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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第三章

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第百九話 やはり私は最高に幸せ者だと思うのです。


 城から別邸に戻るとその日は王都の街を散策。


 と、いきたいところだが、生憎私は有名人。

 ハルウェルト商会のロゴのせいで顔もしっかり知れ渡っている。

 そして将来のアイドル興行に向けた下地作りのためのウチの人気側近、イケメン達の、所謂『推し』のウチワ販売も定着し、売上上位陣の私の婚約者達も同じくすっかり顔なのだ。

 そりゃあどの角度から見ても間違いなく鑑賞に耐え得る私自慢の婚約者(イケメン)は容姿端麗、スタイル抜群、見せびらかしたいほどにはイケてます。

 でもね、私の(・・)のですからね?

 押し寄せる人波をかき分けて進むのも面倒臭い。

 のんびり街を見て回る、何か良い方法はないかと頭を捻るがすぐにはそれも思いつかない。一瞬、リディのように女装でもと思い掛けて、隣にイシュカ達が居ては意味がないことに思い当たる。私よりずっと見栄えの良いロイやイシュカ達が目立たぬわけもない。

 有名人なのは私だけではないのだ。

 私の大好きな朝市、屋台の立ち食い、露天商巡りが厳しい。出歩けばゾロゾロと人が後ろを付いてくるのだ。警護に囲まれているので押し寄せてこそ来ない。だけど何かするたび大人数が注目してドヨめいて、通りいっぱいに人が詰まるのは迷惑以外のなにものでもないだろう。

 有名税とはかくも高きものなのか。

 大量の金があるのだからそんなところに行く必要もないだろうって?

 それはそれ、これはこれ。

 魂にまで染みついた相も変わらずの貧乏性。チープな異国情緒溢れる雑貨が大好きな私の部屋は滑らかな肌触りの良いシルクではなく、おおよそ貴族の屋敷に似つかわしくない麻や綿の大好きな明るいビタミンカラー雑貨で溢れている。私の趣味を知っているみんなが私の誕生日だけでなく、そういう私の好きそうな物を見つけると買ってきてプレゼントしてくれるのだ。

 勿論、好きな人からの贈物に囲まれて暮らすのは嬉しいですよ?

 私を気にかけて出先で買ってきてくれるなんて最高だ。

 それでも、それでもっ、なんですよ。

 店先で、アレやコレやと手に取って見て回るのが好きなんですっ!

 店主と話をしながら値切るのも楽しみのひとつ。

 安物買いの銭失いとどうか言わないで欲しい。

 多くのガラクタの中から掘り起こし、見つけた自分だけの『特別』。

 それは浪漫なのですよ。

 理解してもらえないかもしれないけど。

 思わぬ貴重な人材だって手に入ることもあるんです。

 キールにウェルム、ハイド達、今ではウチを代表する看板商品を手掛ける人達です。そんな『お宝』が眠っているかもしれないのがああいう場所なのだ。

 それも商業班に任せておけば良いだろうって?

 そうですね。

 やはりこれも私の我が儘なのかもしれません。

 だけどドンドン行動範囲が狭まって、色々と目減りしてる気がするのだ。

 何かを得れば何かを失う。

 両手でいっぱいに砂を掬えば指の間からサラサラと溢れ落ちていくように、全てを抱え込んだままでいられるはずもない。

 それでも必死に足掻くのが人間の性だと思うのだ。


 何を捨てても絶対、手放したくないものがある。

 それでも、これだけでいいと達観できるほど出来た人間でもない。


 所詮私も強欲な、人間なのだ。



 明日は朝早く、我が商会の支部であるシルヴィスティアの視察に行く予定だ。

 そして翌日には帰路につく。

 だが、結局シルヴィスティアでもガッチリ周りを固めての見回り。

 出店の買い食いなんて厳しいかなあ。

 ああいうものは雰囲気で食べるから尚更美味しく感じるものなのだ。

 焼きたて、アツアツをその場で頬張るなんて最高でしょ?

