第百十三話 笑顔とは幸せを運ぶものだと思うのです。
さて、と。
始めからベガ様を鏡の前に座らせたのでは面白くない。
出来上がりで驚かせるためにもまずは普通に一人掛けの椅子に座って頂き、ハルウェルト商会の近日売り出し予定であるヘアメイクセットを一式乗せたワゴンをゲイルが押してきたところで私は袖を捲り上げる。
メイドのリリーがベガ様の髪に櫛を通してくれる。
真っ直ぐストレートの髪。
サイドの髪を1束ずつ取ると少し湿らせるとワイヤーを挟んだ太めのリボンに乗せてくるくると巻いていく。
まずは綺麗にサイドをドレスと同色のリボンを細かく編み込みつつ、ビーズ製の花飾りを散りばめていく。左右のバランスを整えつつ後ろで束ね、三つ編みを三本作るとそれを綺麗にお団子にまとめ、更にリボンと大ぶりの簪を差し込んでいく。
折角綺麗なうなじなのだ。見せなければ損だろう。
ベガ様の髪の色は黒に近いブラウン。垂らすよりも纏めた方が表情が明るく見えるはず。せっせと手際よく髪をセットしていく私を見てミレーヌ様は口元を隠しつつあんぐりと口を開けていた。
「・・・驚いたわ。貴方にこんな特技があったなんて」
髪を綺麗に纏めるためのピンを加えている私の横でマルビスが自慢げに語る。
「驚くのはまだまだこれからですよ?」
そうですね、まだまだ序盤です。
でもマルビスが自慢することでもないと思うのだけれど。
まあいいや。細かいことは別に。
後ろの髪を整えたところで前に周り、今度はメイク道具に手を伸ばす。
ベガ様の魅力的なところを活かしつつ、柔らかなイメージで。
現在市場で販売されている化粧品はハッキリ言って使いにくい。なので私の要望を伝えつつ、改良を加えてもらって前世と同じといかないまでも近づけてもらった。
当然ですがこれも売り出し予定です。
こういった化粧品は普通に買えばかなり高価だ。
平民の女の子ではなかなか手が出せない。
そこで考えたのは小さなパレット式。蓋付きの入れ物の中に自分の好みで中身を入れ替えられるごく小さな正方形の入れ物に入ったルージュやチークなどをパズルのように嵌め込んで自分でカスタマイズ出来る物。ひとつが空になってもそれだけを買い足してお気に入りを詰め込むことが出来るのだ。
これならば単価は安くなる。ひとつが空になったからと全てを買い直す必要もない。お気に入りを余分にストックしておいてもらっても、違う色、違う物を複数セットしてもらってもOK。予算に合わせて入れ物も二個から二十個入るケース販売を予定しているし、ファンデなどは少し大きめの入れ物でも用意してバラエティ豊かに、その人その人に合ったものを探してもらう。そうすれば沢山のメイク道具を持って歩く必要もない。メイクブラシも二十種類、長さから太さ、材質、サイズに至るまで。高価で柔らかな素材から初心者用の安価なブラシセットも用意して売り出す予定だ。
やや離れ気味の切長でキツめに見えそうな目元は優しく少しだけ目尻を下げ、寄せるようにラインを引いて、頬は若々しく明るい色で顔を作っていく。
「ウチの商業棟、貴族出身の御令嬢がたの話は御存知でいらっしゃいますか?」
真剣な顔で手を動かしている私の後ろでミレーヌ様にゲイルが問い掛けた。
言葉に詰まっているのか、言葉を選んでいるのかミレーヌ様の声は聞こえてこない。あの隔離病棟の猛女達はなかなか強烈だけれども、それでも男子棟に比べれば随分マシだと思う。男子棟の個室はゴミ屋敷のようになって異臭を放ち、人外魔境になっているところも多いようだが女子棟は掃除している人も多いのでそこまで酷くないらしい。
まあ皆無ではないみたいだけど。
「正直に、率直に言って頂いて構いませんよ」
マルビスの声にミレーヌ様が答える。
「知っているわ。趣味や自分の興味あるものに没頭して身なりに構わず、容姿に恵まれず、売れ残り、厄介者扱いされてここにきたと」
こちらとしては様々な専門分野の方々に来て頂いて大歓迎でしたけど。その世話にはかなりの苦労が伴いましたがね。
「そうですね。あながちそれも間違っていませんよ?
