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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星エムラ
40/42

第39話 「ゴブリンの襲撃④―洞窟内の大規模営巣地③―」

 前回に引き続き、王国騎士団、団長クラウス・フォン・シューバート子爵だ。

 俺は侯爵家の者だ。しかも、シューバート侯爵家はフォーゲル伯爵家と同様に、実力主義。シューバート侯爵家の子ならば、誰にでも侯爵家を継ぐ権利がある。

 その為、幼少の頃から、それなりの教育を受けてきている。当然侯爵家の当主としての教育だ。それはつまり、為政者としての教育だ。だから、正直言って、言葉を失う程のショックや衝撃を受けるということは、とても少ない。

 その数少ない出来事が、ルウィージェス様と一緒にいると頻繁に起こる。

 今回も、俺、何度言葉を失ったかな~。あまりの衝撃に意識が吹っ飛んだしな。

 脳が理解を拒否して逃げるって経験だぞ。人族の一生は短いとはいえ、人生80年くらいはある。俺はまだその半分にも辿り着いていないのだが、なぁ~。

 それにしても、だ。今回のゴブリン営巣地。理解を超えている。解せない、の一言だ。どうやったら、あんな数になる?あんな数になるまでに、大きな被害報告がなかったのは何故だ?普通は、あそこまで営巣地が巨大化するまでに、それなりの被害が起こって報告が上がって来るだろう?

 ここ、王都から1日で辿り着ける距離だぞ?あり得ないだろう。

 確かにゴブリンの繁殖力は魔物一だ。随一で唯一だ。ゴブリン程の繁殖力を持つ魔物は、俺が知る限り、確認されていない。

 でもだ。この数は、…あり得ないだろう。一体何が起こっているのだ?

 洞窟から出てきたルウィージェスの後ろからは、一体の大きなゴーレムが、横幅も長さも規格外の馬車を引いて出てきた。

 その場にいたクラウスは勿論のこと、近くにいた騎士と魔術師たちもその光景に唖然とし、作業の手が止まる。


 ルウィージェスとカリンはお互い顔を合わせ、思わず苦笑いだ。

 驚くだろうな、とは思っていたが、ここまで驚かれると、笑うしかない。

 意識が戻って来るまで待ってあげたいのはやまやまだが、馬車の中では、村人たちが不安な思いを抱きながら、じっと待っている。

 

 カリンは、固まり立ち呆けるクラウスに、微量な神力を流した。

 直ぐに、クラウスは、自分が驚きすぎて立ち呆けていたことに気づく。

「ルウィージェス様、カリン様、討伐、ありがとうございました。すみません。ちょっと、」

クラウスの視線が後ろに移る。

「…流石に驚きました。」

 ルウィージェスは笑いながら「大丈夫だよ」と伝え、クラウスに簡単に経緯を説明し、乳幼児5名、未成年8名、成人5名だけだが、生存者を見つけたこと、そして、中で村人の骨と体の部分だと思われるものを多数見つけたため、拾って来たことを伝え、村人用の保管庫を出した。

「生存者が?!それは僥倖(ぎょうこう)です。落ち着いたら、話を聞けそうですか?」

「う~ん、どうだろう。ぼくたちが見つけた時の状態が状態だったから、今はまだ(こく)だと思う。」

「そうですか。そうですよね。村はあの状態ですから、王都に一旦避難して貰うことになるでしょう。王都で落ち着いた頃を見計らって話を伺います。」

「うん、ぼくもその方が良いと思う。」


 クラウスが納得したのを確認し、ルウィージェスは話を続けた。

「そして、こっちには洞窟中で倒したゴブリン、全てが入れてある。」

そう言うと、後ろにあったゴブリン用の保管庫を手前に移動させた。

 つられてクラウスは中を覗き込むが、中は真っ暗で何も見えない。

「中は【時空間魔法】で拡張してあるから、保管庫自体はこの大きさだけど、中には片付けた約2700匹のゴブリンが入っている。それ以外に、軍曹(サージェント)6体、将軍(ジェネラル)が4体と(キング)が1体入っている。もう上位ゴブリンは残っていないけれど、洞窟の中には、まだ下位ゴブリンがこれよりちょっと多いくらいの数が残っている。」

