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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第三章

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第百七話 刺さる視線が痛いのです。


 体力的に、というより主に精神的に疲れた。

 思い切り私の太い神経もゴリゴリとごっそり削られまくって細くなり、気力を奪われ、ふと人混みの方に目を向ける。

 

 主役ということもあって流石にフィアもこちらの方に顔を出す間もないようで、ふと目が合った時に軽く手を上げてそっと振った程度の挨拶しかできない。

 まあ仕方ないよね。

 とんでもない噂も出回っていることだし今日はフィアの側には近づかない方が無難だろう。慌てなくても明後日には朝からまた会える。直接おめでとうを伝えるのは遅くなっちゃうけど。


「そういえば、閣下も辺境伯も、今日は御子様をお連れになっていないのですか?」

 王太子殿下達の城での誕生日会は未婚の男女の出会いの場でもある。

 だからこそ普段は殆ど舞踏会では見られない子供の姿がたくさん見えるわけで、まだ婚約者の決まっていない貴族の御子息、御令嬢達は優先して親に連れられてやってくることも多い。私を含めた父様の子供は全て売約済みではあるのだが、なにせ重婚が認められてるくらいだ。見目麗しい上位貴族の子息などは結婚前から複数の女の子を連れていることもある。だが、結婚前から二番目どころか三番目以降になるとわかっていて近付いてくる女の子はあまりいないので、基本的に連れているのは正妻になる予定の子一人が多いらしい。ならばお前はどうなのだと言われると痛いところではあるのだが、私が贅沢にも六人も男を抱え込んだのは有名な話らしいので今更、向こうから近付いて来ない理由になるのなら願ったり叶ったり。好きでもない女の子との政略結婚は趣味ではないし、私に嫁いできた女の子も気の毒だ。私は人から押し付けられるのが大嫌い、そんな女性を愛せるようになれるとも思えない。

 一通の招待状で入れるのは大人二人と未婚の子供二人。一応その枠内に入っているのだが男四人の集団はそれなりに浮いていた。

 まあ浮いていようがいまいが、私にとってはどちらでもいい。一応私の大事な親友の誕生日を祝う席だ、私が出席しないでどうするのだという使命感じみたものがあったから出席しただけで、特に深い意味はない。

 それに私は婚約者持ち、別に出会いを求めているわけでもないので彷徨く必要性もないので、いつもこうして会場の隅に陣取っているわけだ。

 ダンスも得意ではないし、お堅い付き合いも苦手。

 嫌いな相手に御愛想笑いくらいは振りまけても、下手に令嬢を押し出されて褒めでもしたら側室にと押し付けてこようとする。それは三年前の舞踏会で懲りているのでその辺りはシュゼットに任せて私はひたすらにこにこと笑顔で誤魔化している。

 なんで婚約者を連れているのにその前で娘を押し出してくるのかな?

 その無神経さが腹が立っていた。

 見えるでしょうっ、すぐ横に、私自慢の婚約者(イシュカ)がと、何度怒鳴りつけそうになったことか。

 頭脳明晰、沈着冷静の麗しの騎士様が見えませんかねと言わんばかりにべったりイシュカに張り付いていたのにも関わらず、娘を売り込もうとするその厚顔無恥さ、ツラの皮の厚さには自信があった私でも吃驚驚いて、心の中で仰け反っていましたよ。

 しかも中にはチラリとイシュカに視線を流し、鼻で笑って小馬鹿にした貴族もいましたよ。

 だから貴族は嫌いなのだ。

 勿論閣下や辺境伯みたいな人達もいるけれど、私の婚約者(イシュカ)達はどこに出しても恥ずかしくありませんっ! 

 むしろ自慢しながら歩きたいっ! 

 イイ男を独占して女性の方々からは妬まれるかも?

