第百一話 冗談は時と場所を考えましょう。
「それで、さっきは何故あんなことを言ったのですか?」
気球が繋がれたロープいっぱいまで夜空に浮かび上がったところで私は陛下にそう切り出した。
「何のことだ?」
「トボケないで下さいよ。思慮深く聡明な貴方があのようなことを人前で言うからには訳があると考えるのが妥当でしょう?」
あんな自分が死んだら私に王位を譲る的な言い方は一歩間違えば誤解を招くものだ。それがわからない陛下でもあるまいし、ならば何故あのような言い方をしたのか。必ずそこには理由があるはずなのだ。
ジロリと睨み上げ、問い詰めると陛下は唇の端を僅かに上げて笑った。
「其方は男心の機微には鈍いくせにそういうところは相変わらず聡いな」
私はその台詞に顔を顰めた。
前に付いたその一言は明らかに余計でしょっ!
自覚はありますよ、自覚はっ!
だけど私が男心に鈍くて陛下に御迷惑お掛けしてませんよね?
放っておいて下さいっ!
いいんですっ、ロイもイシュカもマルビスもレインも、最近ではテスラとガイまで心臓に悪いストレートな口説き文句を垂れ流して下さいますからっ!
これ以上図々しい逆ハーレムはご遠慮致します。
情に絆されやすい、チョロイ私としましては少々鈍いくらいが丁度いいと思うのです。気付いて、迫られ、陥されて、『また婚約者増やしました、ごめんなさい』は申し訳なさすぎる。それはあまりに強欲で身の程知らずだと思うのです。
それに今の話に私が男心に鈍いのは関係ないですよね?
ムッとしてプクッと頬を膨らませた私の頭に陛下の手が置かれた。
クシャッと髪を優しく撫でられて、そういえばこうして陛下に触れられるのは初めてだなあと思い返す。
何せ国家最高権力者、その御尊顔を間近で拝謁すること自体、一般人では本来恐れ多くも滅多にあり得ないことですから。それがこうして夜空に二人きりなんて、流石の私もビビった・・・りしませんが、全く緊張しないでもない。
「まあ良いか。ここなら他の者にも聞かれない、正直に話そう」
いつもの威厳も控えめで宣った。
どうにも引っかかる言い方なのだが。
「なんか嫌な予感がするんですけど」
陛下のこういう時、切り出す話は大抵ロクなもんじゃない。
警戒モードを発動した私に陛下が軽く笑った。
「まあそう言うな。王宮内で力をつけすぎた其方らが謀反を企て、王位簒奪を狙っているのではないかという馬鹿げた話が出回っていてな。
十中八九、其方らの反対勢力の奴らが其方を陥れるために流したデマではあろうが、雪玉が坂を転がるようなスピードで噂が大きくなっていてね。極身近な者達はそんなはずがないとわかっているのだが、其方らをよく知らない者達が騒ぎ立てているのだよ」
そんな話が広まっていたのか。
実に馬鹿らしい。
力を持てば王位簒奪を狙うに違いないというのは、そういう考え方をする人だからでしょう? 私は基本平和主義、戦を起こして人が年月を掛けて築き上げたものが破壊されるのなんて見たくない。作るのに何年もかかる街並みも、一度戦が起きればあっという間に瓦解、瓦礫山だ。
そんな勿体ないこと、私がするわけないでしょう?
踏み躙られた町を復興するのにどれほどの時間がかかるのか。
壊す側の権力者達は何故考えない?