そうルウィージェスが説明すると、クラウスの目が点になった。

 ルウィージェスの声はちゃんと聞こえていたのだが、脳が理解するのを拒んだ。数字が頭に入ってこなかった。

「すみません、上位ゴブリンの数をもう一度言っていただけませんでしょうか?」

軍曹(サージェント)6体、将軍(ジェネラル)4体と(キング)1体だよ。」

クラウスは絶句し、完全に固まった。


 少し離れた場所にいたエルンストとアダルベルトたちも、立ち呆ける部下たちの姿を(いぶが)しがり何事かと急ぎ駆け付けたが、洞窟前の光景に、部下たちと同様に唖然とし、足が止まる。

 自分たちの団長が駆け足で洞窟に向かったのを見て、部下の騎士と魔術師たちも、何事かと洞窟前に急ぎ駆け寄った。そして、以下同文。

 エルンストの肩にいる藍は、ゴーレムからルウィージェスの魔力を感じ取り、興味津々に近付き、ホバリングでゴーレムの周りを飛び回っている。

 藍がエルンストの肩に戻って来て、「ぴぴぴ」とエルンストを誘った。その鳴き声で、ようやくエルンストは我に返り、クラウスの隣まで移動できた。

 クラウスに目を向けると、何故か未だに固まって戻ってきていない。ルウィージェスの後ろにあるゴーレムと馬車を見て、自分なりに状況を理解しようと努めたのだが、諦めた。

「ルウィージェス様、カリン様、おかえりなさいませ。中の様子はどうでしたか?」

 そう言葉をかけながら、過去に、これ程平静を保つに苦慮したことはあっただろうか、とエルンストは思わず自問したが、そうではなく、久し振りに苦慮していることに気づく。

 ――――大分慣れてきたと思っていたのだが…。

 ルウィージェスは魔導王。魔導王の魔法は威力も規模も桁違い。もう、苦笑するしかない。


 エルンストの声でようやく我に返ったクラウスだが、自分が理性的に理解し対処できる範囲を完全に超えている。自分ではもう、消化できない。しきれない。

 思わずエルンストの両肩に手を置き、自分より少し背が高いエルンストの目に自分の視線を合わせ、「聞いてくれ!」と言わんばかりの口調で訴え始めた。

 エルンストの隣にいるアダルベルトは、そんなクラウスに驚き、声を掛けられずにいた。

「あのな、あのな、この洞窟の中にな、軍曹(サージェント)6体、将軍(ジェネラル)4体と(キング)1体がいたそうだ。」

「「は?」」

エルンストとアダルベルトから異口同音。見事にはハモる。

「ルウィージェス様とカリン様だけで、2700匹を超えるゴブリンを倒したそうだ。」

「「え?」」

「それでな、まだあの中には、それ以上のゴブリンが残っているのだそうだ。」

「「……」」

その報告には流石のエルンストも、同じく隣で聞いていたアダルベルトも言葉を失った。


 エルンストとアダルベルトは、思わずルウィージェスとカリンの方を振り向き、「本当ですか?」と視線で問いかけた。

「うん。本当だけど、嬉しい情報もあるよ。」

「嬉しい情報?」

アダルベルトは視線をゴーレムと馬車に移す。

(キング)がいた部屋の隣に、村人が数人、生き残っていたんだ。」

「生き残りがいたのですか?それでは、」

エルンストも馬車に視線を移す。

「うん。この馬車の中に保護した村人たちが乗っている。保護できたのは乳幼児5名、未成年8名、成人5名。【光魔法:エクストラヒール】で体は回復している。けれど、大量失血の影響も大きかったけれど、それ以上に、壮絶な経験をした後だったからね。まだ襲ったゴブリンが大量に残っていたし。」