 手放したくないものが増えた私に、これは贅沢なんだろうなあと座卓に頬を付いて溜め息を吐く。

 

「何を考えていらっしゃるのですか?」

 そんな私の目の前にコトリと小さな音を立ててロイがカップを置く。

 淹れたてのお茶が湯気を立て芳しい匂いが漂ってくるとぐううっと腹の音がはしたなくなった。

 ロイが小さく笑って焼きたての惣菜パンの乗った皿を出してくれた。

 私の好きなソーセージロールとマヨコーンたっぷりの目玉焼きを乗せたそれは涎が垂れてきそうなほどには美味しそうで、私はガバッと起き上がるといそいそと座り直した。

 ロイの手作りパンひとつでコロリと機嫌が変わる。

 私の悩みなどその程度のものだ。

「たいしたことじゃないんだけど、有名税って面倒だなって思ってさ」

 今や気軽に出歩けるのは屋敷の敷地内だけだ。

 お茶の時間に集まってきたマルビス、イシュカ、キール、ライオネル、ランスにサキアス叔父さん、ヘンリーにシュゼットだ。レインは舞踏会の翌朝に学院に戻っている。まだまだ高等部の授業もある。早く単位を取って休みを長く取れるようになるのだと張り切っていたっけ。頑張り過ぎないといいけど。

 座ったみんなの前にもロイはお茶とパンを配り、余ったパンを盛った大皿を中央に置くといつものように私の横に座る。

 

「私だってバレずに街を彷徨ける方法が何かないかって考えてたんだけど、なかなか厳しそうだなって思ったらちょっとだけ憂鬱になっちゃって」

 ポツリと呟いた声に耳を傾けてくれたのは叔父さんとヘンリーを除いたみんな。

 いいんですけどね、別に。

 人目を全く気にしない叔父さん達の意見は期待してない。

 早速目の前に置かれた惣菜パンに目を輝かせて大口で齧り付いている。

 お貴族様のマナーはどこにいった?

 既に二人とも身分は平民だけど。

 確かにお上品にナイフやフォークで食べるようなものでもないし、そうやって食べるのが一番美味しい食べ方だと個人的には思う。

 すっかり二人とも庶民染みてきたなあ。

 私はそんな二人を胡乱げな瞳で一瞥しつつボソリと愚痴を溢す。

「幻惑や隠遁の類いの魔法を使っても、人目を引くと意味無いでしょう? ガイほど上手くもないし、どうしたってバレちゃうから」

 ああいった類いの魔法はあくまでも視認し難くするものであって姿を消すものではない。存在感を薄くして、空気のように雑踏に紛れるみたいな、そんなもの。要は目を留められて、怪しいとジッと眺められては意味を成さない。限りなく気配を消して足音立てずに歩くなんてガイやケイみたいな芸当、私には無理だ。

 なにせ私は(認めたくはないが)背が高くない。

 まだまだ成長期であることを加味しても、だ。

 そんな私が大柄なみんなに囲まれて大人数を引き連れていればどうしたって目立つ。だからといって一人で無防備に闊歩すれば自分が狙われる可能性がある。ガイには探知能力がザルの私には少人数でのお出掛けは厳しいとも言われてる。そんなことになればみんなに迷惑が掛かると判っててまで押し通したい理由もない。

 朝市や街中を人目を気にせず歩きたいというのは我が儘。

 多少の不便があっても私はかなり恵まれている。

 やはりそれを望むのは贅沢だ。

 私は間違いなく、今、幸せだと言い切れるのだから。

 全て思い通りにいくなんて都合の良いことなどあるわけもない。


「別にそれが不満ってわけじゃ・・・って違うか。

 こうして愚痴ってる時点でそう思っているってことだよね。有名なのは私だけじゃないし、ゾロゾロと連れ立って歩くとどうしたって目立つもの」

 六年経てば事情も立場も変わるし、仕方ないんだけど。

 考えてみると私は六歳の頃から外に出れば常に視線に晒されていた。

 それまで殆ど外にも出たことがなくて、でも、ワイバーンを倒したせいで注目されて。だけどあの時行動を起こしたから今があることを思えば、やはりこれは贅沢だ。

 私はあの頃よりもずっとたくさんの大切な物を手に入れている。

 多分、当たり前にあったものが無くなってから惜しくなるみたいなものだろう。普通に生きるのは諦めたっていうのに往生際が悪い。常に注目されるのには慣れたけど、たまには人目を気にせず行動してみたいなど、不満じみた願望をトツトツと話し出すと若干二人を除き、みんなが真面目に耳を傾けてくれる。

 私のみんながカッコ良すぎて目を引くのは優越感もある。

 でも目立ち過ぎて、特に女の子達がキャアキャアと何かするたび黄色い声を上げ、注目浴びて大騒ぎになるのは困るし、少しだけ面白くない。

 要するにヤキモチだ。

 数こそ少ないけどその近くにいる若い男の人達がその光景に舌打ちしているのも気になる。このままじゃそのうち反感買うんじゃないかとか、色々と考えてしまうこと。くだらない、小さなことかもしれないけど。


「そうですね。確かに男の反感を買い過ぎるのは心配なところもありますね」

 ライオネルが少し考え込むように呟く。

「相手がハルト様でも、ですか?」

「そりゃそうだろ、イシュカ。自分に当て嵌めてみろよ。いくらハルト様がモテるからってお前ら以外の他の男や女が、例えば陛下や団長とかが必要以上にベタベタと目の前で触っていたらどう思う?」

 イシュカの問いにランスが答えた。

 陛下や団長がベタベタと?

