第二十二話 旃檀功徳仏
走馬灯にしては、ずいぶん長かったな。
そんなことを考えていた。
というか、あいつ。
危なくなったら助けるとか言っていたくせに、結局来なかったじゃないか。
――あいつはいい加減なやつだからな
声が聞こえた。
誰だっけ。
あの迷惑なカミサマか?
いや、違う。
――俺だよ
俺?
そうか。
俺自身か。
なぜだか、それで納得してしまった。
――今度は冒険させてくれと言ったが、勘違いで殺されて終わっちゃあんまりだろ
違いない。
――まだまだ、こんなもんじゃ満足しないな
その通りだ。
勘違いで殺されて、ここで終わるのはいくらなんでも早すぎる。
――どうやら、お呼びのようだぜ
遠くから、誰かの声が聞こえる。
どうやら、迷惑なアイツが呼んでいるらしい。
じゃ、行ってくる。
◇
「やった、成功した」
聞き慣れた声で目を覚ました。
いや。
目を覚ました、という表現が正しいのかは分からない。
辺りには白い靄のようなものが漂い、地面があるのかどうかもはっきりしない。
手を見る。
ある。
足もある。
身体もある。
触ってみれば、感覚も一応あった。
「ここ、どこだ?」
「幽界」
目の前に、例の青年がいた。
どうやら俺が死んだあと、こいつが魂を探し出してくれたらしい。
そして、とりあえずこの場所で動けるように、仮の身体を組み直したという。
「危なくなったら助けるんじゃなかったのか?」
「生き返らせたからノーカン」
「まったく……」
死んでから助けるというのは、果たして助けたことになるのだろうか。
「本当にすまねえ! いや、この通りだ!」
突然、少し離れたところから大声が飛んできた。
「うちの元バカ弟子が粗相をしたようで、本当に申し訳ありません」
もう一つ、落ち着いた声。
そちらを見る。
何かが二人いる。
この辺りの霧のせいか、それとも相手のせいなのか、どうにも輪郭がはっきりしない。
ただ、一人はすぐに分かった。
「ほんとうにすまねえ!」
孫悟空だった。
ひたすら俺に向けて頭を下げている。
「天竺への旅の時から、殺生を控えるように散々言ったじゃないかい」
「そーだそーだ」
青年がすかさず便乗する。
「それをお前、人違いで殺しちまうなんて。しかも今のお前は仏の身だよ。前代未聞だよ」
「そうだ、バカ猿仏」
「うるせえ!」
悟空が顔を上げた。
「だって師匠、こっちだって殺されたんですよ。こいつが化けた方に」
「そのケンカだって、最初に仕掛けたのはそっちじゃないかい。最初から暴力に訴えるなと何回も言ったはずだろう」
「そうだそうだ」
「白雪と一緒に現れたから、助けないといけねえと思って……。まさか一打ちで死ぬとは思ってませんよ」
「まったく、この早とちりのサルめが」
「この猿やろう」
ここはあの世のような場所らしいが、ずいぶん騒がしい。
悟空はなおも食い下がった。
「だって、こいつは玉帝殺害の指名手配犯じゃないですか!」
「それはそうだが」
「そこは庇ってくれないんだ」
悟空に師匠と呼ばれていた人物が、こちらを向いた。
ぼんやりしていた姿が、少しだけ見えてくる。
白い僧衣をまとっているようだった。
「うちのバカ猿が、本当にすみませんねえ」
「いえ」
俺は隣の青年を見る。
「こちらも、こんな迷惑なのと付き合って調子に乗っていたところがありますから」
「こんなのって僕?」
「本当にすまねえ」
悟空がまた頭を下げる。
「一応、生き返ったことですし。こちらは別に」
「そういうわけにもいきませんよ」
白い僧衣の人物は、穏やかな声で言った。
「私の加護を付けてあげましょう。少しは足しになるはずです」
こちらへ手をかざす。
柔らかな光のようなものが身体を包んだ。
熱くも冷たくもない。
けれど、何かが自分の中へ入ってきたような、不思議な感覚だけが残った。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
その人物は手を下ろすと、今度は悟空へ向き直った。
「では私は行きますからね。悟空、この方が困っていたら助けてあげて。白雪ちゃんの面倒もちゃんと見るんだよ」
「はい」
先ほどまでとは打って変わって、悟空が素直に返事をする。
どうやら相当、頭が上がらないらしい。
「あの、すいません」
「はい?」
「あなたのお名前は?」
「ああ、失礼。名乗るのを忘れておりました」
白い僧衣の人物が、こちらへ向き直る。
「旃檀功徳仏」
「せんだん、くどくぶつ……?」
「人間であった時は、玄奘と名乗っておりました。こちらの名の方が、あなたには馴染みがあるかもしれませんね」
玄奘。
孫悟空の師匠。
玄奘三蔵。
つまり、この仏様は――。
三蔵法師だったのだ。




