第38話 「ゴブリンの襲撃③―洞窟内の大規模営巣地②―」
王国騎士団、団長クラウス・フォン・シューバート子爵だ。
ルウィージェス様とカリン様が洞窟に入るのを見送った後、俺たちは村の後片付けをしていた。
この村は王都から徒歩でも1日強の距離。王都に出稼ぎに出ている者も多いだろう。王都などにいて難を逃れた村人たちに少しでも遺品を渡してやりたいと思ってな。同時に、襲撃を受けた時の推定村人人口も調べる必要もあるし。
それで、破壊されつくした建物の残骸を片付けていたのだが、正直、かなり堪える光景だった。
残骸の陰には多くのゴブリンが残っていたのだが、そいつらは、村人を喰っていた。俺も騎士団に入団して以降、救出に向かった村人や冒険者が動物や魔物に喰われている光景は結構見てきた。何度見ても慣れるものではないが、今までここまでではなかった。今回は、…今回の、この数は流石に堪えた。
日数も経っているから、臭いも凄かったしな。
スノウ・フォックスのニックスは鼻が利くからな。少し離れたところから近付いて来なった。そりゃ、無理だよな。
ゴブリンが神獣を襲うとは思えないが、ニックスはまだまだ小さいからな。結界内の設営地で留守番させたよ。
母狐のミルは、俺たちを手伝ってくれた。母は強いな。鼻、辛かっただろうに。
ゴブリンは死体を食べるというのは聞いていたが、あれ、本当だったのだな。森などで死んだ冒険者の遺体を見つけるのは難しいと聞いたことがあったが、ずっと、狼とかの獰猛な動物や魔物に引きちぎられるから見つけにくくなる、と思っていたのだが。今回のでよくわかった。見つけにくいのではなく、本当に見つからなかったのだな。ゴブリンがいない場所の方が少ない。間違いなく、ゴブリンに喰われることの方が多かったのだろう。
ゴブリンが武器を奪うというのも聞いていたが、村を襲ったゴブリンが、実際に村にあった農機具などを使って反撃してきたのを見て、よくわかったよ。
ゴブリン、あいつら、あれでそれなりに知能、持っていやがる。
そう言えば、『鳥の森』は、あんなに自然豊かで動物も魔物も多いのに、ゴブリン、いないな。何故だろう?
ルウィージェスとカリンは洞窟の中に入り、洞窟内から外にゴブリンが出ないよう、ルウィージェスが結界を張り直す。
先程洞窟の外から風魔法で確かめた通り、少し入った所、距離としては3m程度からか、左右の壁に複数の通路の入り口らしき窪みが、ずっと奥の方まで確認できる。もしこの窪みが全て通路の入り口だとしたら、かなり厄介な存在だ。まず、広範囲魔法は通路の奥まで届かない。もし、通路が全て繋がっていたら、簡単に後ろを取られる。自分たちの安全保全の為にも、全て潰しておきたい。
洞窟の中は、暗めではあるが、予想以上によく見える。採光が取れている証拠だ。天井や壁に細かい隙間があると思われる。これだけ明るければ、【光魔法:明かり】は必要ない。
それにも関わらず、外で異臭を嗅ぎ取れる程の臭気が充満している。結界がなかったら、数分どころか数秒も耐えられなかったかもしれない。つまり、それだけゴブリン密度が高い、ということだ。
ゴブリンは魔力を殆ど持たないが、だからといって、魔力を感じないわけではない。下手に感づかれて騒がれても面倒だ。神術で探査をかけることにした。
改めて神術でより詳細に確かめると、複数の経路が確認できるが、その多くが行き止まりになっていた。通路の中に多くのゴブリンの姿を≪神術:探査≫が捉えている。この辺りは下級兵たちの部屋なのかもしれない。
神術を使っての殺生は、上級神のルウィージェスでもできない。魔力の気配に気づかれないよう、最小の魔力で最大の効果を出す【土魔法:飛礫】で倒すことにした。温度変化を伴う魔法は、ゴブリンに気付かれる可能性がある。なるべく使わない方向でいきたい。
