第百十話 私の頑張る源です。
荷馬車に大量の服を乗せ、昼過ぎから出掛けて行ったマルビスとランスが戻って来たのは丁度陽が落ちて、まだ薄暗がりの頃。
「一応それぞれ何通りか揃えて来ました。服のサイズと装備を確認して下さい」
大きな麻袋にぎっしりと詰まった名札の付いた袋をランスがみんなに向かって放り投げていく。
「結構多いですね」
受け取ったロイがその重さに少しよろめく。
キールと私にはマルビスが手渡ししてくれた。
ランスも自分の分を肩に担ぎ、口を開く。
「そりゃあ一式一揃いだからな。必要な装備は別だ」
そう言ってランスが親指を立てて馬車の方を指差した。
「まだ他にもあるんですか?」
イシュカが驚いたように尋ねるとランスが答える。
「俺らの仕事は警護、丸腰ってわけにはいかないだろ? だがいつもの業物を見えるところにブラ下げてりゃあ違和感ありまくりだ。ソイツはマントの下に隠せ。見えるところには露天でとりあえず適当にガラクタを買って来たんでソレを装備しとくんだよ」
「成程」
納得してイシュカが頷く。
「まずは着替えろ。上着は大丈夫だと思うがズボンの裾直しが必要なヤツもいるだろ。新品だと怪しすぎるんで手分けして適当に何パターンか古着屋を何軒か回って揃えてきた」
ライオネルは袋の口を開けて中を覗き込んで尋ねる。
「中に入っている小さな袋は?」
「服以外の小物だ、開けてみれば解る」
渡された袋を覗くと私に渡された袋の中にも入っていた。服はそのまま押し込まれているってことは服以外って事か。
私達は顔を見合わせて、
「ではとりあえず着替えてみますか」
と、いうロイの声に頷いて着替えるために別邸の中にみんなはいそいそと戻って行った。
その翌朝、密偵対策として念のためにヘンリーとサキアス叔父さんをアレキサンドリア領の旗を立てた馬車を街に向かって走らせ、周遊させた後、シルヴィスティアで合流。ランスを御者に私達は荷馬車に乗って早朝のオープン前の商会事務所の裏口に回る。
シュゼットとランスは普通にいつもの格好だ。
ランスはずっとルストウェル支部勤務、古株の従業員以外はまだ顔はあまり知られていないので、シュゼットの護衛として同行したのだ。
「久しぶりだな、リーシュ、オッド」
門の前で会った顔馴染みにランスが挨拶する。
「おうっ、久しぶりだな、ランス。やっとハルト様の側近になれたんだって?」
「ああ、なんとかな。生憎シーファは見送りになったが」
ランスのそんな声が荷馬車のホロの中まで聞こえる。
私達は特に騒ぐでもなくジッとしている。
「アイツはまだ少々足りないところもあるもんなあ」
「仕方ねえだろ。シーファは自分の良いとこ活かしきれてねえ。まだ若いしな」
門番二人の声にランスが小さく笑う。
「でも頑張ってるよ。
アイツは俺と入れ替わりでルストウェル支部に行った。あそこは魔獣の出現率も高い。経験積んで必ずノシ上がってくるってさ」
私もそうあって欲しいと思ってるけど。
一番最初のメンバーで、いまだ側近や大幹部になっていないのはシーファだけ。自信を持って堂々と私の側に居たいからと頑張ってくれている。本当は資格なんてどうでもいいんだけど、でも、シーファがそうしたいって言うなら信じて待つだけだ。
「今日はハルト様がいらっしゃるって聞いていたんだが」
「まあな」
オッドの問いに曖昧に答えるとリーシュがランスに尋ねる。
「荷馬車ってことは、また予定でも狂ったか?」
また、って?