 それはそれ。構わない。

 以前、ミレーヌ様が嫉妬されることが貴族の誉れと仰ってたのが少しだけ理解できた。

 これは優越感というものだ。

 今までそんなものを持てたことがない私は正直気分がいい。自分自身の力でないところが少々情けない気がしないでもないけれど、これは滅多に味わえないものだ。

 折角だから満喫させて頂こうと開き直ることにしたのだ。

 だって他人から羨まれるということは、それだけ今の自分が幸せそうに見えてるってことでしょう?

 勿論、幸せそうではなく、間違いなく幸せなのだけど。

 今までずっと歳上好きで子供は苦手で対象外と公言していたこともあったので御二人とも私に気を使ってかあまり自分達の子供の話を私の前ではしなかった。それなりに子沢山なのは知っているけど、正直興味もなかった。

 私はショタコンでもロリコンでもない。

 中身が違ったんだったんだもの。いくら外見だけは男の子でも子供は守備範囲外だよね。

 結局レインは受け入れちゃったけど。

 ガタイだけならとてもじゃないが子供に見えないのも事実で、ついウッカリ。

 つくづく私はチョロイと思うのだ。

 特に閣下のところは次男であるレインを婿入りさせることになってしまったし。

 気にはなっていたのだけれど。


「私のところは長男は去年成人式を迎えて同じ年の伯爵家の娘と既に結婚したからな。今、その娘の腹の中には既に私の孫がいる。三男は今年初等部を卒業して長男の補佐をさせるために教育を始めるつもりだ。

 なので今回は五男と六女の二人を連れてきているぞ。どちらもまだ縁談が決まっていなくてね。先程ダンスを申し込まれてフロアに出て行った」

 成程、領地経営には困らないし、近い内に閣下はお祖父ちゃんになると。

 アル兄様はミーシャ様が成人するまで三年あるからまだ父様が孫を持つのは先になりそうだけど。

 いや、もしかしたら姉様が子供産む方が先かな?

 来年嫁入り予定で現在、婚約者のところに花嫁修業に行ってるっていってたし。

「ワシの方は娘を二人、連れてきているぞ。

 三女と八女だ。七女の方は先日縁談が持ち込まれて今日顔合わせだ。今、相手方に預けて様子見だ。上手くいけば近いうちに婚約が決まる。

 だが三女の方が性格はワシに似たらしく豪快というか、勇ましいというか、結構気が強くてな。顔もどちらかといえばワシに似てる。頭の方はミレーヌに似て賢いのは賢いのだが、なかなか難しいのだ。

 もっともこういう場では萎縮して大人しくしているが。

 既に適齢期だというのに相手が見つからなくてな」

 へえええ、それはお会いしてみたいかも。

 ミレーヌ様の知性を受け継いでるのか。性格は女性にしては勇ましいってことは辺境伯のように馬が好きなのかな?

 でも顔が辺境伯似なのか。

 私は面食いではないので気にしないし、その性格を聞けば辺境伯の三女は私好みなことは間違いない。その顔立ち如何によっては確かに貴族の男性諸君からは声が掛かりにくいかも。だけど辺境伯も決して不細工ではないし、男っぽくて精悍な顔立ちをしてると思う。私の好みか好みじゃないかと聞かれれば、ムサ苦しい男っぽいその顔はハッキリ言わせてもらえば私の好みではないが。

 でも人の好みとは千差万別だ。

 同じ系統でも陛下と団長、フィアとミゲルの顔立ちも似て非なる印象だ。どちらが好みかなんて人それぞれ。その子が本当に辺境伯寄りなのか、それとも同じ系統の逆のタイプなのかは興味はある。

 今の流行はファニーフェイス。甘めの可愛いタイプだ。

 辺境伯似となればどちらにしても凛々しい系の顔だろう。

 それはなかなか厳しそうだ。

「売れ残ったら売れ残ったで、頭は良いからミレーヌが経営を手伝わせると言っておる。ウチは男の子供は全員ワシに似て領地経営の方に興味がないようでな。故に長男の補佐として次男の代わりに留め置くことも考えている」