なかなか個性的でアクの強い方々が揃っておいでですから」
ゲイルがそう言って苦笑する。
「だけどここのパーティなどで見掛けた彼女達は噂に聞いていたほど酷いとはとても思えなかったわ。
でも、ひょっとして・・・」
「ええ。御推察の通りです。
彼女達に魔法を掛けたのはハルト様で御座います。
ハルト様はあの棟に住まう者達を蔑ろにし、追い出したその家族達を見返してやりたいのだと。変貌ぶりに驚いて、帰って来いと仰る家族の方々もいらっしゃるようですが、今のところ誰一人として御実家に戻られる方はみえませんね」
魔法というのは些か大袈裟だがゲイルの言う通りだった。
そりゃあそうだろう。
彼等、彼女達が好きなことを仕事に出来る職場。
規則を守り、やることさえやっていただければ常識の範囲内であれば好きなことをして頂いて構いません。ただ、彼等は肝心な、その『常識』が欠けてることもしばしばで、それでもやってはいけない理由をしっかり説明すれば次から気をつけてくれる人も多いし、迷った時は相談もしてくれるようにもなった。
多分、ここを追い出されたくないと思っているからだ。
仕事をしない者に私は容赦しないから。
私は彼等の親ではない。
ゴクツブシを居候させるつもりはない。
だが彼等のやりたいことを無闇に反対したりもしない。
ちゃんと仕事をしてくれて、私達を納得させてくれたなら許可だって勿論出しますよ?
勝手に暴走されるよりその方がマシだもの。
虐げられ、厄介者扱いされて追い出された彼等はここで自由を手にした。
自由を知らない頃ならまだしも手に入れたそれを手放して、また籠の鳥に戻れと言われても従いたいとは思わない。
彼等にはしっかりとした意志がある。
落ちこぼれでも、厄介者でもない。才能と好奇心に溢れた人達だ。
ただそれを家族が理解しようとしなかっただけで。
「人は皆、表情、服装、髪型、化粧次第で美しくなれるものだ。だからこそ中身が大事なのだとハルト様はよく仰います。
こうして見ていると本当にその通りだなと思いますね」
そんなマルビスの声が聞こえた。
化粧、髪型だけじゃない。特に女性は人に見られ、褒め称えられ、視線を意識すればするほどキレイになるものだと私は思うのだ。ブスだ不細工だと罵られて俯いていては余計に暗い顔になる。逆に顔を上げて笑顔を絶やさない女の子なら魅力的に映る。
印象なんてものは表情ひとつで変わるものだ。
メイクの手を止めることなく私は集中する。
あげられるのはほんの少しのキッカケと勇気。
私は生憎多忙だ。いつも手を貸してあげられるわけじゃない。それでも商業棟の女性達が魅力的になったのは顔を上げ、自信を持って前を向くようになったからではないかと思うのだ。
もう少しで終わる。
ベガ様はもともとお綺麗なのだ。そこまで手を加える必要もない。
変えるのは印象だ。
私は筆を持ち替えて仕上げに掛かる。
「名前を出す予定は御座いませんがこのワゴンに乗っているものはハルト様のプロデュースで、今度ウチから発売予定の化粧品です。平民の女性にも手を出しやすい価格に抑えるために一つ一つを小さくすることで単価を下げ、中身を入れ替えできるようにすることで他のものも試したいと思った時に手を出しやすくなる。
ハルウェルト商会発足当初からの経営理念、良いものをより安く。薄利多売の精神ですね」
その通り。
高価なものでは多くの女の子の手に行き渡らない。
安価で手を出しやすく。そしたらメイク技術も今よりもっと進歩して、私の腕程度、すぐに追い抜く女の子が出てくるはず。
女の子の『キレイになりたい』気持ちを侮ってはいけない。
女性のパワーは強烈なほどに凄いのだ。
そうして最後に眉の形を整え、巻いていた両側のリボンを解くとゆるくウェーブした両側の髪をバランスを配慮しつつピンで留めて整えて、リリーが用意してくれた生花を数本抜き取って形を整え、リボンで結び、右側の耳上にピンで留めると完成だ。
「こんな感じでどうかな?」
私の腕ではこれが限界。
それでもこの間の似合わないドレスと化粧よりかなり印象が違うはずだ。
ホウッと男性陣から溜め息が漏れる。
「相変わらず、女性を化させる腕前は天下一品ですね」
「全く。これが世間に知られたらシルベスタ王国中の女性がハルト様目掛けて押しかけて来ますよ」
二人ともなんて言い草だ。
女性を褒めるならもっと適切な言葉があるでしょうよ。
「失礼だよ、マルビス、ゲイル。
ベガ様は元からお綺麗だったの。言ってること大袈裟過ぎるでしょ。私は少し顔の印象を変えただけ、時間だって今日はそんなに掛かってないでしょう?」
私が叱るとスミマセンと二人が肩を縮こめて小さくなる。
そんな二人を気に留めていないのか、それともその声が聞こえていなかったのかミレーヌ様が興奮気味に喋る。
「凄いわよ、ベガ。立って姿見を見てみるといいわ」
当惑しているベガ様が立ち上がると立て掛けてあった姿見を持ってイシュカがその前に立った。
そこにいたのは六日前の影で嘲笑されていたのとはまるで別人の姿。
