第31話 「惑星カティアス降臨までの日々②―神の模擬戦―」
宮廷魔術師団団長のエルンスト・フォン・フォーゲル伯爵です。
まさか、武神様に直接鍛えられ、武神様直伝の技を身に付けたルウィージェス様とカリン様の模擬戦を拝見できる日がくるとは。
この気持ちをどう現わしたらよいのか。自分の語彙力の足りなさを痛感しています。
体格の差から、二人の戦い方は全く異なっていましたが、共通していたのは、その美しい剣筋です。今まで、素晴らしい剣捌きをする方などはいました。しかし、美しい、と表現できる剣捌きをする者は一人としていませんでした。
美しい剣筋同士から生まれた剣戟は、感動の一言でした。
後でルウィージェス様に伺ったところ、剣の使い方、剣の持ち方など、すべての基礎を武神の男神ヴァハグンと男神スヴェントヴィトから、短剣の使い方は男神ベスから、槍は男神ラランから、盾の弓は男神ウルから、弓と狩猟法は女神アナトからで、武芸の女神スカアハからも教授を受けたとの事。馬術は男神スヴェントヴィトから学んだと話してくれました。
ルウィージェス様が上げた神々の名は、全て私も知っていました。全て武神と呼ばれる神々です。
正直、私が一番驚いたのは、その神々が実在していた、という事実です。
勿論、実際にいらっしゃるから私たちは物語やおとぎ話、伝説などでその名を知る事が出来ているのでしょう。しかし、創造神様と違い、実感がありませんでした。
勿論、職業軍人として、武神様に対し感謝の気持ちを忘れた事はありませんし、年に一度は武神様を祀る教会に行って、一年間の無事に対し御礼をし、次の一年間の無事を祈願しに行っています。
言葉にするのは非常に難しいのですが、初めて、武神様の存在を身近に感じた日。そう、そうですね。初めて武神様の存在を身近な神々として実感した、それが、今の自分の気持ちを表現しているかもしれません。
解体師マッテオに巨大蛇フォレスト・グルトニーアナコンダの解体を依頼したクラウス、エルンストとルウィージェスの三人が騎士団の訓練場に戻ってくると、カリンから剣術指導を受けている者、ザビーネから魔術制御の指導を受けている者、それぞれが皆真剣に取り組んでいた。
カリンは1対10で対峙していた。しかし、誰一人としてカリンにかすり傷一つ、負わせることができない。
「未来の武神様相手に、傷を負わせることは無理だろうが、それでも…、」
クラウスは腕を組んで唸る。
その様子を見ていたルウィージェスは、素直に騎士たちに発破をかける。
「カリンの得意技は最小限の動きで次の行動に移る事だよ。そんなに大きな振りだと、カリンに5発くらい入れられちゃうよ~。」
ふと、クラウスはスタンピード時のルウィージェスの剣捌きを思い出す。
ルウィージェスは短剣を両手に持つ双剣使いだった。一方、カリンは長剣1本を両手に持つ、ある意味、王道的な剣捌きだった。そう、今、目の前で見ているやつだ。
リリーエムラ公爵家の州領騎士団団長アダルベルト・フォン・ケーニッヒ騎士爵から聞いた話しによれば、惑星エムラに降臨するにあたり、二人とも武神から特訓を受けていた、という。
ルウィージェスは小柄で体重が軽いためかスピード重視で、一刺しで確実に致命傷を負わせる方法を徹底していた。一方で、カリンも確実に致命傷を負わせていたが、力業も駆使していた。そういう意味ではカリンの方が、手数が多かったとクラウスは記憶している。
剣での戦い方は、二人は全く違う戦法を取っていた。だが、共通して言えるのは、その腕は『神業』という言葉が相応しい程だった。
クラウスは興味本位でルウィージェスに聞いた。
「もしルウィージェス様とカリン様が戦ったら、どうなります?」
