第百話 絶対に外せない条件なのですから。
ゆらりと気球が風に煽られて動く。
熱した空気を大量に送り込まれ、大きく膨らみ、地面より浮き上がり始める。だが四方をロープに繋がれ、錘を付けられ地上に留まっている。
「どなたか、乗ってみたいという方はおみえになりますか?」
私はゴンドラに乗って尋ねた。
ウズッとしてソワソワとし出したのは言うまでもなくサキアス叔父さんとヘンリー。自分を乗せろと言わんばかりに視線でこちらに訴えかけている。
無駄にきらきらと輝かせている目が怖くて私は背を向ける。
この二人の好奇心の前には『危険』の二文字もあっという間に吹き飛ばされるのだろう。好奇心は猫をも殺すという諺を是非とも教えてあげたいものだけど、それを知ったとしてこの二人が自分達の行動を改めるとは到底思えない。
二人の視線が思い切り後頭部に刺さっているのは気づいているが、そこはシカトして背中を向けたまま御来場の観客達に語りかける。
「先程申し上げたように上空で気球に穴が空き、落下する危険が無いわけではありません。万が一の場合には私が風魔法で落下の威力を抑えますので安全を期するため私は御一緒させて頂きますが、どなたか乗ってみたいという御方は?
いらっしゃらなければこちらでもう一人乗せて上がりますが?」
私のその言葉に浮足立ったのは勿論ウチの自慢の変人研究員達。だがそれは次の瞬間、泡沫の夢と消える。
「では私が・・・」
そう同時に申し出たのは陛下とフィアだ。
この二人が名乗り出て叔父さん達が優先されるはずもなく、チラリと盗み見た二人はあからさまにガックリと肩を落とした。
まあまあ、もう少し待ってて下さいよ。
今夜国の重鎮達の許可が降りればおおっぴらに開発研究できるんです。この気球の魔改造は二人にお願いしますから。
私はゴンドラに手をかけて尋ねる。
「で、どちらが? 私は陛下でも殿下でも構いませんが?」
どちらかと言えばフィアの方がいいんだけど。
狭いゴンドラの空間に陛下と二人は出来れば御遠慮したい。
だがこういう場合には大抵最高権力である陛下が優先される。足を一歩引いて陛下に道を開けたフィアの行動に避けられないと悟る。これを光栄と思うべきなのだろうが私的にはあんまり嬉しくはないが、流石にここでそれを口にするわけにもいかず、ひたすらニコニコと作り笑いを浮かべている。少々引き攣っているかもしれないが、ランプに照らされているとはいえ今日は新月、月明かりが乏しいこの薄暗がりだ。気づかれることもなかろう。
まあ気付いたところで陛下はびくともしないだろうけど。
「陛下、危険ですっ」
スタスタと私に向かって歩み寄って来る陛下をジャバリックが止める。
ええ、ええ、是非とも止めて頂きたい。
陛下と二人っきりなんて、いくら強心臓の私でも縮み上がりますよ?
「大丈夫だ。ハルスウェルトが一緒だ、滅多なことはあるまい」
その理屈は如何なものでしょう?
私に陛下殺害の意志があったら終わりなんですけど?
まあそんなことしないけど。
陛下を殺したところで一銭の得もない。
お尋ね者どころか賞金首案件ですよね、それ。
国家最高権力者座に興味は全く、全然ありません。一領主の任ですら重いと思ってる私に謀反の企てなんて出来ませんよ。
しかし陛下はその忠告に足を止めることなく歩み寄り、ゴンドラに手を掛けるとサッと飛び乗って臣下達に目を向ける。
「それに、私に万が一のことがあってもフィガロスティアがいる」
・・・成程。だから心配ないと?
