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遠い記憶  作者: 文音
21/23

17   神殿騎士

「それで? テッドになんの話があるんだ? リーズル」

 大量の注文に店員がぶつぶつとつぶやきながらテーブルを去ったあと、レニーはさっそくリーズルを問いただした。いささか不機嫌そうな顔をしているが、彼にそれをかくそうという意思はない。


「レニーさんは、はずしていただけませんか?」

 対するリーズルの表情も硬い。隣にいるレニーが邪魔だと、口でも顔でもはっきりと告げている。



 この店がレニーの行きつけであると聞きとりあえず来てみたものの、いかにして彼と話をするきっかけをつくるか思案していたテッドにとっては、今の状況は願ってもない好機だ。

 ただ自分に用があるらしい目の前のリーズルとかいう女をどうするか? テッドはちらとレニーの顔を盗み見て、食事をとりながらひとまず傍観することに決めた。



 テッドの前の席で、ふたりは同席するしないで、もめている。

「ばか言え。ふたりきりで話なんかさせられるか!」

「……関係のないかたには、わからない話です」


「関係ないって……?」

 レニーは絶句した。テッドとこちらへ来てまだ日の浅いリーズルと、ふたりの間にいったいどんな関係があるというのだ?

「とにかく、あなたがたが心配なさっているような類いの話ではありません。たしかにわたしは、あなたに剣術の指導をうけていますが、それ以外の時間にまで干渉するのはやめていただけませんか」


「……」

 リーズルはレニーの顔も見ないで言い放った。彼女の彫刻のように整った顔のまなじりは吊り上がり、白い肌は心なしか紅潮している。

 無機質な仮面のしたから癇が強い素顔があらわになり、リーズルを見つめるレニーの表情が冷やかなものに変わった。


「……ここでお前とテッドがふたりきりになることで妙な噂がたったりしたら、今みたいに好き勝手な行動はできなくなるぞ。こっちの世界が、そのテのことに特に厳しいのは聞いてるな?」

 レニーの声が低くなる。横顔に刺すような視線を感じて、リーズルの上気していた身体はたちまちにして冷えていった。

 だが。

 リーズルはテーブルの一点に目を落として、今度は沈黙をもってレニーに抵抗する。



 頑なに口を引き結んだリーズルの隣で、処置なしとばかりに疲れた様子で首をひねったレニーとテッドの目があった。


「……彼がいてくれたほうが、俺もたすかる」


 この女のさっきの言動を見るかぎり、テッドが話に応じるまでつきまとってきそうな勢いだった。この女にあきらめる気がないのなら、今ここでレニーもいる場で片をつけてしまったほうがよくはないか? あらぬ噂が広まってほかの者はともかくサラの耳にまで届いてしまうような情けないことにはなりたくない。

 それでテッドは、レニーに助け舟を出した。




 一点を見つめていたリーズルの灰緑の瞳がかすかにゆらぎ、テッドへと向けられる。

 ここぞとレニーがやわらかい声音で、打開策を提案した。


「聞いていてもわからない話なら、俺がここにいたって別にかまわないだろ? 俺はお前たちの話には口をはさまないし、ここで飯を食うだけだ。それでどうだ?」


 タイミングよくレニーが頼んだ最初の皿が運ばれてきた。

 レニーはサラダとパテ、ソーセージとパンの皿をテーブルの中央に並べて、リーズルとテッドにもすすめる。

 リーズルは料理は断ったが、打開策は受け入れた。




(……他言をしないとは、言っていない)

 たまたまか、故意なのか? たぶん後者だろうな、とレニーの抜けめのなさに感心しつつ、彼の言葉遣いがいくらか丁寧になっているのにも、テッドは気付いていた。

 いかにも箱入りといった趣のリーズルを相手に、いつもの彼の口調では――――なるほど、受け入れてもらえないかもしれない。


(サラの前では、どうなんだ?)

 ふと、頭をかすめた疑問に、テッドはおおいに不愉快になった。





「ご挨拶が遅れました。先ほどからの失礼をお詫びいたします。わたしはリーズルと申します。ドノア神殿の神殿長の娘で神子をしておりました」

 リーズルが優雅に頭をさげ、テッドに挨拶をした。先刻までの剣呑な空気は消え、まさに豹変といえる。

「不躾な質問で恐縮ですが、生後まもなくの誕生の儀式で、あなたが掴んだピースを教えていただけないでしょうか?」


 テッドは食事をする手をとめて、リーズルを見た。彼女は真剣な面持ちで、テッドを見ている。

「…………」

 テッドは、顔をしかめた。

 なぜ、突然そんなことを訊かれるのか?