ルウィージェスはちょっと考えてからその問いに答えた。
「体力も技術もカリンの方が上だから、真正面から戦ったら10分持たないと思う。だけど、使う武器の手数はぼくの方が多いから、姑息的手段ありだったら、もうちょっとは粘れるかな?」
無理だろうなと思いながら、一応聞いてみることにした。
「模擬戦って、見せて頂くことは可能ですか?」
「いいよ。ぼくも、最近は魔術しか使っていなかったしね。」
まさかの是。
「あ、ありがとうございます!」
二人の技は武神直伝だ。地上の者が武神の技を見ることが出来ることなど、まずない。絶対にない。
騎士道を究めようと幼少の頃から剣一筋。頭から当主は長兄が継ぐと信じ、長兄の剣になると決めて特訓を重ねてきた。貴族当主になるとは全く思わず。王国騎士団の団長になった者が侯爵当主を継ぐ規則があることなど知らず。
胸が躍らないわけがない。
クラウスは団員に伝えた。
「ルウィージェス様が、カリン様との模擬戦を見せて下さる!皆、輪になれ。」
近くにいた若い騎士に、魔力制御訓練を行っている者たちを呼ぶよう伝えた。
魔力制御訓練をしていた団員たちが集まってきた。
「クラウス団長、皆にもう少し後ろに下がるように言ってもらえる?この距離だと、カリンの剣風に飛ばされる。」
クラウスは「剣風に飛ばされる」という言葉に驚くが、未来の武神様だ。納得だ。
「皆、もう少し後ろに下がれ。もっと輪を大きくしろ。」
「ラン、皆に結界張ってくれる?」
「ぴっ!」
藍の定位置、エルンストの左肩で返事をする。左羽根を少し上げて。
最近、騎士や魔術師たちが右手で敬礼するのを見ているせいか、返事をするとき、片方の羽根を上げることが増えた。鳥なので右左の概念はないらしく、その時の気分で上げる羽根は変わるが。
エルンストとクラウスはそれに気付いていたが、かわいいので、あえて何も言わずに楽しんでいた。残念ながら、どうやらルウィージェスは気付いていないようだ。
「クラウス団長、ニックスを抱いていてもらえる?」
「そうだな。入り込んだら危ない。」
そう言うとクラウスは足元にいるニックスを抱き上げた。ちょっとびっくりした様子だったが、大人しくしている。
ルウィージェスは、囲む騎士団員にも聞こえるよう、少し大きめの声でカリンにルールを説明する。
「ぼくとカリンは結界魔法以外の使用はなし。アイテムボックスからの武器の制限なし。ぼくはカリンには絶対に勝てないので、勝敗は、ぼくが『降参』と言った時。」
カリンも頷いた。
「カリンと模擬戦するのって、凄く久し振りだ。気付いた事があったら、指導、お願いね。」
「承知しました。…本当に久しぶりですね。」
二人が対峙した。
「ラン、結界張って。」
ルウィージェスが言うと、藍は「ぴー」と鳴くと騎士団員の前に結界を張った。
「クラウス団長、合図、お願い。」
「承知しました。皆、絶対にランの結界には触れないように。少し距離はとっておけ。皆、しっかり見ていろよ。それでは、模擬戦、開始!」
クラウスが宣言した。
先に動いたのはルウィージェスだった。だが、皆が見えたのはそこまでだった。
その後、物凄い風圧が結界を叩いた。同時に竜巻のような砂埃が立った。
剣と剣がぶつかる音は絶え間なく聞こえる。
「ちょっと止まって!」
ルウィージェスが言った。すると、二人の姿が見えた。
「砂埃が凄すぎるから、」
そう言うと、ルウィージェスが右手を挙げた。
途端に砂埃が消えた。
「今、ぼくたちの姿、見えていた?」
ルウィージェスがクラウスと隣に立つエルンストに聞いた。
「いえ、全く。」
クラウスが苦笑いしながら言った。
