第27話 「宮廷魔術師団団長の奮闘⑦―騎士団との合同訓練―」
宮廷魔術師団、後方支援及び宮廷魔術師団錬金部門・魔石作成班の班長ミラ・フォン・ハルトマンです。祖母がフォーゲル男爵家出身なので、一応、フォーゲル家の血縁者になります。
王国内では珍しい【エクストラヒール】の使い手と、昔からもてはやされてきて、魔術には自信がありました。えぇ、今となってはとても恥ずかしい過去です。黒歴史です。
エルンスト団長が、フォーゲル伯爵家の当主に就任された時の話です。あの日、何故か幼い私も祖母に連れられ、就任祝いに伯爵家に行ったのを覚えています。
その日、初めて新しい本家当主様を拝見し、物凄く驚いたのを覚えています。とても若かったのです。そして、とても冷たい感じがしたのです。子どもながらに、近付いてはいけない人、と思ったのです。
今の団長をみる度に思うのです。とても、あの時の冷たい人と同一人物とは思えないって。
それ以外にも、覚えている事があります。
お手洗いからホールに戻ってきた時、たまたま、エルンスト団長の母君、エルネスティン・フュルス・フォーゲル前伯爵夫人が誰かと話している近くを通ったのですが、その時に聞こえてきた内容が、【回復魔法】の天才児と呼ばれていた私には、衝撃的過ぎて、正直、今でもあれは聞き間違いだったのではないか、と思うほどです。だって、エルネスティン前伯爵夫人様は「エルンストは、【パーフェクトヒール】が使えるのよね」と言われたのです。
エルネスティン・フュルス・フォーゲル前伯爵夫人は、前国王アルフォンス・ヴェルト・テューゲンリン閣下の末の妹、王妹殿下です。それは、当時の私も知っていました。
だから、一瞬が止まりそうになったけれど、絶対に今ここで足を止めてはいけない、と思って、走って祖母の元に戻りました。
宮廷魔術師団に入団して、後方支援部隊に配属されて以降、何度も、エルンスト団長に聞いてみたい、聞きたいという衝動にかられました。
けれど、【パーフェクトヒール】は幻の魔法と言われており、使える者は確認されていない、と言われています。今でもです。
ルウィージェス様が、クラウス騎士団長と共に騎士団の訓練所に現れ、新しい魔法陣を私たちに紹介した時、エルンスト団長も驚いていました。とても驚いていました。
だから、あれは、やっぱり何かと聞き間違いだったかな、と思いました。
でも、今は、あれは気のせいではなかったと思っています。
いつからエルンスト団長が、あの冷たい人から変わったのかは知りません。私が入団した時には、あの時の面影はもうありませんでしたから。
それに、ラン様から加護を受けてからのエルンスト団長は、とても「安定」したように見えます。何だろう、雰囲気が安定したというか。でも、一番変わったのは、魔力が安定した、という事ではないでしょうか。
そう、今のエルンスト団長なら、【パーフェクトヒール】が使えても、驚かない、そういう雰囲気がします。
昨日、一日有給を取って心身ともに完全回復したエルンストは、自分の執務室へ出勤した。
昨夜、夕食後も解明した「螺旋術式」を試そうと思ったが、激しい藍の「ダメでしょ!」と言わんばかりの嘴でのツンツン攻撃をくらい、それ以上の研究は出来なかったが、その代わりに、藍が妻エリザベート、長男エルクと長女エヴァリンに【応援歌】を発動し、三人はその威力を体験した。
回復魔法は使えないが光魔法が使えるエルクは、【光弾】の大きさも光の調節も自由自在に出来る事に驚き、父エルンストに効率的な魔力量の調節方法を教えて貰った後には、【光弾】を高速移動させる事が出来るようになり、庭でエヴァリンの【水壁】を破ることが出来た。
エヴァリンにも同じように、学校では教えていないエルンスト流の魔力量の調節方法を教えると、エルクの【水壁】をエヴァリンの【風球】が容易く破った。
エリザベートも、エルンストから魔力量の調節方法を学んだ後は、初めて『聖石』を使って発動させた【水球】よりもさらに大きな【水球】を作り出すことが出来るようになり、移動速度も、エルクの【光弾】とエヴァリンの【火球】と、引けを取らないところまで出来るようになった。
