第百四話 それは反則だと思うのです。
それから二日後、フリード様の屋敷に退団受理票とその退職金を持って団長がやって来た。
何か積もる話でもあるのか、午後一でみえた団長は結局その日に帰り損ねてウチで夕食をしっかりと食べ、ついでにマルビスから高い酒を二ダースほど買って肩に担ぎ、フリード様の屋敷に持ち込んでいたので多分思い出話にでも花を咲かせていたのだろう。酒の臭いをプンプンさせて翌早朝に戻っていった。
馬に飲酒運転ならぬ乗馬禁止法はないのだろうか?
ないんだろうな、多分。
馬上で眠りこけて落馬しないことを祈ろう。
これで晴れてフリード様は我がハルウェルト商会の一員。
その左腕には側近の証、大粒のエメラルドの嵌まるバングルがある。
増えて来た側近、大幹部、専属騎士。
大量に閣下から買い付けたエメラルドを有効活用することとなった。
商業部門及び開発部門幹部は懐中時計に、
警備部門である騎士団は上位五名は腕輪に、
上位二十名はウェルムの、百番内にはウェルムの弟子の短剣の柄に、それぞれエメラルドを嵌め込んだ。側近となれば石も大きくなりデザインも一点もの、婚約者にはエメラルドの他にアレキサンドリアが嵌っている。
勿論、フリード様の腕にあるのは一点もの。
もしもの場合にと余分に作っておいたのが幸いした。デザインはオーダーメイドではなくあるものの中から選んでもらうしかなかったけど、違うデザインが良いなら今から発注を出すので出来上がりまで待ってくれと言ったのだが『こだわりはないのでこれで構わない』とのことで、ある中から動くのに邪魔にならないものをとバングルになった。
従業員になって即側近ってどうかって?
それは悩んだところではあるのだけれど、イシュカ達より強いのに側近じゃないっていうのも変でしょう?
もう四年もここに住んでいるし、ここのみんなにも馴染んでる。だから問題ない判断した。実際、反対したのはヘンリーだけだったし。ヘンリーはフリード様が側近になるのが嫌なわけではなくて、自分が側近になるのに四年掛かったのにフリード様がすぐにというのが気に食わないということらしい。
でも『ここに来たのはヘンリーと一緒だったでしょうという』と渋々納得した。
フリード様の他に新たに側近に加わったのはヘンリー、ランス、アンディにゲイル。それにジュリアスとノーマン。側にいないけどあの二人はルストウェル商業地区の要。サイラスは陛下付きなので保留、シーファは残念ながら持ち越し、もう少し実力が付いてきてからということで、ランスのいたルストウェル支部はハンスが支部長となり、シーファはランスの抜けた穴を埋めることになった。あそこは魔獣出現率も高いから修行して、今度こそ私の側近になるのだと張り切っていた。
懐中時計もマルビスに任せて結構な数を配った。商業班大幹部と各担当部長、そしていつも屋敷の中を守ってもらっているエルドとカラル、メイド長のリーシャにもだ。
側近以外、今回配ったのは証というより記念品的な意味が強い。
ケイとビスクにも勿論渡した。最初は奴隷の身でと遠慮したのだけれど、ここにいる大多数の人間は二人が奴隷だと知らないんだから主要メンバーなのに持ってないのはオカシイでしょと差し出すと嬉しそうに受け取ってくれた。
ハルスウェルト商会が観光娯楽事業として稼働し始めてもう五年。
今度はまた五年後に配れたら良いなあと思っている。
そしていよいよ学校建設も本格始動開始だ。
平民の間では読み書き計算が覚束無い者も多い。それが出来るだけでも就職率もグンッと上がる。教師の手配も必要だ。一応今年の学院卒業生を狙って募集の張り紙を出してみたいところだが、ウチの領地で田畑を耕している者は少ないし、比較的住宅地も集中しているとはいえ無料で通える学校を作るとしても馬車での送り迎えは必要だろう。だからって広範囲では通学の往復だけでも厳しい。そうなると大きいものを一箇所に建てるより、町の集会場みたいなのを作った方が?
そんな話し合いをしつつも着実に進んでいる。
とにかく暫くは陛下の御用事は勘弁だ。
フリード様にはとりあえず騎士団の教官をお願いした。
後々には各地に作った学校の、騎士希望者の中から見込みのある子供達各地から集めてその子達を鍛えてもらおうと思っている。
平和な世を作りたいのに何故戦力を強化するのかって?
