第五話 暇つぶし
「一回、学校に戻るか」
「戻るのはいいけど、危ないからしばらく分身を使おう。僕らは隠れてればいい」
青年が肩をすくめる。
「意識の一部をリンクさせれば、まずバレない。周りから見れば、君は普通に生活してるようにしか見えないしね」
「相変わらず便利だな」
そうして辰也は、自分がいつも宿にしているホテルに身を潜めていた。万が一、分身だとバレても問題はない。すぐに能力を使い、辰也自身が分身と入れ替わることもできる。
一方――。
学校では、分身が普段通りの生活を送っていた。
辰也の視界に、教室の光景が重なる。分身がノートを取り、教師の話を聞き、クラスメイトと会話している。
自分はホテルにいるのに、自分は学校にもいる。何度経験しても奇妙な感覚だった。
「やっぱりセコいな、これは」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてねえよ」
そこまで話したところで、辰也はふと頭を押さえた。まだ、後遺症のような違和感が残っている。
それもそのはずだ。この状況は――数日前の出来事から始まっている。
◆
風祭会長に、祓いの矢で射抜かれた直後。
『いやー、危ない危ない』
意識が途切れかけた瞬間、頭の奥で青年の声が響いた。
『意識、ちょっと持っていかれちゃった。かなり強い精霊の加護がついてるね、あの会長』
「アタマガガクガクスル……」
『そりゃそうだ。君の意識の中枢に直撃してるからね』
青年は軽く言うが、辰也はそれどころではなかった。身体が震える。目の焦点も合わない。分身とのリンクも、完全に途切れていた。
『しばらく安静にしておくことだね。中級ぐらいの霊体なら、あの矢一本で消し飛ぶよ』
「先に言えよ……」
『僕も撃たれるとは思わなかったからね』
しれっと答えた後、青年は続ける。
『まあ、ちょうど例の奴も釣れたみたいだし』
「例の奴?」
その言葉と同時に、外界の光景が辰也の意識へ流れ込んできた。
帰り道を歩く、もう一人の辰也。分身だ。
そして――。
その足元で、影が静かに揺れた。
辰也の意識はすでに切り離されている。分身側の感覚もない。あとは、青年がやるだけだった。
『コノ……ナリソコナイメ……』
「そのなり損ないに見事に負けた奴は、誰だろうなあ? え?」
青年は足元の影を見下ろし、吐き捨てるように言った。
『グヌヌ……ムネン……』
影は霧のように崩れ、そのまま完全に消滅した。
「分身とはいえ、俺を斬るのに一切躊躇しなかったな」
「分身だしね」
青年はあっさり答えた。
「……まあいいか。とりあえず、これで一件落着だな」
「いや、どうだろうね」
「まだ何かあんの?」
青年は学校の方角を見た。
「こいつがいなくなっても、彼女みたいな存在がいることは間違いないからね」
「会長か」
「それに――君の高校の周囲、何故か空間が少し不安定なんだ」
「不安定?」
「召喚の影響か、元から裂け目があったのか……。とにかく、変なのが寄って来やすい場所になってる」
「マジかよ……」
辰也はため息をついた。
「とりあえず契約は延長してくれ」
「僕は全然いいよ。暇つぶしになるし」
「しかし、あの生徒会長にバレないためにも、しばらくはおとなしく学生生活を送りますか。気は進まないけど」
「バレるのは時間の問題だと思うけどね」
「縁起でもないこと言うなよ」
◆
翌朝。全校集会。壇上では、教師が長々と生活指導を続けていた。
「わかっているとは思うが、夜の新宿などには近づかないように。君たちの本分は勉強なのだからな」
『今日も行くかい? 暇つぶしに』
頭の奥で、青年の声が響く。
『……いや、しばらく大人しくするって決めただろ』
『じゃあ今日は真面目にお勉強?』
『それはそれで嫌だな……』
辰也は小さくため息をついた。しばらくは普通の高校生として過ごす。そう決めたばかりだ。
だが、勉強する必要はない。家に帰ったところで、特にやることもない。
辰也は少し考えて――。
『……行くか』
『決まりだね』
『別の意味の魑魅魍魎が多そうだしな』
思わず口元が緩む。
壇上では、教師がまだ何か話している。
「いいか。特に夜間の不要な外出は――」
その忠告を聞きながら。
辰也は今夜、どこで遊ぶかを考えていた。




