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遠い記憶  作者: 文音
20/23

16

 食堂の建物の角まで来たところで、レニーの視界に店の開いた扉からもれる灯りに吸いこまれていくひとりの人影が映った。

 見覚えのあるその後ろ姿に、眉をひそめる。




 ここは裏通りに面しており店構えは小さいが、料理の味には定評のある穴場的な店だ。

 料理の提供が主で、酒類もおいてはいるが種類は少ない。

 テーブルと椅子が並ぶだけの簡素な店内は、今夜もそこそこ埋まっている。




 店にはいってすぐリーズルは、ゆっくりと店内を見回した。

 この店には珍しい女の客に、いあわせた客たちの視線が集まる。

 そのなかに、お目当ての人物を見つけたようだ。

 リーズルは空いている席には目もくれず、好奇の目を向ける男たちの横をすり抜け、店の奥へと歩いていく。

 そして、壁際のテーブル席でひとりお茶を飲んでいた男の前で止まった。




 目の前で立ち止まった女を前に、テッドは静かに面喰っていた。 

 面識はない。これほどの美人だ。一度見れば、――――たぶん、忘れないだろう。たぶん…………?


 女は上品な顔立ちに不似合いな無遠慮な眼差しで、テッドを見下ろしている。


 テッドも下から女を見返す。

 ――――やはり、心当たりはない。なぜ、初対面の相手、しかも女にそんな目で見られるのか?

 不愉快、というより、疑問のほうが先にたつ。


 なのでテッドは目をそらさず、女の様子を観察していた。

 自分が凝視していたのに反対にテッドの不躾な注視にさらされ、リーズルの瞳が瞬く。


 交差していた視線のいっっぽうが途切れたことで、この奇妙なにらみ合いは終わった。

 そのあとに続く、沈黙。



 先に口を開いたのはリーズルだった。

「あなたが、テッドさん?」

 リーズルの硬質な声がややためらいがちに聞こえるのは先ほどの余韻だろうか。

 問われて、テッドはもう一度視線をリーズルに戻した。

「…………そうだが?」

 感動のない低い声に、リーズルが瞬きを繰り返した。

 この距離でリーズルに見つめられ、話しかけられて、平然としていられる若い男…………

 たしかに、好意的とはいえない態度だったが――――

「……」



 テッドがリーズルから彼女の背後へ視線を移した。

 彼からこれ以上なにも返ってこないと悟ったリーズルの右手が握りしめられる。


「失礼ですが……」

 思いきって発した言葉を、リーズルは最後まで言うことはできなかった。


「突っ立ってないで、とりあえず座れ。リーズル」

 ふいにリーズルのすぐ近くから、聞いたことのある声がしたからだ。





 ふたりは既に充分すぎるほど、周囲の注目を集めていた。

 自分の指導するリーズルと前歴のあるテッドが、はたから見てただならぬ雰囲気で対峙するこの状況は、看過できない。

 そう思ったレニーは、ふたりがしらけた沈黙を続けている間にテッドと同じテーブル席のひとつに腰かけ、隣の椅子をひいてリーズルに座るよううながした。





(……どうなってんだ? わけがわからん)


 行きつけのこの店で、レニーがテッドを見るのは今夜が初めてだ。

 リーズルにいたっては、どうしてこちらに来て間もない彼女が、知る人ぞ知るこの店に案内する連れもなくひとりで現れたのか不可解だった。

 ――――が、それ以前に。

 この街でそんな心配は杞憂かもしれないが、それでもだ。

 裏通りを、よりにもよってこんな時間にひとりで出歩くな! と言いたい。





 いつの間にか隣にいたレニーの姿に、リーズルはたじろいだ。

 ――――もうひとり、いた。リーズルを前にして無感動だった男、というより少年? が。


 レニーもまた、初対面で反応が薄かった。無関心を装う、というのとも違う。



 リーズルはあまり笑わない。特に初対面の相手には。であっても、リーズルに懸想する者は多かった。

 好意を寄せられて嬉しくないわけではない。しかし、いいことばかりでもなかった。

 神子の修行をはじめた頃には、かえってその恵まれた容貌が邪魔になるとさえ考えていた。


 長くつきあいのある者でも、耐性のできているはずの者でさえ、普通にほかのひとと同様に接してくれていると思っていたのに、リーズルのふとした拍子のちょっとしたしぐさ、佇まいに心を奪われている――――

 気まずくいたたまれない思いを、いくどとなく味わってきた。


  

 ――――今まで初対面で、彼らのような反応をする者はいなかった。

 自分でも、正直驚いていた。予想外の、感情…………


(いざ、そういう相手に出会うと、かえって戸惑う……)


 それも、同じ日にふたりも!





 そうこうしているうちに、テッドが先に頼んでいた料理が運ばれてきた。

 香ばしく焼かれたぶ厚い肉からは食欲をそそる匂いがたちのぼっている。つけあわせにボイルした数種の野菜がすこしとパンがふたつ。


「それだけか? あとからまだくるのか?」

 レニーが目を丸くして、テッドの前の料理を見る。

 日中、林で魔物と戦ってきた戦士の食事量としては、あきらかに少ない。


「いや。これでじゅうぶんだ」

 テッドは意に介することなく、レニーとサラにことわって食事にとりかかる。



 その横でレニーはリーズルにも声をかけ次々と店員に料理を注文していく。その品数の多さに、テッドとリーズルは半ば呆れて小柄なレニーの身体をながめた。




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