閑話 シルベスタ国王陛下の受難 (2)
ハルスウェルトのところに行かせたバリウスが戻って来たのはそれから五日後のことだった。
「それでどうだったのだ?」
差し出された紙袋を受け取りながら私はバリウスに尋ねた。
「間違いなくウォーグだったぞ。それも珍しい白い個体だ」
「白? それはまた珍しいな」
ガサゴソと紙袋の中を覗きながら受け答える。
確かウォーグの毛並みは個体差はあってもシルバーグレーか、黒銀色、それに近い毛色だったはずだ。
「色もそうだが、珍しいというか、なかなかに笑える光景だったぞ。
ビクビクとハルトを警戒して震えている姿は哀れを誘ったがな」
確かに滅多にないが自然界では稀に見掛けられる突然変異というヤツだろう。それを思えばバリウスの言う通り、むしろ上位種であるウォーグが怯えていること自体がありえない状況であることを鑑みるならば珍しいのはこっちか。
珍しいという言葉で片付けて良いのかは疑問だが。
甘く香る匂いに紙袋の中身が新作の菓子だと判明し、宰相に茶を用意するよう頼みつつバリウスの話の続きを聞く。
「危険と判断したら処分するから躾けられるかどうか試してみたいんで飼ってもいいかと聞かれたんでOKを出したが、良かったか?」
成程、そうきたか。
「構わんぞ。理由あってのことだろう?」
怯えているというならばそう滅多なこともあるまい。
それがいるのは彼奴のところなのだ。アレの性分からすれば万全の対策を敷くに違いない。よしんば逃げ出したとしてもあそこなら討伐するのも難しくないだろう。それにウォーグが逃げ出せばあそこに住まう者たちに犠牲が出る。それをアレが赦すはずもない。
私の質問にバリウスが頷く。
「まあな。一応支部にいるウチのヤツらも交代で見張りをつけるようにしてきたから問題ないだろう。色々と面白い話も聞けたし、試してみたいこともあるんでな」
「試したいこと? なんだ? それは」
「ちょっとした実験だ。アインツの意見も聞いてみたいんだが、アイツは今、城にいるか?」
入れた茶をバリウスと私の前に置きながら宰相が答える。
「特に今日は何もなかったはずですから、おそらく近衛の訓練場にお見えになると思いますよ。呼んでこさせましょうか?」
「ああ、すまないが頼む」
バリウスに頼まれ、扉の外にいる警護者に伝言を宰相が伝える。
そうしてアインツがやってくるまでの間に私達はバリウスの持って来た菓子で小休憩をする。そうしてホッと息を吐いた頃にアインツがノックと共に部屋に入ってきたところでバリウスは彼奴屋敷で見聞きしてきた話を語り出した。
今回用いられた群れの討伐方法、生捕りにした経緯と方法。その『ポチ』と名付けられたウォーグの管理体制やハルスウェルト達との話し合いの内容など。いつもながらの奇抜な策に感心しつつも、それに関係した今後の危機管理対策や対応手段などに耳を傾ける。それらをバリウスがひと通り話終えたところでアインツが口を開いた。
「なかなか興味深い話ですね」
「だろう? ただ現実的に考えて俺らの魔力量だとフォレストウルフあたりが妥当なんじゃないかとイシュカとも話をしていたんだが」
歯向かう相手を押さえつけ、黙らせるほどの戦力差。
魔獣達の強さの判断基準が魔力量であること、敵わない、逃げられないと思わせるほどの圧倒的な差が必要となれば無理もないか。ハルスウェルトの魔力量は既にバリウスの倍以上、公表できない冗談の域に達している。魔力量だけが強さに関係しているわけではないが、それも限度を超えなければの話だ。
相対しているだけではそこまでの威圧感も恐怖も感じない。
だがアレが本気になった時に漏れ出る魔力の威圧感はゾッとするとバリウスも言っていた。
「それでも成功すれば魔物や魔獣探索、調査に便利なのは間違いないでしょうね。イヌ科の生き物は鼻も良いですし」
「将来的にはの翼竜種などを手懐けられれば更に便利になりそうですね」
宰相とアインツの言葉に私もそう考え、口を開こうとした刹那、バリウスが重い溜め息を吐く。
「俺もそう思った。ハルトはあまり乗り気ではなかったがな」
彼奴は合理的に考えて便利であれば躊躇わず取り入れる。
首を傾げたのは私だけではなかった。
「何故ですか?」
尋ねたアインツにバリウスは首の後ろをぽりぽりと掻きながら答える。
「空を自由に飛べるようになれば国家間の戦争に用いられんとも限らない。それにそんなものが上空を飛べば民の不安を煽る、それが日常化すれば今度は飼い慣らされていないヤツが襲ってきた時、危険がないと間違った判断をすれば今度は避難が遅れるだろうってな。
