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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第三章

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第九十九話 発明とは常に未完なものだと思うのです。

 

 確信とも言うべき嫌な予感に重くなった足を引き摺りつつ競技場に向かう。


 本日は待ちに待った気球の初試乗の日。

 目立たないように夜や明け方、ルストウェルの森深くなど、人目につかない場所を選んで素材や大きさを試験、実験を繰り返し、人一人か二人分重さ石や樽などを浮き上がらせるのには成功している。

 魔法でも成し得なかった空を飛ぶ技術の開発に陛下を始めとする王室、研究者も方々は興味津々を通り越し、半信半疑、有り得ないと笑い飛ばしていた人もいたらしい。

 無理もない。

 不可能だと笑われてもそれを諦めず挑戦し続けた者が掴める夢。

 閃きと失敗を何度も繰り返し、行き着く先が世の中の常識を覆す。

 それが新しい技術だ。

 今ある当たり前に使われている物や技術もそんな研究者や偉人達あってのもの。

 もっとも私はそれらの前世の偉大なる先人達の知恵を勝手に拝借しているわけだけど。これがズル(チート)じゃなかったら何なのだろう。


 そこには既に舞踏会に出席していなかった王室魔道研究局室長ジャバリック他数名と財務大臣、国の中枢を担う方々十数名程が勢揃い。しかしながら、本来前のめりになって質問攻めにしているであろう方々がテスラを遠巻きにして恐れ慄き、引き気味になっているのには当然ながら理由がある。

 支部の馬小屋で緑毛の獣馬を見た時点で想定内といえば想定内なのだが、本来予定外の人物がそこにいた。面倒臭いことになりそうだからと実験のことを伏せたまま屋敷に留守番を申し渡して出発してきたはずの二人。

 言わずと知れたサキアス叔父さんとヘンリーである。

 

 ヘンリーはともかくとして、なんで叔父さんまでいるの? 

 誰だ?

 この二人に情報を漏らした犯人は。

 今それを追求したところでこの現実は覆せない。

 現実逃避したいのは山々だが既に来てしまったものは仕方がないが、どう見てもテスラの邪魔をしているようにしか見えない。作業は想定以上に捗っていなかった。その原因は明らかにこの二人だろう。

 テスラを質問攻めにしている二人の姿に頭を抱えつつ、私はテスラに歩み寄る。そして地面に片膝を付いて作業しているテスラの手元を覗き込んでいる二人の襟首をイシュカとロイに頼んでムンズと掴んでもらうとそのまま上に引っ張り上げてもらう。


「叔父さん、ヘンリー。私のお願いは聞いていなかったのかな?」

 私の前に襟首を掴まれたまま差し出された二人は顳顬に青筋を浮かべ、唇の端をひくつかせ、目が明らかに笑っていない私の笑顔にビクリと身を縮こませる。

「・・・いや、まあ、その」

 モゴモゴと口籠る二人に睨みを利かせつつもう一度尋ねる。

「聞いていなかったのかって、私は聞いてるんだけど?」

 ヘンリーが言い訳がましく口を開く。

「聞いてはいたぞ? 聞いてはいたのだが」

 私を怒らせるとどうなるか?

 食事を抜かれることはないけれど、ロイや私の作るオヤツが一定期間食べられなくなるというのがよくわかっている食い道楽な二人が口籠もる。

「約束したよね? ビニールハウスの注文が殺到しているから納期が迫っている受注分の魔石加工を私は頼んでいたはずだけど、それはどうしたのかな?」

「仕事は片付けてきたっ、片付けてきたぞっ、一応」

 片付けてきたのなら問題ないと言いたいところだが最後についた一言が怪しい。

 私は二人の前で腕を組んで仁王立ちして問い掛ける。

「一応とはどういう意味かな?」

「ギリギリ、納期が迫ってる分だけはってことですよ」

 背後から聞こえたその聞き慣れた声に思わず振り返る。

「キールッ」

 背後から駆け寄る足音は聞こえていた。でも誰も警戒も反応もしてなかったからさして気に留めていなかったのだが登場した意外な人物に思わず振り返る。

「すみません、俺がチョット目を離した隙に」

 ゼイゼイと息を切らしたキールの後ろにシーファがいた。

 ということはキールを送ってきてくれたのはシーファか。

 つまり叔父さん達は監視していたキールの目を掻い潜りここまでやって来たと?