三人とも、【応援歌】の下だと魔力の調節がしやすい事に驚いていた。
その後は、家族全員で藍の唄聞かせ会を楽しんだ。
藍は朝まで一緒にいて、エルンストの出勤に合わせて帰っていった。かわいい藍のさえずりの絶えない日を過ごした後では、藍がいない左肩が少し寂しく感じる。
「さてと、」
藍がいない事を寂しく思いつつも、エルンストは頭を切り替え、『回復魔石』と『電撃付き結界魔石』の保管場所の再検討を始めた。
ずっと【ハイヒール】の効果を持つ『回復魔石』と思っていたのだが、先日、それはルウィージェスの【ハイヒール】であり、実際の効果は、伝説魔法【パーフェクトヒール】であった事が判明した。
宮廷魔術師団の棟内である以上、不特定多数が出入りする場所ではないが、団員だったら誰もが入れる場所に保管してある。そんなところに『パーフェクトヒール回復魔石』を置いておくわけにはいかない。
かといって、奥深い所にしまい込む訳にもいかない。定期的に魔法を溶かした水の量を確認し、適宜補充する必要があるからだ。
ザビーネに『回復魔石』が国宝級以上の代物であった事を伝え、二人で意見を出し合った。しかし直ぐには答えが出ず、とりあえず、完全に人の出入りが固定されている秘書アネカセの部屋の鍵付き戸棚に置いておくことにした。
ザビーネと秘書アネカセが検討しておく事になった。
次に向かったのは魔術師団の訓練場。
今日は騎士団と合同訓練を行う日だ。メンバーの割り振りをしなければならない。
週末には冒険者ギルドに新しい【火球】と【水球】の魔法陣のスクロールを持って行く事になっている。そのメンバーも確保しなければならない。
――――魔石作成の訓練は合同練習の後だな。
訓練場に続く渡り廊下を歩いていると藍が飛んできた。左足にはメモが留められていた。
「ランが、ぼくが授業を受けている間は暇だから、魔術師団と仕事する、と言っています。ランは【応援歌】で魔石作りや魔法陣の練習を手伝う事を、自分の仕事を認識しているようです。邪魔でなければ『仕事』させてやってください。ルウィージェス」
「おーー!大歓迎だ!ラン、助かるよ。こちらこそ、是非とも、よろしく頼む。」
藍は羽根を高速回転させ、「ぴぃー」と大きく嬉しそうに鳴いた。そして、いつもの定位置、エルンストの左肩に止まった。
その日から、藍は宮廷魔術師団の棟に「出勤」するようになった。
魔術師団員を合同練習組と魔法陣作成組に分け、藍に魔法陣作成組を任せ、エルンストは合同練習組に同行する。
この日の訓練は、前のスタンピードの時のように、強い膂力をつけた魔物の大群に遭遇した場面を想定したものだ。
如何に前のスタンピードが騎士団・魔術師団にとって痛い経験であり、また、教訓となったかが分かる。
スタンピード時は、ルウィージェス、カリン、そして藍と、強力な結界魔法・神術を使う神が3柱もいたため、全ての魔術師が自分の守りを気にせず、攻撃魔法及び補助魔法に専念できたが、それはあくまでも例外中の例外であり、参考にならない。
自分たちで戦い方を構築する必要がある。
強い攻撃魔法が行える者の魔法を『膂力をつけた魔物』と想定して行うこととなった。
エルンストが、攻撃魔法を放つ魔術師にマジックポーションを配っているとき、藍が飛んできた。左足には手紙が、そして首には小さな包みが留められていた。
王国騎士団長クラウスも気になったのか、やって来た。
「ランは何を持ってきたのだ?」とクラウス。
エルンストはメモを留めている【風魔法:リング】を切り、手紙を読んだ。
「ランが、スタンピードを再現して合同練習を手伝えと言っていました。なので、スタンピード時に多く遭遇した魔物「マウンテン・ネイルベア」、「キャニオン・タイガー」、「スノウ・フォックス」と「フォレスト・ウォルフ」の強さを再現した魔物を具現化させる魔石『魔物再現魔石』を作りました。改編【火球】程度の魔力を魔石に込め、再現する魔物を呼べば具現化できます。魔物は、魔力を込めた人の言う事に従います。これは、ぼくの中級【召喚魔法】を応用したものなので、新たに増やしたい魔物がある時など、必要な時は言ってください。今回の魔石1個で、各魔物を1000匹強程呼び出せます。保管方法は【召喚魔法】が使える人がいたら、その魔法を溶かした水の中に保管するのが一番良いですが、『結界魔石』と同じでも大丈夫です。包みの中に『魔物再現魔石』を5個入れてあります。また、各魔石を包んでいる紙は、専用の魔力補充紙です。使用後はこの紙に包んで、『結界魔石』と同じように保管してください。それでは、頑張ってください。ルウィージェス」