 そう言うと、ルウィージェスはクラウス、エルンストとアダルベルトの三人に「一緒に来て」と馬車まで誘う。

「不安で仕方がないと思うから、声、かけてあげてもらえる?」

エルンストが頷き、クラウスとアダルベルトを見た。二人とも、頷いた。

 確かに、役職持ちの責任者の言葉は、今の彼らにとって、大きな安心感と気持ちの支えになるだろう。


 ルウィージェスは馬車の中にいる村人に「扉、開けるね」と一声かけた。

「今ね、宮廷魔術師団の団長がいるから、代るね。」

 エルンストは馬車の中にいる村人たち全員を確認し、意識して優しい声で話しかけた。

「大変でしたね。救出できて良かったです。私は、宮廷魔術師団団長エルンスト・フォン・フォーゲルと申します。どなたか、お話しできそうですか?」

 ルウィージェスが初めに声をかけた女性が返事した。

「はい、ありがとうございます。先ほどの、小さな大魔術師様と騎士の方のお陰で、私たちは戻って来ることが出来ました。」

 その女性の返事から、エルンストはルウィージェスもカリンも名乗っていないを知り、なるべく二人の名を出さないようにした方が良いと判断した。

 単純にルウィージェスもカリンも名乗り忘れただけなのだが、状況を知らないエルンストには知る由もない。


 返事をした女性は扉のすぐ近くに座っていた。エルンストは馬車の入り口に腰掛け、体を女性の方に向けた。

「あなた方は、すぐそこの村の方々ですか?」

「はい。ここにいる全員、同じ村の者です。」

「そうですか…。今回の襲撃で村は壊滅的な打撃を受けています。ですので、今、あなた方を村に返すのは難しい状況です。それに、斥候により、まだこの先にゴブリンの大群が確認されているので、一旦王都で保護する形になるかと思います。」

エルンストのその言葉に、大人たちは下を向き、大人たちの反応を見た子どもたちは不安そうに、大人たちを見まわしている。

 女性は息を吐き深呼吸をして、懸命に涙を堪えながら、しかし、しっかりとエルンストを見て答えた。

「…はい。村は…覚悟していました。」

 その女性は、年齢的にはクラウスと同じか、もう少し年下に見える。ショートヘアーで、手櫛で髪を整えた感じだ。もしかしたら、もう少し若いのかもしれない。

 エルンストは、馬車の中の村人に視線を送った。

「今日は、我々と一緒にいてください。これから詳細を決めますが、明日、王都へお送りする形になるかと思います。」

「はい、分かりました。」

「お疲れなのは承知しております。申し訳ないのですが、もう少し、外が落ち着くまで、この馬車の中でお待ち頂けますか?この中は安全ですから。」

「ありがとうございます。」

「それでは一旦、扉を閉めますね。」

「はい。」

エルンストは静かに扉を閉めた。


 村人との話を近くで聞いていたアダルベルトは小さな溜息をついた。

「…やはり、あの村の方々でしたか。」

「はい。かなり憔悴されています。監禁されていたのは、一日や二日ではないかもしれません。今は、まだ聞ける状態ではありませんが。」

「でしょうな。(キング)の居間の隣の部屋にいた、とルウィージェスが言われていた。ゴブリンに囲まれているだけでも恐怖なのに、(キング)の威圧感だって相当だった筈だ。今の女性があれだけ話せたのだって奇跡のようなものだ。」

「そうですね。…気丈な方です。」

「あぁ、よく答えてくれた。」

 クラウスは馬車を見て、呟いた。

 ルウィージェスは、既に馬車から離れた場所にいる。三人はルウィージェスの近くに移動した。


 クラウスの左横には、筒状の入れ物がある。

「クラウス団長、これは?」

エルンストは中を覗きながら聞いた。中は見えない。それでエルンストにはこれが魔法による入れ物であると分かった。

 クラウスは自分の左横にある保管庫を指さしながら言った。

「こっちの保管庫には、ルウィージェス様とカリン様が倒したゴブリンが全て入れてあるそうだ。総数2700匹を超えるゴブリン。軍曹(サージェント)6体、将軍(ジェネラル)4体と(キング)1体も混ざっているそうだ。」