今回の掃討戦での最大の問題は、洞窟内のゴブリンを半数は残さなければならない、という点だ。全てを片付けてしまうと、神族として過干渉になってしまう。上級神のルウィージェスとはいえ、神族としての規則は守らなければならない。騒がれた状態で、初級レベルの魔法だけで外に残る騎士等が倒せる数を残すのは、流石のルウィージェスでも難しい。
奥に進むにつれ、≪神術:探査≫が捉えるゴブリンの数も目視できる数も増えていく。しかし、ゴブリンに声を出す隙を与えず、ルウィージェスは【飛礫】で倒していく。ゴブリンの体液は強烈な臭いを出すため、あえて貫通させない程度に威力を抑えつつ、しかし、確実に葬っていく。
後ろから来られても面倒だ。≪神術:探査≫が捉えた部屋と思われる通路内にいるゴブリンは凍らせて砕き、そのまま蒸発させた。勿論、【逆流風魔法:音吸収】で消音も忘れずにかけてある。音は消せるが空気に乗る温度、厳密にいえば水蒸気の温度の変化は初級魔法では抑えられない。しかし、細い通路内でなら、周りに温度変化を感じ取られずに済むだろう。
【土魔法:飛礫】で倒したゴブリンの数が200を超えようとした時、奥の方から咆哮が響いた。異常、つまり、自分たちの存在を感知したかもしれない。咆哮が聞こえてきた方から複数の足音が近づいてきたと思ったら、ゴブリンが窪みからわらわらと湧いて出てきた。しかし、ルウィージェスは大量の【飛礫】で全て瞬殺し、滅して行く。
目の前の大量のゴブリンの死骸を見て、ルウィージェスなりに思うところがあり、カリンに念話で問いかけた。
『ゴブリン、残しておくと帰りが大変か。それに、騎士団は倒した数を確認する必要があるよね。』
『ある程度、…目安程度には。王城への報告に必要かと思われます。』
『それじゃ、』
そう言うとルウィージェスは【時空間魔法:保管庫】を発動させ、高さ1m直径50cm程度の筒型の『保管庫』を作り、【風魔法:吸収】で一気に今まで洞窟内で倒したゴブリンを引き寄せ、保管庫に放り込んでいく。保管庫の中は空間袋のように拡張してある。10万匹いても全く問題ない容量がある。
この洞窟営巣地の主は異常に気付いたようだが、まだ確証は得られていないようだ。その証拠に全ての下位ゴブリンが動員されたわけではない。一応、魔力が悟られないようにしておいても、無駄にはならなそうだ。
保管庫を後ろに浮かべ、そのまま進み始めた。更に奥に進むと、今度は少し大きめなゴブリンが出てきた。どうやら、この辺りからまとめ役が棲むエリアになっているようだ。
倒したゴブリンは全て【吸収】で保管庫に放り込んだ。
≪神術:探査≫が大きな空間を捉え、今までとは違うゴブリンの存在を伝えてきた。
状況を確認するため、ルウィージェスとカリンは足を止めた。
カリンは、先方から、今までとは違う力を持つ存在を感覚で捕らえた。
カリンの緊張が高まったのを確認したルウィージェスは、慎重に≪神術:探査≫を流した。
この先に少し広い空間があり、今までのゴブリンを3倍程大きくしたゴブリンが3体確認できた。上位ゴブリンと思われる。大きさから、入り口でかけた風魔法が一番初めに確認した強めのやつがこの3体だったようだ。
しかも、≪神術:探査≫が伝えてくる情報によれば、3体の上位ゴブリンは鎧を身に付けている。
ルウィージェスは自分に【魔導王魔術:スキル付与】をかけ、スキル【情報解析】を取得した。そして、【水魔法:鏡】で対象魔物を映し、スキル【情報解析】を発動させた。
「カリン、あのでかいの、軍曹だって。あそこには3体いるけど、奥にもう数体いるみたい。」
「これだけ大きな営巣で、軍曹級が3体で終わる筈がありません。」
カリンは頷きながら答えた。
ルウィージェスは少し強めの【風魔法:風槍】で喉を突き刺した。