壊れるのは町だけじゃない、そこに住む人々の生活もだ。
私は何もない森に娯楽施設を作って生活を変えた。一から町を作るのがどれほど大変で労力がいることかわかっている。壊してしまったらすぐに建て替えられるものじゃない。何もない平地を開拓するより壊れた瓦礫の撤去から始まる分だけ手間がかかるのだ。そりゃあ悪政を敷く支配者から自由を取り戻すために戦うことを選ぶ場合もあるから全てが悪いとは言わない。でも何年もかかって作り上げた町を壊して、何百、何千、場合によっては何万という人の命を犠牲にしてまで手に入れたいものってなんだろうと思うのだ。
かといって奪おうとしてくる相手に無抵抗を貫くほど私はお人好しではない。だからこその売られた喧嘩は買っても自ら喧嘩を売らないのがポリシーだ。
結局は人の価値観の違いがあるから諍い起きるし、みんな平等というわけにもいかないからある程度は仕方ないのかもしれないけれど。
極力揉め事を起こしたくない私が王位簒奪を狙うはずもない。
戦をするのに資金を注ぎ込むくらいなら、もっと開発事業に精を出しますって。王座になんか就いたらやらなきゃいけないことがたくさん増えて、やりたいことが出来なくなっちゃうじゃないですか。
それを邪魔して潰してこようってことなら逆らいますけど陛下もフィアも私達がやることを止めるどころか後押ししてくる状態で、反乱起こす理由も見当たらないですよね。
まあ色々と仕事を押し付けて来なかったらもっとありがたいのですけれど。
とにかく陛下がわざわざあんな話を振ってきた理由は理解した。
「それで陛下は自分がああ言えば私が嫌だ、勘弁してくれと言うだろうと思い、わざわざあのような話をしたと?」
毎度お馴染みの私の反応を知っている陛下からすればどう言い返すのかなんて簡単に予測がついたということなのでしょうけれど。
「そうだ。あの場には其方とは関わりも浅い、国の中枢部の人間がいたからな。其方の口から言ったところで口先だけだと思う者もいるだろう。だが私からその話を振れば其方の如何にも迷惑極まりないといった嫌そうな顔を見て真実味も増すだろう?
其方が嫌だ嫌だというのはいつものことだからな。
極力余計な詮索、諍いは避けたい。今後のためにも、な」
陛下の言い分はわかった。
余計な諍いを避けたいといいのは概ね同意見だし。
「そういう事情でしたらそれはいいです。私もその辺の面倒臭い事情には巻き込まれたくありませんから」
「私としては巻き込まれてもらっても一向に構わぬのだが?」
そういう冗談は是非とも止めて頂きたい。
「すみませんが謹んで御辞退申し上げます。
だいたい私みたいなのを要職になんてつけたなら余計な問題が次から次へと襲いくる未来しか見えません。私は殿下の治世は平和であってほしいと思っていますので絶対に関わりたくありません」
こんなトラブルメーカーが国の政治に関わったら大変ですよ?
きっと毎日目が回るほど忙しくなること請け合いです。
もっとも私は今でも充分忙しいけれど。
私の拒絶の言葉に陛下が苦笑する。
「かもしれんな。だが私はどちらかと言えば逆の考え方だ」
逆?
それってどういう意味?
私がそれを問う前に陛下は口を開いた。
「其方の身に起こったことは殆どが遅かれ早かれ我が国に降り掛かった厄災。
つまり其方がトラブルを引き寄せているというよりも其方の運が悪くてトラブルが降りかかっているとみるべきだ。そしてそれは其方の上に降り掛かったからこそ、たいして大事にも至らず片付いてきたともいえるのだよ。其方には災難かもしれんが、国からすれば問題が起こったその場に其方が居合わせてくれて幸運だったとも言える。其方が居合わせなければ大問題、大災害にもなったかもしれんからな」
そう言われて考える。
確かに魔獣魔物の類は私が居合わせたあの時に出現しなくても、いつか這い出てきた可能性はある。その時、私達が苦労したとはいえ退治できたから良かったものの、アレらが気づかない内に人里に向かっていれば町や村の一つや二つくらいは犠牲になっていたかもしれない。
それを思えば陛下の言うように私達が遭遇したのは幸い、だったのか?
