第百二話 今回は逃げの一手です。
陛下との会話が途切れた頃合いを見計らい、空気を熱していた火を消すと気球がゆっくりと降下し始めた。
気球の中に閉じ込めていた空気が冷えれば浮力も下がる。
火が消えたのに気がついたテスラ達が下で繋いだロープを巻き取ってくれているようで落下速度がやや上がった。
そうして地上に辿り着くと同時に陛下がゴンドラのふちに手を掛けてふわりと飛び降りた。
「なかなか楽しかったぞ、ハルスウェルト。
ヘンリー達の改良が進んだらまた乗せてくれ」
上機嫌の陛下にその臣下達がドッとわく。
私はホッと息を吐き、頭を下げて応える。
「御意に」
改良を進めろと言うことは私との約束を守ってもらえるということで良いのか?
それを確認するが如く陛下に鋭い視線を向けると口許を緩めて微笑い、小さく頷いた。了承しているということだろう。
陛下はそこにいる重鎮達に向き直ると命令を下した。
「この場にいる者全てに緘口令を敷く。
この仕組み、技術は決して外へ漏らしてはならぬ。
ナギルとデイビスはコレをいつものように買い取れ。今回は独占契約とする。条件付きではあるが使用権の買取額はいつもと同程度で良いそうだ。こちらから発注、買取することで話は付けた。この先、ヘンリー達が改良を進め、その出来によっては追加支援行うこととする」
それはありがたいけれど。
場合によっては金食い虫の乗り物にならないとも限らない。
叔父さん達は自分達の知的欲求を満たすためなら私財も厭わず投入する。
何せ、自分達の給料を下げてまで開発費用に回しているのだ。開発費用は経費扱い、税金引かれた後に貰った給料を研究費に注ぎ込むよりは多くの資金が注ぎ込めるというのが大きな理由で、叔父さん達の給金は実際の金額の四の一以下だ。ゲイルとビスクに頼んでその辺りを法律に引っかからない程度に調整しているらしい。開発して商業登録したものでさえ、商会管理として直接自分達にお金が回って来ないようにして、それを丸ごと研究費に回しているのだ。私として商会での二人に掛かる経費が変わらないのであれば特に問題はない。その労働価値に対して驚くほど給金が低いことに二人が納得できるなら違法ではないので黙認している。
その肝心の二人の姿は既に消えていた。
ロイにコソッと尋ねると気球が上がったのを見上げ、確認した時点で興奮して奇声を上げ、走り去ったらしい。
・・・まだ真夜中なのだけど。
本当に自分の欲望に対して忠実だ。
おそらく私が出した交換条件である仕事を早く片付けるために帰ったのだろう。
緑毛の獣馬に乗るのはヘンリーだということは騎士達の間では有名な話なので、本来ならば夜には抜けるのが大変な検問所を潜るのも然程苦労はしないだろう。何せ団員達を怯えさせるほどの変人だ、極力関わりたくない彼等は即行でヘンリー達を検問所から追い出すことだろう。
私は呆れているキールと顔を見合わせ、ハハハハッと乾いた笑いを浮かべた。
こういう単純なところは非常に助かるのだが、ウチの商会は変人の巣窟だと噂が広まったらどうしよう。
まあいいや、それも今更か。
諦めて開き直ることにしよう。
「やはり上空から景色を見渡せるというのは防衛の面に於いても大きなアドバンテージともなり得る。他国にコレを知られてはならぬ。
良いか? コレは使い手によっては最悪の自体をも招く。
他所に情報を漏らしたなら島送りも覚悟せよ。機密保持に不安がある者は申し出よ。魔法契約書を用意してやる」
陛下が臣下達に命令しているのに耳を傾けつつ、テスラ達がせっせと片付けているのを手伝う。余計なことに巻き込まれる前にサッサとズラかるに限る。
マルビスが陛下や財務大臣達と話をしている間に、とも思ったのだが、こんな大きな物を早々に片付けられるわけもなく、手元が暗くなり、目の前に影が出来て私は顔を上げる。そこに見つけた顔に心の中で溜め息を吐きつつ立ち上がる。
「ハルスウェルト。コレは彼奴らにも売ってはならぬぞ?