「「うおぉーーーーーーー」」
団長二人して唸った。
「ルウィージェス様、今日も授業中に本当にすみません。ありがとうございます。」
エルンストは、ルウィージェスの手紙にお詫びと礼を言った。
エルンストは【空間魔法】で小さくした包みを留めている【風魔法:リング】を切り藍の首に留めてあった包みを外すと、包みを小さくしていたネット状の【空間魔法】が消え、包みが大きくなった。中には紙に包まれた魔石が5個入っていた。
「また、とんでもない代物が届いたな。」
クラウスは、エルンストから渡された手紙を再度読み返しながら言った。
「これでも、ルウィージェス様にとっては中級魔法って、…ルウィージェス様の上級魔法がどんなものなのか、怖くて聞けないな。」
「同感です。」
――――【エリクシア】級の魔法なんて、心が持たん‥‥。
エルンストは小さくため息をついた。
二人が魔石を受け取ったのを確認した藍は、「ぴぴ」と鳴くと、宮廷魔術師団の棟に戻っていた。
魔物を想定して魔術を放つ予定だった魔術師たちも攻撃組に再編入され、訓練を行う事になった。
とはいえ、届いた魔石によって、どんな感じで魔物が再現されるのか分からない。最初の組にはクラウスも入ることにした。
「それでは、まずは『フォレスト・ウォルフ』2匹で試してみましょう。」
エルンストは、『魔物再現魔石』に魔力を込め「フォレスト・ウォルフ2匹」と言った。
すると、エルンストの前に光が2つ飛び出し、あっという間に「フォレスト・ウォルフ」の形を成し、光が落ち着くと、見た目もフォレスト・ウォルフそのものの魔物が現れた。
「おおおーーーーー」
現れたフォレスト・ウォルフの姿に皆がどよめく。
「本当に、フォレスト・ウォルフだな。」
クラウスは長剣を構えながら呟いた。
「とりあえず、結界を張れる者は、念のため張っておいてくれ。」
クラウスは周りで見ている騎士団員と魔術師団員にそう言うと、後ろに控える部下の方を向いた。初めての試みなので、スタンピード参加組から、クラウスが選んだ騎士3名とエルンストが選んだ攻撃魔法系魔術師2名と、補助系魔術師2名の計7名が試してみることになった。
「このフォレスト・ウォルフは魔素過多中毒によって膂力をつけたフォレスト・ウォルフを再現している。あの強さを覚えているな?」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
クラウスはエルンストに合図を送った。
「フォレスト・ウォルフ、あの一団だけに戦いを挑め。」
エルンストがそう言うと、2匹のフォレスト・ウォルフは咆哮を上げ飛び出した。
そのスピードは通常のフォレスト・ウォルフではありえない速度で、まさしく、あのスタンピード時に遭遇したフォレスト・ウォルフそのものだった。
その攻撃力と獰猛さ、跳躍の速度、反応の速さ、どれをとってもあの時の異常なフォレスト・ウォルフだった。そして、より強い者を嗅ぎ分ける能力も再現されているのか、クラウスを避けた。
「くそ、再現力、高過ぎるぞ、これ!」
「魔術師団、もう少し距離を取れ!あっという間に後ろ取られるぞ!」
エルンストの指導が入る。
実際に戦った時間は2分もなく、誰も怪我一つ負わなかったが、全員が肩で息をしていた。
「本当に、あの時のフォレスト・ウォルフだ。」
クラウスは息を整え言った。
「あの時は、スタンピードだという事で緊張感をもって対峙していたが、膂力の違いに驚いた。今回は、どの程度の膂力をつけたか分かったうえでの戦いだったが、やはり、本来のフォレスト・ウォルフの力を前提にして考えているのだろうな。驚きの方が勝ったな。」