 陛下はともかく団長には結構触られてる気がするけど。

 まああれは子供をかいぐりかいぐりと撫でるようなもので、たいした意味はない。だいたい団長は私じゃなくてもスキンシップ過多だと思う。だからこそ気安く接することもできるわけだけど。

 だけどイシュカは想像したのか顔が少しだけ険しくなる。

「・・・確かに嫌ですね。ムッとします」

「だろ? つまりそういうことさ。身分差があって、相手を認めていても自分そっちのけで恋人や女房が限界超えてキャアキャアと騒いでいりゃあ普通に考えて男は面白くないと思うぞ。所謂僻みってヤツさ。ハルト様に全くその気が無くても敵わないと思えば卑屈になる男もいるだろうさ」

 ランスの言うこともわかる。

 だって私だってイシュカやロイ達が女の子達に騒がれてると『いいでしょ?』と自慢したくもなるけど、必要以上に綺麗な人と距離が近かったりすると『私のに気安く触らないでよ』とも思うのだ。その境界線っていうのは結構曖昧だ。

 機嫌が良い時、悪い時でも違うし、状況によっても違う。

 シュゼットもそれは感じたらしく口を開く。

「そうですね。私もパーティなどの社交場に出ると、よくハルト様は女性を娶るつもりはないのかと尋ねられますよ? 独身の御令嬢の親だけでなく、男性にも。

 仰られた通り、子供に興味は無く、聡明な歳上の男性がお好きなようですがと答えていますけど」

「それを聞いてくるということは、まだ御令嬢を嫁がせることを諦めていない方々がいらっしゃるということですか」

「多分、そうでしょうね。ハルト様は稀に見る好物件ですから」

 顔を顰めて呟いたロイにマルビスが同意する。

 稀に見る好物件?

 どのあたりが?

 ああそうか。私の後ろにあるその他諸々のオマケのことですね。地位、権力、財産と三拍子揃ってますもんね。多少の欠点は見ないフリ、目をつぶれるってことだろう。


「となると、下手に接点を作るべきじゃないでしょう。

 手が届く距離で目が合ったとお嬢様方々が勘違いされて、『もしかして私は見初められたかも』と誤解を招く危険もありますよ。ハルト様は身分に拘りませんからね。実際、ロイとテスラとマルビスはもと貴族でもない、生粋の平民ですから」

 ライオネルの言葉に少しだけゾッとした。

 それって一歩間違えればストーカーだよね?

 好きな人なら歓迎でも、よく知りもしない人に追いかけられるのはチョット。

 好かれるのは悪いことではないけれど物事には限度というものがある。

 面と向かって言われれば誠意を持ってお断りするけれど、私の預かり知らぬところで誤解を招くようなことは御遠慮願いたい。前世でもアイドルに夢中になっていた知り合いが、『◯◯君と私は赤い糸で結ばれている運命の相手なの』的な言葉を吐いていたのは覚えている。夢見るのは勝手だが、現実を見た方がいいよとは言わなかった。彼等(アイドル)は夢を売るのも仕事だろうと思っていたからだ。

 しかしながら私はアイドルではないし、婚約者もいる。

 三年後には結婚するのだ。夢を見られても困る。

「ウチの従業員達はハルト様にそんな気がないことをよく知ってますから心配ないですけどね」

 ケロリと言ったキールの言葉に私はピタリと動きを止める。

 そうなの?

 でもきゃあきゃあと騒いでる()もいるよね?

 そう口に出す前にランスが当然の如く宣った。


「そりゃあそうでしょう。ロイやイシュカ、マルビスはところ構わず口説きまくって、抱き上げて、テスラとレインなんて仏頂面で笑うのはハルト様の前でだけですよ? しかも極甘なとろけんばかりの笑顔、あれはある意味差別にも等しいです。ガイは団員の前だと殊更ハルト様にベッタリ張り付いて惚気てますし。

 人目を憚らずベタベタイチャイチャと。

 割り込む隙がないことくらい見てれば判りますよ、誰だって」


 ・・・・・。

 私はカーッと顔を紅くして茹る。

 そっ、それはそれで少し恥ずかしいかも?