どうしてもというのなら私を通せと言え。わかったな?」
陛下の言う彼奴らというのは間違いなく閣下達のことだろうなあ。
市販していない防犯設備などの商品の最新式を売っているのは陛下以外ではあの二人にだけ。信頼出来ない限りはアレは手の内を晒すものだ。売ることは出来ない。
四、五年ほど前の初期、ヘンリーが来る前からあるサキアス叔父さん開発のものは取引先限定で御要望があれば売ることもある。アレらはコソ泥、盗賊、雑魚の間者や密偵、畑を荒らすが害獣、最低Fランクお馬鹿な魔獣などには効力あっても二流、一流には役に立たない。機密宝庫の私達の屋敷からすれば『無いよりマシ』程度でも、田舎であれば充分に役に立つ。ビニールハウス周辺に巡らせれば収穫前の盗難予防にもなるわけで、そこそこに売れている。
だけど今回ばかりはあの二人にも渡せない。
閣下達は国境警備の要。こんな物を渡せば小競り合いの現場に利用しかねない。諍いが激化すれば戦争にもなりかねない。
何事も程々が良いのだ。
圧倒すれば攻め込もうとするかもしれないし、敵方も制圧され、甚大な被害が及べば向こうも黙っていられなくなる。侵略、併合するつもりがないのなら刺激しすぎるのは悪手だと思うのだ。
なのでそれには反対するつもりはないから素直に頷く。
「承知致しました」
あの二人を信用していても、あの二人の部下全てを信用できるかと言えば否だ。
「ですが、ウチの娯楽施設でのアトラクションとしては利用させて頂きますよ?
勿論、その構造はバレないように万全を期して行いますし、管理もしっかり致しますので御了承頂ければと」
そもそもの開発目的と利用用途はそれなのだ。
ただ騒ぎになるのは間違いないし、どちらにしても陛下に報告義務は発生するだろうと思って限定的とはいえ今回公開することにしたのだし。なにせウチには陛下の監視が入っている、下手に隠し事をすれば痛くもない腹を探られ、余計な嫌疑がかけられないとも限らない。
私の質問に陛下が頷いた。
「良い。それは開発者権限で問題はない。
だが私に約束させた以上、責任を持って管理は致せよ?」
そりゃあこちらから持ち掛けてお願いしたことですので、
「当然で御座います。当方から情報が漏れたなら違約金として契約金を十倍にしてお返し致します。その上で私との約束は反故にして頂いて構いません。
それで如何ですか?」
「よかろう。私の方から漏れた際には同じく契約金の十倍を其方に払おう」
それは陛下個人から出ているのであればそうしてもらうけど、そのお金は民から集めた税金ですよね?
「いえ、それは結構です。払って頂く必要は御座いません。
但し、以後の改良型はお売りできません。秘密が容易に漏れるようなところには安心して商品を卸すことは出来ませんので」
これは譲れない一点だ。
ヘンリーがちょうど以前の登録利用料の収入を全て国に寄贈する代わりに国への一割還元は終了してもらったので、以後の商品開予定の報告義務は消えた。つまり、今回の気球はまだヘンリーが関わっていないので問題ないはずだ。
みんなで頑張って作り上げた物を簡単に他所に売られては困る。
「開発商品は私達のメシのタネです。
仲間と協力して作り上げた財産でもあるのです。
私共の利益と損ね、簡単に信用を堕とす御方にはお売りできません」
私はキッパリ堂々とそう言い放った。
「其方っ、陛下に向かって無礼ではないかっ」
陛下の後ろにいたジャバリックが私のその物言いに腹を立てて飛び出してきた。
そうかもしれませんね。
でもこの意見を覆すつもりはないのです。
だがジャバリックのその体は陛下の横に伸ばした腕に止められた。
『騒ぐな』と。
ザワついた空気が陛下の一括で静まり返る。
「ハルスウェルトの言う通りだ。間違っていない。
信用出来ない相手に売って、それが悪用されたなら開発者にその咎を背負わせることにもなるのだ。多大な被害が出れば、『そんなもの作らなければ、どうしてそんな物を売ったのだ』という非難は私にではなく、発明者であるハルスウェルトに向かう。それでも金を儲けたいというならば私に内密にと話を持って来るはずもない。本来であれば大々的に売り出せば我が国だけではなく、諸外国にも売りつけられる代物だ。独占契約を結ぶよりも遥かに高い利益が出るのだぞ。
故にそれは当然の権利なのだよ」
その通りだ。
儲けたいのであれば極秘開発なんてしない。
期待持たせて観衆の前でテスト飛行、煽って価格を釣り上げることも出来た。
だけど陛下はこの国の最高権力者。言うことを聞けと命令することも、従えないのならこの国から出て行けと私達を放り出すこともできる。それでも陛下は私に仕事を押し付けても、権力で横暴に捩じ伏せようとはしない。本気で私が嫌がれば引いてくれるし、配慮もしてくれる。
だからこそ陛下の頼み事は断り辛かった。
もしかしたら、それこそが陛下の思うツボだったのかもしれないけれど。
「それとも其方達は私の息子よりも年若い者に全ての責任を背負わせるような情け無い王になれと、そのような恥を私に晒せとでも申すつもりか?
