第八話 新宿の激突
「自分と同じ気配?」
『そう。ちょっと確かめておきたくてね』
その夜。いつものように頭の中へ響いた青年の声は、唐突にそんなことを言い出した。
「別に問題ないんじゃないのか? 神なんだし」
『同じ世界には基本、来ないようにしてるんだよ』
「なんで?」
『さすがにごちゃごちゃになっちゃうからね。それに――』
「それに?」
少し間が空く。
『僕、天界で指名手配されててね。あんまり頻繁に行くと、こわーい尖兵に狙われるのさ』
「……いろんなところから恨み買ってるんだな」
宇宙人からは戦争の原因扱い。今度は天界から指名手配。自分が契約した神というのは、どうやら思っていた以上にとんでもない奴らしい。
「それで、なんで俺まで行くんだ?」
『冒険だよ、冒険』
「答えになってないぞ」
『僕単体で行くと、バレるかもしれないしね』
「俺を隠れ蓑にする気か? まったく」
『さあ、夜の街に繰り出そうじゃないか』
◆
新宿の夜景が、眼下を流れていく。
ビルの屋上から屋上へ。神の補助を受けながら飛び移っていくのは、思っていた以上に楽しかった。足場を蹴るたびに身体が宙へ浮かび、地上のネオンが遠ざかる。
普通なら落ちればただでは済まない高さだ。それなのに、恐怖より先に妙な高揚感が湧いてくる。
次のビルへ着地する。
その時だった。
『あれかな?』
青年の声が変わった。
「どこ?」
『向こう』
言われた方向へ目を向ける。
ビルの屋上。そこに――猿がいた。人間のように二本足で立ち、手には棒を握っている。
その姿には、あまりにも見覚えがあった。
「……孫悟空みたいな猿が現れたな」
猿がこちらを見る。
「俺の名前を知っているとは話が早い」
「え?」
悟空が如意棒を構えた。
「この棒の味を教えてやる!」
「え、ちょ、ちょっと――」
悟空が一気に距離を詰める。
『来るよ』
「見ればわかる!」
辰也の両手に、黄色とピンクの色をした剣が現れた。二本。色は気分で変わる。
左右から挟み込むように構えた直後、如意棒が振り下ろされる。金属とも違う甲高い音が、夜の屋上に響いた。
「ぐっ……!」
両手の剣で受け止める。腕に凄まじい衝撃が走った。神の補助がなければ、受け止めるどころか身体ごと吹き飛ばされていただろう。
「ちょっと話を聞いてくれないか!」
「てめえらみたいな迷惑な妖怪の話を聞く気はねえ!」
「妖怪扱いかよ!」
『ははは』
「あんたのせいだろ!」
悟空が如意棒を引く。そのまま横薙ぎ。辰也は二本の光剣を交差させて受け流した。
「てめえに取り憑いてるか、化けてるかはわかってるんだ!」
悟空が再び踏み込む。
「神妙にしやがれ!」
「だから俺は関係な――うおっ!」
如意棒が振り下ろされた。辰也は二本の剣で受け止める。
『久しぶりだねえ、悟空』
突然、青年が声をかけた。悟空の動きがわずかに止まる。
「……どっかで会ったか?」
『会ったさ。前に会ったのはどこだったかなあ』
「妙なことを言うな。てめえに会ったのは初めての気がするが」
『そうだっけ?』
「とぼけやがって!」
再び如意棒が襲ってくる。辰也は右で受け、左の剣を振るう。悟空が身を引いてかわす。間髪入れず、如意棒が突き出された。
「戦うか話すか、どっちかにしてくれよ!」
辰也は身体をひねってかわした。
「生きた心地がしないぞ、こっちは!」
『余裕余裕』
「俺が戦ってるんだけど!」
『こっちは勝ち越してるんだよ。引き分けだったっけ?』
悟空の眉が跳ね上がった。
「なんだと、てめえ!」
如意棒を握る手に力がこもる。
「てめえなんぞに負けたことはねえぞ!」
「変に挑発するなって!」
明らかに打ち込みが激しくなった。右。左。振り下ろし。辰也は二本の剣で必死に受け続ける。神の補助があるとはいえ、攻撃そのものが見えているわけではない。一発でもまともに食らえばどうなるか、考えたくもなかった。
その時――。
空気を切り裂く音がした。
「なんだ?」
無数の光が、夜空を横切る。矢だった。一本や二本ではない。大量の矢が、屋上へ向かって降り注いでくる。
「きゃあ!」
少し離れたところから、少女の悲鳴が上がった。
悟空の顔色が変わる。
「やべえ、白雪!」
辰也との戦いを放り出し、少女のもとへ飛ぶ。その身体で庇うように前へ出ると、如意棒を振るって迫る矢を弾き飛ばした。
辰也も飛んできた矢を光剣で叩き落とす。
「あぶなっ……!」
そして、矢が飛んできた方角へ目を向けた。
そこに、白銀の髪が見えた。見覚えがある。
「あれは……会長か?」
だが、様子がおかしい。会長らしき女は、見知らぬ男に詰め寄られていた。
「ここにいたのか、蒼」
男が女の腕を掴む。
「誰か助けて!」
「さあ、帰るんだ」
女が振りほどこうとする。
辰也は思わず動きを止めた。
「助けた方がいいのかなあ」
『恩売っとく?』
どうするべきか。辰也が迷っている間に――。
「ふざけやがって、あの野郎……」
悟空が低く呟いた。
次の瞬間には、もう姿がない。
悟空は一気に男との距離を詰めると――。
如意棒を振り抜いた。
「なんだこの猿は? こんなもの僕は知らな――」
男の身体が、勢いよく吹き飛んだ。