でもアレらの出来事が幸運だとはとても思えない。
「大袈裟ですよ。陛下の仰るように私の運が悪かっただけでは?」
「かもしれん。だが、結果的には被害は殆ど出ずに我が国は平和が保たれている。国が疲弊すれば他国に攻め入る隙を与えてしまう場合もあり得るのだぞ」
そりゃあそうかもしれないけれど。
シルベスタ王国は領地で差があるとはいえ恵まれた土地も多い。北には一年の半分以上が氷に閉ざされている国も、南には土地の半分以上を砂漠が支配する国や、熱帯雨林の密林ジャングル、開拓するにも一苦労な国がある。それに比べたらこの国は随分と恵まれている。羨み、妬み、隙あらば豊かな土地を奪おうとする国が攻め込んできてもおかしくない。実際、水道が通ったお陰で条約が結ばれたところもあるけれど国家間の諍いが止まない場所もまだまだある。
広大な領地を持つこの大国は隣接する国が多いのだ。
辺境伯のところもなかなか大変なようで新しい防犯設備が開発されると即座にお買い上げ、商会員が取り付けに伺う。古い防犯設備が攻略されても次から次へと新しいものが取り付けられ、最近は国境付近の諍いも随分沈静化してきたと聞いている。
その主戦力となる方々が手に負えない魔物や魔獣の討伐応援要請が入り、事態収集に追われ、かかりきりになればその隙を狙われる可能性もあるわけで陛下の言っていることもわからないでもない。
とはいえ好き放題、勝手放題で被ったアレやコレやが自分達の功績と言うのも烏滸がましいと思うのだ。私は自分のケツを自分で拭いただけ。みんなに手伝ってもらっている時点で偉そうなことは言えないけれど。
私が釈然とせずに顔を顰めると陛下のククッと笑う声が聞こえて顔を上げる。
「そうだな、では少し昔話をしようか」
なんだ? いきなり。
突然言い出した陛下の言葉に首を傾げ、不審な顔をすると尚更陛下は面白そうに笑う。
「其方は私が幾つの時に王位を継いだか知っているか?」
勿論、それは知っています。
有名な話ですからね。
「一応。前王が戦死なされて十四の時に王座に就いたと」
「そうだ。まだ学院の六年生、卒業前冬だった」
六年生冬ってことは本当に卒業間近だったってことか。
悪知恵の働く腹黒陛下の成績が低空飛行していたとは思えないのでそれ以降欠席しても卒業するのに問題はなかっただろうけど。
「他にも跡取りの方はいなかったのですか?」
「いたよ。兄が二人。一応、な」
それも知っている。確か父親である前国王陛下と一緒に戦に出て亡くなったと歴史書には書いてあった。
だけど他にも跡取りはいなかったのだろうか?
十五にも満たない年で国王陛下なんて重責に就くなんて。
私ならきっと逃げ出してただろうなあ。
そんな年で貴族ひしめく王宮を仕切らなきゃいけないとなれば、この腹黒さも納得だ。真っ白なままじゃ利用されて食い物にされるのがオチだ。
「私の父である前王は強さこそ正義、富国強兵を大々的に政策に掲げていた。私の兄達はそんな父を心酔していてね。どちらも腕に自信があって、父の座は強者である自分が継ぐべきであると言って譲らなかった。
そして王座を掛けて戦い、そして長兄は次兄に敗れ、命を落とし、次兄は長兄に切り落とされた腕からの大量出血で命を落としたのだよ。
つまり、私は殆ど同時期に父親と兄二人を失った」
兄弟で殺し合うとはまた衝撃的な・・・
兄弟殺しの業を背負ってまで王位なんて継ぎたいものなのだろうか?
