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遠い記憶  作者: 文音
22/23

18

 穏やかなテッドの声が、その場の空気を一変させた。

 リーズルの灰緑の瞳が大きく見開かれ、光を失った。色白の肌から血の気がひき、さながら人形のような有様で放心している。――――あたかも、彼女のなかの時間がとまってしまったかのように。


 

 食事を終えたテッドが空になった皿を脇にやり、お茶のはいったカップに手を伸ばした。が、カップが口に運ばれることはなく、彼の時間もまたそこでとまってしまったかのようだ。


 今このテーブルで動いているのはレニーだけだ。

 黙りこくってしまったテッドとリーズルを時おりちらちらと気にしながら、彼もまた黙々と料理をぱくついている。

 ――リーズルと約束したからなのか? レニーがここまで傍観者に徹するとは、テッドは予想していなかった。


 またレニーの前に新しい料理が運ばれてきた。彼は香草と酒で香り高く蒸し焼きにした魚をきれいに切り分けていく。



 たしかにレニーはテッドとリーズルの話に口をはさまないと約束したが、それは彼とリーズルとの間で交わされた約束だ。少々屁理屈になるかもしれないが、自分とレニーが話をするのであれば問題はない。

 テッドはこのなかば強引なこじつけに納得すると、リーズルの話を聞くうちに頭をもたげてきた疑問をレニーにぶつけてみようと心を決めた。


 ――――なにより自分だけ安全圏に身をおいて、しれっと情報だけ得ようなどという姿勢が気にくわない。



 テッドはパンとパテをひとつずつ取り自分の皿に移した。彼の動きにつられてレニーがこちらを向いたのを確認する。

「俺は子供のころ一時期神殿騎士に憧れて、ちょっと彼らについて調べたことがある」

 テッドはゆっくりとした動作でパンをちぎった。

 意気消沈しているリーズルは無視して、レニーに照準を合わせる。

「調べるといっても、子供ができることなんてたかがしれていたがな。それでも、自分は神殿騎士になることはできないんだってくらいはわかったんだ。正直落ちこんだものだよ」



 テッドが騎士見習いとしてあがった祖母の屋敷には、絶えず様々な人々が出入りしていた。神殿騎士だった彼は、そのなかのひとりだった。


 その日の剣術の訓練を終え、当番のテッドがひとり使用した武具などの片づけをはじめようとしたときだった。

「お強いですな。そのお年で、なかなかのものだ」

 振り向くと白髪まじりの男が陽に灼けた精悍な顔に微笑みをたたえて立っていた。

「ただ、初撃を防がれたときに隙ができます。早いうちになおされたほうがいい。克服すれば、あなたはもっと強くなれます」

 男はそう言うと、ひとところに集められていた稽古用の武器のなかから短剣を取り出した。

 テッドは疲れてお腹もすいていたが、子供心に男の放つただならぬ風格を感じとっていた。有無を言わさない気色に、テッドも剣をとり彼のあとに従った。



 子ども相手だからずいぶん手加減されていたが、先程男が指摘した弱点をカバーする稽古を十回ほど繰り返したところで、祖母から声がかかった。騎士は祖母に対し恭しく礼をとり、テッドの脇に控えた。


「神殿騎士をたばねていたカストルに稽古をつけてもらっただなんて、よかったわね。テオ?」

 かつて、『傾城の美女』とまで噂された祖母は年齢の割にかなり若く見える。回廊の陰から訓練場へと降り立った彼女のゆたかな金髪がさざめく陽光を浴びて光のベールとなりその優美な姿をふちどった。

 テッドも祖母の前で一礼する。

「はい。――カストル様、ありがとうございました。今日教わったことを胸に刻み、必ずや強い騎士となります」

 テッドがカストルを見て礼を述べると、彼は感無量といった表情を浮かべテッドの顔をしげしげとながめていた。



 以前、林でテッドがレニーに剣先を突き付けられたことがあった。ほんとにあっという間だったが、あのときの剣筋は彼に似ていた。

 レニーの素早い動きについていけなくて不覚をとったが、つかれたのはあのときカストルから指摘された弱点だった。

 しかも、それと気づく間もなくやられたのだと思うと、よけいに悔しさが込みあげる。




「俺は神殿騎士にほんの少しだけど剣の手ほどきを受けたことがある。それで、レニー。その神殿騎士の剣ときみの剣は似てる気がしたんだが?」


 レニーが、なにを言いだすんだとばかりに顔をしかめた。

「俺は生き延びるために手あたり次第ってくらいいろんな武術をかじってきたからな。さっきのリーズルの話のとおりなら、その神殿騎士とやらも同じようなことしてたんじゃないか?」


「カストルだ」


 テッドの低い声が重々しくその名を告げた。

「彼の名は、カストル。神殿騎士団長をしていた騎士だった」


 リーズルの話の間、レニーはずっと関心がないようなあるような曖昧な態度を崩さなかった。

 しかし、――――テッドの期待通り、今度こそレニーの顔色が変わった。



 そして。

「騎士団長? 神殿騎士団の団長の座は、どの騎士団も長らく空席が続いていますが?」

 テッドの台詞はレニーだけでなく、リーズルの意識をも動かした。

 何をばかげたことを言っているのか? 

 唐突にぽつり、と呟かれた言葉の端から、――――彼女の心の裡が伝わってくる。




(……聞いていたのか?)

 最前から身じろぎひとつしないリーズルを意識の外においてしまっていたテッドは、意表をつかれて声を上げそうになった。レニーも同様らしく、引き気味にリーズルを見やる。

 それにしても――こんな状態にあっても、彼女のあの口振りは健在なのか?




(リーズルの目的をあのまま最後まで訊きだせるかと思っていたのに、テッドのヤツ、なんだってあそこであんなことを言い出したんだ?)

 なぜだか、いちいち反発されている気がする。

 それだけならまだしも、レニーはふたりが話している間、気取られないよう用心していた。まさかこんなところでテッドの口から昔なじみの名前が出てくるなどと思いもよらなかったから、しっかり顔に出た。しっかり――見られた!

(そっちから仕掛けてきたんだ。こうなったら、最後までつきあってもらう)




 今度は野菜とチーズの肉巻き料理が並び、レニーは店員に酒を追加で注文した。


「リーズル。さっきは俺は関係ないと思ってお前たちの話に口をはさまないと約束したが、どうやら俺も無関係ではないらしい」

 レニーはそう言って、わずかに顔をあげたリーズルに了承を乞うかのように柔らかい眼差しを注いだ。

 それからテッドへ、ゆっくりと視線をめぐらす。


 ふたりの視線がぶつかる。すっとレニーの目が細められた。


「カストルは、俺の昔の知り合いだ」


 らしくないレニーの声のひどく単調な調子が、テッドの神経を震わせる。

 

「カストルは俺がこちらの世界に来る前は、リプエ神殿騎士団にいた。神殿所属でもないテッドに剣を教えたってことは、もう騎士団を辞めたあとだったんだろうな」






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