「そうだよね。今、砂埃が立たないように地面に結界を張ったから。ぼくとカリンは結界の上を動くことになるから、今度はちゃんと動き、見えるはず。」
「ありがたい。」
ルウィージェスとカリンが元の位置に戻った。
「それでは、仕切り直して。模擬戦、開始!」
今度は、砂埃は立たなかった。しかし、二人の動きが速すぎて、二人の動きを辛うじで確認できていたのは、団長、副団長、数人の騎士たちとエルンストだけだった。
他の者たちは剣と剣がぶつかる音と、二人が対峙に、瞬間的に動きを止めた時だけだった。
それでも、騎士たちの目は釘付けになった。少しでもいい、何かを得たい。二人を追う視線に気迫が籠っていた。
一瞬ルウィージェスの姿が見えたと思ったら、あり得ない跳躍力でルウィージェスが空中に飛んだ。すると、いつの間にかその手には弓と複数の矢があり、一瞬にして全ての矢がカリンに向かって放たれた。
それを、カリンは剣一振りで叩き落した。
しかし、その時には既にルウィージェスの姿は別な所にあり、両手に短剣を持ち、カリンの懐に入り込む。しかし、その瞬間にカリンも体位をずらししてかわし、短剣と長剣がぶつかり合う。その瞬間、また結界に物凄い風圧がぶつかり、空気に振動が伝わった。
瞬間的に二人の立ち位置が変わった。その時には既にルウィージェスの手には槍があり、一瞬にして複数の槍がカリンに向かって勢いよく飛んでくる。しかし、カリンはいつも間にかに手にする鞭で、それらを叩き落す。
カリンには体力も技術も勝てない、とルウィージェスはクラウスに言った。確かに、ルウィージェスの実年齢は16歳だったか17歳だと聞いているが、見た目年齢は8歳程度だ。身長はカリンの腰あたりまでしかない。
これだけの身長差と膂力に差があると、接近戦に持って行かせない方法を取るしかない。
ルウィージェスは、徹底して遠距離攻撃を仕掛けている。接近戦は、全くないわけではないが、本当に数秒あるかないかで、カリンから一定の距離を維持している。
体格差と体力の差を補う作戦として、徹底して距離を取り続け、カリンに接近戦を行わせない、その手数の多さと隙のなさに、クラウスは驚きをもって見ていた。
アイテムボックスを持たない自分たちには到底できる芸当ではないが、徹底して接近戦に持って行かない方法は、小柄な団員の戦い方のヒントになりそうな気がしていた。
同時に、ルウィージェスの戦い方は、大型魔物と対峙した時のヒントになる。そう思いながらクラウスは見ていた。
騎士の多く、いや、槍などを主武器にする者以外は、長剣を主武器にしている。カリンの両手に長剣による技は、正に王道。剣筋といい、リズムといい、まるで剣舞を見ているかと錯覚しそうになるほど美しい。模擬戦とはいえ、戦いだ。しかし、卓越した技術による戦いは、美しい剣舞に見える。
それはつまり、ルウィージェスの技術も非常に高い、ということだ。双方のレベルが同じくらい高くなければ、ここまで美しい戦いにはならない。
美しい剣筋というのは、騎士の憧れだ。クラウスですら何も考えられなくなるほど、二人の剣舞に酔いしれた。
激しくも、美しい戦いは続いている。
今度はカリンが弓と矢を構え、これまた大量の矢が一度に物凄い勢いでルウィージェスに向かって飛ぶが、それをすべて同じく矢で撃ち落とし、同時に、跳躍力で空に飛び、複数の矢と直後に槍を複数飛ばしていた。
カリンはこれを撃ち落とさず、横に飛び、いつの間にか近くにいたルウィージェスと剣と剣をぶつけた。その瞬間、目の前に竜巻が発生し、今までより更に強い風圧が結界にぶつかり、大きな音を立て、空気が震える。