 ふ〜ん、ならば邪魔者扱いはされないってことか。

 ならばひと安心かな。

 女は嫁に行って子供を産むものだと決めつけた考え方はよろしくないと思うのだ。男受けの良くない顔だからと中身も見ずに判断して、売れ残りがいると外聞が悪いからと追い出したり、閉じ込めたり、他所に押し付ける。

 そうやって隅に追いやられ、迫害され、やって来た女性もウチの商業棟に沢山いる。あそこは変人達の巣窟だが、ただ頭の良いだけの女性も何割かいる。まあ頭が良いということは常人と考え方も違うことも多いので変人とまではいかないまでも個性的な人が多いのも確かだけど。何かに没頭すると寝食忘れて熱中するのがあそこに住んでいる人達の悪い癖みたいなものだ。

 ただの変人は困るけど、何かに突き抜けた才能がある人であれば、そういう人はウチは大歓迎なので居心地悪いなら是非ウチに来てもらって構わない。

 だが、そうでないなら辺境伯のところにいた方が良いのかも。

 どちらにしても一度お会いしてみたいことは確かだ。

「お幾つになられるのですか?」

「三女が十七で八女が十だ。三女のベガに良い相手でも見つかればとも思ったのだが、十七という年齢だとなかなか厳しい。その年齢の男の多くは既に結婚してることが多いんで、そうなると第二夫人か、側室か。

 それも致し方ないことなのだが、それだとベガの性格上、正妻と揉め事を起こしそうで心配なのだよ」

 頭が良いから正妻を正論で論破しそうってことかな?

 しかし、十七で適齢期の行き遅れ扱いとは・・・

 まだまだ花盛り、女はこれからってものでしょう?

 本当にこの世界の男、特に貴族の男は見る目が無い。

 女性は環境次第でまだまだ変わりますよ?

 学生時代の高嶺の花が十数年ぶりに同窓会で会ったらごく普通になっていた、目立たない地味な女の子が目を剥くような美女に変貌を遂げていた、なんてことはザラにあるんです。

 どうして輝く原石を磨いてみようとは思わないんでしょうかね? 

 その方がずっと楽しいと私は思うのですよ。ミレーヌ様が教育しようって考えているくらいなら、間違いなく将来有望そうでしょうが、もったいない。

 ブツブツとそんなことを考えていると、辺境伯が名案を思いついたとばかりに私に詰め寄った。


「そうだ、ハルト。其方は凛々しく勇ましい女も好きだと言っておっだろう? 

 歳を気にしないなら、この際、其方なら側室でも構わん。嫁にどうだ? 

 そうすればワシも晴れてハルトの縁戚にもなれる」


 晴れて私の縁戚に・・・って。

 その理由はなんなんでしょうかね?

 そういえば閣下に自慢されたって悔しがっていたって言ってましたっけ?

 私は大きな溜め息を吐く。

「・・・あのですね。小馬ではないんですからそう簡単な話でもないでしょう。私ではベガ様にも失礼ですよ。

 それに私はこれ以上は婚約者を増やすつもりは無いと申し上げたはずですが」

 まったく、もうっ!

 そんな理由で嫁に出されてベガ様が幸せになれると思っているのでしょうかね?