それに動物は必ずしもこちらの思惑通りに動くとは限らない、ソイツが暴走した時の対処、場合によっては討伐の必要性も出てくる。そうなると最低でも単騎討伐出来るヤツじゃないと厳しいんじゃないかってな」
成程、聞けば納得せざるを得ない理由。
その可能性を聞いた上で尚もその便利さを手に入れたいかと聞かれれば否だ。相変わらずの並外れた危機管理能力だ。
アインツも少し考え、そして難しい顔で頷いた。
「・・・そうですね。もっともな正論です。
よく訓練された馬や猟犬でも必ずしも主人に絶対服従ではありません。己の身に危険が及べば逃げ出すことも、想定外の出来事や突然の怪我で暴走する可能性もあります。それに竜種が危険であることには変わりはありません。ハルトが言うように日常的に見ていれば危機感が薄れてくるのも考えられます。そうなった場合の危険性も確かに無視できません」
便利な道具も使い方次第。
例えばナイフ。
あれは物を切ったり捌いたりするのに便利だが、アレは刃物、それが人に向けられれば殺傷能力の高い武器にもなる。容易に人を害することが出来るものなのだ。使い方を誤ればそこにあるのは悲劇だ。
「そうだな。安心していたがために逃げ遅れたとなれば被害も甚大だ。それを指摘されて尚も便利だから試してみろとは私も言えんな。この国を統べる者の責任として許可を出すわけにもいかぬ」
アインツも言うように生き物というのはこちらの思惑通りに動くとは限らない。
「ただまあハルトが面白そうなことをやっているんでな。その辺りのことも様子がみたいところではある」
面白そう?
アレがやることなすこと突拍子もないことは山ほどあるが、また何かやっているのか?
その先を急かせばバリウスが話し出す。
「ポチに生肉ではなく、味付け調理した肉を食わせてるんだよ。生肉より旨いとポチが認識すれば人も喰わなくなるんじゃないかってな。アイツらのところの寮で出た残飯と料理で使わなかった動物の内蔵を一緒に餌箱に入れたら生の内臓の方を残したらしい。それで試しに、ということらしいが。
それに聖水の氷結保存実験についてもヘンリー達が請け負っていた。その実験報告もこちらに回してくれと頼んできたんで、どちらにしてもハルト達の報告結果次第だな」
・・・・・。
いつもながら、よくもまああの手この手と。
だが興味深い。
またその報告書を回してくれるというならそれも楽しみに待つとしよう。場合によっては褒美を取らせねばなるまい。また酒を新たに取り寄せて準備でもしておくか。どうせ彼奴が強請るのはいつもそればかりだ。それも国家予算を凌ぐほどの財力があるからではあろうが。
権力や名誉を欲しがらぬ彼奴からすれば私から与えられるまでもなく己の力で手にできる。なのにも関わらずその金も、己の贅沢に散財するでもなく新しい事業や従業員のための保養所、領地の開発や開拓、整備事業に投資し、結果、益々あの地が繁栄するというわけだ。
好条件の職場に優秀な人材が流れるのは必至。
以前は国の要職やギルドなどに就くのを希望する者が多かったが、最近では貴族の身分に執着がない者はハルウェルト商会に就職を希望する学院卒業生も多いと聞く。アレは優秀な人材確保の道筋を作り、まんまと学院支部への先行投資分を回収したのだ。
全く抜け目のない。
損を取って得を得る、まさしくそれを地でいっている。
そうして確保した人材を大事に扱うことで他の商会などに移ろうなどという気を起こさせない。
事実、あのハルウェルト商会ほど好条件の労働条件は探しても殆ど無い。
恩もあり、尊敬する者が自分を大事に扱ってくれる環境から抜け出したいと思う者は少ないはずだ。
あの場所は才能があれば存分に活躍する場が与えられる。
その才能が尽きても真面目に働く限り、ごく普通の生活であれば保障されている。怠ければ給料は最低限の暮らし。より働き者な者、優秀な者には給金上乗せでより良い生活。あの地には魅力的な商品が揃っているのだ。その彼等は稼いだ金で欲しかった物を手に入れ、長期休暇には商会保有の保養所で観光だ。そうして自由を満喫した後は再びその贅沢な時間を手にするために一生懸命に働く。
商会から出た給金で商会の商品を買い、遊び、金を落としてそれはまた給金として支払われる。
彼等はハルウェルト商会の従業員であり、客でもあるわけだ。
強制されるでもなく、欲しいから買う。
それも魅力あふれる商品を取り扱っているからこそであろうが実に上手く出来ている。