誰もがもの凄い音に瞬間的に防御の姿勢を取った時には、既に二人の姿は別な場所にあり、カリンは長剣で、ルウィージェスは両手短剣で対峙していた。二人が剣と剣を合わせる度に風圧が結界を叩き、空気が震える。
魔力は有限だ。だから、魔術師たちは武器による戦い方も学ぶ。
全ての訓練時間を剣に使う騎士と比べると、魔術訓練と武器の訓練と、両方を学ぶ事になる魔術師は、どうしても基礎筋肉量も膂力も、騎士に劣る。だから、後方からの攻撃を選ぶ者が多い。その代表格が弓術だ。
エルンストは、幼少の頃から当主となるべく教育を受けてきた。上に兄が二人もいるにも拘わらず。今思えば不思議なのだが、実際に当主になった。
当主というのは命を狙われやすい。特に、エルンストの母は王家出身で、身分は王女。その為、王城に住まない王家に連なる者として、その身を守る術を持つ必要性は非常に高かった。
幼い頃は知らなかったが、エルンストの剣の師匠は、王国騎士団の前々団長だった。クラウスの父方の祖父だ。
だから、剣も槍も弓も学んだ。盾の使い方も学んだ。ただ、エルンストの風魔法の威力が強く、風魔法による結界で、十分盾の役割を果たす事が分かってからは、防御法より攻撃法の方に重点を置いて特訓を受けてきた。
その中で、エルンストが特に好んで特訓を受けたのが弓術だった。矢に風魔法を乗せる攻撃方法は、風の攻撃魔法を1発放つより、魔力の消費を抑えられるからだ。
だから、ルウィージェスの弓術のレベルの高さに圧倒され、魅了された。目が離せない。
そのエルンストの目の前では、武神に鍛えられた二人の技が炸裂している。
ルウィージェスが跳躍力で空に移動し、弓を構えた途端、カリンから大量の弓矢が放たれ、それを確認したルウィージェスは、カリンから放たれた矢を足場として移動し、カリンから放たれた矢がすべてルウィージェスの足場となった瞬間にルウィージェスが大量の矢をカリンに放った。カリンは大きく横に飛び、ルウィージェスの着地点に辿り着くが、それを見たルウィージェスは別な場所に複数の矢を放ち、それを床に張ってある結界に継ぎ矢で刺し足場を作り、着地点を変更させた。
これには、周りからどよめきが起こる。継ぎ矢を成功させるだけでもすごいのに、あれだけの継ぎ矢を連続して決める。もう、言葉にならない。
エルンストは、ルウィージェスたちが放つ矢の速度と威力に釘付けになった。
魔術師にとっては魔力が戦力だ。だが、魔力は有限であり、最大の弱点でもある。宮廷魔術師団では、魔力節約戦法として、風魔法を使って矢を射る手法を取っている。これは、エルンストが団長になってから導入した技だ。
しかし今回のルールは、結界魔法以外の使用はなし、となっている。つまり、あの矢は、単純に弓から放たれる時の速度だけで飛んでいる。それで、あの威力。
藍が張る結界のギリギリのところにエルンストは立っていて、結界の内側であるが、直ぐ近くに、ルウィージェスたちが放った矢が落ちている。
どう見ても、普通の矢にしか見えない。
継ぎ矢で刺し足場を作り、着地点を変更させ、無事に着陸したルウィージェスは、初めて長剣を手にし、カリンに向かう。
二人の長剣で戦いは激しく、何度も強烈な風が結界にぶつかり、振動を伴う大きな音を立てる。
分かっているが、その音と振動に、ついつい構えてしまう。
そして、カリンがルウィージェスの剣を払った瞬間に力負けしたのだろう、ルウィージェスが大きくバランスを崩し、「降参」と叫んだ。
カリンがルウィージェスに駆け寄り、体を支えた。
周りからは惜しみのない拍手が送られた。
「ラン、ありがとう。もう大丈夫だよ。」
ルウィージェスが言うと、結界が消えた。
「やっぱり、長剣ではまともに戦えない。」