「これは、魔術師団の戦闘団員全員に参加させるべきですね。魔法陣組も呼んでこよう。」
エルンストは若い魔術師団員に、副団長ザビーネも含め魔法陣作成をしている戦闘団員全員を呼ぶよう伝えた。
ザビーネに連れられて、魔法陣の作成をしていた戦闘団員全員が訓練場に駆け付けた。
藍はエルンストの左肩に止まった。
エルンストは皆に経緯を伝え、再度騎士団・魔術師団の合同組の再編成を行った。
「ルウィージェス様、なんつう物を…、」
ザビーネはエルンストから経緯を聞いて、言葉を失った。
「あのレベルの魔物を再現して練習できるのだ。再現回数が各魔物1000回以上あるとはいえ、やはり限りがあるからな。少しでも長く使えるようにしたいと思って、魔法陣組も呼んだ。」
「ありがたいです。あの時私は留守番組でしたから、話では聞いていましたが、あくまでも想像でしかありませんでしたし。」
「あの時の留守番組は全員、複数回参加できるようにしよう。」
「お願いします。」
エルンストが攻撃組として参加する時は、ザビーネが魔物を召喚した。
そして、全員がフォレスト・ウォルフを複数回経験した。
「前回のスタンピードでは、このフォレスト・ウォルフがこれでも一番弱い魔物だった。」
クラウスは皆の顔を見ながら言った。
誰も負傷はしていないが、留守番組だった団員たちは、多少なりとも衝撃を受けているように見える。
その様子を見ていたエルンストは藍に聞いた。
「なぁラン。あの時みたいに結界魔法を張って【応援歌】を発動してもらえないだろうか?最後に、マウンテン・ネイルベアによる襲撃を再現させたい。」
「ぴーぴっ!」
藍は嬉しそうに、エルンストの提案を了承した。
エルンストは、クラウスの横に立ち伝えた。
「留守番組だった者たちにスタンピード時の様子を再現して見せたいと思う。ランも、【結界魔法】と【応援歌】の発動を了承してくれた。再現するのはマウンテン・ネイルベアによる襲撃だ。」
クラウスはエルンストの提案に驚き、左肩にいる藍を見た。
藍は胸を張って「ぴぴぴ!」と言った。まるで、「任せろ!」と言っているようだ。
「確かに、いい案だ。体力が残っている者を選んでやってみるか。」
クラウスは皆に言った。
「最後に、ランの協力を得たことから、これからスタンピード時、我々参加組がどのような戦いをしたか、実際に再現することにした。再現するのはマウンテン・ネイルベアによる襲撃だ。」
スタンピード参加組だろう、大きくどよめいた。
「あの時の留守番組は、出来るなら参加して欲しい。ただ、相手にするのは、膂力をつけたマウンテン・ネイルベアだ。無理はしなくていい。あの時の参加組は、今の自分の体力を考慮して参加するように。ランの支援はあるが、今はあくまでも訓練だ。無理は禁物だ。」
クラウスに続いてエルンストが騎士・魔術師団員の前に立った。
「魔術師団は全員がランのスキル【応援歌】を経験しているが、騎士団の留守番組は経験していないから説明する。」
一旦言葉を切り、エルンストは全員を見た。
「スタンピード時、我々はルウィージェス様、専属護衛のカリン様、そして『魔道神鳥』ランの【結界魔法】にて守られながら戦った。3名の結界魔法は騎士団員、魔術師団員各自に【結界魔法】を張るという、とんでもないものだった。そして、ランのスキル【応援歌】には、ランの唄声を聞いた仲間全員のステータスを一時的に上昇させる効果がある。そして、その影響はランが【応援歌】を唄う度に効果時間が延長する。」
エルンストがここまで言うと、一人の騎士が挙手をした。
「よろしいでしょうか?」
エルンストは頷き、話を促した。
「ルウィージェス様たちの【結界魔法】が、各自に張られた、という事ですが、それは文字通り、一人一人に【結界魔法】が張られたと理解して良いのでしょうか?」
「あぁそうだ。文字通り、一人一人に【結界魔法】が張られた。複数人まとめて、ではなく、個人個人に、だ。」
「個人個人に…。あ、ありがとうございます。」