私には到底理解できないが、過去の歴史を見れば時の権力者にとって己の人生どころか他人の人生まで賭けて欲したものなのではあろうけど。群雄割拠の戦国時代とかではそういうのも当たり前に存在してた。
だが実際、誰かが統治せねば秩序が無くなるのも確かで、人間全てが善人ではないのだから誰かが先頭に立たねば弱い者、お人好しは搾取されるだけの殺伐とした世の中になるのも確かだろう。
力こそ正義という理屈もある意味真理だ。
なんの力を持たない者が己の正義を振り翳したところで踏み潰されて終わり。
強者、権力者の思惑でその下にいる全ての人間の人生が一変することもあるのが世の中だ。暴力で押さえつけるか、人望や知恵で人を集めるか、経済力で従えるか、圧倒的な魅力で惑わせるか、方法は幾らでもあるけれど、形は違えど全てそれは力だ。
戦乱の世であるのなら武力が必須なのもわからないでもない。
でもそんな兄達の死に際を見て、陛下は何を思ったのか。
「・・・知りませんでした」
歴史書には書かれていない裏の真実。
それを私が聞いて良いものかどうかは別として。
もっとも言ったところでホラ吹きと呼ばれるのがオチだろう。
「対外的には戦死とされているからね。
兄弟で殺し合った結果が双方死亡では王家の恥だ」
確かに外聞よろしくないだろうなあとは思う。
「それで陛下が王座に就いたと」
「そうだ。つまり私の二人の兄のどちらかが存命だったなら、この国は領土拡大のために今も戦を続けていただろうな」
それはかなり嫌かも。
と、いうことは私はこの陛下の治世に生まれ変わったのはラッキーだったわけか。戦好きの前王とその血を色濃く受け継いだ陛下の兄上が王様になっていたらきっと今私の周りにいる人達の何人かには巡り会えていなかったに違いない。
「だが、皮肉なことに王座を望んだ二人の兄は死に、戦の嫌いな私が残って王位を継いだ。
そして国を平定させるため、十五になると同時に三人の妻を迎えた。
その時の宰相の娘のマリアンヌ、軍部最高司令官の娘であるライナレース、そして私が学院生時代の学友、才女と呼ばれていた平民出身のライラだ」
陛下のお妃様は三人いらっしゃるのは知っていた。
もう一人は平民出身の方だったのか。
私は黙って陛下の話を聞いていた。
「貴族の男は賢い女を好かぬ奴も多くてね。連れて歩くアクセサリーだから余計な知恵はなくても良いと。賢いが故に気が強いことも多いというのも原因の一つだろうが、特にあまり頭の出来の良くない連中からは嫌厭される。賢すぎる女なら余計にだ。己の至らぬところを指摘され、見下されていると勘違いし、プライドが傷つくのが我慢ならないらしい。
私から言わせてもらえれば己の頭が足りないなら尚更賢い妻を迎えるべきだと思うがね」
ごもっとも。
それを実行したのが辺境伯だ。だからこそステラート領は辺境伯が自分の好きなことに明け暮れても上手く領地の経営が回っている。
「私もそう思います」
陛下の意見に同意して私は頷く。
一人で全て回せる裁量があるなら従順で大人しい女性でも構わない。
その人に進言できる有能な秘書や執事がいればまだマシだ。
だけどその言葉に耳を傾けることが出来ないなら意味はない。
「そういうわけで、マリアンヌも、ライナレースも当時婚約者はいなかった。聡明な彼女達は婚約者と喧嘩して婚約者破棄されていたのだよ。
国母となる女は気が強いくらいでなくては務まらぬ。場合によっては私の代わりに他国に赴いて各国の首脳陣と渡りあわねばならないからな。やり込められて相手の要求を簡単に受け入れ、泣き喚いているようでは困る。
器量は二の次、女は化粧と装飾でどうとでもなるからな」
それには私も同意見だが、
「でもマリアンヌ様も、ライナレース様もとても美しいと思いますが」
凛としてすごく綺麗だ。
ミレーヌ様の次くらいには理想とする女性像だ。
陛下は私の言葉に嬉しそうに笑う。
「まあな。それは私が幸運だったということだろう。
私は自分に足りないところを彼女達を迎えることで補った。
ライラにも正直に話した。平和な国を作るために力を貸して欲しいと。
其方と同じだ。
私にとって妃達は妻であり、同志なのだ。
そういう意味では其方らの関係にも似ているな」
そうですね。
私も自分に足りないものを補ってくれる人達を探して側に置いた。
最初の頃はカッコイイなあとか、綺麗だなあって見惚れても恋愛対象になんて考えていなかった。中身は違っても子供が恋愛対象になるなんて思ってなかったから。一緒にいるための手段でしかなかったはずの婚約だった。
でも長い時間を共に過ごしていく内に感情は少しずつ変化していった。
陛下も私と同じだったのかな?
「あの、でも私、まだライラ様とお会いしたこと、ないですよね?」
「ライラは今、休養中だ」
休養中?
気が強くて聡明な女性が?