ルウィージェスは結界の上にしゃがみ込んだ。その顔からは悔しそうな感じは取れない。充実した笑顔で紡ぐ言葉。如何にカリンを尊敬しているのかが分かる。
あれだけ高速で移動し続けていたにも関わらず、二人とも、全く息が上がっていない。
クラウスとエルンストは、その様子にも驚きを隠せずにいた。
クラウスとエルンストは、二人の前に移動した。
「お二人とも、大変貴重な模擬戦を見させて頂きました。ありがとうございました。」
クラウスが言うと、エルンストと二人で礼をした。
「ぼくも、久し振りに本気出したから気持ちよかった。カリンもお疲れ様。本気出してくれてありがとう。」
「とんでもございません。こちらこそ、ありがとうございます。それに、ルウィージェス様相手に手抜きしたら命がいくつあっても足りません。」
カリンは苦笑しながら言った。
周りで見ていた騎士たちは、過去に見たこともない、想像以上の模擬戦に盛り上がっていた。
エルンストは足元に落ちていた、カリンが薙ぎ払った矢を一本拾い、まじまじと見た。
「これって、普通の矢、ですよね?」
「そうだよ。」
「…なぜ、あんなに早く、しかも、飛行距離がでるのでしょうか?」
矢は、自分たちが普段使っているのと、特に違う点は見つからない。羽根に特殊な加工がしてあるようにも見えない。矢の本体に魔法陣や魔術式が彫り込んであるわけでもない。本当に、普通の矢だ。
「エルンスト団長、普段魔術師団が使っている矢って、騎士団と同じ?」
「えぇ、そうです。」
クラウスは近くにいた若い騎士に、弓と矢を数本持ってくるよう指示した。
「ルウィージェス様、これが、普段我々が使っている弓と矢です。」
「ありがとう。」
ルウィージェスはクラウスから矢を受け取ると、自分たちが普段使っている矢と一緒に並べた。
「見て分かる通り、一番の違いはこの羽根の部分で、今回使ったぼくたちの矢の羽根は全て普通の鳥の羽根を使っているんだ。」
「え?魔鳥の羽根、ではなく…ですか?」
これにはクラウスも驚き、思わず問う。周りにいた騎士たちも興味津々だ。
「魔物って自分を魔力で強化できるから、実は、羽根の質はそれほど良くないんだ。それでも魔力で飛べるから。ただ、魔力の伝導率は良い、という特徴はあるけどね。だけど、普通の鳥は、持ち前の筋力と体力だけではあっという間に疲労してしまうから、羽根がもの凄く進化していてね。」
そういうと、ルウィージェスはアイテムボックスから複数の羽根を取り出した。
「この色とりどりの羽根は魔鳥の羽根。こっちの地味な羽根は普通の鳥の羽根。」
ルウィージェスは、アイテムボックスから羽根のついていない矢を数本取り出した。そして【風魔法:リング】で、矢に羽根をバランスよく取り付けた。
「弓術の得意な人、二人欲しい。」
そうクラウスに問うと、クラウスは若い騎士二人を呼んだ。
「まずは、この魔鳥の羽根を使った矢を使って、普段通りに矢を放ってみて。」
ルウィージェスはアイテムボックス内で妖精魔法【緑の魔法:樹木】を発動させ長さ1メートル程の大きな木の幹を作成し、取り出した。そして、騎士たちが驚く程、遠くに設置した。
二人の騎士はクラウスの指示に従い、弓を構え、矢を放った。
二人が放った矢は幹に届く前に失速し、地面に落ちた。
「今度は、こっちで試して。」
二人の騎士は同じ場所から、今度は普通の鳥の羽根を取り付けた矢を放った。
すると、見事に二本とも幹に刺さった。
「おぉーーーーーーー」
騎士たちから驚きの声が漏れた。
「そしてもう一つ。弓の方ね。弦は魔道生物、…魔物の蔓植物エーギグの皮を鞣したのを張っている。色々試して、これが一番良かった。」