「「はぁ~?!」」

 エルンストとアダルベルトの声が、またもや重なった。


 二人からの説明を求める視線に答えるよう、ルウィージェスはもう一度、保管庫の説明をした。

「それでは、お二人が倒したゴブリンがこの中に全て入っている、と?」

アダルベルトの声が少し震えている。

「総数2700体を超えるゴブリンがこの中に…。」

そう言ったエルンストは、不意に先ほどクラウスがその後に言った言葉を思い出した。

「そういえば、クラウス殿、『ルウィージェス様とカリン様だけで、2700匹を超えるゴブリンを倒したそうだ。』と言った後、さらに凄いこと、言っていませんでした?」

「あぁ、言ったな。俺はルウィージェス様から『まだあの中には、それ以上のゴブリンが残っている』と聞いた。」

 その言葉にエルンストとアダルベルトは、勢いよくルウィージェスとカリンの方を振り向いた。

「うん、ぼくたちが片付けたのは約半数だけ。村人たちを見つけたから戻って来た。」

 本当は神族としての規則を守るためなのだが、少ししか離れていない場所に救出した村人たちがいる。自分たちの会話に耳を傾けている可能性を危惧し、咄嗟に、もっともらしい理由を述べた。

 エルンストの後ろに控えていたザビーネが呟いた。

「それでは、プファルーツ州領に向かっているゴブリンの大群というのは、この群れとは別の…?」

 クラウス、エルンストとアダルベルトは、討伐したゴブリンの数約2700匹という情報と、同等数のゴブリンがまだ洞窟内に残っている、と言う話で頭がいっぱいになり、完全にその件を失念していた。

 三人はお互いの顔を見合わせ、プファルーツ州領の方を見た。皆、言葉を失った。


 気づくと(とばり)が下りてきている。

 斥候の話しだと、この近辺にはゴブリンの大群は見当たらない、との事だった。

 しかし、襲撃を受け、ゴブリンの営巣地に引きずり込まれた村人がいる。騎士と魔術師たちも、村の片付けをしていた時の、ゴブリンが村人の死体を喰っている光景が目に焼き付いている。

 心情的に、もう少し村から離れた所で今晩の設営をする事にした。


 結界を『電撃付き結界』に戻した。今朝、『電撃付き結界』外周では大量に感電死していた。明日も、それが期待できる。

 設営地を整えていると、『鳥の森』のゴブリン殲滅に向かっていたウィルヘルムの一団が合流を果たした。

 思いの外早く合流できた理由を聞くと、シュネーの遠吠えが大活躍だったとのこと。

 また、ゴブリンの数が減ってくると、木の上で気配を消していたグリーン・ウォルフが下りてきて、騎士団がいない場所でゴブリン狩りを始めたのも理由の一つだったらしい。

 粗方討伐終えて、ゴブリンの片付けを始めようとしたところ、一体何処にこんなに棲んでいたのだ、と思う数のスライムが何処からともなく現れ、ゴブリンを飲み込み溶かし始めたので、片付ける手間も省け、当初の予定よりも早く『鳥の森』を出発できた、とのことだった。


 『魔道神獣』ニックスの弟シュネーは、ウィルヘルムがシュネー専用に用意したサコッシュのようなカバンの中にした。

 安全な結界内に入ると、ウィルヘルムはシュネーをカバンから出した。すると、ルウィージェスの近くにいた母狐ミルと兄ニックスの所に真っすぐ走っていて、ミルとニックスに甘えだした。