 相変わらず己の欲望というか、本能に忠実な二人だ。

「それはもう諦めたからいいんだけど。キールも追いかけて来たの?」

 どこからどうバレたのかは定かじゃないが、知られたならこの国トップクラスの頭脳を誇るこの二人を止める術はない。

「俺の方は今のところ急ぎのものはありませんし、船なら移動中もデザインのスケッチ出来るんで。国の重鎮の方々もいらっしゃるのにヘンリーとサキアス二人相手はハルト様が大変だろうと思って慌てて追いかけて来ました」

 なるほど。

 それで状況を察してシーファに頼んで連れて来てもらったと。

「それは非常にありがたいけど。叔父さんはキールの方が扱い慣れてるし。ってことは、この二人が来たのは船じゃないの?」

「ヘンリーの後ろにサキアスが乗って獣馬を走らせて来たんです。

 港では足留めを食らうと考えたんでしょう」

 答えてくれたのはロイだ。

 それで学院支部の馬小屋に緑毛の獣馬オシリスがいたのか。

 流石頭が切れるだけあって知恵も回る。

 実際、その通りだった。

 もし叔父さん達が船の方が早いからと船を選択していたら間違いなくここには来られなかっただろう。

「でもよくここだって判ったねえ」

 この場所を指定されたのは私達が王都に着いてから。領地にいた者達は知らなかったはずなのに。

「消去法だそうですよ。国が管理しているところで人目につきにくい郊外、それでいてある程度開けた場所が確保出来て周囲が高い塀や木々などで囲まれ、目撃される可能性が極めて低いところ。しかも仮に目撃されても簡単に侵入出来ない場所となれば確かに限られていますしね」

 マルビスの言葉に腑に落ちる。

 これだから頭の良い人を誤魔化すのは骨が折れるのだ。

 必死にこっちが色々と画策してもその間を悠々とすり抜ける。

 怒り心頭に発する状態のキールの背後に炎がメラメラと燃え盛っているように見えたのは決して気のせいではないだろう。

「サキアス、お前はどうしても俺に離婚されたいらしいな?」

 一段低い声でそう宣ったキールに叔父さんは一瞬で青ざめ、ロイの手を慌てて振り切ってキールの足下にスライディング土下座を決める。

「すみませんっ、それだけは勘弁して下さいっ」

 キールにベタ惚れで頭が上がらないのは相変わらずか。

「お前はヘンリーを止めなきゃいけない立場のはずだが?」

 そうですね。キール、それは正論ですけどね。

 まあ厳しいでしょうね。この二人にバレた時点で。

 おそらく気づかれた時点でこの二人の頭の中からはそれ以外のことが吹っ飛んでそれ(・・)しか考えられなくなっていただろう。

 天才というものは往々にしてそういうものだ。

 叔父さんは俯いて訥々と語り始める。

「だって気になるじゃないか。ずっと口止めされてたんだぞっ、私が関わると事が大きくなって隠しておけなくなるから魔法以外の技術が確立するまで関わるなって。基盤が出来上がったら開発に関わらせてくれるって言ってたからっ」

 その通りだ。

 この世界はいろんなことを魔法に頼りすぎるきらいがある。だからこそそれ以外の技術が進歩し難い土壌がある。この気球がその魔法頼みの考え方を変えてくれたらと思ったのだ。魔法は便利だけれど、人は魔法を使わなくても発展できると証明するために、あえて初期段階で魔法の関わりを排除した。