私に面と向かってそう言える者がいるのなら前に歩みでよ。
その覚悟があるのならその忠告にも耳を貸そう」
怒りに任せて怒鳴るでもなく、ただ冷静にそう語った陛下の言葉に進言する者は出てこなかった。
こんな姿を見ると、やはりこの人は大国の王たるに相応しい人なんだなと思う。
感情に任せるでもなく、真っ直ぐに自分の意志を通し、それでいて他人の忠告にも耳を貸す度量を持っている。国王に怒鳴りつけられれば大抵の者は萎縮する、萎縮すればまともに頭も働かず、まともな意見など聞けようはずもない。それがこの人は判っているから声を滅多に荒らげることはないのだろう。
私の前で時々見せる、どこか飄々としたお茶目な陛下。
多分アレが地なのだろう。
こんな陛下を見ていると、やはり国王というのは本当に大変な役目なのだと思うのだ。
荷物を積み込むと私は陛下の前までやってきて、ぺこりと頭を下げ、片付け終了の報告を告げた。
「それでは書類が整い次第、アンディに直接届けてもらうように致しますのでいつものように商業ギルドへの手続きはお願いできますか?」
「それは私が責任を持って」
国家技術担当課責任者のデイビスが陛下の横でそう答えた。
技術を公表するつもりのない商品、特に国が絡んでくる場合には重要案件として国から各国の商業ギルド本部に届けられる。何故かといえば後に同じ技術が出てきた場合に登録使用料の徴収を避けるためだ。
後に全く同じ仕組みのものが提出された場合、その提出者が最初に提出した者以外からなら使用料を取ることが出来るが、もともとあった技術であれば最初に提出されたものの登録期限が適応される。
どういうことかと言えば、例えばこの気球を登録したとして、期限が十年と査定された場合、八年後全く同じ仕組みのものが登録されたとすれば登録使用料を取れるのは残りニ年だけとなる。つまり全く同じ物を作っても時間が掛かれば登録使用料での開発資金回収は厳しくなる可能性があるのだ。
まあどちらにしても、これから叔父さん達の魔改造が始まるから同じようなものが早々作れるとは思えないけれど。
どんなふうにコレが変わるのか楽しみになって私はクスクスと笑う。
夜ももう遅い。
今日は色々と朝から忙しい過ぎたから早く帰ってベッドにダイブしたいところだ。そう思って失礼しようと背中を向けようとしたところで陛下に呼び止められた。
「実は他にも其方に頼みたいことがあるのだが」
何事かと思って振り向けば掛けられたのはそんな言葉。
確かに陛下の態度に感心、感銘は受けましたけど、生憎それとこれとは話が別。
私は陛下がその詳細を語り出す前にお断りの文言を伝える。
「すみませんが陛下の御用命、暫くは御辞退願いたく存じます」
今までも何度か断ったことはあるけれど丸め込まれたことも多かった。しかしながら今回は大きな意志を持ってキッパリと断るつもりだ。
「何故だ?」
「私にも用事というものが御座います。申し訳御座いませんが、いつまでも陛下の御用事を優先させていては他の仕事が滞ったまま、いつまで経っても片付けられません。御命令だと仰るのでしたら一応私も陛下の治める国の領主、従うつもりも御座いますが」
陛下の問いに嫌味を込めてそう答えると陛下は機嫌があまりよろしくないのに気が付いたようだ。こういう場合、陛下はあまりゴリ押しして来ることはない。
実際、少し、間を空けてその要求を引っ込めた。
「いや、良い。いつもいつも其方の手を煩わせるわけにもいかぬ。
今回は他の者に頼むとしよう」
「ありがとう御座います」
陛下の気が変わらない内にさっさと御礼を言う。
そうすると大抵の人は『やっぱりやめた』とは言いにくいものだ。色々と問題に巻き込まれてきたけれど、その何割かは陛下の依頼がキッカケであることも多かった。これからまだまだやりたいことがたくさんある私としてはこれ以上余計なことに首を突っ込みたくないと言うのが正直なところで。
「それでこれから其方はどうするのだ?」
私のやることが気になるからこその監視員の送り込み。
そりゃあ気になりますよね。
でも今聞かなくてもサイラスや彼等から情報が入るのでは?
それともこれは『余計な問題を起こすなよ』という陛下の牽制だろうか。
でも今回、余計にことをしてくれたのは陛下達、ですよね?
私はにっこり笑って嫌味ったらしく答える。
「まずは閣下と辺境伯にもいつも大変お世話になっておりますし、今後の協力体制についても早急にお話しをさせて頂きたいと思っています」
私が折角閣下達が困らないように資金をあの手この手で押し付けてもおいたのにそれを根こそぎ持っていくような判決下してくれましたよね?
