閑話 シルベスタ国王陛下の受難 (4)
審問会を無事切り抜け、ハルスウェルトは騎士団内別邸に戻って行った。
私も通常の仕事に戻ってその日の予定を片付け、私室に戻ろうとしたところでバリウスとフリードが訪ねてきた。ここで話をしても良いが、どうせだから一緒に酒を飲みながらどうだと誘うとバリウスも下げていた袋から二本の瓶を取り出した。
「ああ、俺もとりあえず一段落ついたから祝杯でもと思って持ってきた」
一段落というにはまだまだ問題が山積みなのだが。
「そんなことを言ってると彼奴に叱られるぞ」
これからが本番なのに今から気を抜いてどうするのだと説教されるのではないかと思うのだが?
「だろうな。だがとりあえず俺の仕事は終わりだ。
後はフィアとアインツ達の仕事だろう?」
バリウスの言うことも間違いではないが、だからといってマイエンツは油断ならぬ相手。今まで決定的な証拠をこちらに掴ませようとしなかった。それは我が国の近衛が無能というわけではなく、マイエンツの権力が強大だからでもある。六年前、ハルスウェルトが追い込んだへネイギス一派並ぶ規模の貴族を束ねる奴だ。へネイギスと違うのは王都では派手にやっていないというところが大きい。王都がある西の沿岸地区とは逆の北から北東部を事実上仕切ってステラートとハルスウェルト、王都と奴等の間を上手く統括しているのがレイオットなら王都少し離れた南西部地区を纏めているのがマイエンツだ。西側を管轄しているロバスターを挟んでいるためにその情報も届きにくい。マイエンツとロバスターは同じ反アレク派、結託しているわけではないが互いに利用価値の高い相手と捉えているのだろう。積極的に味方はしない、だが敵対もしない。情報をある程度共有しつつ互いに干渉しない不文律を保っているのが厄介だ。
それはフィアも知っているはずで、それをどう切り抜けるつもりか。ある程度回りくどい策を立てねば情報は筒抜け、一斉検挙は失敗する。
用心深いハルスウェルトが付いているのだ。心配するほどではないのだろうが、これほど大掛かりな案件をフィアに任せるのは初めてだ。この件で成功を納めれば王位継ぐ者としての存在感を示すには最高の機会。上手くやってくれると良いのだが。
ただ今回、面倒なのはハルスウェルトが絡んだ案件で初めての死者が出てしまったことだ。彼奴の揚げ足を取って陥れてやろうとしている輩が鵜の目鷹の目で様子を伺っている。
彼奴はどう動くつもりなのか。
今回の件は当日まで秘密裏に進める必要がある。彼奴は今やこの国一番の有名人、その一挙手一投足に注目が集まる存在だ。この状態で隠密行動するのはかなり厳しいのではないだろうか。それに彼奴は今回馬車で王都までやって来た。
彼奴を暗殺したい輩にはまたとないチャンスではなかろうか。
「送り届けなくて良かったのか?」
その危険を解っていないわけではないだろうに、バリウスは今ここにいる。
私の問いにバリウスは苦笑した。
「一応そんなに慌てて帰らなくてもここにいれば俺達で守ってやると言ったんだが、本番はこれからだから不測の事態には備えておきたいんだと。戻ったらしっかり別邸にアイツらの獣馬が運び込まれていた。獣馬の脚で振り切るつもりらしい。サイラスを後ろに乗せてイシュカとライオネルで横を固めて駆けていったぞ」
相変わらずフットワークが軽くて行動が早い。
それでは反対勢力の貴族達の放つ刺客が追いつく暇もないだろう。
「相変わらず手際が良いな」
「ああ。全く感心するぞ。
お前は働きすぎじゃないかって言ったら、のんびりしたいのに色々と巻き込んでくるのは誰だって言われたんで、そのうち借りはまとめて返してやるからと笑って誤魔化しておいた」
積もり積もった借りは山積みで最早返却の目処すら立てられない。もっとも彼奴は口だけで、それを返してもらおうとは思っていないのだろうが。
味方を助けておけば自分の危機には手を貸して貰える。
考えているのはその程度か。
だが義理堅い相手であれば実に効果的ではある。
レイオットとステラートはまさにそれだ。
「ハルトに任せると物事がこちらの予定通りに進みますからね」
「確かに最近は頼りすぎているかもしれん」
如何にも楽しそうな様子のフリードに私は頷いて答える。
「まあな。知恵が回るというか、悪知恵が働くというか、上手い具合に八割方収める提案を打ち出してくれるから、つい、な」
バリウスの言う通りだ。
誰かの最善は他の者にとっての最悪であることが多い。全員が得をするということなど稀だ。だからこそ間を取って上手くバランスを取り、賛成とまではいかなくとも多くの者が『まあそれなら』と頷くような案を彼奴は出してくることが多い。
「そうだな。全てが丸く収まるというのは夢物語だ。