軍曹3体は声をあげる間もなく絶命し、倒れきる前に【風魔法:吸収】で保管庫に放り込んだ。
血一滴も落とさず、大きな音も立てずに済んだ所為か、騒ぎ立てるものも、訝しがるものも現れなかった。
広い空間の奥に通路が4つあり、その全てから多数の気配が伝わってくる。そして、強い気配も複数感じる。
『左側からは、数は多いけれど、強い気配が一切しないね。何となく、生活空間っぽい感じがする。左側は騎士たちに任せようと思う。強い気配があるのは右側だけだね。でも、数としては、その隣の方が少しだけ多い。どっちから行った方がいいかな?』
『一番右側です。基本的に、強い者が指示を出しますからね。指示を出す者を先に倒した方が、今回のように兵隊が多い場合は、後が楽になります。弱いゴブリンとは言え、これだけの数です。真っ先に統率力を削ぐ方が安全でしょう。』
『ありがとう、一番右に行こう。』
ルウィージェスは広い空間に生物反応がないことを再度確認し、一番右側に進んでいった。
ここはほぼ強い気配しかない。弱い気配は、全くないわけではないが、本当に少ない。どうやら、ボス級の上位ゴブリン用の通路のようだ。
しかも、先程までの通路と異なり、大きな窪みが多く、ある意味ボコボコしており、壁が滑らかではない。惑星エムラにおいて高身長に入るカリンでも、身を隠せる場所が多くなっている。ルウィージェスとカリンとしては有難い。
少し先に先ほどよりも大きな空間があり、倒した3体の軍曹と同じくらいの生体反応を3つ認めた。
ただ今回は、ルウィージェスたちがいる場所からその空間に行くには、角を曲がる必要があり、その角の先が広い空間になっている。下手にホーミングで魔法を飛ばせば、魔力の気配を察知されるだろう。だからと言って、殺傷に神術は使えない。
ルウィージェスは念話でカリンに伝える。
『ちょっと角度が悪すぎる。物理で行こう。』
『はい。』
ルウィージェスもカリンも神術で結界を張っている為、今のところは気付かれていない。
カリンが先頭に立ち、タイミングを計る。カリンの合図と共に、ルウィージェスも部屋に突入した。
カリンは長剣で軍曹2体をあっという間に片付け、ルウィージェスも両手に短剣を構え、瞬時に頭の上まで飛び上がり、延髄を刺して絶命させた。
そして、完全に倒れきる前に保管庫へ3体まとめて放り込んだ。
その空間は行き止まりだった。近くにゴブリンの気配がない事を確認し、通路に戻ろうとした時、地響きがした。
一瞬二人は構えたが、どうやら二人の気配に気付いた訳ではなく、単純に移動しただけだったようだ。
カリンを先頭に窪みに身を隠しつつ進んでいくと、また角の先に広い空間があった。先ほどの地響きの主がいるようだ。
ひと際大きな窪みに身を隠し、神術で先を確認していたカリンが念話で伝えてきた。
『巨体が2体いるようです。』
『あの地響きの主級が2体か。しかも、角度最悪。もう少し先に、さっきの咆哮の主がいるから、そこにいるのは将軍級かな?』
『この強い気配は、将軍級に相応しいかと。先ほどの軍曹とは格が違います。』
『部屋自体はそれほど広くないから、ぼくたちが移動できるスペースはそう多くはなさそう。気を付けて。』
『分かりました。それでは、』
カリンが踏み込んだ。ルウィージェスは一旦立ち止まり、スペースを確認する。上に空間はあるが、左右は少ない。部屋自体はそう狭くないのだが、2体が大きいのだ。
スキル【情報解析】で確認すると、やはり将軍と出た。
2体とも、突然現れたカリンの方に意識が向いている。ルウィージェスは跳躍して上から飛び込んだ。
先ほどの軍曹より図体がでかいのに動きは機敏だ。将軍まで進化したのは伊達ではない。