そうですね。私の予定は確かにいつも狂いがちですが、極力予定通りに動こうとはしているのですよ。結果、ギュウギュウ詰めになってロクに休みも取れない状況になってしまっているのですが。苦情なら是非とも私にではなく、色々と仕事を押し付けてくる陛下やこっちの予定もお構いなしに押し掛けてくる厄介事に文句を言って頂きたい。
私は仕事は予定通り、計画通りに進めたいのです。
予定通りに進んだことはあまりないけれど。
でもまあウチは客商売。
陛下の依頼は別として、予定通りに進むと思うのが間違いだ。それもただ物を売るだけという仕事でも狂うことは多々あるのに、それとは違う観光娯楽産業がメインですから。しかも、この世界に馴染みの殆どない新しい分野の産業を興そうってんだから最初から全て上手くいくハズもない。それでもみんなのおかげで然程大きな失敗も、大幅な期間延長もなく進み、いまだにどの施設も客足が衰えていないことを思えば上等ではないかと思うのだ。
シルヴィスティアは特に期間限定で出店が入れ替わるイベントエリアもあるから、その期間は特に満員御礼、前売り券はほぼ完売になる。
顔さえ売れてなければ応援要員として手伝いたいところだが、顔見せで歩けば余計な騒ぎになりかねないので特にその期間は遠慮していた。それにここは学院も近いので休日の学生アルバイト、団長のとこの団員が女性との出会いを求めて日当を稼ぎに来てくれているので緊急に応援要請が来ることも殆どない。
なのでほぼ商業班に任せきりなわけだけど。
もう少し見回りも来なきゃいけないよねと思いつつ、陛下に呼ばれて来る時に一緒に付いてくるマルビスやゲイルに丸投げ、私がここにくることはあまりない。王都にいると陛下だけでなく、団長や連隊長の呼び出しもあるし。
『人気者は辛いよ』と、言いたいところだが、どう考えてもいいように使われているようにしか思えない。
積もり積もった『貸し』を如何に返してもらうべきか目下模索中である。
だが、この場所は従業員だけじゃなく、団員に学院生、私達の顔をよく知っている人達が多いので外見や服装を少し変えた程度で誤魔化し切れるかどうか。
その辺りは賭けだ。
彼等に見破られなければ絵姿やキャラ顔、ロゴマークでしか殆ど見たことがない私達に一般客は気付かないとは思うのだ。リーシュもオッドも私達をよく知っている、比較的初期からのメンバーだ。声でバレる可能性があるので私達は大人しく待つ。
リーシュ達の言うように、私の予定は狂いがちだけど、今日は珍しく予定通りに来れたのだ。
「・・・さあ? どうだろうな」
曖昧に言葉をぼかすランスにオッドが尋ねる。
「なんだ? 知らないのか? それとも内密に動いていらっしゃるのか?」
答えないランスに何かワケがあるのかと、察したらしい二人の小さな溜め息が聞こえた。
「まあいい。だが一応荷は改めさせてもらうぞ?
何度か荷馬車に途中で勝手に乗り込んで、紛れ込もうとしたヤツがいたからな」
やっぱりいるんだ?
そりゃあ荷に隠れてってのが定番だけど。後ろに荷物しか乗ってなければホロ付き馬車なんて隠れやすい侵入手段ではあるけれど。そのため、極秘事項の多いハルウェルト商会の通用門は一般従業員の出入り出来るここを抜けても二重になっているので次で止められることも多い。
オッドがいつも通りに荷物チェックのために後ろに回ろうとするとシュゼットがランスの後ろからひょっこりと顔を出す。
「どうかしましたか?」
シュゼットの仕事は主に貴族の相手と外交関係、領地経営は主にビスクを中心にマルビスとゲイルが行なっている。適材適所、経営者として凡人に近くてもシュゼットの交友関係と外交力は侮れない。流石は元外務大臣、足りないところはユニット、チームを組ませれば問題ないというのがウチの基本方針なのでシュゼットは大抵ウチの商業班の幹部を一緒に連れて行動する。
そういうわけで港も近く、諸外国との交流の場にもなっているシルヴィスティは来ることも多いので私よりもここに詳しく、すっかり顔なのだ。
ランスには気安い口を聞いていたリーシュが慌てる。
「これは失礼致しました。シュゼット様が一緒とはっ」
見えるシュゼットの背中はたいした動揺を見せるでもなく答える。
「構いませんよ。私も貴方達と同じ、ハルト様の部下ですからお気になさらず」
「いえっ、とんでもないっ」
そりゃあ以前は国の大臣を務めた人だもの、こうなるよね。
普通に暮らしていれば顔を合わせることもなかったはずの人だもの。そんな御大層な御方が今や私の側近なんて、嘘みたいな本当の話。私はいったい何者なんだと時々思うのだ。
「ちょっと訳がありましてね。何人か一緒に来たのですが、馬車一台では乗り切らなくて荷馬車にしたのですよ。どうぞ中をお改め下さい」
「シュゼット様とランスが一緒なら問題ありません。どうぞお通り下さいっ」
明らかに緊張したオッドの声。
貴方、私の時にはそこまで緊張した声、出しませんよね?
やはり私に『威厳』などという立派なものは備わっていないのだろう。
距離を置かれたいわけではないので構わないけど。
だがそんな門番二人にシュゼットは説教する。
「それはいけませんね。貴方がたの今日の仕事は何ですか?」
そうですよ?