「ずっと我慢してたんだぞっ」

「だから大規模実験をするって知って慌てて追いかけて来たと?」

 私がそう尋ねると叔父さんは黙り込む。

 気持ちはわからないでもないけれど、時と場合、場所とタイミングをできれば考えて欲しかった。

「マトモな手段じゃ間に合わない、港では多分船は乗せてもらえない。だから獣馬持ちのヘンリーを巻き込んで駆けつけて来たと?」

 ヘンリーには私達が屋敷を出発する前まで気球のことを知らせてなかった。その存在は知らないはずなのだ。だから叔父さんにバレても港と検問所でストップ掛けられれば気づかれてもここには来られないだろうと思っていた。

「なんで今夜実験するってわかったのかな?」

 それが疑問だ。商会幹部しか知らない今回の件。彼等には緘口令が敷かれていたはずなのに。

「気球を管理している倉庫の窓から覗いたら部屋の中が空だった。しかもいつもなら王都に呼ばれた時は留守番しているはずのテスラを連れてったってことは、絶対そうなんじゃないかと」

 白状した叔父さんの答えに納得する。

 これだから頭が良い人を誤魔化すのは大変なのだ。

 要するにこれは隠し通せると思った私が甘かったってことね。

「イシュカ、離していいよ」

 私は大きく溜め息を吐いてそう告げた。

「良いんですか?」

 頷いて叔父さん達に向き直る。


「但しこれ以上はテスラ達の邪魔をしないで。サキアス叔父さんとヘンリーには屋敷に戻ってからなら納得できるまで存分に説明してあげる。だからテスト飛行が終わったら速攻で屋敷に戻って残りの仕事の続きをして頼んだ分を終わらせておいて。そうしたら心置きなく説明が聞けるでしょう?

 それが約束できるなら見学してって良いよ。

 これからは二人にも開発を手伝ってもらうことになるし」

「良いのかっ」

 速攻で顔を上げて目を輝かせた二人に苦笑して念を押す。

「でも以後テスラの邪魔したらイシュカ達にここからツマミ出してもらうよ?」

「解った、大人しくしている」

 二人同時に大きな声で帰ってくる返事に私はニッコリと笑う。

「ならばヨシッ、絶対約束は守ってもらうからね」

 スゴスゴと少し離れた位置に、しかしながら充分作業が見える位置に陣取って二人は目を爛々と輝かせている。私はその二人の前の地面を足で掻いて線を引き、そこから前に出ないようにと言い含める。

「もっ、猛者が、猛獣使いの猛者がいる・・・」

 それは叔父さんを脅して黙らせたキールかヘンリーを言いくるめた私のことか。ボソリと聞こえてきたヘンリーの元上司、ジャバリックの声に私は苦笑する。

 何かに夢中になったこの二人は下手すれば猛獣よりも手がつけられないけれど全く言葉が通じないというわけじゃない。無理に言うことを聞かせようとすれば暴走する。だがそうすることで自分に得がある、目的が達成出来ると説明することでちゃんとこちらの言い分を聞き入れてくれる。叔父さん達なりに引き際を心得ているのだ。

 それにこういう人達だからこそ常識を覆す力を持っているのだとも思うのだ。

 ヘンリーの退職騒ぎでハゲ上がったという彼の髪の毛はやや額が後退しているとはいえ無事に戻ったようでメデタイことだが、これでまたヘンリーとの関わりが増えて髪が抜け落ちなきゃイイけど。


 大人しくなった叔父さん達を尻目に私はテスラのもとに行く。

「お疲れ様です、助かりました」

 そう一言告げたテスラの作業を手伝い始めた。


 夜も更けてロープで杭に繋がれた真っ黒い大きな気球が熱した空気を中に送り込まれて膨らみ、地面からゆっくり離れ、上がり始めると周囲からはドヨメキが上がる。

 色を今回黒く染めたのには勿論理由がある。

 一つは夜ならば闇夜に紛れるため。もう一つは太陽が燦々と輝く昼間であれば黒い布が熱を吸収し、中の空気を更に温めてくれれば長時間の浮遊もいけるのではないかと考えたからだ。