 ジト目で見上げると辺境伯は豪快に笑い出す。

「ハハハハッ、つい、な。冗談だ。

 まあ会って気に入ったら本当にくれてやっても良いぞ?」

「だから増やすつもりはないと・・・」

 そう言い返したところでミレーヌ様の側に一人の女性が近づいて来て私は言葉を呑んだ。

 なるほど、この御方が多分・・・

「初めまして、ハルスウェルト様。私、ベイルガネット・ラ・ステラートと申します。お会いできて光栄ですわ」

 ミレーヌ様に促され、そういって一歩前に歩み出て優雅なお辞儀をしてみせたその御令嬢を私は不躾なほど眺め回してしまった。

 当然だが、これには勿論理由がある。

 理由があるのだが、まずは御挨拶が先だろう。

「ハルスウェルト・ラ・グラスフィートです。

 こちらこそ美しく魅力的な御方にお会いできて光栄です」

 私のその言葉にベガ様が眉を寄せ、声を絞り出す。

「・・・御世辞など必要ありませんわ」

 自嘲気味のその表情に心臓が引き絞られる。

 家では勝ち気だというのに完全に萎縮している。

 ここで私は『面食いではない』というのは逆効果。それはベガ様がお綺麗ではないと認めてしまうことにもなりかねない。

 まるで前世での昔の私を見ているかのようだ。

 けっして不細工なわけではない。

 ミレーヌ様に似てスタイルも良い。

 ただ、ハッキリ言ってしまえばその化粧、その服、その髪型、全てが似合っていないのだ。しかも女性にしては背が高い。この身長では人によっては男の方が低くなるだろう。そのあたりもこの装いが似合っていない理由だろう。背が高いのにこのフワッと膨らんだドレスを選んだせいで余計に大きく見えてしまっている。

 おそらく年齢を気にして、より若く見せようとした結果ではなかろうか?

 大多数の男の『女は若ければ若い方が』とか、『自分より年下に限る』とか、妙な信仰が強いせいではないかと思うのだ。

 前世の私の国では『歳上女房は金の草鞋』という諺がありましたよ?

 なんで歳上女性の良さを理解しない男が多いかな?

 まあそれを愚痴ったところで男の意識を変えるのは難しい。

 ならば変えるのはベガ様の方だ。

 確かに今どきの流行りは淡いパステルカラー、髪型もそれに相応しくフワッとしたボリュームのあるもの。だが残念ながら全ての人に似合うというわけではない。

 誰か止めてあげる人はいなかったのだろうか。

 それともベガ様のコンプレックスのせいなのか。

 この人に似合うのはこの格好ではない。

 どう伝えたものかと悩んだが、とりあえずは否定する。

「私は御世辞は言いませんよ。

 これを言うと傲慢に聞こえてしまうので言いたくはないのですが、下手にそのようなことを申し上げるとその翌日には絵姿と一緒に婚約誓約書が送られてくることもありますので。

 御父上にお聞きしていませんか?」

 言っていて恥ずかしいが、要はモテるので気にいらない相手を褒めるような手間は掛けませんよと公言したわけだが。

 ベガ様は視線を逸らせたまま俯いて高い背を丸める。

 これが余計に表情を暗く見せるのだ。

「御父様にお聞きしなくてもそのお話が嘘でないことくらい、私にも理解できますわ。貴方は多くの淑女の憧れですもの。

 ですから私のような醜女に気を遣って頂く必要はございません」

 これは完璧に卑屈になっている。

 それでも物事をハッキリそれを口にする気の強さは残っているのか。

 情けなんかかけられたくない、それは彼女のプライドだ。

 同情は時にその人の誇りを粉々に砕く。

 こういうところは本当に昔の前世の私、そっくり。

 私の場合は不細工だと言われた顔に自信が持てなくて俯いていたのだけれど、ベガ様は高い身長を誤魔化すために猫背になり、余計に見栄えを悪くしてしまっているのだ。その気持ちはすごくよくわかるんだけど、こういうものは伝え方が難しい。

 だけど、まずは正直に、思ったことを。

 こういう女性は人の感情に敏感だ。


「貴方は醜女などではありませんよ?

 私には既に大切な人がいるので貴方を妻に迎えることはできませんけど。他の方がどう思われているかはわかりませんが、とても魅力的だと私は思います」

 

 おそらく散々無神経な男共に貶され、邪険にされたのだろう。

 本当に男はわかっていない。

 私は少し考える。

 行き遅れていることが負い目になっているのなら、ウチのとっておきの男共を紹介するのはどうだろう?

 周りから本気でチハホヤされれば少しは自信が持てないかな?

