第百十四話 未来とは予測不可能です。
顔を洗ってメイクを落とし、泣いて腫れ上がった目は初級の回復魔法を掛ける。これで少しは泣き腫らした目もマシになるはずだ。
もう一着のドレスに着替えてもらうとベガ様に今度は鏡の前に座っていただいた。
先程とは打って変わった明るい表情に私も嬉しくなる。
勿論仕上がりもバッチリだ。
私の思った通り、背が高くて腰の位置も高いベガ様には最高に似合った。
すっかり気に入ってしまったものの、それなりのお値段がする二着のドレスを前にミレーヌ様に『買って欲しい』と言い出せずにベガ様は口篭った。
そんなところも好感が持てる。
いつもなら言えるひと言も言えない。
それは自領の今の財政状況を知った上で、領民の負担を考えて、それを欲しいと言わないってことでしょう?
家財を売り払い、借金してでも欲しいものは欲しいと散財する女性もいる。一度上がりきった生活レベルを落とすのは確かに難しい。一流で最高の素材だったものを一流でないものに変えれば生活出来る。だが一流に慣れた舌は安い素材を食えたものではないと吐き捨てる。その人が吐き捨てたものさえ食べられずに飢える人もいるというのに、それを知ろうとしない者達はどうしようもない状態にまで追い込まれてもそれに気づかない。足りないのなら取れるところから搾取すれば良いだけだと思っているからだ。
自分達のことしか考えない。
財源と支出が合わない暮らしはそれが更なる財政困難を招き、没落する。
税を納めない領民が悪いのだと責任転嫁して重税を掛ける。
そうなれば民は生活できなくなり、他領に逃げるか、飢えて死ぬか。民がいなくなれば税収は更に減る。
そうしてどうしようもなくなってもそういう人達は他人に責任を負わせる。自分は悪くない、悪いのは自分以外の者なのだと言い訳して。領主が節制すればなんとでもなることも多いというのに。
実際、私の父様はなんとかしてた。
足りないお金は家財を売り払い、見栄とプライドを捨てて陛下に直訴して頭を下げ、それでも足りないお金はダイアナ母様と冒険者稼業で稼ぎ、母様達もそれを理解して新しいドレスを買って欲しいとは何年も言わなかった。リメイクして、工夫してその時持っていたドレスを着回して、質素な食事に文句もつけなかった。
いざとなれば身を削ることもできる。
今ではその影も見えず、私から新作をもぎ取って行くけど、それでも笑って許せるのはそういうところを見ているからだ。
高利貸しから金を借りて、借金で首が回らなくなった挙げ句の果てにその高利貸しを捕縛、始末して借金を踏み倒す。そんな貴族もいたらしい。
それは悪徳高利貸しも真っ青の悪徳領主だ。
しかしながらそれも大抵長続きはしない。
『あそこの領主は金を貸しても踏み倒すために俺らを始末する』、そんな噂が回れば次に金を借りるために扉を叩いて訪れた高利貸しは貸し渋る。そんな大金は用意できないとお断りされるのだ。
当然だ。
金を貸しても返ってこないどころか命も取られる危険があるとなれば貸すはずもない。そうなれば金を貸してくれるところは無くなり、詰みだ。そういう輩は大抵ロクでもない悪事を思いつき、いずれはお縄になるだけで、それが遅いか早いかの違いでしかないんだから足掻く前にサッサとお縄になればいいものを。
お金は湯水のように湧き出るものではない。
継ぎ足す手段が無ければいずれは尽きるものなのだ。
ベガ様はそんな未来を多分判っているのだ。
だからこそ欲しいと思っても言えない。
こういう先を見通せる、思慮深い女性が私は大好きだ。
そこで私はひとつ提案をする。
「ファッションショーですか?」
二年前から開催している、ファッションショーというのも烏滸がましいほどの規模だけれど女の子達には結構人気の見世物だ。女性は入場料が無料ということもあって最前列を取るために朝から配られる整理券は待ちが出るほどにはそれなりの人が入る。
いつの時代もオシャレに情熱を賭ける女の子というものがいるものだ。ウチの従業員の女の子達も新作が出るとチェックを欠かさない子も多い。
「はい。明後日ウェルトランドの劇場で今期売り出しの新作の発表会があるんです。その日から予約受付と売り出しが始まります。規模自体は小さいのですが、そこでベガ様にはそのトリでこのドレスを着てランウェイを歩いて頂きたいのです」