そりゃあそうでしょう。
力の無い者が叫ぶより、強者が諭した方が説得力があるからだ。
いざという時、仲間を守れないのも駄目だ。
『戦争反対、平和万歳』と叫んだところで戦う気がない弱虫だからだろうと言われるかもしれない。『戦わないのではなく戦えない』のだろうと。
だから戦える力を持った上で、何か起これば護る力を持ってこそ信じて、安心してその後ろを付いていけることだってあるんじゃないかって思うのだ。
頼れる、縋れるものがあれば支えになる。
誰もが強くなれるわけじゃないのだ。
まるでそれは宗教のようだ。
そう考えたところでガイの『ハルスウェルト教信者』という言葉を思い出し、思わず顔を顰める。そういえば未だに緑の騎士団寮敷地内の別邸に行くとごく稀に私を見て拝んでる団員がいたなあ。
実害ないので放っておいたけど。
まあ押し付けてこない範囲ならどうということもない。
国内にはだいぶ興した様々な競技も根付いて来たし、今後は国外にも是非とも広めていきたい。そうなると私がビニールハウス商談や設置に行くときに同行して、ウチの騎士団にもお手軽簡単、空き地とボールさえあればどこでも出来るドッジボールあたりをグループ組んで競わせ、周知させていくのはどうだろう。後は順々に、少しずつ広めていって、将来的には各国で競い合うものに。
目指せワールドカップ、オリンピックということで。
最初から大規模にというわけにはいかないだろうから、まずは国内で各領地対抗ハルウェルト商会主催の豪華商品付き大規模運動会なんていうのもいいかもしれない。とりあえず最初は提携領地のみで、随時参加領地募集で半年か一年毎に。徐々に規模を広げていって。
世界大会ができるようになるまで何年かかるだろう?
色々夢は広がるものの、まずは足下固めだ。
閣下とミレーヌ様(辺境伯に経営、事務は話をしても無理だとわかったので) の財政状況にも調査を入れ、ミレーヌ様のところはビニールハウス買取で点検、整備をセットでお買い上げしてもらったものをリース契約に変更、契約書を書き直してお支払い頂いた金額を返却、閣下のところにはシュゼットが上流階級の令嬢が嫁入りの場合、新郎側が納めて嫁入り支度をしてもらうこともあるのでそれを名目として受け取って頂けば良いのではと提案してくれた。
成程。
成り上がりとはいえ私も一応侯爵。
そこでレインの婿入り支度の結納金としてゲイルに届けてもらった。
マルビスや私が行けば持って帰れと言われるかもしれないが、ゲイルなら持って帰れば私やマルビスに叱られると言い逃れできるし、これはあくまでも支度金。もし御不要であれば三年後レインの婿入りの時に持参金として持たせてお返し頂ければと伝言を頼んだ。ただ差し出すだけでは閣下の面目が立たないが、三年後には返す予定のお金なら受け取ってくれるだろう。レインが婿入りするのも事実なので閣下には勿論そのまま懐に収めてもらっても良いけどね。
もともと二領ともそれなりに裕福な領地だ。即日の出費は厳しくとも、しっかりとした産業と収入源がある。
三年もあれば立て直しも出来るだろう。
そして忙しく過ごしていると春も終わり、夏が過ぎ、今年も秋のフィアの誕生日が十日後に近づいてきた。
サキアス叔父さんとヘンリーの気球の魔改造第一弾も完成し、今日はいよいよ試乗の日。少し涼しくなってきたこともあって真夜中はウェルトランド内も静まり返っている。
屋敷の中庭には既に気球が浮き上がっている。
叔父さん達の改良した気球はテスラ達と作った物よりも随分と手軽になった。
仕組みは今までの物を色々と工夫、手を加えて作っている。ビニールハウスの屋根に使った結界や、この屋敷の床暖房に使っている魔石の仕組み、木材では重いからとデキャルトで仕入れた竹籤を使ったりと。勿論仕組みはバレないように色々と工夫は凝らしている。
叔父さん達の試作品が完成した時、なるほどなあと思った。
やはり頭の良い人が考えると進歩が早い。
一番重い大量の布地が省かれると重量はかなり軽くなる。しかも燃えにくい素材を探す必要もない。テスラと私達の苦労は何だったのだろうと言いたくなったが、叔父さん達も色々と苦労していることは知っている。