大抵何処かが立てば何処かがヘコむ。彼奴はそれを計算に入れて策を立ててくるからな。アレの思考は政治家の考え方だ。最高ではなく、より最良の解決方法を模索しているあたりがな。
もっとも、彼奴が犠牲を強いるのは大方、貴族の方にだが」
万事解決なんて出来るはずもない。
貴族には貴族の、平民には平民の言い分があるように立場が変われば意見も理想も変わる。全て丸く納めることなどできようはずもなく、どこかで妥協するしかないのが現実だ。
「アイツならきっとこう言うぞ? 『貴族は普段恵まれた生活をしているんですからこういう時に責任を負うのは当然でしょう?』ってな」
やはりバリウスのモノマネは笑えるほどには似ていない。
私は小さく微笑って頷く。
「確かにな。彼奴は口だけでなくそれを自ら体現してるが故に多忙を極めている。他の多くの貴族なら部下に丸投げして責任を押し付けてるところなのだがな」
「『それが上に立つ者の義務でしょ』と言うのでは?」
フリードもバリウスに倣ってその口調を真似して見せたが、どちらかといえばフリードの方が似てるだろうか。
「だろうな。全くあの歳で、いや、歳は関係ないな。
彼奴より遥か歳上の、多くの貴族が出来ないことをやっているのだ。あれは彼奴の性格か。正義感が強いというか。流石は平民の間で『英雄』だの『勇者』だのと言われるだけはある」
私の物言いにバリウスが破顔する。
「それ、ハルトの前で言うなよ? アイツはそう呼ばれるのを嫌っている。眉毛をきっとへの字に曲げて不本意極まりないって顔で嫌そうに溜め息吐くぞ」
フリードまでクスクスと微笑い出す。
「普通の男なら胸を張るところなのですがね」
「そんな重い肩書きは御遠慮、御辞退申し上げますだとよ。
とりあえず審問会は終わったんで当初の予定通りで行くそうだ。変に勘繰られたくないから何かあればフィア経由で連絡してくれと。今回の件が片付くまで緊急の場合を除いて俺らも来ないようにと言われた」
成程、もっともだ。
相変わらず見掛けによらず用心深い。
中性的な顔立ちに似合わない負けん気の強さ。呑気な顔して立っていれば油断を誘うような女顔。だが、ひとたび意志を持って動き出せばあの凛として真っ直ぐに自分の意志を貫き通す、そんな佇まいは多くの者を魅了するのだ。バリウスもフリードもすっかり籠絡されている。その口から語られるのはハルスウェルトの話ばかりだ。
話題に事欠かない奴であることも原因の一つだろうが夜は長いようで短い。そろそろ本題に入って欲しいものだが。
私は会話の切れ目を待って口を挟んだ。
「それでフリード。其方がここに来たのには何か理由があるのではないのか?」
近衛連隊長の座をアインツに譲って退役して以降、自ら私の元に現れることはなかった。それはフリードなりの気遣いだったことは知っている。
いつまでも古株が幅を利かせていてはアインツの立場的にも、若手の成長を促すためにもよくない、だから顔を出すべきでは無いと学院の武術講師の任に就き、後進の育成に励んでいた。それでもヘンリーのお目付け役としてハルスウェルトのところに行ってくれたのは、おそらくフィアのためだと思うのだ。
彼奴には敵が多い。
次代の王となるフィアの片腕となるであろう彼奴の身を護るため。
フリードは驚いたように目を見開いて口を開く。
「流石は陛下。御慧眼でいらっしゃいますね」
やはりか。
たいした用もなく、自ら足を遠ざけていたここに来た理由。
「実は少々お願いが御座いまして」
「なんだ? 申してみよ」
フリードは少し間を空け、真剣な表情で私を真っ直ぐに見た。
「今回の件、もし誰かが責任を取る必要が出てきた場合、その責を私に負わせて下さいませ」
なんとなく、そんな予感はしていた。
被害が出たのが近衛であったなら、おそらくここまで問題にならなかった。近衛の任務は国家防衛と要人警護。今回の件で言えば調査員達がそれにあたる。故に亡くなったのが近衛であれば殉職で片付けられただろうし、マイエンツに付け入る理由に利用されることもなかったはずだ。
ハルスウェルトに飛び火したのはあくまでもマイエンツの陰謀であり、単なる言い掛かりだ。本来責められるとしたら責任者であるアインツだ。しかしながら下手にハルスウェルトが武勲を上げ過ぎているせいで騎士でも兵士でもないのにも関わらず、その他大勢の観衆達に扱いを武人と認識されてしまった。
この国屈指の魔獣討伐に長けた彼奴が付いていながら、何故このような犠牲を出したのかと。
「一応理由を聞こうか。何故だ?」
「貴族の子息が犠牲になった以上、誰にも一切のお咎め無しでは貴族が承知致しません。かといって最高責任者だからと連隊長であるアインツにその責を負わせては国家が揺らぎます。アインツはこの国の軍部の要です。傷をつければ民にも不安が広がります。アインツにはこの国最強の双璧のままでいてもらわねばなりません。
