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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第三章

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閑話フィガロスティア・ラ・シルベスタの考察 (2)


 ハルトがルストウェルの洞窟に向かって数日後。

 届いたのはとんでもない報告だった。


 古代神殿跡から現れたのは、そこに封印されていた厄災。

 ここ何百年と出現したことのない、SSS(トリプルS)オーバーの魔物。


 ハルトはとかく災難を引き寄せがちだ。

 だが父上から言わせると当然だとも言う。

 シルベスタは大国だ。王都周辺でさえも日夜何かしらの問題が起きているし、更に王国内となればそれ以上の事件が勃発している。アレキサンドリア領は発展目覚ましく、今や国内でも五本の指に入る大都市、更にはハルウェルト商会は膨大な従業員を王国内に抱えているのだ。それだけの人間が集まれば当然片付けなければならない物事が山となって押し寄せる。

 多くの人の上に立つというのはそういうことなのだと。

 ただまあ規模が違うのは間違いないだろうがね、と。

 

 実際、緑の騎士団本部には毎日のように討伐依頼が舞い込んでいるが、一個中隊以上の規模の派遣は数ヶ月に一度あるかないか。大隊、連隊規模ともなれば年に一度か二度程度、小隊三つ以内くらいの派遣が殆どだ。地方では領地騎士団の編成も厳しいところもあって国の遠征を待つよりも高ランク冒険者に依頼を出す方が早いとさえ言われていた。当然だが依頼を出せば依頼料が発生する。だからといって放っておけば被害が拡大し、復興に時間も資金も掛かる。

 それが王都から離れた領地の財政を圧迫しているところも少なくなかった。だが現在では国内にも三つの支部があり、国での対応も早くなった。長距離遠征も珍しい。手に負えないと判断された時には各支部からの応援要請が本部に入り、該当担当地区の者達が防衛、時間稼ぎを受け持ち、本部隊が駆けつけるというのが現在の各領地の常套手段。

 ところが、だ。

 本来ならランクAあたりから連絡が届くのだが、ハルトの領地からの応援要請が本部に来たことがない。来るのはその周辺の領地からのみだ。

 勿論あの地区の魔獣出現率が少ないから、などという平和な理由などではない。

 ランクAは珍しくもなく、むしろ他では出現しないようなランクAオーバーの集団発生、Sクラス、更にはSSクラスまで出没しているのにも関わらず、ほぼハルト所有の騎士団で片付けられてしまっているあたりが怖ろしい。しかも緑の騎士団支部に応援要請が来るのは集団出現で人手が足りない時だけだそうだ。

 あそこの領地の資金が潤沢な理由は商会の売上だけではない。

 それらの貴重な魔物素材の売上も領地収入として加算されているからだ。

 魔物素材の最初の加工段階前の売却では税金がかからない。勿論その後の流通では当然課税されるが、それらの売上は討伐のために掛かった経費、被害地区の復興や被害者支援、殉職者の家族への補償に当てられるからだ。ランクが上がれば上がるほど魔物素材や魔石は値段も二乗倍に跳ね上がるが当然倒すための犠牲、損耗、被害が出る。国家所有の騎士団が出張れば国と折半、その領地内だけで片付けられたならその領地の収入となる。大抵の場合に於いてランクA以上となれば赤字となるのが普通。

 ・・・の、はずなのだが。

 毎度毎度ハルトのところは被害者少数、自領の騎士団員殉職ゼロなどという馬鹿げた記録を更新し続けているために大幅黒字。あそこの屋敷には一般的に入手困難とされているサイズの魔石がゴロゴロとしているのだ。

 父上もアインツも、魔獣討伐専門部隊団長の叔父上でさえ、あそこは絶対に異常で有り得ない、オカシイことこの上ないとも言う。

 徹底した危機管理と安全対策。聞けば一般領民にさえ他では行われていない避難訓練とやらも定期的に行われているらしく、もしもの時の行動とその対処が身についているせいなのではないかと父上は分析していた。

 いざという時、無秩序に逃げ惑えば被害が増える。突然の厄災にすべき行動がわかっていれば全員は無理でも冷静な人間が数人いて先導すれば、被害は格段に減らせる。緊急時の避難経路と避難所の確保、避難の予行練習を行うことでいざという時に指揮をとれる人間の数を増やしているのではなかろうかと。