それって、つまり・・・
「もしかして、貴族社会に馴染めなかった、のですか?」
よくある話だ。
玉の輿に乗ったとて必ず幸せになれるというわけでもない。
上流階級や名門と呼ばれる家には色々なしきたりがあったり、生活水準が違いすぎて馴染めなかったりすることがしばしばある。どんなに聡明であったとしても出自までは変えられない。上流階級の人間の中には一定数いるのだ。そういう自分の力でのし上がった者を成り上がりだの、生まれが賤しいなどと差別する人種が。自分の行動の方がよっぽど賤しいということを理解していない人達が。
最初は気合や目標があれば自分を保っていられる。
だが人の悪意に晒され続けると心が疲弊するのだ。人の心はそこまで頑丈に出来ていない。自他共に認める図太い私でもそういうところにいるとイラッとするのだ。心が強いからといって傷付かないわけじゃない。それでも立ち上がれるかどうかの違いでしかないと思うのだ。
でも立ち上がる度にその足を砕かれて、何度も何度も何度もそれが続けば強い心も折れるものだ。それでも心が折れない人がいたならばそれは超人だ。
私の問いを否定するでもなく陛下は頷いた。
「ああそうだ。言っただろう? 賢すぎる女を嫌う男が多いと」
陛下はひと呼吸おいて続けた。
「ライラは三人の妻の中でも特に賢かった。即位後数年間は随分と助けられたよ。だがその時の私には今ほどの力がなくてね。自分より年若い、平民出身の女に命令され、やり込められるのが気に食わない奴らに裏で罵詈雑言を浴び、陰湿な虐めを受けていたらしい。
私は自分のことで手一杯でそれに気付いてやれなくてね。
荒れた国が落ち着き始めると同時に少しずつ塞ぎ込むようになった。
それが丁度、干魃被害が終息し始めた頃だ。
その時はきっと、まだ気を張っていたんだろうな」
イジメなんて大嫌いだ。
私がその場にいたのなら、ソイツを蹴り飛ばしていたかもしれない。
表舞台で敵わないからと裏でコソコソと、そういうのは卑怯というものだ。
だけど、ライラ様は陛下の妃であることをやめなかった。
「・・・それでも、ライラ様が頑張っていたのは国を守りたかったから?」
「どうだろうな。多分、国、というより、大事な家族や友人の住むこの国を守りたかったんだと思う。国が荒れれば民の生活にも多大な影響が出る。
出来れば其方のところで療養させてやりたいところだが」
静養するには私のところは最適ですけどね。
美しい景色、綺麗な空気、豊かな自然もあって、活気と笑いにも満ちたあの場所は私も帰るとホッとする。しかしながら、一つだけ問題があるのだ。
私は首を横に振る。
「それは厳しいです。陛下も御存知のようにウチは男所帯です。殿下達のように男性でしたら然程問題もないですけど、王妃様を男ばかりの場所にいて頂くのはマズイです。だからといって女子寮にというわけには参りません。それにウチに王妃様が静養なさっているとなれば貴族のお歴々にまた良からぬ噂を流されます」
それは陛下だってマズイでしょう?
この気球で上がる前に地上で、あんな猿芝居を打ったくらいだもの。
「かもしれんな」
そう言って陛下は笑った。
陛下を支えた三人の美しく聡明な女性。
もう一人のライラ様にも会ってみたい気がしないでもないけれど。
「殿下にも相応しい姫君がお輿入れなさるといいですね」
陛下を支えたマリアンヌ様達のような。
私の言葉に陛下が苦笑する。
「それがなかなか厳しくてね」
「殿下であれば引くて数多だと思いますが?」
見目麗しく、聡明で強いフィア。
よろめき夢中になる女性も多いはず。
何故だろうと尋ねた私に陛下がとんでもない一言を放った。
「其方のせいだぞ?」
何故私の所為?
意味がわからない。
「どういうことでしょう?」
「他国との絆を繋ぐために、他国の姫との縁談を纏めようとしたのだが」
やっぱり縁談はあったのか。
そりゃあそうだよね。フィアももうお年頃。
そういう話の一つや二つ、あってもおかしくない。
「陛下がお選びになったのなら、さぞかし美しく聡明な姫君でしょうね」
「だから其方のせいで話が纏まらないのだよ」
陛下が苛立ったように言った。
そこで私が出てくるのかがわからない。
陛下が私の顔をジッと見て溜め息を漏らす。
「他国の王族が輿入れさせたいのはフィアにではない。其方に、だ」
だから何故?