参加者全員に対して一人一人に結界を張る。如何にこれが衝撃的な事なのかは、勿論エルンストにも分かる。ルウィージェスとカリンが神族だと知らずにその話を聞いたら、正直、それを素直に信じられるか、エルンスト自身にも分からない。
質問した団員は、ルウィージェスとカリンが神族と知っているかどうかは分からないが、少なくとも、藍が神鳥である事は知っている。
神鳥と同等級の魔法を使うルウィージェスとカリンに驚いているのか、単純に、結界魔法を個別に張った事に驚いているのか。
そこまで考えて、エルンストは思い出した。
――――確か、あの騎士団員…だったな。クラウス殿が言っていた、結界魔法を持っていながら、魔力制御力が低すぎて結界が張れない団員というのは。だから余計に衝撃を受けているのかもしれないな。
「我々はその【結界魔法】のお陰で、戦っている間は、一切の防御を気にする必要がなく、ひたすら倒す事だけに専念する事が出来た。今回も、ランの【結界魔法】とスキル【応援歌】の支援の下で戦う。防御は気にしなくてよい。」
そうエルンストは言ったが、普段、防御を優先する戦いをしてきているし、その様に訓練を受けている。そう簡単には切り替えられるものではない。
「まぁ、言葉だけではなかなか想像しにくいだろう。とにかく参加してみると良い。何人参加する?」
エルンストの問いに、80名ほどが挙手し参加の意思を示した。
「これだったら、スノウ・フォックスも数匹出すか。」とクラウス。
「マウンテン・ネイルベアを10頭、スノウ・フォックスを15匹、こんな感じか?」
「そうだな、あくまでも今回のスタンピード未経験者に経験してもらうことが目的だからな。そのくらいがちょうど良いだろう。」
そう言うと、クラウスは、前衛・後衛を指示し、それぞれの魔物の特徴を説明した。
スタンピード時は、エルンストが魔術師としては例外的に前衛側に立ち、護衛を付けた上で、全員に藍の唄声が届くようにした。今回、その役をザビーネが行う事になった。クラウスはザビーネの護衛として参加する。藍はザビーネの左肩に止まって合図を待つ。
クラウスが合図を出した。
藍が【結界魔法】を展開し、続けてスキル【応援歌】を発動させた。
それを確認したエルンストは連続して『魔物再現魔石』を展開し、マウンテン・ネイルベアを10頭、スノウ・フォックスを15匹再現した。
留守番組だった騎士と魔術師たちだろう。マウンテン・ネイルベアが熊種とは思えない速さで近づき、その大きな爪を振り上げた瞬間、何人かが頭を守りながら尻餅をついた。しかし、いつまで経っても衝撃が襲ってこないのに気付き、恐る恐る頭を守る手を下げ、マウンテン・ネイルベアを見た。
マウンテン・ネイルベアは何度も何度もその鋭い爪で攻撃するが、全て藍の結界が完全に受け止めていた。
その様子を見て、冷静さを取り戻せたようだ。一人、そしてまた一人と立ち上がり、マウンテン・ネイルベアに対し攻撃を開始した。
何人かは目の前のマウンテン・ネイルベアに気を取られ、後ろや横からくるスノウ・フォックスに気づかず攻撃を許したが、それも結界が完璧に防いだ。
少し経ったこの頃になって、ようやくエルンストが言った「防御は気にしなくても良い」という意味を理解したようだ。騎士たちの動きは訓練時にように切れが良くなり、魔術師たちの攻撃魔法も、しっかりと激しく勢いよく動き回る魔物を捉えるようになってきた。
クラウスはザビーネを守りながら、エルンストは全体を見ながら、各部下を指導していく。
魔物が見学組に向かいかけると、エルンストは「そっちは違う」と言った。すると、面白いくらいに魔物はエルンストの言う事を聞いた。
見学組は襲われる危険性もなく、安心して仲間の戦いぶりを見ることが出来た。
そして、全員無傷でマウンテン・ネイルベアを10頭、スノウ・フォックスを15匹、全て倒し切った。時間にして20分くらいか。
クラウスが聞いた。
「さて、今の戦いで怪我を負った者はいるか?」
参加した騎士団員と魔術師団員の全員が、周りを見渡す。
「いないだろう。これが、ランの【結界魔法】とスキル【応援歌】の支援だ。」
「この力のおかげで、我々はあの凄まじいスタンピードを無傷で乗り切った。」
