第十話 もう一人の神
病院から逃げ出した蒼は、その途中で一人の青年に出会ったという。
「その人、自分のことを神様だって言ってたの」
「……嫌な予感しかしないな」
辰也が呟く。
「それで、なんでも一つ願いを叶えてくれるって」
「おい」
辰也の眉が寄った。
「俺の時は助けて速攻放置しようとしてたよな?」
『サービスだよ、サービス』
「小太りのおっさんにも同じサービスをしたか?」
『てか、僕がやったわけじゃないし』
新宿へ向かったのも、青年が自分と同じ存在の気配を感じたからだ。
蒼が出会ったという青年が、そのもう一人なのだろうか。
「それで?」
「あの人に、とりあえず追っ手から逃げたいって言ったら、新宿のビルの屋上まで連れていってくれたの」
そこで青年は、蒼の願いを一つ叶えると言った。
蒼が願ったのは、ある人物との再会だったという。
話は、蒼がまだ意識不明だった頃まで遡る。
「植物状態だった間も、あたしの意識はあったの」
「意識が?」
「夢の中だけどね。ずっと変な世界を彷徨ってた」
そこで蒼は、自分を三蔵法師だと思っていたという。
夢の世界を、孫悟空や一人の青年とともに旅していた。
やがて獏に利用されかけ、その二人に助けられたらしい。
「……なんか急にすごい話になったな」
『今さらでしょ?』
「それもそうか」
宇宙人を見たかと思えば、今度は本物らしき孫悟空と戦ったばかりである。
夢の中で三蔵法師だったと言われても、以前ほど驚けなくなっていた。
「だから、もう一度その孫悟空に会いたかったの」
蒼が悟空を見る。
「それで神様に、呼び出してもらったんだけど――」
「だが、間違えて俺と白雪を召喚してしまった」
悟空が不機嫌そうに腕を組んだ。
白雪も隣で小さく頷く。
辰也は頭の中の青年を思い浮かべた。
「それはやりそう」
『失敬な! てか僕じゃないし』
「いや、お前だろ」
悟空がすぐさま食いついた。
「逃げ込んだろ、その坊主の中に」
『違うし。俺は辰也といたし』
「分身かなんかでどうとでもなるだろ!」
『この世界で実体になるのはやばいんだよ!』
青年の声が珍しく強くなる。
『とにかく、俺じゃないよ』
「じゃあ誰なんだよ」
『偽物かなあ……』
「偽物?」
辰也も眉をひそめる。
『まあ、一応、過去か未来の俺って線もあるけど』
「結局お前じゃねえか」
悟空が即座に突っ込んだ。
『僕じゃないよ!』
「どっちなんだよ……」
辰也は額を押さえた。
蒼が会ったという青年。
辰也と行動している青年。
姿は同じらしい。
だが本人は、自分ではないと言い張っている。
過去か未来の自分かもしれないなどと言われれば、余計にわけが分からない。
「ねえ、喉乾いた。飲み物どこ?」
突然、蒼が立ち上がった。
さっきまでの話などどうでもよくなったように、部屋の中を見回し始める。
「あ、ここか」
勝手に冷蔵庫を開けた。
「おい」
辰也の制止を無視して、中を覗き込む。
「色々あるじゃん。白雪ちゃんも飲みな」
「え?」
白雪が困ったように辰也を見る。
「でも、ここは辰也さんのお部屋なのでは? お代も払えるかわかりませんし……」
「いーのいーの!」
蒼は冷蔵庫から飲み物を取り出した。
「どうせロクでもないお金なんだから。多分」
「勝手なこと言うなよ!」
『まあ、間違ってはいないけどね』
「お前は黙ってろ!」
悟空は面白そうに笑い、蒼は気にする様子もなく冷蔵庫を物色している。
白雪だけが申し訳なさそうに辰也を見ていた。
「誰か助けてくれ……」
辰也の呟きに応える者は、誰もいなかった。