 私もロイやイシュカ達に可愛い、綺麗、魅力的だと言われ、褒められ、調子に乗って少しずつ『私なんか』という卑屈さが薄れていった。

 とりあえずウチのメンバーに紹介して上手くいったとしても肝心の辺境伯の御理解、御承諾が得られなければ嫁にもらうのは厳しいだろうし、まずは確認だ。

「辺境伯。ベガ様の御相手はもと貴族の男や平民でも構わないのですか?」

 あとで駄目だと言われては折角取り持ったとしても恋仲の二人を引き裂くことになる。ロミジュリでもあるまいし、ならば駆け落ちとなっても困るのだ。

「それは嫁に、と言うことか。それとも入婿、婿養子か?」

 特に動じる様子もなく真顔で辺境伯が聞いてきた。

 私はウ〜ンと考える。

 大幹部を引っこ抜かれるのは少々困るけど、相手がそうと決まっていない内からそれを心配するのも如何なものか。それにもし二人がどうしてもというのなら婿に出しても仕方がない。人の恋路を邪魔して馬に蹴られるほど私は野暮ではないつもりだ。

 その時はその時。

 その人が抜けてもカバーできるようにみんなで協力するだけだ。

 誰かが幸せになるのを私に邪魔する権利は無い。

 なので、

「私としては当人同士が良ければどちらでも構わないです。ウチには独身男が山のようにいますので如何かと思いまして」

 このままではウチに来ると結婚できないとか妙な噂が出回って人材確保が厳しくなる可能性もあるのではなかろうか。そろそろ合コンかお見合い大作戦的な、そういうものもそろそろ考える必要があるかも。

 領地に子供が増えねば人口減少一直線。

 高齢化が進んで若人に重税なんて未来は明るくない。

 是非ともウチの男達に可愛い嫁を。

 辺境伯は私の申し出に深く考えるでもなくアッサリ答えた。

「ベガが良ければ構わん。

 だがウチにも独身男はたくさんいるが駄目だったぞ?」

 辺境伯のところの独身男というと辺境伯に感化された、あの脳筋騎士団のメンバーかな? 

 ウチの騎士団にはイシュカやシーファ、ギイスやゴードンといった細マッチョも結構いるけれど、辺境伯のところは殆どがゴリマッチョ。筋肉にモノを言わせるようなタイプが多かった。イシュカみたいなタイプの人はいないのかと問うといることはいるらしいのだが主に領内警備の仕事をさせているらしい。国境警備が多いステラート領の騎士団は国境付近で櫓や砦を組んだりと土木工事建設的な仕事も多いので力自慢でないとなかなか厳しいらしいのだ。

 その結果が極端な筋肉祭りになったということらしい。

 ああいう戦闘職の方々は前に出て戦う気概が必要なので自分を否定されるとプライドが傷つくって人が多いんだよねえ。もっともそのプライドの高さと負けん気の強さがなければ戦場でなんて戦えないのかもしれないけれど。とにかくそういう人は褒めて煽てて調子に乗せると張り切って動いてくれるので、頭の良い人に図星を突かれて指摘されるのがキツイという人が結構いる。

 それを知って掌で上手く転がせるようになるにはある程度の経験と世間慣れが必要だろう。歳を重ねた女性ならまだしも十七の令嬢には少々荷が重い。男の方にも磨けば光る原石と言われても磨く労力を掛けようと思うには経験と時間、ゆとりが必要だ。初めから光っているものに目がいくのも道理なのだ。

 原石を磨くにはそれなりの手間と時間が掛かるもの。

 磨いても必ず自分好みの宝石に光る保証はない。

 特に戦闘職の方々は大なり小なり生き急ぐ人達が多いから辺境伯のところの脳筋諸君には厳しいだろうとは思う。

 だが勿体ないことをするものだ。


「それはまた大層見る目がないことですね」


 私はハッキリ、キッパリと自信を持って断言する。

 するとベガ様が目を見開いて少し視線を上げた。

 この方は間違いなく磨けば光る原石だ。ならば当然磨きたくなるのがこの私。

 やらせて頂きましょうっ!

