第百八話 それは所詮話のタネなのです。
翌二日後の昼過ぎ。
しっかり叔父さん達の監視をしつつ、改良型の気球を御披露。
今回は片付ける必要もないのでそのまま引き渡し、お代はマルビスがしっかり頂戴して帰り支度を始めている。
「そういえばフィア。聞きたいことがあるんだけど」
帰り支度をみんながしているのを眺めながら私はフィアに尋ねた。
「なんだい? ハルト」
「フィアが国王になった時の次代の宰相って決まってるの?」
一昨日レインの噂の分析は核心をついていたし、実際、その通りだと思ったのだけれど、今ひとつ納得できていない。
それは閣下達の言っていた、『何故否定しないのか?』という一点だ。
「何故それを? ハルトが私の宰相になってくれる気になったってこと?」
「それは無いっ」
フィアの問いかけは即座に否定する。
そんな重責、私に務まるわけがないでしょう。
一領主の座でさえもみんなに手伝ってもらってなんとか体裁整えているに過ぎないんだもの。無理に決まってる。
大真面目に否定した私にクスクスとフィアが笑う。
「冷たいなあ、私の親友殿は」
「冷たいと言われようと、友達甲斐がないと言われようと無理なものは無理っ」
むしろそんな席に私を据えようとするフィアの神経疑うよ?
露骨に嫌そうな口をへの字に曲げた私にフィアが宣う。
「でもそうだね、それはまだ決まってないよ。
だって陛下が退位するのだってずっと先なんだよ? まだ十年以上はあるんじゃないかなあ。陛下にこれなら任せても大丈夫だって思ってもらえなかったらもっと後になる可能性だってある。早くその座に就くなると陛下がその務めを果たせるのにそれを押し退けてってことにもなるでしょう? 私が陛下の跡を継ぐに足ると思って頂けるようになれば勿論早まることもあるかもしれないけど。
平和な治世で後継者に恵まれなければ孫の代までってこともあるくらいだ。
通常、王位継承者は三十過ぎてから四十前までに譲られることが多いんだよ。経験もまた勉強って宰相や大臣、近衛騎士の下に何年か付くことも多いからね。いきなり玉座にっていうのはほぼ無いよ。
私も学ばなきゃならないこともたくさんある。
そんな先のことが今から決まるわけないでしょう」
そりゃまたごもっとも。
下の者の仕事を知ることも大事だというのもわかる。
となればフィアの倍近い年齢でってこともあり得るのか。
でも普通なら三十半ば前後で譲られるはずの王位をあの陛下は十四で継ぎ、これまで統治してきたってことだよね。そういう経験を積む時間も与えられなかったってことは相当苦労してきたんだろうなあ。
やはり凄い人であることは間違いない。
「でも宰相になる人だって勉強しなくちゃいけないでしょう?」
宰相ともなれば動かす人間も規模も桁違い。
領主だって大変だと思うのに。
その仕事を任せきりにしている私が言うなって?
これでも一応は、領内の情報なら目を通すようにしている。
それもロイに仕分けてもらった後のものだから、やっぱり私はダメダメか。
だがその話は後、今はフィアの話だ。
そうしてお前はまた逃げるのかと頭の中から声が聞こえた気がしたけど無視。
この国の行く末を握る、フィアを支える人なのだ。頭が良いだけでは務まらない、度胸だって必要だ。諸外国の要人とも渡り合える人物となればフィアの言うようにすぐに決まるものでもないのだろうけど。
でも王位を継ぐのも大変だけどそれを公私で支える宰相の存在は重要だ。
簡単に言い負かされたり、欲に溺れて国を傾けられては困る。
私の言葉にフィアが頷く。
「それは勿論だよ。だけど政治的能力や事務処理能力、采配能力、人柄も見極めなきゃならない。その上で信頼に足る人物を選定する必要がある。それに私が継ぐことになって王位を陛下から譲り受けたとしても暫くは御目付け役として陛下の監視付きだ。
宰相にしたって同じだよ。
国を動かすんだから暫くは横に付いてその教育をしてくれるはずだよ」
それもそうか。
特にシルベスタは大国だもんね。
王位を譲ったから『ハイ、どうぞ。後はお好きに』ってわけにもいかないよね。
なかなか難しいものだと考え込み始めたところでフィアが口を開く。
「ただ、そうだね。候補は既に何人かいるよ。
ハルトが心配するように、すぐに相応しい人をって言ってもすぐに見つかるわけじゃないからね」
なんだ、候補がいるんじゃない。
「なら良かった」
私達の杞憂や問答は余計な御世話だったってわけか。
まあ人の噂なんてそんなものだ。根も葉もないことだってある。
ああいうのはああでもないこうでもないと下世話に詮索しつつ予想、囃し立てるのが面白い。意味なんてないことだってある。そりゃあ火のないところに煙は立たないともいうけれど、その煙が真実を暴く炎とは限らないし、それが真実だったとして燃える前に消えることも、消されることだってあるだろう。
どちらにしても私に飛び火することはなさそうだ。
ならば安心というもの。
「良かった?」
首を傾げたフィアに私は頷いて話し出す。
「だって私が未来の宰相になるなんて噂が回っていたのに陛下とフィアが否定していないからフィア達が私の外堀から埋めようとしているんじゃないかって、閣下達が言ってたから気になっちゃって」
陛下とフィアはこの国を傾けさせたいのかと疑っちゃったよ。
私が政権握ったら絶対混乱必至だ。
間違いなく滅茶苦茶になって他国に付け入る隙を与えてしまうのも確定だ。
微妙な顔で微笑うフィアに尋ねる。
「でもそれならなんで否定しないの?」
「先のことは誰にも解らないじゃない?」
またしてもごもっとも、正論だ。
フィアの言う通り。
今の陛下だって上の兄二人が死ななければ王位に就いていなかっただろうし、そしたらこの国はまだ戦乱の世で、イシュカ達に私は会えなかったかもしれない。それを思えば未来などほんのひとつのキッカケで幾らでも人生なんて変わるものなのだ。
「それに下手に詮索されて目ぼしを付けられてロクでもない者達に取り込まれるのは困るだろう?