 ハルト達の経営方針は至極わかりやすい。

 『足りない人材なら探し出せ、探して無いなら育てろ』だ。

 あそこの領地に人材が豊富なのは集めてきたからというだけじゃない。一流の者達が協力して教育、育て上げているのがあそこの商会なのだ。


 『私一人では領民全てを守れない。だからみんなに協力してもらうんだよ』と。


 そんなハルト達がそこにいるのだ。

 しかも今回はアインツとフリードも一緒。滅多なことはあるまいと信じていても心配なものは心配だ。

 なにせ現れたのは神話級の魔物。

 朝方に崩れた神殿跡からの出現と同時に喰われて犠牲者が二人出たという連絡は届いたものの、その詳細まではわからない。連絡文書によれば現在討伐手段を模索中、当日中にも対峙する予定だという。今これが届いたということは時間的に見て既に戦闘に入っているとみるべきか。もう少しすれば陽が落ちる。

 魔物は夜の闇で力を増す。ハルトがそれを待つとは思えない。

 そんなランクの討伐記録はこの二百余年、なかったはずだ。普通であれば簡単に討伐できるようなものではないが今回はどんな手段を使うのだろう?

 それを考えると不謹慎ながら少しだけワクワクした。

 実戦では最後まで立っていた者が勝ちだ。

 まして魔物討伐戦となれば正々堂々などという言葉は論外。ハルトに言わせると『卑怯上等』、『負け犬の遠吠え』には興味がないそうだ。


 本当に面白いと思う。

 ハルトは見ていて楽しくなるのだ。

 彼は他人に罵られることを気にしない。

 貴族というものは自分の評価や評判を必要以上に気にかける風潮がある。悪評が出回れば出世できないことが多いからだ。

 だがハルトは全く逆。

 面倒事を減らすには手っ取り早いと気にも留めないどころか、むしろその悪評を歓迎している。

 何故か?

 それは至極簡単で単純な理由。

 出世することなど望んでいないからだ。

 故に彼は他人の目を気にせず、敵には一切容赦しない。

 ハルトにケンカを売れば倍になって返される結果となる。

 そのせいで貴族の間では『魔王』とも『魔神』とも呼ばれているが、彼の周りの人間、親しい者達、領民からは英雄か救世主の如く讃えられているのだ。


 戦では自国の英雄は敵国の死神。

 それは別に珍しいことでもない。

 侵略する敵を多く切り伏せれば自国の民がそれだけ救われ、讃えられる。だが切り捨てた敵兵にも当然ながら家族や恋人がいる。彼等からすれば自分達の大事な者の命を奪った仇。恨まれて当然なのだ。だからといって敵を倒さねば自分が代わりに死に絶え、愛する者達を悲しませることになる。

 戦争に正義はない。

 そこには大義名分があるだけだ。

 彼はそれを理解しているからこそ自分に関係のない、その他大勢に嫌われることを怖れない。自分の大事な者を守れるならたいしたことでもないと吐き捨てる。

 自分はヒトデナシでも魔王でも構わないと。

 自分を信じ、好きでいてくれる人がいるならそれで良いと。

 潔いと言って良いほどにキッパリと言い切れる強気で豪胆でタフな精神はいったいどのようにして身につけたのか。

 だから私はハルトが自分より歳下であることをよく忘れてしまうのだ。

 目の前に立てば私よりも低い背、幼さの残る顔立ち。間違いなくまだ十二歳になったばかりの成人前の子供。

 なのにその佇まいと凛とした瞳は明らかに子供を凌駕する。

 『数百年に一人も出ないであろう天才児』

 世間ではそう称されている。

 当人はそんなはずないだろうと笑い飛ばしているけれど。

 

 そんなハルトがSSSランクの魔物如きの出現で怯むとも思えない。

 今までそうだったように、この苦難をいともアッサリと乗り越えてしまうと確信している。

 何故ならハルトには、彼が事ある毎に自慢する優秀な者達が揃っている。

 彼を慕い、敬い、狂信的なまでに信頼を寄せる頼もしい仲間が。

 そしてそこには彼が守るべき、親しい大事な者達がいる。

 守るべき者が居てこそ彼は無類の強さを発揮する。

 だからハルト。


 君は決して神話級の魔物(この)程度の苦難なんかに屈したりはしないだろう?

 

 私は君を信じている。

 必ずや勝利を手にして戻ってきてくれる。

 だって君はこの先もずっと、私の親友でいてくれると約束した。

 それを絶対に違えたりはしないだろう?



 そして翌朝、届いたのは『討伐終了』の一報。

 犠牲者は最初に出た二人だけ、って。

 出現したのは伝説級の魔物じゃなかったのかい?

 それを当日中に討伐ってどういうこと?

 いったいどこまで君は強くなっていくんだろうね。

 ハルト、君はまた伝説を積み上げたということかい?