どちらにしても暫く様子見か。
アレがトラブルをよく引き寄せるとはいえ、早々次の問題も起きないだろう。
だがそんな認識はまだまだ甘いのだと、
ひと月後、私は思い知らされることになった。
それはその先に起こる面倒事の序章に過ぎなかったのだと。
彼奴の厄介事にはオマケがついてくることが多い。
ポチと名付けたウォーグの躾が終わる頃、遅くなった休暇を取るために別荘で彼奴らが向かった先でまた問題が発生した。
アレキサンドリアの採掘現場で落盤事故が発生。
それにより姿を現した洞窟の調査に向かったその先で神殿跡と、更に先住民族の集落を見つけたという。それ自体は驚くほどもない。まだまだ未開の土地が多い昨今、そういうものに出会すのは珍しいことでもない。そこでグリズリーに襲われた村を救ったなどという話も今更驚くほどもない。彼奴は何故かその類の事件を引き寄せるところがあるし、襲われている村を放って逃げ帰る腰抜けでもない。
色々とイザコザはあったようだが、そこで奴隷のようにコキ使われていたという子供を保護して連れ帰るなどというのも毎度のことだ。彼奴は行き場のなくなった者達を受け入れ、教育を施し、あの商会を拡大し続けてきたのだ。
だがそれが全ての発端となったのだ。
連れ帰ったという子供達は美しい工芸品の伝承者。
彼奴はまた得難い人材を手に入れたのだ。
だがそれが消えかけた貴重な技術を有した者であったことを知った貴族が欲を出し、見つかった神殿跡の調査隊に息子達を送り込んできたのだ。
マイエンツ侯爵家とレッドベルグ伯爵家。
どちらもそれなりに大きな領土を持つ領主だ。特にマイエンツ領にはコロッセオがあり、そこでの興行は大金が動き、国への納税額も上位。だがハルウェルト商会が台頭してきたことでその興行収入にも翳りが見え始め、より過激でエキセントリックな見世物に舵を切り、刺激を求める群衆で賑わっている。
表面上は治安の良い街。
だがあのような興行を行っていて全てが品行方正であるわけもない。国の諜報部だけではなく、ハルスウェルト配下のアンディ統括の諜報員からも様々な情報が入ってきた。
すぐさま捕縛したいところではあるが不法奴隷所有というのは上手く事を運ばねば揉み消される。所有している奴隷を処分して土に埋めたり、森の奥に捨て、魔獣に喰わせたりと証拠隠滅にかかるのだ。罪無き民を死なせるのは不本意だ。
そこでフィアに彼奴を巻き込んで事に当たらせることにした。
これから先、フィアと彼奴には強い繋がりがあると思わせてをおくと思わせておくにも丁度良い。彼奴を将来国政に関わらせるためにもまずは外堀から埋めてやろう。
だが、彼奴は今、自分の十二歳の誕生日を祝うパーティー準備で忙しいはずだ。動けと言ったところで厳しいだろう。ならばそれのついでという名目でそれらが片付いたところで手伝わせるように仕向ければ問題もなかろう。
調査員の仕事は近衛の担当だ。
万全を記するためにもアインツを向かわせ、前回一緒だったフリードも付けてやれば彼奴も文句も言えまい。この機会に不法奴隷所持者の一斉検挙を行うのはどうだろうか?
人手が足りぬというならば彼奴とも関わりが深いレイオットとステラートに手伝わせれば良い。一斉検挙となれば中には実刑を食らう領主も出てくるはずだ。そうでないまでも取り調べなどで長く領地を空ける者も出てくるやもしれぬ。代行を務められる者の選出も必要だ。場合によっては領主交代となる領地も出てくる可能性がある。
そんな段取りと計画を頭の中で立てていた私はアンディ達が調べた報告書を見た時にそこまで上手く事が運ぶことばかりではないと思い知る。
マイエンツに嵌められて身を持ち崩し、借金付けになった結果、奴隷へと身を落とし、怪しげなものに加担させられている者やマズイところでは暗殺者などに身を窶している者がいるようで、それらの者がレイオットやステラートに関係している者がいるようなのだ。
部下の罪は上司の責任。
知らぬ存ぜぬで全ての責任を配下の者に押し付け、罪を逃れようとする者も多いがアレらがそれをするとも思えぬ。どうしたものかとも思い、宰相達と内密に話し合った結果、ならば尚のことレイオット達に捕縛劇を手伝わせ、成功したならば最高位に近いアレらには褒賞として位を授けることも出来ぬ。罰として身分を下げ、褒美として身分を上げるということで帳消しにしてしまえば良いのではないかということになった。
当然だが、一斉検挙に加担させ、失敗すればアレらの位も下げねばならぬ。