私は隣にいる陛下をジッと見上げる。
ちょっと引っかかる言い方ではあるけれど、陛下なりに考えあってのことだと解釈しましょう。
そりゃあ失敗する可能性がゼロとは言いません。
頑張ってここまで準備したけど結局忙しくて有人での実験まで間に合いませんでしたから。それ故、私が同行することにしたんです。
私はこれまでも何度も高いところから落ちたくもないのに落ちたことが幾度となくあるんです。つい最近も、アンデッドの巣穴に突っ込みました。その時も無傷で生還しましたよ? 勿論、余裕かまして下手を打てば大怪我もあり得るかもしれませんが多分死にはしませんよ。私は聖属性持ち、ちゃんと治療も致します。
しかしながら、だいたい起こる騒ぎの大元を辿れば原因が私に行き着くことが多々あるわけで、用心してても巻き込まれるのが私。なのでそういう意味では私は私を一番信用していない。
「陛下、怖くないんですか?」
尋ねた私に陛下が私を見下ろして宣う。
「怖くはないな。そもそも其方が一緒で心配する方がおかしいだろう?」
いや、むしろ私と一緒であることを警戒すべきでは?
私はまごうことなきトラブルメーカー、何か非常事態が起こってもさして驚きません。とにかく色々様々と面倒事に巻き込まれているせいで図太い神経が鍛えられ、より太くなり、どこまで肥大化するか見当もつかない今日この頃。
「随分と私を信用して頂いているようですけど、いいんですか?」
私が良からぬことを考えたら一発アウトなんですよ?
勿論、そんな気は微塵もないけど。
すると陛下はニヤニヤと笑いながら私を見て言った。
「信用か。信用してないわけではないが、どちらかと言えば、其方の性格の方を信用していると言った方が良いか」
どういう意味でしょう?
そりゃあ商人は信用第一、ハッタリはかましても信用を失墜させるような嘘は吐きませんが。
「其方は私が亡き者なって余計な仕事が増えるのは嫌だろう?」
「はい、絶対嫌です」
陛下の一言に即座に返答する。
今でさえ色々と押し付けられているのに、これ以上増えるなんて真平ゴメン。
即答した私を面白そうに陛下が眺める。
「責任感の強い其方なら、万が一のことがあれば全力を持って私の代わりにこの国を守ろうとするだろう?
だからそれならそれで良い、ということだ」
その理屈は如何なものか?
だがその際には益々、更に私に面倒を押し付ける気満々なのはよくわかった。
でもそれって、つまり・・・
「貴方に何かあれば私に国を動かせと?」
否定して欲しかった私の望みを陛下は肯定する。
私の言葉に周囲がザワついた。
だが陛下はそれを意に解することもなく頷いた。
「そうだ。フィガロスティアに継がせて、其方がそれを支えても良いぞ?」
今までも色々なことを丸投げされて来ましたが、王位と国の運営まで丸投げするのは流石に違うでしょう?
周囲のお偉方が吃驚して目を剥いてますよ?
私は大きく溜め息を吐いて答える。
「どちらかといえば、そちらの方が幾分かマシですけど」
あくまでもマシというだけ。
本来ならのんびりのほほんと暮らしたいと思っている私にそれは究極の選択。
もっともそれは現時点では夢のまた夢ですが。
好きな人に囲まれての優雅な隠居生活が将来の夢です。
そのためにも今頑張るしかないと最近は諦めました。
呑気にのほほんと暮らせるようになるために平和な世を作るための一助になれたらいいなあと思っている。とどのつまりは私利私欲のために動いているわけで。
その夢を実現させるためには極力表舞台に立ちたくないし目立ちたくない。今更何を言っている、手遅れだろうと言われるかもしれないが、私は所詮見世物小屋の珍獣。話題に上らなくなればそのうち忘れ去られるだろう(と期待している)。
なので、国王とその影の二択なら迷わず後者を選びます。
私の返答がお気に召したのか陛下は満足げな笑顔を浮かべた。
「ならば構わん。私は私が治めている国をこの目で上空から見てみたい」
結局、意思を変えるつもりはないってことね。
ああものすごく面倒だ。
私は大きな溜め息これ見よ返しに吐いた。
「承知しました。ですが、私は絶対に国の統治になんて関わりたくありませんので、絶対に陛下は間違いなく無事にお戻し致します」
自領でさえ重いと思っている私に国は動かせません。
それでも私がそれを投げ出さないのは自分の方に領民の生活が、幸せが掛かっていると知っているから。みんなに手伝ってもらって、支えてもらってなんとか体裁を整えているんです。
「相変わらず其方はつれないな」
妙な流し目向けないで下さいよ。色仕掛けは受け付けてません。
無理なものは無理なんです。
それに確かに私の婚約者は男ばかりですが、節操がないわけではありません。
見事にタイプがバラバラで説得力はないかもしれませんけど。
これ以上忙殺されてやりたいこと、やらねばならないことが後回しになっていくのは勘弁です。
「ハッキリ言わねば強引に押し付けてくるのが陛下でしょう?」
たとえ無礼と言われようと言いたいことはキッパリと。
一応公の謁見のまでは我慢してますけどもね、私が黙っているのをいいことに、『ホレこの隙に』とばかりに押し付けてくるでしょうが。
私のこの言種がツボにハマったのか陛下が声を上げて笑う。
「はははははっ、それは否定しないぞ。
ハッキリ言われても簡単に諦めるつもりはないが」
それ、迷惑なんですよ?