本来、球体、半球、オーバル型、平面など単純な形にしか張れない結界をどう逆ドロップ型にするのかとか、熱した空気を閉じ込めても時間が経過すると冷めて落下するのでそれをどう防ぐのか、とか。そもそも結界というのは面白い仕組みで、手の上で球体を作っても落とせば地面に落ちる。しかし重さは殆ど感じない、かといって宙にも浮かばない。そもそも魔力で張った障壁なのだ。その理論から追求していったようで、ハッキリ言ってそのあたりの難しい話はあまり聞きたくない。
聞いたところで専門家でも研究者でもない私が理解できるわけもないのだけれど。
最近は人目を避けて夜に実験を繰り返していたせいで叔父さんもヘンリーも朝になると改良点を話し合い、昼を過ぎると床につくという昼夜逆転生活をしていたこともあって、眠くて目を擦りつつ大欠伸をしている私の前で精力的に動いている。
「それで、叔父さん達はもう乗ってみたの?」
私が尋ねると叔父さんは嬉しそうに振り向いた。
「勿論だっ、落下する可能性も考えて昨日湖上試した」
いやあのね。
水に落ちれば衝撃も少なかろうと考えたのはわかるけど、ここの湖、底が浅いんだよ? 間違いなく湖底にぶつかって完全にアウトでしょうよ。そうでなくてもある程度以上の高さになれば水上にぶつかる衝撃ももコンクリート並みなんだけど。地面の上に落ちるよりマシって程度で一般人なら二十メートルでも大怪我だって聞いたことあるよ?
危ないことしてるなあ、全く。
もっともこの二人は説明したところで聞いちゃいないんだろうけど。
「気を付けてくれなきゃ困るよ。朝起きたら湖に水死体なんて嫌だからね?」
嫌味たっぷりに言った私の言葉に返ってきたのは・・・
「大丈夫だ。私もそれを考えて詠唱短縮も覚えた。
ヘンリーは破棄で即時発動できるぞ?」
なんとっ!
いっ、いつの間にっ!
聞いてないぞっ、私はっ!
「ヘンリー、戦いには出ないし、覚えるの面倒臭いって言ってなかった?」
覚えると便利だよって言ったら時間が勿体無い、戦闘に出張るつもりはないから構わないだろうと言われたのを覚えている。ただ興味本位で習得の仕方だけは説明させられたけど。
そう尋ねるとヘンリーはたいしたことでもないとばかりに言った。
「それは必要だと思ってなかったからだ。必要であれば覚える」
あっ、そう。
聞いた私が馬鹿でした。
そうですね、貴方がたは目的達成のためなら手段を選びませんものね。
よ〜くわかりました。
もともとヘンリーは国内最強魔術師と呼ばれていたのだ。私如きが思いつきで身につけた技術なんてお茶の子サイサイで習得できたのでしょうね。イシュカ達も騎士団のみんなも詠唱短縮するのに苦労してたし、いまだに詠唱短縮出来ても破棄は無理って人も大勢いるんですよ?
才能の差ってヤツですかね?
オタクな私は単に前世で見たアニメの映像がしっかり目と頭に刻み込まれていたのでイメージしやすかったからというのがあるから才能というよりズルなんだけど。
まあ対策をしていたというになら特に問題もなく。
「ただ、まだ風に乗っての移動だけで操縦は無理だ。それが今後の課題なのだが、テスラ、ハルト、何か面白い提案があったら教えてくれ」
・・・・・。
「・・・ないこともないけど」
「教えてくれっ」
ボソリと漏らした小さな声に反応したのはサキアス叔父さんとヘンリー、私の隣にいたテスラだ。クワッと見開いた三対の目がこちらを向く。
しっ、しまった・・・
ついウッカリと。この癖がいけないのだと思いつつ悪い癖ほど抜けないもので、こうして私はいつも墓穴を掘る。
苦笑いしつつ、私は答える。
「まずはしっかり浮かぶのが先でしょう? お客様をコレにしっかり乗せて営業できるようになるのが先。万が一の場合に備えて仕組みはバレないようにしてもらわなきゃいけないし、分解しようとしたら壊れるようにもしておいてもらわないと」
「それが出来たら教えてくれるのかっ」
その期待に満ち満ちた目が怖い。
思い切り詰め寄られて後ろにひっくり返りそうなほど仰け反ると背中をテスラが支えてくれた。
思いついた方法は二つ。でも風が強い日は多分使えない。
そもそもそんな日にはゴンドラも揺れるから乗るのも危険か。