「私には婚約者がいますけど?」
それも六人も。
私には勿体無いほど最高の婚約者です。
「関係なかろう。其方の婚約者に女はいない。
側室だろうと子を孕めば其方の商会の跡取りにもなれる。
それも近隣諸国でも最大呼ばれるハルウェルト商会のだぞ?
たとえ子供が出来ずとも、自国で手を焼くような魔獣が出現すれば娘婿である其方に応援要請が出来る。他国で起きた魔獣被害に我が国への応援要請では許可申請を通して出立までの準備が掛かる。その間にも自国に被害は出続ける。その上、国家間のそういう依頼は我が国に害が及ぶと思われない限り滅多に受けない。応援に出ている間、我が国での魔獣被害が防げなくなるからな。
だが其方の騎士団はそう言った細かい手続きは一切必要ない。
其方が一言命じれば即座に駆けつけることが出来る。
それも近隣諸国で最強と謳われている我が国の魔獣討伐部隊、緑の騎士団にも並ぶと言われているアレキサンドリア騎士団が、だ。しかも其方の持つ財は国家予算にも匹敵すると評判だ。
これだけの条件が揃っていれば私が他国の王だったとしても、間違いなくフィアにではなく、其方に娘を捩じ込みたいと思うだろうな」
ああそういうことですか。
確かに私にもれなく付いてくる大量のオマケは魅力的かもしれませんね。
「そんな話、私のところに来てませんけど?」
「シュゼットとマルビス達が全力で握り潰しているからに決まっているだろう」
握り潰されていたのか。
これ以上婚約者を増やすつもりのない私としては、そんな縁談持って来られても困るのでありがたい限りですけど。
「それらの話が本当だとしても、私は私の後ろにあるものしか見ていないような方と一緒になるつもりはありませんが?」
「知っている。だから其奴らもゴリ押しができないのであろうな。
無理矢理押し付けて其方の反感を買うのは良策ではない。
其方の不興を買って敵に回せばどうなるか、其奴らは知っているだろうからな」
そうですね。
私は王都の貴族の方々の間では悪名高き、恐怖の大魔王。
その噂を聞けば『怒らせれば恐ろしいことに』と、なるのでしょう。
全くありがたい二つ名です。
お陰で余計な手間が減るってことですよね。
しかし私の利用価値と悪名はフィアには関係ないと思うのですよ。
「だとしても、別に殿下の花嫁は他国の姫君である必要もないのでは?」
「まあな。だがそれもまた問題なのだよ。
今回の一件でフィアの次期王座は見えてきた。まだ確定ではないがフィアを押し退けるにはそれ以上の功績が必要となる。それ故、各貴族が自分の娘を捩じ込もうと躍起になっているのだよ」
一際大きな溜め息を陛下が吐いた。
そりゃあ頭も抱えたくもなるでしょうね。
そういう輩は大抵権力欲に塗れた連中だ。
「それはまた、面倒そうですね」
「だろう? 全く頭が痛いことだ。
このままではフィアの花嫁はいつまで経っても決まらぬ」
陛下がわざわざ探して来なくてもフィアなら自分で花嫁捕まえられそうだけど、未来のお妃様となればそう簡単にはいかないのだろうか。
でも今フィアに釣り合う女性がいないのなら他に方法もあるでしょう?
それをフィアが受け入れるかどうかは別ですけど。
「ならばいっそまだ年若い学院生から将来有望そうな女性を選んで今からお妃教育をすれば良いんじゃないですか?
陛下の退位もまだまだ先でしょうし、年の離れた夫婦なんて上流階級では珍しくもないでしょう?」
私も外見年齢ならばレイン以外は親子ほどの歳の差です。
それに不満などひとつもありませんが。
「成程。その手があったか」
半分冗談、だったのだけれど。
タイミングが悪かっただろうか。
乗り気になった陛下に私は心の中で謝った。
ゴメン、フィア。
もしかして余計なことを吹き込んでしまったかも?
その代わり、嫌なら断る時には全力で協力するからね。
陛下が暴走しないように祈りつつ、私は夜空を見上げた。