軍曹より防護力の高い鎧を身に付けていた。延髄の部分が鎧で保護されている。咄嗟に喉に狙いを変更する。流石に一撃とはいかなかったが、将軍は両利きではなかったようだ。壁に動きを阻まれたことも幸いした。二撃目で気管を切り裂くことに成功し、呼吸困難で絶命した。
カリンの武器は長剣。利き手側に幅がなかったため苦慮したようだが、それでも、ルウィージェスが決める数秒前には同じく気管を攻め、絶命させた。
大きな音を立てる前に保管庫に放り込んだが、多少不自然な音は出てしまった。
とはいえ、もう、この洞窟の主は、自分たちの存在に確実に気付いている。今更だ。
咆哮が響き、続いて複数の足音がこちらに向かって来ているのが分かった。だが、軍曹より弱そうだ。どちらかと言うと、最初の方に倒した、少し大きめのゴブリンの大群といった感じだ。
ルウィージェスは念話でカリンに伝えた。
『もう、不審者の侵入はばれているから、【飛礫】で一気に片付ける。咆哮の主が王なのは確実だし、距離も200メートルない。カリンは王を頼む。ぼくは側近を片付ける。』
『分かりました。ルウィージェス様もお気をつけて。』
『うん。それじゃ、行こうか。』
今度はルウィージェスが前に出て、【飛礫】で大量に滅して行く。流石に王の近衛だけあって数が多い。しかし、あえて貫通させない程度に威力を抑えるとはいえ、魔導王の【飛礫】の数と威力と飛翔軌道の正確度の前では烏合の衆。何もできずに倒れていく。
敵が前からくるため、保管庫を自分より少し前に動かし、どんどん放り込んで、道を確保する。
魔導王ルウィージェスの【飛礫】の命中率は100%。飛ばした【飛礫】の数がそのまま倒したゴブリンの数だ。将軍を倒して以降、ここにきて発射させた【飛礫】の数は優に300を超えている。それでもまだまだ出てくる。
【飛礫】の数が600を超えた時、いわゆる王座の間と呼ばれる所なのだろう。将軍が小さく感じる程の大きな躯体が、玉座と思われる、大量の装飾品がぶら下がった椅子に座っていた。装飾品は明らかに、過去に襲った村々から奪ってきた人工物だ。
ゴブリン王が咆哮を上げた。
王の左右に立つ将軍級のゴブリンも、怒りを露わにしている。目の前で自分の部下が倒されていくのを見て、怒っているようだ。
スキル【情報解析】によって、王と将軍であると確認が取れた。
しかしルウィージェスは全く別なことに意識を集中させていた。
ルウィージェスもカリンも神術で結界を張っている為、直接鼻腔で臭いを感じ取っているわけではない。しかし血の気配は分かる。
この部屋には大量で濃厚な血の気配が溜まっているのだ。明らかにゴブリンの血ではない。それは、今まで大量に倒してきたから分かる。
カリンに念話を送った。
『村人がいるかもしれない。』
『了解です。』
部屋に残る近衛ゴブリンも残すところ200匹程度。ルウィージェスは一気に【飛礫】で倒し、保管庫に放り込む。
既に王座の間には近衛ゴブリンは残っていない。
残っている大物は、ゴブリン王と、左右にいる側近将軍の2体のみだ。
ルウィージェスは、濃厚な血の気配が将軍の後ろの方から流れてきている事に気付いていた。
現在のルウィージェスの体格は、人族でいうと8歳程度でしかなく、体重も相応でしかない。よって、これ程大きな魔物を相手に短剣ではリーチの長さを考えても分が悪い。
先ほどの部屋は将軍2体には手狭だった。ルウィージェスたちの動きも制限されたが、将軍2体も同じく、動きが制限されていた。だから、何とかなった。だが、ここは広い。将軍2体の動きを制限するものは何もない。
しかも、前の部屋にいた将軍と同様、ほぼ全身を鎧で守っている。狙うとしたら目の周り、口周り、そして少しだけ出ている頸部のみ。
なるべくなら王を中心に左右にいる将軍を同時に倒したい。しかし、強い魔法はカリンの動きを阻害してしまう恐れがある。殺生に神術が使えないカリンは、剣の技術だけで王を倒さなければならない。出来る限りカリンの周辺の空気を乱さない方法で倒したい。