気持ちはわかるが仕事は仕事。
「もし私達二人がどなたかを人質に取られて脅されてここに来たらどうするつもりですか?」
シュゼットの言う通り。
折角の危機管理対策も機能していなくては意味が無い。
「すみませんっ」
「わかって下さればよろしいのですよ。ではどうぞお改め下さい」
そう言ってシュゼットはランスの隣に座る。
二人分の足音が馬車の前から後ろに移動して、ホロの幕が開けられる。
俯けば怪しいことこの上ない。
なので特に変わった行動を取るわけでもなく二人に視線を向ける。
この二人は私達をよく知っている。
どこまで誤魔化せるかわからないけれど、ここでバレても御愛嬌。すぐにわからなければ上出来ってもんだろう。大多数は私達を絵姿、もしくは殆ど会ったこともない人物。従業員や団員達にはシカトをお願いし、後は呼ばれて反応しなければ他人の空似で押し通す計画だ。
ジロジロと不審げな目で眺め回されるのはある意味新鮮だ。
「見たことねえ顔だな」
オッドの言葉にすぐにバレる程度の変装ではないと判る。
「冒険者? いや、商人とその用心棒ですか?」
前方のランス達にリーシュが声を掛けるがランスとシュゼットは曖昧に微笑う。
着ている服や髪の色が変わればイメージも変わる。
よく女性は化けるというが男だって同じだ。
ロイはいつも結えている髪を垂らして左目に傷を偽装し、黒い革製の胸当てに黒い皮のベスト、擦り切れた白いシャツに黒いズボンの裾を長いブーツに押し込んでいるし、マルビスもテンガロンハットに肌は舞台俳優が使っているドーランで浅黒く焼けた肌に、色付きの丸い眼鏡に革ジャン、いつもならキッチリ上まで留めているボタンを上から三つほど外してはだけたシャツから見える胸板にはジャラジャラと安物のアクセサリーが見える、所謂チャラ男風に。イシュカはいつもの青銀髪の髪を黒く染め、羽織ったマント以外は上から下まで真っ黒のゴシック系。片目を眼帯で隠し、細身の身体で派手めの(ガラクタの)大剣を抱えているとなかなかの迫力だ。
そして私は肌の色を小麦色に偽装、魔術師風のマントに千クラスの魔石を加工した首飾りを下げ、色付きの眼鏡をかけて瞳の色を誤魔化して髪をキャップで隠し、その襟足から出ている髪は赤毛。これはカツラではなく、付け毛。昨日散髪屋に寄って捨てる髪を貰い受け、それを少しずつ纏めて束ねたものを学院支部にいるリメイク担当の女の子達が帽子に縫い付けてくれたのだ。つまり私の外見的特徴である白金髪は赤毛に、色白の肌は日に焼けた小麦色、エメラルドの瞳は青みがかったグラスのせいで判別し難い。
そしてライオネルはいつもの無骨な感じとは違うキッチリとしたオシャレなスーツ姿。まるでいつものマルビスだ。いつも垂らしている前髪をキッチリ撫で上げセットしてインテリ風の眼鏡を掛け、キールは性別不明な異国の民族衣装に薄いベールをかぶっている。
設定は異国の商人とその護衛を請け負った冒険者といったところか。
少々胡散臭くもあるし、顔の印象を変えるための眼鏡率も高いがわざわざそこをツッコむ人間も少なかろう。要は私達だとバレなければ良いわけで。
「シュゼット様、やっぱりハルト様に何かあったんですか?」
リーシュの台詞にクスッと笑う。
まあそう考えるだろうなあとは思う。
だって普通に考えれば大事なウチの客人ならウチの騎士団が護衛につくはずなのに付いていない。しかも一緒にいるのは冒険者風情の怪しげな男達。そしてシュゼットがいるのにも関わらず、その護衛はランス一人。
状況から見ても不自然だ。
なのにランスもシュゼットも動揺も緊張もせずににこにこと笑っている。
必死にアラを探そうと目を皿のようにして目を眇めるオッドと感じる違和感に頭を捻るリーシュ。
「でもなんか俺、見覚えがある気がするんだけどよ」
そりゃあそうでしょうよ。
でもその理由が解らないと。
そろそろ種明かしをすべきだろう。
このままではいつまで経っても中に入れない。
仕入れ業者だってもうすぐやって来る。
私は唇の前で人差し指を立てて静かにとサインを送ると訝しげに腰の剣に手を伸ばす二人の名前を呼ぶ。
「リーシュ、オッド」
聞き覚えのある私の声に二人が目を見開き、
「・・・ハッ、ハルッ、むぐぐぐっ」
叫びそうになったところでイシュカとライオネルが二人の首を引き寄せて口を塞ぐ。そうして大人しくなって二人の抵抗が止んだところでイシュカ達が手を離す。
「なんでそんな格好なさってるんですかっ」
