第九話 アオイ
辰也がアジト代わりに使っているホテルのスイートルーム。
つい先ほどまで新宿のビルの屋上で戦っていたとは思えないほど、室内は静かだった。大きな窓の向こうには夜景が広がり、磨かれたテーブルやソファ、調度品の一つ一つまで高級感がある。
悟空は部屋をぐるりと見回すと、感心したように腕を組んだ。
「とんでもない宿だな。広さを除けば、一国の帝の部屋よりも豪華なんじゃないか?」
「江戸の旅籠でも、こんな部屋見たことありませんよ」
白雪も落ち着かない様子で室内を見回している。
「師匠たちと旅をしていた頃は、雨風をしのぐことができれば上等だったんだがな」
「正直、思ってた以上だわ」
ソファに腰を下ろした白銀の髪の女も、部屋を眺めている。
「学生だったよね? えっと……」
「辰也です」
辰也は少し疲れた顔で答えた。
「というか、なんで俺の部屋に来ることになったんだっけ?」
『成り行き?』
頭の奥から青年の声が返ってくる。
「そりゃあたしが可愛いからでしょ」
女は当然のように言った。そして、何かに気づいたように自分の身体を抱く。
「あ、よく考えたら男の部屋に連れ込まれちゃった。やばい」
「全然やばそうに聞こえませんが……」
辰也が困ったように呟いた。
「手を出したらお姉ちゃんにチクるから。地獄行きよ、あんたら」
「連れてくるんじゃなかった……」
辰也が頭を抱える。
悟空はそんな二人を見て、真顔で言った。
「白雪に見せるわけにはいかんから、俺らがいない時にやってくれ。というか、この部屋ではやめてくれ」
「?」
首をかしげる白雪。
「もう帰れよ、お前ら」
『かわいいからって甘いなあ』
「そうじゃない」
『小太りのおっさんを助けたとしたら、同じことをしたかい?』
「…………」
辰也は答えなかった。
『やーい、差別主義者』
「お前なあ! 俺の味方だったよなあ!」
『もちろん』
「どの口が言ってんだ……」
これ以上相手をするだけ無駄だ。辰也は気を取り直して、白銀の髪の女へ向き直った。
「まあ、それはともかく。かくまったんですから、事情を教えてくださいよ。えーと……アカネさん?」
「蒼よ」
女の目が冷たくなる。
「人の名前間違えるなんて最低」
「すいません」
辰也は素直に謝った。
「それで、蒼さん。さっきの男は?」
「……話すと長くなるんだけど」
先ほどまでの軽い調子が、ほんの少しだけ薄れた。
「まず、あたしには双子のお姉ちゃんがいるの」
「双子?」
「風祭雫。あんたの学校の生徒会長」
「……会長?」
辰也は思わず蒼の顔を見直した。言われてみれば、似ているどころではない。白銀の髪も、顔立ちも。新宿で会長だと思ったのも無理はなかった。
「それで、あたしはずっと入院してたの」
「病気?」
「事故。ずっと意識が戻らなくてね」
「ずっとって、どれくらい?」
蒼は少し間を置いた。
「長い間よ。植物状態だったの」
室内の空気が変わった。さすがの辰也も、すぐには軽口が出てこなかった。白雪も黙って蒼を見ている。
「でも、最近になって目が覚めた」
蒼は淡々と続ける。
「それで、あの男に襲われたの。だから病院から逃げてきた」
「それが、さっきの?」
「そう」
辰也は腕を組んだ。
長い間、植物状態だった生徒会長の双子の妹。突然意識を取り戻し、病院から逃亡。そして新宿で、あの男に追われていた。
どうにも普通の家出人をかくまった、では済みそうにない。
そこで悟空が口を開いた。
「それよりよ」
蒼を見る。
「この坊主に取り憑いてるクソ神と話してたろ?」
『誰がクソ神だコラ、このクソ猿!』
「あ? やるかコラ?」
『やってやろうじゃないか』
「ややこしくなるから黙ってようね」
辰也が低い声で割って入る。白雪も悟空の袖を引いた。
「お猿様も抑えてください」
「……ちっ」
悟空は不満そうにソファへ座り直した。
辰也は蒼を見る。
「それで?」
「それはね……」
蒼は少し考えてから、続きを話し始めた。




