第七話 孫悟空、新宿に現わる
目を開けた瞬間、孫悟空は眉をひそめた。
「……なんだ、ここは?」
随分と騒がしい。どうやら建物の屋上らしい。自分が立っている場所だけでも相当な高さがあるはずだが、周囲には同じような建物がいくつも並び、それより遥かに高いものまで空へ伸びている。
しかも、もう夜だというのに明るい。赤、青、白。色とりどりの光が、これでもかというほど街を照らしている。
下を覗けば、道には人間が溢れていた。笑い声や話し声、何かを呼びかける声。その間を縫うように、鉄の籠のようなものが「ぶおおん」と唸りながら走り回っている。
悟空は鼻を鳴らした。
「しかし、空気が悪いな」
煙というほどではない。だが鼻につく妙な臭いが、街全体に漂っている。
「悟空さま、ここは?」
横から声をかけられた。雪のように白い髪をした少女――白雪が、不安そうに周囲を見回している。
「どうやら、タイムスリップをしたらしいな」
「たいむすりっぷ?」
白雪が首をかしげる。
「未来の江戸に来たってことだ」
「未来の……江戸?」
「ああ」
「では、あの暗闇がここにつながっていたということですか?」
「まあ、そういうこった」
悟空にも詳しいことは分からない。ただ、元いた場所とは時代が違う。見渡す限りの景色を見れば、それくらいは察しがついた。
「ちょっと、違うわよ!」
少し離れたところから、女の声が飛んできた。
悟空と白雪が振り返る。白銀の髪をした若い女と、青年が何やら言い争っている。
「この悟空じゃないわ!」
「三蔵ちゃんって少女を連れている猿を呼べばいいんだろ? 間違ってないじゃないか」
「猿違いよ!」
「三蔵ちゃん?」
白雪がまた首をかしげた。悟空は白雪の顔を見る。
「そういや、お前と出会った時にそんなこと言ったっけな」
「あ……」
「師匠から突っ込みが入ったが」
向こうでは、まだ二人の言い争いが続いている。
「とにかく間違いだから。この猿、早く返してきて」
「おいおい、随分な言い草だな」
聞き捨てならない。悟空は文句を言いながら、改めて二人へ目を向けた。
そして――。
青年の顔を見た瞬間、目つきが変わった。
「……ん?」
どこかで見た顔だ。いや。直接会ったことがあるわけではない。だが、見覚えはある。
天界で手配されている顔だ。破壊神。そう呼ばれている男。
悟空は如意棒を取り出し、振りかざす。
「よく見たら、お前……」
青年が悟空を見る。その顔から、わずかに笑みが消えた。
「厄介なことになってきた。一旦失礼するよ」
「待て!」
「ちょっと!」
白銀の髪の女の声も無視し、青年が走り出す。悟空もすぐさま地面を蹴った。
「逃がすか!」
屋上を駆け抜ける。青年との距離が縮まる。
あと少し――。
そう思った瞬間。
青年の姿が、ふっと消えた。
「なに?」
悟空は足を止める。消えた。気配まで完全に途絶えたわけではない。
その向こうから、一人の若者が歩いてくる。制服姿。どこにでもいそうな人間の若者だ。
だが――。
「……そこか」
悟空は如意棒を握り直した。
「そいつの中に逃げ込んだか」
若者――紫藤辰也が、悟空を見た。そして、目を丸くする。
「孫悟空みたいな猿が現れたな」
悟空の眉がぴくりと動いた。
「俺の名前を知っているとは話が早い」
如意棒を構える。
「この棒の味を教えてやる!」
「え、ちょ、ちょっと――」
辰也が慌てて両手を上げる。
だが悟空は止まらない。屋上を蹴り――。
一直線に、辰也へ飛びかかった。