私は鬼気迫る叔父さん達を押し返す。
「気球に使える方法かどうかはまだわからないよ?」
「アイディアがあるならそこから先を考えるのは私達の仕事だ。問題ない」
まあごもっともで。
だったらまずは簡単な操作方法さえしっかり覚えれば誰にでも安全に乗れるようにしてもらわないと。そう伝えると叔父さん達は即座に改善点の話し合いをし始めたので、まずは乗せてくれと頼んだ。
私の怒号に慌てて準備に取り掛かる。
それを見てホッと息を吐くと頭の上からテスラの声が降ってくる。
「・・・あるんですか?」
テスラの知りたがりは相変わらず健在だ。
興味津々の目がランランと輝いている。
ボソボソとテスラと私にしか聞こえないような声で話す。
「船と同じ原理だよ。帆を張って風魔法で押せば多少はなんとかなるんじゃないかなあ。後はプロペラ、かな」
「プロペラ? なんですか、それは」
「フィアの誕生日が過ぎたら教えてあげるよ。
推進の原理っていうか、プロペラを回転させて空気を後方に高速で流すことで、その反動を使って前に押し出すんだよ。ゴムの素材もどこかにあると良いんだけどなあ。今度マルビスに聞いて探してもらおう」
私に専門的な説明は難しい。
ゴム動力の飛行機が説明しやすい。
他にもゴムは使用用途が広い。靴底や馬車の車輪、洋服の袖口やウエストに通したり、結束用の輪ゴムやバンド、その他にも色々とある。
「ゴムとは?」
「弾力のある素材のことだよ」
テスラが知らないってことはまだ作られていないってことなのか?
そうなるとやっぱり厳しいか。
「とりあえず、その話は後日にしよう。折角叔父さん達の開発した気球に乗れるんだし。準備が出来たみたいだよ? テスラ、乗ってきたら?」
「ハルト様は乗らないんですか?」
う〜ん、乗りたくないって言ったら嘘だけど。
「乗りたい人がいなければ乗るよ。チャンスは今夜だけじゃないし、私は後でもいいかな。マルビスもウズウズしてるみたいだし、二人で乗ってきなよ。叔父さん達が乗っても大丈夫だったって言ってたし、もし落ちても下で私が魔法で衝撃和らげてあげるから安心していいよ。テスラはあんまり運動神経良い方じゃないから受け身取れなければ打撲かアザくらいは作るかもしれないけど、ちゃんと私が治してあげる」
側近の中でも下位、婚約者の中でなら多分ビリ。
別に運動神経が悪くてもテスラはテスラ。気にしてなんかいないし、テスラにはテスラの良いところがあるんだからどうということもないけれど。
テスラが複雑そうな顔でポツリと呟く。
「・・・なんとなく少し不安になってきました。
でも運動神経は俺は普通ですよ。貴方の周りが良すぎる者が多いだけです」
それはそうかも。
「テスラが行かないなら私がマルビスと乗ってきてもいいけど」
ロイも、イシュカも、他のみんなもマルビスほどソワソワしてないし、まあ遠慮してる可能性もあるけれど、とりあえずはウェルトランドでの営業前に陛下に見せておきたいし、フィアの誕生日の舞踏会に参加するために王都へ行くついでに持っていけたらと思うのだ。
するとジッとテスラが私を見て聞いてきた。
「マルビスと二人きりで、ですか?」
二人きり?
「そりゃあそうでしょ、二人乗りなんだから」
そう答えるとテスラは綺麗な眉をへの字に曲げて嫌そうな顔をした。
なんでそこでその顔?
変なことを言ったつもりはないのだが。
「やっぱり俺が行ってきます。貴方とマルビスを夜空で二人っきりにさせるのは面白くないので」
そう言ってテスラは気球に向かって駆け出した。
・・・・・。
どういう意味だ?
暫くの間を空けて、その意味を私の頭が理解した。
それって、つまりテスラがヤキモチ妬いたってこと?
確かに最近無意識に口説き文句を垂れ流していることもあるテスラだが、あんまりそういうところ、見せたことなかったのに。
私は硬直してテスラの方を凝視した。
こんな不意うち、反則でしょう?
その綺麗な顔で、
その表情で、
私好みの大好きなその声で、
そんなこと言われたら卒倒ものでしょう?
それは最終兵器だと思うのデス。
私は観客が見ている前で後ろにひっくり返らないよう、
真っ赤な顔でしっかり足を踏み締めた。




