第百六話 宗教法人の設立予定は御座いません。
私とは対照的に盛り上がっている地方領主達を他所に、混乱極める私にシュゼットが宣う。
「私は一応、こういった場では否定して回っていたのですよ。
ハルト様にその御意志は無いと思われるのですが、と。
ですが噂の回るスピードが速過ぎて、対処しきれませんでした」
そりゃあ『人の噂は千里を走る』とも言いますしね。
否定しても追いつかず、間に合わないというのは解るけど。
「なんで私に先に話してくれなかったの?」
そうすればそれなりに対応したのに。
上手く対応できるかどうかは定かじゃないけど。
尋ねた私にシュゼットが答える。
「いえ。お伝えしようとは致しました。ですが、その時、『ハルト様のことに付いて出回っている噂があるのですが』と、御報告差し上げたのですが、今更どんな噂が回っていようと気にしないから放っておけば良いと申されまして」
・・・言った。
ような、気がする。
如何にも私が言いそうなことだ。
「不法奴隷所持一斉検挙の際にマイエンツ達を追い詰めた時も殿下のすぐ側に付いておられ、その補佐を務め、そして褒賞を陛下から賜る時も殿下のすぐ後ろに控えておられたから、これは間違いなかろうというお話で。
否定しても隠し立てしているだけだろうと仰られてはどうしようもなく」
そういえば、あの場所、あの立ち位置、全てフィアの指示だった。
その時は深く考えず、そういうものかとも思っていたのだけれども。
ひょっとして、ひょっとしなくても、
私はまた陛下にハメられましたか?
「殿下のすぐ後ろということは殿下に連なるという意味にも取られます。
勿論、その時の状況や拝謁するメンバーによっても位置は変わりますのでその限りではないのですが、あの一連の事件以降、そういった噂がまことしやかに貴族の間で流れているのは確かです」
知らなかった。
だって誰も教えてくれなかったから。
シュゼットの状況説明というか、事情説明というか、とにかく噂が一気に千里を走った理由は理解した。
言われてみれば同格、もしくは拝謁する人数が少なければ横一列。親子であれば親が前に、上司と部下であれば上司が前にと前後は関係ある配置であることが多いって父様も言ってた。だから父様と一緒の時はいつも父様の後ろが、父様がいなくて人数が多い時は私の後ろがイシュカの定位置だった。
それを踏まえて考えるなら、確かにフィアの後ろという位置はフィアの部下とも取れる場所だ。
「イシュカとレインは、知ってた?」
問い掛けるとイシュカは首を横に振る。
「いえ。私がああいった場に出るようになったのは貴方と行動を共にするようになってからです。なので存じませんでした。緑の騎士団時代には団長が出ていましたから私は報告以外で呼ばれること自体稀でしたし」
「僕も。だいたい父様の後ろに居ろと言われてたから」
そうか。
そうだよね。
ちょくちょくお会いするので距離感が麻痺してたけど、本来陛下は下々の者は滅多にお目にかかれないこの国トップの権力者。普通に生活していれば一般人は会わないよね。
「其方、知らなかったのか?」
「はい。陛下の御前に呼ばれた時は父様の後ろか最前列にいたので」
閣下に呆れたような口調で言われて素直にその理由を述べた。
だってアレキサンドリア領領主として独立する前は伯爵家三男坊の私は父様の後ろが基本、領主になってからはほぼ単独で最前列。その中間がないのです。
説明されないものはわかるはずもないでしょう?
だって、知らないんだから。
辺境伯が顎を撫でながら仰る。
「まあ陛下の御前に拝謁することも、公の場で直接あのような形で御言葉を賜るのも、そう滅多にあるものではないからな。武勲を立てるか、功績を上げるかでもしない限りはな」
そうですね。
城に呼びつけ、褒められるような事態は普通なら縁がない。
自領の騒動を解決した程度では所詮内輪のことで済まされる。
「ましてハルトのように成人にもなっていない年でとなれば、歴史的に見ても今まで例も殆どない。通常その保護者である父親と一緒に拝謁するのが普通だ。大抵、その時になって城の小間使いや管理官に説明を聞くことも多い。
今は国も平和だからな、武勲を立てるヤツもそう多くない。
侯爵や辺境伯といった上位貴族、よく城に出入りするような官僚の貴族の間では言わずと知れた常識だが、地方領主であれば知らないヤツも多いんじゃないか?」
閣下っ、ウチはその地方領主ですっ!