ルウィージェスは【時空間魔法:複合空間トンネル】を唱え王の左右に立つ将軍の両目の前と自分の両手の前に小さなゲートを出した。そして、逆走火魔法と水魔法の【混合魔法:六方小剣】と火魔法、水魔法と風魔法の【混合魔法:蒸気】を、初級の範囲内だが、少し多めの魔力を込めて両手同時に発動させ、ゲートに投げ入れた。
【六方小剣】は「六方手裏剣」の様な形をした小型で薄い円盤に刃を6つ付け、回転しながら飛んでいく氷刃だ。
ルウィージェスの手元から投げられた、キンキンに冷え鋭い6つの刃を持つ【六方小剣】が2体の将軍の両目の前に設置された【時空間魔法:複合空間トンネル】のゲートから高速回転しながら飛び出し、2体の将軍の左右両方の、目からこめかみまでざっくりと切り裂いた。その直後に同じくゲートから飛び出してきた【蒸気】が傷口ごと顔の側面を溶かした。眼窩のすぐ後ろには大脳と脳の中枢を守る部位が存在している。ここに大量の蒸気が侵入したのだ。2体の将軍は一瞬だけ声を上げたが、ほぼ声を上げる間もなく絶命した。
自分の左右であっという間に側近が倒された事に驚いた王は、カリンの前で隙を見せた。カリンがその隙を逃すわけがない。
決着はあっけなく付いた。
倒した将軍を確認するため近づいたルウィージェスは、足元に大量の骨と遺体の一部と思われる物が散乱しているのに気付いた。
将軍を倒す方法を考えた時、我ながらエグイな、と思ったルウィージェスだったが、大量に散らばるそれらから流れてくる残留思念から生きたまま喰われたと分かり、代償には程遠かったな、と神族らしい感想を持った。
将軍2体と王を保管庫に放り込んだ。
そして、再度【時空間魔法:保管庫】を唱え、犠牲となった村人たち用の保管庫を用意した。ルウィージェスとカリンは黙とうをし、そして、二人で一つ一つ、手で拾い集めた。
将軍2体と王の周りに散乱していた遺骨と遺体の一部を全て拾った後、まだ生きている村人がいないか、周りの気配を探った。
すると、天井からぶら下がる大量の布で気付かなかったが、まだ先に扉があることが分かった。
≪神術:探査≫でも、カーテンの裏には生命反応はなかったが、念には念を入れておく。まず、カリンが大量の布を切り裂き、床に落とした。確かに布の後ろに隠れているものはいなさそうだ。
扉の傍によって耳を立てる。生命反応はあるが、殺気などは感じない。
二人は壁を背にし、ルウィージェスが勢いよく扉を風魔法で開き、カリンが剣を構えた。
二人の目に飛び込んできたのは、五体満足なのは自力では歩けない乳幼児だけで、他は、全身傷だらけで、息も絶え絶えで、足を失った村人たちだった。
ルウィージェスは部屋に飛び込み【回復魔法:エリアエクストラヒール】を唱えた。
ルウィージェスの【回復魔法:エクストラヒール】は瀕死の状態から完全回復させるのだが、数人は間に合わなかったようだ。それでも、生き残った村人は全員、欠損部位も含めて回復した。
生き残っていたのは、乳幼児5名、未成年8名、成人5名だけだった。
ルウィージェスは、生き残った人たちの中で、一番年上と思われる女性に声をかけた。
「お話し、出来ますか?」
女性は全身で震えていた。とても話せる状態ではないため、微量の神力を流した。神力には鎮静作用がある。
震えが大分落ち着いたのを確認し、もう一度、同じ女性に声をかけてみた。
「お話し、出来ますか?」
女性が頷いた。
「ぼくたちはゴブリン襲撃の情報を得て、王都から来ました。外では騎士たちも待っています。」
「た…、助かった…?」
「はい、まだ巣の中には大量のゴブリンが残っていますが、強いゴブリンは王を含めて全て倒しました。」
「かえ…帰れる…の…?」