ヒソヒソと尋ねて来るオッドに私は小声で答える。
「なんでって、お客様に気づかれないように色々屋台を見て回ろうかなって」
主に買い食いを。
空いていれば屋形船を一艘貸し切ってもいい。
商人とその護衛設定だ、特に怪しくもないだろう。
「バレるかな?」
結構印象が変わってるからイケるかなあとは思うけど自画自賛で、実際はバレバレという状態だと困るのだ。
「いやっ、多分、ハルト様をあまり見たことがねえ奴等なら気づかねえとは思いますけど」
「カンのいいヤツならもしかしたら」
オッドとリーシュはだいたい同じ意見のようで顔を見合わせるとそう言った。
つまり怪しいと思われてジッと眺められたらマズイかもってことか。
「んじゃ、やっぱり従業員と団員のみんなには先に頼んでおいた方が無難か」
私の言葉に二人が頷く。
「随分イメージ違いますから俺らでも道ですれ違ったくらいじゃ多分判りません」
「でも声を聞けば知ってるヤツなら気付くかと」
流石に声は変えられないもんね。
リーシュとオッドも私の声で気付いたし。
ずっと無言で歩いているわけにもいかないから、領地内では厳しそうだ。でもシルヴィスティアなら私達を絵姿でしか見たことがない人も多いし、多分イケるってことか。
「じゃあ中に入れてもらってもいい?」
二人に尋ねるとすぐに門を開けてくれる。
「はい、どうぞお通り下さい。もう団員の皆さんも、アルバイト学院生達も到着されて仕事してますよ」
早いなあ。
でも屋台料理の仕込みや設営準備もあるからそうなるか。
ウチは相変わらずの長蛇の列、昼頃にはほぼソールドアウトって言ってたもんね。用意する数もそれなりだ。
「ありがとう。また後でね」
ランスが馬車をゆっくりと走らせ、門を潜ると荷台の後ろから門番二人に手を振った。
「良かったですね、なんとかなりそうで」
そのまま裏口に回って馬車を降りるとマルビスが声を掛けてくれる。
「うん。でも昨日も思ったけどやっぱりみんなカッコイイよね。そういうのも」
やっぱイケメンは何を着ても似合うってことだろう。
ロイはいつもと違う婀娜っぽい色気が、イシュカはワイルドなイメージで私の厨二病的なところを絶妙についてるし、マルビスはマルビスで一歩間違えば軽薄に見えそうな服を着こなす相変わらずの洒落者だ。ライオネルも肩幅があるから着慣れないスーツも品良く着こなしているし、キールはエキゾチックな民族衣装も似合う美人さん。
この集団が目立つことは間違いないだろうけれど、ここはシルヴィスティア。
外国籍の人達も多く行き交う場所だ。様々な服装の人が歩いている。おかしいと首を傾げるほどでもないはずだ。私達だと気付かれなければ人に囲まれることも押しつぶされることなく、多少の視線を集めたところで微妙な胡散臭さに声を掛けるのを躊躇うことだろう。
特にロイ、マルビス、イシュカはどこか危険な男っぽくてドキッとする。
勿論、いつものみんなも間違いなくイケメンなんだけどね。
「カッコイイですか?」
そう尋ねてきたマルビスに大きく頷く。
「いつもと雰囲気違って、ちょっとドキドキするかも」
ふふふふふっと笑ってそう答えるとマルビスがずいっと顔を近づけてきた。
「ならば後で私とデートしましょう」
その言葉に『うん、いいよ』と、そう答えそうになったところでロイとイシュカが割り込んでくる。
「マルビスッ、抜け駆けですよ、それはっ」
「交代で、ですよ。順番ですっ」
引こうとしない三人をライオネルとランス、シュゼット、キールが生温かい目で見ている。
格好がいつもと違ってもこういうところは変わらないなあ。
それでも喧嘩になることもなく、すぐに三人の言い合いは止み、クルッと私の方を一斉に向いて口を揃えて言った。
「では、二刻ずつ交代で」
勿論、良いですよ?
むしろ光栄というものです。
明日には屋敷に戻ってまた忙しくなる。
閣下達の出迎え準備とベガ様改造計画、その後にはジュエイル王国への長期出張が待っている。
たまにはこんな息抜きがあってもいいでしょう?
だって私は一番幸せになりたくて頑張ってきたんだもの。
そのついでに私の周りにいる人達も幸せのお裾分けができたらなあって。
幸せは自分の手で掴むものだ。
人から与えられるものじゃない。
でもそれはささやかでも平和で穏やかな暮らしがあってこそのもの。
忙しい毎日の、ちょっとした、こんな時間あってこそ、
また頑張る力も湧いてくるんじゃないかなあって思うのだ。