しかもド田舎、辺境の。
国境越えれば人の住まない秘境の山岳地帯なんです。
今でも盛えているのはごく一部の観光施設と住宅密集地、殆どが山林です。
「だいたい功績を挙げて呼ばれるヤツは決まっているしな。
そういう場に呼ばれること自体が稀だ。
しかも殿下と一緒にとなると上位貴族でもかなり珍しい。ワシも初めてだ」
辺境伯も初めてなら相当稀だということですよね。
閣下も辺境伯も名だたる武人、その功績は私など足下にも及ばないでしょうし。
「私はてっきり陛下からそういう話が其方に既に行っていると思っていたのだが」
二人の会話を聞いていた私に閣下が話を振り、ジッと私を見降ろす。
閣下の身長からすればこの距離なら私のツムジしか見えてないとは思うけど頭に刺さる視線が痛い。閣下の言葉に辺境伯の視線もこちらに向き、きっと私の頭には多くの視線という名の矢が刺さっているに違いない。
つまり、それは単なる会話ではなく、私への質問であると?
仕方なしと私は息を吐いて極力小声で言う。
「・・・言われましたよ。随分と前、ですが」
何度か。
特に驚いた様子もなく閣下が口を開く。
「やはり来てたか。ならば今更焦ることもないではないか」
「でも、断ったんです」
私の小さな声に周囲は沈黙する。
なんですか? この静けさ。
どうして揃って目を丸くしてるんですか。
当たり前でしょう?
そんな重責私に務まるわけないんですから。
目を丸くしている方々に私はもう一度ハッキリと、しかし、やっぱり小声で言う。
何故って、これ以上悪目立ちしたくないからだ。
「ですからっ、その場ですぐに断ったんですっ!
冗談っぽく言われたんで無理だって。私にはやりたいことが他にあるし、商会運営もあるから二足の草鞋を履けるほど器用じゃないから出来ないって」
絶対嫌だって言いましたっ!
主張しましたっ!
断言したんですっ!
「それは誠かっ」
「そうですよっ、その時イシュカも一緒だったからイシュカも聞いてるはずです」
辺境伯の一言にそう返すと私に向いていた視線が一気にイシュカに向かう。
しかしながら注目されることに慣れているイシュカがその程度で動じるはずもなく、にこやかに頷いて肯定する。
「はい。確かにハルト様は無理だとお断りされていました」
だよね?
私、ちゃんと断ったよね?
そんなの絶対嫌だもの。
地方貴族の方々は顔を見合わせて、閣下は辺境伯を端に引っ張っていった。
とはいえ、既にここは会場の端に近い場所なのですが。
「どう思う? ネイサン」
「ワシは陛下と殿下が諦めきれずに外堀から埋めようと画策したのではないかと思うのだが?」
「で、あろうな。陛下も殿下もその噂を否定しようともせぬし計画的なのでは?」
「やはり其方もそう思うか」
すみませんが内緒話なら私に聞こえないところでして頂けませんかね?
背中を向けてコソコソと。
御二人の会話、全て丸聞こえなんですよ。
そうして御二人は互いの意見を確認しあった後、私の前まで歩いてくると、閣下は私の右肩に、辺境伯は私の左肩にポンッと手を置いて宣った。
「まあ頑張れ」
「其方ならきっとなんとかなる」
なりませんよっ!
なるわけないでしょうっ!
権力嫌いの粗忽者な私に、そんな重責、務まるわけがないっ!
無茶、無責任なこと言わないで下さいよっ!
それを聞いていたレインが少し考え込むように唇を手で覆った後、思いついたように言った。
「でも、ハルトはともかく僕は違うと思う。
近衛って王族優先なんでしょう?
だって僕の一番護りたいのはハルトだ。そのために強くなりたくて頑張ったんだから。ハルトを一番に守れないなら近衛になんて絶対ならないよ。
だから僕がどんなに強くなっても厳しいんじゃないかな。
それは陛下も殿下も御存知だと思うけど」
そうレインが断言するとそこにいた人達がレインの方を向く。
すごく普通に、なんでもないようなこと言ってるように聞こえるけど、それってレイン、すごい口説き文句だよ?
だって、それって一国の王様よりも私が大事、優先したいってことでしょう?
いやまあ嬉しいよ?
すごく嬉しいんですけど微妙に居心地が悪くて私はほんのり紅くなる。
「では出回ってる話はあくまでも噂でしかないと?」
レインに辺境伯が尋ねる。
「じゃないかな。位置にしたって偶然だよ。
コロッセオでは観客の護衛は殿下の騎士の方が向いてるし、ハルトの騎士団は魔物と魔獣に強いでしょ。だから結果的にそうなったんだし。
適材適所? っていうのだよ」
そうだね、そういう話でした。
よく覚えていてくれたね、レイン。
「それに拝謁だって六人が一列にってわけにはいかないでしょう?
