第十一話 疑惑
「そういえば、あんたって本当に孫悟空なのか?」
辰也は、向かいのソファでくつろいでいる猿を見た。
「孫悟空だが? なんか文句あっか?」
「かめはめ波撃てるの?」
横から蒼が口を挟む。
「カメハメ? なんだそれ?」
『それは別のやつ』
青年が即座に訂正した。
「まあ、それは置いといて……孫悟空が少女なんて連れてたかなあ」
辰也が白雪を見る。西遊記について詳しいわけではないが、少なくともこんな少女が同行していた記憶はない。
「なんだ? 俺たちのことが知りたいのか?」
悟空が尋ねる。
すると白雪が、何かに気づいたように背筋を伸ばした。
「は! 名乗るのを忘れておりました!」
勢いよく立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「白雪と申します! よろしくお願いいたします」
「ど、どうも?」
辰也もつられて軽く頭を下げた。
「幼いのにいい子ねえ。できた子だわ、私と同じで」
「俺が孫悟空だってのは知ってるよな?」
悟空が話を戻した。
「西遊記で読んださ。三蔵法師や八戒、沙悟浄と天竺まで旅をしたんだよな」
「そこまで知ってるなら話がはええや」
悟空は満足そうに頷いた。
「その後、仏になったんだけど暇でよ。久しぶりに現実界に戻って、隣の島国をうろうろしてたら白雪と出会ってよ」
「危ないところを、お猿様に助けられたのです」
白雪が嬉しそうに言う。
辰也は数秒黙ってから、悟空を見た。
「なんかさらっと仏になったとか、とんでもないこと言ってないか?」
『原作どおりかな、一応?』
悟空は気にせず話を続ける。
「それで、白雪の身内を探したり、色々と巡って冒険みたいなことをしていたんだが……」
そこで、悟空の口調が少しだけ重くなった。
「後味の悪い結果になっちまってな」
先ほどまでの荒っぽい表情が消える。白雪も膝の上で手を握り、俯いた。
「悲しい結末なのです」
詳しく聞いていいものなのか。辰也が迷っているうちに、悟空は話を先へ進めた。
「それで、気分転換に別の国でも行こうかと思ったんだ。そしたら、その時いきなり目の前に暗闇の穴が広がってな」
「入らなきゃいけない気がしたのです」
『ワームホールかなあ』
「で、その暗闇を抜けた先に、そこのお嬢ちゃんと破壊神がいたわけだ」
悟空が蒼を指差す。
「破壊神って言われてるぞ」
辰也が頭の中の青年に言う。
『それはいい』
「いいのか……」
宇宙人には戦争の原因扱いされ、孫悟空には破壊神扱い。自分が契約した相手が何者なのか、ますます分からなくなってきた。
その夜。白雪と蒼が眠りについた後も、辰也はなかなか寝つけずにいた。
ベッドに横になり、暗い天井を見上げる。昼間から起きたことが多すぎる。
孫悟空。白雪。蒼。そして、もう一人のカミサマ。
『あの蒼って娘、怪しいよね』
不意に青年の声が頭の中に響いた。
「……まあなあ」
辰也も声には出さず、頭の中で応じる。
「植物状態から目覚めた直後に病院から逃走して、都合よくカミサマと出会う、ねえ?」
『僕じゃないよ』
青年は少し間を置いてから続けた。
『期間はぼかしてたけど、長い間意識不明だったにしては、体の血色がよすぎるんだよね』
「そういうもんなの?」
『少なくとも、目覚めてすぐ逃げ回って、あれだけ元気に動けるのは不自然かな』
確かにそうだ。新宿で見た蒼は、普通に走り、叫び、悟空たちと一緒にここまでやって来た。ホテルに着いてからも、疲れ果てている様子はない。むしろ辰也より元気なくらいだった。
『まるで僕の分身を使ったみたいだ』
その言葉に、辰也は眉を寄せる。
「あなたが生き返らせたんでしょう? ねえ、カミサマ?」
『いや、だから違うって……』
青年の声に、珍しくうんざりした響きが混じる。
『そのカミサマってのやめてくんないかな。辰也君さあ』
「じゃあ、今後どうしますか?」
『……蛇の道は蛇。目には目を。生徒会長に相談だ』
辰也は露骨に顔をしかめた。
「やっぱりそうなるかあ。気が進まないなあ」
祓いの矢で射抜かれた記憶が蘇る。できれば、しばらく関わりたくない相手だった。
『早いうちに手を打った方がいい』
今度の青年の声は、少し真面目だった。
『蒼ちゃんが言っていたことが本当だったとしても、話すのが遅くなれば色々と誤解される恐れもある』
「仮に蒼を襲っていた男が、会長や風祭家の関係者だった場合……こちらの立場も危うくなるか」
『大丈夫大丈夫。吹っ飛ばしたのは悟空だから。罪は全部あいつに被ってもらおう。猿だし』
『聞こえてんぞ、クソ神』
突然、別の声が頭の中に割り込んできた。
『どうせお前の自作自演だろ』
『違うって言ってるだろ』
少し間が空く。それから青年が、思い出すように言った。
『……そういえば、どこかで見たことがあるような……』
『やっぱりな。黒幕はお前なんだろ?』
『そうなのかなあ……』
「いや、そこは否定しろよ」
辰也は頭を抱えた。