何してくれちゃってるんでしょうかね?
そりゃあ部下の責任は上司の責任でもありますけど、今回の場合はアコギなマイエンツのやり方が原因なんですよ、普通の罰金でいいでしょうよ。陛下にとっても大事な部下なはずですよね? 私は閣下達に寄付したわけではないんですよ、ちゃんとした取引です。余計な買わなくてもいいものまで買いまくったのは確かですけどね。
私の言葉に陛下が目を丸くした。
不機嫌な理由を悟ったようだ。
そこをツッコまれないように私はもっともらしい理由を並べ立てる。
「それに私もいつまでもシュゼット達に任せきりというわけには参りません。本部の学校に通えない子供ために学校も設立しようと思っております。
陛下には優秀な部下がたくさんおみえになることと存じます。
その方達にもチャンスは与えられるべきかと」
暗に陛下には他にも仕事を任せられる人がいるはずだからそっちの問題はそっちで片付けて下さいよと。
まだまだ陛下のところには大きな問題こそ起こしていないけど、宮仕の高給取りのくせにロクに仕事もせずにのほほんと窓際でゆっくりしていらっしゃる方々がお見えになるんじゃないですか?
高給に見合った仕事をさせて下さいよ。
彼等がもらっている給金は国民の税金、しっかり給金分は働かせて頂かないと困ります。その税金は我がハルウェルト商会からも多額納められているはずですよね? 私達が一生懸命稼いで納めた税金が威張り散らしているだけでたいして仕事もせずに昼寝してるか、悪巧みばかりするような輩に流れているのはハッキリ言って不満です。
私達は彼等に贅沢をさせ、養うために働いているのではないのです。
なんで彼等が仕事しない分を私に回してくるんです?
ソイツらがしっかり働けばこちらに回される仕事ももっと少なくなるはずだ。贅沢に税金を使うのが仕事なわけないですよね?
「私はこれでもアレキサンドリア領の領主。
自領の発展に邁進するのが務めと存じます。陛下のお側に仕える臣下でも部下でも御座いません。私は既に十二歳、己の仕事も少しくらいは覚えなければ今後恥をかくこととなります。
私にこれ以上の功績も褒賞も必要ございません。
この六年、些か働き過ぎました。そろそろ少し休暇を頂きとう御座います」
私は領主。
本来の仕事は領地を守り、領地の発展繁栄に努めるのが仕事のはず。それをマルビスやゲイル、シュゼット達に押し付けて、他の仕事ばかりしているのは、オカシイのではないかと思うのですよ。それに私は領主であると同時にハルウェルト商会のオーナーなんですよ。それなりに仕事は山積みなんですよ。
私ばかりでなくても陛下のお役に立って、功績上げたい人はいくらでもいるでしょう? その人達を是非ともコキ使って頂きたい。
口出しされて丸め込まれる前に言いたいことだけ言ってズラかろう。
「では私は翌日自領に帰らせて頂こうと思います。
最近陛下のご要望にお応えするべく繁忙な毎日を過ごして参りましたのでやらねばならないことが山積みとなっているので御座います。
それが片付きましたなら、たまにはゆっくりとさせて頂こうかと」
トドメとばかりに遠回しに私が忙しすぎるのは陛下のせいでもあるのだと主張しつつ私は深々と頭を下げ、陛下が口を挟む隙を作らず捲し立てた。
「私の我儘、お聞き入れ下さり、誠に有難うございます。
では私は明日も仕事が詰まっていますのでこれで失礼させて頂きますっ」
そう礼を言い、私は脱兎の如く走り去る。
考えてみれば今まで引き止められて馬鹿正直に陛下の言葉を聞いていたのがいけなかった。単純な私はそれで陛下の口車に乗せられ、引き受けさせられていたのだ。
まともに話を聞いて答えていたのがきっとマズかったのだろうと、今更ながらに気が付いて、逃げの一手をかましたのだった。
今回ばかりは陛下に捕まるわけにはいかない理由もある。
フリード様を早く捕まえなきゃ。
今回の責任を負って、何処かに行ってしまわれる前にちゃんと話をしたい。
お話が聞きたい。
帰るのが遅れれば、城からの遣いが先に届いてしまったら、フリード様がウチにいてくださる理由がなくなってしまって、私にお気を使って早々に去ってしまわれるかもしれない。
だから今回は何としても早く帰りたい。
フリード様を引き止めたい。
朝一番の商会の船の定期便に乗って、足りない睡眠はそこで取ればいい。
不安を抱えて私は後ろを振り返ることなく走り去った。