 ベガ様改造計画を。

 今までも商業棟の女性達も変身させてきたのだ。

 彼女達はもう家から追い出された地味な女性じゃない。

 貴族の身分を捨て、自信を持って活き活きと自由に生きている。

 私はそうして輝きを増していく人を見ているのも好きだ。

 だからドンッと任せてもらいましょうっ!

 頑固で意固地だった私もイシュカ達に可愛いって言ってもらえるようになった。

 この私が変われたんだからベガ様だって変われるはずだ。

 ベガ様を誰よりも可愛い女性にしてくれる存在がきっといる。


「ミレーヌ様。六日後、ベガ様も一緒にお連れして頂くことはできますか?」

 そう尋ねるとミレーヌ様は二つ返事で引き受けて下さった。

「良いわよ。連れて行くわ」

「お母様っ」

 慌ててミレーヌ様を止めようとするベガ様に動じることなく先を続ける。

「ベガ様は充分魅力的ですよ。

 ただ、今時の流行りのお顔かと言われると、残念ながら違います」

 私の言葉にビクリとしてこちらを向く。

 社交界とは流行を先取り、逸早くそれに追随することで話題を攫う。注目を浴びる。流行に乗り遅れることで存在を忘れ去られるか、もしくは浮いてしまう。

 だが私から言わせてもらうなら、『人の真似をしてどうするっ』だ。

 声を掛けてもらおうと思うなら人と同じことをやっていてはダメ、それは商売と一緒。他店と同じもの、同じ品質ではウチの物が買ってもらえる確率は二分の一。でも良い品質、特徴的なオシャレなデザインの物がウチにあって同じ値段ならウチの商品を買ってもらえる。そういうことだ。

 今の流行を追うならベガ様の外見はハッキリ言うなら不利。


「ですが全ての男が流行りが好きなわけではありません。

 特にウチは商売をやっているせいもあるのか流行に拘る男が少ないのですよ。

 それは移ろうものであって流行りは乗るものではなく、ウチでは作り出すものです。なので他領の騎士や兵士の方々と違って私のように御淑やかな女性よりも勝ち気で聡明な女性を好む者も多いのです。

 特にウチの商業班の者達はその傾向が強いですね」


 目立つなら断然先取り、逆方向。

 可愛いらしさを取り入れるのが流行りならむしろ艶やかな綺麗系で目立つべし。

 折角ミレーヌ様譲りの抜群のスタイル。

 これを活かさなくてどうするっ!

 しかも確かに辺境伯に似ているところもあるけれど、これは前世の私憧れの宝◯歌劇団男役のお姉様方系の凛々しい顔、ゴツイわけじゃないんだから。綺麗な男の人が女装すると絶世の美女に変身することもあればその逆もまた然り。素が良ければ後は腕次第ってことですよ。

 自信がなくて内弁慶だというのなら徹底改善させて頂こうじゃないのっ!

 それにウチの男共にお色気系の美女は大人気。絶対艶やか綺麗系美女はウケるはず。そうすればワラワラと寄り集まってきて口説き倒すに違いない。

 なにせウチは男女比率が悪すぎる、美人は争奪戦も激しいのだ。

 辺境伯はフムッと考え込んで納得する。

「成程、ワシのところのヤツらは主に戦闘職だからな。職業が変われば好みも変わることもあるわけか」

 勿論それだけではないですけどね。

 ウチの、特に商業班の幹部達は私と一緒。

 原石を磨くのが大好き。

 戦闘職のみんなは辺境伯のところと多分あまり変わらない。ただ私が社交界に興味がないせいもあるのか女性の流行を意に介していないだけで綺麗、可愛い、美人など、見栄えが良い女性に集まりがちなのだ。