他にも女の子が何人か他の新作を着て歩くけど、私の最推しのこのドレスを是非とも御披露目したいのだ。売り出すのはもっと簡素なデザインで、上着だけとか、刺繍無しとかバラでも売り出す予定でベガ様の来ているような物は数パターン用意するが予約受注生産だ。なので、受注量を増やすためにもここまで似合うなら是非とも歩いてもらいたい。
他の女の子達は一般的な身長。そこに背の高いベガ様が混じれば目立つこと請け合いだ。いい宣伝にもなるだろう。
案の定、青い顔で断ろうとベガ様が口を開く。
「私にはとてもそんなこと無理で・・・」
「もし歩いて頂けるならこの二着のドレスとブーツは出演料として私からベガ様にプレゼントさせて頂きましょう」
宝飾品はミレーヌ様に似たものをお借りできるはず。
小物と化粧品はそこまで高いものでもない。
ウェルトランドで人気の看板娘の女の子達もファッションショーで着た服は暫く着用、広告塔になってもらう条件でプレゼント予定だし、ベガ様には貴族主催のパーティで着て頂ければ宣伝効果も充分だ。
「出ますっ」
最後まで言わさず口にした私の言葉にベガ様はすかさず食いついた。
ハイ、見事釣り上げさせて頂きました。
とびきりのモデルを。
別に難しく考えることはない。
ファッションショーとは名ばかりの御披露目会だ。そもそもそんなものこの時代にあったわけでもないので一番最初にファッションショーと銘打って新作発表会を始めたのはウチが最初。モデルなんて職業があるわけでもなし、素人に綺麗なウォーキングなど求めてもいない。だからこその出演料は『着用した服』なのだ。ハンガーにただ吊るして見せるより、マネキンに着せるより、実際に着た人を見てもらった方が良いだろうという程度。そのうちこういった文化(?)が根付いてくればそういう職業も将来的に出てくるかもしれないが、それはまだ先、遠い未来の話。
だからベガ様が飛び入りして頂いても全く問題ないわけで。
「そう言って頂けると思ってました」
私がニッコリ微笑ってそう言うとベガ様は真っ赤になって少しだけ俯いた。
その様子にミレーヌ様もクスクスと微笑う。
「ではどうしましょう? 明日のリハーサルもですが、ファッションショーは昼過ぎで夕方近いので滞在をベガ様にはもう二日ほど伸ばして頂くことになると思いますが、ミレーヌ様達は如何致しますか?」
そしてついでに滞在期間の延長をもぎ取る。
ウチの男どもに是非とも口説く機会をっ!
女性幹部、女性幹部っ、女性幹部候補が欲しいっ!
滞在期間中に興味がありそうなことを探って、お連れして、さりげなくついでに勧誘を。そしてベガ様が口説けたなら将来を見据えて保育所とかも設立して女性の働きやすい職場を目指そう。目標は女性の権利拡大だ。
思いっきり下心つきなのだが悟られないようにひたすら私は笑顔を作る。
ところが日付を聞いてミレーヌ様が渋い顔をした。
「明後日ね。生憎来客があるのよ」
迷ったように告げるミレーヌ様にすかさず私は申し出る。
「よろしければベガ様と側仕えの女性はウチで護衛を付け、責任持って御屋敷まで送り届けさせて頂くように手配致しますが?」
その程度、たいしたこともない。
どうせ定期便の馬車もステラート領まで出ている。馬車付きで少しだけ寄り道すれば良いだけだ。ついでに良い雰囲気になりそうな者がいたら馬車に一緒に乗せて道中で親交を深めてもらいましょう。
そんな企みも全て笑顔の下に仕舞い込む。
「本当にお願いしてもよろしいの?」
勿論ですとも。
未来のウチの男どもの嫁候補だもの、しっかり護らせて頂きます。
「私は所用あって御一緒できませんがステラート領の方向にもウチの馬車は毎日出ていますので少し回り道をすれば良いだけのこと。全く問題ありません」
当然じゃないですかとばかりにミレーヌ様の問い掛けに大きく頷く。
「ではベガ、自分で決めたなら頑張りなさい」
ヨシッ、ミレーヌ様の許可は頂いた。
後は辺境伯を丸め込・・・違う、違うっ、お願いして御許可を頂ければ万事丸く収まるってことで。
「それではまずはベガ様の御父上、辺境伯にお見せしに参りましょうか」
私はそう言って手を差し出した。
とっておきのレディをエスコートする栄誉をまずは賜りましょう。
「自信を持って真っ直ぐに前を見て、背筋を伸ばし、堂々と歩いて下さいね?