「魔物の蔓植物エーギグ?」
クラウスはエルンストを見ながら聞いた。エルンストも首を横に振る。
「魔物トレントの仲間で、蔓植物なの。スタンピードの時に通った森にも沢山いたよ。」
これにはスタンピードに参加した騎士らが驚く。
「エーギグはおとなしい魔物で、普段は自分に生えた苔とか自分の樹液に集まった昆虫とかを食べているから、討伐の対象になったこと、ないかも。」
「エーギグが襲ってくる時は、どういう時ですか?」
聞いたのはエルンスト。読書家のエルンストも、その魔物の名前は見たことも聞いたこともなかった。
「ぼくは実際にエーギグが怒っているところは見たことないんだけど、ぼくがもっと小さかった頃、姉さまから、森が妙に騒がしくなっているのに気付いて見に行ったら、エーギグがフェニックスに怒っていたって話を聞いたことがある。どうも、フェニックスの羽根が直接エーギグ本体に触れてしまったみたいで、熱いじゃないか、と怒っていたらしい。基本的に、エーギグはある程度伸びた蔓は自分で切り落とすし、蔓が切られても気にしない。本体にさえ触れなければ何も起きないと思う。」
騎士たちは、エーギグの話より、フェニックスが実在していた方に驚いていた。
フェニックスは、南の方にいると言われる、幻の神鳥。火山に住むとも言われている神鳥。
リリーエムラ公爵家が治めるハインライテル州領は北にある。飛び地の南ハインライテル州領で見かけた、というなら分かるが、州領主本邸があるのは、北の方のハインライテル州領だ。
南ハインライテル州領は、海に面し、巨大な活火山があり、深い森が一面に広がり、人が住める場所はあまりない。その海だって、陸地から少し離れただけで深海と言われるほど深い海になっており、おとぎ話や伝説では大規模な海溝や海嶺、地上で言うところの山脈、があると言われている。そして、クラーケンやアスピドケローネ、バハムートやセトゥスなど、いわゆる巨大で獰猛な魔物が多く棲む場所と言われており、航海は不可能と言われている場所だ。一説には、リリーエムラ公爵家がそこを治めているのは、海洋性魔物からの侵略を防ぐためだという話がおとぎ話や伝説として語り継がれている。
そもそも、そこは王国国土内というよりかは、リリーエムラ公爵家の国という認識になっている。一応、そこに住む者たちは、テューゲンリン王国の王国民という扱いではあるが。
フェニックスの存在に驚く騎士たちではあったが、エルンストだけはそこまで驚かなかった。何故なら、フェニックスの別名は夏の使者。火属性魔法に影響を及ぼす、とも言われている神鳥。近くにフェニックスがいる時は、火属性魔法の威力が高まる、と言われており、実際に、火属性魔法の勢いが理由なく強まる事があるのは事実だ。
これは、魔術の歴史を深く学んだ者だけが知る、無名な情報。
ざわめきが少し落ち着いたのを確認し、ルウィージェスは続けた。
「エーギグの武器は自分の蔓だけど、だからと言って、倒した魔物や動物を食べるわけではないし。進化の過程で、何もしないで、虫たちに警戒感を抱かせずに食餌を確保する方を選んだ、珍しい魔物なんだ。」
そう言いながら、ルウィージェスはアイテムボックスから弓を二本取り出した。
「さっきは、この魔鳥の羽根を使った矢はあの幹まで届かなかったでしょう?今度は、この弓を使って、あの矢を飛ばしてみて。」
ルウィージェスは騎士二人に弓と魔鳥の羽根を付けた矢を渡した。
騎士二人は、先ほどと同じ位置から弓を構え、矢を放った。
前回は幹に届く前に失速し、地面に落ちた。しかし今度は、先ほど放った普通の鳥の羽根を使った矢よりも深く、幹に刺さった。
「おぉーーーーーーー」