「私が嫌がっているの、わかっててやっているでしょう?」
「国王とは国のために最善を尽くすのが務めだからな」
最善?
私に押し付けるのが最善ですか?
こんなマヌケな私に押し付けずとも陛下のところにはシルベスタ王国自慢の頭脳が揃っているのではないでしょうか?
国の官僚、城勤めは貴族の方々の憧れでしょう?
ジト目で私は陛下を眺める。
陛下との付き合いも長くなってきたけど、こうして隣に立つのは初めてかも。結構身長が高い。テスラよりは低いけどロイくらいあるかな? どちらにしろ真横に並ばれると顔はほぼ真上を向く状態。
う〜ん、首が痛い。
しかしながら私の無言の圧力もどこ吹く風で受け流し、宣った。
「ハルスウェルト、サッサと出発せぬか。いつまで待たせるつもりだ?」
・・・・・。
誰のせいですかっ、誰のっ!
テスラが必死に笑いを抑えつつ、ゴンドラの錘を一つずつ外していく。
「陛下が余計な話を仰るからですよ」
「私にそのような口を聞くのは其方くらいだぞ?」
でしょうね。
「ならば無礼な小僧など放っておけばよろしいでしょう」
「いつ私が無礼だと言った? だから其方は面白いのではないか」
つまり私の反論は逆効果?
私は思わず閉口する。
「なんだ? ではそのような口を叩くのは止めますとは言わぬのか?」
「言いませんよ。黙っていれば陛下はこれ幸いと今以上に仕事を押し付けてくるでしょう?」
そんなの絶対ゴメンです。
「よくわかっているではないか」
・・・やっぱり。
陛下と私の掛け合い間にテスラが錘を外し終わり、ゆっくりと地面から浮かび上がる。そうしてテスラが掛けていた手を離すとふわりと空に向かって上昇していく。
私はロイ達に小さく手を振ると夜空を見上げる。
月明かりはないけれど、代わりにあるのは満天に輝く星の煌めき。
陛下も暫く何も言わなかった。
前世と違って街が近いとはいえど眩いばかりの光の洪水は見えない。
だけどポツリ、ポツリと灯る光は淡く、美しく輝いて見えた。
これで一緒にいるのが陛下じゃなくてテスラだったなら、もっと喜べたと思うんだけど。
この数ヶ月、二人でああでもない、こうでもないって一緒に頭捻って考えて、やっと漕ぎ着けたテスト飛行機。結局完成したのは王都出発の前日だもの。
無理してでも夜明け前の暗い時間に乗っておけば良かったかな?