だがハルスウェルトを巻き込めば彼奴が万全を期して事にあたるだろう。失敗する確率は格段に低くなるに違いない。
それにはまずは彼奴に憂いなく存分に関わらせるためにやはりタイミングは全て彼奴の誕生日が過ぎてから当たらせた方が良かろう。そうなれば調査団の同行が終わった後が良いのではなかろうか。
レイオットの次男がハルスウェルトの婚約者に加わったとも聞いている。アレもかなりの有望株。是非ともフィアの治世の一角を担う存在にしたいところだ。ハルスウェルトが国政に関わってくればアレは緑の騎士団とも関わりが深い。引き摺り込むのも容易いはずだ。このまま実力をつけてくれたなら将来はバリウスの跡を継がせるのも良いかもしれぬ。それが叶わずともあの地に住まう者はハルスウェルトに執心している。彼奴さえこちら側に引き込めば、もれなくハルスウェルトを支えているあの有能な者達も関わらせることができるだろう。そのためにも私が在位の間に平民でも国政に参加できるよう、制度の改正をすべきか。
頭の中に様々な案が浮かんでは消えていく。
どこまで実現できるか解らぬが、打てる手は打っておくべきか。
とりあえずは遺跡調査と先住民族との接触、保護が先か。
全てを伝えては彼奴に逃げる口実を作られるやもしれぬ。
それら全ての段取りは寸前まで黙っておくのが良いだろう。今年のハルスウェルトの誕生日には残念ながら行くことが出来ぬ。ならばその少し前にフィアのところに視察と称して出向き、これらの計画を直接伝えた方がよいだろう。人を介すればどこかで情報が漏れるやもしれぬ。
これらのことは極力少数の人間のみの共有に留めるべきか。
色々とハルスウェルトの意見も聞きたいところでもある。
そうして視察に出掛けた折に、人目を忍んで彼奴のところを訪ねれば、案の定、顔こそ笑顔を貼り付けていたものの明らかに不審な目つきで私を見ていた。
これでも一応国王、なのだが?
まあ無理もないか。
此奴には散々様々なものを意見も聞かず、押し付けてきた。
目が笑っていないとはいえ曲がりなりにも笑顔を作って出迎えてくれるだけマシとしなければなるまい。
コレを敵に回すのは良策ではない。
気づかぬふりで適当にその辺りは流し、とりあえず調査隊へ同行させる理由を伝え、条件付きとはいえ承諾させた。
興味深い話や意見も色々と聞くこともできた。
今回はコレで良しとしておくべきだろう。
それに私が関わり過ぎてはフィアのためにもならぬ。
王座を継ぐ者として勉強させなければならない。
フォローする準備だけは整えておいて、後は任せることにしよう。
自分で全て片付ければ早くとも、後継を育てるのも私の責任。
フィアには立派な王位を継ぐに相応しい者になってもらわねばならぬ。不法奴隷所持者の一斉検挙に成功を収めれば功績としても充分。
更には厳しく取締ることで貴族達にもナメられぬようにもなろう。
甘く見られて貴族達を従えられぬ。
国王とはナメられるくらいなら畏れられる方が良い。
怒らせれば怖いと思えば人は従う。
手を抜いても怒られぬ、悪事もバレないとなれば裏で暗躍する。
それが続けば反抗、反逆を招き、やがてはその災厄は己だけではなく国に住まう民にまで及ぶ。貴族が好き勝手に生きればやがては国力が落ち、戦を招き、敗戦すれば国土を削られ、属国、植民地にさえなり得るのだ。
それだけ王という者の責任は重い。
貴族に畏れられ、民に敬われる存在か。
私はそう考えたところで苦笑する。
今のハルスウェルトがまさにソレでないか。
やはりアレには王たる器がある。
それでも王座に興味がサラサラないのは我々にとって幸か不幸か。
だが彼奴を味方につけ、懐に取り込み、フィアが王座に就くことが出来れば、それはまさに僥倖。
フィアにその威厳を手するまでの猶予ができる。
シルベスタの平和も揺らぐ可能性も減るに違いない。
平和とは永遠に続くものではない。
だがそれでもそれが続くよう努力を怠ってはならぬのだ。それにはまず彼奴が貴族の横暴を抑えてくれればフィアも存分に国政に携われるに違いない。
やはりアレは絶対に逃してはならぬ。
そう決意新たにするとそれにはどう段取りをつけるべきか。
その算段に思考を巡らせ、彼奴の嫌そうにヘニョリと眉を曲げた顔を思い出し、私はクスクスと笑う。
我ながらなかなかに意地が悪い。
それでも諦めてやるわけにはいかぬのだ。
悪いな、ハルスウェルト。
だが許してくれとは言わぬよ?
それでも私もフィアも逃がしてやる気は、
全く、全然、ないのだから。