エルンストもクラウスに続けて言った。
「とはいえ、常にこの支援があるわけではない。ランはルウィージェス様の鳥で、ルウィージェス様は現在留学中。留学が終われば実家に戻られる。だから、ルウィージェス様が下さった『魔物再現魔石』で膂力をつけた魔物で訓練をして、力の底上げをしなければならない。」
何人かはリリーエムラ公爵家の実家について聞きたそうな素振りを見せたが、リリーエムラ公爵家は『不可侵家』。質問は躊躇われたようだ。
クラウスは続けた。
「だが今の訓練で、マウンテン・ネイルベアとスノウ・フォックス、フォレスト・ウォルフの動きは良く見えたと思う。特にマウンテン・ネイルベアとスノウ・フォックスは、遭遇する事がまずない魔物だ。しかし、スタンピード時には大量に現れた。ザイラント州領テトグラン領に向かったザイラント州領の騎士たちの多くはマウンテン・ネイルベアなどの熊種に襲われたとみている。」
クラウスは皆の顔を見た。クラウスが言いたいことは理解できたようだ。
「今後も、合同訓練では『魔物再現魔石』を使った訓練を中心に、編隊などの研究を行っていく。」
「はっ!」
騎士団員と魔術師団員はクラウスとエルンストに敬礼した。
そして、この日の合同訓練を終えた。
夕方と呼ぶにはまだ早い時間、カリンを伴ったルウィージェスが制服のまま宮廷魔術師団の訓練場に現れた。今日の授業は全て終わったようだ。
藍がいち早く見つけ、ルウィージェスに向かって飛んできた。
「ぴぴっぴー」
「ランも仕事、がんばったのか、そうか。お疲れ様。」
ルウィージェスは藍の頭と頬を撫でる。
カリンは攻撃魔法と剣術の訓練に参加し、そしてルウィージェスは魔石作成と魔法陣の訓練をしている魔術師たちの元へ向かった。
「こんにちは。進捗状態はどんな感じですか?」
「あ、ルウィージェス様。今日の授業は終わりですか?」
「うん。今日はランの初出勤の日だから、様子を見に来た。」
「助かっていますよ!本当に。ラン様の【応援歌】のお陰で、安定した魔力を出し続ける感覚がだいぶ分かってきましたし。【応援歌】なしでは、こんなに何度も練習できませんからね。」
そう答えたのは、安定してほぼ同じ大きさで高密度の『回復魔石』を作れるようになってきた、魔石作成班の班長ミラ・フォン・ハルトマンだ。
魔石作成班の班長ミラは、王国内でも数少ない【エクストラヒール】の使い手で、『聖石』装飾品を付けた状態ではあったが、初めての時から、かなり密度の高い『回復魔石』を作ることが出来たが、今では、『聖石』装飾品には全く頼らず作る事が出来るようになった。別に保有魔力量が大幅に増えたわけではない。単純に、魔力制御力が上がったため、魔術発動時の魔力の無駄も魔力放出時のムラも減ったからだ。
ミラ以外の魔術師にも、同じ現象が確認されている。
だが、『聖石』装飾品を使った魔力制御力の訓練は、皆続けている。魔力制御力はいくら訓練しても限界が見えない。訓練すればするほど、その成果が実感できるのだ。
「今団長は、クラウス団長と午前中の合同訓練の件について話し合っているので、もうしばらくしたら戻ってくると思います。」
「ありがとう。そうだ、合同練習はどうだったの?送った魔石は早速使ったのかな?」
「はい。使いました。…凄かったです。」
ミラは一気に疲労感を漂わせた。
「あれ?なんか急に暗くなったけど…?」
「ルウィージェス様、なんつぅ~物を作られたのですか?!驚きすぎて、頭の中が混乱した状態で合同訓練受ける羽目になりましたよ。」
「いや~、ランが、エルンスト団長があの時を再現したいと言っていた、と言っていたから、再現する魔石を作ったんだけど、…あれ?意味、違ったのかな?」
「確かに、今日はあの時のスタンピード時を模して行う予定ではありましたけど、」
ミラは小さくため息をついた。
「団長たちにとっては、最高の形の訓練が出来たと思います。ただ、スタンピード未参加だった私たち留守番組にとっては、衝撃的過ぎたと言いますか。心の準備をする時間が欲しかったと言いますか、ハハハ。」
「それもそうか。鎮圧組は、スタンピード鎮圧に行く時点で、心の準備、出来ていたもんね。」