 小さいながら、頑張ってくれたようだ。


 食事の準備は、若い騎士と魔術師たちが手分けして、全員分を用意してくれた。カリンも加わり、手伝っている。

 エルンストのアイテムボックス内には折り畳みの簡易テーブルと椅子が大量に入っていた。

 クラウスとザビーネは知っていたが、アダルベルトとウィルヘルムは、アイテムボックスの許容量に驚いていた。

 アダルベルトとウィルヘルムは、エムラカディアがアイテムボックスを持っているので、それ自体には驚いてはいなかったが、エムラカディアは神族、中級神だ。加護持ちとはいえ、エルンストは人族。その桁違いの容量に心底驚いていた。


 エルンストは、加護を受ける前よりも、アイテムボックスの許容量がかなり増えていることに少し前に気づいた。広さが倍近くまで広がっている。奥行もかなり広がっている感じがある。奥行は倍どころではないような気がする。

 ルウィージェスに聞いたところ、魔力の純化によるものとのことだった。しかも、純化して時間が経ったために、自覚できるまでに『馴染んだ』との説明だった。

 そうであるならば、と、エルンストはルウィージェスに、加護を受けたクラウスもアイテムボックスを持っているのではないか?と聞いたことがある。クラウスの魔力は、騎士としては異常に多い。すると、ルウィージェスの答えは是。

 ただ、クラウスはニックスの加護を受けてからまだ日が浅いので、アイテムボックスを使いこなすには、ちょっと練習が必要とのことだったので、エルンストはまだクラウスにその件については伝えていない。

 本当は、ゴブリンの被害報告が上がる前には伝えたいと思っていたのだが、機会がなかった。だから、この殲滅戦が終わったら、アイテムボックスの使い方を伝えようと思っていたのだが、洞窟内に残るゴブリンの数を聞き、機会を見つけて教えたいと思っている。


 手が空いている騎士と魔術師たちがテーブルと椅子のセッティングを行ってくれた。

 ルウィージェスは、アイテムボックスから少し長めのテーブル3つと水樽を6個取り出し、2個ずつ3か所に分けて設置し、その横に、ポットを2つずつ置いた。

 ポットには『湯沸かし魔石』が取り付けてある。ポットに水を入れて魔力を流すと、ちょっと熱めのお湯が数秒で沸く。そして、その横に、エムラカディアの屋敷から持ってきた数種類の茶葉を各種ケースに入れて、自由に飲めるようにした。この世界にはまだ、コーヒーはない。


 救助された村人たちは、初めはおろおろして、どうしたら良いのか分からずにいたが、女性たちは食事当番をしていた騎士・魔術師たちの手伝いを申し出た。男性たちは、力仕事の手伝いを始めている。

 子どもたちは、ミル、ニックスとシュネーが気になるようだが、母狐ミルは全長1メートル50センチ近くもあるため、怖くて近づけずにいた。しかし、ニックスとシュネーの方が初めて見る子どもたちに興味を持ち、少しずつ近づいて行った。

 水と紅茶の準備が終わったルウィージェスは、子狐たちの近くでその様子を見守っていた。


 救助した子ども達と大人の食事は問題なかったが、困ったのが乳幼児の分だ。村人の中で一番年上の女性、名を聞くとアリンと名乗った、に聞くと、全員離乳食は始まっていた、とのことで、乳児がいないことに安堵したが、若い騎士と魔術師たちには、子育ての経験がなかった。

 そこで、子育て経験者であるエルンストに離乳食の作り方を知っているか、若い魔術師団員が聞きに来た。

 エルンストはクラウスと椅子に腰かけて、ルウィージェスが用意した紅茶を飲みながら一息ついていた。

「ハハハ、そりゃ知らないよね。」

エルンストは笑って、離乳食作りを手伝い始めた。


 ルウィージェスは末っ子だ。しかも、一番年の近い兄ですら、2000年以上離れている。

 離乳食作りを見るのは神生(じんせい)初めてだ。

「エルンスト団長、離乳食に向いている野菜って何ですか?」

ルウィージェスは興味津々だ。

「幼児に味付けした食事は濃すぎるので、基本、甘味のある野菜を使います。こういう野営で使う野菜ですと、ニンジン、かぼちゃ、ジャガイモ、リンゴ、あたりでしょうか。」

そう言いながら、野菜箱の中から使えそうな野菜を選び出す。

「これを、屋敷にいる時はすり下ろしたりするのですが、こういう野営地では、使う器具は最低限にして、あと、やはり火を通した方が安全ですからね。焦がさないよう、ひたすら煮込んでいきます。」