驚きの声が響いた。
「今度はその弓を使って、普通の鳥の羽根の矢でやってみて。」
二人の騎士は、同時に矢を放った。
すると、矢が刺さった所から幹が割れた。裂けた、という方が適切な表現だ。
「ね?全然威力が違うでしょう?団長たちも、試してみる?」
当然二人は頷いた。
ルウィージェスはアイテムボックス内で先ほどと同じ工程で、先ほどよりも太い幹を作って設置した。
団長二人は、少しお互いのスペースを取って立った。
そしてお互いの合図で、同時に普通の鳥の羽根を装備した矢を放った。
すると、太い幹が破裂した。
二人は破裂した幹の元に行き、その状態を確認した。
矢はその先の地面に刺さっていた。
「弓の革命だ。」
クラウスが呟いた。
その呟きを聞いたエルンストが小声で聞いた。
「私たち魔術師団の気持ち、わかってくれました?」
「…大変だったな。」
「あぁ、大変だった。」
「お疲れさん。」
「ありがとう。」
ルウィージェスは、二人に向かって言った。
「魔鳥の羽根の矢は、別な方法で使うと強力な武器になるよ。」
団長二人は顔を合わせ、ルウィージェスの元に小走りで戻った。
「魔鳥の羽根の矢も、使い道、あるのですか?」
エルンストが聞いた。
「勿論。魔鳥の羽根は魔力伝導力がとてもいいからね。」
ルウィージェスは騎士団が使っている2本の矢を持ち、クラウスに聞いた。
「これ、ちょっと加工してもいい?」
「勿論です。」
クラウスがそう答えると、ルウィージェスはアイテムボックスから別な魔鳥の羽根を4枚取り出し、その内2枚に【火魔法:火球】を付与し、もう2枚に【風魔法:飛行】を付与した。
それらを1枚ずつ、【火球】を付与した羽根を矢尻に近い射付節に【風魔法:リング】で取り付け、【飛行】を付与した羽根を矢の羽根の後ろ、矢筈に同じく【リング】で取り付けた。
「ザビーネ副団長も弓術できるの?」
「はい、魔術師団は全員弓術の訓練を受けています。」
「それじゃ、これはエルンスト団長とザビーネ副団長にお願いした方が安全だね。」
そう言うとルウィージェスは、先ほど幹を設置した場所に箱型の結界を張った。大きさ的にはサッカーゴール並みの大きさだ。その中に作成した太い幹を2本並べて設置した。
「この矢には【火球】と【飛行】を付与した羽根を取り付けてある。危ないから使う弓は、普段みんなが使っているのにしよう。」
そう言いながら二人に弓と矢を渡した。
「二人が立ち位置を決めたら結界を張るから、その後に普段の感覚で、あの距離に届く程度の魔力を込めて矢を放ってみて。」
魔術師団の団長と副団長の二人は、先ほど騎士たちが立った位置に、お互いの距離を少し取って立った。それを確認したルウィージェスは、二人の前に結界を張った。
「それじゃ、試してみて。」
エルンストは安全を取って、ザビーネに先にやらせた。
「行きます。」
ザビーネは幹に標準を合わせ、あの位置に届く程度の魔力を込め、弓を放った。
すると、矢とは思えない速度で飛んでいき、幹に当たると大爆発を起こした。
爆風は結界に阻まれ、前の方に押し寄せてきた。爆風の余波の全てはルウィージェスが張った結界にぶつかり、散った。
皆の目が点になる。
「ごめんエルンスト団長、少し少なめに魔力込めてやってみてくれる?」
「承知しました。」
そう言うとエルンストは少し考え、弓を構え、矢を放った。
先ほどのような大爆発にはならなかったが、幹を破裂させた。
ルウィージェスは、今度は普通の鳥の羽根を装備する矢に、魔法を付与した羽根を取り付けた。
「ザビーネさん、さっきと同じ量の魔力を込めてやってくれる?」
「分かりました。」
ザビーネは先ほどと同じように、矢を放った。