私は調査隊で一番の年配者。未来ある若人にそれを負わせるのは心苦しい。立場的にも仲裁役であった私ならば周囲も納得せざるを得ないと思いますから」
それに反論ができなかった。
政治的観点から見てもアインツの名に泥がつくのは避けたい。
我が国の最強の武人、双璧と呼ばれる一角が崩れれば他国にナメられる可能性も否定できない。
だからといってフリードにその咎を負わせるのは如何なものか。
だが、
「・・・確かに、文句は出ないではあろうが」
「私は一度国の騎士団を引退した身。今の地位もヘンリーを監視するのが一番の任務でしたから。ハルトが上手くアレの手綱を握ってくれてますから、それももはや形だけのようなものです」
あの地で活き活きと暮らしているというヘンリー。
ハルスウェルトのところに押しかけて早四年、城にいた時の放浪癖もすっかりなりをひそめ、貴族の地位を返上することも一切躊躇わなかったと聞く。
あの地で暮らすのに必要ないものであるから構わないと。
それを考えるなら確かにフリードをあの地に置いておく理由もない。
「良いのか?」
それでも自らの経歴に泥をぬることになるはずだ。
だがフリードは躊躇わなかった。
「ええ、母と妻も私がそう決めたのなら構わないと。
二人とも今やあの地でハルトの建てた学校の教師を務めて毎日楽しそうに暮らしていますので心配には及びません。
それに私も次の就職先も既に見つけていますから」
最後の言葉にフリードがこのようなことを言い出した最大の理由を悟る。
「成程な。其方もアレに誑かされたクチか」
私は苦笑した。
新たに仕えたいと思う相手を見つけたと。
私の台詞に今度はフリードが苦笑した。
「・・・そうですね。そうかもしれません」
そうして一呼吸置いた後、ハルスウェルトの下に付こうと思った理由を告白した。
「ハルトは将来、戦のない世の中を作るのが夢だと、そう私に語ってくれました。大切な者を戦場に送り出さねばならない未来を防ぎたいんだそうです。
その壮大な夢を叶えるためには大勢の力がいる。
だから、いつか今の御役目を降りた時には私にそれを手伝って欲しいと。
今でもその約束が有効かどうかは判りませんが」
確かにそれは壮大な夢だ。
今現在も各国の間で大小様々な諍い、争いが起きている。
それを終わらせたいなどというのは私でも描けぬ夢だ。
そうしてハルスウェルトがフリードに語った話を私に聞かせてくれた。
娯楽産業で国を繋ぐ、か。
それは国王の私では思いつかぬ、『商人』の考え方だ。
力で押さえつけるのではなく、娯楽を共有することで友好を築く。
隣の国は隣人であり、友人でもある、か。
そう思えるようになればそういう未来が来るやもしれぬ。
だがそれは遥か遠い道程。
それでも実現したいと望むのか。
自分の大切な者を全て守り抜くために。
全く、彼奴には毎度驚かされる。
だが本来争いを好まぬフリードからすれば、それはひどく魅力的な話に思えたことだろう。
「どれほど前の話かは知らぬが間違いなく有効だろうな。
彼奴は一度口に出した約束は決して違えぬ」
フリードは私の言葉に頷く。
「そんな彼の夢の手助けを私が出来るのであれば是非力になりたいと、そう思ったのです。ハルトならいつかその夢を実現させてくれるのではないかと、私は年甲斐もなくワクワクしたので御座います」
今まで不可能と言われたことを、国の力で成し得なかったことをやり遂げ、道を切り開いてきたハルスウェルト。
「・・・故に彼奴の下に行きたいと?」
「陛下のお許し頂けるのでしたら」
フリードを失うのは痛手だ。
近衛連隊長の座を退いた今でもフリード慕う者は多い。
だが、もし、ハルスウェルトを国政に引き込むことが出来たなら、フリードもまた国のために働いてくれるやもしれぬ。そうでなくてもハルスウェルトの描く夢が現実となれば何年続くかは解らぬが、間違いなく暫くの間は戦も格段に減るだろう。その間に人の意識が多少でも変われば武力ではなく、話し合いで解決しようとする国も出てくるかもしれない。
踏み躙る相手ではなく、尊重し合える隣人。
壮大な夢、だが彼奴に賭けてみたくなる気持ちも理解した。
「判った、イシュガルドと一緒に彼奴をしっかりと守れ。
其方があそこに加われば間違いなかろう」
私は独裁者ではない。
手放すのに惜しいからと強引に引き止めればフリードを引き留めたところで真の忠誠は得られぬ。
「御意に。私のこの命に賭けましても」
私の最後の命令にフリードは嬉しそうに頷いて誓った。
そんな私達のやりとりを見ていたバリウスが笑う。
「そんなことを言ってるとハルトの奴に叱られるぞ?」
ハルスウェルトに叱られる?