 SSSランク討伐戦で犠牲者二人って、いったいどんな戦法を使ったのやら。夕方にはフリードがその解体済みの魔物の一部と一緒に港に到着するらしい。

 討伐するのも早ければ、解体作業も運搬も早い。

 いや、早過ぎだろう?

 国で動けばまずは作戦会議に始まって、部隊編成、装備、遠征の準備など幾段階を経て、『さあ出陣』が普通なのだ。当日中に討伐終了などという連絡が来るはずもない。叔父上がオカシイという理由も判る。

 運搬が早いのも商会の商船を使っているからと言うのはわかる。

 いったいどのようにして国境向こうから解体した肉塊をあっという間に自領に運び入れたのか。今後参考にするためにも是非詳しく聞いておかねばならないだろう。

 私はフリードを港で迎えるべく目の前にある仕事を片付けるため机に向かった。


 そうしてコルトバルとデイラック、護衛数人を伴ってその日の夕方、私はフリードを出迎えた。

「ご苦労様、大変だったね」

 私の顔を見て一瞬驚き、フリードは破顔する。

「ええ、大変でした。ですが、ハルトが一緒でしたしね」

 私の護衛官達から乾いた笑いが起こる。

 どんな苦境も諦めずに立ち向かい、知恵を絞って乗り越える。

 彼に辞書には多分、『絶望』という文字が載っていないのだろう。

 そして間を空けて、フリードの顔が真剣になった。

「ですがおそらく、むしろ、これからの方が大変になるかと」

 どういうことだと問えば、発見されたという廃神殿に向かってからの行動、経緯、その他事情を詳しく語られた。

 最初は笑って聞いていたコルトバル達も次第に顔が険しくなる。

 詳細までは伝えられていなかった。誰が犠牲になったのかも。

 ジルべスト・ラ・マイエンツとバイロット・ラ・レッドベルグ。

 それはシルベスタ王国南西地方屈指の権力者、侯爵家次男と伯爵家長男の名前。それもこの先控えている取締予定の法律違反犯罪者の疑いがある家の子息達。本来ならそんな雑事に近い遺跡発掘調査などに同行するような者達ではなく、その調査隊参加意図と企み等は陛下からも伝え聞いている。

 ここにはまだその一斉検挙について知らない者も多いが、マイエンツ達がどういう者達で、ハルトを敵視しているのも知っている。

 その敵対勢力である一派の次男と長男か。

 話を聞けばその二人の自業自得なのだけれど、マイエンツ達はどのような理由があっても納得はしないだろう。いや納得しないというよりも、これ幸いとハルトの失脚を狙って小細工してくるに違いない。

 あの男に親子の情は無い。

 自分の息子を危険な任務や不始末の責任を押し付け、娘を平気で残忍と評判の他国の王や女癖の悪い貴族に貢物として差し出し、側室に客の夜の接待をさせている。あの男は妻も子供も出世の道具としてしか見ていない。亡くしたところでまた妻や側室、愛人に産ませれば済むことだと思っているフシがある。

 あの男が愛しているのは金と権力、自分自身だけなのだ。

 そんな男が長男の死を利用しないとも思えない。

 事実を捏造し、真実を捻じ曲げ、自分の都合のいいように改変させるのは予想するまでもない。

 あの男は手段を選ばない。


「マズイね、それは」

 ハルトを追い落とす絶好のチャンスと思っているかもしれない。

 自分を上回る功績を上げ続け、莫大な富を築いたハルトはマイエンツにとって目の上のタンコブというよりも、立ち塞がる巨大な壁だろう。

 それも一際頑丈な。

 面白くないと思っていないわけもない。

 フリードが苦虫を噛み潰したような顔で頷く。

「はい。それらの問題はハルトが一番苦手とするところですから」

 貴族間の諍い、派閥争い、か。

 確かに厄介だ。

 今でこそ地方領主などに味方は増えたがハルトは王都の貴族に敵が多い。

 上手く立ち回らないと追い落とされる。

 もっとも、ハルトは爵位が下がったところでたいして気にもしないのだろうけど私が困る。過去に問題のあった者を私の右腕に、と、いうわけにはいかなくなる可能性が高いからだ。

 当人に非が無くとも、金で証言を買い、脅迫して事実を捻じ曲げられて責任を押し付けられて出世の道が断たれたという者など山のようにいる。古株、名門と呼ばれる上位貴族、マイエンツの権力と財力、人脈は侮れない。

 証拠が無ければ証言は金で買えるのが現実だ。

 これをなんとかせねばならないと以前から朝会会議などで議論されているのだが、そういう法律制定や方法、手段を整えられることで自分の都合が悪くなる上位の貴族達に反対、反論され、法案はなかなか纏まらない。