「えぇ、魔物を再現して訓練を行うとなんて予想外過ぎました。」
「しかし、クラウス団長もエルンスト団長も凄いね。ぶっつけ本番で魔石発動させたんだ。さすが、百戦錬磨の達人たちだ。」
「凄すぎる上司を持つと、部下が大変と言いますか…。」
ミラの視線が流れた。
「部下からの誉め言葉は率直に嬉しいですが、そういう私も、ルウィージェスの魔術には振り回されていますけどね。」
エルンストがクラウスと共に戻ってきた。
「あ、団長、…とクラウス団長!」
ミラたちは立ち上がり敬礼した。
エルンストは、団員たちにそのまま作業を続けるように言った。
「ランがスタンピード再現するのを手伝え、と言っていたからあの魔石作ったんだけど、意味、合ってた?」
ルウィージェスは、ちょっと自信なさげに聞いた。
「はい。予想外でしたが、想像以上の再現力でしたよ。」
苦笑交じりに答えたのはエルンスト。
「あの魔石のお陰で、騎士団・魔術師団の大幅な底上げ叶います。安全に実践できる手段を持つというのは、我々の夢ですからね。ある意味、大きな夢が叶った感じです。」
そう言うクラウスは嬉しそうだ。
「良かった。スタンピードの再現ってランが言ったけど、正直、困ったというか。文字通りの再現でいいのか迷ったんだけど、ランが、今日は訓練だって言っていたから、そのままの意味で取って、あの魔石を作ってみたんだ。」
「あの魔石は、各国が喉から手が出る程の代物。その存在が知れたら、欲しがるでしょうね。」
エルンストは苦笑いしながらいった。
「あれ、魔力の制御ができない人が使うと、魔物、暴走するから、使う人は選んでね。」
「え?そうなのですか?!」
エルンストが驚き聞いた。
「出した魔物、団長の言う事、ちゃんと聞いたでしょう?」
「はい、問題なく。」
「それは、団長が自分の魔力を問題なく制御できるからだよ。」
「それでは、」
クラウスが聞いた。
「もし、自分が魔力を流したら、あそこまで制御出来ない可能性があると?」
「クラウス団長は大丈夫だよ。無詠唱で連射できるようになったんでしょう?ん~そうだね、少なくとも、教科書に載っている中級程度の魔法陣を自由自在に行使出来ないと、フォレスト・ウォルフはともかくも、魔素過多中毒のマウンテン・ネイルベアは、ちょっと危ないかも。」
「…俺、マウンテン・ネイルベアは自信ないな。」
クラウスは後頭部をわしゃわしゃしながら言った。
「どのくらい魔力制御が影響するか、見てみる?」
クラウスとエルンストは同時に頷いた。
ルウィージェスは【召喚魔法:魔物再現魔石】を唱え、魔石を10個作った。
「今、この中には「スライム」と「角兎」と「爪兎」の3種類が登録してある。再現回数は各1000回強。ぼくの経験からすると「爪兎」の方が我が強いから、「角兎」よりもより緻密な魔力制御が必要の筈だよ。」
エルンストとクラウスに5個ずつ渡した。
「クラウス団長は、爪兎3匹くらいなら、行けそうですかね?」
「ん………。」
「いや、さすがに団長が角兎で試すのは、威厳的にまずいでしょう?」
エルンストが小声で言った。
「いや~、『聖石』使って魔力制御力を上げた魔術師たちの前で、だろう?」
「無詠唱で連射できるようになったじゃないですか?」
「魔術師団の団員たちは、魔石が作れるまでになっているんだろう?」
「まぁ、確かにそうですが…、」
エルンストの経験上、確かに攻撃魔法の連射より魔石作りの方が高い魔力制御を要する。
騎士団の名誉のため、エルンストは自分の部下から選ぶことにした。
「ミラ、貴女は魔石訓練で魔力の制御力をかなり上げたから、どうだい、試してみないか?」
「わ、私ですか?」
「召喚した魔物の制御に失敗しても、私もクラウス団長も、」
エルンストはカリンを見た。カリンは頷いた。
「カリン様もいらっしゃるから、安心していい。」
ミラはエルンストから魔石を受け取った。
「ルウィージェス様、流す魔力は改編【火球】程度で宜しいでしょうか?」
エルンストが聞いた。
「十分だよ。」
「それでは、スライムでやってみます。」
「それが良い。」