 気球での遊覧。それは前世の飛行機が数多空を飛んでいた時代でさえ世界各地の観光地では人気のアクティビティだった。アンコールワットやナスカの地上絵、カッパドキアなど地上から見られない景色を高い空から見下ろす。私は乗ったことは一度もなかったがそういったものが大好きだった。

 何故かって? 

 そりゃあ勿論、過去の偉大なる歴史に興味があった・・・わけではなく、大好きな漫画やアニメ、ラノベの世界観に似ていたからだ。そういったものは物語の設定で引用されていたり、神話や伝記、伝説などを模したものも多くあった。好きなもののことであれば見たい知りたい理解したいというわけでそれに纏わるものを調べることも多かったからだ。両親に金を無心されることが多く、万年金欠病だった私はそうして空想の中で遊んでいた。

 飛行機は仕事で乗ることもあったけど、いつかは気球にも乗ってみたいな、なんて夢を見ていた。

 前世では結局夢は夢で終わり、人生も終了してしまったわけだけど、まさか、飛行機も飛んでいない今世で乗れるようになるとは皮肉なものだ。

 夜も更け、完全に気球が膨らんで繋いだロープがピンと引っ張られる頃、舞踏会を終えた陛下とフィアが夜闇に紛れて連隊長と団長を護衛にお忍びで現れた。


「これは凄いな。本当に浮かんでいるではないか」

「随分と大きいね。ハルト、これで何人乗れるんだい?」

 陛下とフィアが空を仰ぎ見るように気球を見上げて言った。

「一人か、多くても二人です。それ以上となるともっと大きなものが必要になりますね」

「この規模でたったそれだけなのか?」

 陛下が驚いたように言う。

 目の前にあるものの大きさからすればそう思うのも無理はないかもしれないけど、これでも頑張ったのだ。

「そりゃあそうですよ。熱した空気だけで空を飛ぼうっていうんですから」

 そんな簡単に上手くいくわけもない。

 陛下が上を見上げたまま宣う。

「確かにな。火を焚けば煙が上がる、鍋を熱すれば蒸気で蓋がカタカタと揺れて僅かに持ち上がり動く、その原理を利用したというわけか」

「鍋の蓋程度の重量であれば然程重くはありませんからね。ですが」

「この『気球』と人間を一緒に浮かせるとなればこれだけの大きさが必要だということか」

「仰る通りですが話はそう簡単なものでもないのですけどね」

 熱した空気は冷めるし、熱した空気が外に逃すような素材では駄目だ。

 マルビスが色々な国や地方から生地を取り寄せてくれて実験を繰り返し、加工処理を工夫して試行錯誤の繰り返し。

「ただ使用している材料の重量もありますから、まだまだ改良の余地はあります。気球自体の重さが軽くなればそれだけその分だけ人が乗せられるでしょうし」

「ではもっと薄くて軽い材質にすれば良いと?」

 陛下、言葉で言うのは簡単なんですけどね。

「それが強く丈夫な素材であるならば」

 私はその質問にそう答えた。

 物事はそう単純な話ではないのだ。

「例えばバードストライクなどが良い例です」

 前世では主に航空機での衝突する事例を指すことが多かったけれど、人工構造物、例えば建物や馬車、灯台や魔道具などに鳥が衝突して起こる事故もある。ぶつかることで故障や被害が出て、場合によっては大惨事ともなる。

