↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/27

第二十三話 どうでもいい


さてさて、話は江戸から日光へ続く街道へ戻ります。


孫悟空が紫藤辰也の後頭部めがけて、如意棒を振り下ろ――したかのように見えましたが。


倒れたはずの辰也が、何事もなかったように立っております。


悟空もまた、如意棒を振り下ろす前の場所へ戻っておりました。


ただし、辰也と悟空、それから傍らに浮かぶ青年だけは、何があったのか分かっているような顔をしております。


「おい」


丹下左膳が、片眉を上げました。


「今、棒でそいつを叩き潰したように見えたが」


「気のせいだ、気のせい」


悟空は何でもないことのように答えます。


「そうか?」


「そうだ」


そういうことも、あるのでしょうか。


『じゃ、新宿に戻ろう』


青年が軽い調子で言いました。


その前方の空間が、ぐにゃりと歪みます。


やがて円形の穴が開き、その向こうには見慣れたホテルの一室が見えました。


辰也たちはワームホールを抜け、久しぶりの――と申しましても、体感ではそこまで久しぶりでもありませんが――新宿へ戻ったのでありました。


ホテルのスイートルーム。


その中央に、二人の少女が立っております。


一人は風祭雫。


そして、そのすぐそばには霊体の蒼。


「……何故ここに」


辰也は足を止めました。


雫は少しだけ眉をひそめます。


「何度も連絡したのに出なかったので、何かあったのかと思ったのよ」


「連絡?」


辰也はポケットからスマートフォンを取り出しました。


画面をつける。


そして、固まりました。


風祭雫。


風祭雫。


風祭雫。


着信。


着信。


メッセージ。


着信。


着信。


また着信。


鬼電という言葉がございます。


まさに、あれでございました。


辰也は画面を眺めながら、首をかしげます。


そもそも、いつ雫は辰也の連絡先を知ったのでしょう。


そして、鍵のかかっていたはずのこの部屋へ、どうやって入ったのでしょうか。


彼女にまつわる謎は、深まるばかりでございます。


「そんなことより、緊急事態だわ」


『なのだわ』


蒼が横で頷きました。


その時。


「なんだこの部屋は。随分豪勢だな。これが日本だってのか」


左膳が、部屋を見回しながら声を上げました。


ソファを見て、テーブルを見て、天井を見上げる。


「おいらたちが来ていいところじゃない気がするよ、父ちゃん」


ちょび安も、どうにも落ち着かない様子でございます。


一方、アラカン先生は大きな窓の前に立っておりました。


窓の向こうには、高層ビルの立ち並ぶ新宿の街。


車の明かりに看板の光。遠くまで建物が続いております。


老人はしばし、その景色を眺めました。


「これが新宿かいな」


どこか懐かしむように目を細めます。


「昔から駅周辺は栄えとったけど、わしの記憶の中とは別物やな」


「えらいええ部屋に住んではりますなあ」


アンジュが続けました。


青年は部屋の中を見回します。


『騒がしいから、ちょっと返してくる』


「え?」


次の瞬間。


左膳、アラカン先生、ちょび安の姿が消えました。


三人は、つい先ほどまでいた街道へ送り返されております。


「なんや、もう終わりか」


「もうちょっといてもよかったが」


「なんだいなんだい!」


『ごめん、また呼ぶかもしれないからさ』


最後まで軽いものでございます。


三人を元の世界へ送り返した青年は、ふと視線を横へ向け――。


動きを止めました。


そこに立っていた、一人の女を見て。


『げえ、やばい方のアンジュさん……』


「今更気づいたんかいな。ひどいわあ」


紫の着物を着たアンジュが、にこやかに答えました。


その手には銃。


辰也が嫌な予感を覚えるより早く、


パン、パン、パン。


三発。


『うわっ』


弾丸は青年の身体をそのまますり抜けました。


現在の青年は霊体でございます。


銃弾はそのまま、背後の壁へ突き刺さりました。


「霊体撃っても手ごたえなくておもろないわ。一回実体になってくれへんかなあ」


『絶対嫌』


「一回だけやから、な? 頼むわ? 誰のせいでこうなったんやったかなあ?」


『嫌』


「ケチ」


「いや、それより」


辰也が壁を指差しました。


「あの、アンジュさん。壁がなくなっていってるんですけど」


「ん?」


アンジュが振り返ります。


銃弾の当たった箇所。


そこを中心に、壁がじわじわと消え始めておりました。


砕けているのではありません。


燃えているわけでもありません。


ただ、そこにあったものが、なくなっていくのです。


「あ」


アンジュが言いました。


このまま放っておけば、壁だけで済む保証はございません。


下手をすれば、ホテルそのものまでなくなってしまうかもしれません。


アンジュは少し考えてから、消えかけた壁へ手を向けました。


何やら力を使ったらしく、欠けた部分へ新たな壁が継ぎ足されていきます。


綺麗に直した、というより。


とりあえず塞いだ。


そんな仕上がりでございました。


「……その銃、今後使わないでくださいね」


辰也は言いました。


「この部屋で使うのはやめとくわ。ごめんなあ」


アンジュは聞いているのかいないのか、銃をしまいました。


「あの」


そこで、ずっと話を遮られていた雫が口を開きます。


「話を続けてもよろしいですか?」


「あ、はい」


辰也はそっけなく答えました。


雫は小さく咳払いをします。


「では……」


そして、表情を改めました。


「蒼の体が、乗っ取られました」


『乗っ取られたのだわ』


「なるほど」


辰也は頷きます。


ずいぶんとそっけない返事でございました。


「おそらく、紫藤君が言っていた影だと思う」


『なのだわ』


「そうですか」


「蒼の体を取り戻すのを、手伝ってもらいたいのだけど」


『お願いなのだわ』


辰也は少し考えます。


「うーん、僕が行っても足手まといになるだけでは……?」


「そんなことはないわ」


『ないのだわ』


雫はきっぱりと答えました。


「それに、この事態が起きた原因は、もとはといえばそちらの神様のせいではなくて?」


『なのだわ』


『うーん、それを言われると……』


青年が困ったように唸ります。


辰也は、雫と蒼を交互に見ました。


二人が自分に何もかも話しているとは、もう思っておりません。


何を考えているのかまでは分かりませんが、自分に何かをさせようとしている。


少なくとも、辰也にはそう見えておりました。


だからといって、ここで問い詰める気にもなれません。


辰也はため息をつきました。


「分かりました。行きます」


もう、どうでもいいから早く終わらせたい。


そんな気分でございました。


一度死を経験すると、執着というものが薄くなるのかもしれません。


もっとも辰也の場合、元々そこまで強い執着があったのかというと、それも怪しいところではございますが。


「行ってくれるのね! 助かるわ!」


『助かるのだわ!』


「善は急げよ! 行きましょう!」


『なのだ――』


「どうでもいいんですけど」


辰也が割り込みました。


雫が振り返ります。


「何かしら?」


「妹さん、口調変わってませんか」


『え、えっと』


霊体の蒼が目を泳がせます。


雫は一拍置いてから答えました。


「自分の体が乗っ取られて、焦っているのだわ。きっと」


『そうそれ、なのだわ』


「そういうことにしておくのだわ」


辰也は雫たちと部屋を出て行ったのだわ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。