「ただそうなると殆どが平民。未婚の貴族は僅か数名、いないに等しいです。もと貴族の男性もいることはいますが今は平民であることに変わりはありません。

 それが嫌だと仰るならウチの男達はオススメできません」

 貴族のプライド。

 私はそんなもの身を守るのに多少役立つくらいでどうでも良いと思っているけど、全ての人が私と同じわけではない。それは人それぞれなのでそれを否定する気はない。

 辺境伯の許可は頂いた。

 後はベガ様次第。

 少し間を空けてベガ様が小さな声で呟く。

「・・・私を大事にして下さる、素敵な方なら構いません。好きでもない、遥か歳上の男性の側室や妾に入るよりもずっといいですけど」

 良かった、その気はあるわけだ。

「ならば尚更一度遊びにいらして下さい。

 私は無理強いする気は全く御座いません。

 婿探しはひとまず置いておくとしても、私が貴方は醜女などではないと証明して差し上げますよ。ウチには一流の商人が揃っていますからね。ベガ様の魅力を引き出す服、靴、小物、化粧、髪型、他、全て揃えて御覧に入れます」

 私は胸を張ってそう答える。

 イシュカとレインもそんな私を微笑って頷いた。

 勿論、どんなに美しくおなりになっても私の婚約者は誰一人譲る気はありませんけどね。

「ベガ。絶対に付いて来た方が良いわよ? 

 あそこの者達は出来ないことは約束しないわ。きっとベガをとびきり魅力的な女性に変えてくれる。

 そうよね? ハルスウェルト様?」

 ミレーヌ様が唆すようにベガ様の耳元で囁き、私に念押ししてくる。

「ええ、お約束致します。

 ウチの男どもが驚いて振り返るような、とびきり魅力的な女性に変えてみせましょう。

 そしてお気に召して、気が向いたらで構いませんので、よろしければ誰かの花嫁になって頂けると嬉しいですね。すぐにはわからないというのならウチの商会で仕事を手伝って頂きながら、その男を見定めてもらっても構いませんよ」

 聡明だというのなら是非とも誰かに口説き落としてもらってウチの戦力に。

 女性目線で経営を考えてくれる女性幹部は絶賛募集中。

 大歓迎ですから。


「勿論これは強制ではなく、選ぶ権利はベガ様にあります。

 無理強いしたり、強引に迫るような男がいたら仰って頂ければ僭越ながら私がソイツの股間を一発思い切り蹴り上げてやりますからご安心を。

 ああ、当然ですがベガ様が蹴り上げても構いませんよ?

 そこを思い切り蹴られると男は悶絶しますからどうぞ遠慮なく。たとえそれが使い物にならなくなっても、文句は一切言わせません。女性に力で言うことを聞かせようなんて男はクズですからウチの敷地から叩き出してやりますよ?」


 女性を口説く時は誠心誠意。

 そして口説き落としたならば大事にしてくれなきゃ困ります。

 ウチは女性も大事な戦力です。

 その女性達を傷つけてのうのうと生活なんかさせません。

 私の言い草に辺境伯が複雑な顔でボヤく。

「ハルト、其方、男の身でそれを言うのか?」

 言いますよ、当然です。

「何か不都合でも?」

 私が辺境伯と微妙な顔をした閣下を睨み上げる。

「・・・いや、まあ、そのっ」

 しどろもどろになった二人に私は疑いの目を向ける。

「まさか二人ともそのようなモテない男の見本みたいなことはしてませんよね?」

 ギロリと睥睨すると居心地悪そうに視線を逸らされた。

 まさか、

「してるんですか?」

「私はしていないからなっ」

「いやっ、ワシもしてないぞっ、ワシはっ」

 慌てて不穏な空気を漂わせる自分の妻達に声を掛けた。

 ちょっと待って。

 今のその言葉、気になるところがあるんですけど。

「『私は』? 『ワシは』? それはどういう意味でしょうかね?」

 詰め寄る私に二人は一歩足を後ろに引く。

「責任は取らせたぞっ、責任はっ」

 二人して同じことを口にした。

 『取らせた』?

 つまり、自分以外、多分オイタをした部下達にってことですか?