今度は、先ほどのような速度は出ず、幹に当たっても小爆発程度になった。
「エルンスト団長もさっきと同じ量の魔力でお願い。」
「承知しました。」
エルンストも、同じように矢を放った。
しかし今度は、幹までには届かず、地面にぶつかり、小爆発を起こした。
「「こんなに違うのですか?!」」
エルンストとザビーネは驚きを隠せない。
「魔鳥の羽根には、弱い魔鳥であっても、中等度以上の四本足魔物くらいの魔力伝導率があってね。こういう爆発型の矢を飛ばす時は、魔鳥の羽根を使うだけで、魔力伝導率によって魔力が増幅されて、これだけ威力が増すの。」
ザビーネは、先ほど爆発した羽根に付与された魔法を思い出していた。
「矢尻の方に付けた羽根には【火球】が付与されていたのですよね?それがあんな大爆発を引き起こしたのは、魔鳥の羽根によって増幅されたから?…というか、それだけであそこまでの破壊力になったのですか?」
「そう。魔鳥種は魔力によって飛行距離を延ばすから、鳥の種類によって魔力の溜め込み量も増幅量も違うけれど、その性質は全ての魔鳥に共通しているの。だから、色々な羽根を集めて、その飛行距離と増幅量を予め試しておけば、魔物と対峙する時に、適宜距離と威力を決めることができるわけ。だからぼくのアイテムボックスの中にはいろいろな種類の羽根が常備してあるわけで。」
ルウィージェスは「へへへ」とちょっと照れ笑いしながらザビーネに答えた。
「ルウィージェス様、今日の午後、お時間ございますか?」
クラウスが聞いた。
「うん。」
「先ほどのエーギグは、王都から馬車で30分ほどの所にある、通称『鳥の森』に棲んでいますか?」
「あそこにも結構いる。魔鳥も複数いるよ。」
「エーギグの探し方、教えて頂けませんか?」
「うん、行こう。」
時間的に丁度良いと、皆で昼食を取ることにした。魔術師団棟の食堂では何度か食べたことがあるルウィージェスだが、騎士団棟の食堂で食べるのは初めてだった。エルンストも騎士団棟の食堂で食べる機会はあまりないとのことで、クラウスのお勧めから選択し楽しんだ。藍はルウィージェスに食べたいカットフルーツを取ってもらい、ニックスはルウィージェスが予め母狐から搾乳しておいたミルクを器に入れて飲んだ。
第31話は、ルウィージェスとカリンによる模擬戦の話です。武神直伝の技を持つ二人による模擬戦です。クラウス、エルンストを始めとする職業軍人の騎士たちは、その神技に心から震え、喜び、一つでも何かを学び取ろうと、真剣に見つめていました。
クラウスにすっかり懐いたニックスは、幼いながらも神獣としてのプライドを持ち始めます。神獣の成長はとても速いのです。
その前に、新しく出てきた魔道植物エーギグ。
エーギグはハンガリー神話に出てくるアズ・エーギグ・エーレ・ファから拝借しました。天までとどく木には「Turul」という名の霊鳥が住むと伝えられている、と昔読んだ本に書いてありました。
今はネットがあるから便利です。アズ・エーギグとしか覚えていませんでしたが、検索でアズ・エーギグと入力したら、出てきました。ありがたく文明の利器を使わせて頂いております。アズ・エーギグという名は覚えていても、木の名前だったどうか、その辺があいまいになっていたので、ちょっと調べました。うん、大昔の記憶でしたが、ちゃんと覚えていました。まだ私の記憶、大丈夫そうです。
第一章第32話は、来週2月28日(土)20:00公開です。
第32話 惑星カティアス降臨までの日々③―魔道植物エーギグ―
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