そう言うと、伯爵家当主とは思えない程の慣れた手つきで野菜の皮を剥き、一口大に切り揃え、水を張った鍋に入れていく。手際が非常に良い。時々、屋敷の料理長と珍しい調味料を試しているのは伊達ではない。

 エルンストのこの趣味は、一般には知られていない。知らない若い騎士と魔術師は尊敬の眼差しで見ている。

「本当は、ザルなどを使って滑らかにした方が食べやすいのですが、野営地の場合は、逆に汚れが混ざる危険性の方が高いので、ヘラで潰した方が安全ですかね。」

 そう言いながら、柔らかくなった野菜を鍋の中に残るよう、器用に煮汁だけを捨てた。そして、ヘラで粒々が見えなくなるまで潰していく。

 エルンストが時々風魔法で野菜を冷やしているのをみて、ルウィージェスが【風魔法:冷微風】を唱えて冷やす手伝いをした。

 出来上がった離乳食は、一番小さい幼児に合わせてある。食器は、ルウィージェスが【妖精魔術:樹木】で滑らかな木材を用意し、【水魔法:木彫り】で器とスプーンを作り、【光魔法:光膜】で薄い膜を張りコーティングした。スプーンはエルンストが娘エヴァリン用に買った大きさと形を思い出しながら微調整した。

 幼児とは言え、ずっと威圧感のある空間で数日間過ごしている。かなり恐怖心と警戒心が植え付けられた筈だ。全く知らない人が近くにいるだけで、警戒して食べない可能性がある為、顔を知っている村人に離乳食を託す。


 その様子を見ていたケーニッヒ家兄弟とクラウスは、ちょっと反省していた。三人共、子持ちのパパだ。

 ザビーネがアダルベルトとウィルヘルムの横に立つ。二人はザビーネの弟だ。

「少しは、エルンスト団長を見習え。部下の心を掴むというのは、あういうことだぞ。」

「姉上…。」

二人とも、長姉の指摘が正論過ぎて、何も言えない。

 クラウスが座っている所からも、エルンストの様子がよく見える。

「こういう職務以外の事もそつなくこなすところで、差が出るのだろうなぁ~。」

 自分の部下の騎士たちからもエルンストは慕われている。こういう処なのだろうな、と残り少なくなった紅茶を飲み干し、クラウスは思った。

 クラウスも、エルンストが作る料理を何度か食べたことがある。お世辞抜きで旨い。兄オルトールドと同様に、クラウスの楽しみの一つになっている。食べる担当だ。作る工程を気にしたことはない。

 それじゃ、今度から少しは気にするか?と思ったが、ダメだ。興味がない。興味がわかない。

「まぁ、適材適所、ということで。」

クラウスはあっさりと諦めた。クラウスのモットーは『適度に反省する』だ。周りの評価は『適当に反省する』だが。


 洞窟内で、ルウィージェスが羽織(はお)る布を作り渡している、とはいえ、救助された村人の服はかなりボロボロだった。

 設営地に移動した今は騎士や魔術師たちが、自分と体形が近い村人に自分の服を貸しているので何とかなっているが、騎士らにも今後の予定がある。服を与えるわけにはいかない。

 そこで、ルウィージェスの【転移】でザビーネが魔術師団棟内にある購買部で服を購入することにした。その時、幼児のおしめも、近くの店で用意したかったのだが、この世界の夜は早い。

 魔術師団棟内の購買部の前で、二人して悩んでいた時、ルウィージェスはある事を思い出した。

「以前、州・領主は災害時に備え、ある程度の備蓄を持つことが義務付けられていると授業で学んだんだけど、その備蓄の中に、おしめって入っているの?」

 ザビーネは、その思いがけない質問に、記憶の中から『領主の義務』の項目を掘り起こす。同時に、自分がまだ領地にいた時に、親の手伝いで備蓄棚の整理をした時の事を思い出す。