 陛下はそれに納得したように頷いた。

「空に浮かべば飛んでいるのは我々だけではないということか」

「ええ、他にも鋭利な物が飛んできたりとかですね」

 私の返答に気がついたのは連隊長だ。

「戦時下であれば地上から弓矢を射掛けられたり、とかですか」

「そうですね、それも勿論ありますがそれだけではありません。上空には強い風が吹いています。地上と違って山々や森などの木々、建造物などの風を遮るものがありませんから。破れて熱した空気がそこから漏れれば当然ですが・・・」

「落下するというわけか」

 団長が私の言葉の先を言ってくれたので頷いて続ける。

「それに移動は風任せ、方向転換して思い通りの方向に動くことが出来ないのでその方法もまだこれから考えなければなりません」

 この気球の一番の欠点。

 だからこそテスラと相談して気球を作ることにしたのだ。

 戦争に使われる心配は低く、大掛かりであるが故に犯罪などにも使われにくい。大量の布などが必要であるために作成するにはそれなりの資金が必要で一般には出回り難い。

「それでは浮かぶだけで大して役には立たないではないか」

 そう言ったのは魔道研究室長のジャバリック。

 研究者の見解からすればそう思えるかもしれない。研究者というのは新しい発見や物を開発することに心血を注いでも、その利用価値までは考えないことも往々にしてある。例えば空を飛びたいと考えてそれを実現し、飛行機を発明したとして、それが戦闘機となって大量殺戮兵器となる未来は想像しない。

 便利なものは使い方次第で化けるものだ。

 だからこそ国を守って戦う騎士たる連隊長は戦場での防衛に利用価値見出し、射掛けられる危険性を考えた。

 だけど、それが国を統治する者の立場であるならば・・・


「いや、ジャバリック。おおいに役に立つぞ」

 流石は稀代の名君とも名高い陛下、それにすぐに気付いたようだ。

 そして次期国王たる王太子殿下、フィアも。

「そうですね。例えば地図。上空から眼下を眺めることが出来れば今よりもっと正確な地図が作れる。まだまだ他にも多くの使い道がある。遥か高くから景色が見下ろせるということはそれだけ広範囲の情報が多く得られるということだ。

 高い櫓や見張台を建てるよりも、持ち運び出来るこれならば平地であっても半日も掛からずにそれらより高い位置での見張り、経過観察など危機管理の面でも非常に有用性が高い」

 フィアの言う通りだ。

 戦争に使うにはリスクが高くても利用範囲とそれによる付加価値は大きい。

「そうだ。それにハルトの報告書にもあっただろう。

 この気球は魔法、魔術の類いを一切排除して作られていると」

 陛下の一言によって気球の持つ可能性に多くの者が気が付いて騒めいた。

「・・・つまり、この先ヘンリー達が関わってくればもっとこの技術が進歩、発展する可能性があると?」

 ジャバリックがそう呟いた。

 勿論それもある。だけど、

「私は物事を考えるとき魔法、魔術の存在を加味することはありません。それ無しで実現できるものであればまずは使用しないで出来ることを考え、それから魔法で強化、足りないところを魔道具や魔法の力を借りて更に便利な物に変えるようにしています。そうすることで消費魔力量を抑えることが出来るでしょう?

 魔法を頼らずとも人は様々な可能性を持っていると思うのですよ」

 それはこの世界の人達が頭が悪いという話ではない。

 魔法という便利なものがあるからこそそれ以外の発達、発展が遅れているのだと思うのだ。

 呪文一つで火が起こせるのにマッチやライターを欲しいとは思わない。唱えれば洗浄出来る生活魔法があれば洗濯機を作ろうなどと考える人も出てこないだろう。

 それは不便さを感じていないからだ。

 それらの道具があったとして魔法で事足りるものを高いお金を払ってその道具を買おうなんて思わない。だってそれは置き場所を取る邪魔なものでしかないのだ。

 現状で満足していればそれ以上を求めようとするだろうか?