だけどそれを片付けて、荷を積んでとなるとどうしても厳しくて、諦めざるを得なかった。実現すれば大騒ぎになりかねないシロモノなのだ。国の認可を取り付けてからじゃないと大っぴらに昼のテスト飛行は避けた方が良いって話し合った結果だ。
どこかで情報が漏れて大騒ぎになったら大変だって。
密偵、間者、その他諸々が集団で押しかけてくるだろうから、国のお墨付きをもらった後なら似たものを作ったところで権限はウチから揺らがない。
「・・・これは凄いな」
ポツリと陛下の口からそんな言葉が漏れた。
私もそう思う。
先人達の知恵は素晴らしい。電気もガスもエンジンもなくたって、空高く浮かび上がる方法を思いついたんだもの。私はそれを拝借しただけですが、前世と違って空気の漏れない生地というのはそれなりにハードル高かった。
「そうですね。作りはそこまで複雑ではないんですが、これでもかなり苦労したんです。テスラ達が頑張ってくれましたから」
私だけでは完成しなかった。
マルビスが色々な生地を取り寄せてくれて、それを縫い合わせるのをロイやエルド、カラルやメイド達が手伝ってくれて、他にもたくさんの人の手を借りて完成した。何を作っているのか知らない人も多かったのにも関わらず協力してくれた。
本当にありがたいと思う。
「これは確かに、一人の力で作れるものではないな」
「ええ、そうです。
そして陛下と殿下が仰ったようにこれはとても利用価値が高いものです」
「だからいつもより高値でこの技術を買い取れと?」
陛下が私にそう尋ねた。
それに私は大きく首を振る。
欲しいのはお金ではない。
「いいえ。いつもと同じ程度で構いません。
但し、条件が一つ、御座います」
「なんだ?」
陛下もフィアも平和主義。
戦で領土を広げることは考えていないと聞いている。
「これを決して戦に使用しないこと。最低でも陛下と殿下が御存命の間は」
それくらいの期間があれば最低でも私達が生きている間は平和に暮らせるのではなかろうか。
勿論その後も平和ならばそれにこしたことはないけれど。
自分が死んだ後のことまで責任は持てない。
「サキアス叔父さんとヘンリーがこの先関わってくれば、これはきっと、もっと便利に、もっと手軽なものになってくるかもしれません。ですが、これは悪用しようとすれば、その使い道も多岐に渡るからです」
「なのに私とフィアの存命時に限る理由は?」
「会ったこともない相手との約束はできないからです」
フィアの子供が産まれて、その子が育って、前王のように戦好きになったら困るけど、フィアの子供ならきっと良い子に育ってくれると信じたい。
「約束できない場合は?」
それを尋ねられるのも当然でしょうね。
この国は陛下が治めているけれど、陛下一人で動かしているわけではない。
陛下に仕えている者の中には戦好きもいるに違いない。
それでも国王であるならば、それを止める力があるはずだ。
私は陛下にキッパリと言い切った。
「その場合にはこの気球の技術はお渡し出来ません。奪おうとなさるなら開発資料とこの気球は即座に焼却処分します」
サキアス叔父さん達はごねるかもしれないけど。
「苦労したのに、か?」
「そんなもの、人の命には代えられません」
これが兵器利用されれば亡くなる人の数は一人、二人といった少人数ではない。千、万の単位だ。
陛下は少し間を空け、答えた。
「・・・よかろう。その代わりこちらからも条件をつけさせてもらおう」
「なんでしょう?」
「この技術を他には決して漏らすな。でなければ約束は守れぬ。
私にもこの国の民を守る義務があるからな」
付けられた条件は至極ごもっともなものだ。
それに否はない。
「当然です。メシのタネを簡単に渡すほど私は愚かではないつもりです。
陛下も今日お見えになっている方々へ、しっかり口止めお願いしますよ」
「承知している。任せておけ」
独占、専売特許。
物自体を売らなくてもこれは利用価値が高いんです。
陛下の許可が降りたなら、ウェルトランドの新しいアトラクションに加えます。
勿論、この構造がバレないように細工してからですけどね。
そこのところは叔父さん達に協力を仰ぎつつ、
秋の紅葉シーズンには是非とも貴族、金持ち相手のボッタクリ営業を。