「そう…ですね。あると思います。乳幼児の世話と看護は衛生問題上、かなり重要視されていますから。」

「それじゃ、姉さまに聞いてみよう。州領主だし。」

「宜しいのですか?」

「うん。」

そう言うと、ルウィージェスは【ゲート】を展開した。

「ちょっと待っててね。」


 数分後、ルウィージェスがザビーネを呼びに来た。

「おしめって色々な大きさがあるんだね。ごめん、選んでもらえる?」

ルウィージェスの年齢を思い出し、思わず笑みがこぼれる。


 ルウィージェスの後をついて行くと、初めて見る部屋に着いた。

「ここは州領都ハウゼンにある領主邸(マナー・ハウス)の備蓄部屋なんだ。」

「え?それではここは、ハインライテル州領なのですか?」

「うん。」

 ルウィージェスが扉を開いた。そこにはエムラカディアもいた。

「リリーエムラ公爵閣下、このような時間に大変申し訳ございません。」

ザビーネは慌ててカーテシーで挨拶をした。

「構いませんよ。ルウィージェスから話は聞いています。村人を数人とはいえ、救出できたと聞いて嬉しく思っております。幼児が5名含まれている、と聞きましたが、生後何カ月くらいか、分かりますか?」

 ザビーネは、全員が離乳食を始めていたこと、強すぎる恐怖を受けた為か、体が強張り、座らせることは出来なかったが、村人が与えた離乳食は問題なく完食した為、それなりに離乳食の経験があると思われること、そして、離乳食を与えている時の様子から、一番幼い子でも首はしっかりと座っていると伝えた。そして、かなりしっかりと手足を動かすことが出来る子もいたため、生後6か月以上から生後10か月程度の間と思われ、少なくとも、1歳未満であるのは、ほぼ間違いない、と伝えた。

 その話を聞いたエムラカディアは、

「なるほど。直ぐに村に帰れそうですか?」と聞いた。

「いえ、村は壊滅的な被害を受けました。また、多くの村民が村内で亡くなった為、村の片付けにしばらくかかると思われます。ですので、我々は一旦村人たちを王都へ避難させ、落ち着いた頃にどうするか、聞こうと思っています。ただ、生き残った成人は5名のみなので、幼児5名と未成年8名は、施設に入ることになるかと思っています。」

 エムラカディアは少し考え、ザビーネに伝えた。

「子どもの成長には個人差がありますからね。それでは、生後6か月から1歳までの男女分の緊急時用おしめを1か月分持たせましょう。あと、替えの服も、ですね。お尻拭き用の紙を一応持たせておきましょう。精神が不安定な時は、魔法の威力が安定しませんからね。生活魔法とはいえ、安全を期して損はありません。王都の教会孤児院には明朝連絡を入れ、話が直ぐに通るようにしておきます。それと、未成年の中に月経を迎えている女児はいそうですか?成人女性の分も必要でしょう。」

「あ、はい。あ、ありがとうございます。」

エムラカディアはテキパキと袋に品物を入れていく。

「姉さま、ありがとう。」

エムラカディアはルウィージェスの頭を撫でながら言った。

「最善を尽くしなさい。」

「はい!」

 ザビーネは深く礼を言い、ルウィージェスの【転移】で一旦宮廷魔術師団棟の自分の執務室へ戻った。

 村人救出の件と王都での避難生活に関する依頼を出しておく必要があるが、もう夜も更けている。

 魔術師団秘書アネカセに、出勤後に騎士団副団長フィンと王城へ(したた)めた手紙を届けるようメッセージを残し、設営地に戻った。


 それぞれに服を渡し、年齢的に月経周期があると思われる女性たちにはザビーネがこっそりサニタリー用品の入った袋を渡した。

 そして大人たちに、幼児たちのおしめの交換と着替えを渡した。ごみは後でまとめて燃やす旨を話し、緊急時用おしめは使い捨ての為、袋に入れておくよう伝えると、使い捨てのおしめの存在に驚いていた。