 その内容が非常に気になるところだ。

「責任を取らせるとはどうやって?」

「しっかりと嫁にさせたっ」

 ・・・・・。

 

「はあっ? 何フザけたことやってるんですかっ」

 それは呆れるどころか罪にも等しい所業ですよっ!

 そりゃあね、前世の私の国でも大昔、男はそういう責任の取らされ方をしていたこともありましたよ。

 目を吊り上げて怒り心頭に発する私に辺境伯が慌てて聞いてくる。

「どこかオカシイか?」

 ダメだ、全く解ってない。

 私はイラッとしながら二人に説教を垂れる。


「そんなものオカシイに決まっているでしょう? 

 女の子の希望は聞きましたか?

 その子を嫁にしたくて犯した罪ならその男の思うツボじゃないですか。

 なにしてくれちゃってるんですかっ!

 好きだから赦される?

 そんなわけないでしょう。

 そうでなくても男がそれを言い訳にしている可能性は?

 己の罪を軽くするための免罪符に『好きだった』からと利用していたらどうするんですか。そんな男が好きでもない嫁を貰って大事にすると思うんですか?

 随分とオメデタイ頭をしてはしますね」

 そんなもの、不幸にしかならない。

 一度地に堕ちた人間関係の信用はそんなに簡単に修繕できないんです。

 簡単に理性に負けた男にその忍耐ができますか?

「自分の尊厳を踏み躙った男の嫁になって、その女の子が幸せになれるとでも? 何かの間違いで自分が筋肉マッチョの男に同じ目に遭わされても、その男の伴侶になりたいと貴方がたは思うんですか? 

 毎日毎日その男の顔を見て生活して自分は幸せだって思うんですか?

 わからないのなら切り捨てるのではなく想像して下さい。

 娶ったくらいで罪が帳消しになるわけないでしょうっ!

 耳を傾けるべきは被害に遭われた女性の声です。

 男の都合ばかり聞くんじゃありませんっ」


「すっ、すまんっ、これから充分気をつけるっ」

「必ず確認もするっ」

 私の剣幕に押されて閣下と辺境伯が謝った。

「守るべき領民は男だけじゃないんですからねっ」

 むしろ守らなきゃいけないのはか弱い女性でしょ。

 腕を組んで仁王立ちする私の横からクスクスと複数の女性の笑い声が聞こえてきてハッと我に返る。


「本当に貴方って女性の味方なのね」

 へレーネ様に言われて思わず頭を下げる。

「すっ、すいませんっ、つい・・・」

 彼女達の前で彼女達の夫を怒鳴りつけてしまった。

 シュゼット達もクククッと小さく笑みを漏らしてた。

 縮こまる私にミレーヌ様が仰った。


「良いのよ。間違ったこと言っていないもの。

 国の罪人を取り締まる法律を男が作ったものなら罪を裁くのも男。男に都合の良いようにできているものも多いわ。諸外国を含めて男尊女卑の世の中だもの、女性はつい諦めがちで、仕方ないって思ってしまうのよね。

 本当に女性の立場に立って考えてくれる男の人はまだまだ少ないの。

 女性は苦手と言いつつ、貴方はそういう女性をいつも救って来たものね」


 救った?

 そんなことしたっけ?

「そのような覚えはありませんが」

「つまり無意識、それを当然としているってことよね」

 素直にそう答えた私にミレーヌ様は微笑った。

「貴方みたいな男性ばかりなら女性はもっと幸せになれるでしょうね」

「本当に貴方はとびっきりのイイ男ね」

 続けて言ったへレーネ様とミレーヌ様の言葉に益々身を縮こめる。


 それは過分な評価だと思うのです。

 私に気を遣って仰って下さったんですよね?

 こんな場所で目上の人を叱りつけるなんて、とんだ醜態だ。

 

 周囲から向けられる視線が、今は違う意味で痛かった。


 ただひとつ。

 強張っていたベガ様が微笑んでいてくれていたことだけは救いだった。



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