 反対するということは後ろ暗いことがあるという証明でもあると思うのだが、権力を持った者達に懐柔され、脅され、追従している者もいるだろうことを考えると追求も難しい。トカゲの尻尾を切るようにその者を切り捨てられては頭が押さえられない。余程上手くやらないと片っ端から揉み消しにくる。だからこそ違法に力を付けた者達を叩くために今回一斉検挙が水面下で計画されているわけなのだが、その主力部隊を担うことになるハルトが捕縛となるのはそういう意味でも絶対に避けなければならない。

 私の大事な親友、将来の右腕を失ってなるものか。

 

「近衛達が帰って来るのはいつ?」

「二、三日中には戻ってくるかと思われますが」

 フリードの返答に思考を巡らせる。

 まずは証拠固めが必要だろう。改変される前の事実の把握をしておかなければ。

 日にちが立てば人の記憶は薄れる。

 あやふやになる前に明確な事実をキッチリ聴き取りしておこう。

「ならば戻ってきたら王都に戻る前に私のところにすぐに寄越して。横槍を入れられる前に先にこちらの地方監査局で調書を取る」

 それはこちらの仕事でもある。

「畏まりました。ですがそれでも証言を翻す者が出てくるとは思いますが」

 だろうね。

 脅迫を跳ね除けられる者ばかりではない。

 相手は手段を選ばないマイエンツだ。あらゆる手を使って自分に都合の良い真実を作ろうとしてくるに違いない。

「それでも何もしないよりマシだろう。多少なりとも彼等の良心を保つための楔となる。ハルトは権力争いに関係ない者達、特に騎士職の者には好かれているからね」

 強くて、優しくて、温かい。

 口は悪いのに不思議だと思う。

 ズケズケと言いたい放題言っているようで、その言葉にはいつも一本筋が通っていていい加減なことを言っているわけではないと理解できるからだ。口先だけでなく、行動が伴うそれは説得力があるのだ。

 ハルトはどんな時も誰かを矢面に立たせたりしない。

 使い捨てたりしないのだ。

 そこが危険であるなら尚更一番前の最前線に立つのが彼だ。

 ああいうところは叔父上とも似ている。

 フリードは私の言葉に苦笑した。

「そう、でしたね。彼はいつも『仕方ない』と言いながら多くの者を救ってきましたから。ハルトが人タラシと呼ばれるのはああいうところでしょうね」

 多分ね。

 大勢の人間を助けておきながら少しも恩着せがましくもなく、『巻き込まれたんだから仕方ない』という言葉を言い訳に溜め息を吐きつつ物事を解決に導く。

「ハルトがそれを聞いたら眉を顰めて嫌そうな顔をするだろうけどね」

 なんで褒められてイヤな顔をするかな、と、思うのだ。

 もっと胸を張れば良いのに。ヘニョリと曲がったハルトの眉を思い出し、私は微笑む。


「とにかく早めに動いた方が良さそうだからね。こういう時くらいハルトの力にならないと。いつも助けてもらってばかりでは私はハルトの親友だと胸を張れない」


 多分、そんなこと、ハルトは気にもしてないだろうけど。

 『貸しだ』、『そのうち返せ』と言いつつも、ハルトはいつも口だけだ。

 だが、それに甘えてばかりではいつか見限られる。

 片方ばかりに負担が掛かるのは対等な関係なんかじゃない。

 失いたくないと思うなら尚更だ。

 困っていた時に助けてもらっておいて、自分が出来ることがあるにも関わらず相手が困っている時に手を差し伸べようともしない。

 そんな人間はいつか見放される。 

 私はハルトと対等でいたいのだ。

 フリードのところに一緒に連れてきた護衛の半分を置いていく。

 後でウチからも魔物素材の見張りという名目で警備と連絡係を派遣しよう。


「デイラック、コルトバル。これから忙しくなる。頼んだぞ」

「承知しています、殿下」

「お任せ下さい」


 なんとしても守り切る。

 ハルトを無実で罪人に落としてなるものか。

 私は踵を返すと足早に監査局に戻る。

 まずはマイエンツ達の思惑通りにコトを進ませないためにはどうすべきか?

 思いつく限りのあらゆる手段を打っておくべきだろう。

 私には私のできることを。


 ハルトは無力じゃない。

 黙って殴られているような殊勝な性格でも弱腰でもない。

 売られた喧嘩でハルトが負けたことはない。

 大丈夫だ。

 ハルトの味方は私だけではない。


 でも。

 それでも、

 私はハルトに頼るだけではない、

 頼られる存在でいたいのだ。


 ハルトの一番の親友でいるために。

 

 

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