それはどういうことだ?
怪訝な目を向けた私達にバリウスが言った。
「イシュカに以前聞いたんだ。
それをアイツが誓った時にそれは無責任だと言われたそうだ。イシュカが死んだその後は誰が自分を護ってくれるんだ、だから自分が側にいるなら自分を頼れ、一人で勝てない相手でも二人なら勝てるかもしれないだろうって説教されたそうだ」
私とフリードはその言葉に目を目開いて笑った。
彼奴はやはり面白い。
護衛される立場でありながら『守れ』ではなく、『頼れ』とは。
「それはまた彼奴らしいな」
「全くですね。ですが説得力が御座います。
彼は今まで一度も強大な力を持ちながら、その力に溺れ、傲慢に一人で戦おうとはしませんでしたから」
私の言葉にフリードが同意する。
彼奴はこの国の最大魔力量保持者にして最高の軍師。
だが彼奴はその力に驕ることはない。
「アイツは自分はそんなに強くないと思ってるからな」
そう言ってバリウスは楽しそうに唇の端を上げた。
何故あれで自分が強くないと思っているのかが私も謎だ。
「彼が勝てないのは退治ではなく殺し合いでしょう。
殺す気でかかってくる相手に不殺を貫き続けるのは厳しいです。まだまだ若いですから人の命を奪うのにも躊躇いがあるのだと思いますよ。イシュカ達も彼にはまだその手を血で汚して欲しくないと言っていましたから」
フリードの言うこともわからなくはない。
彼奴はまだ人を殺めたことはない。
イシュガルドの気持ちもわからなくはない。
それは私も一緒だ。
だがおそらく、イシュガルド達とは意味が違う。
彼奴が人を殺めることに躊躇いがなくなれば、あんな魔物を退治出来る彼奴に殺せぬ者はおそらくいない。それを思えばそれに忌避感を持っていてくれた方が都合が良い思うのだ。
しかしながらそれは我々の願望でしかない。
「多分、彼奴はそこまで甘くないぞ」
私がポツリと呟いた言葉に反応したのはバリウスだ。
「どういうことだ?」
彼奴は甘いところもある。
だがそれは味方に対してだけだ。
「アレはおそらく裁くべきは国の法律と被害者であって自分の役目ではないと思っているのだよ。多分、彼奴に関係のある、大切に思う者に万が一のことが起き、彼奴にその大義名分を与えれば、きっと一片の迷いもなく叩き潰すぞ」
殺さないかもしれない。
だがそれは情けをかけてというわけではない。
楽にさせてやるなどもってのほか、そういう理由だ。
「アンディに聞いた話からの推測でしかないが、多分、な」
彼奴のよく使う言葉があると。
悪党の行く末などに興味は無いと。
罪を償えではなく、死して詫びろでもなく、興味が無いと。
真っ向勝負なら受けて立つが自分の前に立ち塞がったから片付けただけ、関わってこないならそれでいいと。それは裏を返せば自分の周囲に害が及べばその限りではないということだろう。
関係ないから興味がない、ならば関係あればどうなるのか?
それは今までの彼奴の行動が示している。
明日には討伐した魔物の頭骨を運ぶパレードも行われる。
船で運んでしまえば早い。
だがあえて馬車で大々的に王都まで運び入れることで巨大な魔物を倒す力が我が国にはあるのだと誇示して民に安心を与えることが出来る。
ハルスウェルトにはその警護に彼奴の騎士団を少し貸してくれと頼んである。討伐に力を貸し、尽力してくれた者達の一部でもいい、加わって欲しいと。討伐に関わっていない者だけでのパレードでは意味もなく、面目も立たぬ。本来パレードに参加するのはその功労者達であるべきなのだ。
その功績を、武勲を誇り、民の称賛を浴びる栄誉。
それに興味がないのはハルスウェルトとその周囲にいる者達だけだ。
主人に似ているというか、主人を真似ているのか、その辺りは定かではないが、あそこに住まう連中はおそらく私の言葉よりハルスウェルトの労いと感謝の言葉の方が嬉しいのではなかろうか。
気の強そうな顔をふにゃりと崩して『ありがとう』と言う。
あれは卑怯というものだ。
あのギャップにウッカリ心を持っていかれるのだろう。
この先、いったいどれほどの部下が彼奴に誑かされるのか。
それを考え、想像し、
私は頭を抱えたのだった。