 生まれた子の将来を占うとされる遊戯だが、赤子が差し出された盆のうえに並んだピースのなかから最初にどれを掴むのか、とういうだけの単純なものだ。

 掴んだピースの意味する内容によって、職業であったり、技芸の才であったり、美点であったりを占う。

 用意されるピースの種類は、身分やその家の職業、男女の別、また地方によっても異なる。その数も統一されていない。

 ピースも上流の家庭ではそれように特別につくられたものを用いるが、庶民ではそれを象徴する玩具や雑貨などで代用することも珍しくない。

 たとえば貴族の男子が『剣』のピースを掴めば、その子は騎士に向いていると喜ばれるが、ただそれだけのことだ。その子が成長して必ず騎士にならなければならない、というものでもない。

 そのいっぽうで、貴族の女子が『剣』のピースを掴みそうになったときには、わざと盆を動かして阻むこともある。嫁入りに差し支える、外聞が悪いという理由からだ。形骸化した迷信であり、そうした調整が許される遊びなのだ。

 さりながら、きな臭い目的に利用される場合もないわけではない。そうなるともう、遊戯などではなくなるのだが、――それはごく稀である。




「…………神殿」

 仕方ないといった風情で呟かれたテッドの言葉に、リーズルが息をのむ。隣でソーセージをつまんでいたレニーは一瞬テッドに目を向けたが、それだけだった。彼の目は、すぐにまた料理の皿に戻っていった。


「あなたは、騎士ですよね? 向こうでは騎士であられたとお聞きしました。あなたが、お仕えしておられたのは……」

 テッドの顔が途端に険しくなって、リーズルは言葉を呑んだ。

 訊いてはいけないことだったのだろうか? 彼の、この変わりようは…………?


(……どうしよう? もう、まわりくどい訊き方をするより、直接腹を割って訊いたほうがいいのかしら?)

 騎士であるなら、ある程度は知っていることだ。

 たとえそれが、表面上体裁よく隠ぺいされ流布された情報でも。

 それに。

(今、この機会を逃したら、恐らくもうこの次はない!)

 その思いが、リーズルの背中を押した。


 

 

「すみません。あの、……あなたは、神殿騎士? ですか?」


 息をつめ、祈るような気持ちで答えを待つ。テッドの表情は硬いまま、リーズルの問いに答える気配はない。

 リーズルの膝の上で組み合わされた両手の指に力がこもる。


 しばしの逡巡のあと、リーズルは言葉を継いだ。

「神殿騎士は、『神殿』のピースを掴んだ者でなければ、叙されることはありません。そして、神殿騎士は皆さんが思っている神殿と信者を守護するという役割とは別に、ある重大な使命を担っています」

 ここでリーズルは、テッドの表情に変化がないか確かめるために言葉をきった。

 彼は、淡々と食事を続けている。


「それは、――――こちらへ渡る者の育成」

 もう一度、今度はもっと注意深く。

 すると、テッドが顔をあげてリーズルを見た。視線が一瞬レニーにのほうに流れたが、すぐまた戻ってきた。


「こちらの世界のことがよくわかっていないので、神殿騎士は通常の騎士の鍛錬では行わないような……訓練もしているのだと聞いております」


 リーズルは慎重に言葉を選んで、テッドの関心を手放さないように話をすすめていく。

「神殿によって細かいところで特色というか違いはあるようですが、こちらへ渡る者は、すべてくじで決まる――――これは、どこも変わりません。貴賤は問いません。これも同じです」


 リーズルの瞳が熱をおび、食いいるようにテッドを見る。

「くじで選ばれた者しかこちらの世界へ渡ることができないがゆえに、残念ながらドノアの神殿騎士団からこちらへ渡った者は、まだおりません。ですが、過去にこちらに渡ったほかの神殿所属の騎士がいると聞いております」


 

「期待はずれで申し訳ないが、俺の家は第一にミシュア神を信奉している。神殿のなかでも騎士団を擁するのは、武神を祀る神殿のみ。第二、第三が武神でも、第一が運命の神では、神殿騎士団にはいりたくてもはいれんよ」




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