「ぼくたちが、あなたたちを無傷で外に連れて行きます。」
残った村人たちにも話は聞こえていた筈だが、まだ緊張を解けずにいた。
ルウィージェスはカリンが部屋に入ると同時に結界を張り、村人たちの安全を確保した。
ゴブリンに襲われ、5日間も閉じ込められ、その挙句に足を切断されて大量出血した後だ。ルウィージェスは皆に【生活魔法:清潔】をかけ、床に広がる血痕も【光魔法:消去】で綺麗にし、【光魔法:空気清浄】で籠った様々な異臭を消した。
全員の服が酷く破られ、ボロボロになっている。
一瞬、外の壁から大きめの布を調達しようかと考えたが、自分たちを襲ったものが集めたものだ。心情的にもそれで身を包みたくないだろう。流石に止めておく。
ルウィージェスはアイテムボックス内で『大気と緑の権限』を発動させ、太い糸を作り出した。そして、『全魔法の権能』の発動と風魔法の混合魔法【創造魔法:織物】を創造し、横幅1.5m、縦1mのブランケットを5枚、縦横1mのブランケットを8枚作り、肩からかけた。そして乳幼児を包む布を5枚作り、カリンと二人で乳幼児を包んだ。
子どもと大人には、アイテムボックスから水樽とコップを取り出し、皆に水を飲ませた。
水を飲むと、少し緊張が解れたのが分かった。
ルウィージェスが王都で村が襲撃されたのを確認してから5日が経っている。乳幼児以外の13名は皆、足を切られていた。相当量の出血があったにも関わらず、生きていたということは、まだ、足を切られてそれほど経っていない筈。
それでも、襲撃後すぐに捕まっていたら、最低でも5日間は、おそらく飲まず食わずでここに閉じ込められていたと思われる。いや、水は与えられていたかもしれない。とはいえ、数人は既にこと切れていた。仲間が次々に死んでいくのを間近で見ていた。いや、見せられていた。
その心労は如何ほどのものだっただろう。想像がつかない。
空腹期間約5日に加え、極限の心労とショックとで、胃は何も受け付けないだろう。
だが、何か食べて貰わないと動かせない。少しでも何か胃に入れて、栄養を取って貰う必要がある。
ルウィージェスは数房のぶどうを取り出し、水魔法で洗い、適当に分けて皆に渡した。乳幼児が食べられるようなものは用意していなかったため、ぶどうを絞って糖分と水分補給代わりとした。
子どもと大人は、まだショックの中にいる。カリンが乳幼児にぶどう水を与えた。
皆、ぶどうは受け取ってくれたが、しばらく放心状態が続いていた。
しかし、時間の経過とともに、心労とショックより、空腹の方が勝ったようだ。
もしかしたら、助かったと脳が認識したことで、生存本能によって空腹を自覚したのかもしれない。
一人また一人と、ぶどうを一粒、口の中に入れる者が出てきた。
緊張しながらも胃の中に物を入れたことによって、少しずつ落ち着いてきたようだ。
帰りも、下位とはいえ大量のゴブリンを倒しながら進むことになる。しかも大所帯になった。ここまでの距離を考えると、それなりに時間がかかる。
何らかの輸送方法が必要だ。一番安全に全員を運べるのは、やはり馬車だろう。
ルウィージェスは【土魔法:土塊】で大量の土を作り、ちょっと考えてから、未加工のエーギグの蔓を取り出した。
そして『錬金の権限』を発動させながら【土魔法:ゴーレム】を創造し唱えた。すると、エーギグの蔓が関節となり、人型のゴーレムが現れた。
続けて【土魔法:土塊】で再度大量の土を作り、未加工のエーギグの蔓と数本の木材をアイテムボックスから取り出し、【創造魔法:馬車】を創造し、全員が乗れる大きさの馬車を用意した。座席は扉以外の側面に沿って設置し、全員が座れるように作ったため、少し長めの馬車になっているが、右側2通路に限定すれば、狭くクネクネした通路は、≪神術:探査≫でも、確認できていない。問題にはならないだろう。