私が憧れている、そんな強い女性にこそ相応しいドレスです。
ランウェイで猫背は困りますよ?」
手を取ったベガ様に私がそう伝えるとシャンッと姿勢を正した。
聡明さが伺える凛とした強い瞳。
これが本来のベガ様の姿なのだろう。
キッカケなんてなんでもいい。
欲しいのは少しだけの前を向く勇気。
俯いていれば見えない景色を見据える、負けない覚悟。
私はそんな気概と気骨のある、強い女性が大好きだ。
すごくカッコイイと思うから。
ヒールの高いブーツを履いたベガ様より私の方が背が低いあたりはイマイチ格好つかないが、綺麗に着飾った女性の引き立て役は美女をエスコートする役得と比べれば微々たるもの。
むしろ光栄ってものだろう。
その栄誉は誰にでも与えられるものじゃない、特別なものだ。
私は昼には人気の少ない中庭を横切って、湖側の辺境伯達がいるはずの開けた場所にお連れすると、そこには気球を見上げる辺境伯とテスラ達、そしてフリード様にフィアの姿まであった。
どうやら閣下達御夫婦は気球に乗っていらっしゃるようだ。
「あれっ、フィア、来てたの?」
フィアが私の声に気球から視線をこちらに向けながら答える。
「今来たところだよ。センターに戻る前にハルトオススメの上空から見下ろすあたり一面の紅葉の景色を見せてもらおうかと思って寄ったんだけど」
まあ通り道といえば通り道だもんね。
普通なら一国の王子を間近で見るなんて城勤めでもない限り滅多にないはずなのに、すっかりウチに馴染んでフリーパス。護衛のデイラック達も一緒だということは、多分気球が上がっているのを見て、ならばついでに寄って行こうということにでもなったのだろうけど。
「閣下達は上?」
辺境伯の説得はマルビスとゲイルに任せることにして、テスラとロイの側に寄って上を見上げて尋ねる。
「はい。上がって暫く経ちましたので、そろそろ降りて頂こうかと思っているところですが」
テスラの合図に待機していた警備達が気球に繋いだロープを巻き取り始める。
この辺りは小高い山に囲まれているから風もあまり強くはないけれど、あまり高く上がると風に煽られないとも限らない。一応ロープで繋いであるし、そこまで高く上げるつもりもないから大丈夫だとは思うけど、現状気球は二人から四人乗り。重量制限を設ける必要がある。体格の良い閣下や辺境伯ならば二人が限界、女性や子供のような軽い人ならば四人くらい。でっぷりとふくよかな方ならば一人でアウトかも?
当面余裕を持って一人から二人乗りとしておくつもりだ。巨漢のお客様がいらした時に乗れませんでしたは不味かろうと考えたからだ。
天秤みたいなもので乗車資格を計る必要もあるだろう。
何か良い案を考えなければ。
「次は誰が乗る予定なの?」
「ワシだ。殿下はゆっくりと見物したいから後で良いと。ミレーヌが戻って来たのなら一緒に・・・」
見上げたままだった辺境伯が視線を下げ、こちらに目を向ける。
そしてミレーヌ様の隣にいる自分の娘の姿を目に留めて見事に固まった。
「・・・もしかして、ベガ、か?」
目を見開き、かろうじて絞り出したような声。
なんでそこで疑問形?
どこからどう見てもベガ様でしょうよ。
私は呆れ顔で辺境伯に告げる。
「もしかしなくてもベガ様ですよ? ご自分の娘さんをお忘れですか?」
「いやっ、忘れてはおらんぞっ、忘れてはっ」
取り繕うように言って慌てて駆け寄る辺境伯に微笑う。
親子で何やら嬉しそうに会話を交わしているがワザワザそれを邪魔することもあるまい。
「随分とイメージが変わりましたね」
テスラの言葉に私は小さく頷く。
ほんの少しの違い。
ベガ様の中身が変わったわけじゃない。
それでも人間はどうしたって第一印象は外見だ。その顔の造りも勿論だが、そうでなくても人を惹きつける強いオーラを持っていたり、迫力があったり、人の良さが滲み出ていたり、油断ならない強かな雰囲気を漂わせていたり、性根の悪さが滲み出ていたりと色々な意味で人目を引く人がいる。
ちょっと外見が変わっただけ。
それでもそのチョットの違いが人を変えることもある。
自分に自信がなくて俯いていた顔を上げるだけで表情が、姿勢が、声まで変わることもある。
ここに来た時とまるで違う顔つき。
これが本来の辺境伯邸でのベガ様なのだろう。
「そうでしょう? ベガ様は素がいいからね。
どう? すごく素敵でしょ」
私がそう言うとロイがチラリとベガ様を見て微笑う。
「そうですね。確かにお美しいと思います。ですがどんなに美しくても私達にとっての一番が貴方であることは揺るぎません」
ロイのそんな台詞にテスラも頷く。
ここでそれを言う?