ミラは受け取った魔石に魔力を流した。
すると合同訓練の時と同様に、魔石から光が飛び出し、徐々に形になっていく。
そして、スライムが一匹現れた。
「スライム、あの戸の所まで行って戻ってきて。」
すると、スライムはピョンピョンと移動し、ミラが指示した通りに動いた。
「完全に制御できていますね。」
エルンストは安心したように言った。
「これ、消すときはどうすれば良いのですか?」
ミラが聞いた。
「魔力消去と言うか、発動させた【火球】を打たずに消すことってあるでしょう?あれと同じで、そのスライムに触りながら魔力を散らす感じにすれば、消えるよ。」
「なるほど。」
ミラはルウィージェスが言ったように、飛ばさなかった【火球】を消す時のように、魔力を散らす感じをイメージした。
すると、パンと光が弾け、スライムは消えた。
「おぉ~~」
どよめきが起こった。
「続けて角兎をやってみるか?」
エルンストはミラに聞いた。
「はい、やってみます。」
今ので自信ついたのか、ミラははっきりと答えた。
「それでは、角兎行きます。」
ミラは魔石に魔力を流した。
角兎が現れた。
先ほどと同じように、部屋の移動を指示し、角兎もその指示に従った。
角兎までは完全に制御できるだけの魔力制御が出来ているようだ。
「ミラは爪兎を倒したことはあるのか?」
「はい、昔母方の祖父が治める領内で。領門に続く街道近くに大群で現れたので討伐隊に参加し、実際に倒しましたが、角兎よりも動きが俊敏で、気配察知に苦慮した記憶があります。」
「そう、爪兎は、とにかく動きが速く、気配を消すのがうまい。ルウィージェス様は「我が強い」と言われたが、それは、気配を消す能力に起因するものだと思われる。」
エルンストは周りの者たちに言った。
「制御がうまくいかない可能性もある。攻撃に備えておいてくれ。」
ミラは魔石に魔力を込め、爪兎を呼んだ。
光りが集まり、徐々に爪兎の形になっていく。
そして、爪兎が現れた。
爪兎の反応は早かった。完全体となった瞬間に移動を開始した。
「爪兎、止まれ!」
ミラは慌てて指示を出した。
爪兎は一瞬止まったが、声の主、ミラを確認すると、気配を消し攻撃を開始した。
ルウィージェスが指を鳴らした。
その瞬間に爪兎はまるで金縛りにあったように動かなくなった。
「ミラ班長、魔力制御は出来ているよ。ただ、慌てたからかな。集中力が散漫だから、制御が緩くなっているんだ。」
そう言いながらルウィージェスは、固まっている爪兎を抱き上げ、ミラの前に持ってきた。
「しっかりと爪兎を見て。呼吸を整えて、もう一度、指示を出してみて。」
ミラは深呼吸をして呼吸を整えるよう努力した。
「大丈夫だよ。『回復魔石』が作れるくらいの魔力制御力があるんだから。」
ミラはルウィージェスの言葉に頷いた。
「爪兎、大人しく座って。」
爪兎はじっとミラを見た。
ミラは意識して呼吸を整え、集中力を切らさないように気を付けた。
30秒程の攻防戦だったろうか。爪兎はミラの言う通り、大人しく座った。
ルウィージェスは爪兎を消した。
「出来たね」
ミラは大きく息を吐くと座り込んでしまった。
「凄く集中しました~。」
ルウィージェスは、『魔物再現魔石』で出した爪兎を制御し、肩で大きく息をするミラを労った。
第27話では、ルウィージェスが騎士団と魔術師団に、新しい魔石をプレゼントします。魔法で魔物を再現する魔石です。ただ、姿形を再現するだけではありません。その魔物の性格すらも再現する、神業魔石です。
この魔石は、騎士団・魔術師団の訓練の歴史を変える程の代物でした。
魔力制御がとても大切だ、とは皆も知るところになりましたが、それが、どのくらい影響するのか、それを目視できる方法でルウィージェスが騎士団・魔術師団団員に教えます。
次の第28話では、魔力制御の大切さを視覚化して、更に鍛えていきます。
第一章第28話は、来年1月31日(土)20:00公開です。
第28話 宮廷魔術師団団長の奮闘⑧―魔力制御①―
来週もよろしくお願いいたします。
また、お会いできるのを楽しみにしております。
月 千颯 拝