そうなると前列が殿下を挟んで父上と辺境伯、後列はハルトと僕とイシュカになる。だったら僕達三人の真ん中はハルトになるし、僕は父上の後ろ、残った辺境伯の後ろはイシュカになる。
他の並び順があるの?
僕は特別な意味はないと思うけど」
言われてみれば確かにそうだ。
『かもしれない』って思うからそう見えただけで、考えてみればレインの言うように他の並び順は思いつかない。フィアと閣下、辺境伯より私が前に出るのはありえない。呼ばれたのは六人、となれば二列に並ぶなら私達の三人で、真ん中が一番位が高い者が来るということを考えれば侯爵家当主の私が中央、その両横がレインとイシュカになるし、閣下の息子のレインはその後ろ。そうなれば必然的にイシュカの位置も決まるわけで、他の順番があるかと問われると、確かに無い。
レインのその言葉は説得力があった。
納得したらしい地方領主達は和やかに会話をし始めた。
「成程。考えてみれば確かに。
私達が深読みし過ぎたということなのかもしれませんね」
「ですが私としては残念です」
「そうですね。私も実に惜しいと思います」
「ハルト様が宰相になられればこの国も安泰でしょうからね」
「そうですよ。沈着冷静、泰然自若、頭脳明晰、文武両道。ハルト様ほど殿下の宰相に相応しい御方はいらっしゃらないと私は思いますが」
「そうですよね。神算鬼謀、英名果敢で一騎当千、国士無双。褒め称える言葉であれば山のように出て来ますからね。諸外国にもその名が轟く、この御歳で既に歴史にも名を刻んだ御方ですよ?」
・・・・・。
それらはいったい誰のことを指す言葉なのでしょうか?
冷静沈着?
そう見えるのは見かけだけ、落ち着いてなどいませんよ。
泰然自若?
どんなトラブルにも動じない、つまり図太いってことですか?
頭脳明晰?
それは私の周りに居る人のことじゃないですか?
文武両道?
マヌケな私のどこがです? 剣の腕は未だ二流です。
神算鬼謀?
それは陛下のような腹黒い策略家にこそ相応しい言葉です。
英名果敢?
度胸があるのは認めても良いですが才知には優れていませんよ?
一騎当千?
上級魔法を放てば災害レベルの魔法威力のことですか?
自然破壊は褒められたものではないと思うのです。
国士無双?
肩を並べる者がいないほど優れてるってどの辺が?
それは毛が生えていると言われてる、
この心臓のことでしょうかね?
私は自慢ではないですけど貴族の方々に魔王と呼ばれているんです。
そんな美辞麗句が並ぶはずないですよね?
どれもこれもツッコミどころ満載過ぎて、最早どこからツッコめば良いかわからない。側近馬鹿の最たるイシュカとアバタがエクボに見えているレインが否定するでもなくウンウンと頷いているあたりも救い難い。
なんだか頭痛がしてきましたよ?
私はいったい何者になろうとしているのでしょうか?
現実の実物像とかけ離れ過ぎて最早他人事にしか思えない。
どうやら取引先の地方領主達にもウチの従業員が大量に罹っている、妙な病原菌かウィルスが感染、蔓延しているらしい。
本当にタチが悪いったら。
頭を抱えている私にシュゼットと閣下達の同情の視線が集まる。
そうですよね?
好きな人にベタ惚れされるのは嬉しいですよ?
でも何事にも限度というものがあるのです。
まして第三者的な他人に近い取引先の方達にここまで美化されると感謝の心などカケラもない。
怖ろしいことこの上ないのです。
所謂有難迷惑というものだ。
貴方達が見ているその夢が覚めた時、幻滅されるのは私です。
私がそんな気高くも立派な御仁であろうはずもないでしょう?
その期待に私は応えることは出来ません。
応える気もないけど。
所詮凡人に毛が生えた程度、底は知れているのですよ。
こんな光景を見ていると、まるで本当にどこぞの宗教の教祖様のようだ。
まだ魔王様の方が気楽です。
どうか魔王様にしておいて下さいっ!
「・・・其方もそれなりに苦労してるのだな」
そんな現実の私をよく知っている、辺境伯達の憐れみのこもった目に私は大きな溜め息を吐いて項垂れた。
そうですよ。
これでもそれなりに苦労してるんです。
それ以上に周りに迷惑かけているのも疑いようのない事実でしょうけれど。
普通でいたい、なんて。
そんな高望みはもう遥か昔に捨てましたけどね。
どうか少しだけ。
もう少しだけ、平和に暮らしたいと願うのは、
我が儘で、贅沢なこと、なのでしょうか?