 冷蔵庫がなくても氷は作れる。

 でも現在でもそれなりに高価である冷蔵庫がある程度ゆとりのある家限定とはいえ平民の間でも普及し始めている理由。それがあることで『より便利な』生活を手に入れられると知ったからだ。

「魔法は確かに便利です。

 ですが便利であるが故に他の可能性を否定しがちです。

 魔力が少なくては使えないのでは限られた者しか利用出来ない物になってしまう。それではこの国の圧倒的大多数である多くの者がその恩恵に預かれません」

 魔法だけが全てじゃない。

 便利さ、豊かさを追い求めるのに魔術は絶対不可欠じゃない。

 魔法、魔術に頼り切るのではなく新しい可能性の提示。


「私は平民相手に商売をするハルウェルト商会のオーナーです。

 出だしの値段が高いのは仕方ありません。それは開発者の特権ですし、開発に掛かったお金を回収せねばなりませんからね。

 ですが、やがて多くの者がより良く、より安くと創意工夫することによっていずれはその圧倒的多数である平民もその恩恵に与れるようになると思うのです。

 発明というものは常に未完なのですよ。

 多くの人の手によって競い合い、切磋琢磨し、変化し続けていく。

 より便利に、もっと扱いやすい小型化、手頃な価格にと。

 そんな技術が我がハルウェルト商会の理想なのですよ。

 もっとも。

 その戦いに我々も負けるつもりはありませんけどね」


 驕っていては足下を掬われる。

 常により新しく、より便利に、より楽しくだ。

 陛下がクククッと小さく笑う。

「その理念に基づき開発されたのが運河、水道設備であり、浄水設備、砂防による農地農業改革か」

 確かに私が最初考えたものは全く魔法を使用しないものだった。

 それを改良したのはウチの頭脳派メンバー達。

 だから魔力に頼らない、人海戦術の手段も一緒に添えるようにした。

 裕福な領地ばかりが恩恵に預かれるのでは意味がない。

 やる気と根性さえあれば魔法に頼らず、低予算でも可能な方法。

 領主と領民が一緒になって現状を変えよう、変えたいという気合いがなければ厳しいかもしれないけど、変えたいという意志が無ければどんな政策、援助も功を奏さない。援助はずっと続くものではない。それが途絶えた後にも続くものでなければやがて元に戻るだけだ。


「貴族や金持ちだけが豊かになるのでは経済効果と発展は極めて限定的です。それは国民のたった数パーセントでしかない。

 平民でも工夫次第、ひらめき、発明次第で一攫千金を狙える。そんな夢が持てる方が生きていくのも楽しいと思いませんか?」


 ハルウェルト商会は夢と希望を売り、楽しませて稼がせて頂くのが商売だ。

 未来を夢見る、そんなゆとりがある人が増えればそれだけ我がハルウェルト商会も客足が増えて儲かる。

 それが商売繁盛の秘訣だと思うのだ。

 ウチだけが豊かになっても客は増えない。

 ウチでお金を落としてくれる客が減っては商売上がったりだ。

 私の暗に仄めかした意味を察したらしい陛下は一瞬だけ目を丸くすると面白くてたまらないといった様子で腹を抱えて笑い出した。


「成程な。確かに其方の作るものは魔法、魔術関係の技術が使われているものは圧倒的に少ない。

 国内最高魔力量を誇りながらその魔力に頼らない発明、か。

 其方は実に面白い、面白いぞ」


 ・・・・・。

 なんだろう? 

 なんか馬鹿にされているような感じがするこの感覚は。

 いや、馬鹿にされているわけではないのだろうけど。

 面白い? 

 どのあたりがどう面白いのか聞いてみたい気がしないでもないけれど、それはそれでロクでもない言葉が飛び出してきそうで、なんだかとてつもなく嫌な予感がするのだ。

 その予感が外れることを祈りつつ、マルビス達目を向けると、

 苦笑するみんなの姿がそこにあった。


 もしかして、私、

 また何かやらかしましたか?

 

 一抹の不安を抱きつつ、笑いの止まらぬ陛下を私は眺めた。



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