 村人たち用に用意したテントから戻ったザビーネは、リリーエムラ公爵からの援助の件を、クラウスとエルンストに報告する。

「この時間、開いている店はなく困っていたところ、ルウィージェス様が州領主に課されている緊急時備蓄の件を思い出し、公爵閣下に頼んで下さったお陰で、この時間にも関わらず、これだけの準備を整える事が出来ました。」

 詳細を聞いたクラウスは少し考え、エルンストの方を向く。

「後で、兄…宰相閣下に伝えておく。これは国から礼をすべき案件だろう。」

「同感です。」

エルンストも頷いた。

 またザビーネは、村人避難に関する依頼を(したた)めた手紙を魔術師団秘書アネカセに残してきた旨も伝えた。


 そして、最大の懸念案件、今回のゴブリン襲撃の規模だ。

 団長、副団長、副官の皆が集まり、ウィルヘルムから『鳥の森』での状況と、ルウィージェスとカリンから洞窟内での状況を聞き、皆、一様に頭を抱えた。

「状況からして、『鳥の森』はひと段落付いた、と考えて良いだろう。数も300匹程度だったらしいし、我々も『鳥の森』から流れるウール川沿いを下ってきたが、上流へ向かう群れは見かけなかったしな。」

とクラウス。

 『鳥の森』に寄っていた為、洞窟戦の詳細を知らないウィルヘルムが聞いた。

「ルウィージェス様とカリン様は、洞窟内で上位を全てと、2700匹を超える下位ゴブリンを倒したが、まだ、中には同等数もしくはそれ以上の下位ゴブリンが残っている。そして、クラウス団長たちは、洞窟の外で、洞窟に戻ってきたゴブリンを倒したのですよね?その数は、だいたいどの程度だったのでしょうか?」

 クラウスは少し考え、言葉を選びながら答える。

「あくまでも、洞窟に戻ってきた群れだけ、で言うなら、その数は100匹程度だった。それ以外に、村を片付けている時に討伐した数が100匹くらいにはなる。更に言えば、今朝、結界外周には500匹をはるかに超えるゴブリンが感電死していた。」

ウィルヘルムは、その数に思わず唾を飲み込んだ。

「今回、洞窟内で倒した数だけで2700匹以上。そうなると、村を襲ったゴブリンも同じ群れなのか、…いや、同じ群れと考えていいのか、そこを悩んでいる。」

 クラウスは腕を組み、苦虫を嚙み潰したような難しい顔をしている。

「今までの経験では、ゴブリンの群れは、大きくても300程度。500匹の群れの報告も過去にあったかどうか。しかし、あの洞窟内の営巣地は、殲滅分約2700匹とまだ残っている分だけで、最低でも5400匹を超える群れだったと考えられるわけです。一つの群れとしては大き過ぎるのです。今朝感電死していた分、村を襲った分も、あの洞窟内を営巣地としていたゴブリンなのか、それとも、他の営巣地のゴブリンだったのか、」

 エルンストもクラウスと同じ件で悩んでいた。

 第39話では、洞窟内で奇跡的に生き残り、保護できた村人を連れて戻ってきたら、ゴーレムと馬車でひと騒動が起こってしまいました。

 同時に、洞窟内の状況を説明したら、皆の脳が理解を拒否しました。

 それでも、現実逃避は出来ません。現実を受け入れるしかありません。

 がんばって状況を理解し、健気に洞窟内のゴブリン殲滅方法の検討会を始めます。


さて、第一章第40話も引き続き、大規模洞窟内営巣地殲滅戦が続きます。

来週5月2日(土)20:00公開予定です。

第40話 「ゴブリンの襲撃⑤―洞窟内の大規模営巣地④―」

来週もよろしくお願いいたします。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


つき 千颯ちはや 拝

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