ルウィージェスが準備をしている間、ぶどうを食べていた皆が驚き、手を止めてしまったが、カリンが先ずはぶどうを食べるよう促していた。
カリンも微量な神力を放っていた。村人たちが多少の驚きで済んだのも、そのお陰だ。助かった者の中には未成年が8名いる。下手に興奮して大声を出さないようにする目的もある。
皆、ちゃんとぶどうを食べ終えることができた。乳幼児の顔色も、少し良くなっていた。
「これから外に向かって移動するけど、まだ大量の下位ゴブリンが残っているから、皆はこれに乗っていて欲しい。」
先に馬車に乗り込んだのは子どもたちだ。微量の神力を浴びて、すっかり落ち着きを取り戻し、子どもらしい好奇心が復活したようだ。
その様子をみるカリンの表情も、少し穏やかになっている。
大人たちはまだ少しショックを引きずっているように見える。だが、外に出られる、生きて帰れる、という言葉が現実味を帯びてきたからだろう。大量失血によるものと思われる多少のふらつきは認めるが、足には力が入っている。
一旦ルウィージェスは入り口にかけてある結界の外に出て、結界の前にいた、他の場所から移動して来た雑魚ゴブリンを片付け保管庫に放り込み、カリンが切り落とした布切れを大量に持ってきた。そして、【生活魔法:清潔】を唱えて布切れを綺麗にし、その上に乳幼児5名を乗せた。滑り止め目的だ。
一瞬、創造魔法で新しく布を作ろうかと思ったが、先程とは状況が異なる。もう村人たちはかなり落ち着いている。羽織るのは無理でも、滑り止めに使うなら、大丈夫だろう。
実際に使ってみたが、村人から拒絶反応は出なかった。
ルウィージェスは、最後の工程、ゴーレムと馬車をつなげた。
全員が馬車に乗り込んでいる。馬車は『結界魔石』で守られてはいるが、ゴブリンが襲ってくる様子を見るのはまだ無理だ。全く外が見えないのも不安だろうと思い馬車に窓を付けたが、今はまだ早い。布をカーテン替わりに付けて、外の様子が見えないようにしてある。
準備は整った。子どもたちも静かにしている。
「カリン、足音がだいぶ近づいてきたね。」
「はい、あれだけ強い王の威圧感が消えたのです。雑魚でも気付きますね。」
カリンは苦笑しながら答えた。
「あとは殲滅だけだ。皆の為にも、もう少し倒していこう。流石に、この数は人族には負担が大きい。」
右側の通路2つは広間に直結していたが、左側の通路は広間と直結していなかった。広間から左側に続く通路があり、その先に2つの通路の存在が≪神術:探査≫で確認できる。
左側の通路のゴブリンは過干渉にならないよう、手を出すわけにはいかない。広間から左側に続く通路の前に結界を張った。これなら、ついでに後ろからの攻撃も防げる。一石二鳥だ。
来るときは一番右側の通路を通って来たが、帰りは一つ隣の通路を通る事にした。
この通路は、来るときに通った通路以上に大きな窪みが多く、広く展開する魔法は、どうしても窪みに阻まれてしまう。時間はかかるし面倒だが、【飛礫】で根気よく片付けるのが、一番確実な方法だ。
王と将軍が放つ強大で圧倒的な気配が消えた以上、下位ゴブリンでも魔力を感知するだろうが、左側に続く通路には結界を張った。魔力を感知されても問題ない。ひたすら大量の【飛礫】と【回収】で遭遇するゴブリンを倒し保管庫に放り込む。
カリンは窪みの陰から飛び出してくるゴブリンを剣で片付けていく。結界にぶつかる音はどうしても出てしまう。まだ生き残った村人たちにこの音を聞かせるわけにはいかない。耐えられないだろう。だから、ゴブリンが結界にぶつかる前に片付ける。もちろんそれも回収する。
この道には、洞窟入り口で見かけたような、脇に行き止まりの通路はない。いるのは少し大きめなゴブリンだけで、一般によく見るサイズのゴブリンはいない。だが、少し大きいだけで、特に強くなっている感じはない。