お似合いのドレス、首飾り、髪型に化粧。
すごく綺麗な、男がこぞって振り返るような御令嬢が映っているはずだ。
驚いてその鏡を凝視し、一瞬表情を止め、そして歓喜に頬が綻ぶとその瞳に涙が盛り上がる。
「泣いちゃダメよ、ベガ。泣いたら折角の化粧が落ちるわよ?」
そうミレーヌ様に言われて慌てて涙を引っ込めるがベガ様の涙は止まらない。
まあ、今回は仕方ないかな。
私は小さく笑って言葉を紡ぐ。
今ならば少しは私の言葉もベガ様に届くだろうか。
「言ったでしょう? ベガ様は充分にお綺麗だと。
私は嘘は吐きません」
見え透いた御世辞など心が痛むだけ。
嘲笑うような顔で褒め称えられるのは悪口と一緒。
馬鹿にされているのと変わらない。
例えばだけど、私は自分が『可愛い』とは思っていない。
むしろ可愛くない性格だろうなと思うのだ。
でもロイ達が『可愛い』と言ってくれるその言葉を嘘だなんて思っていない。だからこそ私はすごく嬉しいのだ。
そこに心が込められてるって解ってるから。
本当にそう思ってくれてるって知ってるから。
だから私はロイ達がくれるその言葉が凄く嬉しい。
『綺麗だ』と、そう言って嘲笑うくらいなら『綺麗だ』なんて言わなくてもいい。
褒める言葉はひとつじゃない。
人によって良いところは違うのだ。
同じわけもない。
「どんなに美しくても、似合わないドレスを着て、強引に髪型を流行りに合わせ、俯き、暗い顔をしていては女性は魅力的に映りません。流行りはあくまでも流行り。人の好みも様々あるように、性格や容姿にも個性があるのです。
人と同じ物が好きな人ばかりではありません。
似合わない流行のドレスを着るくらいなら自分が流行を作り出すのだというくらいの気合を持って自分に似合う、好きな服を着るべきだと私は思います。
なので私からベガ様にお願いがあります」
ひと呼吸おいて、ベガ様が私を見たのを確認してその続きを告げる。
「出来る限りで構いません。
どんな酷い言葉を投げかけられようと微笑って下さい。
全ての女性は、いえ男だって笑顔が一番魅力的なんです。
だからどうか顔を上げて真っ直ぐに前を向いて下さい。
貴方を貶す男がいたなら、それはその男に見る目がなかっただけのこと。
貴方が傷つく理由などないのです。
そんな無礼者は笑い飛ばしてやれば良いのですよ。
貴方の素晴らしさを解しない、『馬鹿な男』だと」
私はちゃんと気がついたでしょう?
貴方が素敵な人だって。
この私が気がついたんだから他にも気付く男がいるはずだ。
私のそんな言葉に益々ベガ様は泣き出してしまった。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
繰り返されるその言葉は何より嬉しい贈り物。
ミレーヌ様が少し困ったように苦笑してその涙を拭う。
可愛い、綺麗だ、そう言われるたびに女性は美しくなる。
その言葉に相応しく美しくなろう頑張る。
黙っていればよいものを、ワザワザ綺麗になろうと頑張る女性の出鼻を挫く男の罵詈雑言は許せない。
だってそれは貴男にその女性を可愛くさせるだけの魅力がないってことでしょう?
特に好きな人の前でなら女性は最高に可愛くなるんです。
素敵な男性であるならば綺麗だと思われたくてネコもかぶる。振り向いてほしい、少しでも可愛いと言われたいと頑張るし、その人の好みが清楚でおしとやかだというのなら勝ち気で我が儘な女性でも、そう見せようと努力したりもするんです。
それをしないということは、貴男が魅力的だと思われていないということでもあるのですよ?
女性だけのせいにしないで頂きたい。
すっかり涙で化粧は落ちてしまったけど、ベガ様の表情はここに来た時とまるで違う。暗い表情は払拭されている。
それだけでも女性の魅力は二割増し以上になるものだ。
「お化粧がすっかり落ちてしまいましたね。
では申し訳ありませんが、私オススメのもう一着を着てみて頂けませんか?
今度はこの服に合わせてもう一度、私がこの腕を奮いましょう」
私がそう言った言葉に少し驚いたものの、ミレーヌ様に説得されるまでもなくベガ様は微笑って頷いた。
そうですよ?
私は貴方のその笑顔が見たかったんです。
綺麗な女性にはやっぱり微笑っていてほしいと思うのだ。
いつでも笑顔でなんて難しいかもしれない。
それでも幸せ溢れる笑顔というものは多くの人の心を幸せにするものだ。
特に家族や身近な人、友人の笑顔なら尚更だ。
幸せな笑顔は伝染する。
見ているだけで幸せな気分にさせてくれることもある。
だから微笑って欲しいと思う。
特に私好みの素敵な御方には。
だって私もロイやマルビス、テスラやイシュカ、ガイやレイン、周囲のみんなが幸せそうな顔で微笑ってくれると私も幸せな気分になれるから。
いつもは無理。
それでも私は出来るだけ、
出来る限り、
微笑っていようと思うのだ。
私の笑顔で幸せを感じてくれる人がいる。
それって、すごく最高に幸せだって思わない?




