔法同士が干渉しあって打ち消す危険性もない。

 もっとも、エルンストの魔法の威力は他の魔術師よりも遥かに強いため、打ち消し合うことはなく、巻き込んでしまうだろうが。

 それに、どうせ最後は火魔法で焼き尽くすことが決まっている。それなら、少しでも温度を下げる原因は減らしておきたい。

 今まで風魔法だけで倒していたエルンストだが、より攻撃力の高い火魔法を使い始めた。

 とはいえ、エルンストの魔法は威力が異常に強い。当然火魔法の温度も高い。

 空気の流れがどの程度あるのかは、結界内からでは分からない。極端に空気が熱くなるのを避けるため、【火魔法:小炎弾】と【風魔法:風】で壁を舐めるように炎を移動させ、新種ゴブリンを絡め焼き尽くしていく。

 

 気づくと、新種ゴブリンの数も減ってきた。

 エルンストは一旦足を止め、改めて周辺の状況を確認する。どうやら、もうすぐ先は突き当りになっているようだ。

「とりあえず、あの突き当りまで進もう。突き当りを背にすれば、少しだが、気が楽になる筈だ。」

 一方だけでも壁があれば、『結界魔石』で少し休めることが期待できるかもしれない。そんな気運が団員たちに力を与えた。


 突き当りまでやってきた。どうやら、ここが最奥のようだ。

 右側の天井の方が左側より高い。右側の先は少し通路っぽい感じがする。その奥はよく分らない。現在いる所の方が明るいから、余計に見えにくくなっているのかもしれない。

 左側は、より雑多な感じを受ける。奥行はそれ程ないが、右側が行き止まりとすると、左側は更に続いている。どうやら、クラウス班担当した通路のようだ。

 どうも、クラウス班はどこかで休憩を取っているようだ。音がしない。

 改めて突き当りを見る。気になったのが、食料と思われる物が多く積み重なっていることだ。つまり、どこかに保管する場所がある筈だ。

 エルンストは突き当りの壁を重点に風魔法で探査をかける。

 何か所か、風魔法が横に流れる感覚はあったが、大体は直ぐに壁らしき物にぶつかった。しかし、1か所、比較的近い場所で、かなり奥まで風魔法が流れる場所があった。エルンストは、改めて風魔法を展開し、その穴だけに風魔法を流し込んだ。すると、そこは三方が壁に囲まれており、広さの全員が十分に入れる空間であることが分かった。


 全員に結界を張っている藍を隣に立つ強力な土魔法の使い手アガートに頼み、エルンストは、ペンダントに記録した【空間魔法:結界】魔法陣を発動させ、藍の結界から一歩出た。

 ちゃんと結界が張られている。ホッと小さく一息つく。

 昨日、ルウィージェスから改編【空間魔法:結界】の魔法陣を貰い、ペンダントに記録した後に数回程試してはいるが、やはり緊張する。

 

 エルンストが藍の結界から出ると、5匹の新種ゴブリンが一気に攻めてきた。

 大人数より少人数を狙うという知恵はちゃんとあるようだ。しかも、5匹は同時に攻めてきた。明らかに連携を取っている。膂力だけでなく、もしかしたら知恵も少し上げているのかもしれない。

 もしくは、弱者としての本能か。新種ゴブリンにもエルンストが強者であることは、結界の外からでも分かったのかもしれない。

 【火魔法:小炎弾】と【風魔法:風】で周りに集まる新種ゴブリンを火で絡めとり焼きながら、風魔法が捉えた隙間近辺を調べる。

 隙間から奥を覗くと、奥も光が届いている。

 積んである荷物を少し降ろして奥を覗くと、そこには全員が入っても十分に横になれるだけの広さがある。天井を見ると、所々から光が差し込んでいる。しかも、他に扉らしき物も確認できない。完全に独立した部屋になっている。

 もしかしたら、この部屋は雨が降ると雨水が隙間から大量に流れてくるのかもしれない。だから、大量の荷物を積み上げて、壁の様にしているのかもしれない。

 それなら、普段ゴブリンが使っていない空間となる。休憩する場所としては理想的だ。

 

 エルンストは、藍の結界まで【火魔法:炎壁】で人が二人並んで通れる広さの通路を確保した。新種ゴブリンは、いきなり現れた炎の壁に恐れをなし、少し離れたが、離れた場所から声で威嚇している。

 ゴブリンが来ないことを確認すると、荷物を動かし、団員が通れるようにした。

「ゆっくりここまで移動してきてくれ。」

 エルンストが声を掛けると、先頭に立ち藍を頭に乗せたアガートが音頭を取り、ゆっくりと移動してくる。全員が藍の結界からはみ出ないよう、慎重に動く。

 魔術師団員は全員がもう、魔力の残量がかなり少なくなっている。魔法どころか剣すらも振れない状態になっている者も少なくない。騎士団からの騎士たちも最後まで剣を振るい続けていたが、膂力を上げたゴブリン相手に、かなり体力を削られている。疲労困憊な状態なのが表情で分かる。

 だから、皆の気が(はや)る。少しでも早く休みたいと急ぎたくなる。しかし、一歩でも藍の結界からはみ出したら、それこそ命に関わることも想像できる。あのトイレを通って来たのだ。ここら辺にもその臭いが漂っている筈だ。

 あの強烈な記憶がブレーキとなって、慎重さを失わずに済んでいる。


 全員が入ったのを確認すると、エルンストは移動させた荷物を再度積み直して入り口を閉じ、ゴブリンが入って来られないようにした。そして、『結界魔石』を展開させた。

「ラン、お疲れ様。もう大丈夫だ。長い時間、守ってくれてありがとう。」

そう言うと、藍は結界を解除した。

 第42話は、騎士団、魔術師団とリリーエムラ公爵家騎士団合同での合同討伐戦の続きです。

 クラウスもエルンストも、新種のゴブリンの、魔素からの魔力転換率の上昇に関する話は聞いていたが、実際に、その膂力の上昇を経験して、やっと、その深刻度を理解することが出来ました。

 そして、それに付随する問題点も明確になり、ただ新種ゴブリンを討伐すれば良い問題ではない、ということも理解しました。

 この新種ゴブリン問題は、年単位で解決していかなければならない事でした。


さて、第一章第43話も引き続き、大規模洞窟内営巣地殲滅戦が続きます。

来週5月23日(土)20:00公開予定です。

第43話 「ゴブリンの襲撃⑧―洞窟内の大規模営巣地⑦―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


つき 千颯ちはや 拝

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