 でも嬉しいと感じるのも事実で。

 クスクスと私を見てロイが微笑いながら膝の上で握った私の拳に触れる。

 ドキリとして益々私は顔が上げられなくなる。

 こうされているとグダグダと悩んでいたことがくだらないことに思えてきた。

 

「となると、当面、領地外で気をつければ良いと?」

「ハルト様は殆ど舞踏会などには出席しないですし。出席なさってもレイン様が横で睨みを利かせていますから近付き難いことは間違いないでしょうね」

 シュゼットにイシュカが頷いて答えた。

「あのガタイと鋭い眼光で睨まれれば、確かに並のヤツならたじろぐだろうな」

 ランスも納得したように頷く。

 だいたいいつも隣にいるからあんまり気にしたことなかったけど、レイン、睨んでたんだ? 

「公の場や必要な時以外の、領地外の町を歩く時、外では極力ハルト様がいらっしゃると判らなければ良いのですよね?」

「お前らの姿があれば隣にいるのは普通に考えてハルト様ってことになるぞ?」

 イシュカの言葉にランスがどうするんだとばかりに口を挟むとイシュカはジッと暫く考え込む。

 そう、私だけ隠しても意味がない。

 顔が知れ渡っているのはイシュカやマルビス達もだ。


「ではハルト様だけでなく私達も変装するというのは? 

 身元が判明していなければ仮に騒がれてもその場限り、一時のことでしょう?

 私も目立ちたくない時には服装も地味に、少々薄汚れた物を着て出掛けます。目立つこの青銀髪の色を炭で染めることもありますし、フードを深く被ったり、頬に傷を偽装してイメージを変えることもあります。

 集団でいるのがどうしても目立つのであれば目立たないようにするのではなく、目立っても衆人に気付かれないようにする方が早いのでは?」

 

 そう提案したイシュカに私は目を見開いた。

 なるほど、それは逆転の発想だ。

 どうしても目立ってしまうなら目立たなくしようとするのが間違いで、ある程度目立つことは諦め、私達であることがバレないようにする。そうすれば確かに多少騒がれても、その時だけで済む。

 身元が判らなければ押しかけて来ようもないのだ。

 

「そうなるとどういう格好が良いでしょうかね?」

 マルビスの台詞にみんながみんながああでもない、こうでもないと意見を交換し始める。

 人数が寄り集まっていても不自然ではないとなると結構難しい。

 女性が何人かいれば家族で押し通せるかもしれないが、なにせ全員男。しかも体格が良いとなれば限られる。

 あんまり胡散臭いと今度は衛兵に通報されかねない。

 色々と提案を出し合った結果・・・



「今すぐにというわけにはいきませんが、今日中には何とかしましょう」


 話し合いが済むとマルビスがすぐに立ち上がった。

「本当にっ? なんとかなるかな?」

 そしたら明日の視察は周囲に気付かれずに回れるかな?

 期待を込めて見上げるとマルビスがニッコリと微笑う。


「他でもない、貴方のためならどんな物でも。

 それが夜空に浮かぶ月や星であっても、あらゆる手段を用いても私は用意して御覧にいれますよ?」


 腕利き商人のそんな台詞に私はドキッとする。

 ランスが言うように、マルビスの言葉はすごく甘い。

 それはどんな場所でも誰がいても関係なくて。 

「・・・やっぱりマルビスはズルイよね」

 私の無茶なお願いをそうしていつも微笑って叶えてくれる。

 だから私はいつも頼りにしているのだ。


「それはどういう意味でしょう?」

「意味がわからないならいい」


 尋ねるマルビスに私は恥ずかしくてソッポを向く。

 甘える私を目一杯甘やかせて、蕩けるような甘い言葉で囁いて。

 マルビスもロイも、ううん、それだけじゃない。

 イシュカもキール、ランスやライオネル、シュゼット達も私のこんな我が儘を、叶えてくれるために手を貸してくれる。

 私がどんどんつけ上がって、我が儘放題になったらどうするつもりなのか。

「ではすみませんが、ランス。商会の王都支部まで護衛をお願い出来ますか? 支部の者にも手伝わせます」

「了解」

 すぐに向かおうとする二人を私は引き留めた。


「・・・ありがとう、マルビス。みんなも、ありがとう」


 私の勝手な愚痴にも似た我が儘を聞いてもらったのだ。

 御礼を言わないでどうする?

 私は立ち上がって深く頭を下げる。


「貴方の可愛い我が儘なら喜んで」

「この程度のことであればお安い御用ですよ」

「俺はハルト様はもっと我が儘でも良いと思います」


 マルビスとイシュカ、キールの言葉にみんなが笑って頷いてくれる。

 仕方ないとか、諦めて下さいとか、

 そんな言葉を言う方が簡単だ。

 でもみんなで考えて、なんとか私の願いを叶えようとしてくれる。


 こんな時、私はやっぱり最高に幸せ者だと思うのだ。

 


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