そしたら候補は選び直し。
その点、ハルトならその心配は無い」
要するに私は風避けってことか。
確かに王都の貴族様方が恐れ慄く魔王な私を取り込んで、更にその背後で恐怖の大魔王になろうって輩は少ないかもしれないけど。
そもそも私に権力欲は無い。
取り込もうとしても、それは無駄というものだ。
私にはそんな面倒なものを欲しがる輩の気持ちもわからない。
のんびり、気儘に、ゆっくりと。
以前はそれが理想だった。
でも大切な、大事なものがたくさんできたから、それらを守るために頑張ろうって思っただけ。
あくまでも自己都合、利己主義だ。
そんな私が国のための働けるはずもない。
私は博愛主義ではありません。
大事なもののためじゃなきゃ戦えない。
ただ悪意持ち、危害を加え、私達をくだらない理由で排除してこようとする相手を退けるのに便利だって思う、権力を持ったままでいる理由はその程度のものだ。
第一、そんなもの握ってしまったら、まさしく悪の総統じみてて嫌だ。
私に悪の軍団を組織するつもりはありません。
勇者や正義の味方に成敗されたくはないのです。
ただでさえ私は既にバケモノ認定掛かっているようだし。
とてつもなく、嫌だけど。
しかしながらバケモノでいた方が面倒事が減るというなら甘んじてその認定も認めようかと思う今日この頃。
「だから私としては暫くそのまま放っておいてくれると助かるんだけど」
「つまり否定も肯定もするなってこと?」
フィアが両手を合わせてお願いポーズを取ったので尋ねる。
「駄目かな?」
それはズルイよね。
親友で、この国の第一王太子殿下。断れるわけもない。
私は少し考えて口に出す。
「ちゃんと宰相候補がいるんだよね?
なら構わないよ。噂になるくらいなら痛くも痒くもないし。それくらいなら困らないから」
噂にされるのにはもう慣れた。
それはいつも勝手に動き出すものだ。
誇大解釈されるようなものでもないし、適当に誤魔化して、曖昧に微笑っておいてくれってことでしょう?
「じゃあお願いするよ」
シメたとばかりのフィアの顔は気になったが、自分の片腕になる人くらいゆっくり、しっかり選びたいよね。
その程度なら断るほどもない。
人選によっては私の人生にも大きく関わってくる。
戦闘狂の戦争オタクにでも宰相になられたら私の計画が大幅に狂うこともありえるかもしれないし、フィアには是非有能な人を選出、選んでもらわねばなるまい。
私の目指す夢に『戦争』の二文字は不要。
マルビス達の話も丁度キリがついたようで名前を呼ばれる。
雑談もこれまでか。
もう少しゆっくり話をしたかったでもないけれど。
私はマルビス達のところに駆け出そうとしたところで一端足を止めて振り返る。
「じゃあね、フィア。そのうちまたウチ息抜きにでも来なよ。
気球も晴れて御披露目になったから近い内にウェルトランドのアトラクションに追加するから一緒に乗ろうよ。今の時期は森の紅葉が綺麗だよ。閣下達も私がジュエイルに出発する前に来るって言ってたし、一般公開する前に乗せてあげようと思って。
さっきの件はシュゼットにもお願いしとくから」
なにせ私はパーティ嫌い。
その噂も私の耳に入ったのは一昨日ですから私が承知しているだけでは意味がない。
否定せず、肯定せず、あくまでも曖昧に、
『存じません』でいいんだよね?
「助かるよ、ハルト。頼んだからね。
近い内に私も行くよ。ハルトオススメの上空からの紅葉を見てみたいし」
そう言ってフィアは軽く手を振った。
「待ってるからね〜」
そう応えて私はマルビス達に向かって今度こそ走り出す。
「・・・候補は一応複数いるよ。
でも私の宰相は既に決めている。
後はどうやって首を縦に振らせるかだけなんだけど。
なかなか道のりは厳しそうだね。
でも私は絶対諦めない、必ず頷かせてみせるよ。
君を知れば、他に目が行くはずなんてないんだから」
既に離れた私にフィアのその声が届かなかったのは、
幸か不幸か。
私はイシュカとライオネルにヘンリーとサキアス叔父さんの首根っこを掴んで引き摺ってもらいつつ、その後をマルビスとシュゼットに挟まれて一緒に付いていく。
明日からはまた忙しい日々が待っている。
その程度の噂に拘っている暇などないのです。
さっさと仕事を片付けて、五日くらい休暇を取りたいと思っているのだし。
未来の予想なんて所詮、話のタネだもの。
それが十年以上先であるなら尚更だ。
そんなずっと先のことなんて『鬼が笑う』どころの話じゃないでしょう?
今からグダグダ言ったって始まらない。
だってそれは誰にもわからないものなんだから。