それはズルイんじゃないかなあ。
私はほんのりと紅くなる。
「今はそれはいいよ。ロイ達の趣味が悪いのはわかってるから」
多分、その言葉がなかったら、きっとロイ達がベガ様に見惚れていたら私は寂しくて、面白くなかったんだろうなとは思うけど。
だから私は二人に御礼を言う。
「でも、ありがとう。嬉しい」
それが欲目であろうと、目が曇っていようとね。
嬉しいものは嬉しい。
だがひとまずそれはそれ。
有人飛行は何度か試したが初の部外者を乗せての飛行だ。
「テスラ、それで気球の調子はどう?」
「特にこれといった問題もなく。何度か試運転を繰り返して何事もなければ来月頭には予定通りお客様乗せても大丈夫だと思います」
それは何より。
ウェルトランドも開園して既に五年が過ぎた。
色々と趣向を凝らして、新しい施設も順次オープンしているけどそろそろ人を呼び込む大きな目玉が欲しかったところなのだ。
「ただ事務局の方には問い合わせが殺到しているようですね」
やはりか。
「それは仕方ないよね。コレは相当に目立つもの」
本来空を飛ぶのは鳥類か竜種。
それが竜種よりももっと大きな気球が浮かんでいるんだもの。驚くな、騒ぐなっていうの方が無理だよね。ただ浮かんでいるのがウチの屋敷の敷地内なんで騒ぎにはなっても、またサキアス叔父さん達が妙な実験でもやってるか、新しい物でも発明したとでも思われているのだと思うけど。魔改造してるのはサキアス叔父さんとヘンリーなのでそれもあながち間違ってもいない。
気球から極力目を離さないテスラに倣って私も上を見上げる。
今のところ事故はないからと安心しては駄目だろう。
事故なんてものは油断した頃に起こるものと相場が決まってる。
「当初の計画通り、近日公開予定の新アトラクションの開発だと説明しています。乗車料金の問い合わせも来ているようですけど」
まあそれが妥当なところだろう。
不安を煽るのも良くないし、乗り物だと知っていれば期待は煽るだろうが王都の城でも近日中に見張り台代わりとして導入すると言っていたから認知されるのも早いはず。暫くすれば騒ぎも落ち着くはずだ。
「告知のタイミングと価格については商業班に任せてあるから平気だよ」
「ならば心配ありませんね」
テスラはそう言って微笑った。
開発費用もそれなりに掛かってるから最初は高額にするつもり。
出だしが高いのは珍しいことでもない。
誰にでも乗れるからと乗車希望客が押し寄せて、何年待ちというのも困る。当面客足が落ちるまで金持ち相手にボッタク・・・ではなく、プレミア価格で営業して、稼がせてもらう予定だ。当面万が一を考えて風魔法の詠唱破棄が出来る者を数人下で待機させた上で上級ポーションをそれなりの数で用意しておくつもりでいるもいるし、そうして安全対策に人員を割くとなれば経費も嵩む。
「ハルト様、辺境伯にベガ様の出演OK頂きましたっ」
マルビスが辺境伯を上手く説得してくれたようだ。
ならば全てここまでは私の思惑通り。
後はさりげなくベガ様の好みのタイプを聞き出しつつ、上手くカップル成立となれば万事OKということで。
さて、誰がいいだろう?
年齢的に考えると商業班ならユエトやバルディ、スキットあたりだろうか、だがやはりミゲルも捨てがたい。いやいや、ここは成功率を上げるためにもベガ様の好みのタイプの調査が先か。となれば、ここはやはり口の上手いマルビスやゲイルに手伝ってもらって作戦を。
そんなことを考えつつ、ライオネルを振り返る。
「良かった。じゃあライオネル、辺境伯御夫婦は明日先にお帰りになる予定だから明々後日にベガ様を辺境伯邸に送り届ける予定を後で組んでおいて?」
「承知しました」
明々後日というと翌日はジュエイルに出発だから、そのメンバーは外すしかないわけだけど。勿論ベガ様が興味を持ってくれる人がいたら同行するメンバーのチェンジも視野に入れますよ?
未来は予測不可能だ。
でも努力次第で掴める未来もあるんです。
私の予定や計画は常に崩れがちだけど、それでも諦めずに頑張ってきたからこそ今の幸せがあるんじゃないかなあって思うんです。
ベガ様がウチの誰かのところにお嫁に来てくれたら勿論嬉しい。
だけど無理強いするつもりは毛頭ない。
それはベガ様自身が頑張って手にするべき幸せだ。
私はただ紹介するだけ。
出会いとは一期一会。
どこに自分の運命の人がいるかわからない。
相手が手を伸ばしてくれていても、その手を握り返さなきゃ本当の幸せなんて掴めない。その逆も然りだ。伸ばした手を取ってくれる人ばかりじゃない。
だから後悔のない選択をしてもらえればそれでいい。
でもね。
いくら相手がベガ様でも私のロイ達は絶対あげませんからね?
強欲と言われようと誰一人として譲れない。
私のとっておきのスペシャルなのだから。