強くない雑魚でも数が多い。数で圧倒されれば、流石のクラウスたちでも対応は難しい。彼らの安全保全のためにも、もう少し下位ゴブリンを片付けておく必要がある。王を倒してから、既に600発以上の【飛礫】を放っているが、まだまだいる。
少なくとも、下位ゴブリン4割は片付けておきたい。1割は上位ゴブリン、4割を下位ゴブリンと考えれば、神族の規定には触れないだろう。
人が対応できる数には限界があるが、今回は加護持ち二人と眷属が一人、そして神鳥一柱と神獣親子二柱が同行する。左側に手を付けたら、完全に過干渉になる。
左側にある2つの通路には、大量のゴブリンの気配がある。右側で倒した数より少し多い。だが、大きな気配はない。しかも、天井は右側と比較すると、かなり低い。あの高さなら軍曹級も入れないだろう。
強いのがいなければ、神鳥と神獣が同行する彼らで十分対応できる。万が一多少強いのがいても、剣の魂を持ち神獣の加護を持つクラウスと、術の魂を持ち神鳥の加護を持つエルンストで対応できる。問題ない。
王の強い気配がなくなったからだろう。途中で何度か弱い残留思念を感じることができた。見つけ次第全て拾い集め、村人用の保管庫に入れる。
帰り道、軍曹級は確認できなかった。この営巣地の軍曹は6体、将軍が4体だったようだ。営巣地の規模と下位ゴブリンの数の割には上位種の数が少ない。長い時をかけて増えた団体ではなさそうだ。
そうなると爆発的に増えた理由が気になるが、それは追々考えればいい。
見覚えのある道に出た。一番初めに軍曹3体を倒した場所だ。
行くときは一番右側を進んだが、帰りは、右から二番目のドアから帰ってきた。通路半分は制圧したが、下位ゴブリンの数としては、左側2通路の方が多い。これなら、過干渉にはならない筈だ。
ルウィージェスは村人たちに声をかけた。
「あと数分で外に出られるよ。」
中から安堵の声が聞こえた。
カリンが洞窟の中から外を確認すると、外でも殲滅戦があったようだ。しかし、騎士団と魔術師団に大きな被害は見られない。
まずカリンが外に出て、周りを確認した。カリンに気付いたのはクラウスだった。
「カリン様、ご無事で!」
「クラウス団長、ありがとうございます。只今戻りました。今、ここは安全ですか?」
「はい、既にこの洞窟に戻ってきたゴブリンは全て片付け終わっています。今は、後片付けをしているところです。」
「よかったです。実は、奥で生き残った村人を保護しました。」
そう言うと、カリンはルウィージェスに安全を確認できた旨を伝えた。
ルウィージェスと共に出てきたのが大きなゴーレムと馬車だったため、周りにいた騎士等からざわめきが起こった。
まだ中に大量の下位ゴブリンが残っている。ルウィージェスは、左側に続く通路に張った結界を解き、入り口に結界を張り直した。
第38話では、ルウィージェスとカリンが洞窟内に入り、ゴブリン討伐を行います。ひたすら【土魔法:飛礫】を打ちまくってゴブリンを倒していきますが、ルウィージェスとカリンは神族なので、全て倒すと過干渉になってしまいます。過干渉にならない程度に残す必要があります。
ルウィージェスは魔導王。正直、この程度のゴブリンなら簡単に殲滅できます。
しかも、殺生に神術は使えません。
一番大変なのは、制約下で過干渉にならないように倒す事にほかなりません。
さて、次回の第一章第39話以降もしばらくは、大規模洞窟内営巣地殲滅戦が続きます。
来週4月25日(土)20:00公開予定です。
第39話 「ゴブリンの襲撃④―洞窟内の大規模営巣地③―」
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




